透明の「扉」を開けて

美黎

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7の扉 グロッシュラー

お茶会

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深緑の廊下を過ぎ開け放たれた扉を出て、神殿の白い廊下へと茶と黄色のローブを追う。


廊下へ出るとガリアはフードを被り、その茶のローブを追い掛けて黄色、銀、青と続く私達。

冷えた空気で満たされた人気の無い廊下はシンとして、私達の足音だけが、響く。

見ると、前の二人は私と同じ様なヒールを履いているのが判る。トリルは以前の姫様の靴に似た、フラットシューズだ。
これも何か決まりがあるのだろうか。そんな事を考えながら私達の部屋がある灰青の館へ続いた。


館に入ると、私の部屋へ向かうのとは逆に左に曲がり廊下を進む。途中から先頭がガリアからパミールに入れ替わり、どうやらパミールの部屋へ向かっている事が、分かる。しかしガリアも戸惑う事なく進んでいるので、きっと以前も行った事があるのだろう。やはりこの二人は仲が良いのだと歩きながら一人、頷く。


廊下の突き当たりに同じ様に階段があり、二階へ上るとすぐパミールの部屋があった。
丁度、私の部屋と反対側という事だろう。違いと言えば、こちらの階段には窓が無いくらいか。

しかし、決定的な違いをすぐに私は目の当たりにする事に、なる。



「どうぞ。」

私の部屋と変わらない、扉。
パミールが開けてくれて、ガリアを先頭に私とトリルが続く。

「わぁ。可愛い。」
「そう?地味じゃない?」

私が声を上げ、そう返したのはガリアだ。
パミールの部屋は生成りやベージュをベースに茶色や橙、金茶などが使われている正に彼女にピッタリな部屋。
あまりにも髪の色に合っているので、もしかしてここもまじない館なのかと思ってしまったくらいだ。

入ってすぐに丸テーブルと、椅子が二脚あり、奥にベッドが見える。
その他に机、クローゼット、本棚。
入り口の扉以外に、扉は一つしか見当たらない。

これは………もしかして?
ワンルーム、なのかな?
扉が一つって事は、あれが洗面室って事だよね…………?

ここまで違うんだ。


全体としてはそう狭くない部屋だが、自分の部屋との差に、改めて自分がどれだけ優遇されているのかを思い知った、私。
この部屋だって、私の自宅の部屋よりは全然広い。
しかし、私が与えられている銀の部屋とは全く違うこのスペースに、改めて衝撃を受けたのだ。
本当言うと、洗面室も違いがあるのか見てみたい。
でも………それはもっと仲良くなってからにしよう、と間取り好きを封印して部屋の支度をしてくれているパミールを待っていた。


「ちょっと待っていて。椅子が一つ、足りないの。でもこんなに女の子が増えるなんて嬉しいけど。」

そう言いながら、入り口近くにあった丸テーブルをベッドの近くまで運ぶ、二人。
私とトリルは何が始まったのかとちょっと戸惑いながら、端の方でその様子を見守る。

パミールの部屋は全体的にスッキリしていてあまり飾り気は無く、ガリアに「何にもないでしょ?」と言われている。でも、本人は全く気にしていない様で、それがまた二人の仲の良さを表していて見ていて面白い。

二人は何も言わなくても暗黙の了解の様に場所を作り、四人が座れる場所を整えてくれた。

パミールがベッド、ガリアがベッドの隣の机の椅子に座り、私達二人が元々テーブルにあった椅子に座る様、示される。

「どうぞ。」

何故かパミールの部屋なのに当然の様に一緒に場所を整え、椅子を勧めるガリアが面白くてすっかり嬉しくなった私。
やはり、私が銀だからどうしても見えない壁があったらどうしようかと心配だったのだ。

身分が絶対のデヴァイから来ている三人に、「銀の家」としてしか見られなくても仕方が無いとも思っていた。
そう、「銀だから」仲良くしてくれるのかもしれない。その思いが頭の片隅にどうしてもあったのだけれど、優しい色のこの部屋の中で、二人の雰囲気と何だかマイペースのトリルのお陰で私の心配が杞憂だった事が判る。

そういえば………。
以前ブリュージュとビクトリアと話した時に、「こんな所に来る女は変わり者だと思われる」と言っていたのを思い出す。
ここ、グロッシュラーは神殿だ。リュディアがシャットに来た理由の様に、彼女達にももしかしたら、それぞれの理由があるのだろう。

そう考えると、何だかみんなが私をあっさり受け入れた理由も分かる気がして更にこのお茶会が楽しくなってきた。

うん、仲良くなったら聞いてみよう。

いろんな人から話を聞くのも、きっと「本当のこと」を知る為の、役に立つ筈だから。


そうして場が整うと、壁にある棚からお茶のセットを取り出すパミール。
私はここ、グロッシュラーに来てから他の人が入れてくれたお茶を飲むのが初めてで、物凄くテンションが上がってきた。


ヤバ。落ち着かなきゃ………。
でも………あそこに入ってるんだ!
ポット………可愛い!何あのデザイン。あんなの売ってるの?いや、でも作ってる所があるって事だよね………どこで買ったか聞かなきゃ。
え?譲渡室だったら?えー、いいなぁ。私ももう一回行ってみようかな………。

そんな事をぐるぐる考えていたが、パミールが何やら茶器と一緒に持ってきた石に意識が移る。

わあ…………。綺麗な水色。

棚はすぐ側にあるので、ポット、カップ、石とどんどんテーブルに乗せられていくそれらをワクワクしながら見つめていた。

やはりポットとカップはセットで、白い陶器に金と青で彩色してあるスッキリと品の良い茶器。
それらを並べると、棚の中に並んでいるお茶の葉を何やら選んでいるパミール。

「沢山あるね?」

ついつい口をついて出てしまった私の言葉に、「よく、お茶を飲むから。」と答えるパミール。
「好きなの?」と訊き返してくれたので、お茶についての愛を語り始めたのだがパミールが石を手にした時、私はピタリと話を止めた。

その、水色の石。

何故か茶器と一緒に置かれたその石を何に使うのか、とても気になっていた私。
じっと彼女の動きを見る。
ガリアとトリルは急に私が話を止めたので、私の事を見ていたけど。


パミールはその水色の石を手に取ると、両手で握って口の中で何かを呟いた。
そうしてまた石をテーブルに置くと、ポットを持ち四つのカップにお茶を注ぎ始めた。

「えっ。」

まじない石だったんだ。

久しぶりにこの使い方を見た私は少し驚いていたが、他の二人は至って普通。
寧ろ私の事を珍しいと思っているかもしれない。
しかしそんな事はどうでもいいのだ。
この、綺麗な水色の石。
触ってみても、いいだろうか。

これってハーシェルさんちの竈とかと同じって事だよね………?

「ねぇ、パミール、この石って私が触っても大丈夫?」
「全然?いいわよ。」

逆になんでそんな事を聞くのかという程のパミール。
それを見て、やはりこれは家事用のまじない石なのだろうと思う。しかし、ラピスで使われている家事用の石はこんなに透明度は高く無い。
きっとこの石がいい石な所為で、お湯にするのも楽なのに違いないのだ。

うーん。ここにも格差が………。

しかしよく考えればきっと、私の部屋だってそうなのだ。あまり意識していなかったが、洗面室やミニキッチンに嵌っている石。
多分、あれもいいものだろう。

帰ったら改めて見てみないとな…。

水色の研磨され過ぎていない石肌を、何となく撫でる。

「ようこそ、青の子よ。」

「?!」

すっかりお茶会のマッタリとした雰囲気に浸っていた私は、ちょっと飛び上がりそうだったのだけれど何とか踏み止まった。
叫ばなかった自分をちょっと自分で褒めると、改めて手のひらの中の水色の石を、見る。

確かに………。

ウィールでシンに言われた事を思い出す。
この石は透明度も高いし、色もこれだけ美しい。
話しても不思議じゃない事をすっかり忘れていた。
最近話すのは、専ら本だったしね…。

しかし予想通り、他の誰にも石の声は聞こえていない様子。

みんなはパミールのお茶の感想を言い合っていて、私もここで石と会話する訳にはいかない。
そっと、テーブルに石を置いて代わりにカップを持つ。そう、冷めないうちに味わうのが大切だ。
特に、紅茶は。

「うん?美味しい!これは、何処の?」

そう言ってお茶っ葉談義が始まると、それっきり青の石は喋らなかったので私もすっかり話に夢中になっていた。



とりあえず気になったお茶の葉。
どうやらここも、シャットと同じくラピスからの仕入れで賄われているようだった。
でもパミールのお茶に関して言えば、デヴァイから持ってきていたものを続けて持って来て貰っているらしい。
そう、他の二人もだけどちょっとした食べ物や物を持ってきてもらう伝手があるようなのだ。

始めはレシフェがその役割をしているのかと思っていた私。だが話を聞いてみると、みんなそれぞれの家でネイア伝いだったり、誰かがここに来た時に持って来るのだと、言う…………。


「ん?ここに?家の人が来るの?………様子を見に来るって事?」

話の流れでそのまま、何の気無しにそう、尋ねた私。

何となくパミールとガリアは目を合わせない。
少しの沈黙の後、黙って話を聞いていたトリルが普通に、衝撃的な事を言った。

「貴石に来るんですよ、一族のうちの、誰かが。」

「…………。」


ちょっと、なんて言っていいか、分からない。

二人の態度を見ると、それを良く思っていないのは、判る。
トリルはどうして普通に話すのだろうか。

私の目がそう言っていたのだろう、トリルが説明してくれる。

「青の家はあそこに行く事を禁じられています。家の中での決まり事ですけど、多分、誰も行って無いかと。」

そう、淡々と話すトリル。
肩にかかる、紺色の髪が少し服の上で跳ねているのをじっと見つめてしまった。

独特の雰囲気がある子だな、とは思ってたけど。

何だか青の家は、色んな意味で面白そうだな?

そんな不謹慎な事を思っている私に、ガリアが口を開く。

「ヨル、はどう思う?」
「え?」

貴石………の事だよね?

そうなのだろう、黙って私の答えを待っているガリア。
ローブを脱いだ彼女は結構かっちり目のリボンシャツに臙脂のキュロットが茶のボブに合う、お洒落好きな女の子に見える。
お化粧も、してるし。
デヴァイは服装、厳しそうだよね………。

彼女の表情は真剣だったが私はそんな呑気な事を考えていた。

と言うか、正直、貴石をどう思うかなんて、そんな考えは放棄していただけ。

だって。
イメージだけじゃ、なんも言えないもん。

私はレナから聞いて少しは中の話も知っているつもりだ。でもそれだって、一部でしかない。
いいとか、悪いとか、そんな話じゃない筈なのだ。


でもなぁ………「私がどう思うか」で、言ったら?


シン、とした温かい色の部屋の中で、ポソっと本音が出た。

「…………行かれたら、嫌だけど。」

「やっぱり!?」
「そりゃそうよね。」
「そうですね?」

トリルだけは微妙な反応をしているが、多分好きな人がいないのかもしれない。それか、青の家は行かない事が普通だからだろう。

そして私の返答にガッついたガリアは、ブツブツ言い始めた。

「私の婚約者が、まぁ嫌いなやつだからいいんだけど行ってるらしいの。「結婚する前ならいいだろう」とか言ってるらしくて。いや、好きじゃないよ?好きじゃないけど、何か悔しくない?!」

それってさ…………。

パミールと顔を見合わせる。

「「好きだよね?それ。」」

そう言って頷く、私達。

「え?!絶対、好きじゃないよ!あんな奴、おっさんだし!」

何だかアワアワしているガリアを放っておいて、私はパミールと婚約者の話を始めていた。
とりあえず、ガリアに何か言っても仕方なさそうなので、知っている事をパミールから聞き出そうという魂胆だ。

「パミールは知ってるの?お互いの婚約者って知ってるもの?家が違っても??」
「そうね。何せ狭い世界だから、近過ぎると困るでしょう?勿論、婚約を決める前に調べるし、何処の誰が誰と婚約してるかは公表される。」

「「被ったら、困るもんね。」」

そう、納得した私は頷くと他の二人の事も気になってきた。
パミールは年上だし、何だか絶対、いそうな雰囲気。さっきも「行かれたら嫌だ」って賛成してたし?でもトリルはどうだろうか。
ブリュージュは大体みんな、決まっていると言っていたけれど、さっきの様子から見ても全く興味が無さそうなトリル。
ぐるぐるしていたら、また勝手に口から出ていたようだ。

「私は決まってる。運が良い事に幼なじみだから嫌じゃないの。家同士の話だから、嫌な奴と結婚する事なんて当たり前だから………。」

そう言ってチラリとガリアを見る、パミール。
ガリアはウンウン頷いているけど、アレは多分、好きだよね…………。

私が訊く前に、トリルも答える。

「私はまだ決まっていません。それが嫌で、逃げてきたというか………。」

そう言って苦い顔をするトリル。

確かに私達に婚約者はまだ早い、と私は思う。

好きな人だって、いないかもしれないし?
私だって、気が付いたの最近だし?

そう、一瞬思ってしまった。

ヤバ。


多分、みるみるうちに私の顔は赤くなっているに違いない。
両頬を抑える私を、何だか楽しそうな二人と、ポカンとしたトリルが見ている。

やだ!見ないで!余計に赤くなるから!


そうしてニコニコしている二人の前で、この後恐ろしい事になる予感がしたのは、言うまでも、ない。














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