151 / 1,700
7の扉 グロッシュラー
シリーと青の家
しおりを挟む静かな部屋に響く、お茶を注ぐ音。
シリーに椅子を勧めたが遠慮するので、とりあえず肩をちょっと押して座らせ、カップを用意した。
何だか狼狽えているけど、気にしないでお茶も注ぐ。
このコポコポいうお茶の音が、好きだ。
「いやね、この糞ブレンドの蒸らし時間が絶妙に難しいのよ。」
私の話を黙って聞いているシリーだけど、「糞」の単語で表情が変わったのが分かる。
しまった。
誤解させただろうか。
とりあえずシリーに勧めつつ、私が先に飲んで見せる。
「うーん、やっぱり美味しい。冬だね………。」
カップを両手で包みながらそう、呟く私を見て少し表情が緩んだのが判る。
良かった。
正直やっぱり、私としては侍女とかいうやつよりも友達か、お姉さんとして仲良くして欲しいと思っているからだ。
リラックスしてもらう方法をアレコレ考えながら、とりあえず私はラピスの報告をする事にした。
多分、それが彼女も一番聞きたい事だろうから。
「そんな訳でね………。お父さんは元気にやってるよ。ラピス自体も、いい方向に向かってるしね。そこは心配無いと思う。シリーも………。」
言いかけて、口を噤む。
「早く帰れるといいね。」そう、言おうとした、私。
でも。
帰れるかは分からない。軽はずみな事は言えないのだ。
例えどんなに、私が扉の世界を繋ぎたいと思っていても。まだ、何も確証は無い。
勿論、諦めるつもりも、無いんだけれど。
シリーは考え込んでいる私に声を掛けるべきか、迷っていたようだ。
「今迄よく頑張ってたわね…。」
朝が、そうシリーに言っているのが聞こえて顔を上げると少し潤んでいる茶の瞳が見えた。
とりあえずそっとしておいて、お茶のお代わりを注ぐ。ハンカチもそっとカップの隣に置くと「やっぱりクッキーは必要じゃない?」と呟いた私はやはり朝に突っ込まれたのだった。
「あんたは………いい雰囲気、ぶち壊しよ。」
まぁ、そんな時も、ある。
暫く白い雲を眺めていた私は、落ち着いた頃、またシリーに問い掛けてみる事にした。
ここの生活がどうだったかとか、辛い事は無いか、そんな事は聞く事ができない。
彼女が話したかったら聞く事は出来るけれど、恵まれた環境でここへ来れた私が、軽々しく聞いていい内容とはどうしても思えなかった。
それより、彼女が見ている未来を、知りたかった私。
ここで子供たちの面倒を見ながら、年長者として暮らしていたシリーがこの世界をどう思っていて、これからどうしたいのか。
それからの造船所を考える指針として、私も聞いてみたかった、というのもある。
だけど一番は。
やっぱり、ラピスに帰りたいかどうか、だ。
今この状態で私が「帰す」と決めたら、できない事じゃ無い。多分、正式な手続きを踏んでも可能だろうし、なんならレシフェに頼めばすぐに送り返してもらう事も出来るだろう。
彼女が望む、道は。
まず、グロッシュラーに来た目的のうちの一つとして私の行動をも左右する意見を、聞いておかねばならない。
それから、相談して決めなきゃね。うん。
ハンカチをテーブルに置いたタイミングを見計らって、シリーの飴色の瞳を見つめる。
何かを問い掛けようとしている気配を察してか、姿勢を正したシリーを見ながら、ゆっくりと問い掛けて、みた。
「シリーは………帰りたい?」
「ラピスに。」
私の問いに目を伏せたシリー。サラリと落ちた茶色の髪を見ながら、返事を待つ。
テーブルの上にはベイルートがキラキラと回っていて、目に映る玉虫色の所為か時間の流れはそう感じなかった。
次の瞬間、鐘が鳴る迄は。
「あらら。」
「えっ?もう?」
「まあ、また午後にしたらどうだ?」
私達がワヤワヤし出したのを見て目を丸くしているシリー。
朝はよく一緒に造船所へ行くから、きっとベイルートに驚いているに違いない。
何だかそれが可笑しくて、笑いながら続きは食後にしようと、決めた。
「じゃあまた後でね?急がなくていいから。………そう言えば下の食事はどう?もう少し増やした方がいいとは思うんだけど。」
「そうですね………ですが、もう少し後でもいいと思います。まだ量を食べるのに慣れてない子も多いので。」
そんなにか。
また、彼等の置かれている現状に頬を叩かれた気がして気を引き締める。
シリーが来てくれた事で、これまでより細かく状態も知れるだろう。
先に彼女を送り出して、ローブを羽織る。
「じゃ、とりあえず腹ごしらえだね。」
そう言って、ベイルートを肩に乗せ、朝に続き部屋を出た。
「あっ!」
いけない。声が大きかった。
しまったと口を抑えて、青いローブを追いかける。あれは多分、気焔だ。
ラガシュよりも少し、大きくてしっかりした後ろ姿。ラガシュも結構背が高いが何しろ細いのだ、あの人は。
小走りで白い廊下を近づき、ローブをぐっと引っ張る。
「捉まえた!ねぇ、知って…………あっ。」
ヤバ。
人違い………。
まさかの人違いに、固まる私。
相手も、驚いているがまじまじと私を見た後、「ああ。」と言った。
ん?何の、「ああ。」??
とりあえずその言葉で我に返った私は「ごめんなさい!人違いでした!!」と平謝りする。
クスリと笑った彼はどこかで見たような、気がするが思い出せない。
よく見ると、きちんと青ローブにはラインが入っていて完全に私の早とちりだ。
青に黄色のラインが入った彼は、これまた青くて長い髪を束ねていて、薄灰色の瞳。でもやっぱり体格は気焔に似ていて、間違えたのも仕方が無い、と自分に言い訳していると彼の方から言われてしまった。
「………確かに、背格好は似ているかもな………。」
独り言だろう、その呟きに便乗する私。
そう、間違えるのも仕方ないのよ、本人も言うくらいなんだから。
「ですよね?………すっかり勘違いしちゃいましたよ………。」
「しかし、僕としてはそのまま勘違いしててもらうのも、やぶさかでは無いんですがね?」
そう言って、ニッコリする彼。
え?なにそれ?どういう意味?
勘違いをそのまま………?
意味が分からなくてぐるぐるしていると、リン、と左耳が耳鳴りしたような気がする。
ふと、手をやると山百合に手が触れて反射的に顔が赤くなる。
これ、仕掛けでも有るんじゃなかろうか。
そう思いつつも頬を抑えていると、背後から本物の声が聞こえてきた。
「何してる。依る、行くぞ。」
振り向かなくても、分かる。
そのまま彼に「本当にごめんなさい!」と言ってペコリと頭を下げると、踵を返して金の彼の元へ走った。
いや、結構すぐ側にいたんだけど。
「なんだかんだで青は要注意かも知れん。」
急に食事中、そんな事を言い出した気焔。
さっきの話だろう、食堂で昼食をトレーに乗せ、奥のテーブルに座り、食べ始めて、暫く。
ずっと何か考えているので、私も黙って食べていたお昼ご飯。
気焔は相変わらず品数は少ないし、私はとにかくゆっくり食べれるので久しぶりの気焔とのランチを満喫していた。
まぁ彼は考え事をしていたので、主に金髪と青ローブの色合いを楽しんだり、考え事をしながらボーッとスープを飲む動きを観察したり、辺りのローブ率を確認したりして、楽しんでいた。
あとは、シリーと話した「あの件」について………。
ターゲットを探すために、キョロキョロしていたのだ。
すると気焔がそんな事を呟いたものだから、気になってしまう。
だって、さっきの人、思い出したけど運営にいた、黄色ラインの人だ。
「黄色ラインが多いなぁ」と思っていた事を思い出した私。あの授業で一人、青ローブがいたのを思い出したのだ。
「えー?でも後は…?ラガシュさん??」
それしか、思い当たらない。
「でも気焔、自分で「ラガシュに聞け」って言ってたよね?」
ブツブツ私も独り言を言う。しかし気焔はしっかり聞いていたようで、何故彼を勧めたのかを教えてくれた。
「お前がやっているのは予言だろう?ちょっとその件で、青の家の反応が見たくてな…まあ、図書室ならおかしな事も出来ん。今はこれもある。すぐ、分かるからな。」
そう言って私の耳に手が伸びてきたので、スッと躱して逃げる。そうそう赤面させられる訳には、いかない。
ここ、人目も多いし!
耳を抑えて逃げた私を見て目を細めると、続きを話し始める。
「あの男は運営も採っているが、専門でやってるのは図書の筈だ。研究内容迄は知らんが、ラガシュと繋がってると思っていた方がいい。家同士は親戚みたいなものらしいからな。身内だ。」
「そうなの?そんなに近いんだ…………。」
ランペトゥーザがあの、やな奴の事を「知ってる程度」と言っていたので、みんなそんな感じだと思っていた。
でも、家ごとに違うのかも知れない。
気焔が言うには、青の家はどの派閥にも属していないので、余計に家同士が近いのかもしれないと言う。
それを聞いて、私は俄然、青の家の人達が何を研究しているのか気になってきた。
だって、なんとなくだけど、研究内容を知られたく無いからわざと孤立しているのではないだろうか。
そんな風に、思ってしまった。
ま、気焔はいい顔しないだろうから、黙ってるけど。
そうして私は自分の好奇心をとりあえず胸の中にしまっておくと、またミッションを遂行する為に食堂内を見渡し始めた。
えーと。青ローブの、女の子…………。
「さっきから、何をキョロキョロしてる?」
「いや、私にはミッションがあるんだよ…。」
「またおかしな事を…………。」
向かいで呆れている気焔に朝が「止めても無駄よ。シリーとの話だから。」と説明している。
あ。そうだ。
「(ねぇ!レシフェの事、何処にいるか知ってたの?今日来る事も??)」
小声で聞いた、私。でもやっぱり普通に返事は帰ってきたけど。
「ああ。いつとは知らなかったが、そういうポジションに着いたのは聞いていた。お前に言うと、五月蝿かろう?」
ちょ…………五月蝿いって………いや、まぁ、否定出来ないけど。
ぷりぷりしながらまた辺りを見渡すと、見つけてしまった、青のローブ、しかも小さいから女子に間違い無い。
ベイルート調べでは、青ローブの女子はあの、私が驚かした彼女しかいないのだ。
取り急ぎ残っていたパンをスープで流し込んで、「行儀が悪い」と朝に言われながら立ち上がり、気焔に言った。
「とりあえず、行ってくる。夜ね?」
そうしてトレーを掴むと彼女を目指して歩いて行った。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
皇帝はダメホストだった?!物の怪を巡る世界救済劇
ならる
ライト文芸
〇帝都最大の歓楽街に出没する、新皇帝そっくりの男――問い詰めると、その正体はかつて売上最低のダメホストだった。
山奥の里で育った羽漣。彼女の里は女しかおらず、羽漣が13歳になったある日、物の怪が湧き出る鬼門、そして世界の真実を聞かされることになる。一方、雷を操る異能の一族、雷光神社に生まれながらも、ある事件から家を飛び出した昴也。だが、新皇帝の背後に潜む陰謀と、それを追う少年との出会いが、彼を国家を揺るがす戦いへと引き込む――。
中世までは歴史が同じだったけれど、それ以降は武士と異能使いが共存する世界となって歴史がずれてしまい、物の怪がはびこるようになった日本、倭国での冒険譚。
◯本小説は、部分的にOpen AI社によるツールであるChat GPTを使用して作成されています。
本小説は、OpenAI社による利用規約に遵守して作成されており、当該規約への違反行為はありません。
https://openai.com/ja-JP/policies/terms-of-use/
◯本小説はカクヨムにも掲載予定ですが、主戦場はアルファポリスです。皆さんの応援が励みになります!
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
罰ゲームから始まる恋
アマチュア作家
ライト文芸
ある日俺は放課後の教室に呼び出された。そこで瑠璃に告白されカップルになる。
しかしその告白には秘密があって罰ゲームだったのだ。
それ知った俺は別れようとするも今までの思い出が頭を駆け巡るように浮かび、俺は瑠璃を好きになってしまたことに気づく
そして俺は罰ゲームの期間内に惚れさせると決意する
罰ゲームで告られた男が罰ゲームで告白した女子を惚れさせるまでのラブコメディである。
ドリーム大賞12位になりました。
皆さんのおかげですありがとうございます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる