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7の扉 グロッシュラー

侍女とは誰ぞ

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その日の夕食は珍しく、誰とも一緒にならなかった。

もしかしたら、余りにも私がボーッとし過ぎてて声を掛けられなかったか、私が気が付いていなかったのかも知れない。
ただ、食事が美味しかった事と朝が「今日もまあまあね。」と言っていた事しか覚えていなかった。気が付いたらきちんと片付けをして、部屋へ帰ろうとしていたのだ。


ちょっと、ボーッとし過ぎだよね…………。
気を付けなきゃ………。

しかし食堂を出て部屋へ帰ろうと深緑の廊下を歩いていると、私の名を呼ぶ声がする。

「ヨル。そうそう、言い忘れていました。」
「?はい?」

そう言って振り返ると、銀のローブが見えドキッとした。
一瞬、あの嫌味な方だったら嫌だな、と思ったが声を掛けてきたのはミストラスだ。
二人とも背が高いのでもしかしたらと、少し身構えてしまった。

安心して、いつもの眼鏡の顔を見上げる。

始めの礼拝の日から、基本的には毎日一緒に祈っているので何となく身近な人になっているミストラス。
でもきっと向こうからしてみれば、私は新人セイアだから全然近くはないのだろうけれど。
あの、独特のリズムと音程の彼の祝詞が好きな私は「何でしょう?」と彼の側まで戻り、話を聞く態勢になった。


「はい。ラガシュから聞いていると思いますが、祭祀の準備及びあなたのこれからの世話の為に侍女が付きます。明日、手配の者が行きますので決めておくように。」
「えっ?明日?手配………?ですか?」

驚いている私をチラリと見ると、ミストラスは普段の私を思い出したのかちょっと小言も言って去って行った。

「銀の家ですから。当然です。少し遅れましたが、元々付ける事にはなっています。あまり、おかしな態度はしない様に。侍女、ですからね?くれぐれも扱いを間違えない様に。」

キビキビと立ち去って行く銀のローブを見送りながら、「侍女の扱い……………?」と呟く。


早速、意味が分からない。
どういう事?侍女って結局、何?
そう言えばそんな事を誰かが言ってたかも??
ウイントフークさんだっけ?

?を沢山頭から出しながら、とりあえず部屋でベイルートに聞くべし、と足早に部屋へ戻った。




「侍女ね……………。」

ルシアの石鹸の香りを愉しみながら、ボーッと泡を膨らませていく。
ルシアの石鹸はどんな配合になっているのか、手作りにしては泡立ちがいい。私が作っていた石鹸は極力保湿重視にしていた為、泡立ちはこんなに良くなかったのだ。

むくむくと泡を大きくしてから、腕に乗せ洗っていく。

「そういや前にその事でちょっと悩んでたよね………すっかり忘れてたわ…。」

「でもこの部屋に住む訳じゃないしね?ん?別の所なのかな?わざわざ来てくれるの?ベイルートさんが言ってた事が当たりなら、それでいいんだけど………。」

部屋に戻ってからベイルートに聞くと、「お前また聞いてなかったのか。」と呆れられてしまったが、きちんとウイントフークは事前に説明していたらしい。
私も何となくは覚えていて、だからそれについて少しモヤモヤした事だけは覚えていたのだけれど具体的に何がどうなる、的な所は殆ど聞いていなかった様だ。
全然、その辺は覚えていない。

「銀と、白まではお付きが付くって言ってたぞ。多分、隣の部屋が空いたままだからそこに入る筈だ。今迄時間が空いたのは、お前が特殊だからかもな………。」

そう、ベイルートは言っていたが「特殊」とはどういう事だろうか。

力…………はまだバレてない筈だから、きっと出身の事だろうと思うんだけど。
ずっと一緒にいたら、お嬢様じゃない事は完全にバレるよね…………。それで人選に苦労したとか?
ミストラスさんも苦労するね…………。


まるで人ごとの様に、そんな事を考えていたが何だか少し、不安になってきた。

だって、全然知らない人がお世話に来るんでしょう?一人でいいのに………。
ちょっと、窮屈だよね………。

マスカットグリーンのお湯を掬いながら、ボーッと手の中から溢れるお湯を見つめていた。
意味もなく石や小瓶の配置を変えてみたりしながら、ぐるぐる、する。

そうだよ………確か一緒に居られなくなったら嫌だな………って思ってたんだよね。でも、部屋が別なら大丈夫だよね?今は、殆ど夜しか来ないし………。

気焔と一緒に居られなくなるかもしれないと心配していた事を思い出して、何だか懐かしくなる。
そんなに前の事じゃ無いのに、随分彼も、私も、変わったのかもしれないな、と思った。


そう、「あれ」を認めちゃったからね…………。

ヤバ。
熱くなってきた。お風呂なのに、これ以上熱くなるとのぼせる!
あぁぁ、上がらなきゃ…………。


恥ずかしさと熱さで勢いよく立ち上がると、ふらついて危なく転びそうになった。

「あっ………ぶな~。」

少し湯船の縁に座り、休んでから着替える。
涼みながらお手入れをする事にして小瓶を持ってダイニングへ行くと、そこには既に気焔が座っていた。




今日も薄明かりの金髪が綺麗な彼は、頬杖を付いて洗面室の扉を見ていたので、出た瞬間からバッチリ目が合った私は狼狽る。

えっ。
何でこっち見てるの?

「き、来てたんだ。」

出来るだけ動揺を表に出さない様に、そう言って向かい側に座り小瓶から化粧水を出す。

ちょっと…………乙女のお手入れをそう、まじまじと見るもんじゃないわよ……………。

私の動きを目で追って、そのままの体勢でまだじっと見ている金の瞳。
仕方が無いのでそのままハンドプレスで顔を隠しながら(隠れてないけど)、あまり彼に触れない様にする。
多分、「見ないで。」とか言ったら「何故?」と面白そうに揶揄ってくるに違いないから。


そのままオイルまで付け終わると、流石にちょっとムッとする私。チロリと睨んで、洗面室に片付けると、そのまま声を掛けずに寝室へ行った。


窓からの明かりだけの白い部屋。

窓辺に朝はいなくて、ロココのカップには玉虫色が収まっているのがチラリと見える。

気配が背後からついてくるのが分かって、ドキドキしてしまう、心臓。
胸元を静まる様に抑えて、ちょっと早いけど逃げる為に布団をめくる。

「これ。」

そこで初めて声を出した気焔に腕を掴まれ、そのままベッドに座らせられた。隣に座り、私が逃げない様に腕は掴まれたままだ。
何だか心臓が煩いけれど、観念した私は気焔に文句を言った。

「駄目だよ、あんなに見たら。落ち着かないじゃん。」

むくれてそう言う私を楽しそうに見ながら、腕を離す気焔。少し前屈みで私と視線を合わせながら、こんな話をしてきた。

「近々ある、雪の祭祀の準備で忙しくしている。最近昼間はあまり側にいられんからな。」

「心配無いとは思うが…………。」
「大丈夫、青の本も「まだ大丈夫」って言ってたよ?」
「まだ…?…………ふぅむ。そうか。…………いや、それもあるが。」

そう言って気焔は私の左耳をチョイと弾く。

またゾワリと首から何とも言えない感覚が来て、「もう!」と言いながら布団へ逃げ込んだ。

くぅ~!
なんか悔しいけど、顔が熱い!
寝れなくなったらどうしてくれるのかな。
全く!人の気も知らないで。

何だか恥ずかしいのと、悔しいのと、明日への少しの不安と、気焔がいる安心感とがごちゃごちゃになって、余計に布団に包まる、私。

「今日は疲れたろう?寝るぞ。」

そんな私の気持ちを知ってか知らずか、そう言ってふんわりと金色で包んでくれたから、ちょっと隙間を開けておいた。
チラリと薄目を開けて確認すると、わざとだろう、目を瞑ってくれているので気焔にも布団を掛ける。

いつもの体勢に落ち着くと、頭を使ったせいかすぐに、眠りに落ちたのだった。

やっぱ、慣れない事するもんじゃないね…………。







「おはよう………。」

何だか天気がいい気がする。

窓に目をやると相変わらず雲ばかりの景色なのだけれど、何となく明るい、空だ。
あの雲の向こうにある空がとてもいい天気なのだろうと想像すると、見たくてしょうがないけれど仕方が無いので明るい曇りをボーッと眺める。


これだけ明るいって事は…………よく寝たって事だね…………。

私の朝は、早い。
いつも白の時間の終わり頃起きるのに、きっとこの明るさはもう水の時間に差し掛かろうかという頃か。
ヤバイ、礼拝に遅れる………!

「もう、起こしてくれてもいいじゃん………。」

そう、珍しく気焔は既に姿が見えなく、私が疲れていたからだろうか、きっとそのまま寝かせておいたのだろう。
気を遣っただろうに文句を言われるのは可哀想だが、「出る前に起こしてよ………。」とブツブツ言いながら支度をする。
顔が見れなかったのが寂しかったのかもしれない。

だって………何か今日、知らない人が来るし………。

少し緊張しているのが、分かる。
今迄は部屋に帰ればリラックス出来るのが分かっていたから、世界を広げる余裕があった。
でも、部屋が落ち着かなくなったら………。

何となくのモヤモヤを抱えたまま、とりあえず朝の礼拝へ向かった。




「今日は集中していませんでしたね?どうしました?」

ミストラスにそんな事を言われる位は、祝詞を間違えた私。余程酷かったのか、何だか心配されている様だ。
とりあえず怒られなくてよかった…。

「いえ、ちょっとこの後の事が気になってしまって。すいませんでした。」
「ああ、そう言えばそう言いましたね、昨日。多分午前中に部屋へ伺うと思います。そう緊張しなくても大丈夫ですよ。」

そう諭してくれるミストラスの、銀のローブから見える灰色の髪を見て「やっぱりいいな…」とまた思いつつ、気になっていた事を聞いてみた。

「あの、その侍女って言うのはどこから来るんでしょう?」

すると当然の様に、こう答えたミストラス。

「セイアに付くのはロウワです。言いませんでしたか?」
「えっ。」

そうなの??
ロウワ?
じゃあ知ってる子かも………?それならそんなに心配無いかな………?

しかし、造船所にいる子達で全員なのかどうかも、詳しい事はまだ何も知らない私。
あまりぬか喜びはしない様に、少し気持ちを落ち着けようと胸に手を当てたが、さっきよりは気持ちが軽くなっているのが分かる。
やはり、全く知らない人が来るのは緊張するのだ。

めっちゃお金持ちで使用人とかいたら、慣れてるのかもしれないけどね………。

フェアバンクスの屋敷を思い出して、何だか一人納得してしまった。メイドやグロッタの事を思い出して少し、懐かしくなる。

あんな感じなら、私も大丈夫かも?でもグロッタはちょっと怖いけど。
とりあえず、お友達になりたいな………。


「ヨル………?じゃあ午前中は部屋にいて下さいね?」
「分かりました。」

そう言って、ミストラスは礼拝堂を出て行った。
私はそのまま、ベンチに腰掛けちょっと考え事を、する。
礼拝が終わって誰も居なくなったここは、考え事をするには打ってつけの、場所だから。
ちょっと寒いけどね…………。


ロウワね…ロウワ………じゃあ地下に部屋があるんだよね?隣の部屋、使うのかな?一々地下に帰るのかな?
どの位、世話されちゃうんだろう?お風呂は一人だよね………何かやっぱりミストラスさんにそこまで聞けないしさぁ………うーん。
とりあえずなる様に、なるか………。

結局、いつも通りぐるぐるをポイするとあの絵をチラリと見上げる。
礼拝堂の絵は、中々に大きいのだ。

「結構、近くなってるね…………。」

その、絵の中の金の瞳と私の瞳。
ここに来てから金の分量が増えた私の瞳は、縁から少し水色なだけで、もうほぼ金に侵食されている。

気焔と同じならいいんだけど、この人かぁ………。

その絵の中の白い髪の老人は白金の瞳。
気焔の瞳はもっと色が濃くて、やはり焔に近いのだ。

小さくため息を吐くと黄色い石にもチラリと視線を投げる。
まだ、大丈夫かな………。

そう変化の無い色を確かめると、踵を返し礼拝堂を後にした。





「うぇ~、どうする?どうする?誰が来るかな?!」

「ちょっと、「うぇ~」はどうかと思うけど。」
「だってさ。どうする?全然合ない人が来たら。嫌じゃない?どうしよ~。」
「とりあえず、黙りなさい。聞こえるわよ。」

確かに。

朝食を食べ終え、部屋に戻った私はやはり落ち着かなくて部屋の中をウロウロしていた。

始めは、ちゃんと座ってた。
なんなら、食後のお茶も飲んだ。
でも、まだ、来ない…………。

時間が経つにつれ、余計に落ち着かなくなってきてとうとう立ち上がり、テーブルの周りをウロウロと回り始めたのだ。

「でもそろそろ来ると思うわよ?座ってなさいな。」

そう、朝にあしらわれて「そうだぞ。」とベイルートまで言うものだから、とりあえず椅子に腰を落ち着ける。落ち着くかは、分からないけど。

すると丁度、私が椅子の上でお尻をモゾモゾ動かした時、ノックの音が、した。


「(ヤバイ)」
「いや、とりあえず開けなさいよ。」

私がワタワタしていると、もう一度ノックの音がして「失礼します。」とどこかで聞いた様な声が、する。

ん??

パチクリしながら扉を凝視していると、部屋へ入って来たのは黒に近い灰色の髪だがやたらと見覚えのあるあの人と、シリー、そしてもう一人の女の子だった。


「失礼します。侍女をご紹介に上ります、レシフェと申します。」

そう、私にしれっと自己紹介したレシフェの背後にミストラスが立っているのが見えて、危なく大きな声を出しそうだった私は反射的に口を抑えたのだった。


…………偉くない?
叫ばなかったよ?


チラリと横目で、そう、朝に訴えておいた。
うん。




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