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7の扉 グロッシュラー

残ったモヤモヤ

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あたりの雰囲気を他所に、私達の攻防戦は続いていた。
騒めく雰囲気の中、一人佇んでいるのが目立つ、彼。


あの子、何て言うんだっけ…………?

名前を呼ばれているのを、聞いた様な聞いていない様な。
口々に自己紹介をされたので、正直あまり話していない子はまだ名前を覚えていない。

そしてあの子は確か、まだ私に近寄っていない筈だ。
そう、その行動は他の誰とも違っていて、目立つからすぐに分かるのだ。

いつも他の子供達に指示を出したり、手助けしたりしているのを見てリーダーなのかな?とは思っていた。
殆どの子は、私が珍しいのか私がここに来るとすぐに寄ってきて一緒に遊ぶか、まじないを見せるか何かしら話した事がある。少し恥ずかしがり屋さんもいて、徐々に仲良くなろうと思っている子も、いるし。

その中で、彼の存在は異質だった。

私に近寄ろうとせず、何故か初めから警戒されているのが分かるのだ。
以前、何かあったのだろうか。

帰り道にクテシフォンに聞いてみた事があるが、「基本造船所の奴でネイアやセイアに良い感情を持っている奴はいないだろうな。君は変わってるから、例外だが。」と言われてしまった。



うーむ。
どうしたもんか。

辺りは徐々に落ち着きを見せ始め、子供達が上を見過ぎて首が疲れたと口々に言い始めている。
その言葉が耳に入り何だか彼を見たまま、つい、笑みが洩れた。

「フフッ。」

「何が、おかしい。」

結構な大きい声。
その瞬間、騒めきがピタリと収まる。

私はまだ船の上で子供達もわらわら、周りを走っていたがピタリと止まり下を覗き込んでいる。
彼は、まだ最初の離れた場所にいてそこから大きな声を出したものだから、みんなが彼を、見たのだ。

一斉に全員の視線を感じて、少しバツが悪そうな彼。
一瞬言葉を飲み込んだ様に見えたがしかし、拳を握ってまた、大きな声を出した。
子供達に、向かって。


「みんな、離れろ。こっちへ来い!」

「みんなそいつに、騙されてる!」
「グラーツ、止めなさい。」

シリーが男の子の所へ駆けていく。

グラーツっていうんだ。

私は何だかその子の反応が新鮮で、ちょっとワクワクしていた。
だって、明らかにグラーツは子供達を守ろうとして行動しているのが分かるから。
何故、彼は私に対してこうも警戒しているのか気になっていた私は、シリーが駆け寄ったのを見て「しめた!」と思った。
きっとシリーに何故、「私がダメなのか」を説明する筈だから。

案の定、大きな声で彼はシリーを説得し始める。

「ニビの事を忘れたのか?今はいい顔をしててもすぐにあいつらは俺らを召使にして連れて行くんだぞ?そうしたら……人間扱いなんてされないんだ。」

「グラーツ………。」
「それだけじゃない。俺らが居なくなったら、あいつらだって………どんな目に合うか。少し、良くしてもらったくらいで駄目だ。しかも、あんな………あんな力を持ってる奴は、普通じゃない。」

天窓から伸びた光が当たり、彼の薄茶の髪はほぼ金髪に見える。その、長い前髪から覗く、青い瞳。その目は鋭く私を睨んでいた。



うーん。
どうしよう。

チラリとシュレジエンに目をやったけど、思った通り、この状況を楽しんでいる。

私が、どうするのか嬉々として待っているのだ。

悪趣味な大人だな…………。

仕方が無い。
じゃあ子供同士で、解決しましょうか。

うーん?

グラーツはきっと以前、大事な人を酷い目に遭わされた、という事だよね、きっと。何がどうしてそう、なったのかは判らないけどそれからネイア、若しくはセイアを恨んでいる、と。
で、召使にして連れて行く………?
??

ポン、とラガシュが言っていた「侍女が付きます」という言葉が浮かんで来る。

「あれ」か?
そうなのかな?すると、まぁグラーツじゃ無いにしてもシリーとかが連れて行かれて、自分も居なくなったら子供達を守れない、という事かな?
ふむ。

いい奴じゃん。

ん?それで、だから、私を信用しちゃ駄目だと。

んん?

それとこれとは、話が別じゃないかい、グラーツさん。

しかも、彼は私の事を「あんな力を持ってる奴」と言った。

いやまぁ確かに普通じゃないっては、何回も言われてるけどさ。
なんか…………ムカつくな…。
駄目駄目、相手は子供よ。いや、私も子供だけど。いやいや、もっと子供。

多分、グラーツは10歳前後ではなかろうか。
私がぐるぐるしている間も、何かシリーに話しながら少しずつ船に近づいている、彼。
シリーに腕を抑えられているが、グラーツの方が力が強い。
ジリジリ近づいて来る彼が、シリーを振り払おうとしているのを見て段々、真面目に、ムカついてきた私。
ちょっと意地悪心がむくむく、湧き上がってきた。


「ねぇ。どうして、そんな事言うの?」

私の声に反応してピタリと止まる、グラーツ。

シリーも私を見て腕を離した。

ちょっと、冷ややかな声を出した私にビクッとしながらも、彼は果敢に言い返す。

「お、お前らはみんな嘘つきだ!俺達から奪う為に、いい顔してるんだろう。」

「どうして?そう思うの?」

「ただで優しくする奴なんて、いない。裏があるに決まってる。」

そうか。

そう言えば、そういう世界だった。
ある意味この子の反応は、普通の事なんだ。
他の子は、まだ何もわかっていないか、若しくは自分を守る為に私に寄って来てるのかもしれない。

くるりと振り返り、視点を変えて子供達を見る。

そうすると、やはり分かる。

純粋に私を面白いものを見る目で見ている子。
話を良くする、慣れている子。
少し、怖がっていそうな子。
グラーツの言っている事を理解して、こちらを見ている子。

其々、表情、特に瞳が違うから、よく、分かった。
そうか。

分かっていなかったのは、私だ。


どうしたら、分かってもらえる?
怖くないって、そんな世界にしたいと思っている事、分かってもらえるかな?


…………いや、でも今は無理かも。
「信用」って、そんなにすぐ出来るわけじゃないから。
まあ、それでも、少しずつやるんだけどね。


ぐるぐる考えて、とりあえず決意表明する事にした。

そう、私は突然やってきて船をピンクにしてみたり、まじないを教えてみたり、窓を作ったりしていたけれど自分が何をしにここに来たのかは言っていなかったのだ。

まぁ、警戒するか…………。

今迄が、今迄だったのだ。
自分で、「違う」という事を示さなくてはならない。
さて、何て言おうかな。


コホン。
とりあえず咳払いした。どちらかと言うと、みんながグラーツを見ていたからだ。
私、決意表明します。うん。

みんなが私を見たのを確認して、話を始める。
出来るだけ、全員の、顔を見るようにして。
大人も、子供も、全員だ。
この世界の、グロッシュラーの、常識から外れた私の想いを、まず知ってもらわなければいけないから。

少し微笑みながらぐるりと回り、出来るだけ全員と目を合わせてから、話し始める。


「私は大袈裟に言えば、みんなを救いに来ました。」

「普通に言えば、助けに来たの。」

みんなちょっと、ポカンとしている。

突然この人は何を言い始めたのかと思っている年長組と、少し目を輝かせた小さな子。
其々が私の言葉を受け、何かを考えているようだがまだ解っていない顔の方が多いだろう。


「そんなのは、詭弁だ。」

ん?
違う方向から声がして、くるりとその方向を見る。
灰色のローブに黄色ラインの大きな男の子だ。確かシリーと一緒に指示を出していた気がする。
名は…ハリコフだった気がするな………?

思わぬ方向から味方が出てきて勢い付いたグラーツ。
そのまままた、喋り始める。

「格好付けるな。そんな話、信じられるか!」

うーん。
平行線なのか?まだ、無理なのかな………?

でも、私に使える手は、真摯に言葉を伝える事だけだ。そして、それを行動に移す、だけ。

それしか、ない。

「信じてくれなくてもいい、それでも、私はやるけど。………でも、出来れば一緒にやりたいけどね。みんなで。」

「みんなで、幸せに、みんなで笑顔になるのが、大事だから。」

しっかりと彼の青い瞳を見て、ゆっくり話す。
シン、とする場内。


「クセェ事言ってんじゃねぇよ。」

背後からまた声が聞こえて、グッときたけど我慢する。ここで私がムキになっても、彼等には何も伝わらない。
それだけは判る。………今は、我慢だ。

誰も、何も言わない。

何となく、空気が彼等の方に流れるのが分かる。

それはそうだ。
だってきっと、彼等はずっとここで誰の助けもないまま、子供達を守ってきたのだろうから。
今は、私が余所者だ。

少しずつ、歩み寄るしか、無いよね………。




「お前ら、ダセェな?」

すると突然、上から声が降って来た。
シュレジエンだ。

「は?」「何?」

二人が同時にムッとしたのが分かる。
急に私達の間に割って入ったシュレジエンの声に、全員の目が物見櫓を見上げた。

シュレジエンはいつものモジャモジャを掻きながら、不敵な笑みを浮かべて喋り出す。

「だってよぉ。………クサイセリフ言ってんじゃねぇって?お前ら誰に対してカッコつけてんのよ?ビビってんのは、お前らだろ?」

「嬢ちゃんが何かしたか?してねぇよな?むしろして貰ってるよな?…………カッコつけてる?いや、違うね。格好いいんだよ。こいつは自分のセリフに責任持ってんだよ。格好いいに決まってんだろうが。」

「まぁでもお前らをそうした責任は、俺にもある。悪かった。信用出来ないのも、気持ちは解る。だけど、これからはもう少し世界を広げろ。楽しめ。もしかしたら、如何もならんかもしれん。だが、乗ってみるのも悪くないだろう?どうせここでこのまま燻ってたって、しょうがねえんだ。まぁ、泥舟でも漕がねえよりは楽しいぞ?きっと。」

「ちょ、シュレジエンさん、泥舟はちょっと………。」
「ああ、悪い悪い。」
「フフッ、酷っ!」

私達は二人でケタケタ笑っていた。
解ける空気に、少しだけ優しい風が流れる。

何だか締まらないけど、とりあえずはこんな感じでいい。

寧ろ、このくらいの方が、いいよね?

ぐるりと船からみんなを眺める。
子供達にも笑顔が見え、ハリコフはバツの悪い顔をしていて、隣の子の頭をワシワシ撫でている。

少し下を向くともう、顔が見えない長い、前髪。
そこで視線を止めるとシリーにトン、と背中を押されたグラーツがヨロヨロと前に出て来て、私を見た。

フラフラと不安そうに彷徨う青い瞳。

分かるよ。嫌なのも。許せないのも。恥ずかしいのも。認められないのも。

結構、気まずそうだけどそこは無視する事にした。
気がつかないフリをした方がいいと思ったのだ。私も、彼も、色んな事を飲み込んで、やっていかなければならないから。

大丈夫、次会ったらもう、友達だよ。
私にゴリ押しされて、仕方なく協力してくれるんでしょ?それで良くない?
ん?それでイケるかな…………?

そう、こういう時大事、鈍感力。

そのまま雰囲気で強引に、握手の手を出した。

「とりあえず、ヨロシク。頑張ろう。」
「あ、ああ………。ヨロシク。」



さっき、不安そうだった子も笑ってる。
大人達も腕組みしてホッとした様子だ。
とりあえず、私達がこうする事で第一歩だ。
グラーツの心は少しずつ時間をかけて溶かしていくしかない。

さっきの「ニビ」という人の話や、この子達の扱いなど気になる点は多々あるが、今は聞かない方がいいだろう。後でシュレジエンに訊くか………。



それにしても鋭い助け舟、ありがとうございます………。
チラリと上を見ると、シュレジエンも天窓を見上げていて何やらブツブツ、呟いていた。

お礼、言わなきゃね………。


その前にスタスタ歩いてハリコフにも無言で握手を求め、ニッコリ笑ってぐっと、手を握ると私は物見櫓に登り始めた。





「ありがとうございます、シュレジエンさん。助かりましたよ。」

「いや、こっちこそ悪かったな。あいつらがああなのは俺のせいも、ある。」

私の目をまっすぐ見ながらそう言うシュレジエン。
そう、キッパリと言い切る大人って素晴らしいよね………。



思ったよりも物見櫓は高くて、とても気持ちがいい。新しく開けた窓からの光が優しく降り注ぐのが良く見えて、とてもいい感じだ。
ぐるりと一周、見渡して深呼吸する。

うーん。
緑が足りない。
今度は木でも生やすかな?

……………。


そういえばだよ。あるね………木が。

そう、私の部屋にはあの森のおじいさん達から貰った、木の枝がある。
あれ、どこに植えるかな…………。


「おい。嬢ちゃん。」
「………あ、はい!」

いかんいかん、ついついまた気になる事思い出しちゃったよ………。


そう言うシュレジエンは何か気になる事があるようで、顎に手を当てさっきから何かブツブツ言っていた。窓を見上げていたから、何か気が付いた事でもあったのだろうか。

「お前さん、さっきなんだかちょっと変じゃなかったか?」
「ん?変ですか?」
「そう。なんだかな、声が少し違ったし………気のせいかな………そうかも知れん。」

「声………?何でしょうね?」

私に全く心当たりは無いが、シュレジエンが気になると言っていたのにすぐに意見を翻したので、おかしいな…と首を傾げていると、その原因が、見えた。

ヤバ………。
怒られるかな………。いや?でも、悪い事してなくない?


そう、造船所にはどこからともなく気焔が迎えに来ていたのであった。
壁際に立ちこっちをじっと、見ている…。


ひぇ~。とりあえずはお説教の予感?
















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