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7の扉 グロッシュラー

ラガシュと雪の祭祀の話

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「何も喋るな。」

ベイルートが耳元で言う。


そう、言われたからもあるけど私には口にすべき言葉が全く思い浮かばなかった。


「そう書いてある」?
何に?
青の家にある、青の本に?
しかもデヴァイの、青の家って事だよね?
「そう」書いてある?

「そう」って、「どう」?

「私」がここに、来るって事じゃ無い、よね…?


灰色の瞳から目が離せず、そのままぐるぐる、頭の中を回る考え。
私は「目を逸らしたら怪しまれるかもしれない」と思って彼の瞳を見つめたままだったけど、もしかしたら私の表情は何かを語っていたかも知れない。
彼は、私のことを見つめたまま、こう言ったから。

「そう警戒しないで下さいよ。…………何も取って食おうというんじゃありませんし?」

何も害の無さそうな表情で、そう言うラガシュはさっきまでと違う人に見える。
いや、見た目は同じだ。
ただ、私が………変わったんだ。

青の本に視線を戻し、彼は続けた。

「いえね、解らなかったんですよ。何を、意味しているのか、が。でもあなたがこの本を持っていて、光が生まれていた。」

私に視線を戻して、ニッコリ、微笑みながら言われる。

「もしかしたら、と思ったんですよ。…………しかしやはり、そうだった様ですね。」


何とも言えないその笑顔を見て、私はカマをかけられたことに気が付いた。

この、言い草。
多分、はっきりした事は解っていなかったのだろう、きっと「青の本から光が出たら何とか………」とか、書かれているに違いない。
その「何とか………」が、何なのかは問題だけど。

でもとりあえず、ラガシュが仕掛けた罠に嵌ったのは、確か。
これが吉と出るか、凶と出るか。


じっと、何も言わずに見つめ続けていると彼は眉尻を下げて弁解し出した。
この人の、本性はどっちだろう?

「すみません、怖がらせるつもりじゃなかった。」

「ただ僕は嬉しいだけですよ。本当に、現れた。予言の通り。やはりあれは、予言だった………。」

何かちょっと、怖いんだけど…………。
色んな意味で。

ラガシュは何かに陶酔する様に祈りの形を示すと、すぐにきちんと座り直して話し始めた。

私は、彼のペースについて行けてない。正直。
彼の切り替えの速さに驚きながら、目を瞬かせていた。


「さて。それはまた別の話です。追々、ですね?…………では雪の祭祀の話を始めましょうか。」


ガラリとさっきまでの雰囲気から、声まで変わった気がする。

しかしベイルートも喋るなと言うし、私も嫌な、予感はした。これ以上、情報は漏らさない方がいい。
そのまま頷いて、彼の話を聞く意思を示しておいた。




「という事でですね。あなたにも侍女が付いて、支度をします。銀で、黄色ですからね。まぁいつも通り真ん中で祈ってもらう事になると思います。衣装は侍女に任せておいて大丈夫です。」

「あとは…………。」

うーーーーん?


さっきの話のショックから抜け切れずに、話半分の私。
まぁ、ベイルートがいるから何とかなるだろうと思いちょっと考え事をしてしまった。

だってさ、これ、怒られるやつじゃない?
バレたの。
でも、仕方無いよね??

そもそもラガシュに聞けと言ったのは気焔だ。
彼がどこまで何を考えて、ラガシュの名を出したのか分からないけど。


「………二回しか無いんです。………聞いてます??」

ヤバ。

「すみません………。大丈夫です。」

そっと顔を上げると、怒っているわけでは無いらしいが微妙な表情のラガシュ。何か、大事な話だったろうか。
いや、そもそも私が質問した内容を説明してくれてるんだけど。


「だから、雪の祭祀の目的ですよ。大事な所ですよ?いいですか?」
「はい…………。」

チラリとベイルートに目をやると、頷いてくれたので今迄の話は聞いてくれていたのだろう。
ちょっと、椅子に腰掛け直して本腰を入れた。
私の姿勢を見て頷き、続きを始めるラガシュ。

いつの間にか、祭祀の事が書いてあるのだろうか、彼は白い本を持っていた。
立っているから中身は見えないが、時々視線を投げるのでやはり祭祀の本なのだろう。
私も美しい背表紙を見ながら、続きを聞く。

「で、ですね。………*#€,…………」


え?
ちょ、ちょっと待って。
全然分かんないんだけど??

突然、彼が読み上げ始めたのは私が全く知らない言葉だ。

でも、少し聞いたら何となく、解ってきた。

これ、礼拝の時の言葉と同じな気がする…………。



やはり、礼拝と同じ様に心地良い、少し懐かしい様な美しい、響き。

「これって…………。」

まだ彼は読み上げていたが、つい私の口から言葉が出た。
ピタリと声が止み彼の目線が本から私に、移る。

「そうです。………まだ、古語は解りませんよね?」
「はい。」

私が聞きたかった事は解った様で、そう答えるラガシュ。
近くの本棚から分厚い本を持ってきて、辞書だと言って貸してくれた。

「朝の礼拝の祝詞も未だですね?では課題です。両方訳して来る様に。いつでもいいですけど、雪の祭祀は近々だと思うので、そっちが先がいいですかね………。」

ブツブツ言いながら、考え出すラガシュ。
突然の課題宣言に驚いた私は、目の前にドンと置かれた分厚い辞書をちょっと、めくってみた。

うん?
ああ、何とかなりそう…………。

とりあえず読める文字が、書いてある。
一応この世界の文字も練習して何とか読めるが、まだまだ知らない言葉などが出てくると「?」となってしまう、私。
とりあえず困ったら青の本に聞こうと思い、チラチラと辞書をめくりながらラガシュを待っていた。

それにしても、「雪の祭祀」?
いつ雪が降るかなんて、分かるの?
天気予報??

そんなことを考えているとラガシュが決めた事を伝えてくる。しかも、ちょっと面倒そうな宿題、プラスで。

「とりあえず雪の祭祀が先にしましょうか。それで、訳したらあなたなりの解釈を一緒に付けて、提出して下さい。ああ、口頭でも構いません。どちらでも、好きな方で。」
「解釈、ですか?」

私がそう、質問すると彼はまたニッコリ笑ってこう言った。

「そうです。祝詞はですね、やはり様々な解釈があるんですけど私一人で考えるより皆さんの意見も集めて研究しているのです。結構面白いですよ?それで解釈が違うと祝詞の効果やその時の祭祀の効果に何か違いがあるのかも研究してましてですね…………。」
「?祭祀の、効果?」

ペラペラ喋っていたラガシュは急に私がポソっと呟いた事に反応して、ピタリと止まる。

「あなた、やっぱり聞いてませんでしたね?もう言いませんから、しっかり聞いて下さいよ?」

少し呆れながらも、もう一度説明してくれる様だ。

「雪の祭祀の目的は、祈りを捧げ、雪に感謝し力を貰う事です。あまり、降りませんからね。まず、恵みに感謝して、祈る。そうすると少し力が貰えるのですよ。」
「ほぉ~。」

何だか間抜けな声を出してしまった。

そう、私が空に歌いたくなる理由。
それは確かに力が貰えるような気がするからだ。

でも、何だろうな?
力を貰う為、って言うよりはストレス発散?
スッキリするから?
受け止めてくれるから………なんだろな?
とにかく、気持ちをバーンとぶつけるとそれに空が応えてくれる、って言うのが近いかも。

淡いピンクに染まった空を思い出して、そう思う。

どちらかと言うと、力を貰う為に歌うと言うよりは結果として、何だかスッキリして元気になる、というのに近いのだ。

まぁでも祭祀ね………雨乞い‥とは違うか。降ってからやるんだもんね?
でも昔から人は何かを求めて、祈ってたんだもんなぁ………。
…………そうなの、かな?

始めから、何かを求めてたのかな?

それとも………私と同じ、結果として貰えてたのかな…………?


どちらも、あると思う。
でも、今、ここではどっちなんだろう?

「あの、それって何処でやるんですか?」
「勿論、礼拝堂です。」

その言葉を聞いた瞬間、少しゾクッとした。

あの、旧い神殿で感じた、違和感。
それがまた襲ってきたのだ。

「…………そうなんですね………それで、いつもの様に祈って、終わりですか?」
「そうですね。でも通常の礼拝よりも力が貰えるので、石が少し変化しますよ。どう変化するかはお楽しみですね………。」

何それ…………全然楽しくないやつじゃん。

やっぱり…………「あれ」に力を溜める為に、やるんだ。

ラガシュの返答を聞き、確信した。
ここでは、石に力を溜める為に祈っている。
……………じゃあ、あの絵は?何の為にあるんだろう?

「あの、物凄く基本的な事、聞いてもいいですか?あの、石と絵がありますよね?あれにはどういう意味がありますか?」

私の事を不思議そうに見る灰色の瞳。
でも次の瞬間、何故か少し優しく細められ哀しげな色が宿った様に見えた。

「意味ですか。」

急にそう言い出した彼に戸惑う。

神殿は祈りを捧げる場所。
神官は祈る、人。

その祈りを捧げる人が祈っているであろう対象の意味を知らないなんて事があるのだろうか。
しかし彼の様子を見ていると、「知らない」訳ではないのが分かる。
逆に「知っている」んだ。
私があれ等に抱いている違和感の正体が何かは分からないけれど、少なくともこの人はあの絵と石に関して、ただの崇拝対象では無いと思っているのが、解った。

じゃないとこの、彼の表情の説明がつかない。

そうして彼は色んなものが織り混じった複雑な表情のまま、その疑問をそのまま私に返してきた。

「それも、課題に入れておきましょうかね。あ、先に古語の訳でいいですからね?でもきっと、訳せば解るかもしれません。」

「何故、その偶像が祈りの対象になっているのか。何故、長が神として崇められているのか。崇められることになったのか。…………あなたが出した答えは私にだけ、教えて下さい。いつでもいいです。ただ、一つだけ注意です。」

ここで彼は言葉を切り、私の山百合を見た。
いや、もしかしたら少し視線を外しただけかもしれない。けれど、何でかその時「あ、山百合を見た」と思った。

「その答えは誰にも知られないようにして下さいね。そして、私にだけ教えて下さい。そうしたら…………私の家にある青の本もお見せしますね。」

静かに、微笑みながらそう言うラガシュは何か私の想像もつかない事を知っている気が、する。

多分、この人はあの絵の意味を知っているんだ。

でも私には自分で考えろって事か………。
どうしてだろう?



深緑の絨毯の上の白銀の靴。
キラリと光る刺繍と小さなビーズを見つめながら、考えるでもなくボーッとする。

少し肩のベイルートが動いたのが分かって、視線を上げると彼は未だ灰色の瞳を細めながら私を見ていた。

考えても分からないから、少しでも糸を手繰り寄せたくて彼を見つめる。
青ローブ、青い髪、灰色の瞳、青の家と青の本…………。セフィラは青の…………家の人なの?
長の孫だよね?長は、金の家だと言ってた。
ベオ様が。
うん?でもフローレスは「彼女は特殊だった」と言っていた。何が?どうして金じゃなくて青になったの?
そんな事が、あり得るのだろうか。
この、血に関して厳しそうな世界で。


私が自分で迷宮に入り込んでいる間、彼は彼で何か思う所があったらしい。
顎に手を当て「ふむ」と言うと、解散を告げられた。

「僕もまた読み返してみますよ。もしかしたら、違う意味もあるのかも、知れない。非常に、興味深い。」

そう一人納得すると、白い本も辞書の上に置き「これも読みなさい」と無言の宿題を出すと彼はこう言って立ち去って行った。


「では、雪の祭祀は急ですからね、先にやるように。祭祀を経験すれば、答えに近づくでしょう。」


青ローブを見送り、ネイアのスペースに取り残された、私。
でももう昼近いからか、殆ど人は居なかった。


えー。
全然、分からない………。


ラガシュからもたらされた情報が多過ぎて混乱した私は、しばらくそのまま一人、座っていたのだった。






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