透明の「扉」を開けて

美黎

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7の扉 グロッシュラー

彼方此方

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その日の朝は目が覚めてから、ずっと金髪を撫でていた。
何となくだけど、最近、あまり一緒にいないからかもしれない。それとも、昨日の造船所でのモヤモヤの原因が判らないからかもしれない。
とりあえず、撫でている間は少し落ち着くので今日もぐりぐり、撫でるのである。


「いい加減に、せい。」

そう言って私の腕の中から出てきた、気焔。
最近ゆっくり話してないなぁ、なんて思いながら近況なんて聞いてみる。
いつも一緒にいる事が多かったので、こんな会話をするのは何だかおかしな感じだけれど。

「気焔、最近、どう?」
「…………どう、とは?」
「どうに、どうもこうも無いよ。………なんだろな………楽しい?大丈夫?ストレス、溜まんない?」

ちょっと私の事を不思議なものを見る目で見ている、気焔。
私は真面目に心配したのだけれど、どういう事だろうか。石だから、ストレスとか無いのかな?

「いや。吾輩は大丈夫だが………。お前こそ彼方此方で大変なのではないか?あまり暴れるなよ?」
「ちょ………暴れるは、失礼じゃない?」

気焔がふざけてそう言うものだから、膨れて布団に潜り込んだ。

ちょっと、否定出来ない所が辛いよね………。
空がピンクなのはバレてないとして………バレてないよね?誰にも何も言われてないし?
船はピンクにしたけど、まだ天窓は作ってないし。そんなに暴れてないもん。

ぷりぷりしている私の頭をポンポンして先にベッドから出ると、「今日は先に行く。またな。」としれっと出て行った気焔。

ポンポンした時に幾つか出てきた金色の小さい光がフワフワと白い部屋に漂うのを見ながら、見送る。
小さな光はこうしてたまに出てくるようになった。あの、気焔が燃えた日から。

何故かは全く分からないけど、何だかこれを見ると元気になるから、いいのだ。あの、いつものふんわりした金の焔とは違うけど暖かい気持ちになる。
きっとそれを見越してポンポンしてくれたであろう、後ろ姿を思い出しながら起き上がる。

「さ、支度しよっと。」

微かに残る小さなキラキラを「ふうっ」と吹くと、着替えを持って洗面室に向かった。






「おはよう、ヨル。」
「おはよう、オルレアン。今日は?」

朝の礼拝後。

神殿の廊下を歩いていた私はオルレアンに会って、朝食の為一緒に深緑の館へ向かう。
図書室で怒られた後、私達はそこそこ仲良くなって会うと一緒にご飯を食べるくらいには仲良しだ。
勿論、ランペトゥーザやウエストファーレンもそうだけど、オルレアンは造船所も時々一緒になるので一番一緒にいる時間は、長い。

それにあの時、私がバッチリ彼にウインクしていたのを見ていたクテシフォンに彼も巻紙を書かされたのだ。
身分的にも、立場的にもクテシフォンに言われるとオルレアンは勿論、漏らす事は出来ない様なのだが「念には念を。」というクテシフォンが書かせたらしい。
その話を聞いてから私はクテシフォンのローブの中にはいくつ巻紙が入っているのか、ちょっと気になっているのだがきっと教えてくれないだろう。


今日も食堂に入るといい匂いがして、ぐっとお腹が空いてきた。正直、礼拝中にお腹が鳴らないか、いつもちょっと、心配している。


「いつもありがとうございます。」

今日もカウンターで朝の猫まんまを受け取りながら、そんな事を考えていた。

いけない………サラダを取り忘れたわ………。


テーブルにトレーを置くと「食べてて。」とオルレアンに伝えて、ちょっとお行儀が悪いけどサラダを貰いに行く。
何だか銀のローブがどうこう、とか、もうあまり気にしない事にした。意外と、私の猫かぶりは早期に終了したのだ、うん。
それより、サラダだよ………。


無事、サラダをゲットしたのだがサラダのお皿だけを持って歩いている所をミストラスに見つかり、眉を顰められたけど気がつかないフリをして席まで戻る。
席にはウエストファーレンが増えていて、二人は食事をしながらこの後の図書室の話をしている様だ。

うんうん、同級生が仲良いのはいい事だよ。でもローブの色で派閥が何とか言ってたけど、あの二人は仲悪くないよね?これ聞いてもいい話かな………。

「おはよう、ウエストファーレン。」
「ああ、ヨルおはよう。大丈夫だったか?」

私が持っているサラダのお皿と向こうのネイア達が座っている席を見て、そう言う彼。
オルレアンと話しながらも私の様子も見ていたのだろう。
ウエストファーレンはいつも周りをよく、見ている。

前から思っていたけど、この人イスファに似てるよね………。人に合わせるの上手そうだし。なんだかイスファよりも世渡り上手そうな所はあるけど。

彼に頷いて、二人の話を聞きつつ私もご飯を食べる。
二人はこの後の図書の話をしていて、研究内容を何にしようかあれこれ話していた様だ。

やっぱり二人、仲良いよね?でも、ここでは聞かない方がいいか………。

広い食堂は大勢の人がいて、結構席も近い。
騒ついてはいるが耳を澄ませば、隣の会話くらいなら余裕で聞こえるのだ。私は一般的な家同士の関係ではなく、二人がお互いをどう思っているのかが、聞きたい。
ここではやはり言いづらいだろう。

しかも…………流石の私も私達がチラチラ見られているのには、気が付いていた。


最初の頃はネイアとばかり食堂にいたので、あからさまに見られる事は無かった。
しかしセイア同士だと気安いのか、新入生だからなのか、ちょっと不躾な視線を向けてくる人も多い。ただ、一応私が銀のローブを身に付けているので声を掛けてくる人は少ないのだけれど、やはり視線が多いのは少し疲れるのだ。


「おはようございます。今日も図書室へ?」

今日も静かに礼儀正しく声を掛けてきたのはダーダネルスだ。
あれから折につけて私を気遣い、声を掛けてくれる彼。何だか図書室での執事みたくなっていて、ちょっと申し訳ないと思っていたが、声を掛けると何だかとても嬉しそうな顔をしてくれるので甘えてしまっている。

「はい、この後。」
「では何かあれば、また。」

そう言ってまたキビキビと立ち去るダーダネルス。
白いローブの後ろ姿を見送っていると急に二人は話を止めて、私に注意を促した。

「ヨル、気を付けなよ?」
「え?」

ウエストファーレンがそんな事を言い出したので、何に気を付けなければいけないのか、全く分からない私は訊き返す。
でも答えたのはオルレアンだったけれど。

「そうだ。あいつはヨルに付きまとい過ぎる。」
「………うーん?でも他意は無いと思うんだけど?」
「「甘い。」」

二人にハモられてしまっては、少し考えた方がいいのだろうか。
少しムッとした様な青い瞳と心配そうな灰色の瞳。今日もそれぞれのローブとの調和に見惚れそうになって、慌てて思考を戻す。
何故だか彼等は私の事を心配してくれているし、オルレアン曰く「銀の女子が来て狙わない奴はいない」のだそうだ。

でもな………。

左耳に揺れる山百合に触れながら少し、考える。
山百合の事は、わざわざ言ってはいない。
「婚約者がいるのかどうか」は直接誰も聞いてこないし、「この歳なら普通はいると思われてる」とブリュージュも言っていたから。


だってさ、わざわざ自分から「婚約者に貰いました」とかさ………無理無理。
キャー多分顔が赤くなってきた気がする………!
ヤバ…………。

早く顔を戻そうと下を向いて一人でアワアワしていると、見慣れた靴が視界に入る。

気焔の、靴だ。

「終わったか?………ちょっと、借りるぞ?」

私のトレーを見て、二人にそう言うとさっさと空になったトレーを持ち私を待つ気焔。
気焔の顔を見ないように立ち上がり、二人に「後でねっ。」と言いつつ、頬を挟んで冷やしながらその場を後にした。




「何をやっているのだ。」
「え?何が??」

神殿の廊下は涼しい。いや、ちょっと寒い。
火照った頬を冷ましながら、気焔の背後を歩いていたらそう言われて腑に落ちない私。

?怒られる様な事、してないけど?

首を傾げながら歩いていると、深緑の館から一度外に出た気焔は外廊下の端に私を連れて行った。



所謂、壁ドン状態の、私。
片側は逃げられる様になっているが、何故に追い詰められているのか、解せない。

「なんで?私、何もしてないよ?…………ちょっと、思い出しただけ、で…。」

ヤバ………。また顔赤くなってきた!
あわわゎゎゎ。
顔が上げられないんだけど…怒ってる…訳じゃ、ない?よね?
分かんないけど、今見たら、絶対、ヤバイ。


気焔はそのまま微動だにしなくて、しかも何も、言わない。

えーーー……………このままじゃ誰か来るよ………?
図書室は………?
うーん?
どうしよ…………。


暫く、そのままだった。
じっと、靴を見つめていた。
深緑の館の外廊下は、緑のタイルも組み合わされているな、なんて思ってみた。
でも、私が負けた。

そう、顔を上げると気焔はいい顔でニッコリ、していたのだ。

「ちょっと!!」

青ローブの胸をポカポカ叩きながら、少し安心して大きく息を吐く。
最近、なんだかんだ一緒にいれなかったので彼が怒る理由が全く分からなかったし、もしかしたら私の行動がまずかったのかドキドキしていたのだ。
でも、気焔は意外な事を言い始めた。
何故彼があの場でああしたのか、その説明と共に。

「概ね知れ渡ってはいる様だが、吾輩が青ローブの為効果は今一つらしいな。」
「ん?効果?何の?」
「だから。」

そう言って山百合に触れる、気焔。
彼の冷たい手の甲が頬にも、触れる。
その瞬間、また背筋にザワザワが走って、折角治まっていた顔がまた熱くなるのが分かる。

「ちょっと。笑わないで。」
「いや、すまぬ。」

気焔が触れたからか、山百合からの何かなのか、分からないけど。
なんとなく、さっき気焔が現れたのは私が山百合に触れて赤くなったからなのだと、何故だか解った。

何だろう?仕掛けでもあるのかな………。

そう思ったけど、ふと、思い当たる。
この山百合が金色に染まっているからだ。
きっと、私に渡す前に「しるし」の為染められた山百合‥。

何だか一人で赤面しながら納得する私に、気焔は続ける。

「まぁあの様子を見せておけば暫くは大丈夫であろう。油断はするなよ?二人きりには、なるな。あの二人の意見には吾輩も、同感だ。」

…………?もしかしてダーダネルスの事かな?
見てたの?…………まぁ、あり得るか…。

気焔がそう言うなら、何かあるのかもしれない。
気を付けるに越した事は、無い。

「分かった。じゃあ、もう行くよ?」

きっともうみんなは図書室へ行った筈だ。
私はまだ何を研究するか、決定はしていないし朝の礼拝で言われた事も、気になっている。
そう、朝の礼拝で新しく出た知らない事。
きっとダーダネルスなら詳しいだろう。「後で。」と言ったのはその事も聞きたかったからだ。

でもあまり二人でいない方がいいなら、ネイアに聞いた方がいいかな………?

チラリと金の瞳を見ると、いつものように私がぐるぐるする様子を黙って見ている、気焔。

聞いてみようか。

うん、それがいいかも。

「ねえ、今朝礼拝で言ってた祭祀の事なんだけど。」
「うん?」
「ネイアに聞いた方が詳しいよね?誰に聞いたらいいと思う?」

そう、私が訊くと真剣に悩み始めた。


結構、ちゃんと考えてるっぽい。

何やら色んな表情を見せる珍しい状態の金の瞳を楽しんでいると、やっと答えが出た様だ。
だが実は私は、白い魔法使いに聞けと言われると思っていた。
私のボロが出てもある程度、知っているし何しろきっとあの人は何でも知っていそうだから。
しかし気焔が口にしたのは、違う名前。
そしてまだ私が話した事のない、人の名前だった。

「ラガシュに聞け。」
「ラガシュ………さん?確か、図書室の責任者だったっけ?」
「そうだ。だから詳しいだろう。吾輩が教えられれば一番いいが知らんからな。資料なら見れるだろうが、ああいうものは口伝も多い。………まぁ、聞いてみろ。」
「分かった。ラガシュさん、ね。」

忘れない様ブツブツ言っていると、気焔は「もう行く。」と言って私の山百合をチョイと指で弾いて、立ち去って行った。


ちょっと、最後のは余計じゃない?
名前、忘れそうになるじゃん!

また頬を抑えながら、神殿の廊下を足早に立ち去る青いローブを見送る。


私はまた少しぷりぷりしながら、そのまま深緑の館に入って行った。





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