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7の扉 グロッシュラー

色とまじない

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「あの、でっかい、でーっかい天窓って作れますかね?」

ちょっと何言ってるのか分からない、という顔で私の話を聞いているナザレ。

いやいや、冗談じゃなくてよ?
とりあえず、枠とガラスだけやってくれれば多分、何とかなると思うんだよね………。

いつもウイントフークさんは石をくれるけど、あれはどうやってるんだろう?なんかバスボムみたいだよね?ポンってやると、出てくる感じが。
フフッ。
何だか楽しくなってきたぞ?


ただ、楽しくなっているのは私だけだったようでナザレは結構真剣に悩んでいる。
そうして彼は、もう一人の作業場の人に協力をしてもらう事を、提案した。彼が言うには、自分だけでは少し何かが足りないと、言う。

話によると、ナザレは実際の製造作業関係を取り仕切っているが、もう一人の彼はまじないが専門なんだそうだ。
名は確か………なんだっけな?

「その、もう一人の人ってまじない道具が専門ですか?」
「そう、デービスもウィールで教えていたんだ。まじないと、道具が専門だよ。」

すっかり私と話すのに慣れたナザレは軽く説明をし、部屋を出ようとしたので私も振り返り、確認してから彼について行く。
シュレジエン達は、まだ真剣にボソボソやっていたから、暫く大丈夫だろう。

そうして私達は作業場に向かった。





「窓?」

作業場で子供達に指示を出していたデービスは、ナザレの話を聞いてそう、訊き返す。
こちらも見ずにそう言った彼の声は少し刺々しくて流石の私も歓迎されていないのが分かった。


なんだろ。
この感じ。

後ろで一つに束ねられた、灰色の長い髪を見ながら少し、考える。何だか初対面の時と印象が随分違う気がして、何故だろうと思ったのだ。

デービスは何だか「まじないの教師」という肩書が本当にしっくりくる、ちょっと神経質そうな男だ。
作業場にいる割には細身で、シャツにパンツ、サスペンダーの後ろ姿を見ながら勝手にそんな事を想像する私。
だって彼は一度もこちらを見ないし、ナザレと話す声もわざとなのか刺々しい。私の事を良く思っていないのは、確実だ。

しかしその後、私が子供達に囲まれたので、更に彼の機嫌が悪くなって行くのだけど。

そう、多分さっきは朝と遊んでいた子供達が私を見つけてまたこちらへ集まり出してしまったのだ。

「全く…………予定が…。」

小さな舌打ちが聞こえる。
作業予定がズレるのを、心底許せないと思っているであろう彼を見て、何だか煩い学校の先生を思い出してしまった。

いるよね………ああいう人。予定が狂うと劣化の如く怒り出す人。別にボスが見張ってる訳じゃ無いんだから、後で帳尻合わせよう、くらいに思えないのかな…………。

まぁ許可取ればいいか。邪魔してるのは事実だしね。うーん。
とりあえず、子供達が怒られないようにしなきゃ。

「あの、遅れた分は私が手伝います。だから………協力して貰えませんか?」

初めて、きちんと目が合った。
切れ長の茶の瞳を更に細めながら、私を検分する、デービス。
ちょっと失礼だな、とは思うけどナザレ一人ではきっと窓が出来ないから頼んでいる筈だ。
ちょっとは、我慢我慢。


暫く何かを考えながらも私をジロジロ見ていた彼は、条件を付けて協力すると言う。
でもそのデービスの言う「条件」は、何だかよく分からないものだった。
だって、抽象的過ぎるのだ。

「あの君が作った部分の色を変えられるんだって?その時に「繋がる」ように意識して、直して欲しい。」
「?繋がる?」
「そうだ。それだけでいい。で?何をどうするんだって?」

全く意味は分からなかったけれどデービス曰く、私が力を込める時に「繋がれ」と思うだけでいいそうだ。

まぁ………それ位なら、お安い御用だけど。

そうして二人は窓を作る事を、約束してくれた。




流石に何日かはかかるらしいので、ナザレを作業場において、私だけ部屋に戻る。
あの二人の話は終わったろうか。

それにしても、船の中ってどうなってるんだろう?

部屋に向かって歩きながら、キョロキョロ辺りをチェックする。
船は小さな二階建てくらいの大きさだと思うが、船内は下の部分しか入った事がない。私がいつも案内されるのは入り口から割と近い、下の階の小部屋だ。
結局この船の動力や、操縦?などがどうなっているのかは全く知らない。

でも、なんとなく。
なんとなくだけど、もしこの船がまじないで、石で、動く船だとしたら。
多分、操縦室などは無いのではないか。
だってもし、私がこの船を造るとしたら。
多分、願えば動かせると思うから。

この船を設計しているのは、デービスの筈だ。
いや?でも昔からなんだっけ?
そんなに昨日今日の話じゃないよね………?これもレシフェに聞かないと分かんないな………。


「おい。お嬢!何処行ってたんだ?」
「ん?」

背後から呼ばれて気が付いたが、いつもの小部屋はとっくに通り過ぎて通路を歩いていた私。
とりあえず慌てて小部屋へ戻る。
他の所を見せてもらうのは今度にしよう。確か、話の途中だしね?

何の話だったかなぁと思いつつ、小部屋へ戻った。


「あまり勝手にウロウロしない方がいい。」

クテシフォンにもそう言われ、一応反省している旨を伝える。まぁ、一応だけど。
だってここ、別に危険じゃなくない?
でもクテシフォンの細められた青い瞳を見て、そうではないのかもしれない、と思う。きっと意味の無い事は言わなそうな人だ。

「窓をお願いして来たんです。」
「ああ、そう言ってたな………そういえば。」
「窓ってなんだ?」
「あ、許可必要ですかね?!」

すっかり忘れてた!

何にも考えてなかったけど、突然天井に穴を開けて、窓を作るのだ。
勝手に作っていい訳なくない?やだ!どうしよ?お願いして来ちゃったよ………。

「シュレジエンさん。お願いが…………。」

まぁ今更だけど、とりあえずお願いはしておこう。うん。

「で?何処に?」
「あれ?言ってませんでしたっけ?天井です。」
「は?…天井?」
「そうなんですよ。だから、ある程度強度が必要で。ナザレさんだけだと駄目だって言うから、今デービスさんにもお願いして来た所です。」

「あぁ?………うん?でも天井なら、バレないか?ここには来ないしな………。」
「デービスをどうやって懐柔したんだ?」

シュレジエンが何とか誤魔化す方法を考えている横で、クテシフォンは何だか楽しそうだ。
私もちょっとウキウキしながら事の次第を説明し始める。
すると急にクテシフォンが私の肩を、掴んで言った。

「いや、それはまずい。ちょっと待ってろ。違う方法に、する。」

え?

そう言って白のローブを翻し素早く立ち去る、クテシフォン。
あっという間に消えた彼の後ろ姿をボーッと見送っていたのだけれど、我に返ってすぐにシュレジエンを見た。
多分、途中から話を聞いていたのだろう彼も、半分腰が浮いていたが、私と目が合うとストンと座り直した。


静かな小部屋に遠くからの作業の音が聞こえてくる。
急に余裕が出来た小部屋の、ガランとしたスペースを見ながら何がマズかったのかを考えても分からない。
シュレジエンの話を待つ為に、私も彼の向かい側に座り直した。

意外と、灰色の部分が多いんだね……?
長い前髪に隠れがちな瞳を改めて、正面からきちんと見た。
彼の青い瞳に映る自分の影を確認しながら、黙って言葉を待つ。
何だか、真剣な話っぽかったから。



「お嬢が何者かは知らんが。」

暫く私の目を見つめ返した後、喋り出したシュレジエン。私の事を「お嬢」という彼こそ、何処出身なのか気になっていたが、今聞く話でもないだろう。そのまま続きを、待つ。

「普通はな?まじないの色は「灰色」なんだ。」


えっ

灰色?


私の頭の中にポンと浮かんで来たのは、ラピスの森の木々が言っていた、イスファとレナの色の話。
「橙」と「灰」って。色の事を言っていた。

それの事?

ぐるぐるしながらも、続きの言葉を待つ。
シュレジエンは私の反応をじっと見ながらも話を続けた。

「まぁ言いたくなければ言わなくても構わんが、お嬢はまじないの色を見る道具は使った事があるな?何色だった?灰色じゃないのは、解る。あの、桃色なのか?…………でもお嬢は灰色にも、出来ると言った。」

うん。言っちゃった。駄目だったかな…………?

「少なくとも俺は見た事がない。ネイアですら、黄色迄だ。あの桃色は赤の薄色とも取れるから、黄色よりは弱いにしても、二色は、無い。しかもあのまじないの使い方。」

そこまで言うと、シュレジエンはニカっと笑ってこう言った。強張った、空気が解ける。

「俺は、「やるな?」と思ったけどな?みんなに教えてやってくれよ。何か、コツがあるんだろう?嬢ちゃんなりの。」

「い、一応…………。」

「まぁ、デービスを上手くあいつが丸め込んでからだけどな…………。」

そう言ってシュレジエンが入り口に目を向けると、丁度良くクテシフォンが帰って来た。
手には、何か紙を持っている。

「これで大丈夫だ。「色」に関してだけ秘匿にすればいい筈だ。だろう?」
「まぁ。大丈夫じゃないか?「まじないの使い方を教える為」とか何とか上手く言っときゃ大丈夫だろう。」


ん?んん?

目の前で行われている事が全く分かっていない私は、とりあえずクテシフォンが持っている紙に目が釘付けだった。

何あれ。やだ!魔法っぽい。あの、紙の感じとか、封蝋とか。テンション上がる~!

「あの………。」

私の目線を追って、手に持った巻紙を見たクテシフォン。ちょっと残念そうにこう言われてしまった。

「これは開けると無効になる。」

彼は艶々した封蝋をくるりと手の上で回して、その不思議な巻紙について、教えてくれた。


「まぁ、簡単に言うと契約書だ。内容に反する事をすると、禍が起こる。………何が起こるのかは、其々違う筈だ。そいつにとっての、禍いだな。」

何それ。
コワッ。

白いローブの何処かにスルリと巻紙をしまうと、内容も教えてくれた。私が、秘密にしなくちゃいけない、部分だ。

「君が隠しておかなければならない部分だ。まあ、座りなさい。」

ローブの何処に巻紙が行ったのか、気になって凝視していたのだけれどクテシフォンがそう言うのでとりあえず立ち上がっていた私はまた、腰を下ろす。

あれ、まじないのローブなのかな…………。超欲しいんだけど………。

スカートのポケットなんて、そんなに物は入らない。前から何かいい物がないかと思っていたのだ。臙脂の小袋にゴチャゴチャ入れたくないしな…。

「で。」
「そう、お嬢の「色」の事だがな?」
「正直、バレたら何処までどう、まずいかは分からない。ただ、まずいのは確実だ。君はここから出られなくなるだろうし、最悪逃げられない様、監禁されるかもしれない。どういった手に出るかは解らんが、知られない方がいい事は絶対だ。」

一呼吸置いて、クテシフォンは続ける。とっても物騒な言葉が並べられた様な気がしたけれど、気のせいだろうか。
一方の私は、大事な事を私の為を思って言ってくれているのは解るのだが何だかとても、モヤモヤした気持ちになってきた。

「とりあえず船の桃色はこれから直そう。デービスには「色」に関しての事を喋れないようにしてある。力を使うのは、いい。造船の手伝いをしていると言う名目で、ここに通えばいいからな。「多色」な事だけ、バレなければいいだろう。」

「それに、ウェストファリアは知っているんだろう?」
「うーん?色は………まぁ知ってますね。道具を使ったし。」

光の事は言わない方が良さそうだ。
話して大丈夫なら、ウェストファリアが言うだろう。知らないなら、黙っておくに越した事はない。

「とりあえず色云々に関してはウェストファリアに任せる事にする。君はあちこちで色が出ないようにする事。以上、何か質問はあるか?」
「いえ。ないです……………。」


ええ。無いですとも。
でもな…………何か………な?

私は二人が庇ってくれるのは嬉しいのだけれど、自分の中でのモヤモヤが晴れずにスッキリと返事をする事が出来なかった。
しかし現段階で贅沢は言えない。
まずはある程度自由に動ける環境を整えて、とりあえずの現状を変えるのが、先だ。

私はそこで気持ちを切り替えようと、立ち上がり上に行く事にした。

「じゃあ早速、やっちゃいましょうか。」

そう、ピンクを灰色に。変えるのだ。
つまんないけど。




その後、デービスの注文通りに「繋がる」事を意識して、パーツを灰色に変えた。
色を変えるだけなら、意外と簡単だ。
あの、染色の授業と同じでいい。

目を瞑って、くるりとすれば、完成。

すぐに仕事が終わった私はシュレジエンに確認を取る。色が変わった事を知っているのは、デービスだけでは無いからだ。
しかし意外にもシュレジエンの返事はちょっと楽観的で、私は逆に心配になってしまった。
ホントに大丈夫なのかな………?

「ああ、それは構わない。「内緒だ」と言っておいたからな。」
「え?それだけで大丈夫ですか?子供達、ポロッと言っちゃったりしません?」
「そもそも、お偉いさんはコイツらに話しかけん。ここにも来ない。「言ってはいけない」事だけ知っていれば、事足りるのさ。」
「そう…………ですか…。」

いいのか悪いのか、複雑な気分だがとりあえずの行動はし易い、という解釈にしておこう。うん。


ぐるりと甲板の上で船を見渡す。
私が直した所も、色の違いがなくなり何処を直したのかも分からなくなっている、船。
甲板上には小さな小屋のような建物もあって、この船が完成するのもそう遠く無いのが、判る。

あんまりのんびりしてもいられないのかもね………。


窓枠が完成するのは数日後だと聞いて、私はまじないのイメージの仕方を子供達に教えるべく、作業場に向かったのだった。












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