透明の「扉」を開けて

美黎

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7の扉 グロッシュラー

行動開始

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今日はスッキリ起きて、朝風呂に入った。

湯船にゆっくりは浸からないけれど、どうしてもお湯に浸かりたくて軽く入る。
やっぱりシャワーだけとは違う贅沢さがあると思う。
今日もマスカットグリーンのお湯をゆったり愉しんで、もし他の色の石があれば違う色のお湯が愉しめるかもしれないと、思い付いた。
今度ウイントフークに相談してみようか。
多分、怒られそうだけど。


あれからクテシフォンはきちんと根回ししてくれたらしく、神殿の廊下で会ったシリーに聞くと食事は大分、改善されたようだった。
その後よくよく、気を付けて見ているとロウワも結構歩いている事が分かったのだ。灰色のローブはロウワと神殿での下働きをする人が着ているらしく、意識して見ると動きが違うので分かる。
ラインの無い灰色ローブはワゴンを押していたり、清掃していたりするのでどうやら職種が違うらしい。
ロウワの食事も、彼等のうちの食事係が作っていて、私にいつも朝のご飯をきちんと作ってくれる人もきっと灰色ローブなのだろう。今度、きちんとお礼を言うにはどうしたらいいかクテシフォンに聞いておこうと、思った。彼等がどのような人達で、何処に暮らしているのかも分からないからだ。
でもロウワの食堂はまだ品数も少ないようだし、もっと力の付くものが出せるといいのだけれど。今度きちんと自分の目でも、見に行かなければ。

ただ、順序として食事の最低限は確保できた様なので、次は力の供給を先にしなければならない。
今日も後で造船所に赴く予定だ。

そんな事を、ぐるぐる考えながらお湯から出て、身体を拭く。


洗面室のほの暗い灯りで、自分を見る。
両頬を包んで、化粧水を浸透させている肌はふっくらとして大福のよう…。いや、決して浮腫んではいない、うん。
美しくカットされたガラス小瓶に入るオイルを手のひらに垂らすと、深紅色の小さな石が瓶の中で滑る。

石か……………。
石に力が溜められるといいんだけどな?

でも、石を加工したり何かを作れるなら、力を溜める事も出来そうだけどな………?
レシフェかウイントフークさんに聞けば分かるかな…。
でも礼拝の時、祈りの場所に石があるよね?
あれは?
力を受けられるから、あるんじゃないのかな?
白い魔法使いなら、知ってるかな…………。


オイルまで付け終わると、肌はプリプリだ。

あの、「ルガ」と言っていた倒れた男の子の事がパッと頭に浮かぶ。
痩せた身体、乾いた肌。ガサガサの手足。

ぐっと込み上げるものを抑えて、できる事を考える。いちいち泣いちゃ、駄目だ。
きっとここでは、こんな事は沢山ある。…………嫌だけど。
でも、少しずつ何とかするんだ。

食べ物だけでどの位治るかな…………クリーム、作るかな…………。


そう考えながら洗面室を出て、少し明るくなっている窓の外を眺める。
冬の寒さが深まるこの季節、まだ朝は暗い。

寝室の扉を静かに開けて、ベッドの気焔を確認した。

まだ、寝てる。

いや、起きてるんだろうけど。

今朝は用事が無いのだろう。
白い刺繍が入ったカバーから覗く金髪が、ちょっと可愛い。
そのまま静かにまた扉を閉めて、お茶の支度を始めた。
石の話を聞きに図書室へ行きたいし、造船所もある。今日も忙しい1日が始まるのだ。

朝くらい、ゆっくりしようっと。


そうして私はまた窓の外を眺めながら、ゆっくりと糞ブレンドを注ぎ始めた。







「して?何故それを知りたいのじゃ?」


予想外の硬い声が返ってきて、思わず身構えた。
細長い窓から差す光を見つめるしかなくて、戸惑う、私。

さっきまで、普通に話してたのに。
そんなに?まずい、話なの??

気軽に、訊いたつもりだった。

朝の礼拝でもやっぱり、一番前であの黄色い石が気になっていた私。
初めに見た時は、乳白色で少し、黄色っぽいかな?という程度だったかと思うのだが、最近色が変わってきた気がしていた。

気のせいかな?とも思ったけど今日、きちんと注意して見ると、やはり違う。
色は濃く、変化していて今は蜂蜜色に近い。
そんな事が、あるのだろうか?

その後朝食の席でもぐるぐるしていたら、気焔に沢山お皿を乗せられ食べ過ぎたのだけど。
そしてお腹を摩りながら、図書室にやって来て何故か私を待っていた様なウェストファリアに招き入れられ、今、ここ。

この、緊迫した空気。


奥の机の前に立ち、きっと私を見つめている白い魔法使いの顔は、逆光で見えない。
私が質問した事で彼の動きがピタリと止まり、声が「魔法使い」の方の声になったから。
訊いてはいけない、質問だったと判るのだ。


でもな…………。別に、悪い事訊いてる訳じゃ、無いよね?
ただ、「石に力を溜める事は出来ますか?」って、「あの石が変化してるのは、何故?」って。
訊いただけなんだけど。

でも、ウェストファリアは白い魔法使いになっちゃった。招き入れてくれた時までは「同類」の方だったのに。

石に力が溜められると、駄目なのかな?いや………駄目じゃ無いよね?便利だよね?
利用されるから?でも誰でも考えそうな事だよね?秘密ってほどでもなくない?ベイルートさん………連れて来ればよかった。


あの後ウェストファリアにもカミングアウトしたベイルートは、初めに散々弄くり回された所為でこの部屋を敬遠しているに違いない。
さっき迄一緒にいたが、図書室へ入ると何処かへ飛んで行ってしまったのだ。

まぁ、仕方ないけどね…………。

こねくり回される一部始終を見ていた私としては、諦めるしかない。
熱りが覚めるまで、待つか。

とりあえず、黙っていても埓が明かない。
私が、何故それを知りたいのか。
「電池代わりにしたいから」って、言っていいかな?まぁ、いいよね………?

「あの、造船所に毎日行くよりは、力を溜められればその石を置いておけばいいと思ったんですけど………。」

そのままの単純な理由を、伝える。

パチンと白い魔法使いが指を弾いて灯りが付き、部屋が見易くなった。


良かった。ウイントフークさんになってる。いや、変身した訳じゃなく、同類に戻ったんだけど。

ホッと息を吐いた私は、ウェストファリアの表情を見て安堵して、いつもの長椅子にやっと腰掛けた。
目の前にまだ積まれている青の本を眺めながら、彼の返事を待っていると何やら机の上をガサガサし出したので私も本を手に取る。
そういえばまだ、借りて行った本を読んでいない事を思い出したけど。


「何をお探しだい?青のお嬢さん。」

「あったあった、これを持って行くといい。」

青の本が喋り始めるのとウェストファリアがこちらに来るのが、同時だった。

返事をする前にパタンと青の本を閉じた私。
(ごめん!)
とりあえず心の中で謝って、彼の手のひらの石を見る。

「これは………?」
「お前さんが言っとったんじゃろう。これに力を溜めて行くといい。小さいが二日分くらいは何とかなるじゃろう。」
「二日分………。」

子供達やロウワが全く力を供給しない訳じゃない。

じゃあこれがあれば、私は二、三日おきに行けばいいよね?最初はどの位保つのか、様子見て………。

手のひらの上の半透明の石を見ながら、何故ウェストファリアが警戒していたのかを考えてしまう。
そう、多分彼は私を警戒していた。力を溜める事は出来るのか。礼拝堂の石の変化は何故か。
そう、訊いただけで。

ん?
でも石に力を溜めれる事は教えてくれたよね?
じゃあそれがまずい訳じゃないって事?そうだよ、それは結構誰にでも思い付くと思うし。
でも、石の変化だって見てれば分かるよ?めっちゃ普通に置いてあるし?
何がまずいのかな………。

両方だから………?組み合わせ………?


手のひらの薄茶の石を眺めながら、ぐるぐる、する。
私に知られたくない事、警戒。
祈りを溜める。そして石が変化する。
あの大きな石に?
この大きさで二日分………。


嫌な、予感。


私が知る、そんなに沢山のまじない力を必要とする、もの。

えー。
ウソだよね………。白い魔法使い、悪い魔法使い?
でもな………まだ分からないか。

もし、もし彼が箱船に関わっているとして。
計画…………うーん。出来そう。
でもな?まだ、分からない。

そう、私はまだウェストファリアの事を判断できる程、彼の事も知らないし、ここの事も知らないのだ。
今は、協力してもらわないと駄目だもんね‥。
とりあえずをそう納得して、もう造船所へ向かう事にした。
だって、多分ここで考えてたって解らない。

私が動く事で、見えてくる物が多分、ある筈だから。

現に彼はこの石を貸してくれたし、子供達の食事の根回しについても何も、言われていない。
報告はされている筈だ。造船所で、何があったのかも。クテシフォンが「どう」話したのかは分からないけど、とりあえず私に会った時、彼は好意的だったと思う。
「あの質問」がNGだっただけで。

「じゃあ、私行きますね!また何かあればお願いしますのでお願いします!」

そう、謎のお願いを言い残して私は白い魔法使いの部屋を出た。


あ。
禁書室の事、聞くの忘れた。まぁ、また後でいいか…………。





そうして今日も、クテシフォンと造船所だ。

彼は彼なりに協力してくれるつもりのようで、力の授業が無い日でも私が造船所に行く時は必ず自分が同行出来る様にしてくれていた。
私も隠さなくていいので非常に助かる。

そう、実はあの後造船所に行った時にやや問題が発生していた。
それは「色」に関する問題だったのだけれど…………。



「嬢ちゃん問題だ。」

あの、次の日造船所に行くと開口一番こう言われた、私。
何が問題なのか分からずシュレジエンの顔を見ながら物見櫓に近づいて行くと、彼は船の一部を指差していた。

その「問題」は、すぐに判った。

だって、私がまじないで作った部分だけが淡い、ピンク色だったから。



何これ…………ちょっと、恥ずかしいんだけど。

私には原因が、分かっている。
あの日。その前日の夜、あの天空の門で空を淡いピンクに染めたからだ。
そう、それにそっくりな淡い、ピンク。

何これ。私の頭の中が、ピンクみたいじゃん。
まぁ、ピンクだから、ピンクになったんだろうけど。

「え、これ、まずいですか?」
「まぁな………。おい、ナザレ!」

シュレジエンは何故かナザレを呼んで、ナザレが船に上がってくる。
私の顔を見ると嬉しそうに、ピンクの部分を指して褒めてくれたけど。

「素晴らしいですね、この色。中々出せないですよ。ここに来る前は、ウィールに?」
「え?何で分かるんですか?そうです!ナザレさんも??」
「僕はウィールから、ここに来ました。」

「えーーー!」


その後はシュレジエンに注意される迄私達は延々とウィールの話と、色の話、ナザレは道具と木工、石工、色々やった事、私の色は多分裁縫で染色をやったからじゃないかという話、色々、沢山、した。
そして何と驚いた事に、彼は元々ラピス出身だった事が判ったのだ。

でも話していて納得したのだけれど、シャットにも植物はまぁあまり無いし、鉱物も実験用の石くらいしか見た事がない。彼は「ここには植物も鉱物も無いから、色が作れない」と確かに、言っていた。
私にとってそれは普通の事だったから、聞き流していたけれどよくよく考えれば分かる話なのだ。

そうしてラピスの話まで始めてしまったので、余計に話が長くなったのだけれど。


「お嬢は養子だと言っていたがラピスなのか?そんな事があり得るのか………?」

確かにラピスにはまじない力が高い人は、少ない。でもウイントフークもいるし、ベイルートだっていた。全くいない訳では無いのだろう。

「だって、私フェアバンクスさんの養子ですよ?ラピスにも、たまに居るんですよ。」

言い訳になっているのか、イマイチ分からないがまぁいいだろう。
とりあえず、ナザレにピンクの部分の詳しい話を聞く事にした。ピンクの何がいけないのか、全く分からないから。

いや、突然色が変わってるから、確かにデザインとしてはどうかと思う。でも、何故か石と木が組み合わされて出来ているこの船が、これ以上ツギハギになった所でそう問題とも思えない。
何か、他に理由があるのだろう。
そう、呑気な私は考えていた。

その「色がある」という事自体が、自分にとっては当たり前過ぎてそれが何を引き起こすかを、全く解っていなかったのだ。



とりあえず船を下りた私達はクテシフォンも交えて、またあの小さな部屋へ向かった。


いや…………この部屋、大の男が三人だと狭くない………?

膝を突き合わせる程では無いが、クテシフォンとシュレジエンが大きいので圧迫感が半端ない。
私はスペース的に、ナザレの横に座ったのだけど向かい側の圧を見てから「ちょっと失敗したかも」と思ったが仕方が無い。
まぁそう長い事でも無いだろう。うん。

そう思っていたのは、私だけだったみたいだけど。


「で、まずあの部分だが嬢ちゃん、色は戻せるか?」
「え?ピンクから?灰色に?……………多分。出来ると思います。」

私の返事を聞いて、全員が顔を見合わせてため息を吐いた。
でもナザレはなんだか目がキラキラしているし、クテシフォンは考える人のポーズで何か考え始めた。シュレジエンだけは、かなり苦い顔をしてあのモジャ頭を掻いていたけれど。

え?駄目?
でも戻して欲しいんだよね?どっち?

「あの…………?戻さない方がいいですか?」

「………いや。そうじゃないんだが。ちなみに、違う色にも出来るか?」
「何色ですか?具体的に言ってもらえれば、大丈夫ですけど………?」

私の顔を見て、やっぱりまたため息を吐くシュレジエン。クテシフォンと何やらボソボソ相談を始めた。
でも、隣のナザレの瞳は益々キラキラしていたけれど。


二人の話が終わらないので、ナザレに気になっていた事を聞く事にした私。
木工、石工をやっていればきっと出来るに違いない。うん。

そう、私は窓が、欲しかった。
この、大きな倉庫の屋根に。

きっと、窓を作ればいい事がある。
何故だか、それは分かっていた。












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