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7の扉 グロッシュラー
考える、私
しおりを挟む「この絵って書いたのは…………?」
設計図と完成図を貰って、一人眺めていた私。
もう、建物中の人が私を見ていたけど気にしない事にした。
別に、悪い事してる訳じゃないし。ただ、珍しいんだよね?
でも一応、あのモジャモジャの海賊みたいな人には許可を取っておいた。
後でシリーが叱られては元も子もない。私がそう、話した時、彼は何だか意外そうな、けれど楽しそうな青い瞳を向けたのを私は見逃さなかった。
もしかしたら完全に悪い人では無いのかもしれない。そもそも、良い悪いの基準が違うんだろうけど。
でも子供を倒れる程働かせるのは、悪いよね?
うん。
さて。
「書いたのは私です。」
そう言って前に進んで来たのは、茶の短髪がくるくるした、いかにも職人、みたいな手をした男の人だ。
ほうほう、彼が。この絵を。
私が気になったのは、その絵がとても良かったからだ。ただの設計図と言うよりは細かくこだわって、何なら楽しんで描いたであろうその絵がとても好きになった私は、どんな人が描いたのか、気になっただけだった。
「呼び出してごめんなさい。私はヨル。これはとても良い絵ですね?凄く、好き。ちょっと色を塗りたいくらい。」
「…………本当ですか?………ありがとうございます。」
私を正面から見る事をせず、遠慮がちに話す彼。
私の態度に戸惑っている彼に、いきなり言葉遣いは適当でいいなどアレコレ言うのも違うだろうと思い、その辺は自然に任せる事にした。
多分、彼等の様子からネイアやセイアに対して良い感情を抱いているとは言い難かったから。
ただ、「ナザレ」と自分の名を言った彼は意外な事を呟いていた。
「色があればと思うんですけどね。染料が手に入らないのです。」
多分、私が聞いているとは思わなかったろう。
聞き流されるだろうと呟いただけの彼の言葉に、私は物凄く食い付いたのだけれど。
「色が?無い?」
くるりと振り向いた私の剣幕がまずかったに違いない。可哀想なナザレの青い目は驚いて見開きぐるぐるしていたのだけど、構わず彼の服を掴んだ、私。
「え?全然?何も?無いんですか?………染料、原料が無いのか………。」
ブツブツ言っている私を止めたのは朝だ。
「依る!離しなさいよ。大変な事になるわよ。」
「ん?」
辺りを見ると、子供達は怯えているしもう一人の男の人は手を出したものかどうしたものか、迷っているが表情は悲壮だ。
「キャッ!ごめんなさい!!」
そんなつもりじゃ………ごめんなさいごめんなさい、とぐるぐる周りのみんなにも謝って、逆に恐縮させた所でまた朝に止められ、とりあえず元に戻った。
くるりとナザレを改めて見ると、彼は苦笑しながらも私の問いに答えてくれた。
「そうなんです。ここには植物もない、鉱物も。原料が無いんですよ。」
「そっか………だよね。」
グロッシュラーは、見渡す限りの灰色地帯だ。
今ある、色の付いた物たちはきっとラピスやシャットからきた物なのだろう。新しくここで何かを作る時に、染料が無いから全部灰色なんだ。
……………嫌だな、そんなの。
「依る。脱線してるわよ。」
「分かってる。」
設計図から顔を上げて、また船を見上げる。
とりあえず、染料は後だ。
また船に登って、周りを見る。
何故かツギハギの、船。
物見櫓の海賊は、何だか楽しそうに私を見ている。
シリーは心配そうにしていて、加工場の子供達は何が始まるのかと期待の目だ。さっきの私のマヌケな姿で少し、緊張が解けたのだろう。
オルレアンは何だかポカンとしていたので、ノリノリだった私はウインクしておいた。こっちではウインクってしないのだろうか。何だか驚いた顔が面白い。
クテシフォンは腕組みしてこちらを見ているけれど、特に咎める様子もないのでそのままくるりと船に向き直った。
「さて?」
やっぱり、宙かな?
宙は「気づきの石」と言っていたけど変化の石でもある。
以前、話石でウイントフークがモクモク出て来てから、私は宙には具現化の力もあると思っていた。
中庭で、「空」も作ったし。
多分、出来る。
だって、「まじない」だし。
そう、私は気付き始めていた。まじないを上手く発現させる為に、大切な事。
それは「信じる力」と「想像する力」だ。
そしてそれぞれの強さ、クオリティが完成度に影響する事。
そう、まず何でも「できる」と思わない事には始まらないのだ。
もう一度完成図に目を落とし、具体的に頭の中に思い描く。
シリーに確認して、今ここにある材料でどこまで出来るのか見極め作り過ぎないようにする。
やりすぎは禁止だ。
私の仕事は、この子達の仕事を取り上げる事じゃ、ない。
多分、完成形だけしか思い描かなければこの船はきっと完成してしまう。
何故だかそれは、分かっていた。
「じゃ、いい?」
きっと他のみんなに聞いても返事は返ってこない事は分かっている。
朝とベイルート、宙に確認して目を瞑り何となく上を向く。
窓があれば、いいのに。
そう思いながら頭の中で船のパーツを思い浮かべながら歌う。
いや、勿論頭の中でよ?
そう、音楽を流しながらテレビを見る感覚だ。
そうしてちょっとだけ、力を込める。材料は、そう多くない。
何となく粘土でも捏ねるように手をくるくる動かして、力を込め、フンフン言いながら完成させる。一部なので、すぐだ。
なんでかやっぱり、鼻歌は出ていたけれど。
「さ、出来た。あとは?今日、あの子がやるはずの作業はある?」
くるりと振り返り、シリーと作業場のナザレを見る。
二人は今目の前で起こった事を呆然と見ていて、ちょっとまだ何処かへ行っている様だ。
子供達だけがキラキラした瞳で私の所へ駆けてきて、「すごい!」「どうやったの??」と無邪気に盛り上がっている。
ただ、一人の男の子を除いては。
「大丈夫、今度教えてあげる。」
そう言いながら辺りの状況を確認して、先に海賊のおじさんと話す必要があると判断した私は彼に向かって頷く。
彼はニヤリとするとクテシフォンにも「おい。」と声を掛け、それが合図のようにみんながまた動き出した。
そう、私が何をするのかと今迄全員が手を止めていたから。
それぞれが持ち場に戻り、オルレアンは神殿に帰され、私はローブをかけた男の子の所に、いた。
まだ青い顔のまま、寝ている男の子。
紺色のボサボサの髪が痛々しくて何だかまた涙が出そうになる。手足も細くて、ガサガサだ。
身なりは悪くない、と一見思ったがそれは遠目だったからだろう。やはり、生活は厳しいのだ。
物音がして振り返ると、おじさんとクテシフォンが立っていた。
おじさんはその男の子を見てため息を吐くと、「こっちへ来い。」と言って歩き出す。
「この子は?」
「大丈夫、まだ起きない。寝せておいた方がいい。」
少し、優しい口調で言われたので黙ってついて行く。そうして三人で黙って歩き、おじさんが私を連れて行ったのはさっき造っていた船の中だった。
思ったよりハリボテっぽい、船内。
意外な様子にキョロキョロする私に構わず、慣れた様子でクテシフォンは一つの小部屋に入って行き、作り付けのベンチに座る。
おじさんに促されて中に入ると、コップなどの備品があるので普段から使われている部屋なのだと分かる。
秘密基地のような船内で、いつもは何をしているのだろうか。
そしてこの船の違和感は、何?
そう、何故だか私は船の中と外での違和感、何かが違うという感覚を探っていたが、やはり分からない。
とりあえずみんなが既に座っているので、私も空いている所に座った。
何となく、誰から話し始めるか、という雰囲気。
口火を切ったのは勿論、私だった。
「何故?」
何だか言いたい事は沢山あるのだけれど、上手く言葉が出てこない。
チラリと肩のベイルートを見た。
朝は、さっきから子供達に人気で多分今も一緒に遊んでくれているだろう。
肩に乗っている玉虫色を見て、少し気持ちを落ち着かせると単刀直入にこう聞いた。
何より、制度とか、言い訳とかじゃなくて彼の気持ちを聞きたかったからだ。
「おじさんはどう思っているんですか?」
よく考えると「おじさん」はちょっと失礼だと思ったが、その時の私はそこまでの余裕が無かった。
それに、おじさんはローブなども身に付けていなく、私が知る人で言えばシュツットガルトに近い。多分、礼儀など気にするタイプじゃない筈だ。
そしておじさんはやはり普通にこう、答えた。
「俺はシュレジエンだ。おじさんは、よせ。」
そう言って私を見る彼の瞳はやはり少し楽しそうなのだが、何故だか少し翳りがある。
探るような目つきを見ながら、黙っておじさんの話の続きを待つ。
「お前さんは…………何だ?」
ぐるぐるした紺毛を後ろで束ねた髪。彼自身もそう、いい暮らしをしていなそうな雰囲気だが、この人の場合もしかしたら自分が無精なのかもしれないな、と思う。
ガシガシと頭を掻きながら上手い言葉を探そうとしているシュレジエンを見て、私が先に、答えた。
「私はここに来たばかりのただの子供です。まだ、何も知らない。ここの、ルールも。ただ、「あれ」は間違ってると思うんです。」
「おじ………シュレジエンさんはどう思いますか?このままでいいと思ってるなら、もっと上の人に相談すべきなのか…………。」
私がブツブツ言い始めると、慌ててシュレジエンは手を振り、言う。
「おい、それはまずい。お前さんが何言われるか…………。」
「え?何を言われるんですか?」
パチクリしている私を見て、クテシフォンが口を開く。何だか想像通りの分かりやすい答えにちょっと笑ってしまったけど。
「こんなじゃじゃ馬、嫁の貰い手がなくなるとか、銀の家が傷付く、とかじゃないか?」
………分かりやすい。
どこの田舎の井戸端会議かと思ってクスクス笑っている私を、おかしな物を見る目で見ている、二人。
でも、そんなこと言う人って、誰?
銀の家って、偉いんでしょ?私が言うのも、なんだけど。
「ここは何処が管轄してるんですか?神殿じゃ無いですよね?」
「セイアやロウワが来るから神殿も無関係じゃ無いが、上はユレヒドールの館だろうな。」
クテシフォンが言うにはあの、途中の石の城に住んでいるのがここのボスらしい。
神殿は基本独立しているので干渉はされないようだが、ラピスやシャット、他の扉との取引や問題の子供のやり取りなど、教育以外を受け持っているのが城なのだと言う。
ふぅん?
レシフェの元上司、って事かな?
いやいや、それよりよ?
「じゃあそれはどうでもいいとして、シュレジエンさんの本意はどうなんです?」
協力してくれるなら、わざわざ事を荒立てる必要は無い。出来れば城には、レシフェに会ってから行きたいし。
青い瞳を大きくして私をまじまじと見ながら、シュレジエンはまだ言っている。
「どうでもいいって事はないだろう。お前さん、どこの家だ?」
「?どこの家?銀の家?」
??何の事?
クテシフォンが彼に説明してくれて、シュレジエンがポンと手を打ち鳴らす。そう、私が養子だと言ったのだ。
で、養子だとなんか関係あるの?どこの家??
私の頭のハテナが見えるのかクテシフォンがサラッと説明してくれる。
「銀の家にも派閥がある。まあ、三つしか家がないから、その中でどの家かって事だがな。」
「派閥?仲悪いんですか?」
「…………さぁ?しかしやはり上下はあるのだろう。」
白のローブを見て、そう呟くクテシフォンは白の家の事を考えているのだろうか。
「ふぅん…………どこも、面倒くさいな。」
あ。口に出てた。
しまったの顔をして口に手を当てると、私のその一連の動きを見ていたシュレジエンが笑い出す。
クテシフォンはちょっとしょっぱい顔をしていたけれど、瞳は優しい青だ。
豪快な笑い声で部屋の空気が変わり、私も少しリラックスしてきた。肩の力が抜けて、壁に背をつける。
多分、大丈夫。
この二人は。
じゃあ、誰?こんな事をさせてる奴。
とりあえず何からすべきか、頭を働かせる。
この人達に迷惑は掛けたくない。
なら、こっそりやれる所から……………でもまず、食事じゃない?あとはまじない力か。
毎日は、来れないかな?
いや?私結構、ヒマなんだよね………確か。
朝礼拝して、ご飯食べて、勉強して、ご飯食べてここに来て、帰れば良くない?
力かぁ…………何か、お手軽に力だけ運べるといいんだけどな。充電器みたいなの、欲しいなぁ…。
でもこれ、まじないで出来てるにしては少しおかしいよね………?色も所々、全然違うし。
部屋での違いもあるのかな?あっちは…………?
「おい。」
「………!すみません。」
一人完結して船の中を見に行こうと立ち上がっていた私。
完全に怪しい。
咳払いをして戻り、とりあえずこの状況を変え整える方向に動くべく、座り直して二人の顔を見る。
秘密の、相談だ。
「フフッ。」
「なんだよ。」
「まぁ、言えないから、黙っておく。しかしウェストファリアには言うぞ?」
何も言わなくても二人が協力体制に入ってくれているのが嬉しくて、つい笑みが溢れる私。
クテシフォンとウェストファリアの関係が面白くて、また笑う。
ミストラスさんには、言わない方がいいって判断だよね?ネイアも色々あるのかもね………。
「ウェストファリアさんなら、大丈夫です。」
そう言って私は二人と、これからの相談を始めた。
「とりあえず明日は天窓!」
「突拍子もない事を思い付くな、君は。」
クテシフォンとの、帰り道。
特に神殿での事について、色々質問したりお願いしたりしながら石畳を歩いていた。
私達はとりあえず、出来る事から着手する事にした。
まず子供達とロウワにも規則正しい生活をさせる事。
睡眠をきちんと取らせて、食事はクテシフォンが食堂に手を回してくれる事になった。食堂の大元は同じらしく、下ごしらえが終わったものが上の食堂に運ばれるらしい。元々は地下で作業をしているそうだ。だからそこでちょっと、増やしてもらう事にした。
いずれ、食費の増加に気が付いて何か言われる前に、そこら辺は考える予定。主に、クテシフォンとベイルートが。
そう、金勘定と言えば適任者がいた事に気が付いた私。私が連れている猫はまじない猫だ、というのは割と知れている。なら、まじない虫でも良くない?
それでクテシフォンとウェストファリア限定で、バラす事にした。そうすれば私の苦手な計算系は、ベイルートに任せられる。うん、適材適所。
私の担当は、力だ。
とりあえずいい方法が見つかる迄は、日参する事にした。わざわざ造船所まで行かなくていい方法が見つかれば、それもアリだけど私自身もここの子供達やロウワの様子が心配だったのも、ある。
安定する迄は、様子を見たい。
規則正しい生活と睡眠、きちんとした食事、それに力の使い過ぎが無ければ、最初の一歩としては上出来だろう。
「あとは教育か…………。」
気になる所はまだまだある。
何故礼拝が別なのか、とか。
住んでる所は大丈夫なのか、とか。
食堂だってちゃんとしたご飯になっているか、チェックしたい。
「うーん。」
「君は面白いな。」
腕組みをしながら歩く私を見て、そう、いきなり言うクテシフォン。
隣の背の高いローブを見ながら、疑問に思っていたことを口にした。
「どうして協力してくれたんですか?最初、放っておけ、みたいな事言ってましたよね?」
すると彼は苦笑して下を向いてしまった。
責めている訳じゃ、無かったんだけど。
石畳に私達の足音だけが響く。彼は靴も、白いなぁと思いながら前後に動く足を見ていた。
「いや、正直まだ良く分かっていない。今迄はこれが当たり前だったからな。どっちが正しいのか分からないんだよ、恥ずかしながら。」
そう言って少し歩幅を狭める。
私に合わせてくれたのだろう。
「でも子供の顔を見て、君のやっている事は間違ってないと感じた。どっちが正しいのかは、分からない。だが、そっちの方が「いい」のは分かるよ。それが、結局全てかもしれないな。…………あの子達の笑顔を見る事は、今迄無かった。」
「私もまだまだだ。ウェストファリアに聞くことにするよ。」
何だろ、この二人。
私は可笑しくなってクスクス笑っていたが、彼はちょっと恥ずかしそうだったので、訂正しておいた。クテシフォンを、笑った訳じゃないから。
「お二人は、いい関係なんですね。」
「ああ。………親よりも尊敬している。」
その、クテシフォンの言葉を重く受け止めつつ、池の横を通り、神殿の大きな階段を上る。
それは、レシフェの言葉を思い出したからだ。
あの、「この世界では親兄弟よりも仲間だ」と言っていた彼の言葉を。
帰り道はなんだか今迄よりも寒さを肌で感じた気がして、そろそろ雪が降るかもしれないな、と思った。
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