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7の扉 グロッシュラー
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しおりを挟む「なぁに、大した事はせんよ。今日はもう遅い。選択はまだじゃな?明日は図書室に来るといい。」
そう言って、白い魔法使いは私にここから立ち去るよう手で促すと、自分は門の下の階段に座り本を読み始めた。
え。
本当にここで読む為に持ってきたんだ。
寒くないのかな?
でもこれ以上、色々バレてまずい事にならない為にも、私は戻った方がいい。
そう判断して、速やかにその場を立ち去った私。途中で丁度鐘が聞こえたので何食わぬ顔をして、美味しい夕食も食べてきた。
ただ、残念な事に知っている顔が見えなかったので、また手早く食べるしかなく、ゆっくりは味わえなかったのだけど。
食堂のご飯はどれも美味しくて、「いつまでこんな生活なんだろ………。」と朝につい、愚痴っていた私。折角の美味しいご飯を慌てて食べるのが、本当に勿体なく思えてならないのだ。
とりあえず選択が決まれば、お友達も出来てゆっくり楽しくご飯が食べられるかもしれない。うん。
いや、私としては一人でも構わないのだが、ブリュージュにあんな事を言われてしまったので、どうしても警戒心が抜けない。
つい、話しかけられない様堅い空気になってしまうし、とにかく周りが気になってしまうのだ。
うーん。
これは、リラックスした食事の為には早急に解決しなくてはならない問題だ。
食事の時間は、大事。
一人でブツブツ言いながら、部屋に戻った。
「ねぇ。やっぱり見つかった事、言わなきゃダメだよね?」
「まぁそうでしょうね。」
「だよね……………。」
「でも依るが言わなくてもベイルートかどっかから聞くかもしれないわよ?なら、自分で言ったら?」
「……………だよね………。」
お風呂上がりにまったりお茶を飲みながら、朝とゆっくり話す。
思えば小さな頃からの習慣だが、扉の世界に来る迄は私の独り言だった。でも、もしかしたら昔から朝は返事をしててくれたのかもしれない。
いや、してたね、多分。
そんな事をつらつら考えながら、「気焔まだ来ないね。」と最後の一口を飲み干す。
もう、洗い物は明日にしようかな…。いや、洗うべきか。うーん。
いや、やっぱり朝洗い物が残ってるのは違うな…。
結局片付けを終え振り向くと、既に気焔はそこに座っていた。
「眠れないのか?」
そう、案の定言い出しにくくてそのままベッドに入ってしまった、私。
いつまでもモゾモゾしている私が気になったのだろう、気焔は心配そうな声を出しているが、目を合わせたらバレそうなのでまだ下を向いたままだ。
いや、絶対バレるんだけどね…………。分かってる。でも、まさかこんなにすぐバレるとは。
ん?でも、あの感じだと結局、どのみち、バレるって事だよね?じゃあしょうがない………いや、手を握られなければバレなかったか。
じゃあ駄目だ………。
往生際が悪い私はまだ、何とか怒られない理由を探していたが、どうやら無理そうだ。
仕方が無い………。
「ねぇ、気焔。」
「?」
「怒らないで聞いてね?」
「無理だろう。」
「え?!何で?!」
「いや、また何かしでかしたのだろう?その様子だと。」
「むむぅ。」
何も、言い返せない。
でもさ、そんな事言われちゃったら言えないじゃん!ふーんだっ。
そう思ってぷりぷりし出した私は、大袈裟に膨れたフリをして、懐に逃げ込んだ。
いいもん。別に?内緒だって?いいし?多分。
ん?そんなに問題なくない?…………あるか。
「ひゃっ!」
急に、腰の辺りを擽られて、金色の瞳が目の前にくる。
ぐっ。キラキラしてる。
悔しいけれど、輝きが以前よりも増した気がするその金の瞳に絡め取られた私は、身動きが出来ずにまた、頬を挟まれる。
「ははら………むぐ。」
「分かっている。この顔も吾輩は気に入っている。」
ぐっ。
ずるい。
楽しそうな金の瞳にそう、言われてしまうともう何も言えなくなってただ、そのキラキラを見つめていた。
少し、困ったような顔をして笑い、私に訊ねる。
「で?どうした?」
ずるい。
何となく、「あの声」じゃないけど私に有無を言わさぬその声。
まぁ、結局内緒にはしないんだけどさ…。怒らないでよ…?
そう思いながら、頬を挟まれたまま説明をする。
「はの、うはかはれた。」
だから取ってって言ってるじゃん!!
堪え切れずに笑い出した気焔に、益々ぷりぷりする私。
「もうやだ!」
「いや、…………すまなかった。………ほれ、話せ。」
いや、だってまだ全然笑ってるじゃん………。
そうして私は開き直って、笑っている気焔を心ゆく迄観察すると、落ち着いた頃、話し出す。
やっぱり、笑顔はいいな。
「夕方ね、凄かったの。雲が。紅くて。もうね、燃えてた!!下を覗いたらもう、グロッシュラーごと煮られてるんじゃないかと思ってさ、もう落ちそうにはなるし下は凄いし………あ、いや、ごめんなさい。」
本題に辿り着く前に、ちょっと目が険しくなっている。
はい。紅いのは関係無かったです。
しかし、気焔が怒っているのはそこじゃ、無かった。
「………落ちそうになった?」
え?そっち?
「だから………言ったろう?全く。本当に。全然。聞いていない。………鎖でも……付けておこうか?」
なにそれ。怖い。
あまりにも真剣な顔で言われて、ちょっとドキッとしてしまう。
ん?鎖?待てよ?……………いいかもな?
金色の髪に手を伸ばし、いつもの感触を確かめる。
そうだよね………お願いするなら、他の人じゃなんだか嫌だし………多分、何かあっても大丈夫だろうし?でも、ネイアとセイアだとまずいとか、何かそういうのあるかな?でも、聞くだけタダだし、もしオッケーなら凄くいいアイディアじゃない?
金髪を触りながら急に無言になる私を怪訝な顔で見ている気焔。
私がぐるぐるしているのは分かっていただろうが、先に痺れを切らしたのは彼だった。
「依る?…………冗談だぞ?」
「え?………ああ、いや、その方がいいかと思って。」
「は?!」
「いやだから、繋いどくってやつ。」
「は…ぁ?」
「だって、他の人から何か言われるのも嫌だし。気焔は………嫌じゃないの?」
「は…………ぁ?鎖で繋いでる方が言われるだろうが!」
あ。
大事な部分が抜けてたみたい。
「違う違う。何か、「しるし」みたいなものを付けられないかと思って。私の世界だと、指輪とかだけど。こっちには、無いのかな?そういうの。」
「…………だ。」
物凄く冷たい目で見られてるけど、まぁ、それはいい。誤解だよ、誤解。
そんな、鎖で繋いでなんて、言う訳ないじゃん。
気焔の冷たい目を軽く流して、続ける。
こっちの世界に、「婚約者がいます」というしるしがあるのなら丁度いい、と思ったのだ。
そう、ゆっくりご飯を食べる為に。
私の意図を、きちんと説明する。
いかに食事の時間が大切なのか、食堂のご飯の美味しさは素晴らしいとか、きちんとゆっくり噛んで食べなきゃいけないとか、まぁ、つらつらと。
すると「お前の食事の為にこれだけ考えさせられるとは…………。」とか、グチグチ言っていたけれど。ご飯は大事だと思う。うん。
そうして気焔は確認しておいてくれると約束し、また私の頬を挟んだ。
「で?本題は。」
あっ。私が忘れてたよ。
すぐに手は離してくれたので、今度こそ大事な所を考えながら、話す。多分、一番まずい所から。
そう、悪い事は早めに言った方がいいのだ。
ま、それが出来ればこうなってないって言う…。
「あのね、白いネイアに会ったの。魔法使いの。それで、この前の光が私だってバレちゃった。」
「………それで?」
「うん、内緒にしてくれるって。でも、選択で図書室を取るようにって言われた。明日、行くつもり。」
「………ふん。白い魔法使い………彼か。なら、大丈夫か?」
何だか考え込んでしまった気焔。
とりあえず私は白状してスッキリしたので、また懐に潜り込んでぬくぬくしていた。
なんなら、ちょっと寝そうだった。
「…………ん?」
「コラ。まだ終わっとらん。で、何故お前だと分かった?見ていた訳では無かろう?」
「ああ………。」
スッキリしたのはいいが、全く説明になっていなかった様だ。
そして気焔に何度か質問されながらも、一通り、天空の門であった事を話した。その人の目が、ウイントフークに似ていた事も。
だから、大丈夫だと思ったんだよね…………。
そして私のその勘は気焔と同意見だったらしく、明日図書室へ行く事に対してのお咎めは無かった。
結局、図書室は取ろうと思っていたのでそう予定に変わりは無い。
とりあえずその白い魔法使いについては、「吾輩も気を付けるが、………まあ何かあれば、呼べ。」と言っていた。
でも、ここに来て私は少し考えを改めた事が、ある。
私としては、気焔がネイアのフリをしているうちはホイホイ呼び出す気は無い。
折角潜入しているのに、それを壊す様な事はしたくないし、きっとネイアは今迄の様に容易に暗示をかけたりするのが難しいと思ったのだ。
なんとなく、やはり神官というだけあってネイアには、オーラがある。
今迄はラピスだったり、シャットでも生徒に対しての事だったので比較的暗示はかけ易かったと私でも解る。
でもネイアはきっと、元々力も強いしあの、礼拝がある。きっと、今迄よりは難しい筈なのだ。
今、上手く溶け込んでいるのは多分あの胸にしまっていた山百合と、なんならシンのお陰もあると思う。
何となく、旧い神殿での様子から祈りの対象が違うかもしれないと感じてはいたが、やはり、祈りは祈り。彼らの周りには、その積み重ねてきたオーラの様なものを感じるのだ。
もしかしたら、その辺も知っているかもしれない。
そう、私は手を握っただけで私の事を見抜いた魔法使いならオーラの正体を知っていそうな気がしていた。
「楽しみだなぁ………。」
あっ。いけない、本音が漏れちゃった。
でも、気焔も分かってはいるのだろう。
特に咎める事もなく、その話は終わりだ、という様に私の髪を撫で始めた。
そうなると、早い。
またいつの間にか、その後の記憶が、無かった。
「じゃあ、行ってきます。」
出来るだけ、落ち着いて言ったつもりだったが気焔は朝に「あまり喋らせない様に。」と言っている。
もう………大丈夫だよ。まあ、そうは言ってもやらかしたから、この状況なんだけど。
次の日の、朝。
無事、言葉は分からないものの朝の礼拝を終えて、朝食を食べ、図書室を教えてもらった。
あとは、行くだけ。
その段階で気焔が朝に、私についての注意点を長々と話している。
朝もさぁ、真面目に聞かなくていいのに。て言うか、私に言えば良くない?
図書室へ向かって歩きながらくどくど言っている気焔をしょっぱい目で見ながら、こうなっているのは自分の所為だと思い出し口を噤む。大人しくしていると、やっと話が終わったようで気焔は階段を下りて行った。
そう、図書室は深緑の館の二階にある。
昨日説明を受けた教室の階段を挟んで反対側だ。
結局話しているうちに図書室に着いてしまった私達は、気焔を見送ると早速、扉の前に立つ。
少し、昨日の教室よりも凝っているその扉は、如何にも中に重要なものがありますよ、とアピールしているかの様だ。
他の扉は全て木の扉でそのままの深い茶色だが、その扉は深緑に塗られた扉。プレートには「図書室」と書かれている。
嫌でも高まる期待に、「大人しくしなきゃ」と自分に言い聞かせた。
「じゃ、入るよ?」
朝に、そう声を掛け肩に乗るベイルートに視線を移す。
大丈夫ね?よし、行こう。
そうしてノックをして、私はその知的な扉を開けた。
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