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7の扉 グロッシュラー

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いつもは頼りになるし、なんだかんだ小言を言いながらも、私を守ってくれる金の石。

でも彼がこんな瞳をしている時は、何故かとても、胸がキュッと、するのだ。


何が心配なのかな?
不安?でも気焔が不安な事って何?私が解決できるとこじゃなくない?それ。
でも、嫌だな…………。こんな瞳。
いつもの優しい、いや揺るがない…堅固な…?
うーん?なんだろう。常に強くいなきゃ駄目な訳じゃないんだけどな…?
気焔が、心配する事………この瞳はシンに会ってからだよね?


金の瞳が私が抑えている肩を見ているのが、解る。

え?これ?
これが心配?痛くないし………?なんだろう、たまに弾かれるのが嫌なのかな?

でも分からない。これは私を守る為に付いているもの。多分。それが問題な訳じゃないのは、分かる。

じゃあ何だろうな………訊いたら、教えてくれるかな?まぁ、ダメ元で訊いてみるか………。

「気焔?」

じっと、肩を見つめていた気焔が少しハッとしたように私を見る。
珍しい。
そのまま疑問を口に出す。出来るだけ、ストレートにだ。

「何か心配事?私の事?」

そう言って、気焔から視線を逸らさずに肩のあざに触れる。
一瞬だけ、多分、他の人が見ても殆ど分からない程度に表情が変わったのが、分かる。
やっぱり。
シンだ。喧嘩でも、してるのかな?

何も言わない気焔は、あざを見るのを止めていつものように私の目を見ている。じっと、何かを窺うように。

でも、誤魔化せないのが解ったのだろう。私の目を見たまま、こう言った。

「お前は………吾輩と………。」



うん?

気焔と?





なに?続きは?


急かしたいような、急かしたくないような。
ピンと張り詰めた空気。
しばらく待っても、気焔は口を開かない。

彼の表情の変化を見ながら、「ああ、もう無理だな」と感じた私は作戦を変更することにした。

私は、気焔を問い詰めたい訳じゃ、無い。

元気になって、欲しいだけなのだ。
ここじゃ、駄目だ。

「ねえ?部屋に飛んで?」

スタスタと気焔の目の前に立ち、青のローブを掴んでお願いする。
何も言わずに頷いて、気焔は私を運んでくれた。





でも、結局部屋に飛んで私がした事と言えばいつものように金髪を撫でくり回しただけだ。
白く柔らかな屋根に囲まれたふわふわのベッドで沢山撫でたら、少しは良くなるかなぁと思って。

だって、気焔が何を言いたいのかイマイチ、よく分からないしどうやったら元気になるのかも、よく分からない。それなら、自分がして欲しい事をしようと思ったのだ。

ただ、きっと何かに悩んでいる事だけは、確実なので兎に角つらつらと私の想いを語っておいた。
私が、気焔に元気でいて欲しいって、事を。


「今日もフワフワチクチク、いい弾力だよね…うん。大変なのは、解る。前より人に合わせなきゃいけないだろうし。ご飯も食べてるし。しなくてもいい、仕事もしてるし。バレないように気も使うだろうし。疲れるよね、うん。」

「あ、この辺、いい………でも、何だろね、喧嘩?してるの?この前からちょっと二人は微妙だよね?ん?気が付いてないと思った?…………分かるよ。そりゃ………流石に。もう、二人とも結構長いしね………。誤魔化せないよ?」

「仲直りはして欲しいけど………まぁ、無理にとは言わないけどね?二人の事だから、きっと理由があるんだろうし。でも、私はどっちかと言えば気焔の味方だから。…………ん?」


黙って私に撫でられていた気焔が、急に起き上がって私の頬を挟む。
いや、だからこの顔絶対………。

「道が、分かれたらどう、する?」

急に、気焔がそう言った。

道?何の?
でも、二人が喧嘩してるって話だから………気焔と、シンが、って事だよね…………?
ふぅん?

二人の道が、分かれる。
多分、今迄二人は協力していたのだと思う。ウイントフークの家での様子からして、そうだろう。

でも、道が、分かれた。

二人は別々に行く。どこに?
どっちに、ついて行くかって事?

えー。迷うな?いや、迷わないかな………。

「フフッ。」

怪訝な顔。
金の瞳が少し不審の色を滲ませる。
何故、私が笑っているのか分からないのだろう。
そんなの、決まってるのに。


「真っ直ぐ行くに、決まってるじゃん。」


ニッと笑って応えたその瞬間、目の前の金の瞳が煌き、燃えた。

一瞬にして金から橙に変化した瞳は、中に焔を飼うように燃えているのが、分かる。
あまりに美しくて、目が、離せない。みるみるうちに、焔と共に何かが変化していく。

「ハハッ!」

笑った!
滅多に見れない、気焔の心からの笑顔。


…………ああ、大丈夫なんだ。

もう、それで安心した私はベッドに座り直し、立ち上がって身体を動かす気焔を眺めていた。


何だか髪も少し濃い黄色になり瞳も燃えている気焔は、ムズムズする様に身体を動かし、何かを確かめているようだ。

綺麗。

キラキラ瞬く瞳と髪を見ながら、つい、ニコニコしてしまう。ラピスで見たより濃い色の、小さな焔達がくるくると舞って更に幻想的だ。
白い、部屋に瞬く焔の、石。

いつまででも、眺められるな…………。
でも、何で燃えてるんだろう?大丈夫かな?
でも、笑ってるから、いいか。


しばらくその美しい色を眺めていた。
徐々に、気焔が焔を取り込んでいくのが分かり、色も元の金に戻っていく。

すっかり色が戻る頃には瞳の憂いも消え、何故か初めて人型になった時の気焔を思い出した。

「気焔万丈。」

ふと、思い出して呟く。
そういえばこの人の呪文、フェニックスが何とかいうやつだよね………。
さっきの焔を思い出しながらピッタリだと、思った。
なんだか新しい焔に包まれて、生まれ変わったように、見えたから。

するとこちらを見た金の瞳がニヤッと、笑った。

「解った。」

いい顔で、そう言った気焔は「では、夜に。」と言ってちゃんと、寝室の扉から出て行った。






その後は何だか疲れて、お昼を食べると部屋で、昼寝をしてしまった。

シンにも会えたし、気焔は元気になったし、安心したのかもしれない。

「今日は朝、礼拝に出たからいいんだよね?」
「そうだと思うわよ?」

朝からそう言ってお墨付きをもらったので、もう思いっきりのんびりする事にした。
夕飯まではゴロゴロしてようっと。


「わぁ………気が付かなかった。一応、夕暮れなんだね………。」

ベッドで横になり、朝が寝そべる出窓を眺める。

今迄どうして気が付かなかったんだろう?

少しだけ橙に染まる雲を、見付けたのだ。
殆どは灰色の雲だが、一部、奥にある空が透けるような橙の部分がある。
気になって出窓へ行き、朝と一緒に張り付いた。

「ねぇ。夕暮れだよね?」
「多分。」
「外、行きたい。」
「ええ?駄目じゃない?」
「ちょっとだけ。………あの、裏だけにするから。門の所。」

朝は少し考えて、諦めたのだろう。「すぐ帰るわよ?あと、歌は駄目。」と出窓からヒョイと下りる。どうやら、一緒に行ってくれるようだ。

それなら、大丈夫だよね?

「今回は俺も行くぞ。」と天空の門を見たがっていたベイルートも連れて、三人でちょっと、行く事にした。
すぐそこだから、大丈夫だよね?うん。外出って程でも無いと、思う。あそこ、敷地内だし。

一人脳内で言い訳を並べて、部屋に鍵をかけた。




神殿の廊下にはあまり人がいなかった。

一応、コソコソと正面から出て、裏へぐるりと周る。

この時間って、みんな何をしてるのかな?殆ど人通りが無いので、授業中かな?でも、もう夕方だよ?

朝が、銀は結構自由だと言っていたので、みんなが何をして1日過ごしているのかちょっと気になる。礼拝しかしないなら、時間はかなり余る筈だ。そんなに楽しい研究、してるのかな?


雲を見ながら脇道を歩くが、先刻の様な橙の雲は見当たらない。折角出てきたのに、夕暮れの時刻が終わってしまったのかと焦り、足を早める。
礼拝堂の横を通り、裏へと曲がった。


「うゎ、間に合った!」

ギリギリ見える!

そう、下の方に少しだけ、橙の部分が残っているのが見える。急いで門への階段に向かい、高い所から見ようと駆け上がった。


「依る!出過ぎよ!」

朝にそう、言われるくらい乗り出していたらしい。

気が付いて足元を見ると、「わっ。」と案の定ふらつく。横から朝が飛びついてくれなかったら、危なかった。

「ごめん。」

尻餅をついて、謝ると朝も結構ギリギリで覗き込んでいるのが、見える。
自分だって見てるじゃん…………。


そう、実は夕焼けはこの島の下に、広がっていた。
覗き込んだその雲の向こうには、さっき見えた微かな橙よりも激しい色がぶち撒けられていたのだ。

落ちないように、寝そべりながら朝の隣に並ぶ。
ベイルートが「俺は見えん」と言うので髪に留まってもらい、頭をギリギリ、その天空の舞台から出した。


「これは凄いな。」
「ですよね…………。」
「何だか、私達、煮られてる気分。」
「わかる。」

朝が言うように、眼下に広がる空が紅すぎて、何だかグロッシュラーというお鍋に入って煮られている気分なのだ。
下に広がる雲も、薄い訳ではない。

それだけ、空が紅いのだ。

こんなに情熱的な色が、当たり前に存在する世界。この下は、どうなっているのかな?
ラピスも、私の世界も、この下にあるのかな?
自然の凄さを目の当たりにして、私は感動していた。
もっと、ここも、空の色があれば良いのに。

夕日は沈む時、物凄く、紅い。きっと太陽が高いうちはあれだけの色にはならないのだろう。
そう考えると、グロッシュラーは相当高い場所にあるのだと思う。

「綺麗だねぇ…………。」

そう呟いて、しばらくみんなで眺めていた。

静かに、夕日の鼻歌を歌う。
この位なら、大丈夫でしょ。
そう思って、一曲終わる頃丁度夕日が沈んだようだ。もう、殆ど灰色の空だ。

うっ。寒っ。

石に寝そべっていたので寒い。ローブも羽織っているが、やはり今は冬だ。地べたでは、無理がある。今度来る時は敷物が必要だね?


「もう、ご飯かな?行こう。」

そう声をかけてローブの砂を、払う。ベイルートはちゃんとまだ、髪に留まっているようだ。
よし、準備オッケー。

そうして私が振り返ると、白い魔法使いが立っていた。

「わわっ!」
「ちょ!」

驚いて朝のしっぽをちょっと踏んだらしいが、すぐに避けたから、大丈夫だった…かな?

恐る恐る、また白い魔法使いの方を見る。

そう、その人はどうやら白のローブのネイアだ。叱られると思った私は、とりあえず朝の無事を確認すると、大人しく向き直り言い訳を考えつつ彼の言葉を待った。


ん?
なんも、無いな?


顔を上げると白い魔法使いは、しげしげと私を見ているだけで何も言おうとはしていなかった。

あれ?怒られるんじゃないの?

どうやらお説教は免れた気配がして、そうすると彼の出立が気になってしまう。
だって、白い魔法使いよ??見るからに………。


その人は、お爺さん、と言うよりは少し若いだろうが多分、ネイアでは一番年上だろう。何となく、そんな気がする。
かなりの部分が白くなっている薄茶の長い髪に、青緑の瞳。高い鼻に眼鏡をかけていて、何故か手には本を持っていた。
きっとあの鼻と眼鏡が魔法使いっぽさを醸し出しているに違いない。うん。
その本ここで、読むつもりだったのかな?寒いけど?

私が首を傾げていると、白い魔法使いはそのまま石段を上がり私の前に立った。
そうして近くから私の髪を見たり、顔を見たり、ぐるりと私の周りを周ってみたりして観察している。
最後に手を出されたので、握手かと思い私も手を出した。

「ほう。」

白い魔法使いは手を握ると、そう言った。

そして、こうも言った。

「この前の祈りはお前さんか。」

「えっ。」

ヤバ。バレた。

何故かは分からないけど直感的にそう思う。
きっと、この人はこの前ここで私が歌った事を言っている。

ああ~~。気を付けろって言われてたのに、早々にバレちゃった。怒られる~~!


離された手を摩りながら、必死に言い訳を考える為ぐるぐるしている私に、白い魔法使いはこう言った。

「大丈夫。報告はせん。しかし、ちょいと協力してくれないかね?」

そう言ってニッコリ微笑む、彼。
しかしその青緑の瞳が危険な光を宿している事に、私は気が付いていた。

どこかで見た事がある、この目。

そう、獲物を見つけた時のウイントフークにそっくりなのだ。

でもなぁ。バレる訳にもいかないし…………。
そう、私に「断る」という選択肢は残されていなかった。

「やっぱ、止めとけばよかったわね?」

うん、朝、…………仕方ないよ。

私はちょっと項垂れたまま、白い魔法使いに返事をしたのだった。


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