透明の「扉」を開けて

美黎

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7の扉 グロッシュラー

銀色女子の注意点

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「まぁでも、こっそり動きたい時はアレを使えと言っていたぞ。シャットで全然使わなかったろう?」

そう言ってベイルートがブンと飛んで留ったのは、私のポケットだ。
あ。あれか。
ゴソゴソと臙脂の小袋を取り出す。

そう、結局シャットでは隠れる必要がほぼ無かったので全然使わなかったのだ。
私の部屋で、リュディアに臙脂の袋を見せた事を思い出す。あの時くらいだよね…もう懐かしいな。みんな元気かな?
ちょっと寂しくなりながら、袋に手を入れ一枚取り出す。

確かにここではラギシーは活躍しそうだよね………。
そうだ。探検する時これ使えばいいじゃん。うん。明日あたり、行けるかな?部屋も大体整ったし………。


「おい。行くぞ?」
「ああ、はい!そうだった…。」

鐘が鳴ったんだった。
ネイアね、ネイア…………。ブツブツ言いながらローブを羽織ると、またカチリと鍵をかけ私達は部屋を出た。





「ベイルートさん。ライン入ってない人がいいんですよね?」
「そうだ。お前、朝とはもう話しても大丈夫だろうが、俺の事はバラすなよ?気が付かれない方が都合がいいからな。」
「はぁい。」

それにしたって、私から声を掛けていいものだろうか。先生なんだから、立場は向こうが上だよね?どうしたらいいんだろう?


とりあえず階段を降りてゆっくり進む。一階をまたずっと歩き、外の広い神殿の廊下に出る。

「ん?人多くない?」

行き交う人が昼間に比べて多く、なんだか別の場所みたいだ。
え…こうして見ると、ラインが入ってない人は少ないよね。どうしようか。

とりあえずノコノコと進んでいた。そもそも、ライン無しの人が見当たらなかったからだ。
こうなったら気焔でもいいんだけどな…それもやっぱり青だから駄目とか言われるのかな。そんなの嫌だな……。


「おや?新入りだね?」

ん?私の事かな?
振り向くと、そこに立っていたのは茶のローブの女の人だ。ラインが入っていないし大人の女の人。ネイアで間違いないだろう。エローラに似た、グレーのストレート髪に茶色の瞳。私より少し背は低いけれど、スポーツでもやっているのかなんだか姉御系のキリッとした人だ。
ローブと瞳の色がピッタリで、なんだか私達自身が灰色の世界での差し色のように感じられる。
本当にそうだったら、なかなか洒落が効いてるけど。
赤ローブのエンリル然り、本当にみんな綺麗に合ってるな?

つい返事を忘れてニコニコ色を愉しんでいると、
また話し掛けられてしまった。

「見事な銀髪だな?伸ばしているのかい?」

ん?銀髪?
チラリと自分の髪を見る。
あー………確かに、ちょっと、あれかな?

髪留めは付けているけれど、確かに少し、グレーが薄くなっているかもしれない。
エローラ位だったのにハーシェルさん位になってるな?

そして銀のローブも関係しているだろう。
薄いグレーに銀糸が入ったそのキラキラしたローブの上にあると、余計に銀髪に見えるのだ。
思ったよりも誤魔化せていない、自分の髪にちょっと戸惑ったが地毛よりはマシだ。気が付かなかった迂闊さをちょっと後悔しながらも、とりあえず開き直って答える事にした。

「なんとなく、切れなくて。伸ばしてるのと、伸びてしまったのと、半々ですかね。」

「ほほう。君は面白いな?」

「あら。ヨル、もうビクトリアに会ったのね。」
「あ、さっきはありがとうございました。」

私達が立ち話をしているのを見たブリュージュがやって来た。
ブリュージュは黄色、ビクトリアは茶色。仲は良さそうだよね?

「そう、申し遅れたが私はビクトリアだ。見ての通り茶のネイアでいつもは図書室にいるから、遊びにおいで。」
「図書室、行ってみたいです。いつでも行けるものなんですか?」

そう、ミストラスが「図書室」と言った時から気になっていた。ベイルートが深緑の館にあると言っていたけど、どこにあるのだろうか。
どんな本があるのかも、気になる。
するとやはり、ビクトリアは私の予想通りの答えを返してきた。

「図書室は一部許可制だ。選択で図書研究を取ればいつでも、それを見せれば書庫に入れるカードが貰える。しかし図書室ならセイアは普通に入れるぞ。」
「わ!そうなんですね。選択………。あ。」

そうだ、自己紹介してない。今更だけど、いいかな?

「すいません、申し遅れましたが銀のセイア、ヨルです。今日着いたばかりで、失礼があったら申し訳ないです。」

「ふぅん?面白い子が入って来たな?」
「そう、思う?やっぱり?」

なんだか二人は楽しそうに笑っているけど、私は内心ドキドキだ。
でも、同じセイアと話しているよりは気が楽なので助かるけれど。
それにしても。

「ネイアは女性も多いですか?」

二人が私に視線を戻したのを見計らって、質問してみる。先生なら、失礼があれば教えてくれると、思う。だよね??

「そうだな。今年一人入ったが、基本的に十二人のネイアは今現在では、4分の1だな、女性は。」
「これでも増えたのよ?私が最初で、しばらくずっと一人だったもの。ちなみにセイアも男の子が多いわ。」
「どうしてですか?」

素朴な、疑問。
でもなんとなく、予測は付くのだけど。リュディアが言っていた、あの事だろう。

「そうね………やっぱり家が厳しいと、ここにすら来られないでしょうね。今ならたまに、私やビクトリアみたいな変わり種が強引にここに来たりするけど、昔ならとんでもない、って言われてたでしょうね。」
「変わり種とは………まぁその通りかもしれないが。」

二人の話を笑いながら聞きつつ、そのまま一緒に夕飯を食べる事になった。
食堂に向かいつつ、考える。

この二人はネイアだから、長くここに居るんだよね?リュディア曰く、婚約者が決められるって言ってたから結婚しないでここに居る、って事なのかな??どこまで聞いていいんだろう。でもかなりプライベートな事だしなぁ…。

ちなみに私はフェアバンクスの養子、という設定だ。出自は秘密らしい。まぁ、言えないんだけど。でも、この世界ではよくある事らしくネイア達は把握しているだろうと言っていた。
でもこんなに質問してたら、デヴァイの人間じゃ無いのはバレるよね………。ま、いっか。
途中でボロが出るより、いいだろう。



食堂に入ると、二人に続いて準備をしカウンターへ行く。
同じ様にメインを注文して、どんどん進んで行く。すると、お願いしようとした私を見て、中の人が先に焼き魚を出してくれたのだ。
ちょっと驚いたけど嬉しかったのでお礼を言って、「普通の猫が食べれるものなら大丈夫なので、これからお願いします」と頼んでおく。
調理係の人だろうか、頭巾と口の所にも布があるのでよく分からないが笑って頷いてくれたように見えた。
よかった。それにしてもサービスがいいな?
ここで働いてる人って事だよね?

なんだかあったかい気持ちになって、席に着くと二人が微妙な表情をしている。そうして開口一番、ブリュージュがこう言った。

「ヨル、あまりロウワや下働きに丁寧な言葉を使わない方がいいわ。他の子に示しがつかない。」

私がパチクリしていたからか、ビクトリアも続いた。

「ヨルはまあ、デヴァイ育ちでは無いのだろうから仕方ないが、ある程度の区別は必要だ。しかもヨルは銀だしな。」

出たよ。「区別」。
「示し」?なんの示しよ?どんだけ偉いの?
ん?…………でもどの位、偉いのか知らないな?
もしかしたら日々、世界の為に頑張ってるの「かも」しれないしな?

何にしても、まだ状況が分からな過ぎる。
それにしたってご飯作ってくれてる人に、丁寧にしちゃ駄目な理由にはならないと思うけど。

とりあえず、なんとなくお茶を濁す。いや、濁せてないかもしれないけど。

「分かりました。一応、周りの事もありますもんね?でもあの人達がいなければ、私達も美味しいご飯が食べられないのも、事実ですからね…。まぁ、程々にします。」

ブリュージュはしょっぱい顔をしていたが、ビクトリアはなんだか楽しそうに私の答えを聞いていた。そうして私を食事に誘った理由を教えてくれる。

「フフ。…それでな?私達がヨルと話したかったのは一応、ここでの注意点だ。特に君は女の子だからな。デヴァイから来たので無ければ、婚約者はまだ決まっていないだろう?」
「…………そうです、ね。」

おう。
私にもそんな話、来ちゃう?大丈夫?これ。
危険な匂いのする話だよ?ベイルートさ~ん。

「セイアにはヨルがデヴァイから来ていない事は知られていない。だから表向きは婚約者が決まっていると思わせておいた方がいい。その位の年だと、殆ど決まっている筈だから何も言わなければ向こうは勝手にそう思うだろう。」

「そうね。きっと貴女に相手がいないと分かるとみんな学びや祈りどころじゃないかもね…。誰か一人と仲良くしない様に、気を付けるのよ?」

そんなに………?
私がちょっと不安な顔をしていたのだろう。ビクトリアは笑って特に注意すればいい名前を教えてくれた。

「大丈夫だ。向こうから君にどうこうは、出来ないから。あの二人以外は。君以外に、銀がもう二人いる。一人はシュマルカルデンという三年。もう一人がランペトゥーザという、君と同じ新入生。新入生は良いとしても、シュマルカルデンはちょっと厄介かもしれないな………。」
「そうね。あそこはね…………。」
「え?大丈夫ですかね………私。」

含みのある言い方をされて、なんだか余計に不安になる。

「とりあえずミストラスには釘を刺しておく様に言っておくよ。私も「ヨル」なんて珍しい名前だから、君が女の子だと思っていなかったからね。そうだろう?」

問い掛けられたブリュージュも頷く。
確かに、「ヨル」は珍しい名前だろう。こっちの人からすれば。ん?自分の世界でもかな?
しかも、ちょっと思ったけどデヴァイの人達は名前が長い人が多い。私はやはり変わっていると思われるだろう。


二人はその後も色々と立ち振る舞いについてアドバイスをしてくれて、私も細々した事を訊いた。
セイアだけの場面で色々聞くのは得策じゃないと気が付いたので、この機会に聞いておかなければと思ったのだ。
しかし、その場で思いつく事にはやはり限りがある。きっと、困ってみなければ分からない事も多いだろう。
とりあえず二人は「男子に気を付けろ」と言っていたけれどそんなにアレなの?みんな、婚約者がいるんだよね?
そんな私の疑問には、こんな返事が返って来た。

「男女比はほぼ半々だけど、やっぱり家同士の事もあるから茶や赤の家は決まってない子も多いだろう。あとは基本的に嫁に出す時は、相手の家格が上の場合じゃないと親が首を縦に振らん。」
「そうなんですか?…………ん?」

それって、私の場合…………?
え?まずくない?

そんな私の顔を見て、ブリュージュは言う。

「貴女に興味を持って調べればバレるとは、思うわ。銀の家は人数も少なくて把握しやすいから。………それでね。」

え?なんですか………?

ブリュージュが貯めて話そうとするので、ドキドキする。
なに?なんなの??

「女の子が強く希望すれば、下の色の家とも結婚出来るのよ。つまり、貴女が茶や赤の家とどうしても結婚したい、と言えば多分可能なのよね。まぁ銀は少ないから、銀同士は元々結構難しいんだけど、貴女の場合逆に養子だからその枷がないのよね。」
「私らもバレない様にはするつもりだが、何かあればすぐ言ってくれ。」

うん………そうか。
とりあえず「分かりました。ありがとうございます。」とは言ったものの、どうしていいかはサッパリ分からない。

そうしてどうやら半分上の空のまま解散したらしく、気が付いたら私はもう二階に行く階段を上っている所だった。


「え?朝、私大丈夫だった?」

きっと私が上の空だった事に気が付いていただろう朝は「まぁね。」と微妙な返事をする。

「まぁ、致命的でなければ良かったよ。とりあえずなんだか今日は一日で色々あり過ぎて、疲れたな…………。」

ポケットから鍵を取り出し、カチリと扉を開ける。
ベイルートがいつの間にかいない事に気が付いたが、また何か調べに行っているのだろうか。



「お風呂入ろっと………。」

藍に頼んでお湯の支度をすると、着替えを用意して洗面室へ行く。

服を脱ぎつつ、髪を確認してみる。この、少し暗い所で見ても銀髪かな?
こっちの世界ではあまりまじまじと鏡で自分の姿を見ないし、街中に鏡がある訳でもない。
世の中、鏡って溢れてたんだなぁと思う。

洗面室は黄色のランプが二つ、灯るだけでいい感じの明るさだ。ちょっと、眠くなるな………。

髪留めを付けていても、確かに以前よりは少しグレーが薄くなった気がする、髪。

「あ。」

そうか。
今迄はお下げだったから気が付き辛かったんだ。
サラリとした髪を揺らしてみる。ちょっと角度を変えるとやっぱり銀髪だ。光が当たらない様にすると、グレーかな?
髪留めを外し、一応確認する。

うん?こっちは変化無しかな?

相変わらず白水色の髪は、ちょっと人じゃないみたいだ。でもこれはこれで、綺麗だよね…。

確認して気が済むと、お湯を張った湯船が目に入った。

うん?なんだか水が緑だな?
近づいて見ると、棚に飾ってあるマスカットグリーンと同じ、色。これは…影響なのかな?
なにしろ癒されそうなそのお湯に入ってみたくて、急いで身体を洗う。

「さてさて。どんなもんかな………。」

うん、湯加減はいつも通り。
ああ~~~~~。なんだか、まろやか?
両手ですくって、匂いを嗅ぐ。

「無臭………てか、ルシアさんの石鹸の香り。」

そう、今日もバッチリ、使っている。

「何はともあれ、ちょっと温泉気分…………。」

マスカットグリーンの原石を眺めながら、同じ色のお湯でゆったり、寛げる。足も充分伸ばせる白くてつるりとした湯船。
壁も同じ様に白い。薄ら立ち上る湯気に、ちょっと果実のジュースとかを飲みながらのんびり読書でもしたい気分にさせられる。
うん、キャンドルとかブックスタンドとか、無いかなぁ譲渡室に。………でも湯船文化が無いから、無理か………他の石も欲しいなぁ…。
結局、グロッシュラーでは何処から石を調達してるんだろう?
…………まさか、ね?

今迄の雰囲気から、嫌な予感がしたけれどとりあえずはベイルートに後で聞いてみようと思う。
そうそう、決め付けは良くないよ。うん。

でも鉱山なんか無さそうだし…あの川じゃないよね…何処だろう?あのおっきな建物?いやぁ、違うか…まさか、空?
でも空しか無いもんね?ここって。どうやって浮いてるんだろう?………まじないだよね…とてつもなく、大きい、石かまじないか。
うわ………なんかドキドキしてきたっ!

明後日、何やら説明してくれるみたいだけど教えてもらえるだろうか。いや?そもそもデヴァイの人間ならみんな知ってるとか?常識?
じゃあ誰か、ネイアに聞かないといけないな…。


そろそろ上がらなきゃ。
ボーッとしてきた………。

お湯から出て、のそのそと身体を拭き着替える。
ラピスにいた時は、窓からの景色を眺めながら化粧水をするのが好きだったけど、ここは二部屋になったので洗面台に諸々用意している。
この、白い空間に丁度いいね…。

お気に入りの小瓶はキラキラしているし、ストーンオイルも綺麗。
なんだかグロッシュラーは乾燥する気がするし、ウイントフークさんのお母さんに早めに会えるといいな?

そう思いながらハンドプレスをじっくりして、疲れを取る。
ハーブの、いい香り。
真っ白の洗面室。

何だか、黒い想いがついつい渦巻いてしまいそうなグロッシュラーには、いい空間だろう。
偏りそうになったら、お風呂。
外にも癒し空間が出来るといいんだけど。

明日はいいもの、探しに行こうっと。



洗面室を出て、正面の窓がすぐ目に入る。

到着した時と同じ、曇った月明かり。
月だよね………?多分。

そのまま寝室に入ると、出窓で朝が寝ている。フワフワの膝掛けの上で暖かそうだ。良かった。
それにしても、いい感じの空調だな?


服を片付けベッドに腰掛ける。

「この出窓、やっぱりいいよね………。」

しばらくボーッとぼんやりとした雲を見つめていた。

来ちゃったな。グロッシュラー。
全然、どうしていいか分からないけど。

靴を脱いで、ベッド脇に揃える。
今日もキラキラしたヒールの靴を見て、背筋を伸ばす事を思い出した。

うん。

ゴロリとベッドに横になりそういえば気焔に「夜は来てね?」と言った事を思い出す。

呼んで、いいかな?

「気焔?」

来ない。
あれ?と思ったらダイニングから扉を開けて入ってきた。
なんで?いつも、パッと現れるじゃん。

そんな私の疑問を無視して、私の顔を確認する様に眺める気焔。
大丈夫だよ、多分。ちゃんとやった………うーん?
大丈夫、ベイルートさんには怒られなかった。

寧ろ懐かしさを覚えるアラビアンナイトで現れた気焔に安心して、手招きする。
もう、チェックは終わったでしょう?
寝よ?


なんだか無言だけど、私も今日は疲れた。
明日の朝にしよう、報告は。

うん?何か報告するような事、したかな…………。


炎が無くても寒くなかったけど、ふんわりと薄い金色に包まれるとやっぱり安心出来て、すぐに眠りに落ちてしまった。





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