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7の扉 グロッシュラー
旧い神殿
しおりを挟むん…………
…………ん?
…………うわ……。
あ。これ、アレだ。
あの、ザラザラ…………。
「………おはよう、朝…。」
目を開けた瞬間に舐められないよう、先に話しかける。
ザラザラが止まり、「起きた?」と朝が言うので目を開けた。
「…………ん?………ああ、神殿か………。」
すっかり短期間でラピスの家に馴染んでいた私は、気が付くまで少し時間がかかった。
そこは、昨日と同じバルコニーの上。
明るくなって、辺りが良く見える。
でも、昨日と同じくぼんやりとした明かりだ。
夜の明かりは月明かりに似て、少し青白っぽいぼんやりだったけど、今は少し黄色い光。太陽光だろうが、曇っているようなぼんやりとした光だ。
なんだか昨日からすっきりしないな?
私の周りを橙の炎がくるくる回って、「おはよう」を言われている気になるが、気焔はいない。
どこか、調べに行っているのだろうか。
朝の光のお陰か、気焔の炎のお陰か、寒く無いので金のローブを抜いで、簡単に身支度をする。
藍に頼んで綺麗にしてもらい、パッと姫様の服にする。
流石にここで着替える訳にはいかないが、他の服から姫様の服にするには念じるだけでパッと変えられるのだ。いつも、勝手に変わって困った事はあるが便利だと思ったのは今日が初めてだ。
着替えできない時、重宝するな…。
そんな事を思いながら、また白湯を飲む。
お腹空いたな?何かあったっけ…。
ていうか、今日どうするんだろう?
荷物をゴソゴソ探りながら、今日の予定を何も聞いていない事に気が付いた。
多分、さり気なく今日、着いた事にするんじゃないかと思っているが、どうだろうか。
もし、夕方到着予定とかだったらお腹が空いて力が出ないな………。
「………ハーシェルさん!」
最後にハーシェルが入れていた袋の中からイオスのクッキーを見つけて、ちょっと朝から涙が出そうになった。いや、でもこれ嬉し涙よね?
一人ブツブツ言いながら、クッキーを食べて寛ぐ。
私は、この廃墟のバルコニーに大分、馴染んでいた。
いや、中々快適。
明るくなったその空間はやはり昨日思った通り、神殿のような教会のような作りだった。
正面の円窓から差し込む光が柔らかく照らす、荒れ果てた聖堂。
あの瓦礫が落ちる前迄は、どんな建物だっただろうか。
きっと柔らかく美しい、祈りがある場所だったのではないだろうか。
大きな窓の曲線と差し込む光が天使の梯子に見えて、何かに包まれている様な気持ちになる。
ここで祈れば、沢山の聖の想いが生まれそうだ。
そうして明るい所でよく見ると、「もしかして、あれが?」と違和感の正体らしきものが目に入る。窓から下に、視線を移して気が付いた。
上から見ないと、よく分からない筈だ。
瓦礫と、埃が積もったその床には入り口から正面の窓に続く道が、くっきりと違う石で作られていた。
真っ直ぐに、窓へ伸びる、道。
所々、瓦礫で見えなくなっているから下に居たら気が付かなかったかもしれない。
その道を遮るように置かれた沢山の、揃って違う方向を向いたベンチ。
何か、怖いものを見たような気がしてゾワリと震える。
何かが神を遮断している。
そう、思ってしまった。
いや、でも感じた事は事実だ。それは頭の隅に置いておかなければいけないだろう。
両手で自分の身体を摩りながら、大きく深呼吸する。
大丈夫。空気は、清浄だ。
試しに、訊いてみる。何かあれば、教えてくれるだろう。
「ねぇ。藍?ここって、嫌な感じ、する?」
「今は、無いわね。」
「………今は?」
ううっ。寒っ。
さっき、ゾワリとしてから戻っていた体温が再びヒヤリとする。
この荒れ果てた内部が表す、もの。
先入観はいけない、と思っていてもちょっとこれは…。
しかも、藍が言うのだからきっと昔、「何か」はあったのだろう。
「嫌な感じ」のもの、か事が。
「起きていたか。」
フワリと気焔が背後から現れて、ちょっとびっくりしたけど、安心した。明るいけれど一人だとちょっと、怖かったから。
安心して少し息を吐いた私は、気を取り直して今日これからどうするのかを訊いてみた。
クッキーは、もう無くなってしまったから。
「水の時間くらいか。」
「そうだな。連絡したんだろう?」
「多分。」
二人はこの後、どうやって移動部屋に戻るかの相談をしていた。やはり、一度あの部屋に戻り何食わぬ様子で到着した様に見せかけるようだ。
きっと気焔と一緒に何処かへ行っていたであろうベイルートにも「おはよう」を言って、手のひらに乗せる。
昨日の夜は何処で寝たのかな?側には居なかったけど、箱を出さなかったから潰さなくて良かったよ…。ん?でも石だから潰れないのかも?
私が関係ない事でぐるぐるしていると、ベイルートが素敵な提案をしてくれた。
「少し見てみるか?好きだろう?」
「おい。」
「いいじゃないか。ここには誰も来ん。」
「やった!ベイルートさん、大好き!」
まだ時間が早いからと、ベイルートが散策を提案してくれたのだ。
気焔だったら、絶対そんな事言わないからね…。ウフフ。ベイルートさんがいれば、いい事あるね!
渋々という感じで私をバルコニーから下ろすと、気焔は荷物を取りに上に戻る。
さて、ベイルート達はどの辺を探検して来たのだろうか。でも、ここを知ってて来たんだよね?
ていうか、昨日も大丈夫だったかな…。
昨日からの諸々の疑問を訊ねながら、ベイルートを肩に乗せ歩く。
二人は朝からこの建物内を確認していたようだ。
ウイントフークからの情報と相違無いか、確かめていたらしい。ここは殆どグロッシュラーの人間は寄り付かないから、何かあればここに隠れるよう、言われたのだと言う。
「ウイントフークは旧い、神殿だと言っていた。調べたが、いつ迄使われていたかはハッキリしなかったらしい。」
「そうなんですね。」
「私、ここが気になるんですよね…。」
話しながら、私は円窓の下へ向かっていた。
上から見た、通路を確かめる様に歩き階段を登る。途中から左右に分かれた通路はそのまま左右の階段へ続いていて、とりあえず私は左から登った。何故か昔から、右か左かだと、左を選びがちだ。
下は瓦礫が多かったから、見えづらかったが階段には私が歩いた足跡がくっきりと残る。
踏み締める埃の絨毯を感じながら、振り返ると点々と足跡が続いていた。
「ん?」
なんだろう。違和感。
足跡を振り返り、何か違和感を感じたが「何が」違和感なのか分からない。
とりあえず、窓の下まで登った。
踊り場になっているそこは、結構広かった。
正面に大きな丸い窓、その両脇に細長い飾り窓がある。とても大きな窓で、近くで見上げるとちょっと首が痛い。少し下がって、ゆっくり見れる様にする。
小さく仕切られたその丸や雫の形の一つ一つにも剥離が見られ埃も積もっているのが見える。
ゆっくり、それを見つめているとなんだか居た堪れない気持ちになった。
しかしどの位、放置されていたのか分からないが、今尚残るこの神聖な雰囲気と一際手の込んだ細かい彫刻が示すもの。
そう、窓の前に立つと確信出来る。
ここが、この神殿の要だ、と。
しばらくじっと、そこに佇んでいた。
いちばん最初、始まりの時。
どんな、建物だっただろうか。
誰が、何を思って建てたのだろうか。
この、重く厚く、力強く描かれた曲線の大小の窓。まだ残っている部分から分かる、細部まで気が入った綺麗な良い仕事の窓。
しかし殆どのガラスは崩れ落ち、辛うじて隅の小さな円に残っているだけだ。差し込む光から、少し水色らしい事が判る。
出来たばかりの頃はきっと、力強く在りながらも繊細で美しい建物だっただろう。
しかし誰も知らない年月をここで、ただただ、存在していた、神殿。
微細な部分は剥がれ落ちながらも力強さは失わず、ひっそりと存在している。
今迄にどれくらいの時が過ぎ、これからまたどれくらいの時、ここにあり続けるのか。
幾人の人がここで祈り、生きて、そして生を終え、巡り巡って今、私がまたここで祈り、そしていつかどこかでその生を終えてもまだ、きっとここに在るであろうこの場所。
ただそこに、「在る」という事。
その重ねてきた時間こそが、この重厚感を醸し出しているのだ。
実はちょっと、綺麗にしようかな、と最初は思った。始まりの姿を、見てみたいという興味も、あった。単純に、綺麗になれば嬉しいと思った。
でも。
この、時間の重さよりも美しいものは、無いかもしれないなぁと思った。
そうだね…………。
このままが、いいよ。
うん。
きっとそれが、正解の筈だ。
少なくとも、私の中では。
一人でそこに落ち着くと、ふと下を見て足跡をまた確認する。
「ん?」
何かある。
踊り場の真ん中辺り、石の床と色が違う所がある。不思議に思って、確かめに行く。
数歩、歩いて蹲み込んだ。流石に、足で埃を除けるのは躊躇われたから。
「んん?光ってるね?…………鏡?」
曇りガラスを拭う様に、埃を払っていく。
なんだか、私が見えるな………?
そうして出て来たのは、少し靄がかった鏡だった。
「なんで?床に、鏡?でも………?」
少し、隙間がある。なんか、取れそう…。
そのまま鏡の周りも埃を払っていく。どうやら、その鏡を囲む丸が描かれている様に見えたからだ。
「箒が欲しいな…………。」
せっせと床を撫で埃を除けるが、模様の隙間に入っている気がしてハッキリとは見えづらい。
とりあえず大体綺麗にして、鏡が取れそうなのか触ってみる。
しかし、ぐらつきも無いし固く、嵌っている様だ。それなら、と立ち上がり鏡の周りの紋様を改めて確認する。どうやら絵や文字が描かれている様だ。
「?でもやっぱり読めないな…。」
文字は見た事の無いもので、なんだか絵の様な綺麗な文字だ。並んでいるから文字かな?と思うけど、一つだったらマークの様に見えるかもしれない。
後は、絵。記号化された様な単純な絵が描かれている。何かの動物、多分花、波の様な紋様、これは…山?なんだろうな、これも…。
雫の様なよく分からない物など、絵と文字がぐるりとその鏡を囲み施された床。
中心に鏡があって、それを取り巻く円に紋様として書かれたそれと、それをまたぐるりと取り囲む文字。
なんだか魔法陣って言うより、天体、ホロスコープの図に似てるな?
何となく運石に描かれている魔法陣を思い出したけど、ジャンルが違う気がする。
頭の中で取っ掛かりを探していると、ベイルートが急に喋った。
「お前、確かにこの靴じゃ走れないな。」
「…………え?」
全く違う話をベイルートが始めたので、ちょっと頭の中の沢山の引き出しを閉じるのにワンクッションおく。
んん?靴?
足元を見る。
いや、いつもの姫様の靴だ。
いつも、走ったりも、する。そりゃ、そんなに速くは無いけどさ…………。
「あっ!」
足元の靴から視線を彷徨わせる。
さっきの違和感の正体が分かったのだ。
足跡が、違うんだ。
後ろを振り返り、登って来た階段も確認する。
そこにある足跡は踵が小さな、ヒールの足跡なのだ。そのまま少し足を上げて確認すると、確かに。
フラットシューズだった姫様の靴が、少しヒールのある、靴に変化していたのだ。
「え?なんで?どうして………?」
心当たりは全く、無い。
自然に変化していたその靴は、初めからヒールだったかの様に美しい曲線で出来ていて飾りも先端と踵のみに変化している。
なんだか、大人の靴だ。
しかもヒールは辛いイメージだったけど、全く違和感が無い。だから、気が付かなかったんだ…。
でも………。
原因として、思い当たる事は一つだ。
「多分、ここに来たからだ…。」
「そうなのか?」
「勝手に変化しましたからね…。グロッシュラーに来たからなのか、「ここ」に来たからなのかは、分かりませんけど。」
でも、綺麗だから、いっか。
姫様の物が不思議なのは、いつもの事。
そう割り切ると、なんだか背筋が伸びてピンと立てる様な気がしてくる。
中々、ヒールもいいかもね?
試しに少しウロウロ歩いてみても、やっぱり足は大丈夫だ。楽で、見た目が綺麗になって、気持ちもピッとするなんて最高じゃない?
一人、楽しくなってきて「ふふっ」と笑っていると朝がやってきた。
私を見て「ふぅん?」とか言っている。
「なにそれ。どっち?いいよね?これ。」
「まぁね。いいんじゃない?」
「なんだか微妙な褒め方だな…………。」
「さあ、そろそろ行くぞ?」
気焔が下から呼んでいる。
この鏡も、気にはなるけど行かなければならないだろう。また、来ればいいしね?
「はぁい。今行く。」
そう、返事をして床の鏡と上の大きな窓に視線を移す。
一つ頷くと、私は階段を降り始めた。なんとなく、躓かないように。
「ねえ、結局昨日追いかけられたのは何だったの?やっぱり見つかるとまずかったって事?」
「まぁ、見つからないに越した事はないって事だな。あんな時間に移動する理由が無い。」
「基本的に約束の時間にしか魔法陣は起動せんのだ。お前と花があれば、可能だが。」
「花…………。」
そういえば、あの山百合は消えてしまったのだろうか。また、あの部屋にはピエロがいるのかな…。
「多分、あの追いかけて来た男は見回りだろう。俺達が移動して来た事には気がついてない筈だ。あそこは寮みたいなものらしいから、時間で見回ってるんじゃないか?」
「じゃあ私達、夜抜け出した不良って事ですね…。」
クスクス笑いながらそう言うと、ベイルートは目の前をくるりと回って飛び「どうする?」と気焔に言った。
「そうだな………歩く方が目立つから……まあ、明るければ大丈夫だろう。」
その言葉で、今度は炎で移動するのが分かる。
そっかぁ。帰り道も色々見れると思ったんだけどな?
そんな私の顔を読んで、気焔は仕方の無さそうに言う。
「なるべくな。少しだぞ?」
ゆっくり、飛んでくれると言う彼は結局私に少し、甘い。
でもこれで少しはグロッシュラーの事が分かるかもね?
そうして束の間の空の旅を楽しみにしながら、私達は移動部屋にフワリと飛んだ。
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