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7の扉 グロッシュラー

到着

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「また?」
「そうだな。まあ仕方が無い。」
「舐めましょうか。」
「そうだな……揺すっても起きんからな。」
「アレでもいいわよ?」
「…………馬鹿な事を言うな。」


なにこれ。
ああ…………嫌だ。
目を瞑ってても頭がぐわんぐわんしてるのが分かる。

ああ、そうだ。
扉を移動したからだ…………。



シャットへ移動した時の事を思い出して、ゲンナリする。少し、休まないと動けないだろう。
でも、ここどこだろう?
のんびり休んでてもいい場所かな?

少し私の表情が動いたのが分かったのだろう、二人は会話を止めて静かになった。
何か枕の様なものに寝かされて、気焔が離れようとするのが分かる。急に不安になって、私はそっと目を開けてみた。


暗っ。

正直、殆ど見えない。

きっと気焔は見えるのだろう、辺りを調べているのかもしれない。どこかの部屋の様なここは床は冷たいけれど暑くも寒くもなく、風も、ない。
やっぱり室内だよね…………?

「心配するな。移動部屋だ。」

耳元で声がして、危うく叫びそうになった。

危な~~~!
静かにしなきゃいけないんだよね?

口を両手で抑えたまま、辺りの様子を伺うと朝が近づいて来るのが見えた。今、喋ったのはベイルートだ。
耳元で話すからびっくりしたが、実際声は大きくない。少し状況が飲み込めた私は、朝にコソコソと話し掛けた。

「ねぇ。これ、どうするの?移動するんだよね?」
「そうね。今、気焔がちょっと見に行ってる。なんか炎で飛ぶと目立つからとか、なんとか言ってたわよ?」
「そうなんだ………。」

気焔だけなら移動はきっと楽だ。私と一緒だと、あの大きな火の玉みたいになっちゃうから目立つんだよね…。
とりあえず大人しくしているしかない。
そのまま三人でコソコソしていたら、気焔が帰って来た。

「(どう?大丈夫?)」
「ああ。行くぞ?」

めっちゃ小さい声で話し掛けたのに、普通に答える気焔。近くに人はいないという事なのだろう。
荷物を持つ気焔に続き、立ち上がった。
見失わないよう、足元を確かめながら歩く。ふらつくといけないし、どっちが出口なのかも、分からないからだ。

古いのか、扉が軋んだ高い音を立てて開く。

開いた扉の外側が少し明るくて、中に差し込む光をボーッと見つめてしまった。
部屋の中も、廊下も、なんだか高級そうな絨毯敷きだったからだ。どんな所なんだろう?
暗い色の、そう踏まれていない絨毯を眺めている私の手を引き、気焔は歩き出す。

「閉めなくていいの?」
「音はしない方が良い。」

そう言って歩き出す気焔に引かれ、私もこっそり、歩き出した。




私の頭の中は、忙しかった。

その廊下は、フェアバンクスの屋敷よりは質素だが壁紙や絨毯はいいものだし、等間隔で灯るまじないのランプは淡いブルーグレーの炎がガス灯の様な六角形のガラスの中で揺れている、素敵な廊下だったからだ。
全体にグレーでまとめられた色調は、わざと豪華さを出さない様にしているようにも見える。
だって、床の絨毯は濃いグレーだけどとても毛が密でしっかりしているし、壁紙も小さな地紋様が入っている。腰壁の見切りに入っている木材も、きちんとグレーに塗られていてさり気無い彫りが入っているのが分かる。
でもこれ、木かな…。まさか…石?

ぐるりと廊下を見渡す。硬く、冷えた廊下。
足元の感触。確かに、硬い。足音が響く感じは殆ど無い。
え~~…………まさか、石造り?
やだ………テンション上がる…………!


「依る。」
「ん?」

ピリッとした声で呼ばれ、我に返る。
気焔を見ると、私の背後の何かを注視しているのが分かり、振り向いた。
しかし、何も、見えない。
あるのは廊下とランプ、扉くらいだ。

暗い廊下に静かに灯るランプの灯りが揺らめく。それが、何か動いたように見えたのだろうか。

私の背後をじっと見つめ、何も無い事を確認すると少し足早にまた歩き出す。
再び手を引かれながら、ついて行った。




そのまま廊下を真っ直ぐ、歩いていた私達。
いい加減、突き当たりか曲がり角に着きそうなものだと考えていたら視界の端が何か動いたような気がした。

その瞬間、ベイルートが気焔に向かって飛び、気焔が振り向いた時には私は背後に引かれ、倒れかかっていた。

「え?」

尻餅をつくような形で転びかかった所を繋いでいた手がぐい、と引く。
私の頭上に赤い何かが翻ったかと思うとまた後ろに物凄い力で引っ張られ、私は少し声を出してしまった。

「キャ…!」

「ニャー!」

何が起きてるのかよく分からない。
しかし、目の前を朝がジャンプし、飛び掛かったのは分かる。

「走って!」

朝の声がする前に気焔は既に私を抱き上げ走り出していた。私が自分で走るよりも、ずっと速い、速さで。



少し前方、上に、先導する様にベイルートが飛んでいるのが見える。

「朝は?」
「大丈夫だ。喋るな。」

そう、気焔に言われてしまいそのまま不安でギュッとしがみついた。
邪魔しちゃ、駄目だ。

朝の無事を祈りながら、階段を下り、また廊下を走り、また階段を下る。どこか広いところに出た、と思ったら追いついて来た朝が「依る!」と私を呼んだ。

「朝!良かった…。」

私が心配しているのが分かっている朝は、自分の無事だけを知らせるとベイルートの後を追って私達を追い越す。
そのまま、正面の大きな扉へ向かって玉虫色が光った。


扉の前で気焔は私を下ろし、荷物を抱え直して大きな扉を押す。ゆっくり、押したがやはり少し重い物を擦るような音がした。扉の向こうは、多分、外だ。ぼんやりと明るい光が見える。

「先に行って。」

後ろを振り返りそう言う朝に気焔が頷き、また私を抱え走り出す。

「朝…………。」
「大丈夫だ。」

わざと、ゆっくり喋ってくれている気焔の声を聞きながら、その大仰な入り口の階段を下り前庭を抜ける。私は朝のグレーの毛並を探しながら、気焔の背中から遠ざかる建物を眺めていた。





しばらく走ると、足取が少しずつゆっくりになってきた。

もう、出てきた建物はすっかり見えなくなりすっかり景色も変わった。今は遠くに小さめの建物と、大きめの建物、二つが見えるだけ。他は、何にも、無い。

ゆっくりになるにつれ、キョロキョロし出した私に気が付いている気焔は、辺りをぐるりと見渡し安全を確認すると、私を下ろした。


下は、石畳。
でもラピスと違って、石の一つ一つがとても、大きい。石の塊が埋まっているのか、板のようになって敷かれているのか分からないけれど、そこは大きな石の、道だった。そこそこ広い、整備された道路。凸凹はあるが、徒歩ならそう問題は無さそうだ。
道を外れると、土、というか多分砂だろうか。舗装されていない部分が殆どだ。
大きな石も灰色、未舗装の部分も、灰色。
中央屋敷の灰色の扉を思い出す。そう、レナも「灰色よ。」と言っていた。
リアルに、灰色って事?

そう考えながら、ベイルートを探し辺りを見渡す。
気焔は私の側で荷物を持ち易いようにまとめ直している。中々のこの量を私と一緒に抱えて走っていたスピードを思い出し、まじまじと見てしまった。
やっぱり…凄い。石なんだよね…。

チラリと目に入った自分の足元が光っている気がして、下を見た。

「ウソ。」

ローブが、無い。
ハーシェルが、最後に着せてくれた、あのローブが無くなり私は金色になっていた。

え。まずくない?落としてきた?ハーシェルさんのローブ…………。やだ。どうしよう……。


「仕方ないわ。後で取り返しましょう。」

「あ、朝。良かった………ローブが…。」

私が金のローブを掴んで呆然としていたからだろう、追いついて来た朝が私の様子を見てそう言った。

取り返すって…?そして、さっきの赤い人は、追いかけて来たの?あれ、人だよね…?

聞きたい事は沢山あったが、何しろ目立つ、金色の私を隠す為早々に移動する事にした。
そう、外は寒かった。ここも冬なのだろう、レナの言う雪は降っていなかったが寒さでローブが脱げない。これより厚手の上着が無いからだ。
この、金の次に厚手の上着が落としてきたハーシェルのローブだ。
気焔の炎は目立つって、こういう事なんだ。

そう、灰色以外何も視界に入らないここでは、金の火の玉なんかになった日にはかなり目立つに違いない。それは、よく分かる。

でも朝曰く「あいつが引っ張ったから、持ってると思うけど。でも………。」と、取り返せないであろう事を匂わせる。
そう、あれを取りに行くという事は私が金のローブです、と言いに行くようなものだ。流石にそれは私もまずいと分かる。よって、ハーシェルのローブについては一旦保留となった。

もしかしたらその人がいい人で、返してもらえるかもしれない。希望は、捨てずに持っておこう。
まだ、何も分からないのだ。

「さあ、そろそろ行くぞ?」

ベイルートが何処からか戻って来て、私の肩に留まった。気焔がまた、私の手を取る。
そうして速やかに、私達は移動の目的地へ向かう事にした。






夜なんだろうと、思う。

グロッシュラーは思ったよりも静かな世界のようだ。

シャットの時のような、あからさまにまじないの世界、という雰囲気では無く、とにかく見える範囲に何も、無い。
たまに遠くに建物らしき物が見えるのだが、イマイチ暗くてよく見えないしそもそも「夜だ」とハッキリする程の暗さでもない。何となく、ぼんやりと白熱灯が点いている、位の明るさが全体を覆う世界。
遠くが見えないくらいの暗さだが、シルエットはぼんやりと判るくらいなのだ。
でもこれで昼だと言われると、凹むけど…。

私の予想では、向こうを出て来たのが夜だったから時差は無いだろう、とただそれだけだ。
ここでも、時間感覚は同じだといいんだけど。
そう思いつつ、みんなの後をついて歩く。

ベイルートは道を知っているかのように先頭を飛んでいて、小さいので私は何度か見失って焦ってしまう。でも朝は何だか分かってるみたいだし、そもそも気焔はきっとベイルートの気配が分かるらしいので、途中からは目で追うのを諦め気焔の手だけを頼りに進んでいた。
まあ、周りを見るのに忙しかった、というのが本当の所だけど。


朝が追いついた所から少し歩くと、橋が見えてきた。

近づくにつれ、ワクワクしていたのだけど勝手に走り出す訳にはいかない。橋を渡る方向に進んで行くのが分かるので大人しく、歩く。
特に山なども見えないグロッシュラーは平坦な土地の様で、橋もアーチ型のシルエットが見えていた。
段々、それが石造りのどっしりとしたアーチ橋である事が分かり、テンションが上がってくる。
少し、辺りを見渡し一応誰もいない事を確認する。これで心置きなく、橋を堪能できる筈だ。

「ちょっと、いい?」

そう言って気焔の手を外すと、もう橋を渡り始めている朝の所まで追い付いて、手前で、止まる。

うん、ゆっくり渡らないとね?
やだ~!このどっしりとした造り!石の一つ一つが大きい!加工して、橋にしてるんだよね?何処で造ってるんだろう?でも、古いな…。今は残って無い可能性もあるよね…。
雨も降るって言ってたけど、下はそんなに大きな川じゃないし。っていうか、用水路みたいな感じだよね…。え~でも、ちゃんとした水がある!
橙じゃないし。…………グレー?まさかね?
下が石だからだよね?これは昼間に調査しないといけないな…。


「こら。落ちるぞ。」

石造りの橋は、そう欄干が高くない。
気焔にフードを掴まれ、戻される。
ぐっ。苦しいよ…。扱い…………。

大人が四人程か、並んで通れる位の小さな、橋。
下には用水路のような小さな川が流れている。暗いから分からないが、見た感じは普通の水のように見えた。

足踏みをしたり、石の大きさを端と真ん中で比べたりと、ウロウロしている私を少しだけ見守っていた気焔。
しかしやはり、「行くぞ。」とすぐに手を引っ張っていかれた。
まあ、仕方ない。またきっと見に来れるだろう。

そのままどんどん、何処へ行くのか真っ直ぐ進む。
寒いな……と私が改めて寒さを感じ出した所でやっと、「そろそろだ。」と気焔が言った。
「まだ?」と訊かれるのが分かったのだろうか。

するといつの間にか、前方に建物が見えてきていた。寒くて下を向いていて、気が付かなかったようだ。




「ここ?ここに向かってたの?」
「ああ。ここなら、誰も来ないだろう。」

…………神殿?

やっと辿り着いた場所は、ひっそりとただそこに存在している、廃墟のような建物だった。


出迎えるように両脇に立つ太い石の柱の奥は、荒れ果てているであろう事が想像できる。瓦礫が、この入り口にも散乱しているからだ。
薄ぼんやりと見える、柱の上部は崩壊しているのか一部しか見えない。そして勿論、奥は暗い。

これ、明るかったらめっちゃテンション上がるんだけど、この暗さだと怖くない?

チラリと気焔を見上げる。
きっと、私の言いたい事が分かったのだろう、頷くと私の手を引き柱の間を抜け外から目立たない様、入り口少し奥へ入った。

そこで一度立ち止まり、明るい金の炎を出してくれる。大きな炎で私を包むと、暖かさに安堵した私の顔を確認し、灯り代わりに手のひらサイズの炎も出す。
炎は二つ、三つ、ポポンと出ると私たちを先導する様にくるくる回りながら奥へ進み始めた。


奥に続く道はアーチ状の柱に屋根があるだけの、きっと元々窓は無いであろう回廊だ。両脇は庭なのだろうか、暗くて見えないが建物では無く外なのが流れてくる空気で分かる。
二度程折れると、ホールのような場所に出た。

「高い…………。」
「勿体無いわね。」

朝がそう言うのも、分かる。

かなり高い天井が厳粛な雰囲気を醸し出しているそのホールは、壊れたベンチや瓦礫がそのままの荒れ果てた、空間だった。

「うわぁ…………。」

気焔の手を離し、少しずつ進む。
壁は殆ど塗りの部分が剥げているか、剥がれ落ちているがきっと青灰色だったであろう落ち着いた空間。
そのままずうっと高く天井迄続く色が、アーチ状の湾曲の切り替えから色が変わり、天井部分は全て白っぽいのが分かる。
しかしそれもまた大部分が剥がれ落ち、床に落ちている明るい灰色の破片が天井が白かった事を示していた。チラリと白が覗く部分が、あるからだ。

いつからこの状態なのだろうか、厚く積もった塵と埃。

瓦礫と壊れた礼拝用のベンチ以外は殆ど物は無い。
ただ、そのベンチは全て同じ方向を向いて並んでおり、その向いている方向にきっと何かがあったのは分かった。
でも今見えるのは、二段程高くなったその場所の壁が少し窪み、上部が少し張り出して小さなバルコニーのようになっているだけだ。
祭壇でもあったのだろうか。
今は知る由もないその場所を眺めながら、正面の円窓を見上げた。

ホールに入ってまず目を惹くのがその円窓かベンチだろう。ベンチは、もう祈る人が居なくなったこの場所を物悲しく表しているし、円窓はかなり大きくその存在を主張して、私達を出迎えていたから。

花のような形の、丸と雫型が組み合わさった大きな円窓はそこに向かうような石造りの階段が設えてあり、左右から伸びた階段がまた窓の下で合わさりそこからまた別れ、ホールを見下ろせるバルコニーに繋がっているのが見える。

何だか………神殿なのか、教会なのか……不思議な空間だよね?まぁ、でも私の世界とは違うんだろうしね…。
でも、何でこっち向きなんだろうな?

入って正面にある、大きな円窓。まるで、ここを象徴する様に未だ美しく仄暗い光を取り入れているのに、祈りのベンチは横を向いているのだ。
その光景に違和感を感じつつも、何故なのかは分からない。
神様は、あそこにいそうなのにね?



「依る。」

きっと、しばらくボーッと眺めていた筈だ。

気焔から呼ばれ、振り向くと「寝るぞ。」と言われてちょっと戸惑った。
何処で?いや、眠いけどさ…。

気焔が指している方を、見る。

え?ウソ。あそこ?いいの?バチ、当たんない??

気焔が指していたのは、ベンチが向かう祭壇らしきものの上の小さなバルコニーだった。

「ええ?いいの?なんか、大事そうじゃない?」
「いや。あそこは大丈夫だ。」

キッパリ、そう言い切る気焔。何か、知っているのだろうか。
でも、気焔だって姫様の石だ。流石にまずかったら上がらないだろう。祭壇じゃ、無いのかもしれないし?

そう一人納得すると、気焔はフワリと私をバルコニーへ運んだ。
既に荷物と朝はそこで待っていて、何処から出したのか敷き布が敷かれている。

「!そうだ。」

ルシアにお弁当をもらっていた事を思い出して、荷物から探し出す。
相変わらず「要らん。」という気焔を横目に、朝と分け合って食事を済ます。

「まじないって、マジ便利。」

お茶を入れるスペースが無いので、藍に白湯を出してもらいのんびりと、すする。
すっかり暖まると、瞼が重たくなってきた。

「もう、寝ろ。」

うつらうつらしている私をポンと膝に寝かせると、フワリとまた金の炎で包む、気焔。

薄暗い空間に、綺麗な金色の火の玉がフワリと浮かび背後から気焔を照らす。
炎に透ける、金髪が綺麗だ。


そういえば、追いかけられたの大丈夫だったかな…………あそこは何処だったんだろう?


そう、訊こうかと思ったけれど口を開く前に、眠りに落ちていた。





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