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5の扉 ラピスグラウンド
別れは突然やってくる
しおりを挟む「なんで?やだ!焦る!忘れ物絶対、しそう!」
「大丈夫だ。基本的に向こうに無い物は、無い。」
え?何で知ってるの?まあ、知ってるか…。
バタバタと準備を急がされている私は、プチパニックだった。
夕飯前に教会に駆け込んで来たウイントフーク。
「すぐに準備しろ。」としか言わず、ハーシェルを連れて居間へ行ってしまった。
私はこうして、気焔に連れられ荷造りをしている。
どうして、一体こんな事に?何かあったの?
もしかして、レナに…?
私の動きが遅くなってきたのに気が付いた気焔が、心を読んだように言う。
「向こうは大丈夫だ。ただ、視察が、来るらしい。この前、シャットにも来ただろう?」
そういう事か。
レナに危険があった訳じゃ無いのが分かり、ホッとしてまたテキパキ準備をする。
視察って、あの、髪の長い人かな?会っちゃうって事?でも、バレなきゃいいんじゃない?まだ、ティラナにゆっくりお別れしてないよ…?
「屋敷に滞在するのだ。いつ迄いるか、分からん。移動出来なくなると困るだろう。」
確かに。
出来るだけ、接触は避けたいらしい大人達からしてみれば、滞在中の移動はリスクが大きいのだろう。もしかしたら、凄い音とかするかもしれないし?
いない時に移動するに越した事は、ないのだ。
納得した私は、さらに支度のスピードを上げた。
なんとなく持ち物は決めていたものの、メモを作っていた訳ではない。
「ああ~、ベイルートさんの言う事聞いとけば良かった~…。」
ブツブツ言いながらも、机の上のお気に入り達をウイントフークの隠し箱に入れていく。小物は大体これに全部入る筈だ。
後は服を忘れると姫様の服になっちゃうから…。あれも、これも…………。
袋にポンポン詰めて、隅に置いてある木の枝も紙で包む。
後はベイルートさんの箱もとりあえず入れて…………。
ん?ベイルートさんは?
そういや、しばらく見てないな?
朝、森に行くのに置いて行ってから見ていない。
「どこかな?」
心配になって探しに行こうとすると、ノックもなしにウイントフークが入ってきた。
ここの男の人達はどうしてこうなのかな?
私、そんな子供かな………。
きっと何も考えていないウイントフークが「ほら。」と私に寄越してきた物。
少し大きめの布に包まれた、何かだ。
何だろうな?
包みを開けると、それは拳大の石と、お茶セットの糞ブレンドとちょっと可愛く作られたヤカンだった。
そういえば、カンカン言うヤカン、頼んでたんだった。
すっかり忘れていたけど、そうするときっとこれはお風呂を作る為の石だろう。
すっかり機嫌を直して「ありがとうございます!」とウキウキ荷物に入れる。
ん?でもここで渡すって事は…みんな、ここでお別れ?
ふと、手を止めてウイントフークを見る。
きっと私の言いたい事が分かったのだろう、頷くと「下で待ってる。」と部屋を出て行った。
パタンと閉じられた扉の音を聞きながら少し、ボーッとしてしまう。
そっか…………もうお別れか。
仕方ない。
それは、分かる。
そう、ゆっくりお別れすると余計に寂しくなっちゃうかもしれないしね?うん。それで行こう。
バタバタした雰囲気に、行くしかないのは分かる。私がモタモタして迷惑をかける訳にはいかないのだ。
そうして立ち上がり、最後に部屋をぐるりと見回すと「多分、オッケー。」と言って部屋を出る。
「じゃあ、セーさんまたね。ハーシェルさんに教会に置いてくれるよう、言っておくよ。」
そう言って手を振ると、手を振り返す様に揺れているセーさんを見ながら、扉をパタンと閉じた。
そこからは実際、駆け足だった。
何しろ「今日来るらしい。」とフェアバンクスに夕方に聞いたらしく、今日来るという事は夜遅くではないだろうという事で、大人達は焦っている様だ。
今は、本当にいつ来てもおかしくない時間。
まだ赤の時間の終わり頃だけれど、冬なのですっかり外は暗い。
下に降りると、居間でハーシェルとウイントフークが何やら難しい話しているので、ダイニングでティラナとリール、ルシアが私を待っていた。
「急ね…………。」
少し困った様な笑顔のルシアがそう言って、私をキュッと、抱きしめる。
「ですよね?さっき、プレゼント渡したばかりなのに。………でも、私の為なんです。」
「そうだろうと思うわ?危険が無いに越した事はないもの。とりあえず、無理せずまた元気な姿を見せてね?」
「勿論です。ティラナの事、またよろしくお願いします。」
「ええ。…………あの人の事、ありがとう。本当はもっとゆっくりお礼をするつもりだったのに…。」
こそっとシュツットガルトの事を話すルシアはやはり、可愛い。あの二人を、連れてきて良かった。お節介も、時には必要だよね?
リールもニコニコしているので、やっぱり嬉しかったのだろう。これで安心して、次に行ける。
リールの事も、頭を撫でて、抱きしめる。帰って来た時は少し照れてたけど、またきっと次もそうかな?成長が楽しみだ。
ルシアは「とりあえず家にある分だけど、持って行って。」とお店の石鹸を幾つか、私の手に持たせた。「これも後で食べて。」と何かの包みも、一緒だ。
こういうのは本当に有難いですよ、ルシアさん…。
きっとルシアのいつもの美味しいサンドイッチに違いない。確かに夕飯前だということを思い出した私はしっかりとお礼を言った。
くるりと、ティラナの方を向く。
…………だよね。
さっき、ウルウルしてると思ったけど、もう涙はこぼれ落ちていた。
ルシアがサッと差し出したハンカチで、涙を拭う様子を、黙って見ていた私。ああ、まずいな…。
大きくなったよね…。多分、一年経ってないくらいだけど、小さい子の成長は早いなぁと思う。
私が別れが嫌なのは、ティラナを泣かせてしまうから、というのがとても、大きい。
まぁ、勿論負けないくらい、私も泣くんだけどね?
ハーシェル達の方に行っていた気焔がいつの間にかこっちにいて、私にハンカチを差し出す。
いつもの、この動き。
ふっと、可笑しくなってティラナと顔を見合わせて笑う。私達にとって、見慣れたこの光景。
急だったから、何を言っていいか思い付かなくてただ、抱きしめた。
言いたい事は、去年と同じだよ。
でも、出来るようになった事、沢山あるね…。
また、成長した姿、見せてね。
ティラナの耳元でポソポソと呟くと、最後にギュッとして手を離す。
首から掛けた香り袋を私に持ち上げて見せると、まだ少し涙が滲む目で笑って見せてくれた。
フワフワの髪を撫で、「じゃあ、行ってきます。」とみんなの顔を見て頷き、居間へ入る。
出来るだけ、あっさり出発する方が、いい。
「準備はいいか?」
私の顔を見てすぐ、やっぱりな、という顔をしたウイントフークがそう言う。それを見て「やっぱりじゃないですよ」の顔をして頷くと、私はハーシェルの方を見た。
予想通り心配そうな顔のハーシェルは、きっと私に心配かけまいと平静を装っているのだけど、彼にとっても、急な話であった事が分かる表情をしている。
うん、でもなんか、嬉しいよ?
やっぱり、お父さんだよね…。
同じ気持ちなのは口を開かなくても、分かる。
ティラナと同じ様に、ハーシェルにもギュッとする。頭をポンポンしてもらうと、もう、行く準備は万端だ。
「目立つし、寒いといけないから。」
そう言って過保護なハーシェルは私にもう一枚、薄手のローブをフワリとかける。金色が隠れて、こっそり移動するには最適な格好になった。
でも、気焔がいるから寒くは無いんだけどね?
でも、お父さんの気持ちは、受け取っておなきゃいけない。微笑んで「ありがとう」を言った。
そうしてウイントフークに目をやると、肩からピョンとベイルートが飛び移ってきた。
どこに行ったのかと思っていたけど、多分ウイントフークと話をしていたのだろう。きっと、私の代わりにグロッシュラーへ行った後の話を聞いてくれていたに違いない。
しっかり肩に乗っている事を確認すると「あれ?」と辺りを見回した。
朝が、いない。どこ?
「あ」
「お待たせ。」
私が大きな声で呼ぼうとしたと同時に、珍しく朝が駆け込んで来た。いつも用意周到でどちらかと言えば私のお尻を叩く役の朝。どこに行っていたのか、もしかしたら猫連絡網で呼び出されたのかもね?
澄ました顔で足元に座る朝を見ながら、そんな事を考える。
これで全員、揃った。
チラリと隣の気焔に目をやる。
「ヨルの事、頼むよ。」
そう、ハーシェルに言われ頷く気焔。
きっと、何回も言われただろう事が頷き方から見て取れる。
「なんだか忘れ物してそうです。」
「まあ、その時はその時だ。大事なものは持ったな?「目耳」も入れたか?あとはラギシー。あれはあそこでは役立つだろう。今思い出さない物は、無くても大丈夫だ。」
んん?ラギシー?確か臙脂の袋にまだパンパンだった筈。シャットでは殆ど使ってないからね…。
「…………まぁ、そうですね。じゃあ、行ってきますね?」
「くれぐれも気を付けて…。いつでも帰っ」
「何かあれば連絡を寄越せ。」
「ではな。」
気焔の言葉を最後に、相変わらずの二人を残して私達はふんわりと炎に包まれる。
気焔の肩に乗っていた朝を抱くと、もう一度ベイルートをチラリと確認する。
そのまま気焔は私をフワリと抱き、濃い黄色の炎で中央屋敷へ移動した。
「ごめんなさいね、急がせて。大変だったでしょう。」
そう言って大きな扉の前で迎えてくれたのは、ソフィアだ。
もう暗い、奥の廊下でランプに照らされる神殿の扉。くっきりと陰影が出たその石の柱からはやはり神聖な空気が漂う。
やっぱり、初めて見た時の印象と同じだ。
私はこの思いを忘れずに、行かなくてはならないのだろう。
フェアバンクスはきっと来訪に合わせて準備をしているのだろう。姿は見えない。視察がいつ到着するか分からないのに、見送りに来る訳にはいかないのだ。
「あの人も来たがっていたけど。留守番してもらってるわ。」と笑いながらソフィアが言うので、私の緊張も少し、解れた。
やっぱり、この急かされる雰囲気に焦っていたようだ。
「とりあえず、入りましょうか。」
「はい。」
ソフィアが扉を開け、私が先頭で中に入る。
この前も思ったけど、この扉重そうだけど重くないのかな?
ソフィアはそうがっしりとした体格でもない。チラリと扉と見比べて、私の中ではきっとこの扉はまじないで出来ているのだろうという結論に達した。
入り口で立ち止まる私を追い越し、気焔が荷物を部屋の中央に置く。
そういえば…………。
進んで、天井を見上げる。
しかし今は何も、見えない。
これってどうやって起動するんだろ?
魔法陣は天井だし、触れないよね?
何か秘密があるのかもしれない。部屋の中をキョロキョロしているとソフィアがこう言った。
「あの花を持って来てくれない?」
その、指刺された方向は入り口の、方。
振り返るとそう、やはりあいつ………ちょっと大人しい色になっているピエロ。
入ってくる時は、気が付かなかった。
いや、もしかしたら持っていなかったのかもしれない。
でもピエロは今、一輪の花を、やっぱり持っていた。
ピエロに向かって歩き、目の前で立ち止まる。
シャットのピエロより大分纏まりがある色合いで、不気味さは半減しているのだけど、やはり顎の切れ目から少し覗く機械が「これ」が精巧なまじない道具だという事を示している。
これにはどんな機能が付いているのかな?
シャットのピエロはネット通販みたいな事が、出来る。これにも何か、特別な機能があるのかもしれない。
そう思いつつも、確かめる術もないのでそのまま花を手に取ろうと、手を伸ばす。
動いたり、喋ったりしたら怖いので、そ~っとだ。
しかし、ここのピエロは何も、動かなかった。
いや、正確に言うと持っていなかった花を持っているから、動いてはいるのだけれど喋ったり他に動いたりはしないようだ。その代わり、私がその山百合のような花を手に取ると少し、頭を下げ御辞儀のような動きをした。
「動いた…。」と呟いている間に、その触れた山百合がまた、ガラスの様な質感に変化していく。
分かってはいたけど手の中で変わるその花にやっぱり驚いて、落とさない様そっと左手も添えた。
この前の、薔薇の様な花よりも大きいその山百合はこの神殿扉の雰囲気に相応しい、花に見える。
変化してもう色は分からないけれど、この「白い百合だけど少し毒のある雰囲気の山百合」という所がグロッシュラーのイメージにピッタリだなぁと思った。
でも山百合って確か花言葉は「荘厳」なんだよね…………。
ふと思い出して、少し、移動が楽しみになる。
不安もあるけど、やっぱり新しい世界はワクワクもするものだから。
振り返ると部屋の中央で気焔が待っている。
ソフィアはその少し離れた窓側で待っていて、その手にあるまじない石のランプが二人を綺麗に浮かび上がらせていた。
暗くて広い、何もない、部屋。
この前来た時は、カーテンからの陽光だけだったので明るさとしてはランプの方が、幾分部屋の様子が見える。
正面に飾られた、魔法使いの様な曾祖父の絵も。
ガラスの花を持ってそれを眺める私を、二人も黙って見ていた。
もう、私を急かす空気は少しも無い。
少し、そのまま眺めていただろうか。
あれ?でも、視察に来る人ってここから来るかもね?
ふと、その疑惑にぶち当たってそそくさと気焔の側へ行く。
もしそうなら、鉢合わせしたら意味がない。やっぱり急いで移動するに越した事はないのだ。
そんな私を見てニッコリ微笑むと「行ってらっしゃい。」とソフィアはなんて事ない様に、言う。
逆にサラッと言われる事で、心が幾分軽くなった私も、頷くと「行ってきます。」と答えた。
「ん?これ、どうするんだろう…?」
「大丈夫だ。」
「わ…………。」
私が疑問に思った時には既に、天井は光っていた様だ。
気焔が答える頃には上から光の筋が幾つか降り、見上げると光る魔法陣から煌めきの輪が降りて来ているのが分かる。
その輪が完全に降りると、もうソフィアは見えなくなり私達は光に包まれた。
上を見ると自分達が二重の光に包まれていいる事が、分かる。外側に描かれた二重の輪の中にまた文字のような物や何かの記号、それにシャットの時には無かった絵の様なものが描かれているのが気になる。
きっとすぐに見えなくなるであろうそれを、しっかりと目に焼き付けようと頭上をじっと、見る。
そんな私を気焔がぐっと抱き寄せると、もう白い光で何も分からなくなった。
応援ありがとうございます!
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