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5の扉 ラピスグラウンド
餞別
しおりを挟む午後からは、一通りみんなに癒し石を配りに周った。
道中ちょこちょこ腕輪の確認をしたが、その後は光る事無く、家路に着く。
そうして帰ってきて一息つくと最後に私は大きな石を持って教会へ降りた。
なんせ、この人形の像は結構、重い。
それより小さいルシアの置物はさっき届けて、凄く喜ばれた。ルシア好みの可愛いらしいインテリアに合わせて、ピンクと紫のグラデーションの様な原石の癒し石。
少し加工するか迷ったが、このままの形の方が色が綺麗に出そうだったので、力を通して少し虹色に光るようにした。きっと部屋に光が入ると色々変化して、とても綺麗だと思う。
ルシアの家は木調で白が多いから可愛らしいインテリアによく、馴染むだろう。
「どこに置くか、迷っちゃうわ!居間もいいけど、ドレッサーもきっといいわよね?」
そう言うルシアは、やっぱりセンスがいい。
多分、この色味の癒し石はきっとルシアを綺麗にする手助けをしてくれるだろう。そう、思える雰囲気を確かに感じていたのだ。作った側から。
だから私からは、「どっちもアリなんで、たまに移動するのもいいかもですよ?」と言っておいた。気分転換は大事だよね?
このピンクの色味はやはりレナの店にもいい影響を及ぼすだろう。見ているだけでも癒されるし、ピンクは柔らかい気持ちになる。なんだか、お化粧のノリも良くなりそうだし、リラックスして施術を受けられるだろう。
グロッシュラーって、いい石、あるのかな?大体あの辺の人って、どこから石を調達するんだろう?
そんな事をつらつら考えながら、教会に続く扉を押した。
きっとこの時間ならハーシェルは教会にいる筈だ。
「寒い…………。」
陽の入らない、教会は結構寒い。
一通り街を回って最後に教会なので橙の時間も過ぎ、もう赤の時間に入るかという所。
しかし、冬の日暮は早い。
既に薄暗い教会は、大分冷えてきていた。
ハーシェルさん、大丈夫かな………?
どこだろう?
家から繋がる扉の前に立ち止まったまま、ぐるりと教会を見渡す。
足元から表の入り口まで伸びる、紺色の絨毯。
多分結構踏まれてると思うんだけど、両端の白いラインが綺麗なのはまじないの所為なのかな。
冬の祭りが終わると朱赤から敷き変えられるこの落ち着いた色。教会入り口の青のタイルと合うこの絨毯は、私も結構お気に入りだ。
少しだけ残っている金の飾りは新年を待つための、もの。細やかに飾られたこの金色が上品で、これも気に入っている。細かく彫られている飾りなので手に取ってみたいけれど、高い所に架けられているので届かないし、上の方はいつもハーシェルが飾り付けをしてくれるのだ。外す時に見せてもらおうと思うのだけど、…いつもその時、私はいない。
また、移動しちゃうしね…。
ヨークのステンドグラスを見ながら、通路を進む。
残念な事にもう大分暗いので、この青く差し込む光が見られないのは少し、悔しい。
もうちょっと早かったら見れたかな……。ま、明日時間作って、来よう。うん。
ところでハーシェルさんは、どこ?
椅子が規則正しく並ぶホールには姿が見えない。
相談室かと思ったが、さっきから全く話し声がしないので多分、いないだろう。
外の掃除でもしているのだろうか?
そのまま表の入り口へ真っ直ぐ向かう。絨毯の上を歩く、微かな足音だけが響く教会ホールは心地の良い静けさだ。この、空気が澄んでピンと張った感じ。何者も正しくありたいと、あろうとするこの空間は無条件の安心感を私に齎らす。
グロッシュラーの神殿も、こうして静謐な空間だといいのだけれど。
「ヨル?」
背後から声が聞こえ、振り向く。
ハーシェルはどうやら人形神の後方、小部屋にいたようだ。私の足音で気が付いたのか、こっちへ歩いてくる。
片付けでもしてたのかな?
「片付け中でしたか?」
そう訊ねる私に微笑みながら、こちらへ歩いてくるハーシェル。手に、何かを持っている。何か、ストールのように見える、布だ。
「ヨルは?どうした?こんな暗くなってきてから、教会かい?」
「あ、これを置きにきたんです。」
私は結構教会にいる事が多い。朝の清浄な空気も好きだし、ちょうど太陽の登りきった明るいホールも、いい。午後は窓からの明かりが青々として美しいし、夕方ガラスの色が変わるのを見るのも、好きだ。
ハーシェルはそんな私を知っているので、日が暮れてから現れたのを不思議に感じたらしい。
私がそう答えて、手に持っている石の人形を見ると「ああ。良い出来だ。」と言って人形神の方へ戻って行く。きっと、あっちに置くつもりなんだ。
私もハーシェルにどこに置こうか、訊きたかったので、そのままついて行く。
そうして人形神の前まで行くと、ハーシェルはくるりと私の方に向き直った。
「隣に、置こうか。」
「ここでいいですかね?これ…。ハーシェルさんが置いてくれたんですか?」
「ああ。教会に、って君が言っていたからね。きっと、みんなが見られる物だろうと思ったよ。」
人形神の横には、私が作った石の人形神が置けるように台が置いてあった。今迄無かったその台を見て、ジンとしてしまった私。そこに、そっとグレーに光る、人形神を乗せる。
そう、明るくない、夕方の教会ではグレーに見える石。
でもこの色も綺麗…時間で色が変わって見えるなんて、なんだか神秘的で良くない?
そんな事を思いながら、少し下がって大きな人形神と、新しい小さな人形神、並んだ所を眺めた。
「結構合いますね?」
「そうだね。波長が合うんだろう。なんだか似ている気も、するな…?」
確かに二つは雰囲気が似ていると、私も思った。
きっと、セフィラが作ったベールとこの人形神が合っているので自然と私とも近いのだろう。
まじないを通してあるから、余計にそう感じるのかもしれない。
ハーシェルさんには、言ってもいいよね……?
「実は、このベール………その、私のおばあさんが作ったみたいです。」
「…………そうか。成る程な。」
そう言って少し黙ったハーシェルは、少しの沈黙の後また話し出した。
ポツリ、ポツリと話す様が、ウイントフークの家で初めてハーシェルが色々話してくれた時の事を思い出させた。
「やはり、繋がっているという事なんだろうな…。君と、森で出会って。うちに来てからいろんな事があったね?僕も流石にこの歳になってこんなに反省する事になろうとは、思ってもみなかったけど。結果的には全て、いい方に転がった。ラピスは今、全体に良い気で満たされてきたんだ。」
私を見て優しく揺れる緑の瞳。その緑が細められるだけで、もう泣きたくなるのはどうしてなんだろう。
いや、まだ大丈夫。まだ、出発しないし。
「この像も、素晴らしいね。ヨルは服を直しに行ったようだけどまじないの成長も感じられるよ。何より、君が一番生きる形でのまじないが発現出来ている事が、一番の収穫だな?ここまでとは、短期間で良く頑張ったね。」
ハーシェルの言葉に、またジンとくる。
ウィールでは楽しんで、ちょっと揉めて、バタバタして、行方不明になって、帰ってきた感が強い私。何となく姫様の服を修復するのも、まじないを学ぶのも、当たり前だと思って、行った。
でもこうして改めて褒められると、やっぱり嬉しいものだ。褒めるって、大事だね?私もいっぱい褒めよう。ん?誰を?いないな………?どちらかと言うと迷惑かけてるしな…。
「みんなを癒そうと、これを作ってくれたんだろう?自分のは?無理はしちゃいけないよ?気焔がいるから大丈夫だとは思うけれど、君は人の話を聞かない所があるからな…。」
うっ。反論のしようがない。
「まぁ、僕としては元気でまた姿を見せてくれれば、それだけでいいんだけどね。やはり…心配だな。予想はしていたが、…………本当に、血縁者だったとはね…。」
そう、私の金の瞳を一番初めに見たのはハーシェルだ。きっとその時から心配してくれていたのだろう。
この、心配性のお父さんが。
それでも私に重荷を背負わせまいと、可能性については言及しなかったに、違いないのだ。
でも結局、結果としては、私は血縁者だった。
きっとグロッシュラーに行くのも、少し前の元気が無い状態が続いだならば反対していたであろう、ハーシェル。「行きたくない」と一言いえば、きっと喜んで家に留めてくれるだろう。
でもそんなハーシェルだから。行くのだ。
背中を押されないからこそ、自分で、行こうと思える。
「いつでも、帰っておいで。前も言ったけど、ここも、君の家だ。」
さっきから一言も私は返事をしていないのだけど、慣れているハーシェルはポケットからハンカチを出して私の涙を抑えると、それを手に持たせる。
そうして椅子に置いていたさっきのストールのような物を、私に差し出した。
何だろう?小部屋から、持ってきたんだよね?
自分でもまた、それが濡れないようにきちんと涙を拭く。
そしてそれを両手で受け取ると、広げてみた。
んん?なんだろう、ケープ?
その時、ハーシェルが人形神の隣にある灯りをポッと着けた。
少し黄色の灯りに照らされたそれは、多分、ローブだ。私が教会でいつも被っていたのは短い、肩の下くらいまでのものだが、渡されたそれはかなり長く、膝下迄はありそうだ。
「綺麗…………。」
そう、思わず呟きが漏れたそのローブは落ち着いた金色で、縁に青のラインが入った滑らかな生地の、もの。
ウィールで気焔に染めてもらったような、それの少し薄い、黄色、というか金色。ホールが少し暗くて黄土色に近いようにも見える。
結構古そうなので、もしかしたら始めは金だったのかもしれない。少し厚い、重めの生地のそれは、古いけれど埃っぽくもなく、汚れた感じは全く、無い。むしろキラキラしているような、その生地はちょっと羽織ってみようか、という気にさせられるものだ。
「ハーシェルさん………これ、光ってますね…。」
「ん?そうか?多分、金色だからだろう。」
そう言って私の手からローブを取り、フワリと被せてくれる。羽織りたい、と思ったのが分かったのだろうか。
自然と私にそれを着せたハーシェルから、元々それをくれるつもりだった事が分かる。
私にだけ、光って見えるのかな?まじないが、通ってる………?
「どうですか?」
襟元を留めて、くるりと回る。
ハーシェルはまた緑の目を細めながら頷き、「やっぱり。」と言った。
んん?何が、やっぱり?小部屋から……、やっぱり?
「これはね、グロッシュラーで神官が身に付けるローブなんだ。見習は、こうやってラインが入っている。」
「やっぱり、ハーシェルさんも行った事があるんですよね?」
「基本的にデヴァイ出身なら一度は行く事になる筈だ。僕は神父だからね。神官とは違うけれど、一応、そっちも学んできた。本当はここも神殿みたくしたかったのかもしれないな?」
天井をぐるりと仰ぎ見て、ハーシェルが言う。
中央屋敷では、「グロッシュラーではあの絵に祈っているのではないか」とソフィアが言っていた。
………良かった、本当に良かった…ここは人形神で。思わず胸に手を当てていた。
あんな魔法使いのおじいさんみたいな絵に向かって、少なくとも私は信仰心は持てない。
いやいや、先入観は持たない事にした筈。うん、もしかしてあっちに行ったらすごーく立派に見えるかもしれない。違う服の絵だったら、物凄く神様っぽいかもしれない。
私が一人でまたぐるぐるしていると、ハーシェルが驚く事を言った。
「多分、そのローブも君のおばあさんの物だと思うよ。金色だからね。」
え?
これ?このローブが、セフィラの?
頭の中のぐるぐるがピタッと止まり、胸元の生地を、抓む。
確かに、金色。ん?でも「金だから、セフィラのもの」って?…………でもやっぱり、光ってるよね?ちょっと、くたびれた金だけど。
あ。
ウィールの修復部屋での仕上げの事を思い出す。
あの時、新しくした部分と、古い部分の色が合わずにまじないを全体に通した。
すると、力で色も均一になり、全体に綺麗になったのだ。生成りから、一皮向けた、感じ?
もしかしたら………?
きっと、そう。
私はすんなりと納得して、その金のローブに手を当て力を通す。フードの部分から、長い裾まで。胸元のボタンもよく見れば貝ボタンのようなキラキラした大きなボタンだ。私の、ハサミの色にそっくり。
意識して、同じく力を込める。
目を瞑って、最後の仕上げ。全体をポワッとね?
「ヨル…………。」
後でハーシェルの話を聞いた所、私は全身がポワポワした発光体に包まれていたらしい。
フワリフワリと光の球が舞って、とても綺麗だったそうだ。自分でも、見たかった。
目を開けていたら、見えただろうか。
力が均一に渡ったのが分かって、目を開けた。
「わぁ。」
あら。
金に、なった。いや、金になるとは思ってたけど。目立つよね?これ??
私の前に立つ、ハーシェルの顔を見る。
何とも言えない顔をして、私を、というか私というものの全体を、見ているハーシェル。
そのまま少し、彼の言葉を待った。
これを、着て行くべきなのか、持って行くべきなのか。それとも。
きっとお父さんなら安全な最適解をくれる筈だ。
しかし、しばらく私を見つめたまま、動かないハーシェル。痺れを切らしたのは、私の方だった。
「ハーシェルさん?これって、着るのはまずいですよね?」
先日森で、ウイントフークが「最高位が銀の家」と言っていた。私の予想が当たっていれば、これはきっと家格の色だった筈。確かそんな事、始めに言ってた気がするんだよね…。
するとやっと、ハーシェルが我に返った。
「………ああ、持って行くといい。着るのは…まずいな。完全に、バレる。まだ古い者も残っているだろう。」
「古い………?」
「ああ。今はもう、金のローブは見なくなって久しいが、きっと年嵩の者はすぐにこれの意味が分かる筈だ。まぁ、みんな知ってはいるだろうけどな。実在するとは思っていないだろう。」
「…………そうなんですね。」
腕を動かし、生地の滑らかな重みを確かめる。
セフィラと、私の力の通ったローブ。確かに持って行けば何かと役に立つかもしれない。
それに、やっぱりおばあちゃんの物は欲しいよね…。綺麗だし。
その金は、気焔の金色に似て豪奢過ぎずしかし品のある、軽いようでいてしかし深みのある金色。
糸を染めてから織られているのが分かる、複雑な色の絡み。きっと、織だからこうなんだね…。
縁を彩る青いテープも少し起毛した素材でビロードに似た少しふんわりした生地だ。
ローブ自体も厚めだし、グロッシュラーは雪が降るらしいからそのせいだろう。暖かそうな生地に「これで過ごせたらいいのに」と思わずにはいられない。
だって、きっと銀色よりは暖かそうに見えるだろう。色の持つ効果は、凄いのだ。
「ありがとうございます。大事に、しまっていきますね?」
そう言ってローブを撫でる。気持ちいい、手触り。すっかり私に馴染んだローブは冷え込んできたホールでちょうどいい防寒具だった。
すっかり暗くなったので、二人で戸締りを確認して家に戻る事にする。
もう、訪ねてくる人もない筈だ。
入り口と窓を確認し、ハーシェルと目を合わせて頷き、さあ家に帰ろうかと振り向いた時。
バタンと大きな音を立てて、教会に入って来たのはウイントフークだった。
「今夜、発つぞ。」
「え?」
訳の分からぬまま、背後にフワリと現れた気焔に手を引かれ、そのまま私は荷造りのために二階の部屋に押し込まれたのだった。
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