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5の扉 ラピスグラウンド

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次の日は物凄く張り切って、レナ達を送って行ったのでなんだか気味悪がられた。
失礼しちゃうな?

でもきっと、みんなが私の元気が無い事に気が付いていたのだろう。
ハーシェルは明らかにホッとした顔をしていたし、ウイントフークはなんだかテンションの高さに呆れていたし、レナなんかも、気が抜けた顔をしていた。

「なんか、心配してて損した。あんたって、そういう奴よね…………。」

そう、言われたけど失礼だな?悩んでは、いたのよ?しっかり、ぐるぐると。
でもなんか、スッキリしたんだよね………。


どうやら約束というものは大きなもので、全部がスッキリした訳ではやはり無いのだけれど、かなり、自分の心が軽くなっているのはとてもよく分かった。
そうしてみんなが心配してくれているのも、よく、分かった。

変に慰めるでもなく、焚きつけるでもなく、ただ淡々と現実を教え、見守ってくれている、みんな。私がきちんと自分で消化するのを、待っていてくれる、みんな。
その有り難さも分かるようになったのは、大きい。

先頭を歩くウイントフークの背中を見ながら、そんな事を考えていた。
まだ少し暗い、朝靄の中。背の高い水色の髪が靄がかって、白く見えている。
もう、森に集合してみんなで運石まで歩いている所だ。

「寒いわね…。」

ボーッと歩く私は、背後から来たレナとレシフェの青とほぼ黒の髪を靄の中に見送り、「ここから見ると水色とグレーだな?」なんて呑気な事を考えつつ、最後尾をノコノコついて行く。勿論、気焔は隣に居るけれど。
そういえば、帰りにザフラに会えるかな………?


レナとお店について話をしていた時、向こうでの振る舞いと上下関係について聞いた。
そして、ラピスからの人々が大体どのくらいの位置にいるのか。レナのように小さい頃からいる子供と、ザフラの娘の様に大きくなってから拐われた子だと、少し違うらしいが、大体の振り分け方は同じらしい。
私はピンクのノートに、覚えやすい様に図を書いてレナに教えてもらっていた。書かないと、絶対覚えられなそうだったからだ。でも基本的に私が行く神殿は、ウィールでの力の強さと似ているので覚えやすかった。問題は他の、貴石での順位や客の家格、神殿と貴石の関係など。
正直今ひとつ分からない所が多いが、そもそも私も修行に行く設定らしいのでそう詳しくなくても大丈夫だと言われた。
それは非常に、ありがたい。何かとボロが出そうな体質だから、あまりガチガチに覚えて行くよりもデヴァイでの常識の範囲を覚えればいいだろう。
まあ、それが一番難しいかもなんだけど。

そう、私はフェアバンクスの親戚筋でグロッシュラーに移動する事になっている。
だから、……なんて言うかあの、出会った時のベオ様風に行かなければいけないのだ。

あの、すっごく、人を見下した感じ。

いや?…………あそこまでじゃなくていいかな…。
フローレスみたいな人だって、いる。うーん?
中間くらいにすればいいかな?

なんにせよ、身分に関しては生まれた時から叩き込まれている筈のデヴァイ。その辺だけはガッチリ覚えていかねばならない。
ただ、「今ある家の中では銀の家が最高家格だから、基本的にお前が何をやっても失礼にはならん筈だ。変人だとは思われるかも知れんが。」と、とっても心配になる事は言われた。ちゃんとレナに聞いた通り、雰囲気を出して行かないと始めから変人扱いは私も嫌だ。まあ、段々化けの皮が剥がれるかも知れない事は、想定内だけど。

そんな事をぐるぐる想像しつつ、森の中でブツブツ復習しながら歩く。



「もう、行くのか?」
「すぐだのう。」
「あ。」

頭上から重く、乾燥した声が聞こえた。
気が付けばもう、おじいさん達の所まで来ていたのだ。

朝靄がかかってあまり周囲が見えなかった森の中。
私は気焔の側で暖まりながら歩いていたし、考え事をしていたのであまり周りを見ていなかった。
まだ少しぼんやり暗い森の中。靄が晴れるのには、まだ時間がかかるだろう。冬だし、明るくなるのはもう少し昼近く、太陽が高く登ってからだ。

少し広くなっている大木の周りをぐるりと見渡し、気焔から離れて朝の森の空気を吸う。
私も、多分森に来るのはこれで最後だ。よく、景色を見ておこう。またきっと思い出す事が、あるかもしれない。

今回シャットに行って気が付いたのが、記憶の再現についてだ。
泉を作る時、空を作る時、生地を染める時。
私はみんな、ラピスの景色を思い浮かべながら、作った。
まるで、そこにある様に、今、見ている様にだ。
フローレスも言っていたけど、どれだけ自分の中に実現したいものを色鮮やかに思い浮かべられるかが、重要なのだと分かる。

この、まじないの世界では。

「ふふっ。」

小さな頃から、なんて事ない景色を反芻するのが好きだった私。子供の頃に家の広い庭で姉兄と遊んだ事をふと、思い出した。
私がまだ小さい頃、花の中に隠れて屈み込んでいた、その黄色の花の色。橙と黄色の丁度、中間。長細い花弁に何本か入る筋がとても綺麗で、何故こうも真っ直ぐに並んで伸びているのかと、じっと眺めた。細い葉と茎が沢山重なり合って柔らかく私を隠す、最高の隠れ場所。
いつも同じ所に隠れるから、すぐに見つかってしまうのだけどやっぱりその花の中が綺麗で、その時期は必ずそこに隠れていた。
それが秋桜だ、と名前を覚えたのはおばあちゃんが好きだ、と教えてくれたから。
それを覚えていたから、いつも部屋に飾る花の中に入れていた、秋。
冬は花が少ないから北側の端にある、南天を入れて色を補う。南端の梅から始まる春は沢山の色が選べるけれど、私が好きだったのは白や黄色の水仙や赤い、チューリップ。夏にかけて紫陽花から鉄仙、朝顔、千日紅。

思えば庭にある花は古風なものが多かった気がする。昔からの、おばあちゃんの庭。
それは私の心の中にある、沢山の引き出しのうちの、一つ。望んだ時に開けると、きちんとその光景が思い浮かぶ。色や光、その時の、自分の感情もありありと。


四季の花の色を思い浮かべながらおじいさん達のそばに進むと、ふと、貰った枝の事を思い出した。
部屋の隅でひっそりと出番を待っている枝達は、少しずつ小さな葉の兆しを増やしていた。その、若い緑を観察するのが楽しくて朝、確認するのが日課になっている。そう、それも移動の楽しみになるよね?

少しだけ立ち止まって、木肌に触れ「いい所に植えますからね…。」と伝える。
葉の無い枝をサワサワと揺らすと、おじいさん達はまた「よい旅を。」「またすぐ会える。」と見送ってくれた。
ここを過ぎたら運び石までは、もうすぐだ。




「これに入れろ。」
「え?随分小さいわね?」

レシフェも手伝って、きっとウイントフークが作ったのだろう箱に、レナの荷物も入れてくれている。
私もペンダントを渡そうと二人に声をかけた。袋から取り出したその石に、最初に反応したのはレナ。私が何か作っているのは知っていたが、この形になるのは予想外だったようだ。

「……なにこれ…。可愛い。売れそう…。」

ちょっと。
まあ、これから商売しようっていう私達には必要な感性だけどね?
二つとも手に掛けて、「レシフェ!」と呼ぶ。レナに先に選んでもらってもいいけど、一応、選択肢はあった方がいい。

「身に付けれるようにしたのか。それはいいな。俺はこっち。」
「え?!先に選ばせなさいよ。私はこっち。」
「フフッ。結局、ピッタリだね。」

そうして私の予想通り、レシフェは星を選んで、レナはメダイを取った。
だと思った。レナはきっと、可愛いデザインよりスッキリがいい。でもコイン型の中央辺りに内包物がキラキラ入っていて、それがとても綺麗に見えるデザインにした。可愛く見えて、芯があるレナにピッタリだ。
レシフェはなんとなくだけど、星。なんだろう、あの黒い光かな?
そう、レシフェの力が具現化した、黒い光。何故かあれが星のような形に見えるのだ。私には。
星っていうか、トゲトゲしてる感じ?
それを、少し可愛くして(そのままだと多分痛いしね。)星にしたのだ。

収まるところに収まって、もうウイントフークの声が掛かる。
そう、準備は殆ど必要ない運び石の移動。もう、すぐに行ってしまう二人。

でも、すぐ会える。

二人の心配そうな顔を見て「いや、泣かないから。」と威張っておいた。
少しはしっかりした私の顔を見て、何故か二人は気焔の顔も、見る。
レシフェに「シッシッ」という手をした気焔に、いつの間にこんなに仲良くなったのかな?と私は思っていたのだけど「違うからな?」と言われた。何が違うのかな?
いや、仲良いよね?それ。


「ヨル。ちょっと手伝え。」
「ん?何するんですか?」

ウイントフークに呼ばれて、運石の側へ進む。
隣に座り、示されるまま石に、手を触れた。
冷たい灰色の、大きな石。

「じゃあ、後でね。」「心配するな。」

二人に頷いて見せて、「いくぞ。」というウイントフークの声に合わせ、少し強めに力を込める。

少し周りの木々が騒つくと、明るくなってきたかもしれない、とチラリと上を見上げた。確かに靄が大分薄くなっている。目を凝らして、陽を探す。

そうして目線を戻すともう、二人は消えていたのだった。





「なんかやっぱり、見送るのは寂しいね。」

そんな事を言いつつ、気焔と森の中を歩く。

二人を送った後、私達は村にも癒し石を置くために少し立ち寄り、その帰り道を歩いている。
勿論、ウイントフークは先に帰っている。そんなお使いに、あの人が付き合うわけが無い。

結局、私はザフラに何の進展もない事を伝えるのが心苦しくて、早々に村を後にしていた。長老がいなくなった村の様子を確認して、みんなが元気そうならそれで良かった。私のリュックも相変わらず祭壇に祀られていたし?
その祭壇に癒し石も追加して、泉への案内の様子などを聞き、帰ってきた。街の人が森へ来ることが増えた為心配だったが、ひとまず上手くやっているようで、ホッとした。


そうして帰り道、またぐるぐるしているのだ。
どうやって、ザフラの娘を救おうかと。
そう、私は懲りずにまた、悩みのループに戻っていた。


「今日はこの後方々周るのだろう?」
「ん?うん、そうだね…?」

気焔が午後の予定を尋ねる。周る順番の事かな?

「では皆に元気な顔を見せねばならぬな?」
「…………そうです。はい。」

また、ぐるぐるしてた。切り替えたつもりだったけど。
気焔は言葉を続ける。

「しかし、お前はすっかりラピスの人間のようだな?」
「え?そう?どの辺が?」

「うん?………世界は広い。それを知っているのがお前の、武器だろう?」


世界は広い………?

うん、広い。
確かに?なんだろう。
でもラピスは狭いよね?それぞれ、シャットや他の扉を合わせれば広いんだろうけど。
それでも私の世界と、どっちが広いんだろう?
繋げたいよね………出来るのかな?そもそもさ、行き来できるのに、邪魔なのは扉だよね…。いや?ホントに扉?

問題は「知らない」事じゃない?

そもそも知らないと行こうと思わないからね。
でもデヴァイとグロッシュラーはお互い知ってるんだよね?行き来はあるんだろうか。ラピスだけが、遮断されているのだろうか。
でもシュツットガルトは「普段はどこから来たのか生徒にはお互い教えない」と言っていた。シャットも遮断されてそうだな?本当に、搾取する為?どうして、こうなってる?

始まりは、どこ?


…………そうだ。

私達は「本当のこと」を探すんだった。
そう、ベオ様と約束した。
生粋の、デヴァイ育ちの、彼と。
外から来た、私。
それぞれが自分の目で、世界を見て、知って、探す。

「本当のこと」を。

そして私達が答え合わせをしたら?

分かるかな?
分かるといいな。「本当のこと」。



……………………もしかしたら、私、全然駄目だな?


そう、気が付いてしまった。
私、グロッシュラーに先入観を持ち過ぎてるんだ。


レシフェが沢山の人を黒い穴に落とした時。
私達の背景が違う、という事を嫌というほど考えた筈だ。何故、頭のいい彼がそう、したのか。
私と、彼の価値観は違う。育った、環境が違い過ぎるから。

それと、同じだよね?

私は自分の価値観だけで、グロッシュラーが悪い所だと毛嫌いしている。何も、知らないのに。
レナの、あの潔さを格好いいと思ったのに。そこには、そこの生活があるのに。


「知らない」って、怖い。


思い込みなんだ。あれも、これも。
私は、フラットな状態で移動しなきゃいけない。
じゃなきゃ、「本当のこと」なんてきっと、判らない。解りようが、ないのだ。




所詮、今迄の自分の悩みがある意味偏見な事に気が付いて愕然とした私。

駄目じゃん。

完全に、囚われてた。
全く、気が付かないうちに。
自分の価値観だけで、誰かにとっての「良い、悪い」を決めつける所だったんだ。




サワサワと風が頬を撫でていく。
冷たい空気が少し、暖められている事に気が付いた。
急に、目の前に光が差してきて顔を上げる。

太陽が高い位置に上り、森の木々の間から陽が差し込み始めたのだ。

「ん?」

辺りを見渡すと、どうしてここにいるのか、泉の辺りにいつの間にか立っている。すっかり朝靄も晴れ、いつもの澄んだ泉が目の前に広がっている。
側の石に気焔が腰掛け、何とも言えない瞳で私の事を見ていた。


「え。ずっと、見てた?移動したの?」

その問いに応えず、私の前に歩いてきた気焔。
あの、笑顔でニッコリ笑うと私をひょいと、抱き上げた。

「スッキリしたか?」
「え?なんで分かるの?」
「泉の青が違うからな。」

そうなの?

いつもより高い、その目線から泉を見る。

私には違いはあまり判らないけど、確かに水面の青はキラリと煌めき、風の波紋からか水中にも瞬きが見える。深い、緑の水草から少し出ている若草色の小さい水草。その中でかくれんぼをしている小さな魚たち。さっきの瞬きはあの子達の、鱗が反射していたのかな?
いつも通りに、癒しの水を湛えた藍の泉。

チラリと藍を、見る。
そういえば、この子達をちゃんと見るのも久しぶりだ。
じっと、腕輪を見つめる。ピンク、水色、深緑、茶、赤のとても綺麗な、石。
するとキラリと深い、緑が光った気がした。もしかしたら、宙が助けてくれたのかもしれない。
やっと、気が付いたもん。
私、大分、どっか行ってたね?


もっと、広い視野を持って。
何の、先入観も持たずにきちんと、物事を見なくちゃいけない。私が良い悪いなんて、そもそも決められる事じゃないのだから。
私にできるのは、もしそこに泣いている人がいるなら、それを笑顔にしたい。笑顔にできるように、頑張る事。
自分の価値観を押し付けて、断罪する事ではないのだ。


この子達のように、透明感をもって、在りたい。


じっと私の腕に嵌る、金の腕輪の石たちを見つめる。
何者にも、侵されない。
静かな、美しい、この透明な石たちのような心を持ちたい。
自分も、そう、在りたい。
そう、私があの時のレナが綺麗だ、と思ったように。
惑わされず、自分で考え、自分で決めるんだ。


できるかな?
できるよね?
大丈夫、気焔も言っていた。
「諦めずに真っ直ぐに進む、力。」って。

「フフッ!」

約束した。
それも、全部。

全部抱えて、真っ直ぐ、進むんだ。

声を出して笑うと力が、湧いてきた。


約束って、凄いな?
ありがとう、気焔、みんな。


そう思って、自然に腕輪にキスを、した。



すると瞬間。
眩い光が腕輪から四方に飛び、大きく膨らみ球になると「ブワリ」と圧縮され、一方に光の筋が伸びる。

「わわっ!」

物凄く眩しい光に腕を遠ざけるが避けられるはずもなく、気焔が私を下ろして庇った時にはもう、光の筋になっていた。


「なに、これ…………。」
「…………。」

すぐ側にある顔を見上げるが、無言。
少し、心配だが私の石から出る光だ。危険は無いだろう。でも、何処に向かっているんだろう?
こっちは、ラピスの方だよね…………?
何か、あるのだろうか。


しばらく、無言で光を見ていた。
何色でも、ない白い光。石たちから出る光は大抵その石の色で光る。

白か………………。まさか、ね?

そこまで考えると段々と光は弱くなり、向こうから途切れ始め、そして……消えた。
まだ、なんとなく残像が残る、輝き。そのくらい眩しい光だった。
なんだったんだろう?

石たちは、誰も何も、言わない。
気焔も。



「とりあえず、帰ろうか…。」

そう言った私の顔を一瞬、じっと見た気焔。
なんだろうな?
揺れる金の瞳は、私には読み取れない表情を、していた。


その瞳の中に宿る彼の心を、私が知るのはもっとずっと、後の事だった。


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