透明の「扉」を開けて

美黎

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5の扉 ラピスグラウンド

仕上げ

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工房二日目が終わった、夜。

私は完成品を机に並べて、最後の仕上げをしていた。

教会の像、ルシアの分、ティラナ、リール、イオスの店、そしてレナとレシフェの、分。
みんな完成して、ヨークの工房にもお土産を置いてきた。工房の分は作る暇が無かったから、原石の癒し石だ。
天然の輝きは誰もを魅了するもので、ヨーク始め、みんなが喜んでくれた。これも中々いい石で、ウイントフークは渋い顔をしていたけど。
これで、お礼になったかな?お世話になった分、返せればいいけど。

一番大きな教会の像を真ん中に、出来上がりのものを並べ、一手間必要なものの作業をしていく。
とは言っても、ティラナとリールのは首から掛けられる香り袋に癒し石を入れるだけだし、レナのはペンダントに出来るよう、小さなメダイの形。レシフェも首から掛けられるよう、星のような、金平糖のような形であまりトゲトゲが痛くないように加工した。小さいから、男性でも付けやすいと思う。
これ、逆でもいいな…。
レナとレシフェは二人とも火属性の生まれだから、多分どっちも合う筈。明日、二人に選んでもらおう。幸い、色も落ち着いた橙寄りの赤だ。
どっちでも、可愛いよね?

香り袋をチクチク縫いながら、ポプリにも少し癒し石の粉を入れる。あの、グレフグ君の水槽に入れたやつだ。何かと維持作用があるかも知れないとウイントフークが言うので、香りが長持ちすればいいと思う。帰った時、嗅いで香りがしたら売れるんじゃないか、これ……。
少し邪な事も考えつつ、香り袋を二つ作る。
これは私の服の余り布で作ってるので、ちょっと光沢があって可愛い。ティラナのものは地紋が出ているところを上手く出すようにして、私のワンピースの余り布の青い部分を使う。
ティラナはピシスの生まれで水属性だから。
リールはタウスだから気焔の濃い橙を使う。地属性で茶がいいけど、茶は染めてないから一番近いこの色にした。きっとリールの事を守ってくれるだろう。気焔の力も入っているし。

レナとレシフェの分も気焔が染めてくれた糸で丁度色が合うだろう。せっせと紐を編んでいく。
実は紐の編み方はセフィラの日記に書いてあった。きっと、セフィラも誰かの為にこうして編んだのだろう。そういえば宝箱の中に、それっぽいモノがあった気もするな…。


「これは本当に素敵ね?私も教会に置いてもらおうかしら?ヨルがいない間。」

そう話し出したのはセーさんだ。
私が黙々と作業している間、窓際で鼻歌を歌っていたけどどうやらコーヒー色の人形の像を気に入ったらしい。
なんだか人ではないものに褒められたのが嬉しくて、色々なものが癒されるといいなぁと、思った。人間以外の、動物や植物。なんなら、教会自体とか、ね?

「セーさんがそれがいいなら、ハーシェルさんに言っておくよ?」

そう言いながら、編み上がった紐をメダイに通して長さを確認する。
もうちょっと、かな?
また、編みながらセーさんに話しかけるような、独り言のような呟きをする。

「みんなの事を癒してくれるといいなぁと思って。あと、私がいない間ハーシェルさんが大変にならないように。教会に来た人も、癒されるよね?」
「そうねぇ。」
「あー。自分にも作ればよかったかな?私にも超必要じゃない?なんかダークな匂いするしさ…。グロッシュラーでは何を作ろう?泉は作れるかな…?」
「そうねぇ。」

なんとなくの相槌にそのまま、話し続ける。
セーさんは同意も、反対もなくただ、私の話を聞いてくれるからとても落ち着くのだ。話すだけでも。

「でもさ、なんとなくだけどこの像を作ってからちょっとモヤモヤが晴れた気はするんだよね?やっぱり集中したからかな?あんまり何も考えないで作ったけど、これに打ち込んで、私の中もスッキリしたと言うか…………。」

すると、セーさんがちゃんと返事をしてくれた。

「そうねぇ。ヨルのモヤモヤも吸ってくれたのよ、この石が。それでも尚、これだけの輝きと癒しの波動を出している。心地がいい筈ね…。かなり疲れたでしょう?」
「うん。やり過ぎだって…。」
「ふふ。やっぱり、無心で集中するのって大事よね。技巧としてはまぁまぁだけど、この表情と、この像が持つオーラ。これはヨルしか作れないわね。」
「………そう言ってもらえると…………。」

物凄く、疲れた甲斐があります。

そう、作業中は無心だった。とにかく、自分の頭の中の像を再現するのに集中していて、出来上がりはやっぱり100点満点とはいかなかったけど、自分が今、できる最高の出来には、なったと思う。
妥協は、しなかった。

「だからかな…………我ながら、いい顔に仕上がったと思う。」
「そうねぇ。あなたらしい、顔ね。」

所謂神様とは違う、私が自分の想像だけで作った人形神。

その表情は思いの外、和かだった。
もうちょっと、なんて言うかマリア様?みたいに穏やかな顔になる筈だったんだけど、完成したら結構笑っていたのだ。

グロッシュラーへの気持ちがとっても灰色だった私。もしかしたら、哀しい顔になってしまうかもしれないと、少し思っていた。でも。
完成したこの像は、はっきり言えば、笑っている。
それを見て、実は、安心した。

「依るらしい。」

そう、気焔も言ってくれた、この像。
この表情ならきっと、ハーシェル達を笑顔で癒してくれるだろう。月の光を浴びて、綺麗に光る薄茶の石。私らしい、ちょっと可愛い格好をした人形神。

そう、そうだよね。私はみんなに、笑顔になって欲しいんだ。それを改めて、思い出す。
やっぱり、この像を作る事で私の中で何かが消化された気がする。
自分自身の心の中を写す、この像が笑っている。それで安心したんだ、きっと。
そうなんだ。少しずつで、いい。少しずつこうしてまた、力を溜めていくのだ。次に向かう、力を。


「さあ、明日は見送りに行くんでしょう?そろそろ寝なさいな?」
「そうだね………ありがとう、セーさん。」

もう一本、編み終わった紐を星型に通すと明日持って行くものと、分けて置く。
うーん。でも、もうみんなに渡し始めないとな?
私だって、週末前の木の日には移動する事になっている。
明日の見送りは朝だから、その後渡しに行こうかな…。


その時、カチリと扉が開いた音がした。

「なんだ。まだ起きてたのか。」

いや、いいんだけど、いいんだけど。やっぱりノックは必要じゃない?

いつも通り、ノック無しでいきなり入ってきた気焔。
何度も言ってはいるが、そのまま部屋の中に現れる事も多い気焔からしてみれば何故、ノックが必要なのかよく分からないらしい。
まあ、そうなんだけどさ…。この人本当に私の事…。一応さ、恥じらいって物は必要だと思わないんですかね?

そんな事を考えている私の顔を知ってか知らずか、じいっと見て「風呂は?」と聞いてくる気焔。それもな…………いや、入ったけどさ…。

「もう、寝るよ。」

そう言って、パタパタと机の上を片付ける。
火箱を消して、姫様の靴の隣で焚いていたセージが消えそうな事も確かめる。このまま放っておいても大丈夫そう。


窓の外は今日も、月が明るい。
明日あたり満月かな?月明かりだけで作業していた私は、窓際で冷えた手を擦りながらベッドにスルリと入った。
既に私の湯たんぽとしてベッドに入っていた気焔は、見ていたのだろう、私の手を取り胸元で暖めてくれる。

あーー。このぬくぬくがあれば、多分グロッシュラーでも大丈夫…………ん?

んん?

ガバッと突然起き上がった私に「何事か?」という顔の気焔。

そう、すっかり忘れていた、っていうか思い至らなかったっていうか………あまりにもいつも一緒だから、全く考えていなかった。
シャットでも、寮だったからなんだかんだでずっと、一緒に寝ていた。でも、確か、なんか、身分がどう?とかで、身の回りの世話をしてくれる人が付く筈なのだ。

え?夜は?流石に部屋はその人とは別だよね…………?
でも、すぐ側だったら?話声が聞こえてしまったら?え?一緒にいるのは、無理かも…………?
ウソ…………いやいや、それは私が無理かも。

今思えば、シャットで寮に着いた時は平気だった。隣にエローラもいたし、不安材料が殆ど無かったし。でも、今回は違う。不安だらけだ。
ただでさえ、やっていけるか不安で仕方が無いのに、気焔のぬくぬく無し?!
ええ?!どうしよう?

「…………どうした?」

ベッドの上で呆然と座る私に、心配そうに声を掛けてくる、気焔。
チラリと隣の金色の髪に視線を移す。
ええ~?大丈夫?行けるかな?いや、行くしか無いんだけどな…。

無意識に、手を伸ばし金髪をワシャワシャしていた。
不安を抑える為に触れていたかったのかもしれない。いつもの少し硬い、金髪に。
そのまま、ぐるぐる、ワシャワシャ、していた。


「え?」

不意に両腕を掴まれ、そのままくるりと体勢が逆転した。天井にポツンと、机の上の石から反射した月明かりが映っているのが目に入る。

下から見る気焔は、顔が影になって瞳だけが光っていた。
ちょっと、怖いけど綺麗。

「どうした?」

私の表情を見ながら、心配そうに問い掛ける、気焔。
どうしよう。
もし、別々だって、言われたら。
そんな事無いよね?夜は来てくれるよね…?

当たり前のようにそう思った、自分に少し驚く。

でも。
なんだろう、ちょっと、ゾワゾワする。
不安の毛布が、私の身体を包んでチクチクと刺激しているようだ。
自分の両腕を摩り、チクチクを取り除こうとしてみるけど取れない。嫌だ。早く、取り除きたい。この、私を包もうとする、不安。

駄目だ。…………もっと。

「ねぇ。ギュッとして、フワッとやって?」
「は?」
「こうして………。」

とりあえず私の上の気焔を引っ張り隣に寝せて、その腕の中に潜り込む。うん。これで。

「それで、フワッと。炎で。熱めで、お願いします。」
「あ、ああ。」

何故か敬語の私に言われるがまま、戸惑いつつも濃い橙の炎を出す、気焔。それを確認すると、また懐に潜り込む。いつものように。

うん。熱めだね?でもな…………もう、少し?

まだ、不安のチクチク毛布は取れない。
顔だけポンと出して、金の瞳にまたリクエストする。

「なんか、もうちょっとこう、ブワッとくるやつ、ない?なんて言うか、もっと身体がぐっとスッキリしそうな………?」
「お前…………知らんぞ?」

「チッ」と怒ったように言い捨てた気焔は大きな、龍の様な蛇の様な赤に近い橙の炎をブワリと出した。

「あ…っ」

私がそれに見惚れている間に、炎の龍は私の頭をバクンと食べるように口に入れ、そのまま首、胸、腰を回ってぐるりと脚まで撫でると、背中をぐるりとまた撫で、上がってくる。

「んっ…!」

なに、これ…うわっ、ゾワゾワするっ……!
なんか変な声、出たし!

「やっ………ストップ、ストップ!気焔!」

「ふぅん?ほらな?」

パッと炎の龍が消え、ぐっと力の強い腕に引き上げられる。
さあもう終わりだと言う様に、気焔は私の顔を確かめ、滲んだ涙に口を付けた。少し、舐めたかもしれない。

…………!!
え?なに?どうなったの?なんか………違う風にゾワゾワするんだけど?!落ち着かない!!

スッキリしたかったのに、ゾワゾワがすり替わっただけになって、とっても腑に落ちない。

「もう…………。」
「今のは、お前が悪い。」
「…………む。」

余計に涙目になってジロリと睨んでみたけど、てんで効いちゃいないのは分かる。

もうちょっと、ギュッとしてくれるかと思ったのに!もう………あんな、全身、撫で回すみたいな…あばばばば…。無理無理!なに?しかも、この人、どさくさに紛れて瞼に………口…付けた?
あ、もう無理。

一人であぶあぶして撃沈した私は、そのままパタンと腕を下ろし力無く、横たわった。
いや、元々寝てるんだけど。



しばらく、黙っていた。二人とも。


ちょっと、気焔が私の様子を探っている気がするけど、私は死んだフリのまま。
軽く、ため息を吐いた彼は諦めたようにこう言った。

「悪かった。して、何が不安だったのだ?」

ああ。そうだった。
すっかり忘れてた。いや、ある意味良い治療法?
いやいや、こんなの毎回は心臓が持たない。

頭をプルプル振って、切り替える。
そして顔を上げて、訊く。
気焔がどうするのかを。ドキドキしながら、口を開いた。

「グロッシュラーに行ったら、こうして一緒に寝られないのかな?それって、私…無理かも。今ですらこんな不安なのに…………私の…湯たんぽ、いや、安らぎの気焔が居ないなんて…どうしろって言うの?無理じゃない?だって、今よりなんかグレーな感じになる訳でしょ?レナだっていつも一緒な訳じゃないし、癒しが…………」

「落ち着け。」

むぐっ

気焔の胸に押し付けられて、喋れなくなる。
ギュッとされたまま、話すのを聞いていた。

「吾輩はまじないで潜り込むつもりだが、夜は多分大丈夫だと思うがな?まさか、侍女も一緒には寝まいよ?精々隣の部屋だろう。お前が大人しくすれば、済む。」
「ひょれかむぶぶひいのほ。」

腕を緩めてくれないのでそのまま、喋った。
なんか、笑ってるけど。とりあえず通じてるみたいね?

「仕方がなかろう?居らぬよりは良いだろう?」
「ぶん。」
「今回多分、お前の上司のような形になるかと思う。完全に身分の上下が、ある場所。身分が同じだと難しい事が多かろう。後は様子を見てその場判断だな…。まあ、………いると思うが。」
「ん?」

多分、気焔が言ってるのはシンの事だよね…。

何故だか、シンはきっと扉が違うと違うシンになってしまうのだろう。少し前の紫の彼を思い出す。ちょっと、じわっときたけど我慢我慢。
きっと、もうすぐ会える。
気焔がそう言った事で、私のなんとなくの予想が確実なものになった。
大丈夫。きっとまた楽しいよ。ん?楽しいかな?結構ドキドキっていうか、ハラハラするんだよね………大丈夫かな?シャットより危険な所って…。
自分よりもシンの方が心配なんですけど?どういう事だ??

「依る。」
「む?」

腕が緩んだので、顔を上げる。
なんだかちょっと、揺らいだ金の瞳。
さっきと全然違うな?どうしてだろう?

腕を伸ばして髪をフワフワする。少し硬い、元気のいい金髪。この弾力が堪らないよね………。

「ふふっ。」

少し、凪いだ金色を見て微笑む。
こうしていると、可愛いんだけどな?

不思議だな……こうしてると可愛いし、でも不安な時は安心もするし、この金髪とかの感じも好きだし、金の瞳も凄く綺麗だし、ん?睫毛も金色だ…。綺麗。やっぱり、人じゃないよね…………。
カッコいいな。てか、気焔って、んん?
………実は凄く格好良いのか?

改めて、まじまじと見る。
彫りの深い、顔立ち。少し日焼けした色の肌に、短い金髪が元気良く立っていて可愛い髪。綺麗なおでこが覗いていて、眉も睫毛も金色だ。大きなはっきりとした二重の瞳は、意志の強さを表す金色を宿している。濃淡はあれどどこまでも金色の虹彩が石の状態の時のようにキラキラしている目。スッキリ通る鼻筋、厚過ぎない唇、どれもがハッキリ主張していて、濃い顔。
でも全体が金色な所為か、全くクドくない。
いつも吾輩喋りだから、なんとなくおじいさんみたいなイメージだけど見た目だけなら少年から少し経った、青年。

これ、私の世界にいたらかなり、モテるな………。


「気焔さ………人だった事、今迄に、ある?」
「は?…………いや、無いが?」

急に固まっていた私がおかしな事を言い出したと思ったのだろう。でも、人になった事が無いと聞いて、安心した私は「私が居なくなったら、もう人になっちゃ駄目だよ?」と小さく呟いていた。

「ん?でもな………なりたいならいいんだけど…でもなんか嫌だな…。」
「何故………そんな事を?」

呟きが聞こえていたのだろう、少し苦しそうに訊く気焔。ちょっと恥ずかしいけど、今なら言えるかな?素直に、答える。

「だって。私以外の人の石になったら…嫌だ。」

でもなぁ。
俯いて、考える。

きっと、ずっと、ずーーーーーーっと私よりも長く生きるであろう、彼。きっと、私が居なくなってからも沢山の人に出会うのだろう。素敵な人だって、きっと、いる。その方がいい。だって。

私が「ずっと一人でいて」なんてきっと、言ってはいけない。

この、自然で自由な彼を縛る事なんてできない。
それをしてはいけないのは、分かる。何者にも縛られないでいて欲しいし、そんな彼だからきっと、素敵なのだ。
ぐるぐるしつつも、視線を戻す。

さっきよりは穏やかな表情の気焔。
何を考えてるんだろう?きっとまた、私の事とか心配してるのだろうか。それともグロッシュラーに行った後の事とか?

「何考えてるの?」

おっと。また口に出てたわ…………。

すると気焔は呆れたように、こう、答えた。

「そんな事で良いのか。」
「え?そんな事って………。」
「お前以外の石になる方が難しいわ。」

そう、あっさり言ってまた私を懐に収めると「もう、寝ろ。」と言う気焔。

そうだ。明日は、見送りの日。
多分、すぐ会えるから泣かないように出来ると思うけど、保証はない。
ペンダントも渡して……餞別も配って………。
明日の予定を並べていく。しかしすぐに思考が元のループに戻った。私の、石でいてくれるって…?

ちゃんと、一緒に居てくれるって言った。
グロッシュラーでも、きっと大丈夫だって。
その後も…………なんかよく分かんないけど、大丈夫だって。

なんだろうな、これ?
約束?約束かな?

「約束?」
「「お前が、望むなら。」」

あ。あの声。
そうか。世界はいらないけど、約束は欲しいな?
「望めば、成そう。」と言ったあの時の言葉。

そっちなら、いいなぁ。


気焔の胸に収まったまま、約束した。

約束って、いいね?

なんか、頑張れる気がしてきた。
その言葉をしっかりと胸にしまう。


暖かいいつものふんわりとした気配を感じる。
そうしてやっと、いつの間にか眠りについていた。










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