透明の「扉」を開けて

美黎

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5の扉 ラピスグラウンド

心の準備

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「この子、どうしたの?」
「いや。少し、グロッシュラーがな…。」
「ああ。今迄は割と平和だったからねぇ。」
「平和………まぁ。ガラリと変わるからな。」



朝と気焔が私の様子を心配しているのが、分かる。

ウイントフークの家から帰ってきて、ハーシェルに報告をし、みんなで夕食を食べた。
レナは無事、シュツットガルトとイスファを送ってきたと報告してくれて、リールが寂しくて泣いていたと言っていた。この期間で大分、お父さんだという実感が湧いたのだろう。見た目も似ている二人は、ちょっとおっとりな所も似ている。
きっと、打ち解けるのは早かっただろう。また、遊びに来れるといいんだけど。

そう、扉間の移動。
それについてはいつか実現したいと思ってはいるのだけど、私はウイントフークやレシフェからグロッシュラーの話を聞いてちょっと胸焼けして、いた。
そう、胸焼けって丁度いい表現。

なんていうか、「お腹いっぱい」なのだ。

食後は「疲れてるんだろう。」とハーシェルに心配され、早めに自室に戻らされた私。
ゴロリとベッドに寝転んで、またぐるぐるしてしまう。


結局あの後、レシフェの言うあそこの長の話から始まり、どんな所で、どんな仕組みになっていて、どんな人達がいて、人々がどう扱われているのか…………。
それを聞いたら、もう、この為体なのだ。

大丈夫なのか?私。こんなんで、やってける?



そう、まさに、グロッシュラーはレシフェの言う様に「人の欲望」の都市だった。

デヴァイの身勝手の為に強制的にまじないの船を造らされている、人達。
自分達の力を貯める為、祈りを捧げさせそれを掠め取る白い神官とやら。
各地から攫ってきた、又は売られてきた子供達を自分達に都合良く使う為教育し、そして使い、搾取する。
欲望を満たし、時にはまじない力の強い子供を産ませる為に利用される、貴石の女達。

重っ。
重過ぎるよ…………。
大丈夫かな、私。なにか、出来るかな…………。
なにも、出来ないんじゃないかな。


そんな事を、帰り道から延々と、考えていた。

漠然とした、不安。
こんな状態のまま、移動して大丈夫?
大丈夫かもしれないけど、大丈夫じゃないかもしれない。でも、どうしたら大丈夫になるのかも、分からない。
ぐるぐる、ぐるぐる。このまま、ずっとぐるぐるするの?それは嫌だ。もうすぐ、出発しなければいけない。その、気の進まない、灰色の世界に。
どうする?
どうすれば、いい?


ボーッとしていた。
ベッドに寝転んだまま、ただ、何も見ずに目を開けていただけ。


「うひゃっ!」

急に、目の前に金の瞳が出てきた事に驚いて、声が出た。もう、鼻と鼻が触れるくらいの位置に、急に顔が現れたのだ。
びっくりするなぁ、もう!

「仕方が無い。」

そう言う気焔が言うには、話しかけても、目の前で朝と踊っても、私が反応しなかったらしい。
………何それ。見たかった。

「行くぞ。」
「え?!」

そして唐突にそう言った気焔。
どこに?と言う前に、私達は飛んでいた。







思った通り、気焔が私を連れてきたのは夜の、森の泉だった。

だよね…………。癒されたい時は、ここ。その為に、造ったんだもん。
風の微かな騒めきだけが、聞こえる。

森は、静かだ。

夜だというのもあるし、今は冬。気焔の炎に包まれているから、寒くはないけど周りの空気が冷えてピンとしているのが、分かる。
大きく息を吸い込んで辺りを見渡すと、泉の水は今日も澄んで、木々の間から差し込む月明かりを黄色く映す。深い藍の水底と月光のコントラストが昼間と違う癒しを与えてくれる。

月がきちんと出ている森の夜は、意外と明るい。泉のほとりに座り水面に映る月を眺めながら、私はしばらく、ボーッとしていた。


少し、水面が揺れて月が変形し何かが干渉した事に気が付く。
ふと顔を上げると、正面は泉によって色が付いた森の木々だという事を、思い出す。今迄はただ、そこに座っていただけだったから。
その奥にはまだ、ぼんやりと明るい白い森が見える。距離はあるが、白いから明るく、夜でもよく見えるのだ。

ん?
チラッと、その白い木々の中に何かが動いた気がした。
なんだろう?白い森に、動物はいない筈。
私の事を騙す、まじない以外には。


「あ。」

チラリと長くて白い、髪の毛が過ぎる。

あの子だ!

直感でそう思った。多分、絶対、そう。
あの、白い女の子。なんだか私にムカつく事を言ってきた、女の子。なんで?なんでここにいるの?
ここは、私の癒しの森なのに。

もう一度目を凝らし、遠くの白い森を見る。
………いる。

何故か自分の領分が侵された気がして、立ち上がり泉の周りをぐるりと早足で向かう。
「依る?」と気焔の声がするが、多分ついて来てくれるだろう。見失わないよう、そのまま構わず白い木々に向かって、進んだ。




ひらり、ひらりと木の陰から見える髪の毛と白い服。
それを見失わないように追う。
走るのと、歩くのの真ん中くらい、絶妙な速さで丁度見失わないように逃げている気がしてならない。木の根に躓かないよう、見失わないよう、追いかける。

なんなの?いつも。嫌味だなぁ!


追いかけているうちに段々イライラしてきた。
追いつきそうで、追いつかない。見失った?!と思うと、わざとの様にヒラリと見える。
もしかして、あの子が森を白くしてるんじゃないの?絶対、捕まえないと!

そのまま森の中でしばらく追いかけっこをしていたのだろう。
気が付くと、気焔が見えない。

あれ?まずい??そして、ここどこ?

周りは全くの白い森。真っ白の木や草、それ以外、なにも見えない。だが、一つだけ森以外に見えるものがあった。

それは白い女の子。
私が気焔を探して振り返り、また向き直ると正面の木の陰から出てきたのだ。まるで、そこで待っていたかのように。

やられた。何故か瞬間、そう思った。
でも。
私だって、この前とは、違う。


「なに?なにか用なの?」

ちょっと強気に話しかける。何となく、先手必勝。この間は、なんだかやられた気がしたから。
変な所で負けず嫌いが発動する。
そんな私とは裏腹に、鈴の転がるような声で女の子は話し始めた。

「ふふっ。何の為に、ここに在るのかは分かった?大切な、何かには出会えたかしら?」

相変わらず、なんだか嫌味ね?

「会えたわよ。でもやっぱり……私は、私の為にここにいるし、自分の為でもあるし、みんなの為でもある。それが、私の為。」

負けたくないので大きな声で話すが、なんだか内容は滅茶苦茶だ。
でも。

何度も、考えたんだ。これまでも。
自分がどうしたいのか、何の為にまじないを学ぶのか。
何の為にみんなを笑顔にしたいのか。
私は何処に、向かっているのか。


  廻り回って、全部、自分の為なのだ。

そう、私は人の為だけに動くような、そんな立派な人間じゃない。
みんなに笑顔になって欲しいのも、拐われた人を家に帰したいのも、好きな事を仕事にして欲しいのも、好きな人達が幸せになって欲しいのも。
気焔に笑顔になって欲しいのも。姫様を探して、家を救うのも。

全部、自分の為だよ。
そうしたら、私、幸せだもん。

正面の白い女の子を睨みながら、ぐるぐと頭の中で考える。これまで、自分が自分なりに考えて、進んできた、道を。


「そうね。だから、それなら、いつでもあなたはあなたの為に、あなたの幸せを考えて、進みなさい。それが、延いては世界を救う。」

少し、ポカンとしてしまった。少し、彼女の口の端が上がったように見えたからかもしれない。
そして、ポカンとした私の口から出たのは、こんな言葉だった。

「え。壮大になったね。」

「そうよ。仕方が無いけどね。そういう星の元に生まれたと思って、諦めるのが吉よ。」

ん?随分と…………?

白い女の子の印象が変わった気がする。
何故だろうか。そう感じて確かめたくなった私は、見えない彼女の目を見ようとして目を凝らし、少し近づく。

すると彼女がパッと踵を返す瞬間、揺れた前髪から覗いた瞳は、見覚えのあるものだった。

「え?……………………私?」



その言葉を発した瞬間、何処からか白い光が眩しく差し込み、反射的に目を瞑う。
ウソ?今?
もうちょっとで……見えたのに…。



次に気が付いたのは、気焔が必死で私を呼ぶ声が聞こえた時だった。

あ、これ怒られるやつね。まずい…。







気焔の声が聞こえて安心した私は、つい、大きく息を吐いた。
それで多分、起きているのがバレたのだろう。
呼ばれなくなったが、逆に彼がどうしているのかが、気になる。
見られてるのは、間違いないと思うんだけど。

え?寝顔?いや、寝てないけど。不細工じゃない?うん、多分。え?起きる……?でも怒られるしな…。

目を瞑りながらぐるぐるしていたら、少し揺れて抱き上げられた感じがする。なにやら、私は何処かに連れて行かれるようだ。
何処行くのかな……?とりあえず、着くまでこのまま、寝たふり?していよう。うん。


怒られないならこれ幸いと、そのまま気焔に揺られて心地よくなってきていた。
危ない…………これ、マジで寝そう…………。



「意外とすぐ会えたのう?」
「確かに。」

ん?この声?

聞き覚えのある声に、ゆっくり目を開ける。
辺りはまだ、白い。どうやらまだ白い森の中だ。
そして、声がした方に目をやると、やっぱりそこにはカエル長老が、いた。

「起きたか。」
「依る…………。」

はい。分かってます。分かってますよ?言いたい事は。後で。後でにしよう?

私の訴える瞳が成功したのか、気焔はため息を吐いて私を下ろし、カエル長老に視線を戻す。どうやら、お説教は後回しになったようだ。しめしめ…。

「して、どうだ?」
「まあ、それなりに…………。」

何やらまた二人がボソボソやっている間、私は小さな光るものを見つけた。

白い花畑の、真ん中の池。
その池の真ん中にいるカエル長老と気焔は話し込んでいて、私は一人池の側で白い木々を眺めていた。

「ん?」

キラリと光るものが、目の端に映る。
自分のスカートに何か、付いているな?と思ってよく見るとどうやら小さな虫が、よじよじ登って来ている。
私はそんなに虫は好きじゃないけど、それはとても綺麗に、そう、玉虫色に光るまあるい虫だ。
こういう虫ってなんて言うんだっけ?黄金虫??
虫の名前は、詳しくないんだけどな?

でも、私は騙されない。
いや、さっきの今で、説得力ゼロだけど。そう、この虫、普通の虫じゃ、ない筈だ。だって、色が付いてるし本当は森には虫もいない筈………。

まじまじと、登って来ているその虫を見つめた。

なんだろう、この確実に意思を持って、私の所に登って来ている感じ………。普通の虫じゃ、ない…………?

そう、決して虫が好きな訳ではない、寧ろちょっと苦手な筈なのに、ちっとも嫌な感じがしないのだ。それは多分、この虫が何か意思を持っているのがなんとなく、分かるから………。
んん?

どんどん登って来たその虫は、なんとなく出した私の手に、乗った。そして、私の事を見ている。
そう、見てるんだよね………ナニコレ。


「おお、もう挨拶していたか。」
「え?」

カエル長老が、そう言って私の事を見ている。
挨拶って?…………まさか?

チロリと目線を玉虫色の虫に戻す。
うん?玉虫色の、むし?たまむしいろ………。
え?
ウソでしょ?虫?虫に?いやいやいや、………虫?!

「選べる者は次も人を選ぶのが常じゃが、「そいつ」はそれを選んだのじゃ。」
「……………………。」

ホントに………?

今一度、まじまじと手のひらの上の虫を、見つめた。
白い森の中、深い緑をベースに七色の光が映る、そのまあるい虫。

「可愛い…………。」
「……お前、可愛いは止めろ。」
「!!」
「そりゃ、喋るわ。じゃあ行くぞ?」
「え?なに?意味が分からない!」

唐突に話し出した虫に驚いて、ちょっと放り出しそうになったけどこの展開、頭の片隅に予想していなかった訳じゃ、ない。
きっと、この虫と目が合った時から分かっていたんだ。心の奥では。
でも、もし、外れてたら。
違ったら。
その、期待が裏切られるのが嫌で、考えるのを避けていたのだ。

でも、ホントに?ホントに………

「ベイルート、さん………?」
「そうだ。」
「え、ええ~~~~。」


急に脱力してその場に座り込んだ私に、カエル長老が教えてくれた。どうしてこんな事に、なっているのかを。

「通常、輪廻の輪の中で自らが次を選ぶ事は出来ん。しかし、此奴はお主を救った。その恩賞があっての?大概のものを選ぶ事ができたが、何故だかこれを選んだのじゃ。理由は本人に聞いてみるが良いな?」
「…………え。」

なんで、…なんで虫なんですか?って?
ホント、え?またすぐ死んじゃうんじゃないの?やだよ、そんなの…。虫ってどの位、生きるの?え?食べ物は?

現実的に考えて、ぐるぐるする。すると私の心配など、お見通しとでも言うようにベイルートが話し始める。え?しかも、なんで記憶があるの?そんなもの??

「俺は次の生で虫になる代わりに、記憶を引き継いでもらった。意外と融通が効いたぞ?それに、そうすぐは死なん筈だ。多分な。この姿の方が色々都合が良い。きっと、これからはな。」
「都合が良いって………もしかして?」
「ああ。お前と一緒に行く為に、この姿を選んだ。何かと不便だろう?人だと。」

不便?虫の方が不便じゃない?いや………そんな事…。あるのか?ない?いや、分からないよ…。

嬉しいやら、驚きやら、こんなんで本当にいいのかとか、私の所為で、「虫」を選んだベイルートに悪いと思ったりとか、そう思ってしまうのが悪いと思ったりとか。
いろんな、思いが頭をぐるぐるする。

でも「私と一緒に行く為」と言ってくれたベイルートを、一生大事にしよう、と思った。それだけは絶対。
ギュッとしたかったけど、駄目だよね?

「ベイルートさん…。一生、大事にします。」
「おい。」

なんだか気焔が不満そうにブツブツ言っているが、そんな事は後回しだ。どうすれば、自分の感謝の気持ちが表せるのか、全く分からない。
でも、とにかく、嬉しいのだ。
そもそもまた会えただけでも嬉しいのに、どこかの小さい子供が玉虫色の髪の毛で産まれてくるかもしれないと頭の片隅で考えていたのに、私がこの世界から居なくなってからでも何処かで元気にしてくれたらそれでいいと、思っていたのに。

会えた。
それだけで、いいのに。
ついてきてくれるんだって。
それだけでも、嬉しいのに。
ついて行きやすいように、虫なんだって!
なにそれ!
ウケる!


「お前、笑うか泣くか、どっちかにしろ。」

だって、仕方がないと思う。彼が、乗っていない方の手で涙を拭うとそっと、肩に乗せた。

「ふふっ。」
「其奴は特別な虫。そうすぐにどうこうなる事はないじゃろ。安心せい。」
「そう言ってもらえると、安心出来ます。ふふっ。それにしても…。」

おっと、いかんいかん。また怒られちゃう。


そんな私達をカエル長老は満足そうに見ながら、こう言った。

「さあ、そろそろ行くが良い。時間じゃ。」
「長く居過ぎたな。」
「また会おう。」
「あ、ありがとうございました!」

来た時と同じように気焔に抱えられる。きっと少し焦っているから、このまま飛ぶつもりなのだろう。
長老を振り返り、手を振る。

私はベイルートが飛ばされないように、手で軽く抑えると、そのままいつもの様に暖かい炎にふわりと身を、委ねた。





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