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5の扉 ラピスグラウンド

決意

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「どうした?」

いつもの薄暗い部屋でソファーに沈み、テーブルの上に置いてある屑石を一つ、手に取る。
手元の石を弄びながら訊ねた後、黙り込んで、暫く。
かれこれどのくらいの時間、こうしているのか。



ラピスに戻って来てから、ずっと何か言いたそうな、言いたくなさそうな、迷いの雰囲気は感じていた。
だが、俺から訊く事はすまいと思っていた。
きっと、こちらから訊いても言う筈が無いからな。

そういう意味ではとても分かり易い、この石。
ヨルに関しての良い、悪いは割と感情を見せている事が多いから分かり易いのだが、今回は心労の心当たりが多過ぎて、こいつが何を考えて黙り込んでいるのか見当が付かない。
いや、特に見当を付けようとは思っていないという方が正しいが。


それでもこうして、奴が言いたい事を吐き出せるよう待っているだけでも、俺にとってはかなりの進歩だと褒めて欲しい。
しかしそろそろ………。

傍らの沢山の資料の山を眺める。溜まっている調べ物を後回しにしてこうしているのだが、そろそろ気になってきた。ウィールの隠し部屋から溜めていた資料を一部持って帰ってきたのだ。予言関係のもの、一通りだ。
相手がこいつでなければ、さっさと資料をめくるのだが凡そ俺に相談などして来なそうなこの石が、何かを言おうとしているのだ。

多分、物凄く、面白い事に違いない。

いやいや、重要な事に違いない。そう、それを聞くまでは気になって資料整理が進まないだろう。
ん?そろそろ言う気になったか…………?

少し違う雰囲気を出した、奴の方を向く。微かに動いた手足から、話そうと体勢を整えたのが分かったからだ。金色の石は、膝に拳を置き下を向いたまま、こう訊ねた。

「レシフェから、何か聞いているか。」

ふん?探りから入るか。早く、本題を言えよ?

「何も?何の事だ?」

まあ、こいつがこうしてわざわざ来ているのだから、ヨル以外の事ではあり得まい。少し、意地の悪い聞き方だが仕方が無い。俺もそう気が長い方では、ないのだ。
弄んでいる石をトントンし出した俺に、やっと気が付いたらしい石が淡々と語り出した。
まだ、話すかどうか迷っている様子がよく分かる、口調で。

「吾輩、あの娘を守る為に存在しているが。」

ああ。知ってる。

「正確に言うと、「あの娘」を守る為ではないのだ。」

は?…………どういう事だ?

「シャットでレシフェが浄化されただろう?」
「ああ。」
「それは…………依るではない。」
「どういう事だ?力が大き過ぎるとは思ったが…?」

金色の石は深い、深いため息を吐いて低い声でこう言った。

「それこそが、吾輩が守っていたもの。本来なら、守るべき、もの。」

「本来なら」……?「守るべき」……。
しかし、守っていない訳では、ないよな?話が見えん。

「はっきり言え。」

業を煮やした俺の言葉に奴はまだ少し逡巡したが、諦めの色が浮かぶ金の瞳で、やっと、話し出した。
奴が本当は口にしてはいけないであろう、本音を。



「吾輩、依るの中にいるものを守護するのが、役目。しかし…………。」

「あの娘が。違うのだ。全く。」

うん?何とだ?

「吾輩が守るべきものは、神の、対。その対もまた、神である。」

ああ。シンの事か………?確かに…。神?あれは仮の姿か?確かにそう考えると…………色々辻褄が合うな?こいつ…………そんな事を俺に聞かせる気か?全く厄介な事を…………。

「しかし、もし………。もし、あの娘が…依る自身に危害が及ぶ時…。」

…時…?なんだ?

「おい。結論を言え。………そう睨むな。」

ここまで来たら、全部吐けよ…。この話は、中途半端に聞くと俺も危ないじゃないか。

「神は依るを捨て、対をまた別のものに入れるかもしれん。何か体に害が及びそしてそれが避けられない場合。もしくは依るが死んだ時。」
「それは…………。」

死なぬ様に守る為にお前らが来たんじゃないのか……?いやでもな……そんな事をこいつが考える様な状況に出会ったという事だよな?シャットで。今迄は多分、こいつらは共闘していた筈だ。
何があった…………?
しかしこの口調からして、こいつはきっとヨルを守りたいのだろう。うん?神から、か……?

「随分、分が悪い勝負じゃないか。」

おっと。口に出ていた。
しかし奴は、笑っていた。なんだか、寧ろ楽しそうに、だ。どうしたんだ?

「吾輩もな。そう思うのだ。」

おう。ならどうして?楽しそうだな?

「今迄には無い、「感情」というものが分かるようになったのかもしれん。」

そう、静かに石は語り出した。ぼんやりと薄く金色に光りながら。
俺は「こいつは照明として家にあるといいかもな?」なんて考えていたけどな?



「長い、長い年月、そこにただ、在った。そして外に出て、知ったのだ。世界は広いという事。自分に知恵がある事。物事を覚えるのは楽しかった。幾らでも時間はあったし、沢山の者が沢山の事を教えてくれたからな。色々な人間がいたし、ものを覚えるのは楽しかった。」

「だが、今迄は吾輩ただの石だったのだ。「ものを多少、知っている」だけのな。少し、人間の事を知っていて、自分のできる事があり、力もあるという事。その人間が気に入れば、力を貸すこともあった。しかし、ただ、それだけだったのだ。」

俺からしてみれば、初めからだいぶ人間らしかったこの、金色の石は伏せられた金の睫毛をゆっくり揺らしながら自分の変化について、丁寧に語る。それはとても、興味深い話だった。
そう、こうして石というものは成長するものなのか、と。


「あの娘に手に取られてから、少しずつ、少しずつきっと、変化していたのだ。何故かは、分からない。もしかしたら…。いや。今迄も気に入った人間は、いた。だが………何故だろうな?あの娘の祖母が始めに吾輩を手にした。そこから、始まっていたのかも知れん。そして私は神を守る石になり、今はあの娘に預けられた。………そして気が付いてしまった。解ってしまったのだ。」


薄暗い部屋にポッと明るい橙の炎が灯る。
小さな瞬くような幾つかの炎は奴の周りをふわりと浮かび、照らしている。
その、炎の色の変化を興味深く見ながら、話の続きを待つ。


「守りたいものが変わっている事に。」


ふん?途中、大事な事を言っているが突っ込まない方がいいんだろうな?まぁヨルの祖母が研究者だから………そこからなんで神に繋がる?
分からん。で?結論は??ヨルを守る、じゃ駄目なのか?

「吾輩は依るの中の「守るべきものの器」を探している。」

うん。

「その「器」が見つからなかった、もしくは破壊されていた…など戻れなかった、場合。」


その時、唐突に理解した。

そうか。こいつはそれが心配なのだ。

もし、その「器」がなかった場合、きっとヨルは消滅するか、そいつに乗っ取られるに違いない。もしくは、あの娘の事だから自分から空け渡すかもしれないな………あり得る。
そうして、ヨルは永遠にあの神の対になる、という事か…………。

成る程?

「で、無事「器」が見つかれば、そっちに中身が移るから「お前のヨル」は無事だ、と。」
「「お前の依る」と言うな。まだだ。」

まだって何だよ。「まだ」って。ふざけてんのか、こいつ。
なんだか一気に馬鹿馬鹿しくなったが、こいつは本気だ。惚れた女の為に、物凄く面倒そうな事に俺を巻き込みやがった。
でも。分かっているから、喋ったのだ。この、何者にも侵されないであろう、金の石が。
俺が、面白がって協力するであろう、事を。


「チッ。面倒くさい話を。」
「好きだろう?」
「まあ。否定はしない。」

スッキリした顔しやがって。


奴の周りの炎の色が濃い、橙になり、赤に近くなる。


  「ただ一つ、欲しいものがある。」


真剣に、しかしポツリと呟かれたその言葉を聞いて、なんだか一瞬、感慨深くなった。
確かに、成長しているのだ。この石も。きっと始めは「危なっかしい手のかかる娘」くらいの扱いだったヨル。どこがどうなって、こいつがヨルを大事に思うようになったのか。
どこがどうなのかは全く分からないが、何故か、は分かるような気がした。

仕方が無い。
シン、とした部屋の中で特大のため息を吐くと、メモ紙を出して、ペンを取る。

「で?何を?どうやって探すって?」


そう言って、成功した暁には物凄い報酬をぶん取ってやろうと考えつつ、傍らの本を下敷きに手に取り、金色の石に事情聴取を、始めた。

そして同時に、「ハーシェルには言わん方がいいだろうな。」と呟く。
返事は聞かなくても分かる。だから、独り言なんだけどな?


まったく。結末の大幅修正をしなきゃいかん。
だが、これは、聞いておくべき話だった。


俺だって、あいつは可愛いからな。
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