透明の「扉」を開けて

美黎

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5の扉 ラピスグラウンド

再びの中央屋敷

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「相変わらず、綺麗…………。」

久しぶりの青の像だ。
そういえば昨日、イスファに感想を聞くの忘れたな?やっぱりまた、会わなくちゃね?

そう、今日は中央屋敷へ行くついでに少し早く出て青の像を見てから行こうとぐるっと屋敷の周りを回ってきたのだ。

丁度、シュツットガルト達の朝も早かった為、レナとティラナ、ルシアとリールがウイントフークと一緒に見送りに行っている。帰るのは二人だけだけど、あの、運び石を動かすのにやはりウイントフークが必要らしい。
しかし実はシャットからの帰り、「多い」と言われていた人数を運んだのは私が作ったあの、ガラスの花の様なものだった。後でウイントフークが教えてくれた。
「出来そうだから、試した」って言ってたけど。かなり便利扱いされてるな?まぁ沢山お世話になってるから、なんも言えないけど。あの花は一体何なんだろうな…?



青の像を取り囲むタイルの壁ををぐるりと眺める。少しだけ広くなっているこのスペースは、壁から地面までが青のタイルで埋め尽くされているからだ。この地面だけ見てても、かなり楽しい。
少しずつ、変化して繋がっている紋様を見てどんな職人が何を考えながらこの、細かい紋様を描いたのか。想像するだけで一日過ごせそうだ。

なんだかこの、突き当たりの感じとかシャットのあの地下通路みたいだな?まぁあそこは橙の壁だったけど。
揺ら揺らとした薄い橙の壁を思い出して、懐かしくなる。フフ。ベオ様、ちゃんと勉強してるかな…?

「依る。」

気焔が少し、警戒の声で呼んだ。

ん?
どうしたのかと思って、通路側にいる気焔に目をやる。ここには、その一方以外に道は無いからだ。

でも、その小道から歩いて来たのはグレーの肩までの髪が柔らかそうな、優しい雰囲気の女の人だった。地味だけど、仕立ての良い、凝った服を着ている。
うーん。これはきっと、お屋敷の人だね?
そう、私が考えているとその女性は私の心を読んだようにこう言った。

「いらっしゃい。貴女が、ヨルね?ありがとう、あの子の事。」

その、一言で私はこの女性がフェアバンクスの妻だという事が分かった。
だって、きっと「あの子」はシンの事だから。



「そろそろ時間よ?こちらへどうぞ。」

そう言ってふわりと微笑むと、その女性は見た目そのままの歩き方でふわりと屋敷へ先導して行く。
とりあえず気焔と顔を見合わせ、彼女の後ろをついて行った。





「久しぶりだな。息災だったか?」

そう言いながらフェアバンクスは手を上げ、それを視界に入れたメイドがお茶を入れる。
豪華な茶器を見ながら、そういえば…とシャルムの事を思い出してついついソファーの張り生地を確認してしまった。少し撫でて手触りを確認する。うーん、いい生地。
あの、カーテンとかもそうなのかな?

そんな心ここに在らずの私を見て、さっきの女性はクスリとフェアバンクスの隣で笑っている。
そう、彼女はやはり私達を応接室まで案内するとフェアバンクスを呼びに行き、彼の隣に座ったのだ。
でも、この前来た時奥さんは居なかったよね?
居たけど会わなかっただけなのかな?
そんな事を考えていたら、返事をしていない事に気が付いた。でも、背後に立っている気焔に小突かれたからだけど。

「はい。あの…ありがとうございました。許可して頂いて。勉強も出来たし、友達も出来ました。」
「ほう。友人が…。それは、なにより。」

そう言って満足そうに目を細めるフェアバンクスを見て、なんだかおじいちゃんと話をしているみたいだな、と思ってしまった。そんな、優しい目をしているのだ。
その、グレーの瞳を更に細めて彼は言った。

「これは、ずっと心を病んでいた。長い間な。…しかしハーシェルに勧められて森の泉にしばらく通った。始めは手を引いて、次に段々と自分で歩くようになり、今では一人で行けるようになった。」

そう言って隣に目をやり、また目を細める。
彼が、妻をとても大事にしているのがよく、分かる。

「感謝する。泉を作ってくれた事を。森以外にも、街へも、勿論ラピス全体への恵みになった。」
「それは……良かったです。元々、自分が癒されたいから作っただけなんですけど…。みんなが癒されるなら、何よりです。」

「ふふっ。やっぱり不思議な子ね?」

そう言ってふんわり笑う奥さんの名前はソフィアだと、フェアバンクスが紹介してくれた。
「心を壊していた」というフェアバンクスが信じられない程柔らかく笑う彼女を見て、つい、藍に目をやる。凄くない?この癒しっぷり。

「ありがとう。本当に、靄が晴れたようにスッキリしてるの。沢山の忘れていた事も思い出したしね。きっと、忘れたかった。………でも、そうじゃなかった。持っていても、きちんと前に、進める事が解ったのよ。貴女のお陰ね?」

何か忘れたいことがあったのだろうか。
私には分からないけれど、中央屋敷ではフェアバンクスですらカンナビーを使われていた事を考えると、きっとこの人も大変な思いをしたのだろう。
少しでも、泉が助けになったのなら本当に良かった。そう、この柔らかい笑顔を見て思う。

「お役に立てて、良かったです。他にも辛い人がいたら、役立てて欲しいですね…。」

ふと、何の気無しにそう言ったのだが、流石お屋敷の奥様は既に手を打っていたようだ。
もう、同じような症状の人は申し出るように口コミで知らせを出していたのだ。
やはり、人攫いにあって子供を失ったり、何かに躓き立ち直れなくなった鬱のような症状の人は、いた。ハーシェルが窓口になり、相談に来た家族などの口コミで声をかけ、既に何人か泉に連れて行き少しずつ回復しているようだ。
出来る事なら、そんな風に助けられた人が、また人を助けてくれればとてもいいと思う。

「私達の、やってきた事。償いにはならないでしょうけど。出来るだけ、やると決めたの。」

そう言ってまた、微笑んだソフィアは柔らかいだけでなく青い瞳には強い光も宿っていた。

「あの子が、守った子だもの?貴女ももう、私達の娘みたいなものよ。殆ど、ここ十年くらいの記憶が曖昧なのだけど、何故かあの子の事は覚えてる。今考えると、いつの間にか私達の子供になっていたあの子…。でも、例え一時でも自分の子だった事に、変わりはないものね?」
「私も一族の端くれだ。アレが只者では無い事は解る。私達の手助けは要らぬかもしれんが、だがグロッシュラーへ行くのだろう?疑われぬ身分を用意しておいた。」
「え?」

この人達はシンの事を覚えている。
シャットでは、シンが消えた後まじないの所為なのか多分「いなかった」事になっていた。ウイントフークやレシフェなど、一部関わりがある人達が覚えていただけだ。

結局、シンは何者なんだろう?いつもそれを考え始めると、何か思考が邪魔されて有耶無耶になってしまうのだ。
この二人は、彼を「何」だと認識しているのだろうか。訊いたら、教えてくれるかな?

「お二人は…………。」

ガチャ

一瞬、部屋の空気がピリッとして私は話すのを止める。
入って来たのは、この世界では珍しい褐色の肌で髪が金茶の女の人だ。ストレートロングの髪を一つにキリリと結んで、スーツのような服を着ている。フェアバンクスの秘書か何かだろうか。

でも、今迄背後に立っていた気焔がいつの間にか私の隣に座り、彼女を注視しているのが分かって、私は話の続きを諦めた。
多分、ここは無難にやり過ごさなければならない場面な筈だ。

案の定、フェアバンクスは「屋敷の案内をしよう」と言い出した。
それは、願ってもないお申し出だったのだけど。



その、グロッタという秘書?部下?の人とフェアバンクスは仕事の話があるという事で、私達を案内してくれるのはソフィアだ。
ソフィアもグロッタがいる時は緊張している様子だったが、私達だけになるとホッと息をつく。

「まだ、緊張しちゃって駄目ね。」と言っているが何かあるのだろうか。
私が廊下の壁紙を舐めるように見ている間に、気焔と少し何か話していた。ちょっと漏れ聞いた感じだと、きっとグロッタは悪い人らしい。成る程。だからソフィアはあの人が苦手なんだ。

フワリとした髪と優しいブルーの瞳のソフィアは、その柔らかい雰囲気からか、とても不思議な感じがする人だと、私は思った。
なんて言うのか………一言で言うと「見抜かれてる」感じが、する。
どこまで知っているのか分からないけど、きっと私が「青の少女」だという事も知っていそうな気がするのだ。何となく、外の青の像で会った時にそう思った。
そして今は普通に気焔と話をしている。それも、不思議。気焔はとても目立つのだけど、シャットにいた時聞いたように、普段はあまり人に認識されないように何か、やっているのだと思う。
そして認識出来たとしても、やはり普通は近づき辛いのだ。なんか怖いしね…。

話しながら歩いて行く二人の後を、少し離れて歩く。なんだか気焔が他の人と歩いているのが珍しくて、眺めながら歩いていた。
でも、私が離れて歩いている事に気が付かない気焔。それもなんだか寂しいな………。何話してるんだろう?


私達が通された応接室は、以前も来た二階の左側の部屋だ。今、歩いているのは玄関ホールから階段を右側に登った奥の廊下だ。
応接室は階段を登ってすぐだったので、他の扉や内装が見たかった私は「チェッ」と前回思ったのだ。……そういえば。
今日は、どうやら廊下を奥まで進むようだ。

少し寂しい、なんて思っていたのは廊下を奥に進む前までだった。
階段の手すりに気を取られる所から始まって、廊下を奥に進む。同じように応接室のような扉があって、それを過ぎると沢山の扉が左右にあるものだから私は忙しくてそれどころではなくなってしまったのだ。
だって、それぞれの扉がとてつもなく細かく木が組み込まれていたり、彫られていたり、何か装飾の金属が嵌っていたりしていたから。何しろどれも、素晴らしい職人の仕事なのだ。扉以外にも、柱の彫刻や花台、壁に掛かる、絵。わたしが好きな物が見てくれと言わんばかりに続いている。
ちょ、どれから見ればいいの??


「依る。」

なんだか少し、怒っているような声で我に返ると、どうやら結局立ち止まって見ていたらしい。随分前に、ソフィアがいるのが見える。気焔は私を迎えに戻って来たのだろう。
誤魔化すように「だって私の事おいて二人で話してたからさっ。」とさっき軽く焼いたヤキモチのことを伝えると、黙っちゃったけど。

そうして「ああ…あの扉だけは…………。」とかやっている私を引っ張って、気焔と到着したのは少し薄暗い廊下の突き当たりだった。


「その部屋は、あの子の部屋よ。」

ソフィアが指したのは突き当たりより少し手前の扉だ。
他の扉よりも少し、小さな扉が嵌るその部屋はきっと子供部屋なのだろう。可愛らしい意匠の扉である。

「そのままにしてあるの。見て行く?」

そう、訊かれたけどきっと泣いてしまいそうだから止めておいた。
もし、全部、全てが終わったら、入りたいな…?そう思ったのもあるし、入って何か起きても困るし、きっと何も残していないだろうとも、思った。
複雑な気分で首を振ると、ソフィアに訊ねる。

「どこに行くんですか?」

シンの部屋が目的じゃないよね?
始めからそのつもりが無かったので、もしそうだったらこれで終わりなのは嫌だけど。「ここよ。」って言われちゃったら入っちゃおうかな??

そんな事を考えていると、ソフィアが進んだのは廊下の突き当たりの、扉の前だった。


「ここよ。どうぞ。」

一際大きな、正面の扉。
廊下には沢山の豪奢な扉が並んでいたけれど、その扉は割とシンプルだ。しかし、そこに表されているものは他のどの扉とも、違うもの。
他の木の扉に対してその大きな扉だけが灰色の扉だ。
まるで石で出来ているような、重厚感。一つだけ異質な雰囲気を放つその扉は、薄暗い廊下の最奥に意外と馴染んで、近くに寄るまで気が付かなかった。しかし、近くで見ると明らかに違う。
大きな扉を把握するように、一歩下がって捉える。

そこにあったのは玲瓏とした神殿。

正確に言えば、扉に彫られた、神殿だ。


「何これ…………。」

凄い。
でも、存在に気が付いてしまった後のその扉の前では、不用意に言葉を発するのが、躊躇われる。
まるで神様の前では迂闊な事を発言出来ないように。
そのくらい重く、存在感のある扉。
………これが、グロッシュラーへの扉なんだ。
何も言われていないが、スッと納得した。きっと、そう。だから、レナが「灰色」って言ってたんだ。

でも「灰色」って感じじゃないけどな?どちらかと言うと、完全に神殿だし暗いイメージは無い。
確かにちょっと、色が灰色だし薄暗がりにあったから全然気が付かなかったけど、この扉自体が中々のシロモノよね?

レナから聞いているグロッシュラーのイメージと、この扉のイメージが全然違う事に少し違和感を抱く。
でもな………言うても扉だし?そんなもの?中身と外見が違うみたいな…?
一人でぐるぐる、考える。
するとソフィアがこう言った。まるでその世界で何があったのかを、知っているかのように。

「元々のあの世界の存在意義は神殿だったの。」

…元々?

「負の感情、力が溜まり過ぎて全く別のモノになってしまったけれど。空は隠され、灰色の世界になってしまった。」

空が「隠され」た…?
誰に?負の力が溜まり過ぎた?んん?なんかそれって…………?

何かが、分かりそうで分からない。
なんとなく思い当たるピースは転がっているのだけど、上手く繋がらない感じがするのだ。
少し、考えても分からないのでとりあえず顔を上げてソフィアを見る。
そう、どうしてそんな事を知っているんだろう?
私の顔に、きっと書いてあったのだろう。ソフィアは考えながら、ゆっくりと説明を始めた。

「私の家は代々石を親から子へ継いでいる家なの。珍しいけれど、あるのよ。数軒ね。そして、石を継ぐという事は、ある程度記憶も引き継がれる。普通はそんな、継いだとしてもごく僅かなものだから、意識出来るようなものじゃ無いんだけど。ただ、それが長くなると引き継いでいる情報量もだんだん増えて、カタチになっていくものもある。そうするとやっぱり、表面化してくるものが、あるのよね。」

石が記憶を引き継ぐ。

それを聞いても、特に不思議には思わなかった。私には、この子達がいる。すんなりと信じられるのだ。
それに「透明度が高い石ほど意識があり、自我もある」筈なのだ。ソフィアの石がどの程度なのかは分からないが、きっとシェランの石程度のレベルではあるのだろう。しかし「元々」のグロッシュラーを知っている程の、昔からの石。一体いつから、世の中を見ていたのだろうか。
とても気になったが、次の瞬間その疑問は何処かへ飛んでいった。

ソフィアがその扉へ手を掛けたからだ。

「じゃあちょっと行きましょうか。」

え?ウソ?入れるの??

移動する時まで入れないと思っていた私は、俄然張り切り出す。
私のテンションがぐんぐん上がっているのを見て、気焔はため息を吐いていたけれど。

うん?なんで?見るだけよ、見るだけ。



そうしてソフィアが開けてくれた扉の中へ、私達はゆっくり、入って行った。

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