透明の「扉」を開けて

美黎

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5の扉 ラピスグラウンド

再びのマデイラ洋裁店

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今日は女子会かぁ。

恒例の朝風呂をしながら、ゆるりと考える。
ぜーったい、突っ込まれるな……………………。

そう、レナが食い付いていた「ヨルに恋人が出来た」設定ね。うん。必要に駆られてなんだけどね。うん。エローラ入っちゃったら収集つくかどうか…………。
大体、恋人の設定って、何するんだろう?そもそもそれが分からない。一緒にいて貰うだけなら、今迄とそう変わらないよね?まぁ、そんなに心配する事ないか…。
そう、お察しの通り私はあの二人を甘く見ていたのだ。ちょっと考えれば、いつも通りな訳が無い事に、この時は気が付いていなかった。


とりあえずお風呂から上がり、身支度を整える。いつもの様に髪をやって、髪留めを付け、着替えをするんだけど今日は姫様の服だ。
結局可愛過ぎるから、ほとんど外では着ていない、この可愛らしい服。でも実は他の服を着て、これを持って行く、という事が出来ない事が判明したのだ。ラピスに戻ってくる時に。
持っている限りは、身に付けろと言わんばかりの主張の激しい、しかし見た目は可愛い、姫様の服。お陰でマデイラには本当の事をある程度話す事になるだろう。

昨日の夜、帰ってきた気焔と朝に相談して決めた。どこまで話していいのか、全く分からなかったからだ。




「で、この服がセフィラの作った服で、私が血縁だったっていう事は言うしかないよね?」
「まぁそうでしょうね。言わなくてもバレバレでしょうけど。ちゃんと、服として成立してるものね?」

セーさんが話に参加してくる。シャットに行く前から、まじないの色について言っていたセーさんは、帰ってきた私の服を見て「あら、お揃い。」と言っていた。お揃い、というのは靴と、お揃いの色という事らしい。何の違和感も無いそうだ。
きちんと古い部分と新しい部分にまじないを通したのが、効いているみたい。
マデイラはきっと、分かるだろう。出来を見ると、やっぱり同じだと。

「じゃあそれはいいとして、別に姫様の服だっていうのは言わなくても話は通じるもんね?」
「うむ。しかしだが、それは譲ってもらえるのか?」
「…………多分。その辺は応相談?修復はさせてくれたけど。どうなんだろうね…?」
「悪い様にはならないと思うけどね?」
「そう?だといいな。だってこれ、多分もう置いて行く事って出来ないよね?」
「ついて来るだろうな。」
「その言い方…怖いじゃん。」


そんなこんなで、話し合った割にはノープランで終わった昨夜の会議。
でも、出たとこ勝負なのはある意味いつも通りだ。


支度をして洗面室を出ると、珍しく気焔が起きて、ベッドに座っていた。
いつも寝たフリをしているか、いないかのどっちかなのに。どうしたのかな?
そう思いながらも、お茶の支度を片付けレナを起こしに行こうと扉に手を掛けた所で振り返る。

「気焔、今日エローラの所、行く?」
「いや、吾輩は別件だ。」

また別件?
………一緒じゃないのは、別にいい。でも最近なんかな………な~んか、おかしいんだよな。でも私に言わない事があるのなんて、前からだしな…。
なんだろう?
自分の感じているモヤモヤが分からなくて、じっと気焔の顔を見る。
扉から、またベッドへ戻って気焔の前に立つと、私は徐ろに気焔の髪をワシャワシャし出した。
とりあえず、気の済むまでグッシャグシャにして、また整える。
ちょっと、頭を抱き締めてから「じゃ、レナ起こしてくる」とまた扉に向かい、部屋を出た。

気焔が何に悩んでるのか、私には分からないけど。
きっと、私の癒し石は気焔には効かないだろう。少しでもギューが効くといいんだけど。

チラリと「たまには我儘も言って欲しいものよ?」というフローレスの言葉が頭を過ったけど、とりあえずレナの部屋の扉をノックしたのだった。



「じゃあ気を付けて行くんだよ?」
「大丈夫ですよ………朝も一緒だし、気焔は呼んだらすぐ来るって言うし。「目耳」も飛んでるし…。」
「私も結構強いから大丈夫ですよ。」

そう、確かにレナも結構強い。ここはラピスだから、まじない力がレナより低い人の方が圧倒的に多い筈だし。こんな見た目なのに強いとか、詐欺だよね………冬の祭り、連れてって大丈夫かな?
そう、いつも一緒にいると慣れてあまり感じないけどレナもやっぱり目立つのだ。
まず、ラピスでは見ないお化粧をしているから元々可愛いのが更にレベルアップしていて、結構モテちゃうんじゃないかと私は心配になってきた。ちょっとそれについてもエローラに相談しないとな?

ハーシェルとティラナに手を振りながら、そんな事をつらつら考えつつエローラの家へ向かう。

南側に行くのも久しぶりだね…。
南の広場に向かうように歩く青の道は、どうしてもベイルートの事を思い出す。またちょっと切なくなりながら、ぐるりと青の街を周っていく。
そう言えば青の像、行ってないな…。イスファはシュツットガルトさんと行ったかな??

後で聞いてみようとボーッと歩いてたら、レナがポツポツ、話し出した。敢えてしていなかった、森の話だ。

「ねえ。やっぱり、青はいいわね。あんたがあの中庭を作った意味、分かった気がしたわ。森で。」
「そっか。………そう感じてくれたなら嬉しいよ。そういえば、グロッシュラーはどんな感じなの?雪以外は、何が綺麗?」

私は雪でグロッシュラーの評価が上がっていたので、ルンルンしながら訊いてみた。でも、レナから帰ってきたのは森の木々達の言っていた色。そう、灰色の話だった。

「あそこは綺麗な場所ではないわよ。そうね………雪が唯一の自慢かもね?降っている時は綺麗よ。寒いけど。後はね、灰色の世界よ。いろんな意味でね…。」

最近、忘れていた。
そういえば会ったばかりの頃のレナはこんな感じだった。何にも希望がないような、人生が灰色、みたいな…………。少し投げやりにものを言っていたレナを思い出す。隣のレナからはそんな気配はもう、感じられないのだけどやっぱり、少しは心配になる。戻っても、レナが笑顔でいられるよう頑張らないとね…。

「グロッシュラーにも、青を普及させようよ。どうやるかは分かんないけど。」

そう、励ますように言った私の言葉にレナも少し、笑う。

「あんたが言うとホントになりそうね。まぁ、あまり気張らず行きましょ。でも癒しスポットは欲しいわよね…。」
「でもそれが、私達の店になるんでしょ?」
「…………確かに。」

何だかクスクス笑ってるけど、とにかくレナが元気になったなら、いい。
そんな事を話しているうちに、もうエローラの店が見えてきた。

「ね?可愛いでしょう??」

いつもの可愛い、水色のお店が見える。あのテントと入口の雰囲気が、堪らない。
自分の店の様に自慢しつつ、小走りでウインドウを見に駆けて行く。新しい服!多分、エローラが作ってたやつだ!

私は姫様の服が飾られていたウインドウしか見ていない。服はエローラが持ってきてくれたからだ。その後釜を飾っているのは、二人で「エローラデザイン」と言っていた、これからラピスで流行らせたい可愛いだけじゃない、服。
今日は完全にエローラな感じのパキッとした切り替えブラウスと、もう少しソフトな、シンプルでも手の込んだ切り替えとラインテープが上手く組み込まれているスカートだ。あのブラウス可愛いな…。リボンタイとか付けると、良くない?黒の。
これ流行っちゃうな…。

「ヨル!入るわよ?」
「へ?」

いつもの様に私を置いて店内に入ろうとしているレナと扉を内側から開けているエローラ。
「あ、エローラ!これいいね!」とペラペラ喋りつつ、店内に入りまたしばらくウインドウの服談義をする。いつもの丸テーブルにはちゃんと、私達のお茶会の準備が整っていた。
その間、レナは初めての洋裁店を楽しんでいて、レナも始めればいいのに…と仲間を増やそうと画策していると「チリン」とあのベルが鳴った。
マデイラだ。

立ち上がった私を見て、エローラはレナを手招きして丸テーブルに呼ぶ。
私はカウンター側のマデイラに向かってちょっとお辞儀して、話をしに向かった。


実は、エローラも姫様の服が大きくなったのは、知っている。だって、持って来たのはエローラだから。他の子達から見れば、私が新しく作った服を着ている以外の何者でもないその状態でも、やはりエローラの目は誤魔化せなかった。

「…………随分大きくなったわね?」

そう言ったエローラを、私は凄いと思う。そろそろ不気味だと思っても、おかしくない。私には変な所があり過ぎるのだ。特に、事情を知らないと。
でもエローラはそれすら「ヨルだから」と受け止め、特に何も言わなかった。「まじないで出来てるのね…。」と生地を触っていたくらい。一緒に裁縫を取っていたから、余計かもしれないけど。
その時私は、「やっぱりエローラはマデイラの孫だ」と思っていた。きっとマデイラもセフィラの沢山の不思議をこうして流していたに違いない。
間違いなく、おばあちゃんになっても、世界が違うくなっても、エローラとは友達だろうな…と思った出来事だった。


そんなこんなで結局出たとこ勝負の今日も、実は大して心配はしていなかった。昨日の会議は一応、姫様関連の事に対して気焔に確認と、安心をさせる為だ。だって私、「あの時」の気焔の「あの瞳」、忘れてないからね…。あんなのはもう、ごめんだ。


席を立って歩いて来た私を見て、マデイラは案の定目を細めて、頷いていた。

「良かった。………この為に、あの子はこれを置いて行ったんだね。」

その言葉と、マデイラの優しい瞳に既に私の手に握られていたハンカチの出番は来ていた。

何か言わなきゃと思うのだけど、上手く、言葉にできない。
ただ泣きながら、何か言いたそうな私の瞳を見てマデイラは言った。

「これも運命かね…。うちのエローラとヨルが友達になって。うちに来て。学びに行って、こうして帰って来て。」

マデイラはウインドウを指しながら言う。

「あの子もヨルの、いい影響を受けていると思うよ?ラピスの人間だけじゃこうはいかないだろうからね。新しい風を入れるのは、私も好きだからね。あの子はこれから楽しく店をやれるだろう。ありがとうね………ヨル。これからヨルがどこに行っても、帰って来ればあの子が迎えるだろうよ。それこそ、私らの様にね。」

そう言って、パチンとウインクしたマデイラ。綺麗なブルーの瞳を見て、大きく息を吐く。やっと、話せる様になった私はとりあえず軽く事情を説明した。多分何も言わなくてもきっと、解ってくれるんだろうけど、やっぱり姫様の服を預かっていてくれた大事なセフィラの、友人だから。
そう思ったらピタリと涙が止まって、ちゃんと話せる様に、なった。

「やっぱり、これはセフィラが作った生地でした。糸もレースも、みんなまじないが籠っていて。きっと、それで完成したらまじないの所為で私にピッタリになっちゃったんです。私、最初は自分が着るつもりがなかったから可愛くしちゃって…………」
「やっぱり!アレンジしてあると思ったんだ。ヨルくらいの若い子なら、この方がいい。デザインは少し古かったからね。あれはあれでいいんだけど、こうして普段着るには少し窮屈だろう。丁度いいよ。似合ってる。」
「ありがとうございます。なんか、本当に色々…。」
「いいんだよ。ずっと、渡せなかったらどうしようかと思っていたからね。私が生きてるうちに決着がついて、良かったよ。」

そう言ってキャラキャラと笑うマデイラ。またちょっと、涙ぐんでいるとエローラが来て、言った。

「ね?ヨルを連れてって正解だったでしょう?」
「間違いないね!」


みんなでひとしきり笑うと、「良かった。後はゆっくりしていきな?」とマデイラはまた奥の扉に入って行った。


あ。服。
私が我に返って「あ、あ、これどうするか聞くの忘れた!」とワタワタしているとエローラが当然の様に、言う。

「え?それヨルのなんでしょう?」
「ん?」
「だって、おばあちゃん「預かってる」って言ってたから。多分それ、もう返したと思ってるよ?」
「そ、そうなの?…………そっか。うん。ありがとう。」

「なんか…………あんたってさ、…………。」

急に、レナが言い出した。

「何?」
「なんか、ね…………」
「分かる。こうやって、色々巻き起こして、去って行くのよ。」
「そうよね…………。まぁ心配する事ないか。それよりさ…!」

え?なによ?それよりって?気になるけど?

しかし、私のその問いはレナがぶち込んだ爆弾によって永遠に消し飛んだのであった。そう、ここ、女子会の場では。

「聞いてよ!なんと……「ヨルには恋人が出来た」作戦が起動しました!!」
パチパチパチパチ!!!

なんで自然にエローラも拍手してるんだろ。何にも説明してないのに。
しかし、それはエローラにとっては愚問だろう。
既に前のめりになって、レナの話の続きを待っている。

「で?結局、私は作戦名しか知らないわよ?」

盛り上げるだけ盛り上げておいて、こっちにぶん投げて来たレナだが、私も別に作戦内容を把握しているわけではない。
しかし、こんな時に黙ってはいられないと既にエローラはハーシェルへの話石を持って、いた。

こ、怖い…この作戦。大丈夫かな…。



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