透明の「扉」を開けて

美黎

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6の扉 シャット

お別れと出発

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ウイントフークの話によるとやはり、母親との関係は良好とは言えないらしかった。


そもそも、いいも悪いもあまり思い出自体、無いらしいのだ。

驚いた事にウイントフークの母親はデヴァイの人間だという。シャットに学びに来ている時に、父親と会って結婚で一時はラピスにいたようだ。
しかし、結局ウイントフークを置いてデヴァイに戻ったのだという。
父親曰く、「あそこからは、やはり出られなかったんだ」とずっと言っていたようで幼い頃はそんなものかと思っていたが、自分がシャットに行ったりデヴァイにいた事もあった為「移動ができる」事に気が付いてからは「母親は自分達を置いて行った」と思っていた。
まぁそれは今も変わっていないようだけど。

そんなウイントフークが何故、今更母親の話を?と思ったがどうやらその話を持って来たのがレナだったのだ。全く分からない。
まさか…………貴石…?


「いや、それは流石に無い。あそこは腐ってもデヴァイ出身である者は入れんからな。」
「…………じゃあ何処に?………ウイントフークさんがデヴァイにいた時、何か情報は無かったんですか?」
「まあ俺も聞きたくなかったのもあるが、全く噂も聞かなかった。だから死んだのかと思っていた。俺が息子だっていうのも誰一人として気が付かなかったしな。」

「それは…………」
「なんだ。」

分かる気がする。子供が可愛かったら、絶対デヴァイでは言わないだろう。
その話を聞いて、俄然お母さんに興味が湧いてきた。
でもこれだけ母親のイメージが悪い所にぬか喜びさせるような事は言えない。とりあえずは調べてからだ。

「じゃあお母さんはグロッシュラーに居て、何をしてるんですか?それは分かります?」
「何だか化粧がどうのとか言ったぞ?あのレナとかいう奴が。」
「レナとかいう奴とか言わないで下さいよ。レナですよ、レナ。レナはどうして気が付いたんです?」
「…………話していたらしい。」
「息子の話を?」

「…………。」

フム。
拗らせてる系の話ね。

多分、ウイントフークは自分で何とかできない、若しくはしたくないから私にこの話を持ってきたのだろう。
ラピスでも他人の色々な事に首を突っ込んでいた私に、何とかしろという事だ。
うーん。 

でも、私が聞きたい事は、一つだ。

「ウイントフークさんは、お母さんとどうしたいですか?」

それだけ。
多分、母親には事情があるのだろう。勿論、母親の考えも聞きたい。
でも………私が一番優先するべきはウイントフークだから。

正直、彼の意見を聞いておかないと私が自分の考えだけで暴走する可能性も高い。うん。それはよく分かっているつもりだ。色んな、家族の形がある。
私が自分の思うようにすれば良いという話ではないのだ。

いつになく真剣な私の顔を見て、ウイントフークは少し躊躇った。

きっと「適当に何とかしろ」くらいの感じだったんじゃないの?駄目よ?だって………お母さんでしょう?

レシフェは以前「ここでは家族より、仲間」みたいな事を言っていた。彼は、実の親に売られたからだ。でも、私は血の繋がり、それも母親と子供は良くも悪くも切っても切れない、ものがあると思う。そう、思いたいのもあるけど。
特に親の愛情なんて、子供からしてみれば分かりにくいものだ。それはなぜか…………分かるのだ。

じっと、眼鏡の奥の茶の瞳を見つめる。

観念したように、彼はため息を吐いてきちんと本音を言ったと、思う。

「まったくお前は………。そうだ。出来れば保護したい。何か店をやっているらしいが、あそこでは違法になる可能性がある。まぁ法と言っても奴らに都合の良い、なんとでもなるやつだがな。だからこそ、タチが悪い。まだ目をつけられていないようだが…………」
「分かりました。きっと、レナと一緒にそのお店にも行くでしょうから。任せて下さい?」

どうすればいいのかは全然分からないけど、ウイントフークさんのお母さんを放っておくことが出来ない事だけは、確か。
普段殆ど弱みを見せない人から頼られると、嬉しいよね………。

「頑張ります!どうすればいいのかは分かんないけど!」

そう言う私を見て不安そうな顔をしている。

いやいや、頼んだのあなたですよね??

「まあ…………あまり無理せず、頼む。」
「頼むだって。私、初めてウイントフークさんに頼られましたよ!」

誰もいないのだけれど自慢気に宣言してしまった。
そんな私を呆れ顔で見ているけど、きっと、自分の事など頼んだ事のない人だ。
初めてのウイントフークからの頼み事に奔走したいと思うのは、当然だ。

「あまり暴れてくれるな。」とか言ってたけど、私の事暴れ馬か何かだと思ってるのかな…どういう事だ。


みんないのいるベランダに戻りながら、色々考える。

多分、今話したという事はあまり知られたくない話なのだろう。ラピスに帰ると私が一人でウイントフークの家に行く可能性は低い。レナもいるし、レシフェ…は一緒に行くのだろうか?ハーシェルだって久しぶりだから、一緒に行く可能性が高い。

そう考え、今のうちに聞かなければならない事をいくつか質問した。
気になるんだよね…。デヴァイの人って、結婚してラピスに行くとかあり得るの??
ベオ様の始めの頃の態度があそこの普通だとしたら、ラピスに行くなんてとんでもない事なのではないだろうか?あと、グロッシュラーで見つかったらまずい店をやってるとか…………なんか、自由人の匂いがプンプンするんですけど???

ただ、それについては「俺も殆ど記憶がないくらいだからな………しかし父親曰く「性格はそっくり」らしい。」とウイントフークは言った。

「え…………それって…。分かりました。じゃあ大丈夫かも。」
「あ?何が大丈夫なんだ?」
「だって、ウイントフークさんそっくりなんでしょう?私、ウイントフーク攻略法についてはそこそこだと思うんですけど。」

「…………いつ俺が攻略された。」
「まぁまぁ。でもあっちに行ってもウイントフークさんがいるなんて、心強いですね!」
「おい…………いや、いい。」

何だか額に手を当ててるけど、だって、そーゆー事だよね??

とりあえず、この話はここだけ、という事を確認して私達はベランダに戻った。


「そろそろヤバイかもしれないからな。」というウイントフークの予測通り、シンの目は冷ややかで、その肩をポンと叩けるウイントフークはやっぱり貴重な人だと思う。
気焔は私の所にお皿を持ってきて「流石に食べろ。」とあれこれ世話を焼き始めた。
見てるだけは終わったみたい。


そうしてクマさんの料理に舌鼓を打ち、お腹も満たされて私もちょっと余裕が出てきた。やっとだな?

そうして、改めてみんなの様子を見る。

なんだかんだ、シャットは短かった気がするけど仲良くなったよなぁ…………。


シャルムのジャケットの襟をエローラが直してあげてたり、リュディアはシェラン、ベオ様、レナと話していて最初の頃のベオ様に対する遠慮が無くなったように見える。本当に、「良かった」という目でベオ様を見ていてやっぱりお姉さんみたいだ。そんなリュディアをシェランはさっきより熱い眼差しで見ているし、レナはそれを見て楽しそうにしている。
その四人が、楽しそうに話している様子自体が感慨深い。
…休憩室で、散々ケチョンケチョンに言ってたもんなぁ…………。

シャットで明らかになった、この扉の世界を取り巻く状況と問題。

大変だと思う。でも見えるようになった事で、分かるようになった事も多いし何より、この世界の人達と目線が合わないと解決できない事が多い事が分かった。

それにしても各扉での価値観が違い過ぎだよ…………。

ここは生業の街だし、多分元々良い人が多い。ビリニスなんかが特殊なだけだ。結局ヘンリエッタも正直ウイントフークとそう変わらないんじゃないかと思っている。本人には言えないけど。

だって長老のアドバイスで新しい抽出法が見つかったとかで、全然研究室から出てこなくなったみたいだし、結局研究が出来れば割とその周りの事はどうでも良いみたい。何だかデヴァイでの身分がどうのこうの言ってたみたいだけど、ウイントフークとレシフェが地下の部屋に入れてた間に何か言ったらしくて、それからは本当にただの研究者のようにになった。

カンナビーも栽培量を減らして、研究は続けるそうだ。結局急に辞めると色々不都合らしい。その辺は私には教えてくれないけど、まぁ難しい話はあの辺に任せておけばいいのだ。うん。

何だか話が逸れたけど、結局職人に悪い人はいない、というのが私の持論。「良いものを作る人」は、だけどね。

でも次に行くのは悪の組織直轄の地らしい。今迄とは全く毛色の違う扉だ。
不安が無い、と言えば嘘になる。

でもみんな一緒に行くしな…大丈夫、大丈夫。



不安が顔に出ていたのだろうか。みんながザワザワ、それぞれの話をしている中、なんだか寂しくなってしまったのかもしれない。

何となくポツンと、青の空間に取り残されたような、いつもは気に入っている筈の透明の床が急に心許なく感じられた。

多分、そんな私の表情に気が付いたのか、シンがやって来た。
やっぱりいいな、この衣装。
白と赤がとても似合う、彼の顔を見上げる。

すると何故か、傍の気焔がスッと下がった。
ん?隣にいれば良いのに。

「息災で。」

「え?」

私はその一言でシンがグロッシュラーには一緒に行かない事を、理解した。

え?どうして?一緒じゃないの???なんで??

すぐに涙が浮かんだ私の瞳を認め、シンは仕方の無いというように首を振った。でも顔はちょっと笑顔で。

んん?いい顔…………。もしかして………なのかな?

多分、私の想像が合っているのだろう。頷いたシンは優しい赤い瞳を少し細め、私の肩にかかる髪をスルリと撫でると立ち去ろうとする。

え?待って?これで終わり…?
流石にそれは…………。

そう思って咄嗟に気焔を振り返る。
止めてくれるかと、目で訴えると気焔もやっぱり首を振って少し苦い金の瞳を一瞬見せ、いつもの茶に戻った。
すぐに、振り返った。気焔が瞳を茶に戻したから。嫌な予感がしたのだ。


ウソ。


案の定、もうシンは跡形も無く、居なくなっていた。



みんな、不思議に思っていない。

さっきと寸分違わぬ、騒めき。
楽しく歓談する仲間達。

私だけがボロボロ涙を流していて、それを見てやってきたレナが「どうしたの?………しっかりしなさいよ。」と気焔に向かって言っている。
まるで、私の面倒を見るのは気焔だけ、というのが当たり前のように。

そうして気焔に引き渡された私はそのまま連れ出されて、フワッと部屋へ戻された。





「大丈夫だ。分かるだろう?」
「うん……………………でも…………」

悲しくないわけじゃないんだよ、やっぱり。
分かってる。分かってるけど………でも。


「片付け…………」
「いや、いい。吾輩行っておくでな。もう休め。ずっと動き回っていたであろう?眠るまで側に居ようか?」
「ううん。………片付け、お願い。」
「分かった。……休めよ?」

そう言う気焔に小さく手を振って、「もう、着替えるから。」と洗面室へ逃げた。



「今日だけ。分かってるから、今日だけだよ…………。」

そう、鏡の中の自分に言いながらアキを外してまだ手元にある事を確認する。
白水色に変わる髪を見る。
水色の瞳にも、言い聞かせる。
肩のアザも、まだ、ある…………。


「大丈夫。」

でも。
でも今日だけは、紫の彼に。


そう思って、流れてくる涙をそのままじっと、見つめていた。








お別れパーティーが終わると、ある意味通常運転だ。

まだ、少し残りの授業を片付けて、一緒に移動の準備もする。

私はもうほぼ授業は無いので、主にみんなの手伝いをしたり、畑の小人達の様子を見に行ったり、「もうここに入れないなんて!卒業生は来れば入れますか?!」と露天風呂について母さんに問い詰めたり、クマさんに料理を教わったり、していた。

そして今日は元気になったグレフグ君を川に放す日だ。私が出る前に、ポワっとしておくがまた元に戻ってしまうだろうか。
心配でウイントフークに訊きに行くと、「フム。呼び出せないのは困るな。」と言って、何かの粉を作ってくれた。

「何ですか、これ?」
「ドーピングだ。」
「へ??」
「お前が作った癒し石の小さいやつを加工した。多分、これでずっとこのままの筈だ。」

ええ~。いつの間に??

ウイントフークはどうやらここにいる間に私が作る癒し石も調べたらしく「まじない力がよく入っている」とか言って実験していたらしい。

ちょっと。使用許可取ってくださいよ?

「どうするんですか?これ。かける??」
「いや。この狭い水槽の中に入れれば、体内に入る筈だ。それで大丈夫だろう。」
「?!大丈夫なんですか??」
「癒し石だからな。腐っても「癒し」だ。」

何それ。「腐っても」とか、失礼。

でもとりあえずまじないの件に関してこの人が適当な事を言うわけが無いので、素直に水槽へパラパラと粉を入れてみる。

「ほらな。」

…確かに。ウイントフークが言うように水がキラキラと光り始めた。幻の魚が沢山来た時のように。
グレフグ君は何だか嬉しそうに目をギョロギョロさせて、ぐるぐる回り始めた。

だ、大丈夫かな…………??

もう、色は変わっているのでそのままぐるぐる回り続け、しばらくすると落ち着いてきた。
水槽の水も段々と光が無くなってきて普通の水になる。

「多分、これでいい。」

そう、ウイントフークが言ってそのままグレフグ君を放しに行く事になった。



気焔と朝も一緒で、四人で何となくあの橋のところに、着いた。

今日もこの下にはまだあの地下通路が眠っているのだろうか。もう、存在しないのだろうか。
じっと、川を覗き込んでいる私を気焔が引っ張り戻す。

大丈夫、流石に落ちないよ………。

「この高さからポイってやって大丈夫だと思います?」
「大丈夫じゃないか?」
「出来るだけそーっと落として!」
「変わらんだろう。」

グレフグ君の意見をバッサリやったウイントフークにはちょっと離れてもらい、私より腕の長い気焔にお願いする。できるだけ、水面に近い方がきっと痛く無いだろう。

「じゃあ、元気でね。」
「たまに遊びに来てよ!」
「うん。頑張る。」
「呼んだら来い。」
「…………じゃあね!」

最後にそう言うとグレフグ君は気焔の伸ばした手から自分で飛び出して行った。
流石、魚。活きがいい。

少し、グレフグ君が飛び込んでいった橙の川を眺める。

すぐに彼が起こした水飛沫も流れとと共に消え、「今日は流れがそこそこあるな…………」とボーッと考えた。

顔を上げ何となく、あの時リンディスファーン達が向かった、ビリニスの研究室があるだろう方角を見る。
結局…………

「依る。」

気焔に呼ばれて振り向くと、もうみんなは戻るところだ。
えっ!置いて行かれたら帰れないじゃん!待ってよ!


そう、沢山仲間も出来たけど解決していない事もまた、沢山あるのだ。気焔の後ろ姿を追い掛けながらそんな事を、考えていた。



午後はフローレスに挨拶に行った。

正直、挨拶はしたくない。絶対、泣くから。
でも流石に言わない訳には行かないよねぇぇぇ。
とってもお世話になったし。

そう、特にフローレスには世話になった。結局自分の服も気焔の服も追加で作る事になった時、デザインは沢山書けるけどパターンが分からない私は時間も無かったので殆どがフローレスの世話になった。

結局一番お世話になったんだよね…。
人前で泣くのは恥ずかしいので、修復室に来てもらうよう、裁縫室で声を掛けた。
丁度、授業がひと段落ついた所らしく「今行くわ」と言ってくれたので、先に行って待つ。
ちゃんと「お礼」も作ってきたよ…。中々の出来だと思うんだ、我ながら。

私が作ってきたのは、自作のポプリ袋の中にポプリと一緒に癒し石が入っている特製の袋だ。
名付けて「癒し袋」だね。
え?ダサい?まあいいじゃないの。

一人で来たので一人ツッコミをしながら、いつものように窓の景色を眺めていた。

もうすぐ橙の時間。
空は少しずつ染まり始め、端の方に少し青が残る。
もう橙かぁ。でも、もう橙の空ともお別れかと思うと、それはそれで寂しいね。

ここはここで、特殊な世界だ。

露天風呂から見る、近く、遠くのビルと橋のシルエット。ウィールのカッコいい二本煙突。沢山の橋の面白いところももう知ってる。一人じゃ行けないけど。

あの夜の景色も、凄かったなぁ………。暗くなる空、明るい橙の川。キラキラしている明かりと橙の煙。光の絨毯のようだった幻の魚達。
夜、もう一度見たいけどどうかな?

実は移動は2、3日中、と言われている。何だか都合が付くのがその辺らしい。何故ハッキリしないのかはよく分からないが、別に急いでいる訳でもない。この2、3日で心残りを消化しようとちょっと忙しいくらいだ。

そんな心残りの一つである、フローレスへの挨拶。あまり先延ばしにして挨拶の前に帰る事になってはいけないと、今日やって来たのだ。


扉の開く音がする。

お茶のトレーを持って入ってきたフローレスは「何だかあっという間だったわね。」といつもの優しい瞳で言った。





「で、どうだったんですか?」

先生に開口一番このネタはどうかとも思ったのだが私の心は正直で、ついでに口も正直だった。

「フフッ。気になるわよね?…そうねえ。でも、まだ普通よ?挨拶して、どうしてたのか聞いたりして。森がかなり楽しかったみたいだから、いつ帰ってしまうか心配ではあるけど。」
「え!帰っちゃうって言ってました?」
「さぁ、具体的には言ってはいなかったけど、多分あの人には森が合ってると思うのよね…。」
「…………言ってみたら、ここに居るんじゃないですか?」
「そうねぇ……フフ。だといいけど。でも私は彼を留める為に言うのは無理かな。なんなら「連れてって」って言っちゃうかも。」
「やだ!それ素敵です!」

そうなんだ。確かに私もそう、思う。相手を縛りたくは無いんだよね…。

うんうん頷いている私を微笑ましく見守っているフローレス。

ここには戻って来られるだろうか。

優しい茶の瞳をじっと見ながら、つい考える。
でも、ラピスだって出た時は戻れるか分からないと思っていた。でも何だかんだ、戻れる事になって、しかも今回は連れて行く人だっている。
いつか、フローレスにも合わせたい人を連れてくることができるかな………。

何だかそう考えると楽しくなってきて、笑いながら話をする。

「私、一緒にいたい人が出来たら連れてきますから!」
「あらあら。嬉しいわね?でもその後………どうなの?」

フローレスが言っているのはあの糸巻きの後の事だろう。正直あまり覚えていないけど………

「友達が言うには、それはもう、好きなんだって。私も多分、そうだとは思うんですけど…。」

じっと、フローレスは私の瞳を見つめている。

「何が気になってるの?……そうね。分からないわよね………分かれば苦労はないのよ。まぁそれが恋の楽しいところなんだけどね?」

「でもヨル。一番大事なのは、「自分の気持ち」だから。相手の気持ちじゃないわよ?」

ん?そうなの?

「相手の気持ち………はいいんですか?」
「まあ、どうでもいいって訳じゃないけど。確認は必要よ?でもヨルはきっと相手の気持ちを優先させちゃいそうだから心配なのよね。」

「…………。相手の気持ちを優先…。」

心当たりが、無くは、無い。

でもな…………うーん。押し付けたくないしな…。
うーん。


そんな私の様子を、また微笑ましく見ながらフローレスは言う。

「あのね。やっぱり、別の人間だから。言ってもらわないと、分からないのよ?………ヨルがね?その人の為に気を遣ったとしましょう。でも言わないから分からない。もしかしたら「ああ、俺に興味が無いのかな」って思っちゃうかもね?」

「…!成る程ですね。確かにそれはあるかもしれません。…でも、悩ませたくないしな…。」
「それよ!きっと、あなたがそう考えるって事は相手も同じ事をもう考えて、ヨルの事大事に思ってると思うわ?お互いに、思い合ってるんじゃないかしら?………でも大事に思っている相手から言われる我儘って、嬉しいものよ?きっとあなたなら小さな我儘でしょうし?」

悪戯っぽく笑うフローレスはおばあちゃんだけど本当に可愛い。いつか、マデイラとエローラと、四人で恋話がしたい。
急にそんな事を思い付いて、心のメモ帳にメモをする。

我儘かぁ。言ってみるのも、いいかも?確かに、自分の中で完結して姫様の事は口に出していない。聞きたくないのもあるし…………。
正直、聞くのは怖い。

でも、一歩、踏み込んでみてもいいって事かな…?

そう考えながら、私は作ってきた癒し袋をフローレスに差し出した。
きっと、彼女を癒して守ってくれる筈だ。また、元気で会えるまで。

「先生、本当にありがとうございました。…また、来ます。」

そうして癒し袋談議をしながら、私達はお茶が空っぽになるまで喋り尽くして、修復の部屋を後にした。







そうして出発の日。


今回移動人数が多いので、夜に移動する事になったと言われた。

そんなに多いかな?
確か、運び石って一度に三人とかじゃなかったっけ??
一緒に行くのはウイントフーク、シュツットガルト、イスファ、レナ、私と気焔だ。あ、あと朝。
六人なんて大した事ないかと思ったんだけど、どうやら多いらしい。あまり一気に人が動くと不都合があるとか何とか言ってたけど。

とにかく夜まで待て、という事でその日の日中はみんなと休憩室でお茶会をしたりのんびり過ごした。



「寂しくなるね…………。」

ちょっとしんみりしているのはシャルムだ。
結局エローラには、何か言えたかな…?後でエローラに聞いてみなきゃ。
シャルムも来た頃のオドオドした感じはもう無く、優しい印象はそのままのしっかりした男性になったなぁと感じる。
背が高くて柔らかい雰囲気のシャルムと、見るからにパキッとしてしっかりしているエローラ。
合ってると思うんだよねぇ…。

「またラピスで会えるよ。私達はちょっとウロウロするけど、帰ったら工房見学、絶対行くからさ。」
「そうね。また新しい生地作って欲しいし…………。私はシャルムが帰ってきたら顔出すよ?」
「確かに俺もいつかは行ってみたいなぁ、ラピス。いいんだろう?」
「凄いよ。青い。」
「ヨル…………。まぁここよりは色彩も豊かだし、街並みも楽しめると思うわよ?」
「いつか自由に行き来できるようになるといいねぇ…………。」
「「そうだね。」」

しみじみと、これまでなら考えられなかった扉間の移動について思う。


世界は、繋がっている。

でも、区切られているのはどうしてなんだろう…………。

ラピスでは殆ど知られていない他の世界の事。
他の扉では、周知されているらしい世界間の柵の事。

これから出会うであろう、もの、人、事。
多分、今迄のように優しい世界じゃないだろう。きっとこれからは私が知らない事、知りたくない事、今迄は気焔が私に隠していたような事も目の前で起きるのだ。きっと。

でもそれは他のみんなにとっては当たり前で普通の事なんだよ。知らなくて、いいわけじゃない。


「お前、…無理するなよ?」

顔を上げると、心配そうなベオ様の青い瞳と目が合った。…………私もベオ様に心配される様になったか。うーん。

「大丈夫だよ。みんなと一緒だし。ベオ様こそ、無理しないでよ?あんまり自分が不利になる様な事、しなくていいから。ゴマでもすって権力付けててくれる方が多分後々助かるから。」
「何言ってるんだ。………まぁいい。何かあれば、言えよ?」
「ありがと!嬉しいなぁ、ベオ様がこんなに素直になってくれて。」

何だかしょっぱい顔してるけど。多分、レナの事も心配なのだろう、チラチラ見てるけど声はかけれない様子。とりあえず、また暫く会えないんだから言いたい事は言っといた方がいいよ…。
そう思って背中を物理的に押した。ちょっとよろめいてたけど、ちゃんと話しかけに行ってる。よしよし。

みんな、元気でまた会いたい。

レシフェの言葉と戦闘訓練、防御の授業がチラリと頭を過ぎる。
そう、もしかしたら。

いや、そうならないよう頑張るし、その為に本部長やレシフェ、気焔も奔走してくれている。エイヴォンも、シュツットガルトも、みんな………。

ぐるりと、休憩室を見渡す。
また、ここで、いや何処でもいい。このメンバーで楽しく笑い合うんだ。

そう決めて、私は一人頷いていた。






「少し冷えるね?」

移動の為、夜の外を歩く。

あの日と同じ、灰がかった暗い橙の空、明るい川。遠くに見える黄色い灯り、白い煙。近くに見える白黄の灯りと赤い煙。大きなビルの闇の影でより鮮明に浮き上がるその色に、やはり何度見ても心が浮き立つのが分かる。

でも今日は切なさが勝っちゃうよね…………。

ザワザワと移動する人達が連なって歩く中、私は一人しんみりしながら最後尾を歩いていた。


夜の街歩きは、好きだ。
何だか足取りが軽くて、いくら走っても疲れないんじゃないかと錯覚してしまう、昼間とは違った自由さがある。
でも今日は夜のシャット二回目、そしてお別れの日。
もし、扉が繋がったらここも橙じゃなくなっちゃうのかな?
それぞれの世界のいい所は残るといいなぁ。

「ここだけ」になると癒しが足りないし、迷子になる予感しかしないし、結構不便も多いシャット。でも自由に行き来出来るなら、このままの方が、いい。結構綺麗だし、人気出ちゃって観光地みたくなるかもね…………。
中々いい想像に一人クスッと笑う。

「依る。」

気焔に呼ばれて、自分がすっかり立ち止まっている事に気が付いた。

いかんいかん、置いて行かれちゃう…………。ウイントフークさんなら、やりそう。

慌てて気焔を追いかけた私は、もう、あの非常階段を登っている途中だ。
そう、始めに着いたピエロがいるあの部屋に向かっているのだ。



ん?

目の端に何かの光を捉えてすぐに振り返った。

何か、落ちた?
流れ星は、無いよねぇ?と思いつつも、何かが下の方で光ったので手摺を掴んで下を見る。

「うっ……わあ~~~!!!」

キラキラの、川。飛び跳ねる、魚達。

「気焔!見て!!」

私の声ですぐ来てくれた気焔は、下を見るとすぐにあの部屋に入って行く。みんなを呼びに行ったに違いない。

私はそれを確認すると、自分は思う存分キラキラの川を楽しめるように少し端に移動する。

凄!凄いよ!なんで??ヤバい!!

「わぁ~~!しかも!めっちゃ!跳ねてない?なんで?でも凄い!凄い!!」

この前は泳いでいるだけだった幻の魚達がまるで飛魚のように次々と波間から飛び出している。
普段は静かな川面も、キラキラの波に埋め尽くされ橙の水が波打っているのか、幻の魚が波打っているのか、判らないくらいだ。

ん?

その中に、一際小さく毛色の違う魚が…………いる。
「ここだよ!」と言うように、一生懸命跳ねているのは…………。

「グレフグ君…………」

そっか。きっと。

「見送りに来てくれたんだね………。」

橙の夜に、少し寂しくなってしまった私の為に、きっとキラキラの川を見せてくれようと思ったに違いない。

分かるのかな…。

グレフグ君には、私のまじない力を込めてある。なんとなく、気持ちが分かるのだろう。ありがたく、受け取っておこう。


「ヨル?何これ!凄くない?あの日みたいだね?もう、落ちないでよ??」

そんな冗談を言いながら、興奮したエローラが隣に来た。
もう、ゾロゾロと他のみんなもやってきて口々に呟き歓声を上げている。

「これは………」「確かに凄いな。あいつか。」
「また見たかったんだよ…。」

ん?歓声を上げているのは私だけかも??


しばらくみんなでキラキラの川を見つめ、「これだけいれば…………」「大きな作品ができるな。」
「粉にしてみたらまた違う…。」大人達が何だか物騒な相談を始める頃、川が暗くなり始めた。

「あ…………。」

キラキラの部分が、少しずつ明るい橙に変化し始めた。

帰っちゃうんだ。

少しずつ、キラキラの分量が減ってきて少し水面が光る程度になると、グレフグ君が一際大きく跳ねた。
それを最後に、グレフグ君を先頭に一筋のキラキラがまるで川の中をリボンのように、うねりながら消えていく。

バイバイ、グレフグ君、キラキラの魚、そしてシャット。


みんなが扉に消えていく中、最後までキラキラを見送った私は明るい橙の川に戻った事を確認してから、扉へ入って行った。




「ヨル。」

ウイントフークに呼ばれる。

「あれ持ってこい。」
「え?あれ?」
「あの、花だ。」

??
ウイントフークの指差した方にあるのは、ピエロだけ。そう、ピエロは私が最後に見た時と寸分違わぬ、花を一輪持ったままの姿で立っていた。

花?何に使うのかな?

とりあえず言われた通りにピエロの所へ向かう。

相変わらず…なんていうか、奇妙。
エローラがこっちを見ないようにしているのが分かって、ちょっとクスッと笑いながらピエロの正面に立った。
これ、取っても何も起きないよね…?薔薇かな?
薔薇と芍薬の間のような豪華な花。

そっと、ピエロが持っている花を掴む。

「え?うわっ!」
「!」

すぐに背後にいた気焔に支えられたが、私が驚いたのは、その花の変化だった。
手に取ると、それはガラスのような質感に変化したから。

「え?え?これ、大丈夫ですか??」

振り向きつつ、ウイントフークに問い掛ける。
案の定、近づいて来ていた彼の目は、もう花しか見ていない。

ちょっと、こうなるなら前もって言って下さいよ!

「うん、上出来だな。」

満足そうに私の持つ花を見ると、受け取ろうとはせずにみんなの居る方へ行くよう促された。

「全員、乗ったな?荷物もきちんと持てよ?」
「朝?いる?」
「大丈夫。エローラの所よ。」
「じゃあ寄越せ。」

ウイントフークが最終確認をすると、私の持っていた花をパッと奪う。
それを魔法陣の空けていた真ん中に置くと、「行くぞ。」と言って腕組みをした。

余裕ですね…………。

絶対気持ち悪くなると思っている私は気焔にギュッとしがみついたまま、ピエロに目をやる。

「ご利用、ありがとうございました。」と言っているピエロが見えたのは一瞬で、後はグニャリと捻れた魔法陣がチラリと見えただけだった。








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