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6の扉 シャット

休憩室と告白

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「大丈夫?!グレフグ君!」

私は休憩室に滑り込んで行くと、すぐに棚の上に置かれている水槽に駆け寄った。

そう、エローラが言っていた「私が拾ってきたもの」はあのグレードアップフグもどきだ。長いので、略してグレフグ君。
私達をあの橙の地下通路から橋の上まで案内して、その後一緒に藍の中に入っていた。
そう、藍の中に入っていた時は大丈夫だったんだけど、弾けて地面に落ちてしまったのだ。
橋の上でピチピチしていたグレフグ君を、気焔に下ろしてもらって藍で包み、そのまま休憩室に連れて行った。落っことしちゃったから、大丈夫か確認してから川に戻そうと思っていたのだ。

でもまさか、逆に元気が無くなってるなんて…。

多分、私が行けなくなったからかな?と思っていたけどやっぱりそうみたいだ。だって、グレードアップしたはずの体が、元の青っぽいグレーに殆ど戻っていたから。
んー?でも元に戻る分には構わないんじゃないの?なんで元気がないんだろう?

ウイントフークが用意してくれた水槽の中を、じっと見る。グレフグ君を持ったまま私が休憩室で悩んでいたら、パッと作ってくれた。「このくらいなら寝ながら出来る」とか言いながら。

「大丈夫…………?グレフグ君…。」

ぼんやりした目で(生きてるけど死んだ魚の目ってこんな感じ?)泳ぐでもなく、水の中をただ、浮かんでいる。
何コレ。本当に大丈夫??

チロリと目玉を動かしたグレフグ君の視界に、やっと私が入ったようだ。

「!!」
「え?なに?!どうしたの?!!」

私を認めると急に凄いスピードで水槽の中をぐるぐる回り出したグレフグ君。
なになに?怖い!病気?!
焦る私につられてエローラも「何?どうしたの?!」と焦りだす。二人でワタワタしていると解散したのか、ウイントフークが入ってきた。

「どうした?」
「ウイントフークさん!大変なんです!グレフグ君が…………」
「フグ?」

説明しようと水槽を振り向くと、グレフグ君はすっかり落ち着いて既に私達の事をじっと、見ていた。ん?大丈夫…?なんなの??
気泡が口から出てる。…………もしかして、何か言ってるのかな?
私はグレフグ君にジェスチャーで水面に出るように手を動かした。くるりと目玉を回すと、ちゃんと浮かび上がって口だけ器用に出したグレフグ君が言ったのは、何故かこんな言葉だっだ。

「遅いよ!」



滅茶苦茶聞き取りにくい、口だけ出してるグレフグ君の言い分を整理すると、こんな感じだ。

「あんな、底辺の生活に戻りたくない」

え?魚だよね?と思ったけど、始めにイスファが言ってたようにグレードアップする前のフグたちは「いらない魚」として認識されているようだ。毒があって食べられない上に、水の中でもキラキラした幻の魚達に虐げられているらしい。
体も小さく、普段は幻の魚に追いかけられたり虐められているらしいのだ。
うーん。幻の魚、意地悪なのはちょっとショックだね…。でも自然界では小さいものは弱い。ある意味自然の摂理なのかもね…。

しかし、私がグレードアップさせて、幻の魚達を迎えに行くとそれまでとは扱いが全く変わったというのだ。
「姫様の使い」と持て囃されて、いつもは話など聞いてもくれないのにきちんとみんながついて来たらしい。確かに、物凄い大群が橋の下に現れた。そして「もう、あの頃には戻れない」と言うのだ。
なんか、夏メロのタイトルみたいだよね…………。

「うーん。話は分かったけど…。なんだろう、これ私が手を出すべき案件なの??」
「どうした?」

私が水槽の前に屈んで悩んでいると、エローラと話していたウイントフークがやって来て覗き込んだ。
グレフグ君は私達二人を交互にキョロキョロ見ながら、何かを訴えていた。
でももう水中だから、よく分かんないけど。

「何だか力を注いだら、ちょっと違う魚になっちゃって。いや、まあ同じと言えば同じなんですけど…。」
「確かにこの前と色が変わっているな。で?また力をやるのか?このまま放してもいいんじゃないか?」
「私もそう思ったんですけどね…。なんか、戻りたくないって言うんですよ…。」

ちょっと困りつつ、どうなの?と思いながらもウイントフークにグレフグ君の言い分を説明する。
すると、ウイントフークはキッパリとこう言った。

「役立たずに戻りたくないなら、とりあえず色を変えて食えるかどうか試すか。食えれば貴重な食料だから、持て囃されるぞ?」
「「え?」」「ブクブク!」

「いや冗談だ。」

ウイントフークはサラッと言ってるけど、グレフグ君は沢山の泡を吐いて「ガフガフ」言ってるし、私はウイントフークがそんな冗談を言うとは思ってなかったのでちょっとフグ刺しを想像してしまった。
いや、流石にもう食べれないよ…………。ここまで一緒にいて食べるとか、それは無い。

「確かこいつが幻の魚を呼んできたんだろう?」
「そうですよ。だから食べちゃダメです。」
「試してみてもいいんだがな。上手いかどうかは別として。…まあしかしこいつには司令塔をやらせればいい。」
「??なんの?司令塔?」
「そのうち必要になるかもしれん。」

顎に手を当て何やら考えているウイントフークによると、幻の魚の鱗がまじない道具を作るのにかなり役立つらしい。シュツットガルトは工芸に使っていたけど、何に使うにせよ一定の効果があるようだ。
あのミニ中庭にキラキラの効果?どんな効果があるのか、後で見せてもらわなきゃ!

「とりあえずまた力をやって、少し回復したら放してやればいい。ちゃんと教育しておけよ?」

いや、どうやって。
また無茶振りをしてくるウイントフークをチロリと睨んでいると、入り口に人影が見えた。
視線を移すと休憩室にベオ様が入ってくるのが見える。
「あ。」と私が手を振ろうとすると、どうやら一緒に来たらしいエイヴォンが続いて入って来る。
んん?この二人、どういう関係?
確か、以前もまじないの授業中にエイヴォンがベオ様に何か耳打ちしていたのを見た。その後、大人しくなったベオ様を見て「後でなんて言ったのか聞いてみよう」と考えていた事を思い出す。

二人は何か話していたっぽいけど、ベオ様は私を見付けるとこちらへ歩いてきた。なんだかんだ、私は閉じこもっていたので会うのはあれ以来だ。

「ベオ様忙しかったみたいだね?」

視察の相手を一手に担っていたと聞いていたので、大変だったろう。しかしベオ様は事もなげにこう答える。やっぱり、いい奴だよね?

「いや、僕が出来る事は、やる。特にあいつの相手なんか適任だろう。まぁでも考えは全く読めなかったがな。」
「そうなんだ………じゃあやっぱりもう帰ったの?」
「ああ、ついさっき挨拶に来た。だからここに来たんだ。ヨルがいるかと思って。」
「ん?何か用事?」
「ああ、いや礼を言ってなかったと思ってな。ありがとう。あそこから出られたのはヨルのお陰だ。」

ベオ様の素直な言葉に感動しつつ、私もお礼を言った。この短期間でかなり素直になったベオ様に驚くと共に、元々こういう性格なんだろうな、と感じる。地下通路だって、やっぱり一人だったら心細いし全然違ったろうから。じっくり話もできたしね?
私が一人うんうん頷いていると、入り口にレナが立って私達を見ていた。
んん?もしかして…………もしかしちゃった?

レナは私達の事をなんとも言えない目で見つめていたが、意を決したように少し頷くとベオ様に向かって歩いてくる。そして、目の前で立ち止まった。
ベオ様の目がまん丸になったのを見て、私はススス…………と後退りしてウイントフークとエローラの方へ移動した。結構バレバレだけど、まぁ近くにはいない方がいいだろう。

あの二人を置いといて、私はグレフグ君に力を注ぐべく水槽へ戻る。ウイントフークもついて来た。きっとどのように変化するのか興味があるのだろう。
エローラも加わり三人で水槽を囲むと、私が手を翳して「ポワッと」する。蚕の時もそうだったけど、小さい生き物には軽く、を心掛けないとちょっと危ないのだ。

すると青とグレーのグラデーションだったフグが黄緑から黄色というか、金色というか、キラキラした色のグラデーションにキラリと塗り替えられた。
全部の鱗が翻ったかのように、体全体を光が通ったかのように、だ。

「中々だな。」

ウイントフークのお褒めを貰ったところで、グレフグ君はそれが聞こえたかのように満足そうに光りながら泳いでいる。
グレフグ君はバージョンアップすると、水中でも話せるらしくて私に話しかけてきた。でもみんなにはやっぱり聞こえてないみたいだから、念話みたいなものなのかな??きちんと、私とウイントフークの話を聞いていたようだ。

「じゃあ僕は幻の魚への橋渡しをすればいいんだね?」
「そうなるわね。大丈夫?」
「任せて!もう少し慣れたら放しても大丈夫だよ。呼べば、行くよ!」

何だか一生懸命な所が可愛い。
私の話からきっと会話の内容を推測したであろうウイントフークがグレフグ君に話しかけている。
「呼んだら来い。鱗が必要になるかもしれんからな。」という言葉に目がギョロギョロしているけれど。ちゃんと、「幻の魚の鱗」という部分を言ってあげて欲しい。

「ヨル。」

私がグレフグ君に取りなしていると、声をかけて来たのはレナだった。ちゃんと、お礼言えたのかな?





男達はあっちで話していて、私達は女子トーク中。目下、レナの「新・ベオ様の印象」の話だ。
女子トークの為にレナに付けておいた「目耳」にリュディアを呼びに行ってもらう。でも、リュディアは「目耳」に慣れていないから可哀想かな…………でもこの場で席を外すことは出来なかった。何故かと言うと、レナのベオ様評価がうなぎ上りだったから。あ、でも元々マイナスだからね、普通になったくらいなんだけどね…………。
それが気になり過ぎて、席を外すことができなかったのだ。

リュディアも合流して、立派な女子会に発展した私達のお喋りは絶好調だ。

「で?なに?どうだったの?」

エローラは事情を知らない筈なのに、全力でどうだったのかを聞いている所がやっぱり面白い。
細かい所はどうでもいいけど、レナから見た新ベオ様が気になるんだろう。
そしてレナの第一声はこうだった。

「うん。意外と。」

意外と何????絶対みんな思った。

「何?もしかして、もしかしちゃう?」
「それは、ない。でもゼロだったのがゼロじゃ無くなったくらいは、あるかも。」
「!!」
「それはかなりだね…………。」
「良かった…。でも…………。」

引っかかっているのはリュディアだ。
そりゃそうだよね…。
リュディアはベオ様とレナが恋に発展したらどうなるのか、一番よく知っている。諸手を挙げて賛成、という思いにはなれないのであろう。
でも、きっとベオ様に対して姉のように接しているリュディアだからいい方向に行けばいい、とは思っている筈だ。
中々難しい所だけど…。多分、「本当のこと」が分かってきたら何となくだけど上手くいくような気もする。なんか。勘だけど、多分そう。

「で?何を話したの?」

いいツッコミだね、エローラ。私もどこまで根掘り葉掘り聞くか迷ってたとこだよ…………。
まぁエローラにかかれば丸裸にされる事は、間違いない。

「…。とりあえず、お礼は言ったわ。あとはちょっとね。」
「え?何、ちょっとって。」

私はレナが言い淀んでいる事にピンと来た。多分、あれだ。この前、考え込んでた事。結局何だったのか、聞いてはいないけど。

「聞いてもよければ教えて?この間考えてたことだよね?」

少し声を落として話す。多分、レナの言い方だとあまり知られたくない話なのではないだろうか。
もし言いたくないなら言わなくても構わない、と私が言うと「まぁいずれ分かることだしね。」とレナは話し出した。リュディアの顔を見ながら。

「ベオグラードには兄がいる。多分、あれあいつの兄さんよね?」

リュディアの顔を見て確認する。リュディアは知っているのだろう、言葉には出さないが頷いて返事をした。

「貴石のね、いい客なのよ。あいつの家は銀の家だから、うちの最初の顧客になってくれれば都合がいい。ただ、噂だと………だから、その辺がね…。あいつもあまりいい顔しなかったけど、とりあえずは上手い手を考えてみるとは言ってくれたわ。」

リュディアは心配そうな顔をしている。ベオ様のお兄さんなんだよね??一体どんな人なんだろう?そんな、頼みにくい感じなのかな?

「もし、無理そうなら諦めろとは言ってたわ。私達の店を貴石と同じにされても困るしね。その辺は、駄目ならハッキリ言うって。私はまだいいけど、ヨルなんてペロリだもんね…。確かに心配過ぎて、大丈夫って保証がないと無理。」
「でもそうなったら気焔が来るだろうからそっちの方が大変じゃない?」
「それはある。」

みんなの会話がよく分からない。
ベオ様のお兄さんが危険で私がペロリで気焔が大変???でも気焔が大変なのは良くないな…。

「分かった。気焔が大変にならないように頑張る。」

私がしっかり頷きながら請け負うと、みんなは呆れた顔をする。え?そういう事だよね?

「気焔も大変ね…………。」
「いつまでもそのままでいて頂戴。」

エローラとレナに肩をポンとされ、リュディアは笑いを堪えている。おかしい。何故だ。

「まぁとにかく、これから付き合いがあるだろうって事。結構マシになったみたいだし、私も改めなきゃなって、思ったところ。」
「え?何が?」

レナが改める所?なんだろう。

「一応、私も悪いとは思ったのよ。ヨルの話を聞いてね。デヴァイってだけで、全員腐ってると思ってたから。でもリュディアと話したり、ベオグラードとヨルが打ち解けたり、あいつがあれだけ変われるんだもの。私だってやれるわよ。」
「…………レナ。」
「まぁ、その方が利益出そうだしね?」

ニヤッとしたレナ。うん、やっぱりその自分の使い方を心得てる所は流石だよ…。
ベオ様とも話をして一皮剥けたように見えるレナはやる気でキラキラして見える。やっぱり、女の子はこうでなくちゃね。


一旦話が落ち着いて何故かエローラがベオ様の髪型についてアレコレ言い出し、三人が改善点を上げ出した所で私は男子達の方に目を向けた。
だって、エイヴォンとベオ様の関係、気になるんだよね…………。

あの、絵の下に座っている男子達に目をやると人数が増えているのが分かる。
いつの間にかシェランがウイントフークと話していて、エイヴォンとベオ様が話している形だ。まぁ、シェランはウイントフーク教だから自然と話に入れなくなるよね…。今も一人だけ興奮して話してるし。
ていう事は…チャンスターイム!

私はいそいそとエイヴォンとベオ様の所へ向かった。



「……まずい……解りますよね?」
「ああ。もう、僕はあいつと約束したからな。」
「ふぅん?駄目ですよ?アレは。ちょっかい出したら厄介な事になりますから。」
「だから、僕の好きなのは違うって言っただろう?」
「ならいいんです。」

…………私の話かな?まぁベオ様、レナが好きだから大丈夫だよ、エイヴォンさん。
そう思いつつ、さり気なく二人の所に行って、ベオ様の隣に座る。全然さり気なくないけど。

「ヨル。」
「あんた達、仲良くなったんだな?一体何があったんだ?」

まぁそう思いますよね…………。自然にベオ様の隣に座った私を見て、エイヴォンが訊ねる。私は各各然々とザックリ説明をした。時々、ベオ様が見解を挟むけど、それがまた私達をとても仲良く見せたらしい。最後、エイヴォンはいたく感心してした。

「よくもまぁこの御坊ちゃまを手懐けたな。」

言い方。一応協力してくれるんだから、その言い方は止めてっ。
そう、そうなのだ。結局この二人…?

「二人も、仲良い………っていうかどういう関係ですか?」

やっぱりこの二人、仲が良いよね?と思ったのでそのまま訊いてみる。なんか、ただの知り合いと言うよりは…。

「ベオ様の兄が俺の先輩なんだ。」

ほうほう。そういう感じか。だから何だかエイヴォンに頭が上がらない感じがするんだ。ベオ様の方が家格は上だと言っていた。でも、このふざけてベオ様と呼んでいる感じとか、からかいつつも可愛がってる感じ。納得。
スッキリした私は、さっきレナの話でもでた「ベオ様の兄」が気になってエイヴォンに訊く。何だか、曲者っぽいけど?

「あー。まぁ。そうだな。うん。」

え。エイヴォンですら、この反応。
どういう事?
私が「?」になっていると、ベオ様が実の兄の事を一言で片付けた。

「兄上は女癖が悪い。」

あー…………。うん。そういう感じか…。
だからレナがああ言ったんだ。
私がレナの言葉を反芻していると、こっそりエイヴォンがお茶のお代わりをしに行くフリをして耳打ちしてきた。
「それだけじゃ、ない。表の姿は隠蓑だ。気を付けろよ?」と。

…………。忠告は有難く受け取っておく事にする。
でもまだ全然会う予定、無いけどね。

そう、能天気な私は全然気が付いていなかった。
さっき、レナが「貴石」と言ったからにはグロッシュラーで会う事になるだろうという事を。





「あ、みんな、久しぶり…………。」

ザワザワしている休憩室がピタッと静かになったのは、その声の主をみんなが認めた時だった。

入り口に立っていたのは、イスファだった。





イスファが無言なので、私も何となく無言で後ろをついて行く。


「ヨル、ちょっと二人で話せる?」

入り口に立ったイスファにそう言われ、断るはずが無かった。私はやっぱり、イスファに悪いと思っていたから。
レシフェは「お前のせいじゃ無い」と言うしシュツットガルトさんも「気にするな」と言っていたけど、やっぱり…………。それは無理だ。
イスファが何を話そうとして私を呼び出したのかは分からない。でも、自分の中のけじめとして、私はイスファに謝りたいと思っていた。


そうして、イスファについて来たけどどこに向かってるんだろう?

ずんずん廊下を歩いて、エレベーターさんに乗る。「お願い。」とだけ言ったイスファは前もってエレベーターさんに頼んでいたのだろうか、そのままちょっと揺れた時には扉が開いていつもの「ポン」という音と

「中庭の癒し」

と書かれた紙が見えた。
言葉、変わってるな………。確かに、「癒し」だ。
一言で言うと。



エレベーターさんを出て、また彼について行く。
あ。気焔に言わずに来ちゃったけど、ウイントフークさんが見てたから大丈夫だよね?………多分。

とりあえずこの空気が壊せなくて、そのまま無言でついて行く。
そうして、廊下をぐるりと廻るとイスファはやっぱりベランダに出た。



ベランダへの扉を開けると、滝の水音が轟々と響いてくる。水飛沫からマイナスイオンを感じて、久しぶりのこの空気を鼻から一杯に吸い込んだ。

「ヨル。」

そう言って振り向いたイスファは何だかスッキリした顔をしていて、それを見た瞬間、私が抱いていた心配は殆ど、吹き飛んだ。

彼は、自分で立ち直っている。

自然と、そう思える顔。優しいグレーのフワ髪とブルーの瞳。いつもの柔らかい空気のイスファ。
寧ろ、初めて会った時よりも余裕があって一皮剥けたように見える。

何だ安心した私は黙って彼の次の言葉を待っていた。きっと、いい話だ。直感でそう思ったけど、彼が口にしたのは私が思っていたのとは違う、いい話だった。


「君がここに連れて来てくれて、あの、青を見せてくれてから僕は君が好きだ。」

心臓がドキリとする。真っ直ぐな、イスファの言葉に。

「いや、思えば多分、始めからだと思う。あの、父の部屋で初めて会った時から。話をする度、ベオグラードに対する真っ直ぐな姿勢を見る度、父の設計図を見た時。ここで青の水と光を見せてくれた時。僕が持っていないものを沢山持っている君。それを素直に表せる、人に対して、そう真っ直ぐ在れる君。」
「…………。」
「憧れに近いかもしれないな………。何だか、自分のものにしたい、という思いを持つ事が畏多くも、ある。」

そこまで言うと、イスファは私の事をそのままじっと見つめていた。曇りの無いブルーの瞳。中庭の空と同じ、青。
何か言うべきなのか、迷ったけど何だかこの空気を壊したくなくて私はそのまま黙っていた。

何だろう…、この、告白されているんだけど祈られてるような感じ。

そう、何だか私は例えて言うならあの、うちの教会のベールを被った人形神になった気分なのだ。

周囲が青いからなのか、この清浄な空気のせいか。
イスファの告白は、聖堂で祈られている神への告白のように聞こえた。
ドウドウと流れる、水音。青い空。まじないで守られた青の、清浄な空気。
そして、二人だけしかいない、この空間。

イスファの言ってくれた言葉を感じながら、この空気に浸っていた。多分、彼は返事を待ってはいなかったから。




そのまましばらく、見つめ合っていたと思う。

イスファがくしゃっと微笑んで、空気が解けた。
私も笑顔で応えて、言った。

「ありがとう。」

一言。
多分、これでいい。

その後は二人で並んで手摺りに凭れ、落ちる水飛沫と池の青を延々と眺めて、いた。

気焔が静かに、迎えに来るまで。








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