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6の扉 シャット

青の不在

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気焔が大きな声で叫んで。
あいつがレナを突き飛ばして。
私が駆け寄った時にはもう、依るは消えていたわ。

ついでに、あいつも。

まぁあいつの事はいいとして(リュディアは青ざめていたけど)、そのあとはてんやわんやだった。


橋の上、頼りになる道案内、イスファは何故か倒れて起きないし。
エローラは橋の下に向かって「ヨル!ヨル!」ってずっと叫んでるし。
シャルムとシェランはバタバタと辺りを走り回ってあの二人を探していたし。
レナは呆然と座ってた。多分、ベオグラードが自分を庇ったのが分かったんでしょうね。
リュディアは青ざめながらもレナを気遣ってて、頼みの綱の気焔は何処かへ飛んで、居なかった。


私にどうしろっちゅーねん。
猫だし。

そんな一人ツッコミしてたら、気焔が戻ってきてみんなを集め出して、そのうちレシフェもシュツットガルトも来て、もうワヤワヤしてた。
とにかく、ワヤワヤ。

生徒達は寮に帰されて(母さんが迎えに来た)残ったのはレシフェとシュツットガルト、気焔。
難しい顔をして、話をしてた。
そりゃそうよね、人二人、消えたんだもの。



「一体どういう事なんだ…。」
「…………。」

「気焔、ヨルの場所が本当に分からないのか?」
「ああ。………吾輩に探れない所となると、強力なまじないの中だ。」
「まずいな。ベオグラードの不在が知れるとデヴァイから干渉があるかも知れん。」
「とにかく一刻も早く見付けないと、色々…」

三人が話している間、私は依るが消えたあたりの匂いを嗅いでいたの。
「この辺が怪しいな?」と思ってくるくる回りながら嗅いでたら、すぐそこに「パッ」とシンが現れた。

物凄く、物騒な雰囲気を纏って。



三人はシンが現れた事に気が付いてなかった。

シンは私がチェックしていた辺りをじっと見てたの。何かを探るようにね。
なんだかヤバい雰囲気を感じて、私はすぐ、気焔の所に飛び込んで行ったわ。
だって、絶対、何かが起こりそうだったから。



「邪魔をするな。」

ピリリとした空気が橙の空を覆った。

いつもより暗いその空は、依るが消えてからより一層澱みを増したように空気が流れていて、私にはちょっと辛い場所になりつつあったわ。シャット自体が。

依るが、家を出てきた時のように急速に変化する辺りの空気の澱み。
暗くなる空、いつの間にかいなくなっていた幻の魚たち。
暗い橋の上で、私のアタックを受けた気焔はシンの所へ向かっていて、レシフェとシュツットガルトはそっちを見て固まってた。
分かる。振り向かなくても。
そっちが、恐ろしい事になってるって。



「お前は何をしていた?役立たず。」

「…………。」
「とりあえず破壊する。「これ」は中身が弱る迄開かん仕組みだ。」
「それは…………」
「どけ。」
「依るが、危険だ。」

「最悪、器は壊れてもよかろう?」

「…………。」

その時、気焔は精一杯、多分ギリギリまで感情を出したのだと思う。

その事にシンはとても驚いてた。
多分、気焔が自分に逆らう?いや、反論するとは思ってなかったんだろう。

濃い、橙の炎で身を包む気焔は何も言わなかったけどシンの意見に異議がある事は嫌でも、分かる。
シンは始め驚いてたけど、すぐに面白そうな赤の瞳になって白い髪を揺らす。
そう、シンはここに来た時、既に白いシンだった。それが、嫌な予感のうちの一つ。
だって白はシンラ様の方だから、人の理は通用しない。

今だって、依るは死んでもいいから姫様を助けるつもりなんだ。
すぐに、姫様を自分の元に戻す為に破壊をすると言っている。

仕方がない。怖いけど、依るの為。

私も、シンの前に進む。多分、気焔は表立って何も言えない筈だから。

「少しだけ、時間をくれませんか?私達で助け出します。」
「………。」

考えてる。
微妙?でも考えてるって事は、ゼロじゃない。

私はピシッと気焔とシンの間に座って答えを待つ。
私だって、依るがいないと駄目だから。それは譲れない。

「仕方が無い。弱る前に、破壊するぞ?それまで精々足掻くが良い。器はそう保たん。」
「承知の上。何とかなります。依るにはみんなもいますから。」

「…。まぁいい。精々励め。」

そう言うと、シンは足元に落ちていた依るの髪留めを拾って、消えた。

その瞬間、今迄かいたことのない汗が、ドッと全身を伝ったわ。

良かった…………消されなくて。

多分、この場にいた全員がそう思ってたんでしょうけど。





その後は各々どう動くのかザックリと三人が話し合ってた。私はそれを側で見てたけど、まぁ大分疲れたから休んでただけとも言うわね。
ちょっと前で喋っただけなのに、あの圧ですっかり体力が奪われたわ………一応年寄りなんだか、労って欲しいものよね…。


それにしても、依るは何処に消えたのかしら?
シンは、「破壊する」って言ってた。「これ」って。気焔もまじないだって言ってたし、大きなまじない道具か何かに閉じ込められてる、と思っていいのかしら?確か似たようなの作ってた奴、いたわね…………。

チラリとレシフェの方を見たら、やっぱり気焔にアレコレ突かれていて疲れてたわね、さすがのレシフェも。シュツットガルトはいつの間にかいなくて、でも次の日の朝、彼が色々手配していた事が分かった。

久しぶりに、あの人の姿が見られたからね。


そう、シュツットガルトがシャットに呼び出したのはウイントフークと長老の二人だった。




「久しぶりだな。」

私の顔を見て、ウイントフークはそう言って少し目だけで微笑むとすぐに話に戻る。

依るが閉じ込められているであろう、大きなまじない道具を解除する為に呼ばれたウイントフークは、レシフェと気焔と共にビリニスの尋問に当たっていたの。

気焔や私、他の数人が目撃したレナを襲おうとして飛んできた烏。レシフェに聞いたらすぐにそれがビリニスのものだって分かった。
そこから昨日のうちに捕らえられたビリニスは、ウィールの地下にある牢のような場所に監禁されてた。
いつ到着したのかは知らないけど、寮とウィールを行ったり来たりしながらあの三人は手を変え品を変え、ビリニスから情報を得ようとしていたわ。
でもあまり芳しく無いみたいで、私はいつ気焔がキレるかと思ってドキドキしてた。

シンからのプレッシャーもあるし、下手すりゃ依ると気焔が共倒れ…………あり得ない事じゃ無いからね。
私だって、それは困る。
方々情報収集しながら、伝言役をこなしたり、みんなを励ましたり…………。生徒達も、それなりにみんな大変だったからね。



調べが進むと共に、色んな事が判ってきた。

実はイスファがカンナビーを使われていて、案内役としてあそこにみんなを誘導した事。
まぁ幻の魚にまんまと引っかかったのは、依るだけどね。
橙の像も、やっぱりカンナビーのせいだった。
でも、彼は依るの事好きみたいだから全くカンナビーのせいだけ、とも言えないと思うけど。

その、カンナビーを提供していたヘンリエッタも、やっぱりとっちめられてウィールの地下に、いた。
今回ここまでバレなかったのは、ある意味恋心のせい、とも言えるなと私は思ったの。
この、ビリニスとヘンリエッタ、お互いがお互いの都合の良いように生徒達を動かしたら、まんまとみんなうまい具合に目を逸らされたのよね。
守りたい、人から。

調べて行くうちにそれがよく判ってきた。
そもそも、ヘンリエッタとベオグラードは繋がってた。デヴァイ繋がりみたいなんだけど、結局レナとの事に協力する、とか何とか言われてベオグラードがレナや依るの周りをウロウロする事で、気焔の目が逸らされた。あいつが狙ってたのが、依るじゃなかったからきっと油断したのね。
ヘンリエッタが誰にカンナビーを流してたのか、気焔は調査してたけどまだ行き当たってなかった。

橋の上の事は、正直誰も、どうしようもなかったと思う。でも、誰一人としてイスファがまさか先導しているなんて思ってなかった。
そう、シュツットガルト以外は。

シュツットガルトは依るに少し忠告してたみたいね。まあこれも後から聞いた話だから、余計に気焔の落ち込みに拍車をかけた訳だけど。

そしてまたややこしい事に、ヘンリエッタを唆してイスファにハーブを入れてた大元がビリニスだったのがもう、訳わかんない。

結局、ビリニスの真の目的は依るだった。

やっぱり、奴は始めのお風呂で依るが「青」だという事に気が付いてたのね。それでヘンリエッタを使ってベオグラードとレナに意識が向くように仕向け、依るを手に入れるつもりだったみたい。

一度だけ、尋問の時に覗いた。
いや、夢に出そうだったわ…………。



「機械の解除はもう直ぐ出来る。まじないの核を教えろ。」
「…………。」
「もっと締め上げられたいのか?…いや、お前の部屋の人形をまず一体ずつ消してやろうか…。」

「…それは止めてくれ。」

いや、それを一番にやりたいけど。

ビリニスの研究室にあった、噂の青い人形は何とどこから拐ってきたのか知らないけど本物の人間だった。元は。

詳しくは、知らないし知りたくも無いけどビリニスは機械の教師だ。それが人体と機械をまじないで融合させて、機械人形を作っていた。

「あそこまで完成度が高いと、逆に素晴らしいとしか言いようがないな」
そう、ウイントフークが、言うくらいそれは良く出来た人形だった。私もチラッと扉の外から見た事があるけど、それはまるで人間で腐敗臭も無い、多分言われなければ気が付かない程の、出来。
だからと言ってやって良いかって言うと、良い訳ないんだけどね。

ビリニスは依るをその機械人形にする為に、「地下迷路」に落としたと、吐いた。
人形を消すって、ウイントフークが言ったらあっさりとね。
でも、もう人形は気焔が跡形も無く燃やした後だったけど。
うん、でもその約束は守らなくてもいいやつだと私も思うわ…………。





「で?地下迷路って結局?なに?」

そこそこの情報が集まってきた所で、小会議を開いた、午後。
シンに啖呵を切ってから三日が過ぎてた。
依る、絶対お腹空いて泣いてるわね…………。

私の問いに答えたのはレシフェ。

「核は多分、石だ。今モンセラットに探らせてる。その上から機械で覆ってる形だな。でもウイントフークさんと俺がいればまぁ機械の方は何とかなる。問題は…………。」
「まじない石だ。」

気焔が言う。
気焔とレシフェが「問題だ」というレベルの、石。そんなのゴロゴロあっても困るんだけど、どうやらそれがまじないの核として使われているらしいのだ。
その、対処法をモンセラットおじいちゃんが調べてる、って事ね。

「三日経つからな…………。中の状況が分からんのはキツいが、石たちは付いてるだろう?」
「ああ。………だが吾輩が探れない程度の石がまじないの核だとすると、中で力が使えるかどうか…。」

気焔の言葉に、みんなが押し黙る。

「しかも、一緒にいるのはベオグラードだしな。」

余計な事言うなっっっ!!!

多分、私とウイントフークの思考が一緒だった。

レシフェを睨んだタイミングが一緒で、つい目を合わせて笑う。
これ以上、気焔を虐めないで………キレたらアンタが相手しなさいよ?

私とウイントフークの目線の意味を、多分察したレシフェはため息を吐いて大人しく座った。
話題を変えるように、ウイントフークがまた話し出す。

「ヘンリエッタには、取り引きとして長老に合わせる事を提案してある。あいつの研究も行き詰まってるからな。」
「結局幻覚作用しか出せてないんだろう?」
「そうだ。そもそも「不老」なんてわたしでもやろうと思わん。まぁあそこの考えは理解できない事の方が多いが。」


するとそこでノックの音がした。

「入れ。」

レシフェはノックが誰なのか、聞きもせずに入るように言った。でも、この匂いは。

「ただいま。…………初めまして?」

入ってきたのは、やっぱりエイヴォンでウイントフークとは初対面みたいね。目が、パチクリしてる。

レシフェの部屋で、デヴァイ帰りの自分が呼び出されて、レシフェと気焔がいる空間に突然いる、謎の男。まぁ誰?ってなるわよね。

彼の目線に気が付いているウイントフーク本人が、自己紹介した。サラッとね。

「ウイントフークだ。話は聞いてる。」

エイヴォンの目ん玉が落ちそうになったから、ちょっと足元に寄ったけど大丈夫だったわ。でも元に戻るまで、少々時間を要したけども。




それにしてもウイントフークは有名人ね?と思いながら、男達の話を聞く。何だか四人はまたややこしい話をしているのよね…。
エイヴォンのデヴァイでの調査の話とか、いつ機械を壊すかとか、ヘンリエッタの研究の話とか、新しい武器の話とか。

私がそれを聞き流しながらレシフェの机の上で眠くなってると、また、ノックの音がした。
うーん。今度は誰?

「入れ。」

また何も聞かずに招き入れたレシフェの部屋に入って来たのは、今度はモンセラットだった。


「気焔の協力で調べた所によると、多分核は同じくらいの石ですな。」

モンセラットの報告は、まじないの核の話だ。
よく話を聞くと、気焔と同じ、と言うよりは依るの腕輪の石と同列らしい。

それってさぁ…………。
私は気焔と顔を見合わせる。

二人とも、思ってる事は同じだと思う。

でも、みんなに言えないから難しいな…?

流石のモンセラットも石のレベルくらいまでしか分からないようで、とりあえずその報告をするとまた帰って行った。


男達は、機械を破壊する日を明日に決めたようで朝からやると言う。
でき次第、という事だったけどビリニスを脅して吐かせてからは早かった。それでも、もう三日、経っている。
でも私と気焔はさっきのモンセラットの言葉を聞いてちょっと望みが出て来たかも?と思っていた。

「じゃ、とりあえずは明日だな。」

ウイントフークのお開きの言葉と同時に顔を見合わせた私達は、レシフェの部屋を出ると連れ立ってウィールの地下に向かった。
ビリニスに確かめる為に。




「気焔はここの石の事知ってるの?」
「ああ。お互いがお互いの事は知っている。しかし近寄っても分からなかったがな…………?」

気焔は気配を感じなかった事を疑問に思っていたみたいだけどきっとまじない自体はビリニスのまじないだろうから、何らかの気配に阻まれているんだろう。

話をしながら地下の廊下を進むと、ビリニスの牢に着く。ヘンリエッタは女性だからか、部屋に入れられてるけどビリニスは本当に牢屋だ。
鉄格子越しに見る彼は、少しの間でまた痩せたのか、こけた頰の窪みがまるで生きていないように見える。
私、こういうの苦手なのよね…………。
気焔に前を譲って、ちょっと後ろに引いて座った。


「許さんからな。」

まだ、私達が何も喋っていない、気焔がビリニスの正面に来た時点で、彼は真っ直ぐ気焔を見て言った。
気焔は意味が分かってるみたいで、瞳を金にしてチロリとビリニスを見る。
その言葉を意に介していない、意思表示のようにそれを無視して話し始めた。

「透明度最上級のピンクの石。」

気焔はそれだけ言って、ビリニスの顔をじっと見る。

明るい茶色の目だけがギョロギョロしている彼は何も言わなかったけど、気焔は何か分かったみたいで満足そうに頷いている。

牢の中の布切れを、濃い橙の炎で瞬く間に包み焼き尽くすと「フン」と言って踵を返した。

あー。
全然怒ってるわ。

ビリニスは唖然としつつも悔しそうにその燃え滓を見つめている。
私も、もう用は無い。 
早いとこ、こんな所はお暇しましょ。


私もくるりと向き直ると、気焔の後をサッサと追いかける事にした。


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