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6の扉 シャット
消えた、私とあいつ
しおりを挟むグレードアップフグもどきが見えなくなって少し、私はそのまま川を見つめていた。
緩く光る、橙の川。揺蕩う水面に視線を彷徨わせる。でも、しばらくしても何も、見えない。
「ヨル、どうしたの?」
みんなのところを回っているイスファがやってきて、一緒に川を覗き込む。
一瞬、迷ったけどあいつがグレードアップした事は言わない事にした。何となく。帰ってくるか、分かんないしね。
「ううん、釣れないなぁと思って。」
「さっきのアレは?」
「…放したよ。」
「そっか。いつもはこのくらいの時間に見れるんだけどなぁ。釣れなくても、見たいよね?」
「勿論!もうちょっと、居ても大丈夫でしょう?」
「うん。…あまり遅くはなれないけど。」
そう言ってイスファは空を見る。ずっと住んでいると、この淀んだ空でもなんとなく時間が分かるんだろうか。…………?さっきより、少し暗いな?
空が、一段階暗くなった気がする。これ、どこまで暗くなるんだろう。
その時だった。
「見て!」
「どうした?…………うわっ………。」
リュディアの叫び声にすぐシェランが駆け寄ったのが視界に入る。私もリュディアの所に向かったが、側にいるレナが「すご!」と手摺りから身を乗り出しているのを見て、すぐそこから一緒に川を覗き込む。
「うわぁぁ…………!」
キラキラの、魚!魚、魚!
幻の魚、それも大群の。
リュディアが大声を上げた原因が、続々と橋の下を流れるように通る。
私達のいる橋の下、全体に広がる程のキラキラした幻の魚が、ある一群は通り抜け、ある一群はその場で渦を巻くようにくるくると回っている。
想像以上のキラキラに、まるで川が発光しているように見える、その光景。魚達が体を翻らせる度にキラキラが反射して川面はまるで弾ける光の道のようになっている。
誰もが、それに見惚れ、竿を放り出していた。
「え、これっていつもこんな?こんなにいっぱい来るの??」
私の、誰にともなくした質問にイスファが答える。
「いや、ここまでの大群は僕も見た事はない。どうして…………?」
そう、言いながらも私をじっと見つめるイスファ。
え。何か、感付いてる?
ドキリとした私は、一歩、無意識に後ろに下がった。
「あ、わわゎゎ!」
あっぶな!
何かにつまづいて、転びそうになったけど既の所で踏み止まる。んん?何?
「あ…。」それは、シェランがちゃっかり使っていた元は私の釣竿だった。
そうだ!釣らなきゃ!
きっと、フグもどきが呼んでくれた大群に違いない!幻の魚達を釣るには今がチャンスだ。
そう気づくと、すぐにその竿を持ち、玉に自分の力を込める。幻の魚は絶対釣りたいから、さっきより気持ち、多めにだ。
「よし、行けっ!」
思いっきり振りかぶって玉を投げると、みんなも私を見てすぐに釣竿を構え始めた。
どんどんみんなが玉を投げ入れ、川のキラキラも最高潮に達しようかという、その瞬間。
「来たっ!」
リュディアとシェランの所から声が聞こえ、全員がそこに注目した。
リュディアが竿を必死で掴み、シェランがそれをサポートする。いつも一緒にまじない道具をやっているせいか、連携がスムーズだ。
凄い、引っ張られてる!
幻の魚はかなり力が強いらしく、シェランのサポートがあってギリギリという感じ。それでもジリジリと竿の弛みが無くなっていく。
「頑張って!!」
みんな、自分の竿を放ってリュディアの所に向かう。
その時私は自分の竿が微かに引いた気がして、グッと手に力を入れた。
ん?
振り返る目の端に黒いものが映り、それが私の後ろにいるレナに向かっていると、本能的に分かる。
「レナ!」
私が叫んだのと、あいつが飛び出したのと、朝が飛び込んで来たのと、気焔が「依る!」と言ったのが同時だったと、思う。
その瞬間、訳が分からないまま、私達は下に、落ちた。
「おい。…………おい!お前!起きろ!!」
え…………。誰?そんな雑な起こし方をするのは。
気焔じゃない…レシフェでもない…??エイヴォンさん?
舐められないから、朝じゃないしな…いや、男だよ。間違えたら怒られるよ…。
あまり聞き覚えのない声に、逆に思考がハッキリしてきた。頭の中でぐるぐる考えてみても、答えは出そうに無い。
私は、少しずつ、目を開けた。
「んん?」
暗い。
いや、暗いというか何も見えない。
目を開けても、辺りは闇に包まれていた。
そう、本当に真っ暗闇なのだ。
お陰で声を掛けてきた男が何処にいるのか、結局誰なのかも分からない。
え…得体の知れない男と暗闇で二人きり。ん?二人だけなのかな?他にもいるかも知れない?
私がぐるぐる考えている間、男は何も喋らない。
そう気が付くと、なんだかどんどん怖くなってきた。
男は一人なのだろうか?そもそも、誰なんだろう?
少し、待ってみる。でも、やはり何も、誰も喋らない。
うーん。でも、さっき「お前」って言ったよね?
もしかして………?
暗闇の中、頭を働かせる。
普通に考えて、この男が幽霊や、まじないじゃ無いとすれば。
穴に落ちる前に居たメンバーを思い出す。その中で、私の事を「お前」なんていう奴は、一人しか思い当たらない。まさか?
「あいつ…?ベオ…………。」
ベオ何だっけ?
「ベオグラードだっ!!」
ああ、やっぱり。
なんだか怒っているけど、名前を覚えていなかったからかな?
でも、その声からは先程の焦りのようなものは無くなっていて少しの安堵が感じられる。一応、心配してくれたのかな?ん?でも真っ暗なのになんで私だって分かるの???いや、分かってる訳じゃないのかな?
新たなる疑問がムクムクと湧き上がった。「あんた、まさか…………?」という私の声に、焦った言い訳が耳に入ってくる。
「いや、仕方が無かった。何も見えなくて辺りを手探りで少しずつ進んだんだ。そしたら暖かくて柔らかいものが…いや、あまり触ってはいないんだが、髪が、柔らかくて真っ直ぐだったから…。」
いや、あなたそこそこ触ってますよね?
きっと、ベオグラードも何も見えずに不安だったのだろう。でもよく暗闇で触れた温かいものをきちんと確かめたものだ、と何故か感心してしまった。
だって、私だったらそんな生暖かいモノに触れたら、すぐに逃げ出してしまうだろう。
とりあえずここで喧嘩していても仕方がない。私よりも情報を持っていそうな彼に、聞くしか今のところ手は無いのだ。
「ここ、何処?あなた以外に誰も居ないの?私の事、誰だか分かってる?」
まとめて質問する。
そもそも、別の女の子だと思っている可能性だってある。私を見つけた後は、周りの確認をしたのだろうか?
ベオグラードの返事を待つと、意外にも彼は普通に答えてくれた。いつもの尊大な感じで返される事を予測していた私は、些か拍子抜けした。
暗闇は人間を丸くするのだろうか?
「お前は…ヨルだよな?髪で分かった。あと、何となく。お前を見つけてからもう少し辺りを探ったが、多分誰も居ないと思う。逸れるといけないと思って、あまり遠くまでは確認してないが。とりあえず近くには何も無い。多分、広い何処かの空間だと思う。力を広げてみても、何も分からないんだ。」
そう、しっかりと答えた彼からは私と協力したいという思いが感じられる。そりゃそうだよね………こんな所。
本当に、何も見えない闇。普通、暗闇でも目が慣れればある程度見えるかと思うが、さっきから全く視界が変わらない。ベオグラードも見えるようにならないし、自分の手すら見えない。
人間って、真っ暗闇で何も無い所で正気を保てるのは何時間…とかって前に漫画であったよね…………?
ブルブルと頭を振って、切り替える。
そして「こいつ、結構やるな?」とベオグラードがいるであろう方向を見て、思った。
真っ暗闇で私を見つけて、更に周りも少し探って私を起こして協力しようとしているのだ。
パニックになっていてもおかしく無い、この闇。
その中で冷静に行動している彼の評価は、私の中でちょっと上がる。それにさ、もしかして…
「あなた、レナを庇わなかった?」
段々思い出してきたけど、あの瞬間彼はレナに向かって飛び込んでいた。多分、黒い物から守る為に。それでこんな事になっているのだろうか?
「落ちた」、と感じたけどここは地下なのだろうか?
「ああ。惚れた女を庇わぬ馬鹿が何処にいる。」
「…。」
惚れた女。
その言葉を聞いて、私はレナに見せてもらった手紙の事を思い出した。あの、ラブレターに似つかわしく無い便箋の。でも多分、あれは彼の本心なんだ、と今の言葉を聞いて分かる。ただ、言葉のセンスが無いだけで。
「青の女神」についてはちょっと引っかかるけど、レナの事が好きなのは間違いない。そして、彼女を庇ってここにいるのだ。
ん?そうすると、ホントだったらここにいるのはレナって事?
また新たな嫌な考えにぶち当たる。私がここにいるのは、色々な心当たりがあって、まぁよく分からないけどもしかしたら、どれかが当たっているのかもしれない。でも、黒い物はレナに向かっていた。私がレナを庇う事を予測していたのか、元々レナを狙っていたのか。
…………でもここで考えて分かる事じゃない。
私はそう考え到ると、ベオグラードらしき方向へ声を掛ける。
「ねえ、あの時レナに向かっていたのは何だったか、あなた見えた?」
すると予想していなかった明確な答えが返ってきた。
「ああ、あれはビリニスの烏だ。」
その時、パッと浮かんだのは私も以前、露天風呂で見た烏らしき鳥。
多分、あれだ。
…………何だか嫌な予感。
私も散々な状況だが、レナの事も心配だ。そして、さっきからうずうずしている、私の肩のアザ。もう、赤面はしないけど多分これはシンが私を案じているのではないだろうか。それに、気焔も。突然、目の前で私が消えた筈だ。
暴走してないといいけど…………。
いろんな意味で、いろんな人が心配になってきた。しかし、自分は真っ暗闇の中。でも何故か、不思議と怖くないのだ。どうしてなんだろう?
そう、不思議だった。始めから、私はこの闇が怖くなかったのだ。寧ろ、何故か懐かしいような気さえした。そこにいる男が誰なのか、怖くはなったがこの暗闇が怖かった訳ではない。
しかし闇が懐かしい理由なんて、思い付かない。レシフェ…?でも別に彼は懐かしくはないしな…?
とりあえず、今私が取れる行動はそう多くない。
まず始めに、髪留めに触れ、る…………?
ん?な、無い…………?!?
「か、髪留め!髪留めがない!!」
「ん?ああ、お前いつも三つ編みしてるよな?でも違うから最初は違う奴かと思った。」
ええ~???
落とした?!ウソ!ヤバい!どうしよう?
失くしちゃった…?あれ…シンの…シンがくれたやつなのに。
しばし呆然としながら、とりあえず何処で落としたのか頭の中を探る。
この感じだと、ベオグラードは知らなそうだな?橋の上?その可能性はある。でも、確かめる術は無いけど。
とりあえず、無いものは仕方がない。仕方がなくは無いんだけど今ここに無いものを嘆いている場合ではないのだ。幸い、闇の中。髪色も、瞳も関係ない。
じゃあ…………。
私は次に、石たちに呼びかけた。
「ねぇ。誰か、状況分かる?」
「うーん、びっくりしたわね?」
「でも大丈夫。安心して?」
「僕たちの言う通りに行けば、見える所に出られる。」
「その後は少々工夫が必要ですがな。」
良かった…。
みんなは結構、余裕みたいだ。普通に答える石たちに、安心できる。
とりあえずベオグラードの前だけど、正直緊急事態だ。この子たちを頼るしかない。だって、一刻も早く帰らないとなんだかとてつも無く、嫌な予感がするのだ。
「お前…………。」
案の定、彼は何か言いたそうだったけど珍しく空気を読んだようだ。多分、独り言に聞こえている筈だけど、何かおかしい事には気が付いただろう。まぁ、それはいい。とにかく私達はここから出る必要がある。
「とりあえず、協力しましょう。ついて来て。」
そう言って、私ははたと気が付く。
え。どうしよう。見えないのに。手を繋ぐ?ナイナイ。うーん。しょうがない、これでいいか。
ちょっと考えて、仕方がないけど彼に自分のスカートの端を掴ませる。袖だと、短いし腕輪が光ったりしないか、側に寄らせるのは不安だ。出来るだけ距離が取れて、掴みやすいのがスカートだったのだ。一応下にも履いてるしね?大丈夫よ?真っ暗闇だし。見えない、見えない。
そんな言い訳を誰にともなくしつつ、私は石たちの導きによって歩き始めた。
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