透明の「扉」を開けて

美黎

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6の扉 シャット

幻の魚

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まず、私は外堀を埋める事にした。

気焔に「駄目だ」と言われない状況を作る必要が、ある。そう、行かなきゃいけない状況を作ればいいのだ。うん。
まず、みんな誘おう。その方が楽しいし?夜の遠足?それもいい!お弁当とか持って行けないかな?いつ?今日??

シュツットガルトの所から帰ってきて、ずっと「幻の魚を観に行こう計画」を考えていた私。
まだ、橙の時間終わり頃だったので部屋に帰らずそのままエレベーターさんの前で考え事をしていた。大きなその扉を見つめながら、考えをぐるぐる巡らせていたが「夜の遠足」という素敵なキーワードが私のやる気に更に拍車をかけてしまった。

思い付いたら、即実行。早速食堂へ向かう。
夜に出かけるなら、授業の調整も要らないし、みんなで行ける筈。母さんに聞いておいた方がいいかな?
夜、出かけた事がないので許可が要るのかどうかも分からない。一応、聞いておこう。
そうしてまず、踵を返し食堂の前に寮母室へ向かった。



「こんにち、は?」

カウンターで、呼びかける。いつも誰も居ないので不思議でも無いけど、呼んだら来てくれるのかな?
首を傾げつつ、受付の部屋を覗き込む。
少し待つと、奥から物音がして母さんが向かっているのが分かる。ガチャリと扉が開いて、母さんが入ってきた。

「あら、ヨル。久しぶりね?どうしたの?」
「ちょっと聞きたいんですけど…。夜、出かけちゃいけないとかありますか?」
「そうね。子供達だけだと、駄目よ?保護者が要るわね。」
「保護者…………気焔は生徒だから駄目ですか?」
「気焔くんか…まぁいいでしょう。」
「よっしゃ!」
グッと拳を握る。

「え?」
「あ、何でもないです。ありがとうございます!」

よしよし、これで許可はオッケー。次はクマさんだ!ん?待てよ?でもお弁当の数が分かんないな?みんなに聞いてからだよね…………。



そうして私は寮の入り口で待ち伏せをする事に、した。
丁度夕方で、みんな帰ってくる筈だ。ウィールに行っていればだけど。でも休みでも食堂には来るもんね?
そう考えて、そのまま食堂と入り口、両方が見えるエレベーターさんの前で待つ事にした。



結構見た事ない人、いるな…………。

そんな事を考えながら、みんなを待ちつつ、人間ウォッチングをする。
基本的に寮ではみんなと時間がずれる事が多いので、こんなに人を見る事自体が、まず無い。
ていうか、やっぱり男の人が多いな。
最初の頃、確か考えていたのを思い出した。
家を継ぐ理由で来る人が多い為、どうしても男性に偏る。今年は女子が多い方だって、言ってたもんね…。
あの人も見た事ない上級生、明らかに大人な人もいる、あ、女の人も…いない訳じゃないんだよね…………。

あ。

この前私に声を掛けてきた、上級生を見付けてサッと受付に隠れる。いや、なんか気まずいじゃん…。しかも今は私一人。また誘われたら、うまく断る自信は無い。
そのままカウンターで目だけ出して、キョロキョロしていた。多分、物凄く怪しいけど。
でも大概の人は、気付かず通り過ぎていく。その中で私はよく見知ったグレーの髪色を見つける。

あっ!来た!
リュディアとエローラだ。きっと裁縫の授業帰りだろう。一応、体裁的に裁縫も取っているリュディア。私とはあまり時間が合わないんだけど、一緒に縫いたいな…。

「エローラ、リュディア!」

ちょっと顔だけ出して、小声で呼ぶ。
ん?聞こえたかな?

エローラだけがキョロキョロしている。私がカウンターで頭と手を出してヒラヒラさせているのをすぐに見付けて、リュディアを促しやって来た。

「何してるの?ヨル。」
「え?ヨル?どこ?」
「へへ…………。」

確かに、もう隠れる必要は無い。何となくコソコソしていた自分が恥ずかしくなって、笑って誤魔化しながらカウンターから出た。
ちょっと端に二人を手招きすると、早速勧誘だ。

「ねえ。夜の遠足に行かない??」
「遠足?」「ヨルの遠足?」
「いや、違う違う。フフッ。夜よ、朝、昼、夜の夜。」

そうだ。遠足って言っても通じないんだ。このウキウキしたニュアンスが伝わらないのは、とっても残念だけど。
そう思いつつも言い換えて誘う。

「あのね。夜、探検に行かない?幻の魚が見れるかもしれないんだって!!」

「幻の魚」の所で声が大きくなり、既にテンションMAXの私にエローラは半ば呆れているけれど、リュディアは結構真剣だ。

「幻の魚?」
「そうなの!もう、この言葉だけでヤバいよね!」
「いや、ヤバいのはヨルのテンションだよ。まぁいつもの事だけど。」

エローラのツッコミも何のその、私は二人に言質を取ろうとしっかり聞く。

「でね?行かない?いつがいいかな…今日?明日?それとも、今日??」
「そうだね………特に予定は無いから、いいよ。今日でも。」
「また暴走してるけど、大丈夫?」
「ん?エローラは予定ある?」
「…………無いけど。」

ヨシ。二人ゲット!イスファはいつでもいいって言ってたし、レナも「今日、明日は空いてる」って言ってた。てか、夜に予定あるのかな??
ま、それはいいとして…。
来た来た。

丁度よく、シェランとシャルムが連れ立って食堂に向かうのを見付けた。よっしゃ、次はあっちだ!

「じゃあ今日行くなら、また後で言うね!お弁当持っていくから、食べないでね!」

ちょっと訳が分からない、という顔の二人を置いて急いで食堂へ向かう。夕食を済まされてしまうと、お弁当計画が台無しだ!急げ!
私は即座に食堂へ駆け込むと、キョロキョロ二人を探す。
いた!

「ちょ、ちょっと待って!シェラン、シャルム!」
呼びながらこの二人、名前似てるな?と初めて思った。見た目が全然違うから全く思ってなかったけど、流石に続けて呼ぶと分かるな?

カウンターに向かっていた二人をギリギリで呼び止めて、廊下に向かいつつ手招きする。ちょっと大きな声を出したので、何だか他の人にも見られているからだ。
内容的にもあまり大っぴらに言うのもアレだしな………。
とりあえず二人を食堂の入り口へ連れて行って、ホッと一息つく。誰も、こっち見てないよね?
一応食堂の中を覗いたけど大丈夫そうだ。そうして早速、用件を切り出す。

「ねえ。二人とも。幻の魚、見たくない?」
「なんだい?それ?」
「…?イスファか?」
「え?シェランは知ってるの?」
「いや、チラッと、聞いた事があるってだけだ。何だかすごいんだろう?」
「そうなのよ!それで、みんなで見に行かない?夜しか見れないんだって!これからお弁当をクマさんに頼むからさ!」

この時の私は完全におばちゃんだったと思う。
良かった、エローラがいなくて。いたら、完全に突っ込まれていたと思うわ。

「「いいけど。」」
「!やった!」

ハモった二人も、何だか盛り上がってきている。うん、男子は好きだよねこういうの。
シェランがシャルムにざっくり説明をしていて、この二人は大丈夫、と勝手に判断した私は後はシェランに任せてクマさんにお弁当を頼みに行く事にした。

「シェラン、何時頃行くのがいいかイスファに聞いてくれる?」
「分かった。じゃあ夕飯は頼んでいいんだな?」
「任せといて!」

そう元気よく返事をした私は食堂に飛んでいってクマさんにお弁当をお願いする。普段のおかずを詰めてもらって、後はサンドイッチにしてもらった。急にお願いしたので、詰めるのを手伝っていたらそこそこ時間がかかってしまった。
いかんいかん、そろそろエローラ達を迎えに行かなきゃ。

「クマさん、ここに置いといて!後で取りに来るから!」

あー忙しい、忙しい!

そのまま入り口で、既に集合して幻の魚話をしているシェラン、シャルム、イスファにお弁当を持ってもらうよう、お願いした。
エレベーターさんで8階へ行く。エローラに言えばリュディアとレナは迎えに行ってもらえるよね?
私は最後の砦を崩さなくては、ならないのだ。


8階に着くと先にエローラの部屋の扉を叩く。

「はーい。」
「あ、ごめんエローラ。リュディアと………。」

ガチャリと開いた扉と同時に喋り出した私の目に飛び込んできたのは、既に準備万端のエローラ、リュディア、レナがお茶をしている姿だった。

「さすが、エローラ先生…。」
「何言ってるの。行くんでしょ?」

そう言ってクイっとエローラが指したのは、隣の、私の部屋。多分エローラは私がまだ気焔を説得していないのを分かっているのだろう。ヨル博士の称号をあげなきゃいけないかもしれない。
いや、そんな事言ってるヒマ無いんだった。

私が招集したみんなは、既に準備が出来ているのてそんなに待たせる訳にはいかない。

よし、この勢いで行っちゃおう!

「行ってくる。」

エローラと頷いて、手をパシッとした。

「下で、待ってるよ。」

そう言ったエローラと、後ろの二人に頷いて見せて私は隣の自分の部屋の扉の前に立つ。これから、決闘でもするかの様な、面持ちで。

よし。   ガチャ


「あれ?」

扉を開けると、そこに気焔は居なかった。





アハハ…………!
フフッ!

自分の気合いの入れようが可笑しくて、一頻り笑う。そりゃ、いない時だってあるよね!当然居るもんだと思ってた!

「気焔?」

静かに呼ぶ。

するとふわっと金色の炎を纏って、現れた。
うん、金だから大丈夫かな…………。
ほんの少し、逡巡したが多分勢いで行かないと反対されそうだと判断した私は、ずい、と気焔に寄って話し出した。
袖も、掴んでおく。

「ねえ、これからピクニックに行こう?ていうか、みんなもう待ってるんだけど。」
「…は?ピクニック?」

ううっ。負けないぞ?
ピクリと動いた金色の眉。私の部屋なので瞳も、金。でもまだ色的には大丈夫………。

「うん。イスファが、幻の魚を見に連れて行ってくれるって。お弁当持って、行くの!」
「…………。みんなとは?」
「いつものみんなだよ…。エローラ、リュディア、レナ、シェラン、シャルム、イスファ…………と気焔と私。」

そこまで言うと、袖を掴んだまま、上にある気焔の瞳をじっと見る。
レナ先生!ここですよね?使う所!

…………。


ヤバい。ちょっと笑いそう…………。


「…………。分かった。」

私が笑い出す前に気焔が折れた。でも、元々そこまで反対する気が無かったのだろう、この感じは。ベッドで丸くなっていた朝にも声を掛けて、みんなで行く事にした。多分、自分も行くからそこまで反対する気が無かったのかな?
まぁなんでもいい。とりあえず、みんなが待ってる!

「全員、下で待ってるのか?」
「そうなの。急がなきゃ!」
「…仕方が無い。」

私が朝を抱くと、ちょっとため息を吐いていた気焔がそのまま私達を背後からふわっと抱え、飛んだ。




「ん?」

どうやら母さんの受付カウンターの中に着いたようだ。やはり、誰もいない。
それが分かっていて飛んだであろう気焔は「行くぞ?」と言いながら私達を離すと、スタスタ外へ歩いて行った。

「待ってよ~。」

朝も気焔と歩いて行ってしまったので、取り残されないように私も急ぐ。



「あら。思ったより早かったわね。」

レナにそう言って迎えられ、寮の前に私達全員が、揃った。……………………?なんか多い?

「!?」

あいつだ。

え?なんで?呼んでないよ?…見つかった??

前に休憩室の時も、結局後で考えたら「仲間に入りたかったのかも?」とチラリと思っていた。
もしかして勝手に加わったのかな…?

私の目線に気がついたレナとエローラが側に来て、耳打ちする。
「私達が来た時にはもう、いたのよ。」「シェランがまぁいっかって言ってたから大丈夫だとは思うけど。」

うーん。まぁシェランがそう言うならいいか…。
多分、何か揉めるとしたらシェランか多分私だし……それ、女子としてどーなの。
うーん。でもとりあえずもう帰れとも言えないし、気焔もいるし、大丈夫でしょ!

自分の頭をそれで片付けると、「じゃ、出発しようか!」と声を掛ける。
だって、幻の魚探検を中止する訳にはいかないもんね!



そうして、問題児一人を抱えて私達は「幻の魚探検」に出発した。
あ、問題児は因みに私じゃなくてあいつだからね。そこ、間違えないように。うん。






私達が寮を出発したのは、多分赤の時間を過ぎた頃だと思う。

空は橙から赤、そして今は赤黒い様な色に変化していて、暗いと言うよりはトーンが落ちた、というような感じ。全体的に何となく、薄暗い。
そしてそれに伴い、イスファの言うように橙の川が明るく感じるようになってきた。
多分、川自体は何も変わっていないけれど、周りが暗くなってきたのでなんとなく、川の下からライトアップされているように感じる。
川の方が、ポワっと明るいのだ。

そんな幻想的な世界をイスファを先頭にどんどん橋を渡り、進んだ。
正直自分が何処にいるのか、イスファ以外は誰も分かっていないと思う。その位、複雑に歩いてきた。小さな頃から住んでいると、こんなにややこしくても覚えられるものなのかと感心してしまう。私なら、子供の頃から居ても、無理だな、きっと。


「見て。」

何処かのビルをまた登り、外階段へ出た瞬間。
イスファが指す方向を見ると、そこには更に幻想的な空間が広がっていた。


赤黒い背景にぼんやりと浮き上がる沢山の白い煙を出す煙突。
明るい黄色の光が、無数に点いている工場群。所々、赤い煙が出ていたり、奥の工場は最早黒い塊に見える。その中で光る沢山の灯りと白、橙、赤の煙。高い、低い煙突達。
夜の工場地帯は独特な雰囲気を放つ要塞のようだ。

「凄い…………。」「綺麗!」
「うわ。」「これは凄いな…………。」

みんな、階段に出ると口々に感想を述べている。
気焔と、あいつだけは黙って眺めていたけど。

「魚は日によって見れないかもしれないけど、ここはいつ来ても綺麗だから。」

そう言って、イスファは私達を見て笑った。
最近おかしいかも、とシュツットガルトと話をしていた私は、そのイスファの笑顔を見て安心した。ああ、いつものイスファだ、とその時は思ったのだ。



そうしてまたいくつかのビルを通り、橋を渡り、階段を上下して大きな橋の上に着いた。
多分、今迄渡った中で一番大きくて長い橋だと思う。

「ここがいいと思う。とりあえず、夕飯にしない?」

イスファの提案には一も二もなく全員賛成した。とにかく、お腹が空いていたのは皆同じだったようだ。

クマさんのお弁当はそれぞれいつものように違うメニューなので、間違わないように全員に配るととりあえず橋の上でピクニックになった。
ほぼ誰も通らなそうなその橋は、地面もつるりと綺麗でみんなそのまま座るのに抵抗が無い。
各々好きな所に座り、お弁当を広げる。

「いただきます!」
「わぁ、サンドイッチにしてくれたんだ。」

外で食べる高揚感と、美味しそうなクマさんのお弁当にみんなが声を上げていた。

ん?あいつの分、いつの間に用意したんだろう?

ベオグラードもイスファの隣でお弁当を食べているのを見て疑問に思ったけど、あまり興味も無いので私はすぐに周りの観察に移った。

「結構歩いたねぇ。」
「そうだね。どのくらいだろう?」
「それがね、直線距離だと結構近いんだよ。」
「えー!」

イスファに驚愕の事実を教えられ、私達はぶちぶち不満を漏らした。まさか、あの距離が近いなんて…………。詐欺だ…………!

「なんかワープできる道具とか、無いの?」
「ああ、あの移動できるやつでしょう?あれはまだ私達には無理ね。先生なら出来るのかな…………?」
「それにしても、夜がこんなに綺麗だとは知らなかったな。」

シェランのその言葉には、全員同意したと思う。
さっきの工場群も凄かったけど、こうして普通に橋の上に座っているだけでも十分、楽しめるのだ。

星はないシャットの空だけど、所々に光るビルの灯り。高いビルも、低いビルもあるので、ぱっと見星っぽくも見える。遠くのビルは黒い影になり、そこに小さく光る灯りもまた綺麗だ。
赤黒い空から目線を下げると、薄く発光しているようにも見える橙の川。空が暗いせいか、昼間は濁って見える橙も透き通った橙に見えちょっと入ったらあったかいんじゃないか、という錯覚にも捉われる。

「不思議だよね…………。」

ぼーっとしながらスプーンを持っていたら、大体みんな食べ終わりはじめたのに気がつく。ヤバい、置いてかれちゃう。
一人焦っていると、イスファが私を見て「大丈夫だよ。幻の魚が見れるのも、ここだ。」と言った。





「じゃあこれ…………。」

イスファがみんなに配り出したのは、木の棒。
小さな枝の様なその棒は、普通にその辺に落ちてそうな細いものだ。まぁシャットには木が生えてないから、何処から調達したのかは知らないけど。

そうして全員に木の枝を配ると、説明を始めた。どうやらこれで幻の魚を釣るようだ。

「根元のところを持って、想像するだけでいい。これ自体がまじない道具だから、思った形の釣竿になる筈だよ。女の子は難しければだれかに頼んでもいい。」

ん?そうなの?
でも確かにラピスにも海もなければ川もない。釣竿を見た事も無いだろう。
予想通り、私以外の女子は釣竿が分からなくてイスファとシェランに頼んでいる。シェランは道具の本に載っていたと言って、難なく作っていた。あいつも、どうやら出来たらしくて身体に似つかわぬ大きな釣竿にしている。
あれ、大丈夫なのかな?ていうか幻の魚の大きさって、どのくらいなんだろう?
私は引き込まれても困るので、扱い易い程々の大きさにした。
うん、これなら釣りやすそう。


「それ、どうなってるんだ?!」

私が竿の握り具合を確かめていると、シェランが私の釣竿に食い付いて取られてしまった。「貸して!」と言っていたけど、あの様子じゃ絶対自分で使ってみるに違いない。確かに、私の釣竿にはリールが付いている。他のみんなのは、普通の棒なのだ。
シェランが返してくれそうに無いので、彼が作った自分に合わせた長い棒を持って困っていると、気焔が交換してくれた。まぁ気焔のやつも棒だけど。
でも一応、私の背丈に合わせてくれたのか丁度いい長さではある。
イスファの説明に従って糸をつけると、みんなに丸い玉が配られた。

「これに力を込めて、糸の先に付けるんだ。あ、軽くでいいからね。」
「うーん………こんなものかな?」

リュディアとエローラはさすが器用で上手いこと糸先に玉を付けているが、レナが苦戦中だ。まじないって、器用さも関係あるのかな?と思いつつ手伝う。難なく玉がついて「なんで?」とレナが言っているけど、本当にどうしてなんだろう?レナは力は強いのにね?

私が自分の玉を付け終わると、気焔がちょっと心配そうに見ている。ん?大丈夫だよ?ちょっとにしたよ?
「大丈夫」のジェスチャーをして、イスファの説明の続きを聞く。いよいよ、投げるようだ。

わぁ。ドキドキする!どうしよう!釣れるかな?

「じゃあお互いにぶつからないように離れて?糸は絡まない筈だけど、竿は多分当たるからね。」

最初は見てるからと、みんなに投げるよう指示を出すイスファ。なんだか釣り教室みたいだな?
私は隣の気焔とエローラから距離を取りながら、思いっきり振りかぶって竿を振った。玉が思ったよりも重くて、下手に優しく投げると自分に当たりそうだったからだ。

「よ、い、しょっと!」

掛け声は微妙だけど、上手に前の川にポチャンと落ちる。よしよし、いい感じだぞ?
ん?でもな?
竿を持ちつつ周りを見渡すと、案の定レナだけ上手く投げれないでいた。するとあいつが目敏くそれを見つけてやって来る。
あー!レナが!あわわゎ………。ん?フツー?

私が一人ワタワタしていると、意外と普通にレナをフォローしてあいつは竿を振っていた。
好きな子には優しいって事??
とりあえず、少し様子を見ていたがおかしな事をしそうな様子はないので自分の釣竿に視線を戻した。




うーん。これって固定出来ないのかな?

ちょっと待つと、案の定すぐに待つのに飽きた私は効率の良いやり方を考え始める。

あの、堤防とかでよく見るやつ。あれってどうやって固定してるんだろう?
とりあえず橋の欄干に釣竿を立てかけて、置いてみる。「あ、駄目だ。」手を離すと、やっぱり落ちそうだ。
うーん。何か縛る物は無いか。辺りを見渡すが、思った通り川と橋のみ。このまま釣竿を持っていてもいいのだが、私はこれが固定出来れば川面を近くで見られるので幻の魚がキラキラ泳ぐ所が見られると思ったのだ。

とりあえず、固定出来るものが見つかりそうに無いのでそのまま待ってみる事にした。あまりに釣れなかったら、一度引き揚げてみんなを見学しに行こう。

だがその予想に反して、次の瞬間私の手元がピクピク動く。
「えっ!」
ん?気のせい?
と、思った瞬間。

「来た!?」 えいっ!

かなりの手応えに、思いっきり引き上げる。

すると思ったよりも軽い何かが私の頭上をひゅーんと飛んで、目の前をプランプラン、ぶら下がった。

ん?

「何これ?」

私の目の前にぶら下がっているのは、どう見ても幻の魚ではない。光ってないし。なんか、ブサイクだし?

「いや、フグでしょ、これ。」
「ああ、そいつか。」

様子を見に来たイスファがなんて事ないように言う。ん?よく釣れるのかな?

「魚って沢山いるの?」
「いや、幻の魚以外はそいつしかいないんだ。毒があるから食べないけど、どうする?」
「いや、放すよ…………。」

目の前をプランプランするそのフグみたいなやつは、私の事をジッと見ている。「え…これ掴むの…?」と私がビビっていると「んーんんー」とそいつが言った。

あ、そういうパターンね…。

「ねぇ。自分で取れない?」

どう見てもただ玉を咥えているだけのフグ。口を開ければ取れるんじゃないの?
私がそう考えているとフグもどきは目玉をキョロキョロさせて、パクッと口を開けた。

「あ。あっ!」 落ちる!

「おおっ、うわっ。」ついつい手を出しちゃったけど、ちょっとヌルッとしたからまた落としそうになる。それでも上手くキャッチした私は、そのフグもどきにコソコソと質問してみた。
そう、こっそりみんなを出し抜くのだ。フフ。

「ねえ。幻の魚、何処にいるの?知ってる?」
「知りたいの?」
「うん!」
「教えようか?」
「…うん?」
「じゃあ、少しチカラをちょうだい。そしたら、呼んでこられる。」

フグもどきは目玉をキョロキョロさせながら、私の返事を待っている。
あげても大丈夫だよね…………?

チラリと気焔を見たけど、丁度辺りを見回し警戒しているところのようで、私の視線には気が付いていない。
やってみるか。だって、幻の魚が見たい。ここまで来て見れないなんて…せめて、釣れなくてもこの明るい川に泳ぐキラキラが見たいのだ。

私はいつものように、フグもどきに手をかざす。

少しだけ、「ポワっと」するとなんとフグもどきはキラリと鱗が光りを帯びて、端から色が変わってゆき一段グレードアップしたように変化した。

あらら。結構変わっちゃった…………。

アワアワしている私そっちのけで、粋のいいピッチピチのフグもどきにグレードアップしたそいつは手のひらから跳ね、川に飛び込んだ。

「行ってくる!」

と言い残して。

だ、大丈夫だよね…………??


やらかしたかな…と川を見つめる私の視界には、その、私の事を見つめている視線は入っていなかった。

完全に、グレードアップフグもどきに気を取られていたのだ。












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