透明の「扉」を開けて

美黎

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6の扉 シャット

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「え…………。」

恋。恋とは。

如何なるものか。

うーん。好きな人の事だよね?シン?うーん。
うん、好きだよ?
…………気焔。は、駄目。姫様のだから。どうにもならない。

…………どうにかしたいのかな?
エローラとの話では、「好きにさせればいい」って言ってた。で?その後?
うわゎゎゎゎゎゎゎゎ…………。

チーン


「先生。私にはまだ難しそうです。」

しばらく百面相をしていたであろう、私を楽しそうに見つめていたフローレス。少し考えて、こう言った。

「でも、その様子だと全く心当たりがない訳でも無さそうね?良かった。」
「?良かったですか?」
「そうね。やっぱり、女の子は恋をしなきゃ。人生何倍も楽しくなるわ?やる気が起きるし、あ、逆に起きない時もあるけどね。何と言っても貴方の染めのような色とりどりの世界を楽しめる。作品の幅も広がるわよ?セフィラは沢山の世界を見たからこそ、恋をしたのかもね?」
「…先生も?」

何となく、さっきからの寂しそうな雰囲気が気になって、聞いた。多分、何かある。気になっている事?みたいな。

「そうね。………私は、案の定また勇気がなくて、何も言えないまま。彼は何処かに行ってしまったわ。好きだとも言ってないけどね?きちんと食べているといいけど…。まあ草と畑があれば大丈夫だとは思うんだけれど。」
「草と?畑?」

どんな人なんだろう?草と畑…………。え?耕す系?なんだか楽しくなってきたな、また。ん?草と畑??

「その人って、シャットの人ですか?」
「いいえ、昔はいた、という事ね。新しい先生が来て、どこへ行ったのか…結局追い出されたような形になってしまって。」

ピンときた。私、こういう勘はいいと思うんだけどな?もしかして、もしかしない?
あ。でも名前が分からない。長老だよね?多分。
シュツットガルトさんに聞けば分かるよね?うん、これは調査案件。

「多分ですけど、今ラピスに居ますよ。」
「え?本当?」
「私、名前が分からなくて…いつも長老って呼んでたから…。」
「…!確かに!長老っぽいものね。」

そう言って、楽しそうに嬉しそうに笑うフローレスを見て早くシュツットガルトに聞きに行きたくなった。いや、でもまだ後、後。

「でも先生、なんで恋なんですか?」

笑い終わったフローレスは私にお茶を勧めつつ、少し考えて言った。

「これは自論だけど。」

と前置きして。

「人は大義名分があると、それに従おうとするじゃない?そうしなければならない、そうするのが正しいって。その思い込みを打ち破るのが恋だと思うの。」
「…思い込み、ですか?」

大義名分って大事なものなんじゃないの??

「そう。だって、「やらなくちゃならない事」なんて誰にも、無いのよ。やりたく無いならやらなくていいの。結局、やるか、やらないか、決めるのは自分。例えばよ?貴方がお姫様だとしましょう。」

「お姫様」というワードに一瞬ドキリとする。
なんだか恋の話は心臓に悪いな…………。

「お姫様だから、勿論、結婚相手は決まってる。国のために結婚しなければならない。子も産まなければならない。…でも、その理由が国を繋ぐ為だけだったら、貴方じゃなくてもいいかもしれない。他にも姫や王子がいるかもしれないしね。血筋のためだけであれば、相手を選ぶことが出来るかもしれない。結婚したくなければ、しなくていい方法を探せるでしょう?まぁ極論逃げるとかね。誰に迷惑がかかるかもしれない、とか色々あると思うけどそれで無くなるような国ならそれは貴方のせいじゃ無い、それまでのやり方が悪かっただけよ。貴方が貴方の道を選べない理由には、ならない。」

ちょっと言葉を切って、笑う。

「だから結局、やりたければ姫様のまま結婚して国を盛り上げればいいし、やりたくなければ逃げてもいいのよ。本質はね。「結婚して国を継ぎ盛り立てなければいけない」なんて、お綺麗な建前よ。誰かの都合に合わせた、虫のいい話なの。」

「だから、貴方も好きな道を行っていいの。」

結局フローレスの言いたい事はこれなのだろう。
私の瞳をじっと見ながら、ゆっくりと話してくれる。もう、私の大切な人達が言ってくれたのと同じ事を。

「しなければいけない、とは決して思わなくていいわ。やりたい方へ、好きな所へ、行っていい。何人の想いも、貴方の重石になることは無いわ。」
「きっと、沢山の人の想いをもう、持ってると思う。でも、それを重石と思わず持っていなさい。それは貴方の荷物ではなく暖かく包む羽毛。時には雨が降って重く感じるかもしれない。でも必ず貴方を助けてくれる時が来るわ。……私の羽も、足しておくわね。」

そう言ってウインクすると、私の手を握って言った。

「それで?好きな人は誰なの?」
「え?そこに戻るんですか?」
「勿論よ!だから、大義名分を破るのが、恋なのよ。貴方がこの世界を救うためにあの子と同じように奔走してくれるのは嬉しい。でも、脱線してもいいのよ?それだけは言っておくわ。」

うーん。でも、私の脳裏にチラッと過った事がある。
さっきの、セフィラが通っていた白い部屋の話。
あそこが、私の思っている部屋と同じだったら。

あそこは神様の部屋の筈だ。そこになければならないんじゃないの?この服。そして姫様が。
違うかな?
もしかしたら、うちとリンクしてるんじゃない?
うーん。ありそう。ここも、だから異変が起きてきてるのかもしれない。
あり得ない話じゃないな…………。何にせよ、とりあえずこの服を早いとこ修復しなくてはならないのだけは、確か。そして姫様を戻して、ここも、うちも、良くなればみんなオッケーじゃない?
うん。

私が一人脳内会議を締めくくると、またホッとしたため息が聞こえた。


「でも、貴方がここに来てくれて本当に良かった。」
「…え?」
「セフィラをね?大丈夫だから、行ってらっしゃいって送り出したのよ。私達で何とかするから、って。あの子はもう、自由になっていいと思っていたからね。…………でも結局私が出来たのは、ここにいて、生徒達に教える事だけ。デヴァイからは出たけれどそれ以外は何も出来ていないわ。時々、あの子の事を思い出してずっと気がかりだった。」

私を見てまた茶の瞳を細める。それを見ると私の胸はキュッとなる。どうしてだろう。

「今、こうして修復という形だけれどあの子の役に今更だけど立てているのかなあって、思うのよ。貴方が来てくれたから。こうして私が話をしているのも、半分は懺悔みたいなものよ。」
「そんな事…………無いです。」

既に鼻水が出ている。まずい。

「そんな事、ある訳がないじゃ無いですか。誰も、誰も賛成しないだろう想いに。賛成してくれて。背中まで押してくれて。どれだけ嬉しかったか。どれだけ…………この世界を心配しながらもこっちに来たのか…。」

ああ、こっちじゃなくてあっちだ…………。

そんな事を考えながら泣き噦る私の背中を優しくトントンしてくれる手は暖かかった。きっと、セフィラの事もこうやって励ましてくれたに違いないのだ。それが、どれだけ彼女の救いになったのかは想像に難く無い。
セフィラだって、きっと心残りだったろう。
もしかして後悔も少しはしたかもしれない。
きっとあっちに行っても、ずっと気にしていた筈だ。
でも、今ここにこうして私がいる。

私がいる事の意味。

それが初めて分かったかもしれない。


セフィラが我慢してこの世界にいれば良かった訳はない。セフィラも幸せになって、それで私がいて、それで結果、この世界も救えれば、万々歳じゃない?
窓の景色を目に映す。セフィラも見たこの景色。きっと守りたかった、青。

「はぁ。」

何だかスッキリした。
鼻を思いっきりかんだ私は、そのままフローレスを真っ直ぐ、見る。そして「ありがとう。」と言った。

スルリと出たのだ。

フローレスはパチクリして、暫く瞬いて、私のことを見ていたけれど何やら納得したようで深く頷き、それが合図のようにまたレースを手に取った。
私も、次の箇所に手を付ける。「ここの縫い方は………」と二人とも自然と作業に戻った。
何だかそうするのが、いつもの事のように。




そういえば。

「ところで先生?蚕って…………。」
「あら。もう畑も行ったの?」

やっぱり知ってた。
楽しそうに答えるフローレスを見ながらそう思った私は、早速色々質問したのだった。




蚕について色々質問して気の済んだ私は、姫様の服に没頭しながら色々考えを巡らせていた。

ここはもう少し細い糸で繋げないと駄目だな…。
レースを付ける所も同じ縫い方でいいの?何か違う気がするな?
そして、糸の種類が…細い糸がない。これももう、無くなるし。こんな細い糸、あるかな?

ふと、顔を上げるとフローレスは壁の棚の所で何やら物色している。
私も立ち上がってそばへ行った。ああ、やっぱり可愛いものがいっぱい!

「やっぱり好きよね?」

私の目が多分、キラキラしていたんだろう。
顔を見ながらフローレスが微笑んでいる。「殆どセフィラの物だから。」と言いながら、糸を幾つか選んでいて、でも少し足りないようだ。

「ここの物は、だから好きに使っていいのよ?ただちょっと糸を作らないと全部修復出来ないわね。丁度いいわ。行きましょうか。」
「え?どこに?」

そうしてまたフローレスはチャーミングなウインクをして見せ、下を指差した。

あ。畑だ。

「やった!行きましょう、行きましょ!気になってたんです。あの後大丈夫かどうか。」
「そうね。蚕の様子も見た方がいいわね。…………あの子達も、だいぶ減っちゃったから。」

「でもね、私の力を注ぐかかなり迷ったのよ。」とフローレスは言う。やはり、違う力が混ざると別の物になると、マデイラと同じ事を言っていた。そしてこうも。

「やっぱり、私が代わりを務める事はもう、あの子がここに来ないと認める事だったから。中々出来なかったのね。可哀想な事しちゃったわ…。」
「大丈夫です。私が「ポワッと」しておきましたから!」
「え?」
「なんならまたポワッとしますし。みんな纏めて、癒しちゃお。」

ちょっと「?」になっているフローレスと一緒に張り切って寮に向かった。
ちなみに修復の部屋は鍵がかかるようで、
「貴方の好きに使っていいわ。合鍵は私しか持っていないから安心して?」とフローレスに鍵を貰った。
姫様の服と宝箱はそこに置いておく事に、した。
あまりあちこち畳んだり広げたりしない方がいいし、今日はまだ途中の針が刺しっぱなしの所もある。作業場があると、途中からいつでも出来るからありがたいよね…。家にも欲しいわ…。

そんな事を思いつつ歩くと、寮に着いた。


「久しぶりだな。」
「こんにちは。」

フローレスに挨拶しているが、私も何気にエルは久しぶりだ。私達を案内するように待っていたエルはそのままエレベーターさんの前に先導してくれる。

「決心がついたようで、良かったな。」
「ええ。あなたも始め、びっくりしなかった?」
「ああ。俺を見ても驚かない所もそっくりだ。」

初めてエルを見た時、朝がいるから驚かなかったんだけど。確かにエルは微妙な反応をしてた気がする。
まじないだから、ずっと居るんだよねきっと。
あれだけフローレスが似てるを連呼していたから、きっとエルもそう思ったのだろう。
じゃあリラもそうなのかな…?


ポン

「B7」

何も言わなくても、畑の階に着く。
何だか、エルとフローレスの間では「ここに来たら畑」は暗黙の了解のようだ。

そのまま扉をくぐると、畑に出た。

「セフィラは、ここを出る時「小人達にお願いしたから大丈夫」って言ってたんだけど…。」
「やっぱり先生には言ってたんですね。」
「ヨル、知ってるの?」

私は頷くと、遠くの木に隠れきれていない小人達を呼んだ。

「おーい!みんな、ちょっと来て!」
「呼び方が雑だな。」
「だって………いいじゃない。」

神経質なエルに突っ込まれつつも、小人達がやってくるのをみんなで眺める。

フローレスの事を少し警戒している小人は、黒から先頭にやって来たが私が黒に「セフィラのお友達よ。」と言うとみんな安心して近寄り始めた。

「可愛い…。」
「ですよね…。」

暫し小人達と戯れると、私は蚕の様子を聞いてみた。あれから元気になったろうか?

「黒、あれからどう?蚕は元気?」
「元気。増えた。」
「え?増えたの?そんなもの??まぁ元気なら良かった。」

フローレスが心配していたから、増えている報告は嬉しい。見ると、やっぱりニッコリして頷いていた。私達はそのまま奥に進み、蚕の小屋を覗いてみた。
うっ。やっぱりウゴウゴしてるっ。

「さあ。やりましょうか。」

そう言ってまたニッコリ笑うと、何処からか手袋を取り出し装着するフローレス。
一体、何が始まるの???

「あら、ヨルの分もあるわよ?」

私は渡された手袋を言われるまま同じく装着する。そしてフローレスは徐ろに小屋の小さな扉を開けた。

ああっ。ウゴウゴプラス、フワフワ?

奥の方はよく見えない。だが、そこには白くてウゴウゴしている蚕達と、繭玉が沢山、詰まっていた。

「アワワ…。」

虫が苦手な私に反して、何の躊躇も無く繭玉を集めるフローレス。サクサクと白い玉を回収していく。
ある程度の数を見ながら集め終わると、また扉を閉めて隣の小屋へ移る。そしてまたサクサク繭を集め始めた。

「先生、蚕は一緒に育てていたんですか?」

素朴な疑問が口をついて出る。あまりにもフローレスが手慣れているからだ。
二つ目の小屋の繭も集め終わると、フローレスは私のところに来てこう言った。

「蚕は、セフィラが持って来たのよ。これで、生地を作りたいって。」

成る程。合点がいった。
何でここに蚕がいるのかずっと不思議だったのだ。基本的に生物は同じ様でも名前が違うし。
セフィラが持ち込んだものなら納得がいく。

「じゃあちょっと厨房を借りましょうかね…。クマがいると怒るかしら…。」
「?どうするんですか?」
「煮るのよ。」

そう言って、フローレスはニコッじゃなくて、ニヤッと笑った。





厨房にクマさんは居なかった。
エルが入り口を案内してくれて、「ここから入るんだ!」と私が一人感動する。
カウンターの左の端に、見えない扉があったのだ。でも、触ると誰でも浮かび上がる扉らしくて便宜上見えない程度の理由らしい。よく分からないが、今度クマさんがいる時に忍び込んで驚かしてみようかな?なんて悪戯を考えていたら、見透かされたようでエルに止められる。

「お前、間違ってもクマの後ろを取るなよ?殺られるぞ?」

え?そんなに??
あんなに可愛いのに、そんな怒るの?!
ちょっと見てみたくなったが、怒られそうなので言うのは止めておく。そういえば…………。

「ねえ、エル。クマさんがごはんをすっぽかすと大変な事になるって母さんが言ってたんだけど。どうなるの?」
「ああ。別に内緒じゃないんだがな?反省部屋に入れられるだけだ。」
「ん?思ったより普通だな?」
「ああ。でもその反省部屋はこのキッチンの奥にある。壁の一面だけガラスになっていて、キッチンの中が全部見えるが、食事は二回、抜きだ。親切だろう?最低一日一食は出るぞ?」
「…………う、うん。」

何だか地味に効きそうな反省室だな…………。

ちなみにこの前私が夕飯をすっぽかした時は、気焔が何とかしておいてくれたらしい。何をどうやったのか、地味に気になったよ、うん。


そんな事を話している間に、フローレスは大鍋を火にかけていた。
鍋が煮立つと、繭玉を全部入れる。

「ヨル、ちょっと。」

私を手招きして呼ぶと、ジェスチャーで糸巻きの様に手を動かすように指示される。

「こう、くるくるって、糸を巻き取るように。来い来いって、力を軽く込めながらね?」

そう言って少し浮いてくる繭玉の様子を見ながら、私を正面に立たせた。

うん?くるくる?こうかな?
手をグーにして、腕をくるくるさせ、「いーとー巻き巻き♪」と歌いながら回していく。

すると、鍋の繭玉から糸が少しずつ浮き上がってきた。細~い、糸だ。でも、何本も、どんどん上がってくるので私の糸巻きの歌も速くなっていく。
「糸巻き巻き糸巻き巻きひーいて…………」

引いてる間がないよ??
いや、待てよ?これは私がゆっくり手を回せば解決する問題では?
早速試したら、拍子抜けするくらい丁度良い速さになった。あの苦労、無駄??

そうして両手いっぱいの糸を巻き終わると、大鍋には謎の物体が浮いている。なんだろう?これ。

「先生?」
「ああ、繭玉の中身よ。」
「え?…………もしかしなくても…?」
「そうよ?蚕が蛾になる前に繭になるからね。自然の摂理よ。」
「…………。」

そうか…………。でも、そういう事なんだよね。

ちょっと白くて可愛いかも?くらいの認識に私の中でグレードアップしていた蚕さん達は大鍋で煮られてしまった。でも、そうやって作っているんだ。
意識していなかった、しかし事実が目の前にドンときて驚いてしまったけどそれは仕方のない事。

きちんと美しい生地にしてあげるからね…!
そう誓って、「煮た後のを食べる所もあるらしいわよ?」というフローレスの提案には全力でごめんなさいをしておいた。まだ、そこまでの蚕愛は育っていない。


私達は厨房の片付けをすると、とりあえずウィールへ戻る事にした。何故って、私の手の糸を外す為に何かに巻く必要があるからだ。
折角の糸が絡んでしまったら、泣く。

「じゃあ、またね?」
「ああ。今度からはちょこちょこ顔出せよ?」

二人の挨拶を見ながら、仲良いな…と思っていたら気焔が帰ってきた。私を見つけて、近づいてくる。でも、手にあるものを見て怪訝な顔になった。それが面白くて、ちょっと笑っていた私を何だかいつもより緩~い目で見てるけど気のせいかな?

「なんだそれは?」
「何でしょうか!」

私の謎謎に付き合う気は無いらしく、フローレスに「どこまで?」と聞いて、そのまま裁縫室まで一緒に行く。
つれないなぁ。
チラリと隣の金の髪を見ながら、前を歩くフローレスに遅れない様ついていく。両手が塞がってると歩くの遅くなるよね…………。

そのままフローレスは裁縫室ではなく、修復の部屋に私達を入れると気焔に「これを、こう持って巻き取ってね。」と説明している。

?フローレスは帰っちゃうのかな?
私がそう思いながら見ていると、「じゃ、ちょっと長いけど頑張って!まじないを込めながら巻くと早いし、後で込めなくていいから一石二鳥よ?」と言って扉へ向かう。
私が目で追っていると、扉を閉める間際に「パチン」とウインクされてその瞬間理解した。

え?!なんで??分かったの???

さっきまでここでしていた雑談の中に、「意中の人に昔は糸の巻き取りを手伝ってもらったのよね。それで仲が深まるのよね。」と悪戯っぽく言っていたのだ。

チラリと気焔を見ると、早く糸の端を出せ、という様に私を手招きしている。
フローレスの意図には、気がついていない様だ。
良かったぁ。
二人でこの小さな部屋にいて、気付かれていたら居た堪れない。無理無理。でも手がこれだから逃げられないし。
とりあえず糸の先を探してもらって、引き取ってもらう。その間はちょっと距離があるので、ちょうどいいのだ。


糸巻きに慣れてくると、私は少し眠くなってきたしすごくリラックスしていた。
だって、なんだかあったかいし(多分気焔、)この一定のリズムで腕を何となく動かす動作。そしていつもの空間。
そう、この部屋の雰囲気全体がラピスの私の部屋に似ているのだ。窓のせいもあるだろう。
いつの間にか窓の景色は夕方になっていて、すっかりお昼を食べ損ねていた事に気がつく。
でも不思議とそんなにお腹は空いていなかった。
夕暮れが、青い屋根を照らし空のグラデーションは橙から紺へ刻々と変化している。

ああ。

もう、何も要らないかもしれない。

そう思って、気焔を見ると思ったよりも「素」の瞳で私を見ていた。
てっきり、同じ様にまったりしてるものだと思っていた私は反射でビクッとする。多分それがいけなかった。
気焔はほぼ巻き取り終わりそうな糸巻きをテーブルに置くと、私に近づいて来る。私はまだ少し糸が残っているので逃げられない。
そう、何故か「逃げられない」と感じた私は多分本能的に「今は駄目だ」という事を分かっていた。

私の正面に跪くと、あの金の瞳で見つめてくる気焔。
駄目だよ、嫌だ。何を言う気?

駄目。

「?依る…………?」

「「余程この娘に御執心と見えるな?」」



「そんな事は…………ない。」
「「ふん。まあいい。探し物を忘れるな?まず目的を果たさねば全てが水の泡となるぞ?」」
「分かって、いる。」
「「ふぅむ?楽しいのう?お主がな…………」」




「依る…………?」

何だか気焔が呼んでる気がする。
ふんだ。でも起きてあげない。どうせあの瞳、してるんでしょう?起きないもんね。

「…………仕方ないな。」

それにしても、いつの間に寝ちゃったんだろう?糸巻きしてたんだよね?でもかなりマッタリしてたからなぁ。ラピスの部屋みたいで、落ち着くし…………。ん?糸が外された。ちゃんと最後まで綺麗に巻いてね?でも気焔の力が入っちゃうのかな………まぁでも今更か…ある意味私達、一緒だしね‥。ん?一緒?よくわかんないな。まぁいいか。

少しして気焔に抱き上げられたのが分かる。糸巻きが終わったのね‥。
ゔっ  くるじぃぞ?

そのままフワッと運ばれると思っていた私はキツく、多分抱きしめられた事にビックリして「ゔ?」と声が出る。
手が、ピクッと動いて私が起きたのを察したのだろう、パッと腕が緩められる。少し自由になった私はそのまま気焔の顔を見た。何も分からず抱きしめられるなんて、何だか不安だ。

「どうしたの?」

不安に彩られた金の、瞳。

私よりも不安そうな気焔の瞳を見て、衝動的にギュッとした。
なんで?どうしたの?大丈夫?

不安が消えたらいい。そう思ってギュッとする。
でも、何の反応もない事に不安になって腕を解いた。抱き上げられた体勢のまま、また金の瞳を確認する。
さっきよりは、マシになっているにしてもまだ不安そうな、色。一体どうしたんだろう。
両手で頬を挟む。いつも、気焔が私にするように。ゴツンとおでこをぶつけて言った。

「こんなんじゃ、ダメ?…こうされるの、嫌?」

私は気焔に包まれると癒されるけど、もしかしたら気焔は違うのかもしれない。ふと、そこに思い当たって確認する。うん、って言われたら凹むけど。

「嫌では、ない。」

嫌ではないって、なに。いいの?ダメなの?
まあ、いいか…………。
またギュッとしてそのまま「帰ろう?」と言うと、何も言わずにそのまま炎に包まれた。

色は、薄い黄色だったからまぁ良しとしよう。

そのまま部屋で、夕食後も金の髪をナデナデしていたら寝る時の炎は金になっていたから、きっと大丈夫だろう。

そういう事にしておく。うん。





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