上 下
79 / 1,477
6の扉 シャット

気焔の薬学と其々の思惑

しおりを挟む

「あそこが一番クサイからな。」
「ああ。デヴァイから言われて来ているにしても、追い出す手際もいい。気を付けろよ?」
「分かってる。」
「何処かに畑はある筈だが、俺は関与した事がないからな。分からん。」
「わたしが居た頃はクマが管理してた筈だ。何か知ってるかもしれん。訊いてみろ。」
「では行ってくる。」




シャットでは考えていたより依るの側にいられないかもしれない。吾輩の予想と違う方向に物事は動いてきている。
それは多分、依るのせいだ。

姫様に似て非なるあの娘は、弱いかと思えば時に強く、しかしよく泣き、よく笑い、怒っている。
よくもまぁそんなに思う事があるものだと吾輩から見ると感心する事が多い。
そう、いつの間にか目が離せなくなったあの娘は、自分なりに考えてこの世界を何とかしようとしているのだ。
ただの、泣き虫な、普通の、娘。
その印象は最初から変わっていない。吾輩をあの箱から取り出した、あの時から。

しかし。
自分の中で何かが変化している事は感じていた。何かは、分からないのだが。変化はありえない事。今迄はそうだった。私達石は、何万年もかけて変化する物だから。
そう、きっとこの変化も些細な事。
そう思う事にしよう。そう、思わなければきっと…………。




シャットに来る前、ウイントフークとレシフェに聞いた情報から畑の在り処について色々調べたが未だに何処に畑があるのか判らない。
吾輩が調べて判らないという事は、強力なまじないで隠されている筈。近くまで行けば分かると思うのだが。
クマにも聞いたが、イマイチ要領を得なかった。料理以外の知恵がそこまで与えられていないのだろう。
やはり、直接薬学に潜り込むしか無い。レシフェが手配している筈だ。あの女、ヘンリエッタとかいう教師がおかしな匂いがして近寄りたく無いが仕方ない。行くか。




「君が気焔くんね。聞いてるよ。どうぞ。」

丁度、あの臭い女は居ないらしくエイヴォンと名乗る男が案内してくれた。レシフェの友人らしいので、こいつも中々おかしいに違い無い。ただ、何も言わずに協力してくれるのは有り難いが。
何しろ相当隠されているであろう、畑を案内してくれると言うのだ。レシフェに紹介されたと言うだけで吾輩を信用するこの男を訝しむべきか、レシフェの信用の高さを有り難がるべきか。

薬学の部屋に通され、割と片付いた部屋の一角の椅子を勧められる。あまり人が来る様子の無いその部屋には招かれた客が座るような椅子は無いようだ。研究机の椅子一つに吾輩が座ると、もう一つの机の椅子にエイヴォンが座った。
自分の机なのか、置かれた書類をガサガサと弄り始める。
その間、吾輩は座った椅子の前の机を眺める。
几帳面で細長い文字。神経質そうな匂いがして、この机があの臭い女のものだと分かる。サッと立ち上がると、エイヴォンの元へさり気なく近づくが彼は気が付かない。
こういう所は依るに似ている。目の前の事に夢中で吾輩の事など忘れているに違い無い。
そう思っていたが、顔を上げた瞬間彼はこう言った。

「カンナビーの事だな?あれは思ったより根深いみたいだ。」

吾輩の瞳をじっと見ながら言った。いざとなればアレを使おうかと思っていたが、話が解る男のようだ。吾輩の目を確認すると、頷いてそのまま話し出す。デヴァイの、話だ。

「あれは元々、ここの先生が本家の図書室で見つけた物らしい。研究書に、種が挟まっていた。」

正直この辺の面倒な話はレシフェ辺りに丸投げしたい。本来、吾輩の役目では無いのだ。このような些事は。

「元々先生は予言研究をしてたらしい。その中にハーブもあってそのまた種、ってなったもんだから絶対栽培しようと思ってここに来たみたいだな。長からの覚えも良かったらしく、すんなり話が通ったと自慢していた。あまり身分が高く無いのに覚えも良く話も通りやすい事から考えると、そのハーブはかなり重要性が高い事が分かる。長が研究させる程のな。」

エイヴォンはチラリと吾輩を見る。鼻で続きを話すように示すと、少しため息を吐いて先を話し出した。この先はもっとまずい話なのだろう。だが聞かぬわけにはいかぬ。
ここからが本題の筈だ。

「何となくしか聞いてないが、いいんだな?話しても?」
「ああ。吾輩は大丈夫だ。」

もう一度エイヴォンは確認すると、座り直して話し出す。深くて、黒い話を。

「俺はデヴァイの中では身分が高い。だが、先生よりは高いが、ベオグラードよりは少し低いくらいだ。しかし研究をする上で他の奴が知らなくて俺が、知っている事がある。…それは長が「不死」だという事だ。かなり、一部の人間しか知らない情報だ。だがこれを知らずして研究は出来ない。ここだと、先生と俺しか知らない事だ。」

「…………。それで?」
「何故、いつから、そうなのかは多分誰も知らない。いや、知っているかもしれないが知られては、いない。ベオグラードも身分は高いがそこまでは知らない筈だ。年嵩の研究者、自分に役立つものだけに教えられる事だ。俺も役立つ事を言い訳にここに来たしな。」
「…………。」
「カンナビーは「不老」の研究の為、栽培されている。一度消えたハーブだが、その本の種から増やした。何か秘密がある、と上手く先生が持ち掛けた。長は「不死」だと言われているが「不老」では無いらしいからな。先生の研究がどこまで進んでいるのか分からない。だが早々できるもんじゃ無い、「不老」の薬なんてな。」
「………成る程?」
「俺は研究を手伝いながら本家の面倒ごとから逃れる為にここにいる。レシフェから協力しろとは言われたが、面白い事以外には首は突っ込まないから安心しろ?面倒事は嫌いだ。手は、出さない。教えれる所は教えるがな。」

吾輩の瞳の変化に気が付いたのだろう。きちんと釘を刺してきた。優秀だな。

「分かった。感謝する。その、畑とやらを案内してくれれば後は面倒かけぬ。」
「そうか。面白い事があれば手伝うから言ってくれよ?…………君の瞳は金色だけど、長のそれとは違うのだろうな。変わった、存在だ。気が向いたら研究させてくれ。」
「…お主が生きてるうちに気が向けばな。」
「物騒な事言うなぁ…………。」

そういう意味では無いのだが。まぁいい。まずは畑だ。とりあえずのカンナビー栽培の目的は分かった。
依るから一応預かってきたバームをエイヴォンに見せると、物凄く喰いついたから暫く言う事を聞くだろう。長老はいいものをくれた。
依るを畑に行かせる気はない。使う事は無いだろう。





そしてまた別の日。
ヘンリエッタに一応顔を出しに行く。授業に出たり出なかったりで目を付けられないようにする為だ。

研究室の前の廊下。既に声は聞こえていた。普段から殆ど人気が無い為、聞かれる事を想定していないその会話は興味深いものだった。


「…………て言ってもわたくしは直々にお願いされていますからね?貴方とは違いますわよ?」
「そうですね…………。」
「もう少し、何か一つ足りない気がするんですけどね。あの爺さんが全て燃やして行かなければ…。ま、いいですけど。」
「…ふぅん?いい資料があったんですか?」
「まあ。そうね。気になるハーブが載っていた資料があったのだけれど。でもいいわ。わたくしだけでも見つけてみせますわ。そういえばビリニスの話は聞きまして?」
「いや?何ですか?」
「烏を飛ばしていた時、青い娘を見たとかで大騒ぎしていたらしいわ。まぁあの人は予言の事を知らない筈ですけどね?何故騒いでいるのか…。」
「…気のせいじゃ無いんですか?かなり遠い筈ですよね?」
「そうなのよ。でも、言い張ってて聞かないらしいわ。部屋にはもうかなり精巧なレプリカが幾つかあるらしいの。学生達が言っていたわ。穢らわしい。」
「先生は予言に興味がお有りで?」
「そりゃ勿論、わたくしは元々予言研究者ですもの。長に直々に頼まれましたから、カンナビー研究をしておりますのよ?勘違いされると困りますわ。でもわたくし、新説は信じておりませんから。」
「新説?予言のですか?」
「知らないの?まぁ貴方くらいなら知らなくても仕方が無いわね?…「あの女」の資料には残ってますのよ。新解釈の予言が。その後を誰も引き継いでいない、いや引き継がせない様にしたのです。余程痛手だったのでしょうね。」
「??」
「…………。「あの女」は特別だったのです。まあわたくしは信じていませんけどね?そんな出鱈目な説。でも一部の予言研究者の間では一応、優秀と言われていたらしいですわ?眉唾物でしょうけど。」
「何なのですか、その新説とは?」
「お調べなさいな。本家に戻れればですけど。まだ、残ってるかもしれません。お辛いようで、だいぶ処分されたと聞きましたけど。」
「もしかして…………逆の説?」
「ご自分でお調べなさい。わたくしが言えるのはそれだけですわ。」
「…そうですね。検討します。」



この日は入室しない方がいいと判断してそのまま戻った。中々有益な情報も聴けた事だしな。
警戒させるとまずい。もう少し、間を置いてから顔合わせをしよう。畑には行ける。正直あいつに会わなくても何の問題も無いからな。



畑と言えば、カンナビー畑は巧妙なまじないで隠されていた。これだけ見れば、あの女中々の技術者だがまぁ近くで見ればすぐに分かる。
難なく、中に入ることも出来た。

本当にカンナビーしかないその畑は、特段おかしい所もない、ハーブ畑。ただ、生身の人間が入るとどうなるかは分からないが。
エイヴォンは何も言っていなかったが、これだけの量、幻覚作用などは出ないのだろうか?これだけのまじないが敷けるなら、防ぐのも訳ないという事か。

ただ通常の畑の方が蚕の問題で小人が騒いでいた。依るが首を突っ込まないように注意が必要だ。
しかも夜雨が降るとまじないが解けてカンナビーが現れる。幻想的な空間。これを知ったら確実に、来ようとする筈。それは避けなければならない。どこからともなく、問題を嗅ぎつけて首を突っ込むからな、あいつは。
シャット自体、姫様はそう関わりが、ない。石が落ちただけだ。何処にあるのか。それも探さなくてはならないのに、些事に気を取られあちこち…………本当にあいつは手が掛かる…。
それもまた…………だがな。




そうしているうちに、恐れていた事が起こった。
ベオグラードが目を付けたのだ。依るに。

ある日の午後朝に呼ばれて休憩室へ依るを迎えに行った。すると入り口に奴が突っ立っていた。
邪魔だと思ったがそのまま避けて、部屋へ入る。
すると、だ。
髪留めを付けたままなのに、光っている依るがいた。ベオグラードも驚いていたに違いない。見惚れて、いた。本能的にまずいと思いすぐに連れ去ったが、あいつの脳裏には焼き付いている筈だ。
そのくらいの、姿だった。

誰だ、…………あんな事をしたのは。人目に晒さないよう、ずっと守ってきた。姫様を探す為の、大事な娘。そう、その筈だ?
「姫様を探す為の」大事な娘。
それ以上でも、以下でもない。それ以外では、いけない存在。

あれはあるじのもの。


そうだ。忘れてはならない。あれは吾輩のものには、ならない。





別の日の研究室に、ベオグラードが現れた。
奴は薬学を取っていない筈だ。嫌な予感がする。
吾輩はまた、部屋に入らず聞くことにした。廊下で怪しげだが、まぁ誰か来るとしてもエイヴォンであろう。
しかし話を聞いていたらエイヴォンが研究室にいてヘンリエッタが不在のようだ。ヘンリエッタに気を付けなければな。


「やあ。エイヴォン。先生は不在かな?」
「ああ。」
「…………。」
「…………。」

多分、何しに来たんだ、コイツと思っているのが外からでも分かる。ベオグラードが出てくるのに鉢合わせはしたくない。立ち去ろうかと踵を返すと、話し声が聞こえた。

「僕の婚約者を選ぶ中に、君の妹も入っているよね?勿論知ってるよね?」
「一応。あまり、興味が無いので。…………ああ、断って貰って全然かまわない。」
「…っ。だけど長が僕には期待してるって言っていたと父が話していたからな。とびきりの娘でないといけないだろう?」 
「…………。」
「この前見つけたんだ。とうとう。」
「おめでとうございます?ここで?」
「ああ。君は知らないかな?新入生の女だ。髪の長い…。」

みんな、髪は長い。誰だ?やはり…………?

「名前は?」
「レナだ。」

レナ?…………。
流石の吾輩も転びそうになったが、あいつ、あそこにいて依るじゃなくて、レナ?目が腐ってるのか??!

いや、いいんだ。その方が。いい。
冷静になれ。
…………。いや?それはそれで面倒だぞ?依るなら、いい。依るだけ守ればいいからな。だがレナが狙われていると知れば絶対首を突っ込むに決まっている。この上なく、面倒。
ああ…………。これはレシフェにも伝えておかねばなるまいな。ああ…………本当に面倒だ。絶対に厄介な匂いがする。プンプンする。ハァ。


とりあえずそれ以上聞く気が無くなって、再び踵を返す。少し、歩いた所でヘンリエッタに会ったから丁度よかった。立ち去って正解だ。
とりあえずレシフェの所に寄って、帰ろう。





その後、色々あってエイヴォンがデヴァイに行く事になる。予言の新説とやらは、依るも関わる事なので是非、よく調べて欲しいものだ。
丁重に見送りしておいた。

「あの畑、人間に実害は無いのか?加工しなければ影響は出ないものか?」
「そんな事は無い。俺は防御膜を張ってるからな。何もなければ辛いだろう。少しも居たくないね。バームを置いて行こうか?」
「いや。いざとなればシュツットガルトの薬箱を頼れと言われている。多分大丈夫だろう。」
「ホント、いつか連れてってくれよ?」
「ああ。また会えたらな。」
「ホントやな事言うな、気焔くんは。」
「予言の事、宜しく頼む。」
「分かってる。気を付けろよ?」
「お互いな。」





そのしばらく後に、依るから「露天風呂で黒い鳥が上空を飛んで行った」と報告を受けた。
しかしその後もヘンリエッタはベオグラードとレナについて画策しているし、彼女が「ビリニスも青い娘はレナだと言っていた」と話していたのを聞いた。
厄介な事になったのは事実だが、直接狙われているわけでは無い、という事実は少しの油断を招いたのだ。

そう、それこそがあの男の目的だった。それに気が付かなかった吾輩の目は盲目だったと言わざるを得まい。
本来の目的を果たせぬならば、持つべきでは無かったのだ。

想いなど。











しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

殿下、そんなつもりではなかったんです!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:12,261pt お気に入り:730

ふたつの婚約破棄 ~サレ同士がタッグを組んだら~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:747

瞬間、青く燃ゆ

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:2,584pt お気に入り:148

俺と先生の愛ある託卵生活

BL / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:303

婚約関係には疲れたので、しばらく義弟を溺愛したいと思います。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,684pt お気に入り:532

異世界に再び来たら、ヒロイン…かもしれない?

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,719pt お気に入り:8,546

処理中です...