透明の「扉」を開けて

美黎

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6の扉 シャット

秘密の畑

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「う、わ…………。」

なんだろう、これ…………。
扉をくぐるとそこは、思ったよりも広い、遠くに長い畑だった。


不思議な空気。

なんとも言えないお天気のその空間は、外と同じ時刻なのだろう、昼間のような明るさだが少し靄がかかっているように感じられる。太陽と思われる強めの光と共に、向こうの方にきっと月であろう、優しい光が見えるのがこの空間の不思議さを物語っている。
昼間に月が出ている時があるけど、丁度そんな感じだ。でもきっとずっとそこにあるのであろう月は、ぼんやりとそこで存在を主張している。
なんだろう、あの不思議な感じ…………。
そもそも、地下なのに空があるのだ。その時点でかなり不思議なのに少し靄がかった空間に同時に存在する太陽と月。植物が育つという事は夜にもなる筈だ。このまま太陽が暗くなって、月が光るのだろうか。夜も来てみたいって言ったら、気焔、連れてきてくれるかな…?
ハーブがあるから、薬学を取っていれば知っている可能性がある。エイヴォンさんに聞いてるかもしれないしね…。後で聞いてみようっと。


私が一人入り口で佇んでいる間に、シャルムはレナを案内して真ん中辺りまで進んでいた。
そこそこ広い、その空間は横に広い、というよりは向こうに長い。

手前が多分、これは綿花だ。モコモコした、可愛い白いのが沢山並んでいて多分シャルムはこれを使うから畑に来るのだろう。歩きながら順に見ていくと、やはり知っている野菜は少ない。
綿花の後ろは、緑のきっと葉物野菜だろうか、綺麗な葉が並んでいてシャットで緑が見れる事にちょっと感動して、つい口に出ていた。

「いいなぁ、やっぱり。」
「そうね。普段から見てると何でも当たり前になるものね。無い事を経験して、初めて分かるものよね。」

そう、隣を歩く朝が言う。
朝も楽しそうに近くの葉の匂いを嗅いでいる。いいなぁ、きっと瑞々しい香りがするんだろう。あちこち歩き回り始めた。
私もそれを見ながら、もっと奥へ進む。まだシャルムとレナはもう少し先だ。

途中で葉が小さく、茎が太くなってゆき根菜に変わっている事がわかる。

「これは葉っぱからすると大根だけど…勝手に抜いちゃダメだよね…。」

というか、ここの畑は誰が管理してるんだろう?クマさんかな?

根菜を過ぎると、小さな木が並んでいる場所がある。これは何の木だろう?並んでいると言っても、4本くらいの私と同じくらいの背丈の木。ワサワサ葉を茂らせひしめき合っている。畑の中で木はこれだけだ。必要だからあるんだろうけど、何の木なんだろう…?

「ヨル!ハーブはこっちよ。」

その時レナの声が聞こえて、私は何か木が話そうとしていた事に気が付かなかった。


「僕はハーブは詳しく無いから分からないけど、そこそこ種類はあると思うけどどう?」
「そうだね…………。」

ぐるりと畑を見渡す。
丁度、木があって畑との区切りがついているハーブ畑はさっき通ってきた畑の1/3程の大きさだ。
とは言っても畝は4つ程ありそれぞれ2種程度のハーブが植わっている。
うーん。あれが紫月花でしょ、で、柳草、よかった桃月草がある!…………何か足りないな…………。
いつも使うハーブが一種足りない。月花草だ。
うーん。苗を送ってもらえるかな?
あと他には‥ラペワンダーもあるし、セーさんもいる。あ、居るじゃないか。でも鉢があれば第二のセーさんとして部屋に…………?
そういえばここの畑の子達は大人しいな?まじない空間だから…?


「ちょっと!ヨル!説明してよ。」

あ、そうだった。
すっかり没頭していたが、みんなで畑に来たんだった。レナがちょっとプリプリしている。

「ごめんごめん。ちょっといつも使ってるハーブが一種類無くてさ。どうしようかなぁと思ってた。」
「もう!すぐそうなるんだから。」
「あれ?シャルムは?」

レナはシャルムと話してると思って、すっかり油断していたのだ。どこ行ったんだろう?
キョロキョロすると、私はちょっと目をパチクリする事に、なる。


え。
何、あれ。

向こうから歩いてきたシャルムの後ろに、どう見ても「小人」が付いてきてるのだ。
「小人」だ。
どう見ても、「小人」。

シャルムの膝より少し小さいくらいの小人。しかも色とりどり。カラフルな小人達がゾロゾロとついて来ている。カラフルなのは彼等の服が全員色違いの、せい。ちゃんと小人らしいとんがり帽子を被っている所がとても可愛い。だが。
私はちゃんと目を擦った。いや、居るな…………。
幻では無いらしい。

「朝?!」

キョロキョロして朝を探す。見えてるのが私だけなのか、レナにも見えるか聞いていいのか、朝なら分かる筈。ところが朝は、小人達の一番後ろに付いて歩いて来ている。
ちょ、朝!何やってんのよ!早く来て!!

私が一人でワタワタしていると、レナが言った。

「ウソ。ここって小人までいるの??」
「え?」

振り返った私が見たのは、驚いて茶の瞳がまた溢れそうになっているレナだった。
なんだ。見えてるんだ。

レナの驚きとは逆に、見えている事を言ってもいいと分かった私は嬉々としてシャルムの所へ向かう。とは言ってもシャルムももう、木のそばだけど。

「シャルム!そちらは?」

勢いよく訊いて、はたと気付く。
あれ?いいよね?見えてるよね?まさか…………。

「やっぱり?実は、この子達に連れて来るように頼まれていたんだ。」

良かった…………。見えてた。ん?んん?

「なに?連れて来る?」

「そうじゃ!」「呼んでいた。」
「青だ!」「よかったよかった。」「これで安心。」「何とかなる。」「「うんうん。」」

急にガヤガヤと喋り出した小人達は、1,2,3,4,…なんと、全部で9人もいた。小さいからそんなにいっぱいかと思わなかったけど、数えたら結構な数だな…………。

「え?ヨルなの?あっちの、レナじゃなくて?」

私の周りをくるくる周り出した小人達に、シャルムは驚いて言う。

「ん?こちらの青だ。あちらは違う。」
「違う。こっち。」
「こっちの青。」

ちょ、ちょ、そんなに青って言わないで!みんなにはグレーに見えてるから!!

笛があれば吹きたい気分の私は「はいはい!」と手を叩いて小人達の話を終わらせる。

「集合!」

しゃがんで手招きすると、みんなこっちに来た。
可愛い…………。

「なに?あなた達は何なの?」
「我々は畑を管理する為に器を貰った者。」

私達はコソコソと話を始める。後ろで朝が、シャルムに「シャルムは綿花を育ててるの?」と猫らしからぬ質問をして話を逸らしてくれているのを聞きながら。やっぱり朝は猫にしておくのは惜しい。

「同じ青が来たと思ったが、違うの。」
「「違うの。」」
「同じ青?」
「我々は青によってこの姿にして貰った。そしてこの畑の管理を任されている。あとはクマ。」
「んん?クマさんと、あなた達で畑の管理をしてくれてるのね?シャルム以外の学生さんはみんな知ってるの?あなた達の事?」
「知らん。」
「「内緒。」」
「あの子、いい波動。」
「そう。信用出来る。」

そうなんだ…………。確かに癒し系オーラ出してるもんね…。
チラリとシャルムを見ると、後ろにはもう居なくて朝とレナと一緒に畑の方に移動していた。やっぱりナイス、朝。

「で?違う青って?誰の事?」
「セフィラ。」
「「そう。青はセフィラしかいない。」」
「でも、君も、青。」
「同じ。」

同じ?しかも、セフィラって言ったよね??
ぐるぐると頭の中をセフィラが私の血縁者、という朝とセーさんの意見が廻る。そうなの?やっぱり?

「同じ色なの?セフィラと?」

私は確かめる為に、もう一度小人達に聞く。すると小人は9人全員がきちんと同時に頷いた。

「「「「「「「「「同じ。」」」」」」」」」

…………そこまで言われちゃあね…。
確実に血縁という事だろう。そこまできっぱり言われて、なんだか腹を括った私はずっと抱いていた疑問が解決した事で逆にスッキリしてもいた。


でも、その話はとりあえず置いておこう。
小人達は、「青を呼んでいた」とシャルムは言っていたのだ。何かあるのだろうか。

「私を呼んでいたの?何か、用事?」
「水。」「水ありがとう。」「たくさん。」
「水?」

何のことやらさっぱりだ。水がいっぱい…………?

水なんて、最近は泉と滝くらいしか見ていない…………橙の川の事を除けば。っていうか、もしかして、それ?

「泉の事?滝も関係あるのかな…………?っていうか、どこから水が来てるの?」

よく分からない。水路がある訳でもなし、水道なども見当たらない。これはシャルムに聞けば分かるかな?
小人達は何も答えなかったが、みんなが上を指さしている。上?
私は空であろう物を見上げた。少し、靄がかっているけれど、ちゃんと水色の、空だ。空に何か関係あるのだろうか。
空…水。…………え、まさか?

「雨!?」
「うん。」「降る。」「いっぱい。」
「いっぱいなった。」

小人達はキャッキャ言いながら、くるくる駆け回っている。とても、嬉しそうに走っていたがそのうちの一人が盛大に転んだ。見てるだけでも、分かる程の中々の勢いだったから、とても痛そうだ。

「大丈夫?」

私が助け起こした小人は多分、一番年長の小人。
年長と言っても、おじいさんだけど。
そう、小人達は9人いるけれどみんな多分年の頃が違って、多分一番小さい子は子供。保育園くらいかな?そこから順にちょっとずつ歳を取っている感じで、一番年長なのが転んだおじいさんだ。
おじいさん小人は「かたじけない。」とか言いつつも、中々の機敏な動きで起き上がりヨボヨボしている感じなどは全く無い。妖精みたいに、長生きなのかな??
色々訊きたい事はある。でもずっと小人達と話してるわけにもいかないので、大事な事だけ訊かなくては。

「君達はセフィラに作られたの?何の為に?私に何をして欲しいの?」

まとめて訊いたからか、小人達はボソボソ相談を始めた。なんかまずい事は訊いてないよね?
そして真ん中くらいの年の、ピンクの小人が答える。

「私達、元々ここにいた。でも、何もできなかった。」

黒いおじいさん小人も話し出す。

「ハーブがみんな死んだ。上手く育たない。クマだけじゃ無理。」
「それでセフィラくれた。カラダ。」
「育てる。ハーブ。野菜。花。でも足りない。」
「ん?足りない?何が?」
「チカラ。もうすぐ、死ぬ。」
「え?死ぬ?何が?あなた達?!」

私が慌て出したので小人達もアワアワし出した。
小さい小人は私の周りをくるくる回り出すし、真ん中くらいの小人は手をパタパタ忙しなく動かす。
でも黒が始めに落ち着いて、話し出した。

「あれ。あれが、いないと困る。」

黒のおじいさん小人が指したのは、ハーブ畑の更に奥にある、小さな小屋だった。



「ヨル。もしかして、小人の言ってる事分かるの?」
「うひょっ!」

急に背後から声を掛けられてちょっと飛び上がる。くるりと振り向くと、三人が私と小人達を見ていた。
朝に目をやると、「仕方ないでしょ。」という顔をしている。だよね…………流石にこれだけずっと話してれば、誤魔化しようが無いか。逆にそう言われた事で、二人が小人の話している事が分からないのだ、と気がつく。シャルムが案内してきたから、分かってるのかと思ってた。

ま、この2人なら多少バレても大丈夫でしょ。
私はそう判断して、話し出す。私の力が強い事はレシフェからも言われているから、そのせいで言葉が分かる、と言っておけば言葉に関しては大丈夫だろう。それに結局どうしてシャルムがレナを呼んだのか、それも訊かなくてはならない。
まぁ、青違いだったんだけど。
チラリとレナのフワフワした青い髪を見て、レナにも気を付けてもらわなければいけない事を感じた。もしかして、これから先私と間違えられる事が無いとも言い切れない。もし、そうなったら。
いかんいかん、とりあえずは小人ね。小人。

私は頭を振って、2人に話し出した。



「小人達が、何かやって欲しい事があるっていうの。私は多分、力のせいで小人の言ってる事が分かるみたい。シャルムは小人達の言葉が分からないのに、レナを呼んでると思ったの?」
「それが僕にもよく分からないんだよね…………。ある日、畑に来たら突然小人達がいたんだ。それまではいなかったのに。何をする訳でもなく、僕の事を遠巻きに見てた。それで何回目かの時に近づいて来たんだ。」

何か言いたそうに、ずっと周りをウロウロされたようだ。シャルム自身は、小人に自分から近づくと逃げられると思っていたらしい。
そしてまた更に何回目かに、青の小人が今までになく近づいて来て上を指さし、この場所を指さし、自分を指さし、なんだかんだで「なんとなく青い人を呼んでくればいい」という結論に達した。そこが、シャルムの凄い所だと思う。きっと小人達と波長が合うのだろう。
それでシャルムが思い付く「青い人」というのが青い髪を持つ、レナだった、という訳だ。

「成る程ね…………。」

私は一人、シャルムの凄さに頷いているとやっぱり、レナに突っ込まれた。

「で?あんたが青い人ってどういう事?」

ですよね…………そうなりますよね。
チラッと朝を見る。しかし、朝は「私は知らないわよ。」とそっぽを向いていて、言うか言わないかは私の判断に委ねられた。
ウソ~。いつも何かアドバイスくらいくれるじゃん~!
今回に限って見捨てられた私の頭の中は、どうすべきかの計算で目まぐるしく動いていた。

言う?でも危険がこの二人にまで及ぶ事は避けたい。知っているのは、危険だ。
ここで私が青だと知っているのは、先生以外だと気焔のみ。あとはまじない達は知っているくらい。
さて、どうするか。小人達からは私が青に見えるけど、どうしてかな?エヘ?とかじゃダメかな…………??

隠し事はしたくない。でも危険は…………。

「アオノヨル、と言うんだ。こいつの名は。」

その時、突然木の陰から現れたのは気焔だった。

私は勿論、他の誰も気付いていなかったので全員ビクッとした。大丈夫かな、こんな現れ方して…私は助かったけど。

そのまま自然と私の隣に立った気焔は、なんて事のない様にサラッと話題を流した。

「だからじゃないか?長いから、ヨル、と呼んでいる。それがそのまま定着したがな。」

気焔さん。でも自己紹介の時、「ヨルです。」ってキッパリ言いましたけど…。チラリと2人を見る。誤魔化されてくれるかな?

「ふぅん。…………まぁいいわ。で?何をして欲しいんだって?小人が。」

レナがチラリと小人達を見る。小人達があからさまにレナを怖がっているので、レナも面白くないのかチラリと見る目が冷たい。小人達が余計に私とシャルムの後ろに、別れて隠れようとしているのがなんだか面白い。

「大丈夫、ああ見えて優しいから。」
「ああ見えてって、どういうことよ?」

そんなやりとりをしている間、黄色の小人が気焔を連れて小屋の方へ歩いていた。
やっぱり、気が合うのかな?石と…なんだろう、まじない?でも元々いるって言ってたから、畑の精霊??
とりあえず、みんなで二人について行く。
奥の小屋は四つあって、並んで立っていた。小屋、と言っても物置小屋、とかそういう感じじゃなくて結構小さい。だから、私は始め小人達の家かと思った。そのくらい小さい小屋だ。
そしてその小屋は高床式みたいに地面から浮いて立っているのだ。なんで浮いてるんだろう?

小屋をぐるりと後ろまで見たかったので、私は大きく周って後ろ側に行こうとした。
ルンルン歩いていたので、普通に歩くよりは勢いが付いていたと思う。

「これは何の小屋なの?…アイタッ!!」

その瞬間、尻餅をつく。

「大丈夫?!どうしたの?」
「ヨル…大丈夫かい?」
「全く…。」

ん?

二人が心配してくれてるのに対して、気焔が「またコイツは…」みたいな感じなのは何故?
でも一番先に側に来て、起こしてくれるから文句は言わないけど。

私がほぼスキップみたいに小屋の周りを歩いた時、何かにぶつかって転んだのだ。そして、ぶつかって判ったのがこの畑の突き当たりが鏡だという事。
そう、奥に長い、と思っていたのは鏡だったのだ。何故、気が付かなかったのか。それは私達が映っていなかったからだ。

そもそも鏡なのに姿が映らない事があるのか。
多分、それはまじないだろう。だって、それ以外はそっくりなのだ。
四つあると思っていた小屋の奥二つは、勿論それ以上進めないから映っている物だ。
木も、ある。畑も。ハーブも。ただ、私達だけがいない。
そしてまじないだと思う理由がもう一つ。
多分、私がぶつかった時の反応からして、気焔はきっとこの鏡の存在を知っていたに違いない。だから、ぶつかった私を呆れていたのだろう。
いや、ぶつかるよね…………知らないんだもん。
別に間抜けだからじゃないもん。

小人達は勿論知っているのだろう、私の事を心配してくれてるけど特に驚く様子は無い。

気を取り直して立ち上がると、レナとシャルムに微笑んで見せて私は本題に戻った。先頭に立っていた黄色の小人に訊ねる。

「この小屋がどうしたの?」
「…………。」
「?」
「この中を見て。チカラ、欲しい。」

黄色の小人は答えずに、代わりにさっきのピンクが答える。そういえば年齢が低い方の小人はさっきから話している所を見ていない。もしかして、年長者しか会話はできないのかもしれない。

とりあえず小屋には小さな扉もついていて、換気用の窓の様なものもある。どこから見ると見やすいかな?気焔はこれも知っているの?
チラリと目をやる。
多分、私の意図が分かっている気焔は頷いただけだ。
このまま覗いてみろ、という事だと受け取った私は扉は開けずに換気用の隙間から中を覗く。
何が入っているか分からないのに、開けてみるのは、怖い。

?何だろう…なんか…動いてるんですけど!
怖いっ!

バッと離れた私は自分で自分の両腕を摩る。
勿論小屋の中は暗い。少し屈んで覗いたその中には薄暗い中、何かが床にウゴウゴ蠢いて、いた。

いや、無理だよコレ。見れない見れない。
手をパタパタ振りながら気焔を呼ぶ。無理。ギブだよ。

「大丈夫だ。これは蚕だ。」

え?蚕?

気焔の金の瞳をパチクリと見つめる。まぁ、嘘なんかついてもしょうがないから本当なんだろうけど…………。

あ。

アレだ。

ポン、と頭の中に裁縫の授業で染めた、生地が浮かんだ。「これ」が「あれ」になったんだ。
その瞬間から、蚕達は怖いものでは無くなった。
でも、虫がそこそこ苦手な私にとってすぐにお友達になれるか、というのは別の話だけど。

「蚕に、チカラを注ぐの………?」

もう一度、ウゴウゴしている蚕を覗いた後黄色に訊く。黄色に訊いたけど、みんながウンウン頷いた。

そうなのか…大鍋とかと同じでいいのかな?

「こうやって、やればいい?」

とりあえず気焔に訊く。蚕だって知ってたなら、やり方も知ってるでしょ?
何故知ってるのかはここでは訊けないけど、気焔が頷いたので早速そのまま少し、力を込める。
死んじゃうって言ってたから、「元気になぁれ」でいいかな?

「よし、元気になって、沢山糸ができて、良い生地作るよ?ポワっと元気になぁれ。」

ポワっと、というのは優しくという意味で言ったんだけどシャルムがウケている。だって、思いっきりやったら虫なんて小さいんだから逆に弱っちゃうかもしれないし。ポワっとで合ってるのよ、ポワっと。


…………特に、小屋には何も起こらない。
でも、小人達が喜び出した。また小屋の周りを嬉々として年少の子達が走っている。すると黒が、隣の小屋もやるように私に指してきた。
そのままついて行って、同じように「ポワっと」する。すると、こっちにも小人達がくるくる周り出して成功したのが分かった。

ん?これで終了?いいの?

なんだかよく分からないがとりあえず小人達は喜んでるし、いいみたいだな?
気焔を見ると「用は済んだ」みたいな顔をしているので多分大丈夫なのだろう。
ホッとしていると小人達がハーブ畑の手前にある木から、葉を取ってきて集め出した。そしてそれを小屋に入れるようだ。

「あ。あれ桑の木なんだ。」
「よく知ってるな。」
「おばあちゃんがね……蚕の餌は桑だって言ってたから。」


小人達は蚕が死にそうで私を呼んだ。その蚕はきっと、あの生地の糸を作った蚕だろう。という事は、フローレスは何か知っているかもしれない。
次の裁縫で訊いてみればいいだろう。
とりあえずの問題解決に安堵して、気になっていた事をシャルムに訊く事にした。

「ここのハーブを使うには、クマさんに訊けばいいのかな?」
「うーん。どうだろう。料理に使うものじゃなければ、シン先生かもしれない。それか、シュツットガルトさんか。僕のメンもクマさんは関与してないから。」

確かに料理以外の物も、ってなると手が回らないよね…。普段からどうやって一人で食堂を回しているのか、気になっていたくらいだ。その他は先生管轄なのが自然だろう。でもシンはハーブが無いって言ってたから、まだ知らないのかも。シュツットガルトさんかな?

使用許可についてぐるぐる考えていた私はもう一つ、ふと思い出した。そう、水。小人達が言ってた。

「シャルム、水やりってどうしてる?自分で出すの?」

ラピスの畑での事を思い出して、そう訊いてみる。畑をやるなら、シャルムもジャーっと出すのかな?それとも…?
そして返ってきたのは、思った通り素敵な答えだった。

「雨が降るんだ。僕は雨の時に立ち会った事は無いけど、偶然見た先輩の話だと凄く綺麗らしいよ。青のキラキラした雨粒が降ってくるらしい。一度見てみたいよね。」
「雨か…。確かに見たいわね。」

珍しくレナが賛同している。ラピスもあまり雨は降らないけど、グロッシュラーもそうなのかな?

でも、「青のキラキラ」と聞いて確実に泉からの雨だと思った。確かに、あの泉から落ちる雨なら綺麗だろう。是非見たい。
見たいなぁ…。チラッと気焔を見たけど、知らんぷりをしている。絶対、気付いてる筈。ま、いいけど?今度みんなで見るもんね!
いつ雨が降るのか小人達に訊けば分かるかもしれないし。

何やらハーブの使用許可についてレナとシャルムが話してるうちに、落ち着いてきた小人達にコソコソ話しかける。今のうちに聞いておこう。

「ねえ。雨が見たいんだけど、いつ頃降るのかな?」
「夜。」「寝た後。」
「夜かぁ。」

こりゃ一番無理そうな時間。でも、なんとかしてもらおっと。畑に有用な水の確保に貢献した、とか何とか言って、シュツットガルトに許可を取れば行けるのではないか。しかも、絶対シュツットガルトさんも見たがると思うからむしろ誘えばいいんじゃない?ナイスアイディアだわ。

「みんなの事、他の先生で知ってる人いる?」

小人達については、どの程度知られているんだろう。生徒は知らないにしても先生達にも秘密とかじゃ、ないよね?

「?」「フローレス」「??」

質問の意図が分かっていない小人が大半の中、黒が挙げた名前はフローレスだった。
その瞬間、色んなパズルがパチンとはまった気がする。

フローレスは、セフィラを知っている。

それはもう、確信だった。そう考えれば全て辻褄が合うのだ。ハサミの時の色の変化も、生地選びの時も。染めの時も。全て。
彼女に聞きたい事は山ほど有るが、とりあえず二人きりじゃないと訊けない事ばかりだ。今度、修復をやる時は二人の筈。その時に質問しようと決めて、顔を上げた。

「あれっ?」

そんなに長い事小人達と話していた訳では無いけど、そこには既にレナとシャルムはいない。
気焔だけが、いつもの優しい瞳で私を見ていた。
朝も、いない。あれれ?

「みんなは?」
「もう用は済んだ。」

まぁ確かに。でもさ、色々畑の感想とかあるじゃん。色々語り合うから楽しいんじゃん。
少し寂しさも感じつつ、実はヒヤヒヤする畑見学だったのでホッとしてもいた。
普段は気焔といる事が多い私は、とっさに隠す事に慣れていない。それは、今日また改めて感じた事だ。気焔が来なかったら、レナにはバレてたかもしれない。レナは鋭いからな…………。

気焔の側に行って「ありがとう。」と言う。
ちょっと金の瞳を大きくして、「なんの。」と言った。


ここにはセフィラの痕跡が沢山ある。姫様にも何か関係があるのだろうか。だから、気焔は色々知ってたのかな?二人になると自然とホッとして、なんだか我儘な自分がむくむくと頭をもたげてきた。

色々聞いてみたい。でも、聞きたくない。

あの事なら大丈夫かな?私は一つだけ、気焔に質問した。この質問なら、答えに姫様は出てこないだろうと思えたから。

「ねぇ。あの鏡?みたいなものって、知ってたの?あれ、なに?」
「…………。まじないだ。」

それしか答えてくれない。
多分、この瞳は何かもっと知ってる筈。でも多分何か危険に関する事なんだろう。私に教える気がないんだ。
そう判断した私は、ぐるりと全体をもう一度見渡す。ハーブは確認したし、畑はクマさんだし。
蚕はとりあえず大丈夫そう、あとはフローレスだな…………。
自分の中で確認して、気持ちを切り替える。なんだか寂しくなってきたからだ。


「ねえ?今度夜にここに来て、青い雨を見ようってシュツットガルトさんに提案しようと思うんだけど?」

わざと明るく振る舞って、気焔に訊く。
シュツットガルトさんがいいって言えば、駄目とも言えない筈。うんうん。
しかし気焔から返ってきた答えは否だった。

「駄目だ。」

そう一言いうと、一瞬だけあの怖い瞳をチラつかせ私に有無を言わせず、そのままフワッと抱えて部屋へ飛んだ。


なんだか誤魔化された気もするし、青の雨も見たかった。でも、包んでくれた炎が淡い金色だったから、私はこの件は大人しくしようと思う。

多分ね。

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