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6の扉 シャット

畑へ行こう計画

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実はおまじないの授業でシンが言っていた。

「シャットには、月がない。」

と。これは生物にとって由々しき自体であるらしく、だからこそあまり住むのには推奨されないらしい。私は詳しく知らないけど、「女は特に辞めておけ。」と言っていた。女性の身体のリズムにかなり影響があるらしい。なんでそんな事まで知ってるんだろう、あの人。

やはりそのせいで、植物や動物もほぼ生息していないらしく、教室にあるハーブも教材の為に取り寄せたハーブが殆どらしかった。「授業に困る。」とシンもブチブチ言っていたくらいだ。

そんなシャットで唯一「畑がある」とシャルムは言った。一体何処に畑なんか存在するんだろう??

「今年の新入生で知ってるのは多分僕だけだと思う。」

座ってお茶を勧められると、それを一口飲んだシャルムはそう言った。

シャルムは新入生の中で唯一、生産系のコースを取っている。大体がまじないかまじない道具か、私達が裁縫を取っているくらい。
シャルムが何をしているのか、全く想像がつかない私は色々根掘り葉掘り、聞いてみた。だって、生地を作るなんて私もちょっとやってみたい。畑に行く、という事はもしかして繊維の所から?もしくは染料?気になる事が沢山ある。むしろ、そのコースも取りたいくらい。…時間があればだけど。

「シャルムの家はさ、生地屋さんなんだよね?」
「そうだよ。今年はもう秘密にしなくていいみたいだから話すけど、ヨルはラピスだったら知ってるだろう?中央屋敷に納める生地も作ってるし、一般的な洋服生地から織りの椅子に張る生地まで、結構色々作ってるんだ。」
「何それ。めっちゃ見たい。帰ったら見学に行きたい。」
「いいよ。」

そう言って面白そうに笑うシャルム。見学に行きたいなんて言う子は滅多にいないらしく、喜んでいる。私も勿論、嬉しい。絶対帰ったら、行くんだ!そんなに沢山の種類を作っているなら、きっと大きな工場に違いない。楽しいに決まってる!
ん?でもいつ帰れるんだろう…………。真面目に修復しないと。

「で?私はハーブの事はよく分からないけど畑があるの?ハーブもあるって事?」
「うん。ちょっと特殊な空間らしくて…。一応、連れて行ってもいいかどうか、聞いてからでもいいかな?学生で知ってる人も、先輩ではいるけど、多分みんなに教えていいかは分からないから。」
「分かったわ。よろしく。」

レナがシャルムにお願いしている時、私はずっと考えていた。
月がなくて、上手く育たないならきっとその空間には月があるのではないか。それか、月みたいなもの、があるのか。きっとまじないでできているに違いない。そして、そんなことが出来る人と言えば…………あの人か、あの人ね。
そうだったら、多分許可は出る筈だ。誰に許可を取るのかは知らないけど、とりあえずそれまでは待たないといけないって事だよね。

「じゃあ、また後日だね。」

レナの一声でその日は解散になった。
私も修復について考えないと。部屋に帰って、服を広げてみようっと。

お茶の道具を片付けて、さて部屋に戻ろうかと入り口へ向かう。すると、既に気焔が待ち構えていた。
ん?なんで待っててくれたんだろう?
その時私はレシフェにグロッシュラーの話を持ちかけた事を、すっかり忘れていたのだった。




「で?マッサージとはなんだ?」

部屋に着くと、早速気焔に問い詰められた。


…………。まだ言わなくてもいいじゃん…………。
決定してないんだしさ…せめて上手い方法を考え付いてからとかさ…。

私は気焔にチクったレシフェをちょっと恨んでいた。
だって、あの目。
あの、怖い方の金の瞳で真正面から見られてみなさいよ?今度けしかけてやろうかしら?
そう、気焔は凄く怒ってる、というわけじゃないけど多分結構怒っているっぽくて、あの瞳で私をしっかり見据えて離さない。目を逸らしたら、殺られる。蛇に睨まれた蛙状態、そんな感じだ。

うーん。
なんて言ったら怒られないかな?オイルマッサージって言ったら誤解するかな?いや、それで誤解するのは乱れた大人って事じゃない?…………や、そんな屁理屈通じなさそうだしな…。
でもさぁ、どうせグロッシュラーにも行くんでしょ?じゃあ別にいいじゃないの、ねぇ?

私は自分の頭の中と会話して、言い訳を並べていたけれどその間も気焔の瞳は変わらない。なんなら、私が喋りだす気配が無いので迫力が増してる気がするくらいだ。
うーん。ここは、腹を括るしかないか。

「あのね。レナがね。貴石じゃなくて、違う方法で人を癒せたらいいなって。私がこの前、お化粧してもらったでしょう?手がね、凄く気持ち良くて。顔を触ってもらって凄くリラックス出来たんだ。」

うっ。微妙?
気焔の顔色を見つつ、続ける。ここで、うんと言って貰わないと困るのだ。

「おまじないの授業でも、シンが向いてるって言ってたみたいだし本人もずっと考えてたみたい。それで私がおまじないの授業で作る、癒し石が使えないかなって。協力したい、の。…………ダメ?」

私は締めにレナが教えてくれた渾身の上目遣いを繰り出した。
ちょっと、いやかなり恥ずかしいけど、「恥を捨ててやりなさい」とレナ先生のお達しである。
グロッシュラーに行く事をきっと心配するであろう事をぶちぶちレナに愚痴っていた時、「じゃあこれを使いなさいよ。大体の男はこれでイケる筈!」と教えてくれたのだ。一応、レナからは及第点を貰ったのだが本人に通用しなければどうしようもない。
そもそもこの人にこの手が通用するのかな…?


「…………うむ。…まぁ…………仕方がない…。」

え?!通用した!???ウソ!

勿論、通用しなければ困るのは私だけど、何だか妙な気分だ。こんな手に引っかかると思ってなかったのに、拍子抜けしたというか、何というか…………。

「気焔。そういうの、よくないと思う。」

すると、勝手に口から出てくる。謎の文句が。

「駄目だよ、ちょっと甘えられたからってホイホイいいよ、って言っちゃ駄目なんだよ?分かってる??!」
「待て、何が言いたい?…………どうしたいのだ、お主は…………。」

困り果てる気焔を見て、ちょっと溜飲が下がった私はくるっと意見を翻した。ごめん、気焔。

「ううん、いいの。じゃあオッケーって事ね?やった!ありがとう!」

ぴょんぴょん跳ねる私を見ながらちょっとポカンとしている。ごめんね?意味不明で。
何となくの私の八つ当たりを食らった気焔は、腑に落ちない顔をしつつもとりあえずは了承してくれたようだ。どの道行くにしても、この件で了承を貰っておかないと後々面倒な事になりそうだし…。言質を取っておけば、問題あるまい。フフ。

悪い顔をしつつ、もう一つ気になっていた事を聞いた。

「ねぇ、結局グロッシュラーは何番の扉なの?」
「…………7の扉だ。」
「え。じゃあ丁度いいじゃん。」
「…まぁ。そうとも言う。しかしくれぐれも、危険だと思ったら辞めさせるからな?」
「はぁい。」

軽く返事をすると、ホッとしてベッドにゴロンと寝転がる。
なんだ。やっぱり次の扉じゃん。
もう一つ、行く為のちゃんとした理由が出来てちょっと安心する。止められても、行かなきゃいけないんだもんね?うん、仕方がないのよ。

そう考えると安心もしたけど、きちんと準備もしなくてはならないだろうとも、思った。
シェランの事を考えても、グロッシュラーはこれまでの扉とかなり趣が違った所ということだろう。戦闘訓練があるって事だよね?
情報収集はきちんとした方が良さそうだ。
レナと、シェランとあとは…レシフェかな?黒い部分は。
そんな事を考えつつ、私はまたいつの間にか転寝していたのだった。
いや、結局そのまま本気寝しました。ある意味、いつも通り。





そして、とうとうシャルムが許可を取れたと教えてくれて、畑に行ける日がやってきた。

「畑~♪畑♫」

朝からご機嫌な私。
洗面室で鼻歌を歌いながら支度をする。
それにしても、すっかり長くなった髪。でも何となく、切らない方がいい気がして切っていない。
スイスイ三つ編みをして、また髪留めをつける。髪留めをつける前の髪色は、そういえばこの髪留めの尻尾の部分に似ているな…。
パチンと留めて、洗面室を出た。するとベッドで気焔が何やら考え込んでいる。
どうしたのかな?起きた時は普通だったけど。

「どうしたの?気焔。今日は何の授業?」

私達は今日ハーブを見に行く事を了承してもらってるので、それがおまじないの授業として充てられている。気焔も一緒に行くかな?

「いや。吾輩今日は用がある。」
「ふぅん?私はレナとシャルムがいるから、大丈夫だからね?」
「ああ…。」

何か微妙に不安そうだけど、仕方がないだろう。でも、朝について行くようにお願いしていた。
もう、過保護なんだから。

「大丈夫。畑だよ?危なくないでしょ?」
「まあ。…とりあえず油断はするなよ?」
「分かってる分かってる。」

だって、畑だよ?危険なんて無いだろうし、楽しみ過ぎ!
そのままのウキウキテンションで食堂に行ったらみんなにちょっと変な目で見られたけどね。




「ここで待ってればいいのよね?」
「うん。そう言ってたけど、何処行くのかな?」

なんと、シャルムとの待ち合わせの場所は寮のエレベーターさんの前だった。
これから授業に行くであろう寮生にチラチラ見られながら、待つ。
みんな、レナに見惚れてるな?ふふ。
レナは今日も青の巻毛をふわりと揺らしながら、くりくりした目で通る人達を順に見ている。ファッションチェックでもしてるのかな?
私はそんな呑気な事を思いながら、畑について想像を巡らせていた。どんな畑かな?広いかな?ハーブも私が使いたい、桃月草などはあるだろうか。無かったら、ハーシェルに種を送ってもらう事は出来るかな??


「…………どうかな?」

「ちょっと!あんたよ!」

何だか急にレナに小突かれる。
顔を上げると目の前には知らない男子生徒。先輩だろうか、少し年上に見えるその人はどうやら私に話しかけていたらしい。考え事をしていると全く耳に入らない私はちょっと無視する形になっていたようで、隣のレナが何故か気まずそうだ。

「はい?」
「いや、今度お茶でもどうかな?美味しいお茶があるんだ。その後…」
「美味しいお茶ですか?はい!…むぐ。」
「いえ、しばらく忙しいので、失礼します!」

「な、なにレナ…美味しいお茶は?」
「馬鹿!どこでもホイホイ付いてかないの!」

レナに口を抑えられズルズルと食堂に引っ張り込まれた。
全く訳が分かっていない私は、美味しいお茶を楽しむチャンスを奪われむしろちょっとムッとしていた。ここ、植物が育たないからって、お茶の種類も無いんだからね!
ウイントフークブレンド以外は代わり映えのないシャットのお茶に少し飽きていた私はホイホイついて行く気満々だったのだ。

「知らない先輩よ!もっと警戒しなさいよ。お茶に誘われたなんて、気焔になんて言って行くつもり?…………ほら、無理じゃない。」

成る程確かに。レナの話を聞いてみるみるうちに「しまった」の顔になる私を諫めるレナ。
気焔にそんな事を言おうものなら絶対怒られるに決まっている。

「あっぶな~…………。」

止めてくれて、良かった…………。レナ様々だ。
「こういう事を言ってるのに、またあんたときたら…ベオグラード以外にも注意が必………。」
レナはまだ私に対してブツブツ言っているけれど。
ちょっと拝みかけていた所に、丁度シャルムがやってきて私達を探しているのが見えた。あ、朝も待ってる。そういや気焔が頼んでたよね…。

「いっけない!ここ、見えないかも。行こう、レナ。ありがとう!」

呆れ顔になっているレナの手を引き、シャルムの所へ急ぎ足だ。わーい、畑、畑♫

「ごめん!シャルム。行こうか。」
「ああ、おはよう。じゃあこれに乗るよ?」

やっぱり?エレベーターさんの前で待ち合わせだったからそうかな、とは思ったけど。
浮かれている私は「ちょっと落ち着きなさいよ?」と朝に小言を言われつつも、ウキウキとエレベーターさんに乗り込んだのだった。





「地下なんだね。」
「そう。初めての時は僕も驚いたよ。意外だよね。生産系はシュツットガルトさんの管轄で、許可も取った。ヨルは裁縫もやるから、丁度いいかもって言ってたよ?」
「そうなんだ…丁度いい??………楽しみ!どうなってるんだろう?シャルムは詳しく知ってる?月が、あるって事?」

畑に行く生徒には、詳しく説明されるのだろうか。してくれないと、困るけど。でも心配無かった。シャルムはきちんとその辺の説明は受けているようだ。ざっくりと、畑の様子を説明してくれる。でも途中で話が逸れたけど?

「うん、まじないで月が作られてる。太陽もまじないの太陽なんだ。地下だからね。…で、実は頼まれてる事があったんだけど、多分…そうだと思うんだけどな…。」

シャルムは自分の発言に自信が無いような曖昧な事を言いつつ、レナを見ている。何か、レナにあるのだろうか?頼まれてるって、誰に?シュツットガルトさんかな??
太陽と月があって、その他は普通の畑なの?何が栽培されてるんだろう??
シャルムがじっとレナを見つめる中、私はぐるぐる考える。
そうしているうちに「ポン」といつもの音がした。



「B7」

開いた扉からは、いつものように文字が見える。
それはシュツットガルトの家より更に下の地下7階を指していた。

地下7階の畑!どんなのだろう?

レナをまだ見ているシャルム、何も気にしていないレナ、やたらとテンションの高い私とそれを呆れた目で見ている朝。3人と1匹で、張り紙のすぐ横にある大きな扉を、くぐった。










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