透明の「扉」を開けて

美黎

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6の扉 シャット

それぞれの授業と染色

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「…………だから、お願いしたいんだ。どうかな?」

なーんか、さっきから見てるなぁと思ってたんだよね…………。

私はきっとドキドキしながらレナに話しかけているであろう、シェランを温かい目で見守っていた。

時は夕食時。

私達の女子会は食堂の一角にて開かれていて、既に夕飯は食べ終わり、ひたすらお喋りをしている時分だった。

シェランの視線には、多分エローラも気が付いていたと思う。

やっぱりエローラ先生だし?

明らかに、チラチラ見ているシェランは多分隠し事が出来ないタイプに違いない。

レナにはこういうタイプ、合ってると思うんだけどな…。
でも多分、そんな事を言ったら「あんたには言われたくないわ」とか言われるに決まってるから、言わないけど。


そしてシェランが何を一生懸命お願いしているかと言うと、シェラン達が授業で作っているまじない武器と、防具についてらしい。

この前、あいつとやり合った時色々考えたらしく、レシフェとも相談して女性やまじない力が強くない人でも扱える防具を作ったので、レナに実験を協力して欲しい、というものだ。

レナは女子の中では黄色エプロンなのでまじない力が高い。
まず、レナから試して、段々力を下げて行きたい方向らしい。
まぁ確かに始めから力が弱い人で実験して怪我でもしたら大変だ。
始めは二人でやっていたらしいが、シェランとレシフェでやると、何だか実験にならないようなのだ。


「どうかな?」

何やら考えていたレナは、何度目かのシェランの問いにやっと答えた。

「いいわ。でもヨルとリュディアも一緒に行きましょう。」

「「え?なんで?」」

シェランとレナを、二人にさせたかった私とエローラがハモった。

二人で顔を見合わせる。
考えている事がお互い分かって、ちょっと笑う。

それを見てレナがちょっと顔をしかめると、こう言った。

「一気にやった方が成果が早く出るでしょう?リュディアは青だし、私が大丈夫ならリュディアも試した方がいい。ヨルは、保険よ。」

「保険…………。」

保険扱いされた私はポカンとしていたが、是非実験には立ち会いたいと話を聞いて思っていたのですぐに頷いた。

行くよ、二人の事を見届けないとね!

半分野次馬の私はエローラに「頼んだわよ。」と囁かれ、ここに「シェランとレナを見守る会」が発足した。

そういえばエローラとは「いい男を探し隊」も結成してたな…?
活動するかな…?


ま、それは置いといて、レナとシェランが日時を相談している中、私達は私達でコソコソやっていた。

「いいよね?」

「うん。問題ないでしょ。力も強いし、男気あるし。でももうちょっと大人になってくれれば言う事ないんだけど。」

「まぁ、あいつとの事でしょ?でもあれはムカつくよ。」

「ごめんね…。」
「いや、リュディアが謝る事じゃないよ。何であんなに我儘かね?あいつ、偉いの?」

「そうね。一族の中でも、かなり。」

「…………へぇ。」
「「ヨル、気をつけるのよ。」」

二人に、言われる。

何を?

「この前。休憩室で、見られたでしょ?あの後、何もないけど逆に怖いんだよね…………。だってどう見ても見惚れて突っ立ってたし。」 

「そうね。私も気を付けてる。でも、本当に最近大人しいんだよね。油断しないで?」

「分かった。みんなもね。」

私はふと、カンナビーの事を思い出していた。

誰も、今のところおかしな所は見られないけれど用心するに越した事は無いのだ。

相変わらず気焔は調査がどうなっているのか、教えてくれないし。。

ん?気焔、どこだろう?


私達が女子会をしている間、気焔は少し離れたテーブルでご飯を食べていた筈だ。

少し見回しても、食堂には居なくなっている。
どこに行ったんだろう?


「じゃあそういう事で!」

相談が終わったようで、嬉しそうなシェランが物凄い爽やかな笑顔で去って行った。

かなりのミッションをクリアしたであろう彼からは、ありありと充実感が漂っていたのであった。






「何これ!」

「すごい。」「綺麗。」
「誰が作ったの?」

何だか廊下が、盛り上がっている。

どうしたんだろう?

その日の朝、支度してエローラと一緒に食堂に向かう途中。

あれから数日、私はまじないの授業をしたり休憩室で女子会したり気ままに過ごしていた。
ちなみに今日はこの後、裁縫のクラスで染めをやるのでとても楽しみだ。

朝からウキウキ、早起きをしてエローラを誘うと食堂の前が賑わっているのである。

近づいて行くと、どうやら賑わいの原因が見えてきた。


それはあの、青の像に似た女の子の像だった。

台の上に乗っているので、少し離れた所からでも頭が見える。
私は青の像を知っているので「似てる」とパッと思ったけど、普通に見れば女の子の像だ。
ただ、色が違った。

橙、なのだ。

近づいて、見てみる。 

それは、橙の石でできている様で、青の像と同じく石の内包物がキラキラと輝く、綺麗な像だ。

「似てる…………。」

細かいところを見て行くと、意匠は違うのだが金彩が入っている所、服装やポーズなどもとてもよく似ている。

イスファは、見た事があるのだろうか?


そう、私はその橙の像を見た時にすぐ「イスファだ」と分かった。

なんだろう、根拠は無いのだけれど。
ただ、こういったものを作れる感性はとてもよくシュツットガルトに似ていると思ったのだ。
しかし彼ならば像をこの色にする事は有り得ない。それだけはハッキリ判る。

自惚れかもしれないけど、私が青い事を知っている彼。
あの反応を見て、違う色の像を作ることは有り得ない、と思った。

やっぱり、イスファだ。
だって、靴が同じだし。

そう、靴だけはそっくりそのまま、私の靴。

こんなにこの靴を再現できるのは、多分新入生のうちの誰か。

そして工芸を取っているのはイスファだけ。
そして、シュツットガルトの息子。
これだけ当てはまれば彼だろう。

本人の姿は見当たらないけれど。


「凄いね…………。誰だろう?で、何でここに飾ってあるんだろうね?」

エローラが呟く。

確かにそれは、気になる。
今までここに作品が飾られる事は無かった。

まぁ私達が来る前は、分からないけど。

「とりあえず、ご飯いこっ。」
「うん。…………。」


口々にみんなが褒めている橙の像。

でも、私が気になったのはその女の子の表情がみんなが言っているのと違って、泣いている様に、見えたから。

他の子が「可愛い」「穏やか」と表現していたその顔が、私にはどうしても悲しい顔にしか、見えなかった。







「じゃあこの液体に力を込めていってね。」

その後の、裁縫クラス。

私とエローラは、染めをする大鍋の前に構えていた。

今日は、私達二人しかいない教室。
まじないで動かしたのか、教室は模様替えをされていて大きな机が四つあった所、二つは大鍋に変化していた。

教室で大鍋を見た瞬間からテンションが上がっていた私は、早く染めたくて仕方が無い。
ウズウズして、物差しを持つ手元が狂わないようにするのが大変だ。

エローラは布の裁断まで終わっているので、もう鍋の前で格闘している。
なにやら、大変そうだ。

私は必要分の生地を切る所からなので、部屋で描いてきたデザイン画をフローレスに見てもらいながら、必要量を測っていた。

しかし布に印をつけ終わると、とうとうフローレスに言われてしまった。

「ヨル、裁断ミスしそうだから先にエローラを見てきていいわよ。」

先生、それは英断です。 

確かにあちこちよそ見をしている私が裁断ミスをする可能性はかなり、高い。

「すみません。」

そう、言いつつ顔は笑っている私を仕方の無さそうに見るフローレス。
二人でエローラの大鍋に向かった。


そうして近づいてみると。

エローラは何だか大鍋の前でウンウン唸っていた。
手を翳して、何やら力んでいるが表情が芳しくない。
どうやら思い通りの色に中々ならないようだ。

「先生、手を翳して、どうすれば色ができるんですか?」

「具体的にイメージがあれば大丈夫な筈なんだけど、何色にしたいのかにもよるわね。…エローラ?」

呼び掛けても、集中しているエローラは聞こえていない。
まだウンウン唸っている。

「多分、黒にしたいんだと思うんですよね…………。」
「黒!?それは無理だわね。」

え?そうなの??

何故かは分からないけど、黒は無理だと言うフローレス。

とりあえず、エローラを中断させないと。


目の前をヒラヒラ遮って、やっと気が付いたエローラに「休憩しよ?」とお茶に誘う事にした。


ここは各教室に、お茶の支度ができる場所があるのだ。
私はエローラをフローレスに任せ、お茶の支度をしに行った。


黒かぁ。うん?黒?

お茶セットを持って戻ると、二人の話はやっぱり黒についての、話だった。

何だかまじないでは、黒と白というのは特別な色らしくて色を出すのがほぼ不可能らしい。
なぜかと言うと、その色の石を持つものがいないから。

それを聞いて、「やっぱり」と思った私はフローレスに提案する。

「先生、レシフェは?どうですか?手伝って貰えば…………。」

そこまで言って、ふと「あれ?」と思う。

この話、言ってもいいヤツ??
レシフェの石が黒いって、他人の石の色なんて普通知らないよね??

私がフリーズしているのを見て、フローレスはニッコリ微笑んだ。

「そうね。そうしましょうか。」

「あの、先生は…………。」
「私もウィールに長いから。物知りなのよ。」

そう言ってまたチャーミングなウインクをすると、徐ろに手を叩いて何かを呼んだフローレス。

ん?
召使いでも、来そうだけど?

ところが現れたのは召使いどころか、フヨフヨと飛んできた「唇」だった。

ああ、これ絶対あの人の仕業…………。

フローレスはその「唇」に向かって「裁縫教室まで来て下さい。ヨルもいるからその方がいいと思います。」と言った。

え。あたし?

ちょっとパチクリしている私にフローレスはただニッコリと微笑んだ。




「普通の染料ならば、簡単に黒には染まるんだけどね。」

待っている間、フローレスは私達に色々教えてくれた。

私もレシフェの石が初めての黒だったが、やはりフローレスももそうらしい。
「私の長い人生の中でもあの子だけ」と言っていた。

「あの子」と言っている所からして、きっとここに居た時から何らかの関わりがあったのだろう。黒はレシフェが力を注いでくれたら、出来るだろうと言う。

「白も難しいって言ってましたけど…。」

私が聞くと「そうね。」と言って頷く。

「白は、黒より難しいわ。何処かには、存在するんでしょうけど。黒があの子しか持っていないように、白も誰が持っているかは分からない。誰も持っていないかもしれないしね。勿論、染める前の生地は白いけど、厳密に言うと白く無いじゃない?少し、色が入るわよね?黄味がかってたり、青味がかってたり。」

「確かに。それを真っ白に出来るんだ…………。いいな。」

「いつか、見つかるといいわね。」
「確かに私も白は欲しいわ。」

エローラも同意する。

エローラはモード系が好きなので、白と黒に関しては拘りがあるのだろう。

確かに真っ白じゃないと雰囲気ぶち壊しだもんね…それは分かるよ…。


そんな話をしていると「トントン」とノックの音が聞こえた。
多分、「あの子」が到着したようだ。

私は何だか楽しくなって、扉まで小走りで迎えに行く。
フローレスが「あの子」と言うレシフェの反応が、見たかったのも、ある。

「ん?なんだ、お出迎えか?」

「まぁね。ようこそ、御坊ちゃま。」

「なんだそれは。」

私を変な顔で見ると、レシフェは「ご無沙汰してます。」とフローレスに挨拶したのだった。





あの授与式以来顔を合わせていなかったらしい二人は、お茶を飲みながら少し話をした後、大鍋へ向かった。

正確に言えば、あの日も話はしていなかったらしい。
だから、「ご無沙汰しています」だったのだ。
しかし二人の話が主に、私についての怪しい話だったので早めに切り上げさせた、というのもある。

二人は大鍋に力を込めた時に「ヨルの鍋はどうなるか分からない」という話をしていた。

レシフェがそう言うのは解るのだが、何故フローレスまでがそう思っているのか、私は知らない。

誰かが話すとも思えないし…………??


「始まるわよ?」

フローレスから声が掛かり、慌てて近くへ行く。
大鍋には先程から投入されたままの生地と黒ではない、暗い色の液体が入っている。

ここからどうするのかな?

「エローラの力はもう十分よ。あなたの作品になる事は間違いない。あとはレシフェが力を込めすぎない事。ゆっくりね?」

「分かってます。」

そう話すと、レシフェは大鍋にちょっ、と手を翳した。

そしてエローラに「混ぜてみろ」と言っている。

え?それで終わり?


しかし、エローラが大鍋をヘラを使って混ぜるとそれは確かに黒に、変化していた。

「ウソ!はやっ!」

「凄い…………。」

私はただ驚いていたけど、エローラの目はキラキラしていた。

そしてレシフェに「もう一声!もうちょっと濃くなりませんか?」と言っている所が流石だ。

二人であーだこーだやった後、エローラが「うん、出来た!」と言ったので素敵な漆黒が出来たのだろう。
私も嬉しくなる。

エローラの生地はハリのある滑らかなシーチング風生地なので、きっと黒が映えるだろう。



エローラとフローレスがどうやって乾燥させるか話していると、レシフェが私のところにやって来た。
特に用がないと先生と会う機会もそう無いので、少し久しぶりな気もする。

「お前、この間見つかったんだって?ベオグラードに。」

「え?見つかったって?元々知ってるよね?」

「いや、そうじゃない。なんか、えらいことになってたって気焔が言ってたぞ?」

「??あ!休憩室か!」

どう、なっていたかは詳しく教えてくれなかったらしい。
私も鏡を見ていないので、正直どうなっていたかは詳細を把握してないが、リュディア曰く「女神みたいに」だ。

でも、自分でそんな事言えないよ。

「とりあえず女子会してたらレナがお化粧してくれたんだよ。髪もやってくれて。」

「へぇ。それは見たかったな。」
「駄目。気焔が怒るから。もうやらない。」

もう、私はあんな気焔は懲り懲りだ。

また胸がギュッと締め付けられる感じがして、レシフェの要望をすぐに却下する。

もう、やだもん。


「じゃあヨルの生地も染めましょうか。」

そこで話が終わったらしいフローレスがやって来た。
エローラは生地を干しに行ったらしい。

どこで干すのかな?でも私も終われば干せるか。
ようし。 

「ヨルはどれから染める?何色染めるの?」

「それが…結局増えちゃって四色…………。」
「あらあら。まぁでも大丈夫でしょ。疲れたらこの子に手伝ってもらってもいいし。」

「それは丁度いいですね!」

そう言って私は一つ目のバッグから染める事にした。

織生地は時間がないので、元々織られているものの中から選んだ。
ポケット合わせて、二つの生地だ。
小さいので、すぐ染まりそう。

「じゃあしっかり、イメージして手を翳してね。」

フローレスのその言葉に頷いて、目を閉じる。


この前、ちゃんと中庭に行ったもんね。
滝が出来てた!嬉しかったなぁ。
ありがとう、館くん。
お陰様で緑も生き生きしてたよ。
水草の、瑞々しい緑。
艶があると尚、ヨシ。
ポケットは若草色がいいかな?
新しく伸びてきた所の色だね。

うん、可愛い!
よーし、可愛くな~れ~!


「ヨル、もういいわよ多分。」

フローレスの声で、目を開けた。


「わぁ~!」

攪拌の長い棒で生地を引っ掛ける。

そこには、同じ鍋で染めたのにきちんと艶のある濃い緑の大きな生地と若草色が爽やかな小さい生地があった。

「染め分けも上手ねぇ。想像力が豊かなのね。まじないではとっても大事よ。流石ね。」

「やった!」

フローレスに褒められた事もそうだが、何より思った通りの色の生地になったのが嬉しい。

本当に瑞々しい緑と可愛らしい若草色。

よしよし、バッグはこれで完璧だな。
自分で使いたいくらい。

「じゃあ次はどれにする?」
「やっぱり青ですかね…………。」

泉繋がりで、青にしよう。

生地の大きさ的にも順にやっていく事にする。
やっぱりいいな、この生地は…と思いながら生地を大鍋に浸す。
この時点ではまだ緑色だ。

どんな風に変わるかな?

よし、青青。
じっと生地を見つめながら手を翳し変化を待つ。

ん?緑から変わらないんだけど?

もしかして…………私はまた、目を閉じた。

青ね。空の青?うーん。
泉の、青。水の青。透明感。
森の泉はもう少し青が深いよね…あれもいい。

でもな…………。

やっぱり、ラピスの青だよね。

よし、あの街並みでいこう。
どこまでも続く青。沢山の種類のある青。
教会入り口ホールの天井の青。
中央屋敷のあの青。

青の像、青の道の、青。

どこまでも青を思い浮かべられる。

始めに滞在したのがラピスで良かった。

朝焼けで見る青い屋根。
夜空の紺色。
やっぱり青の道かな…………。

よし、全部にしよう。


そこで目を開けた。

「よいしょっと。」

さっきより生地の大きさもかなりになって、ちょっと重い。

「ちょ、ちょっと。」とレシフェにも手伝ってもらい引き上げた。

するとその生地は、夜空に浮かぶ、オーロラの様な沢山の青だった。


「うわ…………。」

「これはまた、凄いのが出来たわね。」
「確かに。」

「見張りに来て良かった」とかレシフェは言っているが、「見れて良かった」とかにして欲しいものである。

それにしても、何だか凄いものができた。


「乾かすと、もっと綺麗よ。きっと。」

とフローレスも太鼓判を押してくれた。

これもすごく楽しみだ。
生地が大きいので棒ごと、脇に掛けておく。
 

次は赤だな。

前後の身頃生地だけなので、意外と赤は大きくない。
実は上はそのまま染めずに、下に違う生地を重ねる事にした。
そのまま、着物からイメージしたものだ。

多分神主感出ると思うけど、文句無しに似合うと思うんだよね…………。

赤の生地はサテンを使う。
上に掛ける生地よりも少し厚く芯になるイメージだ。綸子はかなり薄い。 現代もので言えばそうでも無いが、ここにあるものはアンティークに近く糸自体が細いので生地も薄い。
張りがある方が衣装として映えるので、下に重ねる生地に重めのサテン生地を選んだ。

さて、赤ね、赤。 

生地をまた投入する。

ぐるぐる。混ぜる。赤。
何だろうな、赤。
でも朱は嫌なんだよな…真っ赤がいいの。
黄味は要らないのよね。

でもやっぱり丁度瞳の、赤だよね…あの赤が段々金に…………金?

いや、赤いよね?んん?赤…………瞳の、赤。
オッケー。これで決まり。


「んん?」

向かい側で待ち構えていたレシフェが生地を上げてくれる。
何だかコツを掴んだらしく、スッと綺麗に上げられた生地は何故か赤に染まった生地の中に、金糸が入っていた。

あれ?
なんでか、チラッと金を想像したら入っちゃった??あらら?


私がアワアワしている側でフローレスは「これも素晴らしいわね。」と感嘆の声を上げている。

確かに、出来としては最高だ。

縦に入る木立の模様に走る縦の金糸。
古い着物には同じように金糸や銀糸が織り込まれているものがあるが、それに似ている。

これもいいな…実際着てるところ、早く見たい。


よし、じゃあ次はパンツね。

パンツはラップパンツの為、生地はかなり使う。
気焔もそれなりに背が高いし、ラップパンツはウエストまで生地が要るから余計だ。

大きな生地を折ってある内部が皺にならないよう気を付けて入れる。
そうっと浸すと、また目を閉じる。

濃い橙にしたいから…………。

しかし、濃い橙で思い浮かぶのは「あの」炎だけ。
キラキラと鮮やかな、爆ぜる炎。

熱くて激しかったけど、その分美しかった。

濃いけれど、透明感もあって気焔の石のようにキラキラ光る、あの炎。

でも、その瞬間あのお風呂が「ポン」と脳裏に浮かんでしまった。

ヤバ。


「おい!何やってんだお前!目を開けろ!」

「ひえっ?」

レシフェの怒声に目を開けて飛び込んできたのは、大鍋から湧き上がってメラメラしている、「あの」気焔の炎だった。

「あっどうしよう?気焔?!気焔の炎だよね??」

「何をしておる!」

その瞬間パッと気焔が現れ、大鍋の炎は消える。

後に残ったのは、艶やかに染め上がった理想通りの生地だった。

何だか、キラキラしてる気はするけども。


「あらあら。良かったわレシフェを呼んでおいて。私だけじゃ燃えちゃうわね?」

悪戯っぽく、私と気焔を交互に見るフローレス。 

突然現れた気焔に驚く様子もない。
この先生、どこまで知っているんだろう。

とりあえず、レシフェと一緒に生地を干す事にして、大鍋の後始末はフローレス指示の元、気焔に丸投げしておいた。

だって、めっちゃ熱々になってたんだもん。


「燃えないんだな。」

「だね。」

手に持ったままの重たそうな棒を導いて、乾燥部屋に入る。

エローラはもう居なくて、私達は一番大きいこの生地を他の生地が干せるように、端から吊るしていく。

「結構難しいな。」

何しろデカい。
シワになると多分戻せないだろう、その生地を二人で丁寧に干す。

途中で「なんで俺が…」とブツブツ言っていたけど、確かに気焔のパンツをレシフェが干しているのは何だか可哀想だ。

大鍋のところに戻ると、鍋の処理は終わっていたので気焔とレシフェを交代してもらう。


残りの生地を無事干し終えて、戻ると既にレシフェは居なかった。
フローレスも私達を待っていたようで、「お疲れ様。」と言ってくれる。

「ヨル。いい生地ができて良かったわね。でも、また心配になるかもしれないから様子見はしてね?」

気焔を見てそう話すフローレス。
何故だ。

気焔はただ、頷いて私を扉の方に押す。

「じゃ、また乾いたらね。お疲れ様。」

「ありがとうございます。」



廊下に出ると、気焔は何だか微妙な表情でスタスタ歩いて行く。 

珍しい、待ってくれないの。

そう思いつつ、後ろ姿を眺めながら少し後を歩いていた。


よしよし、あの金の髪にきっとあの橙は似合うだろう。
でも何だかキラキラしていたから派手かな?
もう少し、落ち着かせようかな…?


エレベーターくんのちょっと手前で気が付いたようで、振り向くと戻ってくる。

そして私の前で立ち止まって、じっと金の瞳で見つめた後、徐ろに口を開いた。

「あれは…………。いや、いい。」

「吾輩の、だよ?」

多分、自分のか聞きたかったのかな?と思って気焔に続けて答える。

その返事を聞いた気焔は目を丸くして驚いた後、ぷいと前に向き直ってエレベーターくんへまた歩き出した。

??どうしたのかな?

でも私の手を引いて歩いているので、多分怒っているわけでは無いと思う。

ま、いっか。


怒ってるんじゃなきゃ、いいや、とその問題を脇に避けて、私はそれぞれのアイテムにどの色の糸で合わせるかを考えていた。

うーん。
同色は勿論、違う色で縫ってもカッコいいよね…………。

そんな考え込んでいる私を気焔はじっと、見つめていたらしい。

後で乗った時にエレベーターくんが、教えてくれた。


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