71 / 1,740
6の扉 シャット
気焔と私
しおりを挟む私達が移動したのは、10階。
どこに行くか、訊く暇がないくらい速足で歩く気焔に掴まっているのがやっとで、私は動転していた。
なに?どうしたの?
何で?怒ってる??
判る。
顔を見ていないけれど気焔が凄く怒ってるのが判るので、訊けない。
どこに行くのか。
どうして怒ってるのか。
とりあえず、彼に掴まっている事しか、できていない。
そのまま廊下を少し歩き、お風呂の扉が見えた。
何故か、扉の前で私は下され、開けるように促される。
ああ、一応女湯に行くつもりなのね…。
私が行く時は誰も来ないことを、気焔は知っているけれど流石に男湯で試したことは無い。
しかし、扉を開けるとまた抱え上げられ、そのまま中に連れて行かれた。
「えっ?」
入るの?
脱衣所から浴槽の前までは、すぐ。
一度、私の事をチラリと見る気焔。
うひょっ。
…………怒って…は、無い?
少し哀しそうにも、寂しそうにも、悔しそうにも見えるその表情からは、強い感情だけが漏れていた。
ああ。うん。…そうか。
その顔を見た瞬間、どうして彼がこうなっているのかは解らないけど、私はされるがままになった。
気焔はその、私を抱えたままの状態でザブンと湯船に入る。
服も、着たまま。
そしてお湯の浮力で少し楽になると、私を抱えたまま、片手で顔を撫でる。
お化粧も台無し。
髪もびしょびしょ。
そのままずっと、手を濡らして、私を撫で、手を濡らして、私を撫で、していたけれど少しずつそれがゆっくりになってきた。
ああ。
少し、ホッとした。
いつもの気焔に戻ってきたからだ。
さっき迄は、正直「誰?」って感じだった。
なんだか、知らない、男の人。
そんな感じ。
今はいつもの、私の事を心配する気焔に段々戻ってきてるのが判る。
よかった、とりあえず。
話ができるようになるまで、話を訊けるように、なるまで、もう少し待つ。
ちなみにまだ浴槽。
これ、帰りどうしよう。
でも飛んでもらうしか、無いか。
「…………。」
「なんだか……気焔がシンになっちゃったみたいね。」
何の気なしに言った言葉が多分、失敗だった。
行っては駄目な方に、スイッチがパチンと入った感じ。
私が入れた、ダメ押しの、スイッチ。
バッと気焔が手を振りかぶり、反射で目を閉じた。
髪が少し引っ張られた感触があり、ぽちゃんと音がする。
熱い!
目を開けると、私達は今まで見た中で一番濃い、橙の炎の中だった。
金色の筈の気焔も橙に見え、その辺りも、全て。
全てがシャットの空のような、橙。
お湯ですら、色が付いていた。
そしてだんだん熱くなっている。
もしかして私、煮えちゃう?
気焔の、激しい感情がそのままぶつかってきて、どうしようもなく涙が出てくる。
直接、炎が訴えかけてくる。
身体に纏わり付く炎は否応無しに激しい感情を私にも纏わせる。
辛い。痛い。寂しい。重い。悲しい。苦しい。
何これ?なんなの?今、そう思ってるの?
拳に力を入れ下を向いている彼の顔が見えない。
あまり、目を逸らす事がない気焔。
あの、金の瞳が見たい。
見れば、分かる。
私は気焔にぐっと近づきいつも彼が私にそうするように、頬を手で挟んだ。
グイッと上にあげる。
駄目。下を向いちゃ。
ちゃんと、私を見て?
「いやだ。」
その時、何故か私の口から出た言葉が、これだった。
なんで?なにが?
どうしたの?笑って?
涙が凄く出てくるけど、頑張って目を逸らさず、見つめる。
絶対逸らしてなんか、やらないんだ。
その様子を認めた気焔の炎の色が変化し始めた。
ゆっくりと。
濃い、橙から山吹色へ、黄色へ、優しい薄い金色へ。
同時に発せられる激しいオーラも小さくなってきた。
ダメダメ、無くして?要らないよ?
そんなものは。
笑って?
いつもみたいに、ダメ出ししてよ。
お小言も、言ってもいいよ?
私は落ち着いてきた気焔をグイと押して湯船の縁に座らせる。
そして湯船から出て、ぎゅっとする。
藍じゃなくて、気焔は私が癒す。
そう感じて、何も考えずにそう、動いた。
さっき私の頬を撫でてくれてたみたいに金の髪を撫でる。
濡れてるとへにゃっと寝ているところも、可愛い。
可愛いな。
可愛い。
あー、…可愛い。
気が付いたら、頭をグシャグシャにしていた。
なんだか、可愛さ余ってというか、私はちょっと、段々、ジワジワ、ムカついてきた。
そうして私の心がパチンと、弾けた。
なに?なんなの?
何が嫌なの?
私の事??
涙がボロボロ、ボロボロ出てきて叫ぶように喋り出した私を見て、驚く気焔。
プツリと感情の糸が切れて、涙と、言葉が、溢れ出す。
なんなの?
そんなに私の事気に入らない?
「もうやだ!嫌い!気焔なんて嫌い!なに?なんで怒ってるの?言ってくれなきゃ分かんないよ!なんで?もう、ぐちゃぐちゃだし。折角、レナが…。やだ!もう怖いのやだ!怒っちゃいやだ!駄目だよ…………なんで?もう……………嫌になっちゃった?居なくな…………。」
蹲って思いっきり泣いていた。
あっちに行って。
もう嫌い。
知らない。
もういい。
もう、要らない。
全身で、突っぱねて、泣く。
しばらく泣いていたと思う。
突然抱き起こされて、全身確認され始めた。
泣きすぎた私はその気焔の様子をボーッと見る。
立たされて、頭から全部触られて、異常が無いか、確かめている。
それが終わると淡い金の炎で包まれて、全身が乾いた。
きちんと私に向き合った気焔が口を開く。
「吾輩が悪い。」
え?それ?
いや。
「何が?だから、どっか行っちゃうの?私の事要らないの?…………ずっとそばで守ってって言ったじゃん!」
「…や」
「駄目。いや。聞こえない。ヤーーーーダーーーーーーーーーーーー!」
「聞けと言うに!」
あ。
ずるい。
気焔はあの声を使った。
脳に直接響く感じがする声に、全身がビクッとする。
声が、出ない。
涙だけはどんどん出るんだけど。
なに?嫌だよ?聞かない。
どっか行くって言うんでしょう?
聞きません。
そう言う話は。
声が出せない私は、顔だけプイとして意思表示をした。
グイッと戻されたので、精一杯の恨みがましい目で見てやった。
なに?なんか言ってみなさいよ?
「吾輩が悪かったと言うに。何を考えておる?離れられるわけが無かろうが。」
フンだ。知ってるもん。
気焔が、他のところを見てる時があるって。
そっちに行くんでしょう?
どうせ。そんな事言ってても。
「どうせ…………。」
あ。声が出る。
「だって。私、知ってるもん。どうせ、別の所に行くんでしょう?あるんだよね?大切なもの。」
私の言葉を聞いた気焔が物凄く驚いて固まっている。
隠していたんだろう、きっと。
深い所に、しまってあったんでしょう?
知ってるよ?
知りたくなかったけど。
「知りたくなかったけど。…………見てたら、分かるよ。」
「…………。」
「なんで何も言わないの。…………もうやだ。帰る。」
もう、ここに居たくない。
逃げるように廊下に向かう。
すると腕をグイと引かれ、捕まる。
やだ。
帰る、部屋に!
バタバタしたけど気焔はびくともしない。
諦めて力を抜いた。
なに?どうするつもり?
「悪かった。どこにも行かん。約束する。」
「…………。いやだ。」
「依る…………。」
「そんなんじゃ嫌。行きたいなら、行って。気焔の思うようにしてくれなきゃ嫌だ。」
「お主、言ってる事が滅茶苦茶だぞ?」
「分かってるよ。そんなの。だってしょうがないじゃない。我慢して居てもらっても、嬉しくない。いいもん。シンもいるから。大丈夫。」
「…………。だから…それが。」
なんだかとても、深~~~~いため息を吐いている。
ため息吐きたいのは、こっちだけど。
「依るは、吾輩に居て欲しいのよな?」
「そう言ってるじゃん。約束した。違う?駄目だよ。離れたら。気焔はずっと側に居なきゃ。」
「うむ…………。」
なんだ。煮え切らないな。
「私より…………。」
言いそうになった言葉を飲み込む。
うっ。やっぱり訊けない…………!
そうだって言われたら、死んじゃうかも?!
ん?なにその顔。
ウソ。もうやだ。
ホントに怒った!嫌い!
見ると、気焔はなんだか楽しそうにニヤニヤしていたのだ。
緩~い顔をして、私の続きを待っている。
何?
私怒ってるんだけど!
「もうやだ。ホントに怒った。はい。終わり。帰る!」
「悪かった、悪かった。吾輩が悪かった!依る。なぁ?」
「…………。」
「言うてみよ。どうせスッキリしなくて、気になるぞ?」
それだけ私の事分かってるんだったら、言わなくて良くない?
でも、なんだかスッキリした顔で優しく微笑む気焔を見ていたら、なんだかふっと、安心して我儘を言ってみたくなった。
大丈夫かな?言っても…。
「うんと、私…だけが、いい。一番が、いい…。」
う わ。
な、なにこれ。
めっちゃ顔熱い。火が出る!
気焔じゃないけど出るかもしれない!
気焔の顔が、見れない。
恥ずかしいのが少し下がると、今度は気焔が今、どんな顔をしているのかがめちゃくちゃ気になってきた。
見たい。でも見たくない。
見れない。でも、見たい。
いつも無理矢理目を見てくるくせに、どうしてこういう時に見ないのよ!
変な方向にキレる私を楽しんでいるように、気焔の足がソワソワ動いている。
チラッと、見た。
わっ、目が合った!逃げろ!
また扉に向かって走り出した私をフワッと捕まえると、そのまま気焔は部屋へ飛んだ。
ベッドへ私を下ろすと、濡れていないかまた確認して布団をかけられた。
「腹は減ってないか?」
「…………要らない。」
クマさんに怒られるな…と思いながら、でもこんな状態で食堂に行ける気がしない。
まだ顔が熱い。そして、凄く疲れてもいた。
察した気焔は何処かに行こうと扉へ向かっている。
「どこ行くの?!」
思ったより必死な声、出た。
ちょっと恥ずかしい。
「食堂だ。持って来ればいい。」
「あ…………。要らない。ここに居て?クマさんには後で怒られるから。」
「…………。」
「違う。もう、寝るの。来て。」
ベッドで待つ私を、ちょっと嫌なものを見る目で、見る気焔。
なによ。
嫌なの?
多分、私の言うであろう言葉が解ったのか、また深いため息を吐いて「大人になったんだか、子供なんだか…………。」と言いつつも、いつものように包んでくれた。
ホッとして、気焔の懐に入る。
ぬくぬく。
安心。
でも…………なんか、苦しいな?
やっぱりお腹空いてるのかな…………?
しかしそんな事を、ぐるぐる思っているうちにやっぱり寝ていた。
その日はなんだかいつもよりふわふわあったかくて、夢見が良かった気が、する。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作


王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる