67 / 1,751
6の扉 シャット
攻撃と防御
しおりを挟む最近何だか小難しい顔をしている事が増えた気焔をよそに、私は何だかスッキリしていた。
まず、なんてったって、癒し空間が完成した。
そして、癒され第一号のイスファは何だかやりたい事が決まって楽しそうだ。
時々食堂で会うと何だか張り切っているのが分かる。
その影響か、シュツットガルトも和かで私も嬉しい。
世界の事も前よりは理解できて何だかスッキリしたし、ある意味普通でいいと言われているので絶好調なのだ。
まぁいつも能天気とも、言うけど。
でも、能天気で怒られたばかりなので少し大人しくしていよう、と思ったその日は生憎、久しぶりの全員一緒のまじないの授業だった。
いや、生憎とかじゃない。
今日の私は借りてきた、猫。
そんな下らない事を考えながら、教室の窓から橙の景色を見る。
少し間が空いていたので、みんなに会うのもなんだか久しぶりな気がする。
相変わらずイスファはみんなと話をして楽しそうで、選択を工芸系にしたらしくシェランとシャルムと話し込んでいる。
やっぱり青の像を作った人の息子が同じ道に行くのは何だか私も嬉しい。
リュディアはその男子たちの話に時々入っていたので、やはりまじないを道具を取ればいいのに、と私は思う。
あそこに入って話が合うって凄いよ?
何か取れない理由があるのかな?
レナとエローラはなんか髪の毛の話をしていたので私も混ざりたいな…、と思っていたらレシフェが入ってきた。
手には黄色のエプロンを持っている。
仕方が無い。
サラフワ髪の毛の秘密はまた今度にしよう。
「今日は力を直接使う授業をする。場所を移すから、ついて来い。」
レシフェは黄色のエプロンをヒラヒラ振りながら、そう言って教室を出て行く。
突然の宣言にちょっとみんなポカンとしていたが、慌てて立ち上がりイスファを先頭について行った。
ちなみに一応あいつも、いる。
今日も一人でツンとして座っていただけだ。
ホントにウィールに何しに来たんだろう?
ま、いっか。
そのまま私も最後尾でついて行った。
今日は気焔が薬学の為、実はシンが隣にいる。
久しぶりに全員が揃う、しかもまじないの授業だから気焔は結構心配していた。
でも、正直私としては気焔はそれなりに状況を読んで行動してくれるけど、シンに関して言えば周りを全く気にしないで行動するので逆に心配が増えたような気がするのは、気のせいだと、いい。
…………嫌な予感が当たりませんように。
それにしても、この二人はどうやって連絡を取り合っているんだろうか、今日、いきなりシンが部屋に迎えに来た。
もうこの人達に関しては、「不思議だ」と思う事を止める事にしている。
多分、テレパシーだよ。
男同士で。…………うん。
レシフェはエレベーターくんの前で待っていて、私達が最後。
少し小走りで近づいて行くと、「全員だ、よろしく。」と言っている。
レシフェを入れて、10人なので2回に分けて行くのかな?と思っていた私は、扉の前でレシフェの言葉の意味を理解した。
エレベーターくんが広くなっていたのだ。
成る程。これは便利。
そうして全員で移動した先は、ウィールのビルの最上階、27階だった。
「うわ。」「凄いね。」
「広い…………。」
「温室にいいかも。」
「おい、ヨル。勝手にウロウロするな。」
一人場違いな感想を洩らす私は早速叱られながらも最上階を探検していた。
とは言っても、広い空間以外に何も無いんだけど。
ただ、天井がガラス張りのようになっていて空が見える。
「これが青ならなぁ」とか言いつつも、その透明な天井から見える大きな煙突2本がカッコいいな、と指で額縁を作る。
ラピスもそうだけど、写真が撮れればかなりいい作品が出来そうなのに。
今度まじない道具で作れないかな?と考えた所で「そういや私、絶望的だった…」とこの前、全然役に立たなかった事を思い出した。
「今日お前らをここへ連れて来たのは、少し実戦について見せたかったからだ。」
ん?実戦?
一瞬ザワリとしたみんなを無視してレシフェは最初にシェランを呼ぶ。
シェランがレシフェの所に行くと、持っていた黄色のエプロンをシェランに渡した。
「お前は今日からこれだ。」
みんなの方を向いて、ニヤリとしながらエプロンを渡すレシフェ。
うわっ、この笑顔、確信犯。
嫌な予感がした。
どこから声を出すと、こんなに嫌味に聞こえるように喋れるのか。
そんな声が、背後から耳に入る。
「へえ?その出来損ないが黄色ですか?」
ほらほら。
なんでそういう渡し方するかな??
多分、まんまとレシフェの思惑通りに釣れたあいつ。ある意味扱いやすいのかもしれない。
それにしても一体何をするつもり?
みんなが見守る中、レシフェはこんな事を言い始めた。
「ベオグラードはシェランが自分と同じまじない力になったのが納得いかないんだろう?だったら勝負させてやる。お前はいちいち突っかかり過ぎだ。これからきちんとウィールで学びたいと思うなら、この勝負でけじめをつけて考えを改めろ。シェランの黄色はきちんとテストで出た結果だ。いいな?」
あいつはそれを聞くと、逆に嬉しそうに微笑んだ。
勿論、負ける気なんて更々無いのだろう。
レシフェは勝負に自信があるみたいだけど、実際ベオグラードの実力はどのくらいなんだろうか。
チラリと先日のシェランのテストを思い出す。
かなりの風で沢山の道具を飛ばしていたけど、それ以上って事?ていうか、そんなバンバンやっちゃって私達はおろか、ここの場所は大丈夫なの??
みんな、疑問に思っていたのだろう。
レシフェがみんなの顔を見渡しながら説明する。
「一応ここは防護壁だ。上も、まじないがかかってるから大丈夫。お前らの力くらいじゃ壊れない。ただ、始めに防御の仕方を教える。後は保険を呼んでおいたんだが…………来ないな?」
するとレシフェはパチンと指を弾き、「目耳」を出した。
いや、見えるようにしたのかな?
そして何やらボソボソ言うと「目耳」は飛んで行く。
私とシン以外はその様子をポカンとしながら見ていた。
「だーかーらー。こう、だよ。こう!」
「え?」「こう、ですか?」
「いや違う。こう。」
「え?」「こう!」「できない…………。」
「「私じゃ無理なのかも。」」
「あ?何でだ?」
やっている事とは対照的に、橙の長閑な光が降り注ぐフロア。
その、保険とやらが到着するまで防御のやり方を教える、と偉そうに言っていたレシフェを照らしている。
だが、現状は全く芳しく無かった。
なんと、誰も、できないのだ。
レシフェは「こう。」とか言って、目の前に何やら壁のようなものを「パッ」と出すのだけれど、それを誰もできない。
しかもその壁が見えないもんだから、いちいちできてるか、できてないか物を投げて確認しているのだ。
当然、投げられた方はぶつかって痛い。
そんな事をしばらく続けていた。
この先生、…ダメじゃないか?とみんなが気付き出した所で「何してるんですか?」と呆れたような声が響く。
救世主の登場だった。
エイヴォン、という名の助っ人は何だかハーシェルに似た色合いの背の高い青年だった。
グレーの長い髪を一つに結び、グリーンの瞳。
それだけで似てるな…と私は感じたが、眼鏡を掛けているががっしりとした大柄なので受ける印象は大分違う。
ハーシェルさんはインテリ風だからね…………。
「薬学の研究生だ、よろしく。」と簡潔に自己紹介した彼は、それがまたその風貌からは意外性を感じさせた。
出立から見ると確かに助っ人っぽいけど、何故に薬学の研究生が?
まぁレシフェが呼ぶんだから理由があるんだろうけど。
入って来た彼は「ああ、防御ですか。」と言いながらとりあえずみんなが練習する様子を眺めている。
すると1分も経たないうちに「ストップ」と言った。
「先生、呪文は?」
「あ?呪文?要るか?」
「要るでしょう。みんな色付きじゃないですか。」
「…………それか。」
え?どゆこと?
何かボソボソ二人でやっているが、振り返ったレシフェはニッコリと笑って
「今からエイヴォンが呪文を教えてくれる。よく聞け。」
と言った。
絶対、知らなかったんだこの人。
私はジトッとした目でレシフェを見ていたが、多分それを分かっている彼はこちらを見ようとしない。
素知らぬ顔でエイヴォンのやる事を離れて見ている。
大丈夫かしら、この先生。
とりあえず、みんなエイヴォンを中央にして丸くなった。
「とりあえず、みんな石を感じながら、自分の前に壁を作る意識は出来てるな?そのまま集中して、呪文を唱える。慣れればすぐ出せるようになるが、初めは集中しろ。」
そして彼は少し目を閉じると左手をスッと上げる。
初めて、他人がまじないを使う時に呪文を唱えるところを見るので私はワクワクしていた。
何が起こるのか、どうなるのかな?
そして静かに、呼びかけるように、こう唱える。
「ドゥルガー」
周りは、シンとしたままだ。
ちょっと風を感じた気がするが、何も起こらない。
「レシフェ。」
「ちょっと、お前らそこ空けろ。」
エイヴォンに呼ばれたレシフェに、手で制されたイスファとシャルムが横にずれ、場所が空けられる。
エイヴォンはもう左手も下ろして普通に立っているだけだ。
しかしそこに、レシフェがフイ、と軽く手を振る。
見覚えのあるその動き。
私は咄嗟に「あの光だ!」と思ってそばにあった布をギュッと掴んだ。
大きく何かがぶつかり弾ける、音。
聞き覚えのある音が、すぐ側で弾ける。
「キャッ!」「うわっ!」
「「ッ!!」」
目の前で大きくはないが突然黒い光が弾けた。
イスファは尻餅をつき、レナとリュディアは抱き合ってブルブルしている。
シャルムはエローラの前に立っていたので多分踏ん張ったのだろう、ここから見ても足に力が入っているのが分かる。
顔は白くなっているが、エローラを庇う様子を見せたシャルムに私は一人場違いに脳内がキャーキャーしていた。
シェランとあいつは丁度エイヴォンの後ろ側にいたので、声もあげてないなかったがやはりかなり驚いた表情。
その、突然のレシフェの攻撃にみんなが固まっていた。
あの、黒い光を見たことがある、私以外は。
すると呆れたような目をしてエイヴォンが私達を見渡す。
「こんなんで戦闘なんて出来るのか?レシフェ。」
この二人、どういう関係?
途中から敬語はおろか名前呼びになっているエイヴォン。
様子からして元々知り合いっぽいな?
私は自分が握っていたのがシンの服だということに気が付いて、そっと離す。
イスファに立ち上がるよう手を出すと、彼は「カッコ悪いな…。」と言いつつ苦笑して、私の手を取った。
「いや、始めにはっきりさせておこうと思ってな。なに、戦闘で鍛えるのはそこの二人だけだ。後は職業系だからな。シェランは戦い方もやっておいた方がいいんだろう?」
頷いたシェランを見ると、元々彼はこの展開を知っていたらしい。
でもなんで私達も呼ばれたんだろう?
そんな疑問の予測をしていたのだろう、レシフェは私達に向き直って話す。
「お前らは防御。これからは使えた方がいい。今までは戦闘以外の者には特に教えてなかったが、まぁこれからは覚えておいて損はないからな。」
私はチラリとこの前の話を思い出していた。
デヴァイにどのくらいの力があって、どのくらいの人数がいるかも分からない、と言っていた。
きっとレシフェはそれを見越しているはず。
そして意外だったのが、そのレシフェの話に対して誰も異議を唱えなかった事だ。
レナ辺りが「必要ない」とか言いそうだと思っていた私は、じっと女の子達の様子を見ていた。
でも、誰もそうは思っていない顔をしている。
レナは勿論、リュディアも。
エローラは頭がいいからきっと空気を感じ取っているんだろう。
確かにシャットに来てから、ラピスの平和な空気とは違う何かを感じている。
それは多分、ラピス出身の私達、三人とも。
そして授業は攻撃を教えるレシフェがあいつとシェランを監督し、防御を教えるエイヴォンがそれ以外の私達に教える事になった。
「大丈夫かな…………。」
「お前、余裕だな。」
「あ、すみません…。」と咄嗟に謝ってエイヴォンに向き直る。
いかんいかん、あの人達が心配過ぎてついついあっちを見ちゃうんだよね…………。
でもとりあえず、二人は結構真面目にレシフェの話を聞いてるみたいだ。
さっきの黒い光が効いているのかも。
ちょっと離れた所で教わっている二人が気になって、私は自分も防御の練習中だった事を思い出した。
ヤバいヤバい。
エイヴォンはさっきと同じ説明をしながら、「とりあえずやってみろ」とか言っている。
とりあえずで、出来るのかな?
みんなの様子を横目で見つつ、自分に何が起こるか分からないので私は一人ちょっと離れた所に移動する。
バリアみたいなもの、想像すればいいんだよね?誰が助けてくれるんだろ?
そして少し離れた所でみんながそれぞれ自分の石に集中している事を確認すると、袖から腕輪をちょっと覗き込んだ。
「ねぇ。」
小声で訊く。
「バリア、なんか守るやつって、誰かな?さっきの呪文、要るの?」
「守りはみんな出来ますよ?」
そう答えたのはクルシファーだ。
「僕たちは皆、依るを守る為に存在してますからね。しかし向き不向きで言うと…………。」
「「彼」が適任でしょうな。」
「でも僕らでやった方が…。」
「いいんじゃない?だって、多分一番守りとしては、強いもの。」
「そうか…………。まぁ依るの為には仕方がない。」
ん?話が見えない。
しかしクルシファーの一言を聞いて、ああ、と納得した。
勧められたのはシンから貰った髪留めの石だったからだ。
クルシファーは自分達で守りたい、と言ってくれてたのよね。
「依る。その髪留めの茶の石にお願いしましょう。」
「ありがとう、クルシファー。みんなの気持ちは貰っとく。」
うん?それでどうすればいいのかな?
私はそっと髪留めに手をやり、「ねぇ?」と声を掛けた。
話しかけるのは初めてだ。
「うん?守りをお望みか?」
当然のように、石は答える。
「お願い出来る?何か呪文とか必要?」
「いや。強いて言うならタイミングか…名を、呼べ。」
「名前は?」
「お主がつけて良い。」
うーん。
無意識に髪留めを触る。
ちょっと外して石を眺めそうになったけど、既の所で思い止まった。
あっぶな。危な~。
戦闘訓練どころじゃなくなる所だったあぁぁ。
ふぅーー。
ちょっと深呼吸して、いつも鏡で見る髪留めを思い出す。
うーん。茶色だよね…………。
茶色。秋。
「そうだ。アキにしよう!」
「うむ。」
うんうん、声の感じからどうやら気に入ってくれた様子。
じゃあ早速呼んでもいいのかな?
私はくるりと振り返って、辺りを見回す。
見られてない?大丈夫かな?
周りを確認して、名を呼んでみる。試しに、やってみよう。
集中、集中。髪留めの石を思い浮かべて、呼ぶ。
あの薄茶の綺麗な四角、キラッと控えめに光る、石を。
「アキ。」
ん。何も起こらないぞ。
でもなんか、心なしかあったかい気が、する。
あれれれ?んん?
自分の体を見回す。「?ちゃんとなってるのかな?」
誰かに何か、投げてもらおうか?
そう思ってキョロキョロしていると、すぐシンが側に来る。
私をじっと見ると、「ふむ。」と言って肩に触れた。
ふわっと、自分から暖かいものが離れる気がする。
それは薄い茶色のガラスのようでいて、モヤのようなものでもあり、私から離れるとふわっと膨らみ私と一緒にシンまで包んで卵のような形になった。
そのまま、そこに在る。
「この位がいいか。大きい方がいいか?」
シンはそう言いながら私の肩にまた触れると、卵をどんどん大きくした。
「ええ?」
私が戸惑っているうちに急激に大きくなる卵は部屋の半分を覆いそうになっている。
どんどん、薄茶の靄の範囲が広がるのが感覚で判る。
「おい!」
離れた所からレシフェの声が聞こえてそこまで卵が届いた事が判った。
ヤバい。消さなきゃ!
「アキ。戻って?!」
パチン
軽く弾けた音がして、薄茶の卵が消えたのが、感覚で判る。
すぐに隣のシンをちょっと睨んだけど、涼しい顔だ。
もう。
目立つなって言われてるのに!
しかし私の心配は杞憂だったようで、レシフェ以外は誰も気がつかなかったようだ。
他の生徒たちはまだ、自分の事に集中していた。
ホッと息を吐くと、「レシフェ?何だコレは。」とエイヴォンの緑のお目々がキラキラしていたけれど。
そうして先生達に呼び出されている体で、私達は隅っこに固っていた。
「とりあえず、それは後だ、後。」
「絶対だぞ?」
「ハイハイ。」
「あっちのハーブも忘れるなよ?」
「わーかってるって!ホラ、待ってるぞ?みんな出来たのか?」
「…まぁまぁかな。」
まるで友達のような二人を見て、私も後でこの二人の関係を聞いてみようかと考える。
そんな私をエイヴォンがじっと見ていた。
その視線に気が付くと同時に、やっぱり横から怒られた。
「お前…………。」
「ごめん…。でも半分はシンだよ。私だけじゃないもん。」
レシフェはチラリとシンを見て、「常識を学べ、常識を。」と言っている。
「とりあえずお前のそれは、後だ後。今日はシンがいるからいいだろう。これからあいつらがやり合うから、楽しみにしてろよ?」
ニヤリと、レシフェが悪い顔になった。
なんか不安しか無いけど、大丈夫なのかな、これ。
エイヴォンが防御の仕上げにみんなのチェックをして、私達はフロアの端の方で並んでいた。
「どう?」
「うん、出来たよ。でもあの二人が黄色だから、私達はある程度纏まってた方がいいって。」
エローラが言うには、あの二人の攻撃と同じ防御力があるのは同じ黄色エプロンのレナだけらしい。
赤同士は固って、青のリュディアに関してはエイヴォン担当の様だ。
成る程エイヴォンはきっと始めから防御要員だったんだろうな…そんな事を思いながら、私もシンとみんなの横に並ぶ。
ていうか、まじないで戦うってどうやって戦うんだろう?
多分、みんな興味津々で見ていたと思う。
実際にまじないで戦う所なんて、まず見る事がないだろうから。
でも私は森でのレシフェを思い出して、この部屋が本当に大丈夫なのかがとても気になっていた。
開始の準備が整ったようで、レシフェが喋り出す。
「基本、まじないでの戦い方は自由だ。自分の使いやすいやり方が一番力が出るからな。ちなみに俺はさっきの様に、力自体を打ち出したり、爆発させたり、まぁ色々だ。正直これが一番便利。応用が効くしな。」
二人を見て続ける。
「でも今日二人には武器を教えた。始めはイメージを掴む為にも武器があると戦いやすい。そこから一点に集中して、力を出せるからだ。基本的に二人とも黄色だから力の強さは同じ。後は慣れと、応用力かな?シェランは石を変えたばかりだからハンデをやろうと思うがどうだ、ベオグラード。いいか?」
みんなの視線があいつに集まる。
これじゃ嫌でも嫌って言えないな…。策士め。
でも自信ありげなベオグラードがどのくらい強いのかが分からない。
貰えるものは貰っておいた方がいい。
するとあいつが「三秒待とう。」と言った。
「三秒?」
私が素っ頓狂な声を出したので一斉に首がこっちを向く。
三秒かーい!と思ってつい口に出てしまったのだが、レシフェ曰く充分だそうだ。
「そうなんだ…………。」
三秒が充分と言われ、私もなんだかワクワクしてきた。
すぐ、終わるのかな?
「よし、じゃあどちらかが降参、または俺らが止めるまで。勝敗がついたらもう止めさせる。いいな?」
コクリと頷く二人は一定の距離を取って、フロアの真ん中に向かい合う。
そしてレシフェの静かな声で、始まった。
「始め。」
その、声が掛かると同時にシェランはもう走っていた。
まるで予想もしていなかった速さで駆ける彼に目を見張っている間にシェランの伸ばした手があいつに届く。
1、2、3…そう、3秒丁度。
「シャムシール」「ダヌラ!」
同時に聞こえた呪文。
その瞬間シェランはあいつの背後を取り湾曲した刀を喉元に光らせていた。
あいつは弓の様なものを持って構えているが、どう見てもシェランの勝ちだ。
パチパチパチパチ!
あまりの展開の速さに息を止めて見ていた私は、「ふぅ」と大きく息を吐いた直後に思わず拍手していた。
まだ緊迫した空気が残る中、私一人浮かれている。
きっと、この前の彼の話を聞いてしまったから。
それにしても物凄く早いし、身のこなしがかなり訓練しているのだと感じられる。
文句無しに、カッコいい。
あいつの口惜しそうな顔からしても、完全にシェランの勝ちだろう。
ん?でもまじないの戦いじゃないかも?
「こんなのまじないじゃない!!」
案の定、あいつが騒ぎ出した。
顔が真っ赤だ。
茹でダコって本当になるんだね…………。
そんな事を考えていると、レシフェが仕方なさそうにため息を吐いた。
元々ベオグラードを納得させる為の勝負だ。
確かに納得してないのは、まずい。
これから先も面倒くさいのは確かに嫌だ。
さてどうしようか。
騒つく空気の中、腕組みで思案するレシフェに危険な助け舟が出された。
「力でやらせればよい。」
ん?
シン、としたフロアに低いシンの声が響く。
ツカツカと中央へ出ていくと、二人を手招きして何やら教えている様だ。
二人とも、やる気の顔。
男達は頷くと、さっきよりもお互い距離を空ける。
フロアの端と端、少し手前くらいに位置取り何やら力を込め始める。
「わ…………。」
誰かが声を上げた。
二人の力が見える位、大きくなり始め手のひらの上に玉ができ始める。
ベオグラードは黄緑っぽい色の渦巻。
シェランは茶金の火の玉。
それぞれの手のひらに乗るそれは、ぐんぐん大きくなってゆく。
何これ。大丈夫なの?
咄嗟に仕掛けたシンを見るが、涼しい顔をして真ん中でそれを見ている。
もしかしなくても、あれぶつけるんだよね?
二人の力の強さもあるけど確実にシンの前でぶつかるよね?あれ。
まさか。
そう考えているうちにベオグラードが、限界を迎えた。
持っていた渦を残っていた力、全力でシェランに向かって投げる。
シェランはまだ火の玉を大きくしていたが、ベオグラードが動いた瞬間対応に入っていた。
瞬時に身体をずらし直撃の場所を本能的に避けたのだろう、そのまま渦の向かってくる方向に火の玉を放つ。
その方向には、シンが、いる。
ぶつかる、力と力。
瞬時に森の光景が頭の中に鮮明に蘇る。
真黒の闇、真白の光、消えたシン、青い、石。
い や だ
「シン!」
頭を抱え咄嗟に髪飾りを触り願う。
アキ!
駄目。
もう消えちゃ駄目!!!!!
その瞬間、全身に力が入り自分の身体がカッと熱くなるのが分かった。
思いっきり踏ん張る様に力を入れ、力がそのまま身体から出ていくのが気持ち良くて、そのまま放つ。
……全力で。
ブワリと髪が持ち上がり、風が起こるのが分かった。
思い切り大きな風が通り抜けた、音。
強すぎて聞こえない風の音のようなそれが、通り過ぎる迄、力を込める。
全身が熱くなり頭がギュッとした気がしたが、目を瞑る私はそのまま力を止めなかった。
…………ギュッと握りしめている拳、食いしばる口元から徐々に、力が抜けてゆく。
そうしてスッキリするまで力を込めたら、反動で力が抜けて、その場に座り込んでしまった。
現場は、例えて言うなら私が起こした突風に全てが吹き飛ばされた後だった。
しかし影響があったのは、二人の力のみ。
見ていたみんなはそのまま驚いて立ち尽くしているし、力を使っていた二人は消えてしまった力を、呆然と見ていた。
手のひらを見たり、空間を見たりを繰り返す。
あいつも信じられない様な顔つきをしているが、先程全力を注ぎ込んだのか、何かをする気力もない様でただただ目で探していた。
自分の力の痕跡を。
向こう側にいるエイヴォンは興味深くフロアを眺めていて、何だかウロウロし出した。
検証している様に、二人の真ん中辺りを見ながらウロウロしている。
レシフェはちょっとサジを投げた顔をして腕組みして、壁に寄りかかっていた。
私を、見ながら。
シン?シンは??
肝心のシンがいない。なんで?
ジワッと目が潤む。
「シン?」
「ここだ。大丈夫、いる。」
声がしたのは後ろからだった。
咄嗟に振り向くと、紫の髪が目に入って瞬時に安堵する。
こんな髪の人一人しかいない。
安心すると、急にどっと疲れて立ち上がる気力が無くなった。
でも、現場は混乱中。
どうしよ。
すると、きっと一番状況を把握しているであろう、レシフェが指示を出し始めた。
手をプラプラさせながら、みんなを移動させるようだ。
「とりあえず、教室へ戻る。会議だ、会議。」
何だかサジを投げてそうな言い方だけど、大丈夫かな…………。
まぁ原因は私なんだけど。
レシフェに向かって「ごめん!」の表情をしつつ、みんなの後について立ち上がろうとする。
「っあー。」
ち、力が入らない&足が痺れてる…………。
自分の駄目さ加減にゲンナリしていると、フワッと抱き上げられる。
なんか、とりあえず、授業中だし、人目もあるし、アレなんだけど。
もう、しょうがない。
とりあえず私はそのまま大人しくシンに抱かれて、教室へ戻った。
「はい、とりあえず座って。いつも通りで。」
軽~いレシフェの指示に黙って座る、生徒たち。
何故かエイヴォンも一緒に座っているけど、この際仕方が無いだろう。
驚いている防御チームと、疲労している攻撃チーム。
教卓の前のレシフェ。
抱えられたままの私。
早く下ろして?
シンをチロリと睨むと、仕方なさそうに座らせてくれる。
それを見て、レシフェが話し始めた。
「あー。…………とりあえず、二人の決着はシェランの勝ち。それでいいな?」
あいつの顔を見る。
仕方が無いけど、納得したくない、と思っているのが分かる。
そこにエイヴォンが追い討ちをかけた。
「まぁ、格闘でも勝てないだろうし力もシェランの方が溜められそうだったからな。諦めろ。鍛えたいなら相手してやるから。」
何この人。格闘も出来る薬学生なの??
さっきのレシフェとの会話で彼がレシフェとハーブの話をする仲で、薬学生だと言うしここに長い事は何となく分かる。
しかし素性はまだ知れていない。
そして、エイヴォンがあいつに何か耳打ちした。
すると、途端に大人しくなって話を聞く様子を見せている。
何を言ったんだろう?是非教えて欲しい。
今後の参考に。
「それで、こいつの事だが…………。」
そのレシフェの言葉に、みんなが一斉に私を見た。
あうっ。居た堪れないっ。
穴。穴があったら入りたい。
そして私は授業が始まる前に、自分で「今日の私は借りてきた猫」をするつもりだった事を、思い出していたのだった。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


私に姉など居ませんが?
山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」
「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」
「ありがとう」
私は婚約者スティーブと結婚破棄した。
書類にサインをし、慰謝料も請求した。
「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」

【完結】私、四女なんですけど…?〜四女ってもう少しお気楽だと思ったのに〜
まりぃべる
恋愛
ルジェナ=カフリークは、上に三人の姉と、弟がいる十六歳の女の子。
ルジェナが小さな頃は、三人の姉に囲まれて好きな事を好きな時に好きなだけ学んでいた。
父ヘルベルト伯爵も母アレンカ伯爵夫人も、そんな好奇心旺盛なルジェナに甘く好きな事を好きなようにさせ、良く言えば自主性を尊重させていた。
それが、成長し、上の姉達が思わぬ結婚などで家から出て行くと、ルジェナはだんだんとこの家の行く末が心配となってくる。
両親は、貴族ではあるが貴族らしくなく領地で育てているブドウの事しか考えていないように見える為、ルジェナはこのカフリーク家の未来をどうにかしなければ、と思い立ち年頃の男女の交流会に出席する事を決める。
そして、そこで皆のルジェナを想う気持ちも相まって、無事に幸せを見つける。
そんなお話。
☆まりぃべるの世界観です。現実とは似ていても違う世界です。
☆現実世界と似たような名前、土地などありますが現実世界とは関係ありません。
☆現実世界でも使うような単語や言葉を使っていますが、現実世界とは違う場合もあります。
楽しんでいただけると幸いです。

【完結】お父様に愛されなかった私を叔父様が連れ出してくれました。~お母様からお父様への最後のラブレター~
山葵
恋愛
「エリミヤ。私の所に来るかい?」
母の弟であるバンス子爵の言葉に私は泣きながら頷いた。
愛人宅に住み屋敷に帰らない父。
生前母は、そんな父と結婚出来て幸せだったと言った。
私には母の言葉が理解出来なかった。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる