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6の扉 シャット

世界のしくみ

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え?私、寝てないよね?これ夢?

なんで白い部屋に居るんだろう?


いつもの白い部屋。
扉の並びを、見える所だけ確認する。

うん、いつもの、白い部屋だ。

でも。いつもと違うところがある。
扉の並びが確認しづらい。
首が回しづらい。
何なら、身動きが取れない。

白い大きな何かにがっしりハマっている私は、首を動かすのがやっとだった。

これって、どういう状況?


朝もいない。気焔もいない。
この、私を捕まえている白いものはあったかいので人だろう。

頑張って、動いてみる。
力を入れれば何とかなりそうだ。

そこまで動いて、ふと気が付く。

やだ。これシンじゃない?

そう言えばさっき怒られる話してたもん。
で、なんでこの状況?ここは私の夢じゃ…………。



あ。



そうだ。シンラなんだ。

何もかも腑に落ちて、スッキリして、無理矢理顔を上げる。
腕から顔だけ出す事を許したらしい彼は、赤と金の瞳で黙って私を見つめていた。


相変わらず綺麗。

扉の中にいる時は、赤だけの瞳。
やっぱり金が入ると全然違う。
余計に怖い、とも言うけど。

「ごめんね?私の為に6の扉にも来てくれたの?」

私の問いに、喋らず頷くだけの、彼。
このシンラはやっぱり寡黙だ。

「怒ってる?」

だから、ここに居るんだろうけど。

でもその問いにも彼は答えない。

ただ、ただその金の虹彩に吸い込まれるくらい近く、私を見ている。
不思議とあまり、今は怖くない。

「ごめんね?もう油断しないから。」

元々、私が能天気だからこうなった。
ちゃんとすれば大丈夫な筈。多分。

ちょっと怪しく思って目を逸らしたが、シンラに頬を挟まれ、戻される。

正直、お風呂くらい、と思わない事もない。
一応隠してたし。遠くからだし。

でも、そういう事じゃないんだろう。多分。

ほんの少しだけ陰りが見えるその瞳を見て、そう思った。
だから、謝る。
心配してくれているのだ。素直にそれは嬉しい。

「本当に、ごめん。」

そう言って私は、自ら彼の腕の中に収まる。

居心地のいい、この空間。
どうしてこんなに居心地がいいのだろう。
白くて、あったかくて、ふわふわして、ずっとここに収まっていたい。

でも、戻らなくちゃ。
あっちがどうなってるのか、分からないけど。
何度も助けてくれてるのに、また、シンラの事はきっと覚えていられないのだけど。

「ごめんね?(忘れちゃって。)」

涙が浮かんだ私の瞳にそっと唇を当てると、シンラは仕方なさそうにもう一度キュッとして「戻るぞ」と言った。









え。暗い。またスイッチ切った?
怒り?怒りのスイッチ切り??

私が一人混乱していると、明かりがつく。

「全く。油断しすぎだぞ?」

「今はちゃんと見えないようになってるんだろう?」

シュツットガルトが館に聞いている。
レシフェはちょっと呆れていて、シンは何だか普通だ。

ん?あんまり怒られない感じでオッケー?
よっしゃ。早くこの話題は終わりにしよう!


「で、ビリニス先生?はどんな方で?」

そんな間抜けな話題の逸らし方をした私に冷たい目を向けてくるレシフェ。

いいもん。
とりあえずお風呂の話を終わらせるんだ。

「先生…というか何というか。近頃研究室から出る事は稀でな。しかし彼のビルから寮が見える事は確かだ。以前からそんな噂があって、滅多に入らないのだ露天風呂には。」

あ。
そこに入っちゃったんですね。私が。

ちょっとシュツットガルトが申し訳なさそうに言っているので、私が居た堪れない。
何だか私、すごく間抜けみたいだけど、事実だから仕方が無いのだ。

「近頃変な動きをしている。元々狂信的な所があったが予言の事をどこからか知ったらしい。部屋に入った生徒が、青の人形が数体あったと震えていたぞ。」

え。何それ。私も震えるけど。

その青の人形がどんな物かは知らないが、聞かない方がいい気がする。
とっても、嫌な予感。

「あいつの専門が機械だから、厄介なんだ。さっきからかなり飛ばしているぞ?影が見えただろう?でも空を作ったから幾らかマシだろうな。あれはここを隠す効果も付けておいた。」

何それ。敏腕。

私が気が付いていないだけで、さっき空を作る為に出ていた時も、何かが飛んでいたらしい。

ドローンみたいなものかな?

「ここで注意するのはそのくらいだろう。あとはどこまで話すか…………。」

そう言ってレシフェは黙り込む。

何を、どこまで話すか悩んでいるんだろう?
知ると危険?知らなきゃ危険?
どっち?

あ。そうだ。あれ…。

「どうせなら、全部教えて?知っても、知らなくても危険なら知りたい。」

それでもまだ渋るレシフェ。

言っちゃう?あの、セリフ。


自分なりに、精一杯優雅に微笑みながら言う。

「知らなかった?私、守られるより一緒に戦いたい女なんですよ?」

そう、いつだか言ったセリフが言いたかっただけの私。
でも、思っている事は変わっていない。

ニヤリとする私に観念した顔をしたのは、レシフェとシュツットガルトだけだったけど。





「じゃあ俺らが知っている話をしていく。正直、デヴァイの奴等しか知らない事も多い。だがシュツットガルトと俺の情報だけでも共有すればかなり網羅はできる筈だ。」

そうしてレシフェが話し始めたのは、それぞれの扉の世界と、それを左右する予言との関わりだった。




「わしが知っている事は僅かだ。わしから話そう。」

シュツットガルトはそう言って、自分の話から始めた。


「シャットは技術の高い者が継ぐ。そう言われてわしは先代からここを引き継いでいる。」

シャットは世襲制ではない。

シュツットガルトはそう言った。
だからすんなりイスファを養子にしたのかもしれない。

「元々はラピスの出身だ。まぁここの者は大体そうだがな。稀に他の所から居着く者もいる。だが基本的に奴らは職人を己が使うものを作る為に存在する道具だと思っているからな。自ら進んでここに来るやつは珍しいものだ。たまにベオグラードのように学びに来る者もおる。」

奴が学びに来ているのかは甚だ疑問な所もあるけど。
そんな横槍を入れたくなったが、我慢した私。

「私の仕事は最高の職人を育て、それを保護する事。ここに留まり研究を続けられるようにする事でもあるし、其々故郷に戻りその腕を生かす事も然り。技術を磨きものを作る、ただ消費されるものではなく大切に使われる、その人にとっての大切なものになり得る、物。きちんと想いを入れて、それを作り出せる職人を育てる、それがウィールだ。」

「勿論、それに必要なまじないも教えている。仕事に合わせた力の出し方、素材の使い方、それを極めた、まじない道具の作り方。まじない道具の作り方を学べるのはここだけだ。。だがそれもウイントフークがいた頃まで。あいつが何故だかラピスに行ってから、優秀な教師は居らなんだ。」

え?何してるのあの人。どういう事?

「ただ、こやつは例外だがな。残された資料と実力のみで、凡そあやつと並ぶまでの力を付けた。少々道を踏み外したようだが、さて、仕方のないとは言えお前さんの話も聞こうか?」

そう言うと、シュツットガルトは話の主導権をレシフェに譲る。

シュツットガルトにして「例外」と言わしめた彼は結局何がどうして今ここにいるのか。

レシフェは何とも言えない表情でシュツットガルトの話を聞いていたが、一呼吸置いて、自分から見た世界の話を始めた。

そう、ハーシェルやウイントフークが私に隠していた部分の、話を。


「ヨルには大体話したが、俺の姉が殺された事を知ってからが始まりだった。それまではこの世界の異常さに気が付いていなかった。間抜けな事に。」

そう話し出すレシフェの顔は、久しぶりに見る黒い気配が少し、見える。

最近はいい先生の様子を見せていたからすっかり忘れかけていたが、アンティルを利用したり、沢山の人をブラックホールに落として消した彼もまた、彼なのだ。

「俺はラピスの両親に売られ、グロッシュラーに居た。そこで力と石を気に入られ、ボスに可愛がってもらってた。売られたガキの間では出世頭だぜ?そんな事はあり得なかったからな。でも奴らも力を欲していた。箱舟計画の為にな。」 

「ねぇ、ちょっと聞いていい?そもそも、グロッシュラーって、何?多分、私基本的な事が解ってない。」

何だか話が見えないのだ。

休憩室でも思ったけど、多分大元が分かっていないから問題が理解できない感じ。
みんな、何を前提に話しているのかがさっぱり分からない。

するとレシフェが少し驚いて、そして納得した顔になった。

何だか分かってくれたみたい?

「そこを聞いていないのか。確かにそりゃ話が見えないか。…………まぁハーシェルにとっちゃ一応身内の話だしな。」

そして少し考え込む。
でも、すぐに話し始めた。
とても、分かりやすく。

「まあ、分かりやすく言えばこの世界は「デヴァイ」という扉を仕切っている一族が牛耳ってる。奴らは自称神の一族らしいぜ?で、他の世界は自分達の為に存在してると思ってるのさ。なんせ神だからな。ラピスで食べ物や物を作らせ、ここではそれをやる人材を育てる。より良い物を自分達が手に入れられるように、教育させるのさ。そして俺がいた世界では、主にまじない力の教育と神の一族としての教育をしてる。奴らに力を与えるための祈りを捧げる神官を育てるのさ。デヴァイに生まれた力の弱い子供や、他の所から拐ってきた力の強い子供、俺のような売られた子供。それを飼って、自分達の力とする為に育てる。他にはより力の強い子を為すための「貴石」を集めたりな。ちなみに教えておくが、「貴石」と言うのは元々の力が強かったり、良い石を持った女の事だ。一族がより強大になるように奴らの為に用意されてる「館」がある。」

そこまで言うと、レシフェは言葉を切った。

そして、私をじっと見て言った。

「お前にはまだ早いかもしれないが言っておく。自分の力を継がせるだけの為に、女が集められている場所だ。まず、見つかれば連れて行かれる可能性が高い。」

そして言いにくそうに付け加える。

「ただ、それならまだいい。俺らが何とか出来るからな。力技で、何とでもなる。こいつもいるしな。それ以外で1番問題なのが、…………聞いてるだろう?デヴァイ自体に捕まる事だ。ベオグラードには絶対にお前の本当の姿は知られるな。本当の価値を知っている可能性がある。ここに来させられてる事を考えても、奴は後継ぎ候補なんだろうからな。」

わざとなのか、レシフェは「本当の姿」と言った。
シュツットガルトに水色の髪は見せたが瞳は見せていない。
多分、お風呂でも瞳までは見られていない筈だ。

…………瞳がバレたら。

私は何故か、シンの顔をチラリと見る。

本能的に、安心できる相手。
それが分かったのはきっと最近だ。

この扉に来てから。
再会して、何でかこの人は絶対的に自分を守る為にここにまた存在しているのだと、どうしてか、分かるから。

そうして、私も、気焔も、シンもこの世界の人たちとどこか違うという事も何となく、分かってきた。

私達は異質だ。
元々、この世界には存在しない、異物。
何が違うのか、どこが違うのかは分からないけど。

それに、元々私は姫様を探しにやって来た。
この扉の世界に。
そして2人は、私を守ってくれている。

どうして…………?


私は無意識にシンをずっと見つめていたらしい。

レシフェの咳払いで、我に帰った。

ん?あれ?なんか見られてるな…。


「ごめんなさい。」何故か謝りつつ、話を聞く体勢に戻る。

「まあ、そういう事でお前がデヴァイに捕まるのが一番ヤバい。何しろあそこがいつから存続してるのか知らんが、ずっと血縁での婚姻や力を増す事を最重要としてやってきてる一族だ。現在どの位の力を持っているのか、人数はどの位いるのか、分かっていない事が多すぎる。こいつと、俺と、気焔、後は色々…………俺の石が戻せればな。」

まぁ自業自得だが、とため息を吐くレシフェに何と言葉をかけていいか分からない。

そして、彼はこうも言った。

「結局、お前は何者で、どこから来て、何故「今」現れたのか。俺たちの前に。何も分かっちゃいないが、ハーシェルの言った通りお前が来て予言が動き出したというのなら…………そうなのだろうよ。シュツットガルトも分かるだろう?」

「ああ。何というか…………運命だろうな。今思えば青の像はこの子だと。」

「判る」と、呟くシュツットガルト。


私は何と言っていいのか、分からない。

黙っている私を見て、レシフェは何故か、鼻で微笑った。

「だから。お前は普通でいいんだよ。言っただろう?お前の「そういう所が、要だ」と。それでいいんだ。て言うかお前、自分がしたい事以外の事、出来るのか?」

押し黙る私を見て、また可笑しそうに笑う。

「だろう?それに、お前がしたい事以外をさせる事を、こいつらは許さんだろうよ。そういう「もの」なんだろうな。多分。」

今度はシンを見ながら言っている。シンはちょっと冷たい目でレシフェを見ているけど、「無」ではない。
でも次の言葉で瞳がヤバくなったけど。

「まぁそれとお前を諦めるのとは、別の話だけどな?」

ちょ、止めてよ!今、丸く治りそうだったじゃん!

私が真ん中でワタワタしていると、シュツットガルトが何か、ボタンのようなものを押して、イスファが入ってきた。
お茶を入れ替えてくれるようだ。

イスファがまたちょっと私達の事を見て、何だか言いたそうな空気を出しつつ、出て行く。

扉が閉まると、私はまた疑問をぶつけた。

「みんな、この事を知っている前提で大丈夫ですか?確かに今の話を聞くと、レナの言ってた事とかは理解できるんですけど…。」

「レナ?何と言っていた?」
「いや、あいつが私達を買えるって。」

「まぁ。間違ってはいないだろうな。目をつけられたらそうなるだろうし。お前、本当に気を付けろよ?」

「でも今のところ、嫌われる要素しか無いですよ?いつも揉めるし。好かれる要素が見当たらない。」

「それならいいが。…まぁ油断はするな。」

あんな奴に買われるなんて、死んでも無理。
ヤダヤダ、思い出したくないわ。

「そう、一応言っておくがお前がこの話を知らなかったのはラピスでは箝口令が敷かれているからだ。だから、エローラやシャルムも知らん。」

「え?シャルムもラピスの人なの?」
「そうだ。世界間の揉め事をなくす為に、どこから来たかは全員公表しない事になっているが、今年は意味が無いな。あいつの親はどうなってるんだ?」

レシフェの話を聞いて、そう言えば以前言われた事を思い出す。

たしか「お誂え向きの人材が揃ってる」って言ってたよね?まさか、あいつもじゃないよね???

私がその疑問をサラッと尋ねると、代わりにシュツットガルトが答えてくれた。

「今年は満遍なく各所から来てるのだ。こんなに揃ってるのは珍しい。基本的はやはりラピスからが一番多いからな。シェランとレナ、2人もあそこから来るのも珍しい。」

「そういえばシェラン…………。」
「どうした?」

売られたって…………。
でもそんな事私から言っていい話じゃない。
だからあいつとも仲が悪いんだ。

なんだか色々と、腑に落ちてきた。

だから、私達3人は話が見えなくて、他の5人はあんな感じだったんだ。成る程ね…。

確かに現状把握をしていた方が格段に動き易そうだ。

ん?私、何するつもり?ここ、勉強しに来たんだけど。
そうだった。忘れる所だったわ…………。



何だか1人で百面相をしているうちに、大人達の間ではは大人の話が始まっていた。

どういう風に授業を進めるか、ベオグラードの扱い等々、面倒そうな話をしているので、私はふらっとさっきの作業部屋へ見学に行く事にした。
さっき、とっても綺麗なパーツを扱っていたのが気になっていたので少し、見てみたかったのだ。

そう、ちょっと、見るだけよ、見るだけ。



「うわ。凄。何で出来てるんだろ??」

「それは幻の魚の鱗だよ。」

突然後ろから返事が来たので、私はちょっとその場で飛び上がった。

さっき、ちょっと怖い話をしていた所為もあるだろう。
でもすぐその声がイスファだという事に気が付いて、ゆっくりと振り向く。

すると、思ったよりも彼がそばに居たので、またびっくりした。

いつの間に。全然気が付かなかったけど。


「ごめん、驚かせたね。そんなつもりは無かったんだけど。」

うん、それは分かるけどびっくりするよ…。

いつもの優等生モードではなく、何となくこの前休憩室で見た彼に似ているな、と感じる。
さっきも何か言いたそうだったし、悩みでもあるのだろうか。

するとそれが?自然と口から出ていたのだ。
いつもの様に。

「イスファ。この前から元気無いね?悩みでもあるの?」

私の言葉に、少し驚いたような顔をしていたが話してくれる感じはない。

どうしたものか。
うーん?

そして、私は閃いた。

そうだ!中庭行こう!そのための、中庭!


早速中庭の有効利用を思いついた私は浮かれていた。

そしてそのまま「そうだ!中庭行こう!」とイスファの手を引いて、連れ出していたのだった。


 



フンフン~♪フフ~ン♫


見るからにゴキゲンの私に少し心配そうな目を向けながらも、イスファは大人しく私について来た。

エレベーターさんに乗ると、「中庭まで!」と元気よく言う。

エレベーターさんはちょっと考えていたが「その為の中庭じゃん…」と私がゴネたので、渋々?連れて行ってくれた。

ポン

「中庭の青」


「やだ!ありがとう!誰?こんな気が利いたことしてくれたのは?館くんかな??ありがとう!」

建物にも変なあだ名を付けた私は、ウキウキでエレベーターさんを降り、イスファを案内する。

でも、案内すると言うか降りた瞬間からもう別世界になってしまった、中庭フロア。

イスファも「うわっ」と驚いている。

でも、この時私は彼が何に驚いているのか、解っていなかった。


そのまま、彼の手を引いてベランダへ連れ出す。

始めはかなり怖がっていたけど興味の方が勝ったようで、慣れた後の彼はかなりハイテンションだった。

「ヨル!何だい、これは?」

「え?泉と、空だよ?」

「何だこれは!凄い!こんなの見た事ないよ!」

私は始め、イスファがこんなまじないを見た事がない、という意味なのかと思っていた。
でも、驚き方がおかしい気がする。

もしかして、もしかしちゃう?

「ねぇ。イスファって、生まれはどこ?聞いてもいい?」

「僕はここだよ。珍しいみたいだけど、シャット生まれなんだ。」

どうりで。

「じゃあもしかして、青い空、白い雲、青い泉も初めて?まさかのまさか???」
「う、うん。そうだよ。」

「なんて事!!」

信じられない。

いや、彼のせいじゃないし、仕方ない事だし、彼にとってはそれが普通なんだろうけど。

でも、それはいかん。
絶対勿体無い!


「やろう!藍!噴水だ!いっくぞ~?」

その瞬間私は、彼に青の素晴らしさが見せたくて、その一心で藍にお願いしていた。


キラキラ、青の。水のキラキラよ?

思いっきり、綺麗な青を見せて!


上がれ上がれ!


私の言葉と同時に階下の泉から凄い勢いで水が吹き上がる。

私の腕の動きと共に「ドウッ」と一直線に上がった水の柱は、空の近くまで行くと止まり、そのまま小さな水の玉になって辺り一帯に、弾けた。

その水の玉は小さいが、霧より大きく雨より小さい。

キラキラと、ゆっくり落ちてくる、星みたいな粒。
青色の空からの光を受けて、虹色に輝き出した、煌めき達。


「きゃー!綺麗!いいね、いいね!」

私は調子に乗ってくるくる回りながらあと2、3発水の玉を弾けさせる。

わーいわーい!
噴水だ。

キラキラ、青がいっぱい!

イスファも、始めは呆然としていたが感嘆の声を上げた後は、私と一緒にベランダではしゃぎながらキャッキャしていた。


やだ。めっちゃ楽しい!


ん?

しばらく、キラキラを堪能した後、視線を感じてふと廊下を見る。


そこに居たのは私と同じように濃いブルーの瞳をキラキラさせたシュツットガルト、呆れているレシフェ、静かに怒ってそうな気焔、そして完全にまずい目になっているシンだった。

ヤバい。怒られる頭数が増えてる!



「何してるんだお前らは!」

表立って叱るのは、レシフェだ。

何だかプンプンしているけど、駄目なの?これ。

私の不満そうな顔に気が付いたのだろう、何がいけないのか、滔々とお説教し始めた。

「お前…………。まず大人しくしろ、というのを聞いていなかったのか。目立つな!普通はあんな事出来ないからな?分かってるのか??!」

「…………はぁい。でも。だって…………。」

「全く解っていないようだな。」
「いや、ヨルは僕を元気付けてくれようとしたんです!彼女は悪くない…………です。」



庇ってくれたイスファの方を見るが、既に下を向いてしまって、表情が見えない。

んん?
あっ。

彼の俯いた原因が正面にいた。

1人でも怖いのに、2人。無理無理。
目力で死んじゃうよ。止めたげて。


私は2人の服をギュッと掴むと、「駄目だよ!」と小声で言ったけど多分聞いてない。

いや、私に怒るのは分かるけど、イスファは巻き込まれただけよ?危険も無いよ?

ぶつぶつ言い訳をしている私を無視して、レシフェが聞いた。

「で?決まったか?」

ん?何が?知ってるの?
そういえばこの人先生だった…。

授業中、イスファが何となく悩んでいたのを思い出す。
力の使い道で迷っていた筈だ。
それを知っているレシフェは、イスファの意思の確認をしている。

「はい。ヨルのお陰で決まりました。」

そう答えるイスファの顔は、さっきまでと違ってスッキリしている。
それを見て私も嬉しくなり、シュツットガルトも嬉しそうだ。

うんうん。
良かった良かった、中庭の仕事を果たしたね!


そんなにこやかな私達を見つめていた2人の様子に、私は気が付いていなかった。

うん、その方が良かった。





だよね…………。

気焔に引き取られて部屋へ帰ると、シンが、居た。

うん、なんとなく予想してた。
だってまだ怒られてなかったから。

そして何故か今はシンは黙ってベッドの上で座り、私を膝の中に入れて出してくれないし、気焔はそれを見たり見なかったり、真ん中のテーブルに座っている。

ちょっと恥ずかしいから気焔に戻ってもらおうかとも思ったけど、そんな素振りを見せた時に「我輩が居ないと逆に危ない」と気焔が言った。

意味が分からない。

でも、気焔の言う事に間違いはないので、従っておいた。
そしたらこの状況。
かれこれどのくらいだろうか。

ちょっとお腹空いてきたよ?シン?


そばにいる間、シンは何も言わなかった。

ただ、見てる。
いや、むしろ喋ってくれと、何度も思った。
話しかけても、みた。謝った。いっぱい。
でも寡黙なシンに戻ったような彼に、私もちょっと諦めてそのまま身を委ねていた。

最初はひたすらドキドキして、緊張して、ちょっと怖かったのだけど、慣れというのは怖い。

何だか馴染んできて、むしろ落ち着いて寄りかかっていた。

結局居心地いいんだよね…シンの側って。
なんでだろ?


私がそんな境地に陥っていると、気焔がチラッと扉を見て、私達を見て、出て行った。

どこ行ったんだろう?

シンが腕をキュッとしたのでふと見上げる。

「ん?」

瞳が変化している?金が…………

バチッ

「え?え??」

瞳が金に変化したかも?と思った瞬間、シンが弾かれて消えた。

何?大丈夫?これ?

「気焔!」
「どうした?ああ…………心配ない。」

パッと戻ってきた気焔が、シンが居ないことを見て何だかすぐに納得した。

え、ちょっと説明してよ…………。

その後、どうしてシンが急に消えたのか、何度か聞いたけど「大丈夫。問題ない。」の一点張りだった。

まぁ大事ないならいいんだけどさ。

一応さ、急に消えると心配するじゃん。

いきなり消える事がトラウマになっている私は、夕食後もぶちぶち文句を言っていた。


その様子を見ていた、気焔の様子が段々おかしくなってきた。

え。時差で怒りが?来ちゃった??

「…………お主。」

「え?…………な、なに?」

ヤバい?怒った?

そんな焦っている私の様子を見ながら、気焔は薄い黄色の炎を出す。

「また包まれる」と咄嗟に思った私は目を瞑って待っていたけど、一向にあったかくならない。

ん?

目を開ける。

炎を消した気焔が目の前に立っていて、私をじっと見ていた。

綺麗。

金の瞳を見ながら、今日はよく見つめられる日だ、なんて呑気な事を考えていた。

「寝るぞ。」

ため息を吐いてそう言う気焔に頷いて、私はベッドに入る。

「ん?寝ないの?」

振り向いて気焔に訊ねる。
彼がそのままそこに立っていたから。

「どうして欲しい?」と気焔が言うので、「気焔が良ければ…………寝よう?」と言った私に、やっぱりため息を吐いてベッドに入ってくる。

「嫌ならいいもん。」

「分かった、分かった。嫌なわけが、無い。」

拗ねた私を見て、やっと笑う気焔。

どうしたんだろう?何か悩んでるのかな?
今日もしかして、薬学で何かあった?

ぐるぐる考える。
だって、気焔も笑顔じゃ無いと、嫌だ。

「ねぇ?何かあったら言ってよ?」
「うん?」

暖かい炎の中でウトウトしつつ、言う。

「気焔も笑顔じゃなきゃ、嫌なんだよ。私ができる事は、するから。」

そう言って顔を見ると、金の瞳をまん丸にしてシパシパしている。

どういう顔?


「もう、寝ろ。」

そう言われたが、既に半分寝ていた私は、返事もせずにまったりと暖かい炎の中に沈み込んでいった。
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