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6の扉 シャット

泉と呼び出し

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「じゃ、やっちゃう?」

「やっちゃおうか。」
「フフ。いいね!よっしゃ。」

「姫様、よっしゃはいかがなものかと。」

何かツッコミが入ったけど、気にしない。 
うん。

思い立ったら、即行動。
特に、楽しい事は待っていられない。

藍が賛成してくれたので、私は張り切って辺りを見渡していた。

そう、橙を見過ぎてイメージが湧かないので、青を探していたのだ。
ぐるりと見渡し、やはり灰色ばかりな事を確認すると一番身近で且つ、美しい藍をじっと見つめる。

まじないには、想像力。
それだけは、分かっていた。出来るだけ、具体的に思い浮かべる為に、その青を媒介とするのだ。


つるっと丸い、アクアマリンのような、優しい水色と、少し青。
深いけれど爽やかなその色合いはいつも私を癒してくれる、青だ。

私の、青い石。

少しラピスの青も思い描いて、青の街並み、中央屋敷の青の宮殿のような佇まい、そして青の像。
思いつく限りの美しい青を思い浮かべて、これ以上ない、癒し空間を創るんだ。

どんな、青?
どんな、泉?

どんな水草、苔、魚は、いる?

そうだ。やっぱりあの。
森の、青だよね?

じゃあ決まり。行こうか。

今日もよろしく、藍。


きっちり、思い浮かべたところでゆっくりと口を開いた。


「透明の息吹、藍の浄化。

     全ての曇りを洗い流す。

   私は石に願う。

          癒しの青。
   
     浄化の青。

        何よりも、青い青。

      全ての人の心に安寧を。


   正しく前を向いて進む力を、湧かせ。」



一瞬、風が渦巻いたのを感じる。

泉は、できただろうか。

私の青は、どう、なった?

辺りが静かになり、代わりに再び、風が吹いて閉じていた目を開けた。


目に、飛び込んできたのは眩い、光。

手元の藍から、眩い光が四方に散っている。

そこから大きく光が膨れ、吹き抜けいっぱいまでどんどん、どんどん青い光の玉が大きくなってきた。

みるみるうちに私の何倍も大きくなったその光はその四方が壁に触れると、一気に弾けて、キラキラの水になった。
その、全てが。

ドッ   ザァーーーーーーーーーーーッ


物凄く大きな玉が爆け、キラキラの水になって下に落ちたので、耳が痛い。
少し叫んだ自分の声すら、耳には届かなかった。

まだ続くその音に耳を塞ぎながら、下の橙の色の変化を、身を乗り出して見た。


キラキラが、落ちた所から順にどんどん透明から水色、青に変化する泉。

始めは水の上部だけ透明になってきたが、段々と降ってくるキラキラが増えるごとに深く、深くまで届く。
下まで行った透明がまた青を連れてきて、どんどん変化していく水。

私が森の泉を思い浮かべたからか、青に変化した所から順に水草がビルの壁から生える。
水草で遊ぶ魚もだ。
藻も、水苔も、深く沈む流木のような物も透明度の高い水の中では目にする事ができる。

かなり上方にある、このベランダからでも目にする事ができる、その透明度の高さにただ驚く事しかできない。


そうしてどんどん変化した中庭に、とうとう、私が思う中庭と呼べる癒しの泉が完成した。

森の泉と同じ、透明度が高い水。
藻や水草が生え、数種類の魚が遊ぶ泉。

透明度は高いのだが、やはり水底迄は見えない。
シャットの川はどの位深いのだろうか。


「完、璧。」

完全にドヤ顔になっているであろう、私はとても満足していた。

「凄いね、本当に。いつもありがとう、藍。心からの、感謝を。」

「いえ、こちらこそ。いつもあなたの憂いを払う石でありますように。」

藍のこのセリフ、森でも言ってたよね…。
めっちゃ払ってもらってるよ、憂い。


物凄い、泉ができたと思う。
癒される。
このベランダ、下がガラス張りにならないかな?でも怖いかな?
でも下があの癒しの泉なら怖くない気がするんだよね…………。

私は完璧な泉を堪能すべく、その場所も整えようと欲張りになっている。

そして、寮が「おおきなまじない道具」と気焔が言っていた事を思い出す。

ついでにダメ元、話しかけてみよう。

「ねえ?この床、ガラスっていうか透明にならないかな?」

…………ダメかな??


少し、待ってみるが何も起こらない。

溜息を吐いて、くるりと扉の方を向いた。

すると、なんと建物の側からジワジワと床が変化しているのが、見えたのだ。


「わわわわっ…………。」

自分で頼んだものの、分かっていてもちょっと怖い。

お、落ちないよね?

そうしてジワジワと変わる床に、隅っこに追い詰められながらもお礼を言う。

「あ、ありがとう。これで泉が楽しめそう。ちょっと壁から水草とか生えてるけど、大丈夫かな?よかった?まずかったら言って?」

やはり建物にも少し影響は、あるだろう。
勝手に私が変えてしまったのだから、何かあれば言って欲しい。
そう考えて、辺りを見ていたのだが話すことは出来ないのだろう、答えは無い。

その代わりかは知らないが、何だか壁の色が明るくなった気がする。 
水の色が反射しているのかとも思ったが、多分、薄~い水色だよね?
変えてくれたのかな?気に入ってもらえた、という事でいいのだろうか。

うん、そう思う事にしよう。


そうして中庭は泉の青と、壁の変化でかなり理想に近い空間になった。

「最高じゃん。」

フフフ…………。


一人で満足して怪しい笑みを浮かべていると、そこへ響き渡る、大きな音。

初めて聞く、館内放送がかかった。

「えー、ヨル。今すぐ来なさい。場所は同じだ。出来るだけ早く。すぐだぞ?」

え?私?
しかも2回もすぐって言った?何で??

聞き覚えのあるその声はシュツットガルトのものだと思う。 

同じ場所って事はB5だよね…。

「んー??」

呟きながら、廊下へ出た。そのまま泉が見えるように、ガラスギリギリを歩いて行く。

チラッと、ガラスに何かが通った。

「ん?」

何だろう?写ってる?まただ。

ガラスを見ていると、どうやら何かが飛んでいて、それがガラスに写っているようだ。

鳥かな?
でもシャットに鳥っていたっけ?? 

おおよそ、生物の気配がしないシャット。
私の知らない所では、何かが生息しているのだろうか。

そのままエレベーターさんに乗り込み、とりあえず「B5ね。」と言われ、向かってもらった。





「お前、一体何やった?!」

あら。

部屋に入って早々怒られた私は、目をパチクリしていた。

そこにいたのはレシフェとシュツットガルトだ。
扉を開けて最初のごちゃごちゃした部屋に、座る所が辛うじて出来ていて、2人はそこにいた。


「え?何で分かったんですか?私??」 

「何でってお前…………。あれだけデカいまじない使っといてバレないとでも思ってんのか!?音だって凄かったぞ?いや、寮の壁は特殊だから、中には聞こえたかどうか…でもこの地階と周りは確実だな。」

「ええ~…………。」

思いっきり溜息を吐かれている。

「聞きつけた奴が飛び回り始めた。見つからないうちに中に入ったな?」

「見つかる?何に?」
「上を飛んでただろう。狙われるぞ?全く…………。ホントに…………自覚がないとこうも…………。」 


あれ…………そんな呆れられるような事に?


しかしレシフェとは対照的に、シュツットガルトはウズウズしていた。
トイレに行きたいのかと思いそうなその動きは、やはり。

「凄いですよ?癒し空間!シュツットガルトさんの青の像も想像して作りましたから。きっとご満足頂けると思います!」

どこぞのセールスかという私のセリフに、シュツットガルトはとうとう痺れを切らして出て行った。

フフフ…とほくそ笑んでいる私が視線を戻すと、レシフェが腕組みして呆れているのが目に入る。

だって。
癒しは必要じゃん。

ちょっとむくれた私の顔を見て、またため息を吐く。
「お前は…………。」と言いかけて、止めた。


レシフェが喋らないので、私はここぞとばかりに訊こうと思っていた質問を始めた。 


「ねぇ。レシフェは休憩室にある、あの額知ってるよね?」

「ああ。」
「あれのさ、デッカいバージョン作れないかな?石が要るかな?凄いやつ??」

「は?あれよりデカいやつだと?お前、何するつもりだ?あれはウイントフークさんだから…。」

あれ?黙っちゃった。 

レシフェはウイントフークの名前を出した後ピタッと動きも止めて何かを考えている。

何だろう?作り方、思い付いたのかな?

しかし、どうやらしばらく動かなそうだ。


私はその様子を見つつも、まじない道具でいっぱいの部屋を観察し始める。

あ、あれなんか気になる。

「おい。それで?何に、使うんだ?」

気になるものを見に行こうとしたら、話が再開したので踏み出した足を元に戻す。
私は怒られそうな気がしながらも、自分の欲望を提案してみた。

「空が…………。空が見たくない?」

なるべく可愛く言った。
駄目かな?

「は?空?…………なんで。」

「いや、空は大事でしょうが。青い空。白い雲。」
「何を言ってる。空ならあるじゃないか。」
「あれは空とは言わない。」
「お前、空っていうのはだな、光の…………。」
「いや、そんなウンチクは聞きたくない。私の空は、青いの!」

「いや、青は尊い。」
「ですよね!!」

私達が揉めているとシュツットガルトが帰ってきた。

だいぶ癒されたようで、私の策略にまんまとハマったであろう顔をしている。

よしよし、ボスを落とせたなら話は早いよ?

「シュツットガルトさん。私、思うんです。シャットには、青が足りないと。」

「ああ。」

「だから、泉を作りました。…やっぱり癒しが足りないと思うんです、ここ。それでですね…………空。空も必要ですよね?出来ればちゃんと時間で色が変わるやつ。やっぱり、時計があっても空がないと何で水の時間が水なのか、赤の時間が赤なのか。ここだとずーーーーーーーーーっと橙の時間。そんなの嫌だ。」

最後にはただの本音ダダ漏れになった私の提案。 

しかし、シュツットガルトには通じたようだ。
さすが、青の像の作者。
色の大切さを知っている。

「そうだな。…………石を用意させよう。レシフェ、出来るか?一人で。呼ぶか?」
「いや、やりますよ…………呼び出したら怒るでしょう。あの人。」
「ウイントフークさん?」
「ああ。まぁレシフェが一人でやれるなら、それでよかろう。」

あら。しょっぱい顔してるけど大丈夫かな?

え?私の事睨まないでよ…………一応あなたの上司が決めたんだから。
出来ないなら呼べばいいじゃない。


私とレシフェが目で会話していると、シュツットガルトは私たちを追い出した。

「これから篭るからな。また後で。」

何やらメモしていたので、きっと創作意欲が刺激されたのだろう。 
直ぐに作りたくなったに違いない。
私もそういうタイプだから、分かる。


ハァ

隣でため息吐かれた。どうしようか。

すると、意外な提案をされた。

「あれ、レシピがあるから出来るだろうが俺の石はもうあまり全開にならん。あいつを呼べ、あいつを。俺の力を奪ったんだからあいつに使わせよう。」

何やら悪い顔をして考えているレシフェ。
「力を奪った」という事はあの白い光を出したシンの事だろう。

いきなり呼んで大丈夫かな?

「お前が来て欲しい時に呼ばなくていつ来るんだよ。」
「そういう理屈なの?」

何だか腑に落ちないけど、とりあえず髪飾りに触れた。

いいかな?呼んで。

「シン?」 


「どうした?」

後ろから聞こえる声に、振り向く私達。

やっぱり音もなく、彼はそこに立っていた。





「で?これが?」
「ああ、違う。こっちだ。」

かれこれ何時間経ったろう?

私は二人が空を作る準備をしているのをただ、眺めていた。

始めは少しなら手伝えるかと思ったけど、全然だった。
私、まじない道具、全然向いてない。
それが早めに分かって、良かったのかもしれない??
うん、そういう事にしよう。

もしかしたら、私もう用無し?

チラリと思う。
でも、依頼したのは私だしそもそもの言い出しっぺが割と大事になっているのにトンズラするのも気が引ける。

そう、二人は何だか色々まじない道具を持ち出して来て、その部屋は割と大事になっていた。
 


シュツットガルトが貸してくれた地下の部屋は、多分ワンフロアぶち抜きのだだっ広い、何もない部屋だった。

そこにレシフェが持ってきたり、シンがシュツットガルトの所から調達してきたり、なんやかんやでかなり広範囲に沢山の物が散らばっている。

もう、あの二人には私の事なんて見えていないんじゃないかとも思っている。 


「あそこまでやると、逆に仲良いよね…………。」

二人は作業をしているうちに何だか息が合ってきたのは気のせいでは無いだろう。
二人ともウイントフークの所に居たからだろうか。図らずも新旧の弟子が揃った形だ。

そんな様子を感慨深く見ながら、私はやっぱりヒマをしていた。

「そうだ!誕生日パーティーの計画を立てよう。」

我ながら名案。

もし、空が完成したならあそこのベランダでパーティーをしたら最高なのではないか。 
いや、絶対素敵に決まっている。
もし誕生日パーティーの習慣がなくても、普通に楽しいだろうと思う。

うんうん。もう、誰の誕生日とか、いいんじゃない?完成パーティーで。

趣旨がズレてきた。

でも目的としては、みんなと仲良くなりたいだけだから別にいいかな?



「依る?行くぞ?」

下を向いて考え込んでいた私の顔を、不意にシンの赤い瞳が覗き込んでくる。

だから………近いんだってば!

「ど、どこに?」

「上。」

ちょっと狼狽る私を楽しそうに見ながら、シンは上を指す。 

て事は、完成したの?

「おい。行くぞ?」
「え、出来たの?レシフェ。」
「ああ。後は仕上げだけ。仕上げはお前も手伝ってもらうぞ?」
「それは勿論!」

最後だけでも空に参加出来るなんて、嬉しいに決まってる! 

私はウキウキと二人の後に続いた。





「これだけなの?」

「まぁな。だってお前、空に額縁浮かべる訳にはいかないだろう。」
「まぁ、そうだね。」

レシフェが持っているのは少し大きめの箱だけだ。

何が入ってるんだろう?やっぱり石かな?

チラリとシンを見たけど、頷いたのでそうなのだろう。

しかし、この人まさかこの石で私の頭の中でも読んでるんじゃなかろうか。  

分かりすぎじゃない?
いや、私が分かり易すぎるのか??

そんな事を考えていたら「ポン」と到着した。


「中庭」

今度は三人で、エレベーターさんを降りる。

レシフェ、私、シンとさっきの道を連なって歩いて行く。
三人だと早いな。

到着してガラス扉を開けると、レシフェが少し怯んだ。

「お、前…………。これは落ち着かなくないか?」

床の事だろう。

私はもう慣れた。
勿論、馬鹿と何とかは…じゃない。多分。

シンは…………勿論、楽しそうだ。
レシフェが少し怖がっているのが楽しいらしい。

「それにしても、凄いな。」

シンがそう言って下を見ている。

ラピスを知っている人に褒められるとやっぱり嬉しい。 

「ね?泉を想像したの。」と言う私の顔をじっと見るのは、止めて欲しいけど。


「よし、じゃあやるか。とは言ってももう後はお前がその緑の力を入れるだけだけどな。」

「え?宙の事かな?」
「そう、その緑。それなら空を造れるだろう。」

ふぅん?
して、どうすればいいのかな?

二人はもう完全にこっち任せっぽい。

そんな様子で箱を渡され、私はちょっと考える。
とりあえず宙に聞こう。
それしかない。
 

「宙。そう言うんだけど。どうかな?」

「やっとわたくしの出番ですな。姫様、呪文は憶えておりますか?」

「いいえ。すいません。」

私、駄目な姫様なんです。はい。

「まぁ初めてですからな。では復唱願いますぞ?」
「うん。」



「「思い出せ深遠。」」

宙に復唱して始まる、空への儀式だ。 

藍よりも低い声に合わせて、私も低く、声を合わせてゆく。


  「原初の目的を。

  来たる変容の夜明けへ向かって。

   私は石に願う。

  全てのものが己の魂の目的に気付き、

     それを果たせるよう手助けを願う。


  私たち、それぞれの旅立ちに祝福を。

        私の、気付きの石に。」


「素晴らしい…………。」


持っている箱から、放射状に光が漏れ出す。

すると一瞬で空が暗くなり、辺りが夜のようになった。

箱から漏れ出す光だけが辺りを照らす中、どんどん光が強くなり、とうとう箱自体が光り出した。

私の手を離れ、光と共に浮き上がる箱。

その箱を助けるように私も両手をあげる。

高く。高く、昇れるように。


するとそれに応えるように、箱は発する光を増して眩いばかりの光はどんどん辺りも照らし出す。

ベランダの足元はもう明るく、下の泉にも光の筋が届き始めた。
あの、雲の隙間から天使が出てきそうな時の、光に似ている。

そのままどんどん、どんどん箱は上って行き、ある程度上がるともうそれは光にしか見えなくなった。

その光に照らされる、空色の壁、青い泉、そして黒い空。

黒に侵された橙の空が、その上から更にどんどん浸食され、端から青に変わって行く。
まるで青の絵の具が染み込み、流れて行く様に。

徐々に、変化しそして青が勝ち始める。

雲ができ、そして、流れる。

ふと下を見て、泉からの青を辿ってゆっくりそのまま上へ昇ると、そこにはもう私が描いた青い空が、あった。


できた。

「できた…………。超嬉しい…………。」

え。夢みたい。できちゃった。楽園。

確かにそこは楽園と呼ぶにふさわしい、場所になっていた。
きっと、この橙の世界では。

えー。これは感動する。……うん。
しょうがないよ。

私は、また出てきた涙に言い訳をしていた。


シンと、レシフェがそばに来てポンポンしてくれるので、二人ともまとめてギュッとして「ありがどう」と言う。 
そのまま少しぎゅーしたまんまだったけど、何だかちょっと冷静になり始めると、レシフェに違和感を感じてそっちだけ「えい」と離す。

「おい。」とか言ってるけど、多分シンがそのまま私をくるっと抱え込んだので、レシフェは黙ったみたいだ。 

まだ見てないからなんとも言えないけど。

もうちょっと冷静になると、シンに包まれているのも恥ずかしくなってきた。

どうやって出よう?

ラピスの時より大きいシンは私が腕の中にすっぽり入る。
しかしモゾモゾしていたのが分かったようで、腕を緩めて出してくれた。
顔だけだけど。

「シン。…………ありがとう。もう大丈夫。」

「お前、生徒の前では気を付けろよ?」

苦々しい顔のレシフェを「無」の赤い瞳でチラリと見ると、そのままそっと、私を離してくれた。

安心するけど同じくらい緊張とドキドキで落ち着くんだか、落ち着かないんだか、分からない場所を抜け出してちょっとホッとする。

同時に感じるこの感じは、何だろう?


「とりあえず、お疲れ。これでいいんだろう?シュツットガルトがまた喜ぶな。」

レシフェがそう言って空を見上げている。

いつの間にかだいぶ時間が経っていたのだろう、青い空は残念ながらシャットと同じような夕焼けになっていた。
青空はまた明日までお預けだ。

「これから青い空が見れると思うと、頑張れそうだよ…………。」

「確かにこれはそのうち依頼が来るかもな…………。それまでに石を何とかするか…。」

依頼?空を作る?

「他にも癒しが欲しい人がいるの?」

レシフェは私の問いに答えるかどうか、迷った。

しかし、少し諦めの表情で話し始める。

「いずれ知れる事か。…………とりあえず、戻るぞ。元々その話でシュツットガルトと地下で話をしていたんだ。…そうだ、お前も来い。こいつの話だからな。」

レシフェはシンにも声を掛け、ガラス扉を開ける。
何だかいい話の予感がしない、その彼の様子。心細くなった私は、ちょっとシンの袖を掴んでついて行った。






案の定、シュツットガルトは絶賛鋭意制作中だ。

これ、止めるの?

チラリとレシフェを見る。
仕方なさそうな顔をして、部屋の隅に歩いて行った。

パチン

酷っ。この人、明かり消したよ!ってかこの部屋もスイッチじゃん。
私の部屋だけ?自動なの…。

「なんじゃ。今忙しいのは見て分かるだろう?」
「いや、元々こっちの約束じゃないですか。」

「…………。」

パチン

レシフェがまた明かりをつけた。 

完全に中途半端の顔をしたシュツットガルトが仕方なさそうに道具を片付けている。

何を作ってたんだろう?
銀の色々なパーツと青の石が沢山机の上に乗っていて、きっと素敵な物が出来上がるであろう事が分かる。

仕上がったら絶対見せてもらおうっと。


シュツットガルトは始めの時の奥の部屋に案内してくれた。 
その後ちょっと奥の部屋に引っ込んで、着替えてきたようだ。
確かに素材塗れだったもんね。


みんなが席に座ると、イスファがお茶を持ってきてくれた。
先生達の中に私がいるのを見てちょっと目を丸くしていたけど、ニコッと笑ってお茶を置いて出て行く。

パタンと扉が閉まると、それが合図のようにレシフェが始めた。



「シュツットガルトは息子から聞いているだろう。ベオグラードだ。」

「ああ。酷いらしいな。シャットでは扉間の事は原則関与なしできていたのに、ここに来てどうした事か。教育者が変わったのか?」
「それは分からん。そもそもデヴァイに伝手はほぼ無いからな。しかしラピスの屋敷がこちら側になった。以前よりは少しはマシかも知れない。」
「そうか…………。」

「で、ベオグラードが騒ぎ立てるせいで、こいつに話しておかないと危険に巻き込まれると非常に厄介だ。気に入られでもしたら…………。今の所は大丈夫だが、考えたくもない。どえらいことになる。」

レシフェはチラリとシンを見た。

シンも関係あるのかな?

どうやらあの日、休憩室でみんなが話していた事を話しているようだ。
そのまま大人達の話を聞いているとそんな感じがする。

で、それがなんで私と関係あるの?それがナゾ。
でもハーシェルもウイントフークも私が…青だから、って言っていた。
やっぱり予言関係って事かな?

会話の内容がこっちに来ないので、ちょっと違う事を考え出した私。

だって全然知らない話してるんだもん。
しょうがなくない?

「以前よりも子供が知っている内容が多い。グロッシュラーだって、売られた子供がデヴァイの事を知ってるなんて事、無かった。俺だって大人になってからだ。しかしシェランは勿論、レナも多分知っている。レナは一度貴石で見かけた事があるから、そっちかも知れないがな。」

「しかし今の子は変わってきている。いい方にだぞ?今まで見返してやろうなんて考えを持つ生徒は皆無だった。その点はいいかも知れんが…。」

「力に関しては石を変えた。出し方も教える。多分前より大分マシになると思うぞ?」

シンが初めて話に入る。
多分、シンは元からいる先生では無いはず。
シンが入った変化はあるだろう。

なんか難しい事言ってたしな…。森羅万象がどうとか…………。

「俺は、それぞれの世界が予言によって変わってきてると思っている。多分、デヴァイの奴らは元々何らかの情報を持っていて、準備をしていた。まぁ外れればそれでいいし、当たれば逃げればいいようにな。」

「わしらの世界にも基本不干渉だったはず。しかし近年、生徒の行き先を指示してきたり、講師を送り込んだりしてくる。」

「あ、それが長老の代わりの人だ!」

知ってる話になったのでつい言ってしまった。

みんなが一斉に私を見たので、ちょっと気まずい。

ごめんなさい、邪魔する気は無かったんです…………。


すると私の事を思い出したようにレシフェが注意を促す。

「ヨル。お前に目をつけ始めた教師がいる。まず、ヘンリエッタ。こいつは薬学だ。今は気焔に探ってもらってるがカンナビーを栽培しているのは確実にこいつだ。まず近づくな。お前だと、相手は認識はしていないが近いうちにラピスでの仕業が知れるだろう。需要と供給のバランスが崩れるからな。」

じっと、茶の瞳が私を見つめる。
ティラナに似たその瞳が私を心配そうに見るので何だか切なくなる。
ティラナに心配されてるみたい。

「それと、お前は会ってない筈なんだがビリニスも感付いてる。どこかで髪を見られなかったか?薄青い髪の新入生がいないか教師に聞いていたようだぞ?」

青い髪…………?基本的にいつも髪留めを付けている。
付けてないのは、うーん。

「ここでシュツットガルトさんに見せた時と、寝てる時とお風呂の時?」

そのくらいだけど?覗き?

「ねえ。まさか、違うよね?」

私が上を見て館に話しかけているのを、変なものを見る目で見ているレシフェ。

シュツットガルトは多分館のことを知っているので普通に聞いている。
シンもまた、言わずもがな。

館は、返事はしなかった。
でもちょっと揺れた。
一瞬、下から上にブルっと。なんか違うっぽいな?

あ。

その瞬間、思い出してしまった。

ヤバい。私のせいだ。

気焔に怒られた事を思い出す。

アレじゃない?うわ。どうしよ。
気焔より怖い人、いる…………。


私が明らかにモジモジし出したので、心当たりがあるのに気が付いたのだろう、
話し出すのを待っている、全員。
ヤバい。ピンチ。


みんなの視線が痛くなってきた。

どうする?レシフェにだけ言う?それも、怖い。
シュツットガルト…………以下同文。
シンにだけ?
いや、だったら全員の前で言った方が責めを逃れられるんじゃない?

…………それしか無さそう。

うひょっ。でも怖い。どうなるんだろ?

「あの。えっと。…………実は…………実はですね。お風呂に行ったんです?最初の日に。で、ですね?知らなくて。…………その。露天風呂が。あの。見えるかも知れないって…………。」

そこまで言って、目を閉じた。終わった。

後は野となれ山となれ!




ん?何も起こらない。よね?大丈夫だった?

私の事で怒るかもなんて、自惚れだったかな??

今迄の行動から予測して、かなりのお目玉をくらう事が考えられたので、あそこまで言い淀んだのに、逆に恥ずかしくない?


そんな私の心配を逆に安心させるかの如く、目を開くと私は白い部屋に、いた。


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