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6の扉 シャット

授業と石

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うわっ。眩しっ!

その部屋は思ったよりもヤバかった。

何か、私の想像してた金と違うんだけど…………。


気焔の部屋に入った途端、目がチカチカした私はグイッと傍らの気焔の服を引き寄せ目を塞いだ。

ううっ、ヤバい、この金。

気焔の金髪は綺麗な金で、透けるような薄い黄色に近い。
対して壁の色は、金箔みたいな感じなのだ。
成金感、ハンパない。

ちょっと、この館のセンス!
美的センスを管理してるのは誰?
でもこの館がまじない道具なら、館そのものって事だよね?

「こら。この金は無いわ。こんなんじゃ、無い。気焔の髪はもっときれいな金でしょうが。」

仁王立ちで天井に向かって文句を言っている私を、呆れた目で見ている気焔。

いや、気焔も一言文句を言った方がいいと思う。これは酷いよ。
生活できないでしょ。

「まぁよい。殆どここには居らんのだ。無駄になるのだから、このままでよい。」

そんな事言って。

気焔の言葉を聞きつつ、部屋の中を探検する。
やはり間取りは確認しなくてはならないのだ。
うん。

その間取りはほぼ同じだったが、部屋の中には物が殆ど無かった。
ベッドと、机と椅子くらい。
どうしてこんなに物がないんだろうか。

私がキョロキョロしながら訝しんでいると、気焔がきっと何を探しているのか分かったのだろう、口にしていない疑問に答える。

「吾輩が石な事を分かっているのだろう。必要の無いものは、無いのだ。」

そう、洗面室が無いのだ。
クローゼットなども無い。
本当に、ベッドと机だけ。


…………。

なんだか急に寂しくなって、館の対応に冷たく感じて、気焔の傍に寄って行く。

私しかいないからか、アラビアンナイトなままの彼の服を掴んで「早く帰ろう?」と見上げた。

私の気持ちの動きが分かるのか、気焔は頷くとフワッと炎で包み、部屋まで運んでくれた。



いつもの自分の部屋に着くとホッとして、ベッドに気焔も座らせる。

じっと隣の顔を見ながら「気焔はここにいればいいから。」と言うと、ちょっと笑って「ああ。」と言った。

その顔を見てとりあえず満足した私は、ベッドにゴロンと寝転ぶ。

「ああ、疲れた。何だったんだろう、結局。あいつ…………。あ、気焔ありがとう。仲裁?してくれて。」

そう言った私に、気焔は思い出したように小言を言い始めた。

しまった、まだ怒られてないんだった。

「そうだ。まただ。お主はどうしてそう争いの中に飛び込むのだ。あの図体の男を止められると思っとるのか?全く…………。」

「ごめん…。でもつい体が…。」

動くんだよね………。
運動神経はあんまり良くない割に。
気持ちだけ先走る系ね。

一番厄介なやつ…………そう思いつつ、あの便利な声が羨ましく思う。

「ねえ、気焔のあの声、いいよね。あれがあれば、別に苦労せずに世界征服出来そうじゃない?」

そう、思い付いて何の気無しに言った。

すると部屋の中をウロウロしていた気焔は、クルッと私に向き直ってこっちへ来る。

私の前に立ち止まると、顔をあの金の瞳でぐっと覗き込んできた。


「うん?依るは…………世界征服をお望みか?」

「違うけど…その声止めて。何か嫌だ。」

いつもより少し低めの、脳内に響く声。

あの声で言われると何だか変な気分になる。
フワフワして、望んで無い事も言ってしまいそうだ。

私がフルフル頭を振っていると気焔は笑って「望まぬ事はせん。しかし、望めば成そう。」なんて怖い事を言っている。
むう。


もしかしたら私の小さい願いなんて、気焔に頼めばすぐなのかもしれない。

でもきっと、違うのだ。力で変える事じゃない。本質から、みんなが、想って、変わらないといけないんだ。


「ダメダメ、もう終わりだよこのモードは。いつもの気焔に戻って?」

そんな事を言いながらまたベッドにゴロンと横になった。


青空壁紙の天井を見ながら考える。

みんなが言ってた事、私とエローラ、シャルムだけ、解ってなかった。
どうしてだろう? 

考えても全くわからないし、こうかな?という予測も出てこない。
チラリと気焔を見る。

教えてくれなそうだよなぁ。知ってるかな?
知ってるよね??

そう思いながら、レシフェに聞くしかないか、と思ったところで思い出した。

そうだ。
「搾取」ってレシフェが言ってたんだ。

確か…………何だっけ??
名前を忘れたけど悪い人?悪い所?がなんか独り占めしてるんだよね?
そんな話じゃなかったっけな?

私は自分の記憶力にちょっと絶望しながらも、タイミングが合えば次の授業で聞こうと心にメモをしておいた。
まじないは、ほぼ毎日ある筈だ。


そう決めると、みんなの言っていた事を考えつつエローラを夕飯に迎えに行ったのだった。







次の日のまじないの授業。

同じように全員で前2列に座っている私達は雑談をしていた。
結局どういう方向で力を使うのか、何となくみんな決まってきたようだ。

しかし、あいつだけは昨日の事があったからだろうか。誰とも話す事なく、黙って本を読んでいる。
たまにリュディアが会話に参加出来るように話しかけたりしているが、本人はその気がないようだ。

これからずっとああやって一人でやってくのかしら?

どの位ウィールに居るつもりなのか知らないが、みんなと交流する事で学べる事もあるだろうに。まぁ、私の知ったこっちゃ無いけど。

あいつについての思考をパタンと閉じると、廊下から声が聞こえてくる。

レシフェと、もう一人は誰だろうか。


「だが見せてみないと分からない事が多過ぎる。」
「信用出来るのか?危険だ。」

「それはお前らが守ればいいだろうよ。その為に来たんだろう?」

「そうだが。あまり人目に…………。」

話しながら教室に入って来たのはレシフェとシンだった。
何やら微妙に揉めている。大丈夫だろうか?

私は思わず二人の様子を見て立ち上がったが、入って来た二人は私のその様子を見て、話を止める。
レシフェが大丈夫だというように私を手で制すると、そのまま教卓の前に立った。

「今日はみんな早いな?まだ始業前だが、とりあえず昨日申告してないやつは俺のところに来い。あとは、ちょっと鐘が鳴るまで待つように。今日はシンの授業だ。」

わぁ。シンの授業だって。
どんな授業なんだろう?

シンが先生のように喋るなんて、想像出来ない。

教卓の横で澄まして立っている彼を見ても、まだ寡黙な印象が抜けない。
どんな風に話すのか、楽しみだ。


そして昨日方向性が定まっていなかった3人がレシフェの前で話を聞いている。
それぞれと少し話をして、とりあえずは決まったようだ。

そしてレシフェは少しシェランに声を掛けると、「じゃあよろしく。」と言って教室を出て行った。



「では今日は私の授業だ。名はシンという。まじないの中でもおまじないから占術、天文、森羅万象、そして自然を司る四元素を対応させての石との関わりを教える。まずはお前達の石との相性や関わりを見る。」

徐ろにシンが話し始める。

シンは青紫の髪に赤い瞳。
珍しい色の長い髪が背の高い背中を覆うほど長い。
年齢はレシフェとそう変わらないように見えるが、その不思議な色合いと彼の持つ独特の雰囲気が見るからにまじないの先生らしく見せていた。

そして、相変わらずちょっと怖い感じがする。
その為か、初見の先生が始めた授業をみんなシンとして聴いていた。


「持っていて馴染んでいる為、難無く使えている石と、」

シンは一つ、青の石を掌に乗せる。
通る声で、いきなり実験が始まったのだ。

「自分の性質に合わせた石。」

もう一方の手に、黄色の石がある。

キラリと赤の瞳が光ったように見えた。
そしてその瞬間、それらが同時に燃え上がる。

「こうして基本のまじない力が強ければ、ほとんどの石は使う事ができる。しかし、自分に合った石を使う事で出せる力が倍増する。解るな?」

全く違う燃え方をする石に、みんなが驚きの声を上げる。

青の石は薄く細長く立ち上がる炎がとても綺麗で、何だか芸術品のようだ。
たまに揺らめいて、風に揺れる様子が見える。

黄色の石の炎の方はシンの手を包んで更に上にも伸びている。
子供の背の高さ程度、燃え上がっている炎は気焔が強い炎を出す時の色に似て、あまり透明感は無く向こう側が透けて見えない。
綺麗、を通り越して轟轟と燃える炎にシャルムがビクッとしていた。

大丈夫かな?


あまりにも相性での差が激しくて、何となく分かっていたつもりの私も驚いた。
ラピスでも、石の合う、合わないはあったけどここまで違う事を目の前で見せられると石との相性の大切さが実感できる。
聞くだけとは段違いだ。

それにしても、黄色の石凄すぎない?


みんながポカンとしていると、シンは二つの石の炎をスッと同時に消す。
机の上に彼が石を置いたので、私はどちらも彼の石では無いのだと分かった。

自分の石じゃないのに、あれ。凄すぎない?
本当に彼は一体何者なんだろう?

私がそんな事を考え始めると、すぐに授業は次に進んで考えは何処かへ行く。


「ではそれぞれの生まれから見ていく。呼ばれた者から順に来なさい。」

シンはそう言うと、準備してあった本のうち一冊を取り出し椅子に腰掛けた。
最初に呼ばれたのはあいつだ。

「ベオグラード。…お前はスフォラか。うむ。まぁいいだろう。そちらへ。」

ベオグラード。そんな名前だったかな?

私は自分が全く覚えていなかったあいつの名前を新鮮に感じながら、シンが指示した席に座るあいつを見る。
席が分かれるのかな?

どうやら生まれ月で何やら分けられるようだ。

スフォラは確か…………何だったっけ?


「シェラン。…………ふむ。レシフェが言っていたのはこれか。ちょっとここで待て。」

シェランはシンの横に立たされた。
なんだろう?
シェランも緊張した面持ちでシンの斜め後ろに立って待つ。

分かる。あの独特の雰囲気、怖いよね、知らないと。

次はレナだ。
何だかレナは瞳をキラキラさせて、シンの所へ進む。

怖く無いのかな?

「レナ。は、お前か。…うん、まぁいいだろう。…ん?とりあえずあそこへ座れ。」

レナはシンに何やら話しかけていたが、軽く流されてあいつとは逆の方の席に座るよう、指示される。

「シャルム。うむ。…お前にピッタリだな。これは両親に感謝だ。あの辺に座れ。」

凄い。ピッタリだって。

シャルムも何だか嬉しそうに、指示された真ん中ら辺に座る。
いつもちょっと遠慮がちなので、少し自信がついたようにも見える。

「えー、イスファ。は、そうか。…迷っているのか?ふむ。しかしこれなら粗方こなせよう。まぁとりあえずシャルムの隣に座れ。」

イスファは迷っていると言われ、少し驚いたようだったがそのままシャルムの隣に座る。
そして何だか興味深そうな瞳で、シンの事を見つめている。

「エローラ。…………は分かりやすいな。うむ。レナの所に座れ。」

分かりやすいと言われたエローラは何だかちょっと心外な顔をしていたが、そのままレナの所に行く。
大丈夫かな。

「リュディア。…ふん。いいだろう。やりたい事をやったらいいと思うぞ?場所はシャルム達の所だ。」

リュディアも何か迷っているのだろうか。
ちょっとびっくりした顔をして、シャルム達の所へ座る。

しかしシンの瞳には何が、どう見えているのだろうか。

「気焔。…………は、依るの隣へ戻れ。」

あ、一応呼ぶんだ。

昨日、実はレシフェは気焔を呼ばなかった。みんな気付いてないけど。

私は怪しくないか心配で気焔に聞いてみたけれど、何だかよく分からないが気焔はみんなに不思議だと思われないまじないみたいなものを使っているらしい。
存在はしているんだけど、認識が薄い、みたいな。

いや、こんだけの金色の人どうやって薄くしてるのか分からないけどそう考えると辻褄が合う事が確かに多い。
例えば私の部屋から気焔が出てくる事とか。

そもそもあのフロア自体が男子禁制なのだ。
部屋がどうこう言う問題以前の、問題。
だけど、誰からも咎められた事がない。

でも会うのは殆どエローラくらいだから、私は全く気が付いていなかった。
しかし、そういう事らしいのだ。

とりあえずは立って行ったものの、また私の隣に座った気焔は澄ました顔をしている。


そんな気焔を見ていると私が呼ばれた。

「依る。」

私は何を言われるんだろう?

みんながシンの所に行って何を言われているのかはよく聞こえない。
座る場所の指示は聞こえるんだけど。

とりあえず教卓の前に立つと、横に来るよう指し示す。
私が移動すると、シンは持っている本のページを指差した。

「?」

覗き込むと、一部、通常とは違う文字の形の所がある。
一部だけ手書きされたようなその部分には、こう書いてあった。

「依るの石は触れさせたくないが、モンセラットに見せる事になる。ついて行くから大丈夫だが、油断しないように。」

んん?モンセラット?って誰だっけ?

私の記憶を手繰り寄せる。

あ、あの黒いおじいさん先生だ。
レシフェも気を付けろって言ってたな?
確か石の先生だよね。

私の石たちは自分の意志もあるので何に合う、というよりは私が合わせて使う感じだ。
でも使い方としてはいまいちフワッとした使い方しか分かっていない。
結局あの日記の呪文も、気焔と藍以外は唱えてないし。
でもそのモンセラットの前で使って大丈夫なんだろうか。

シンが一緒に来てくれるなら大丈夫なんだろうけど…………。

不安そうな表情をしていたのだろう、シンは私の頭をポンポンすると「気焔の隣へ戻れ。」と言った。


結局私達2人は元のままで、他のみんなが3つのグループに振り分けられた形になった。

いや、1人振り分けられていない人がいる。
シェランだ。

シェランは少し所在無さそうにシンの後ろに立ったままだ。
しかしそのまま、シンはまた話し始めた。

「大体振り分けたのは、お前達の属性によって分けている。聞いたことがある者もいると思うが、ベオグラードの所は「風」、シャルムの所は「土」、レナの所は「水」だ。それぞれの石で向き不向きはあるが、今日は特に問題の在る者はいない。よってお前達はそのまま、学ぶ事になる。」

あいつはなぜか当然のように頷いていて、それ以外のみんなは興味深そうに聞いている。
私は大体ラインの石の話で聞いていたので「そうかぁ」くらいの感じで聞いていた。

ていうか私達の所は、一応スルーな感じ?

また何かまじないでもかけているのか、疑問に思っている者はいなそうだ。

そしてやっとシェランを呼んで、言う。

「石をチェックする必要がある者はあちらへ。まとめてモンセラットの所へ連れて行く。」

あ、まとめてチェックする括りなんですね。
はい。分かりました。

シンがシェランを私達の所へ行くよう指示し、とりあえずシェランは私の隣に座った。

そしてシンはここに残る者に対してと、これからの事を話し始めた。

「とりあえず石の確認に行っている間はレシフェが来るから待っているように。また揃って授業になるのは次回だな。残る者は石の扱い方を改めて聞いておくように。」

「次回からは力を使うにあたって全員に必要な共通事項から入る。使い道が違っても、お前達が使うのは自分の中の思いと石の力だ。より、効率的に使う手段を教える。今まで日常生活では力を使ってきたと思うが、下手に暴走させるような事がないよう、授業内容を他の所で試したりはしないように。分かったな?」

「「「「はい。」」」」

私達以外のみんながいい返事をした所で丁度良くレシフェが入ってくる。
先生達はいつもタイミングバッチリだけど、どこかカメラでも付いているんだろうか。


「じゃあよろしく。」

「はいはい。」


軽いやり取りで交代をすると、シンは私達を連れて教室を出る。 

「仕方ない、行くか。」

シンはちょっと溜息を吐いて、嫌そうにエレベーターさんへ向かった。





モンセラットの研究室はまじない棟の隣だった。

小さなビル、というか倉庫、というか。
まじない棟がウィール本部からしか行けないので、その延長線上、またまじない棟の5階の橋を使って隣へ渡る。
そのビルは少し小さくて、5階が最上階だ。

着いた所が倉庫のようになっていて、沢山のまじない道具が山と積まれている。

ぐるぐる降って、ちょうど多分3階だろうか。

着いた所は石が沢山ある、部屋というか、ホールというか広い空間を何となく仕切って研究室に使っているであろうスペースだった。


上階と同じように沢山のまじない石や道具がある中に、ちょっとスッキリとした区切られたスペースがある。
お世辞にも綺麗とは言えないが、他の所に比べると物が少ないので片付いていると言えなくはないだろう。

その中に何やら動いている人影が見える。
周りが薄暗く、そこだけ明かりで浮かび上がっている光景はなかなか不気味だ。


シンはツカツカ進んで行くと、仕切っている壁のような物を「トントン」と叩いた。
勿論、扉が無いからだ。

するとモゾモゾ動いていたものが振り返る。

真っ黒の格好で、振り向いた顔だけが少し明るく照らされて見えるその人は、やはり授与式で見たあの黒いおじいさん先生だった。



「モンセラット。お主が来いと呼んでいるのだからもう少し片付けたらどうだ?座らせる場所もない。」

シンが小言を言うのを新鮮な気持ちで聞きながら、私は辺りをキョロキョロしていた。

何しろ面白そうなものばかりなのだ。
例えて言うなら、ウイントフークの家を大きくして、もっとごちゃごちゃにして、何やらもうちょっと気持ち悪い物が沢山ある空間。

あの辺とか、凄そう。

私は何だかキラキラ光っている石が沢山ある所が気になって、そっと近付いて手を伸ばしていた。
綺麗な水晶の原石が集まっている様な一角。
様々な色でキラキラと光り、それらは私を呼び寄せている様に見えた。

シンとモンセラットは明るい方で話をしている。
こちらには気が付いていないようだ。

しばらく眺めた後、ただキラキラしているだけなのでそっと手を伸ばして、触れてみようと試みた。

「全く。油断も隙もない。」

あら。

でもやっぱり気焔にもうちょっとの所で手を掴まれた。

やっぱりバレてたか…………。

「綺麗だからと言って安全とは限らん。まじない系のものは何でも勝手に触るでない。」
「はぁい。」

「全く…聞いていないな?」とまだ気焔はお小言を言っているが私の興味は別のところに移っていた。

シンがシェランの石を受け取ると、モンセラットと何か話している。
2人でその石を確かめるように、翳してみたり、何かに乗せて測るような事をしたり、同じような石と比べたりしている。

何かあるのだろうか?

気が付くと何故か気焔もあちら側に混ざっていて私の側には居ない。

私より少し明るい方にシェランがいるので、隣に並ぶように近付いて聞いた。

「シェランの石、何してるの?」
「ああ。もしかしたら変えた方がいいのかもしれないと言われてな。今見てもらってる。」
「そっか。」

ラピスで同様のケースを見ていた私は普通に納得してまた周りの道具や石の観察を始める。
しかしシェランは少し違うようで、珍しくソワソワして落ち着かない様子だ。
私のそばをウロウロして、独り言なのか、聞いて欲しいのか何やら喋っている。

「石が合わないなんて事があるのか。今更新しい石に変えたとして馴染んで使えるものか?やはり今の石の方がいいんじゃ…………でもさっきの先生は凄かったしな。新しい石は高いのだろうか…でもこれからの事を考えると…力と技術の両立は難しいのか?」

何だか悩んでいる。
これ、話しかけた方がいいのかな?

私はぐるぐる回っているシェランを見ながら、ちょっと考えていた。
チラリと見ても、先生方の方はまだ終わりそうにない。

このままずっと、心配でウロウロするのかな?
それはちょっと、気になる。

「シェラン。ちょっと無責任な言い方になるかもしれないけど、大丈夫だと思うよ?私の知ってる人でも石を取り替えた人はいるし。特に道具系の技術とかなら、尚更変えた方がいいと思う。多分、変える事で起こる、変化への対応の方が大変なら先生達も勧めないと思うから、大丈夫だと思うよ。大船に乗ったつもりで待ってていいんじゃないかな?ん?それは気軽すぎる?」

私が1人でそんな事をやっていると、シェランがクスリと笑う。

「すまないな。心配かけたか。…………。実はあの石は俺が売られた時に唯一持っていた物なんだ。」

「え。売られた?」

突然深刻な話が始まってしまった。

売られたって、どういう事?


聞いてもいいのか、少し身構えた私を気にする事なく普通の話のように、シェランは語り始めた。

「俺はベオグラードが言っていたように、能力が足りなくて売られた。見てくれ、この髪の色。生まれた時から薄い色だった俺は、小さい頃はそれはそれは期待されて育てられた。多分、あいつと同じようにな。でも7つの時の能力検査で全く結果が出なかったんだ。稀に、あるらしい。髪色と能力が合わない奴がな。そして、売られた。払い下げだよ、本当に。その時に持っていた石が、あれだ。あまり気にした事がなかったが、生まれ月とも関係するようだな。きっと親が適当にしたのだろう。ずれているらしい。」

シェランが言うには、本当の生れ月はエレラなのだが何故か火の石を持っているらしい。
エレラは本当は風の石が対応しているという。


私はあの日記に書いてあった占いのページを思い出していた。

こちらの世界にも12星座のようなものがあって、それぞれに対応する石がある。
大きく分けて4つ、シンが言っていた四元素だ。

1月から12月までの数字の代わりにそれぞれ名前があって例えば私は5月生まれの牡牛座、それはタウスになる。
何となく似てる名前が多いので見れば分かるものもあるけど、正直全然覚えられなかった。
日記を見れば、相談者の占いには困らなかったから。 

確か、エレラは水瓶だった様な気がする…………。

私がウンウン唸っていると、気焔がいつの間にか側にいてシェランに「どうしたんだ?」と私の様子を聞いていた。

ん?話は終わったのかな?


顔を上げるとシンが私達を手招きしている。
私達は顔を見合わせると、とりあえず3人で明るい方へ進んだ。

きっと少し片付けたであろう机の上に、多分シェランの赤い石ともう一つ同じくらいの大きさの黄色の石が置いてある。

モンセラットはまだ他の黄色の石を物色しているので、シンがシェランに話を聞いていた。

「石を変える事に抵抗があるか?何か思い入れがあって、変えたくないというならこのまま使う、という手もある。」

じっとシンの赤い瞳で見つめられて、シェランは少し緊張しながらも、はっきりと答える。

「いえ。特には無いです。」
「そうか。…………どれにするかな。」

そう言って、いくつかモンセラットが追加した黄色の石をシンも手に取っている。

すると、そのうちの一つが喋り出した。

「私、この男、好み!私にしなさいよ!ねえ。」

ん?どれだろう?喋ってるのは。

今、そこに並んでいるのは同じような黄色の石だ。私は目を凝らしてじっと見つめる。
すると、何となくキラリとした石があった。

これかな?

そっと掴んで、シェランに差し出す。

「正解!いい目してるわね、あなた!…………ふぅん、成る程ね。それは仕方が無いわね。ありがとう。お礼に何かあったら手助けするわ?」

その石は私にお礼を言うと、大人しくシェランの手のひらに納まった。
満足気にキラリと光る。

「うーん、やっぱり好み!」

シェランの手のひらの上で満足そうに話す黄色の石。

シェランはきっと聞こえていないのだろう、まじまじと石を見てはいるが少し検分するような目で見ている。

気焔は何だかしょっぱい顔をしてそれを見ていて、あまり関わりたく無いようでちょっと引いていた。

シンは興味深そうな目で私と石の会話を見ていて、モンセラットは多分気付いていない。
きっとこの場でこの石の話が聞こえているのは、私、気焔、シンの3人のはずだ。


「じゃあこっちの石は預かりでいいな?ああ、金は要らない。交換だからな。お前にとってはそっちの石の方が良いが、他の用途だとこれが向く事もある。」

シンはそう言うと、試しにシェランに石を使わせるようだ。

石に向かって話しているシンを、シェランがちょっと不思議そうな目で見ている。

「こいつが気に入ったんだろう?じゃあよく手伝ってやってくれよ?試しにちょっと力を貸してやってくれ。」

そう言うと、シェランを見る。
シェランは少し迷ったが石を見つめて力を込め始めた。

何が起きるんだろう?

私はそれをワクワクしながら見つめる。


すると、フワッと風が吹いたかと思うと周りのまじない道具達が次々とゆっくり浮き上がり、段々と回り出した。

「え?え?」

「うわっ。」

力を入れている本人と私が焦り出す。

次々と浮き上がる道具たちは洗濯機のように私達を中心にぐるぐると回り出し、瞬く間にモンセラットが見えなくなる。

「先生!どうするんですか、これ?!」

焦るシェランに、シンは何でも無い様子でシェランの手ごと石を握り込む。

すると、ゆっくりと回転が止まり始め、下りてゆくまじない道具はきちんと元の場所に順に収まったようだ。


何事も無かったように部屋の中はシンと静まり返る。

ただ、シェランの顔だけが喜んでいるのか、驚いているのか、煩かったけれど。


そんなシェランの様子を見てシンが「始めは必ず教師がいる授業中に試せ。」と注意事項を伝え始めた。
そのうちに、モンセラットが何やら石のチェックをして、またシェランに返す。
どうやら登録をし直したようだ。

シェランは嬉しそうに石を受け取ると、またシンに念を押されながら「今日は帰っていい。」と言われ、帰って行った。

そうして私達だけが、モンセラットの部屋に残った。


するとシンは、モンセラットが机の上を何やら探っているうちに私に耳打ちする。

「気焔を戻せ。」

その言葉に少し不安は感じたけれど、気焔を見ると頷いているので、その方がいいという事だろう。

「戻って?」

と私が言うと、スッと石に戻る。
キラリと光る腕輪の石は全部で5つになった。

最近は気焔がずっと人型だったからこの状態を見るのは久しぶりだ。
あ、お風呂で一回戻したか…。

「お風呂?」

シンが訝し気に聞き返した事で、また口に出ていたのだと気が付く。


声色に不穏な影を感じた私は 「さ、これからはどうするのかな?」と努めて明るい声で、モンセラットの方へ向かったのだった。




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