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6の扉 シャット

友達と価値観

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私のやりたい事って、何だろう。


改めてじゃあどうなんだって言われると、沢山あるような気もするけど、考えてパッと出てきたのは修復とみんなの笑顔だった。


修復はやらなきゃいけない事でもあるし、趣味でもある。
自分にはまだその技術が無いけど、学ぶ事で可能になるのであれば、絶対に自分でやりたい。
自分の家を救う為でもあるし、きっと自分の為にもなる筈だ。

シュツットガルトの青の像を見てから、人を感動させられる物を作りたいと思っていた。
ヨークのガラスも。ロランの陶器も。
見る人の心を豊かにして、そこにあるだけで満足できるもの。
あったかくなって、癒されるものが作りたい。

笑顔も、それの延長線上だ。

何がしたいか考えた時に、まず思い浮かんだのが困っている人の顔。
ザフラの娘さんを想う顔。
イオスの母の悩んでいる顔。
フェアバンクスのシンを思う顔。
ハーシェルの亡くなった妻を想う顔…………。

みんなの憂いを取り除きたい。

悲しい顔は嫌だ。
心からの、笑顔が見たい。


私のやりたい事なんて、そのくらい。
でも、簡単じゃ無いけど。

どうしたら出来るのか、先生は教えてくれるかしら?


考え終わって、ふと顔を上げてみる。

気焔は頬杖をついて私をじっと見ていて、何だか私の考えてる事が分かっているような感じがする。 
優しい金の瞳をして、私を見ていた。

最近の元気の無い様子が少し払拭された気がして、私も微笑む。

大事なものは、ここにもある。

そう、気焔にも笑顔になってもらわなきゃね。

他のみんなは決まったかな?


隣のエローラは勿論決まっているので、さっさとレシフェの所に行って何やら伝えている。
工業系の2人も早い。
私が顔を上げた時にはもう終わっていたみたいで、席に着いて2人で話していた。

悩んでいるのは、その他の面子だ。
あいつと、リュディア、レナに意外とイスファ。

そういえばイスファは継ぐって言っても、何をするかは確かに難しいかも。
シュツットガルトは工業系も工芸系も纏めているみたいだけど、そんなの、もの凄い大変な事に決まっている。

普通にやれるものなの?
だから、悩んでるのかな?

あいつは偉そうな事言ってた割には決まってないのかな?

そう思って見ていると、やはりリュディアとは知り合いのようで何やら話をしている。

どうやら1度は決めたらしいものの、レシフェにダメ出しをされてまだ考えているようだ。
リュディアはそんなあいつに付き合ってあげていて、ほっとけばいいのにと私は思った。


レナはどうやらレシフェが苦手らしい。
本当に「魅力」とやらを使っているのだろうか。それならちょっと教えて欲しいけど。

あのレシフェの人を食ったような感じが苦手なのかもしれない。
なんか女子力関係なさそうだもんね、あの人………。
でもレナは何を学びにきたのだろうか。
単純に気になる。


そうやってみんなの様子を観察していたが、結局行き詰まっている者は持ち越しになり、決まった者はもうはっきりと決まって、次からの選択をどこに行くのか指示されている。

レシフェは何やらメモをしていたが、顔を上げると「じゃあ、ヨル。」と私の事を呼んだ。


あ。そうだ。
私の中で決まったからスッキリしてたけど、言ってなかったんだ。

なんだか1人でクスリと笑うと、私はレシフェの所に歩いて行ってちょっとコソコソと話し出した。

大っぴらに言うには、何だか微妙な話だからね。ラピスの諸々って、ここで言っていい話?

とりあえずそばに寄って、小さい声で話す。

「私、洋服の修復はまず決まりで技術系ね。何だか糸とかにもまじない力を込めなきゃいけないみたいだし。これはフローレス先生に聞けばいいんだよね?」

「そうだな。で、何でこんなコソコソ話してるんだ?」

普通の話をさも内緒事の様に話す私を訝し気に見るレシフェ。
確かにこの話は、普通の選択の話だ。
本題を小声で続ける。

「あとね、みんなを笑顔にしたいの。拐われた娘さんを帰したりとか、ラピスをもっとみんなが住みやすい所にしたりとか、ハーシェルさんの奥さん…って言うかレシフェのお姉さんだ…みたいな人を無くしたい。長老もシャットに戻りたいならこっちで研究したらいいし。なんか、みんなが好きな事出来たらいいなって。…………でもこれって根本解決しないと無理だよね?…………ねぇ先生?でも私がまじないを使ってやりたい事って、これかも。」

私の話を最後まで聞いたレシフェは何だか仕方のないようなものを見る目をして、ふっと笑いながら私に耳打ちした。

「やっぱりお前、俺の女になれよ。」

え?
今、その話してなくない??

「ちょっと!真面目に聞いてるんだけど。一応先生だよね?考えてくれる?一緒に。私、どう自分の石を活かしたらいいか全く分からない。」

プンプンしている私に苦笑しながら、レシフェは言う。

「全くって事は無いだろう。もうあいつもいるし。あとは他の石と、仲間かな?お誂え向きの人材が揃ってるぜ、今年は。さて、どうするか…………。」

ふむ。とレシフェは考え始めるが、ちょっと考えてとりあえずまた後でだな、と言う。

「分かってると思うが、大っぴらに話せる内容じゃない。まだ調べる事もあるから、追々それはやっていくしかないな。急にどうこう出来る問題じゃないってのは判るだろう?………でもな、お前のそういう所が大事だ。要と言ってもいい。俺を使ってもいいし、気焔を使ってもいい。アイツでもいい。だが惑わされずに、「お前のやりたい事」をやれ。分かったな?」

急に真剣な顔をしたレシフェに真面目な事を言われてちょっと頭が追いつかなかったけど、内容は簡単だった。

私が、私であればいい、って事だよね?
オッケーオッケー。それは得意だ。


とりあえず、笑顔の方は検討という事で修復はフローレスの管轄だ。
次回からはそちらにも出席となる、と言われる。

そうして私が最後に席に戻ると、それが合図のようにその日は解散になった。





さて。どう攻めるべきか。

帰り道、私はリュディアを捕まえて謝ろうと悩んでいた。


リュディアは少し先をあいつと一緒に歩いている。

あいつとは話したくないしな…………。
どうしよう。

そう思っていたら、珍しく朝が協力を申し出てくれた。
いつもはあまり手助けしてくれないのに。
珍しい。

朝はタッと駆け出して、リュディアの前に周り「ニャ~ン」とひと鳴きした。
別に喋っても良いんではないかと思ったけど何でだろう。

朝が私の猫だという事は割と知られているので、リュディアも気が付いたのだろう、立ち止まって振り返ってくれた。
あいつも一緒に振り返ったが、私の顔を見て「フン」とそのまま立ち去って行く。

私は後ろに立っている気焔に「ごめん、先に行ってて?」と言い「朝がいるから大丈夫だよ。」とも言う。

ちょっと不安そうな顔をされたが、リュディアを見て女の子同士の話だと思ったのだろう。
そのまま先に歩いて行ってくれた。

後で間違いなく聞かれそうだけど。


橋の上だったので、とりあえず寮の前まで2人で歩いて行く。
リュディアから拒否の気配は感じないので、ちょっと安心してホッと息を吐いた。

それにしてもこの前のあれは何だったんだろう?

でも今蒸し返して、また逃げられたら困る。
ここは無難に謝って、またお茶の一つや二つ、して仲良くなってからじゃないとね。

「あの…………。」

話し出した私の方を見て、リュディアも立ち止まる。
すると、意外にもリュディアの方から謝られた。

「あの、私も、ごめんね?ちょっと…急に用事を思い出して。本当はもっとお話したかったんだけど…………。」
「うん、私も!勿論。また、遊んで…いやお茶してくれる?まだウイントフークブレンドも種類があるし…………。」

すると、またリュディアの瞳がキラリと光った。

「え?種類があるの?流石先生…………。」

駄目だ。なんか段々面白くなってきた。

キャラキャラ笑っている私を見ても、不快そうでは無かったので安心した。
聞くと、あいつからもウイントフークの話になった時は呆れた目で見られるという。

ていうか、あいつとウイントフークの話をするくらい仲が良いんだ………。

しのぶはよっぽど仲が良い人とじゃないと、推しの話はしなかった。
まぁリュディアが同じかどうかは分からないけどただの知り合い、という事では無いだろう。

聞いてもいいかな………でもまた地雷踏んじゃう??

ぐるぐる考えている私の顔を不思議そうに見ているリュディア。
やっぱり知的な眼鏡はいいな、と私の思考が脱線し始めたところで一つ考えが決まる。

分からない事は、聞こう。
だって私はリュディアと仲良くなりたい。
決して上辺の友達になりたい訳じゃないのだ。

それで駄目ならしょうがないよね?

「ねえ。」

あ。

そこまで口から出かかったところで、はたと気が付く。

私、あいつの名前忘れた………。

「あいつとどういう関係なの?」って聞いて、分かるかな?でも失礼?
私的には全然いいんだけど…。あいつの名前別に覚えたくないしな…。

私がしょうもない事を考えていると、リュディアから素敵な提案をされた。

「ヨル、お茶会はどうかな?あのウイントフーク先生の絵がある休憩室で、先生のお茶を飲む…………なんて素敵な空間。」

ん?ウットリしてるけど、アレはウイントフークさんが作ったの?
あんな物まで作ってたんだ。

「リュディア、あの休憩室の絵だよね?変わるやつ。」
「そう。あれも本に記述があって楽しみにしてたの!本物は想像を絶する出来だったわ…………。」

うん。興奮してるけど、あれは確かに凄い。

リュディアの目はウットリしていて、ちょっと何処かへ旅立っている。

そうだったんだ。
あの人、色んなもの作ってるなぁ。
癒しを求める心があるっていう事がびっくりだけど。

いや、でもきっとウイントフークの事だから目的は癒しではないのだろう。
何だか問い合わせする案件が増えた。 でもきっとこれも「下らない」と一蹴されるだろうから、まだ連絡しないけど。

しかしリュディアがその気なら善は急げだ。
すぐやろう、すぐ。

「じゃあお昼の後、お茶の時間にどう?休憩室で。」
「いいわ。本を持ってくわね。」
「え?先生のやつ?」

自分で言って吹き出す。

せ、先生…………。

「ええ。私のバイブルだから、数冊借りてきてるの。汚したら大変な事になるから持ち出す気は無かったけど、ヨルなら知り合いだしね?どれにしようかしら…。」
「ありがとう!嬉しい。なんか、基本的なやつがいいな。」

あまり難しいのだと、きっとちんぷんかんぷんの筈だ。 

約束が整って2人ともニッコリした後、「じゃあまた後で」と寮に入る。

リュディアは先に母さんの所に寄ってから部屋に戻ると言うので、私は1人ウキウキとエレベーターさんに行き先を告げたのだった。

「バイブルね…………。」

フフッ。駄目だ、可笑しい。




「…ていう事で、リュディアとお茶してくるね!」

私が元気良くそう言うと、気焔はやっぱり心配そうだったが女子会を中止させるのは違う、という私の訴えにより押し切られていた。

このチャンスを逃すわけにはいかない。

お昼ご飯を食べると、私はいそいそと休憩室に向かった。
気焔に頼まれていた、朝も一緒だ。

休憩室に着くと、そこには珍しくシェランがいた。
でも休憩している訳ではなく、何故か仁王立ちして壁の絵を眺めているようだ。

私から見て後ろを向いているのでよく分からないがあのがっしりした感じと淡い茶色の髪はきっとそうだろう。
まじない道具を取りたいみたいだったから、やはりあれにも興味があるのだろうか。

近づいて行って声を掛けてみる。

思いの外驚かれたので、私が驚いてしまった。

「シェラン?」

「う、わっ!……。」
「ひゃっ!」
「あ、ああ悪い。ヨルか…………。ああ驚かせたな。」
「いや、大丈夫。」

びっくりしてすぐそこの椅子に尻餅を着いたけど、椅子に座った形なので全然痛くはない。

でもシェランは気を使って手を差し出してくれたので、ありがたく手を取って、立ち上がった。

やっぱりこの人、いい人そうね?

レナに熱い視線を向けていた事を思い出して、ちょっとクスリとする。
出来ればみんなと仲良くなりたい私は、ちょっと聞いてみる事にした。

「ねえ、シェランはこの絵誰が作ったか知ってる?」
「ああ。ウイントフーク先生だろう?」

あら。予想外の答えが返ってきた。

まさかシェランも知っていると思っていなかった私は、きっとびっくりした顔をしていたのだろう。

「知らなかったのか?」と逆に聞かれてしまった。
うん。確かにさっき聞くまでは知らなかったもんね。

「え、シェランも先生って言ってるけどウイントフークさんってそんなに有名な人?」
「ああ。俺らの暮らしている所でも有名だぞ?先生のまじない道具の本はまずみんな手本にするからな。」

ええーーー。そんなレベルなの?
なんであの人ラピスで隠居みたいな事してるのかな?

私がまごまごしていると、既にリュディアが本を持って入り口に立っているのに気が付いた。


いつから居たのだろう?

でも彼女の瞳は既にキラキラしているので、きっとシェランの「先生」発言を聞いていた筈だ。
普通であれば、きっと警戒の瞳をしている筈のリュディアに、その色は見えない。

…………シェランも誘ってみようか。

このリュディアの様子だといけるかもしれない。

何だかウイントフーク仲間って所が気になるけど、ガードが硬そうなリュディアがこれだけ瞳をキラキラさせるネタは、きっとこれだけだろう。

私はそう決心すると、シェランをうまく誘うネタを考え始めた。

あ。でもリュディアと同じでいいんだよね?

「ねぇ、シェラン。良かったらお茶していかない?これからウイントフークブレンドを入れるんだけど。」
「は?ウイントフーク先生が作ったお茶だと?!そんなものがあるのか?」

怖い、怖いよ…。
勢いがあり過ぎだよ!

思いっきり振り返ったシェランの勢いにまた尻餅を着いて、私はとりあえず頷いた。

チラリとリュディアを見ると、既にお湯の支度をしている。
どうやら大丈夫のようだ。
良かった。

だが私のこの選択が、この後深い沼を作り出す事になるのだった。



「ねぇ。」
「何?」
「どう思う?」
「いや、自業自得でしょ。」
「朝、冷たい。」

かれこれ1時間はこうしている筈。

何と、リュディアとシェランが意気投合し過ぎて私は完全に蚊帳の外になっていた。
しかも2人が話している内容が殆ど解らない。なにやらまじない道具について話しているのは分かるのだが、私が知らない単語が多過ぎるのだ。

始めは微笑ましく見ていた私だが、流石にちょっと暇になってきた。 
今日は谷間を流れる川になっている絵も、流石に小一時間見ていたら気が済んだし。

戸棚のカップでも眺めに行こうかな、なんて思って立ち上がりお茶コーナーへ向かう。
カップを選んでお茶でも入れ直そう。

すると丁度よくすぐそこの廊下をシャルムが通りがかる。
よしっ、と獲物を見つけた私は身を乗り出してすぐに呼び掛けた。

「シャルム!ちょっとお茶していかない?」
「え?」

ヤバい。
このセリフ下手なナンパみたいじゃん。

急に休憩室から顔を出して呼び掛けた私を少し驚いた目で見つめるシャルム。

この反応はセリフに失敗したからじゃないよね…………。

シャルムがアワアワしているうちに、逃さないように休憩室へ引っ張り込んだ。
私以外にも2人がいるのを見て少しホッとしているようだ。

やっぱりナンパに見えたのかな?

「まぁ座ってよ。あの2人はしばらくあのままだと思うから。」

私が指した方を見て、少し不思議そうに2人を見ていたがとりあえず座ってくれた。
私はそのままお茶の用意をする。
するとそこにエローラが顔を出した。

どうやら私の事を探していたみたいだ。

「ヨル。こんな所にいた。…?何の集まり?これ。」
「ううん、ちょっと待ってね。まぁエローラもお茶にしようよ。」

エローラが入ってきた途端、ちょっとシャルムの雰囲気が変わったのを私は目敏く気が付いていた。

もしかして、もしかしちゃう?
何だか楽しくなってきたぞ?

するとチラリとイスファが通りかかるのが見える。
イスファも丁度休憩室を見ながら歩いていたので、私と目が合った。
案の定、こっちへ来る。

ん?あれ?来ないの?

どうやらイスファは誰かを見つけたようで、踵を返して追いかけて行った。
でもすぐ戻ってきた彼は、レナも連れている。

あら。これであいつ以外は揃ったんじゃない?


「何これ。何してるの、みんな。」

「元々リュディアと私がお茶しようとしてたんだけど、どんどん増えちゃって。折角だから、親睦でも深めない?レナの髪って、とっても綺麗でフワフワよね?何かしてるの?聞きたいな?」

ちょっとツンツンしているレナも引っ張り込んで、これで新入生の集いが出来そうだ。

まぁあいつは居なくても問題ないし。
あ。気焔もいない。

そう思った瞬間、入ってきたからちょっとびっくりしたけど私の考えが通じたのか、そろそろ様子を見に来たのか。
半々かな?


私は人数が増えたのでお茶の支度に忙しくしていた。

相変わらずウイントフーク部の2人は話し込んでいて、隣でイスファがその話を興味深そうに聞いている。
あの話が理解できるなんて、凄いな。

エローラはレナに話しかけていてそれをシャルムが聞いている。

エローラに話しかけないのかな?と思ったけど女子の間に割り込むのは奥手そうなシャルムにはハードルが高そうだ。
気焔はそんなみんなを、私の様子を見ながら遠巻きに眺めている。

みんなにお茶を配りながら、さてやっぱり女子トークに参加すべきかと考えていると、そこへ招かれざる客がやって来た。

あいつだ。

休憩室の入り口に立って、何事が行われているのかと見渡している。

それはそうだよね、自分以外の新入生が全員集まっているんだから。


私は素知らぬふりをしてお茶を配り続けていた。

このまま放っておいたら、立ち去ってくれないかしら。

しかし、やはりその考えは甘かったようだ。

あいつは、偉そうに大きな声でわざと聞こえる様に話し出したのだ。


「おやおや、こんな所に集まって愚民どもが何の相談だ?より良いものを献上する為にどうしたらいいか、今後の相談かな?精が出ることだ。」

もう、話始めた時点でゲンナリしたけどこいつってホント何なの?

ある意味思った通りの反応を見せたあいつにカチンと来たのは私だけではないようだ。
シェランが立ち上がり、あいつを睨む。

「お前達がどんなに偉いか知らないが、他が無いと生活出来ないだろう?結局持ちつ持たれつなんだよ。何故いつもそう偉そうなんだ?」

「はっ!持ちつ持たれつ?生かされているだけなのに?幸せだな、愚民どもは。」

何の話をしているんだろう?

私は話の内容がさっぱり見えなくて、ちょっとあいつに対する怒りが何処かへ消えていた。

でも周りを見ると、私と同じような顔をしているのはエローラとシャルムだけでリュディアは俯いていて顔が見えない。
レナは相変わらずツンとしてそっぽを向いてはいるけれど少し苦々しい表情。
イスファに関しては、何だか迷っているような顔をしている。

いつも朗らかな委員長タイプかと思っていたが、2人の話に入る気配はなく、押し黙っている。


「いずれお前のようなものばかりになれば、自ずと崩壊するだろうよ。足元を救われないように気を付けるんだな。」
「フン。お前らなんて出来損ないの集まりだろう。能力が足りなくて払い下げられたのさ。お前のその髪。本当だったら僕と同じ黄色だった筈だろう?所詮出来損ないだ。」

あいつのその言葉に「何っ!」とシェランがテーブルの間をぬって足早に近づく。

まずい、喧嘩になる!

咄嗟に間に入ろうとした私と気焔の動きが、同時だった。

「待て。」

慌てて椅子に躓いた私を抱えながら、また「あの声」を出す気焔。

一瞬空気がピリリと凍って、休憩室はシンとなった。


誰も身動きしない中、私は気焔の瞳が心配になって顔を見上げる。

その行動を予測していたのか、ちゃんと茶の瞳で私を一度見ると、そのまま私をきちんと立たせ、みんなに向き直った。
そしてあの倍音の声のまま、話し出す。

「お前はここに何をしに来た?理解していないならお家に帰って母上殿にでも聞いて来い。シャットは上下がある場所では無い。学ぶもの全てが等しく学べる場所。その為のウィール。」

ぐるりと見渡して言った。

「お互いを尊重出来ず他者の学びを妨げる者は必要無い。己の使命を全うせよ。それがあるものならば、な。」

シン、とした室内。

ポカンとしているあいつの顔が、みるみるうちに赤くなってきた。

リュディアがそれを見てすぐに立ち上がり、みんなに謝りながらあいつを連れ出す。


それを見送ると、休憩室にホッとした空気が流れた。

あれ?いつの間にか気焔もいない。

きっとわざといなくなったのだろう、場の空気を和ませる為に私はエローラとお茶を入れ直し始めた。
イスファも手伝ってくれて、自然とみんなが集まってくる。


シェラン、レナ、シャルム、エローラ、私、イスファでテーブルを囲む。
みんなで温かいお茶を飲むと、何だかホッと笑顔が出てきた。

何だか台風が過ぎ去ったみたいだ。

「ごめん、僕は何も言えなかった。」

突然、イスファが謝り出した。

イスファが謝る事なんて、ある?

私にはよく解らないが、彼の様子は自分を恥じている様に見える。

どういう事なんだろう。あいつの話もよく解らなかったし、そもそもシェランと揉める理由もさっぱりだ。知り合いでは無いんだよね?

すると意外にもレナがイスファに答えた。

「仕方が無いわよ。あいつらに飼われているようなものだもの。「私達」はね。でも私はただ飼われているだけでは終わらせる気は無いわ。」

「俺もだ。今に現状をひっくり返すような道具を作ってやる。」
「僕は…………。」

はっきりとした物言いの2人に対して歯切れの悪いイスファ。

何だろう、この違いは。

そして全く状況の見えていないエローラ、シャルム、私の3人。
どういう事だろう?

しかし私の疑問は、スルリと口から出ていた。

「どういう事?全く話が見えない…。あいつって、偉いの?」

その私の疑問に対して、レナが答える。

「まぁね。私達を買えるくらいの立場は持ってるんじゃない?あの言い方だと。」

「買う?」

「まぁそこは知らなくていいわ。あんたにはまだ早いでしょ。」
「?」
「とりあえず、あいつらは私達から搾取して生きてるって事よ。あいつらだけじゃやってけないくせに、偉そうなもんだわ。」

搾取…………どっかで聞いたな、最近。
どこだった?

「とにかく彼の態度は目に余るよ。あまりこの手は使いたくなかったけど、父さんにも言って何とかしてもらう。流石にこれじゃみんな学び辛いよ。」

どうやらイスファはやっぱり委員長タイプのようだ。
きっと自分が諌めなくては、と気にしていたのだろう。

でも真っ先に止めなかった、訳があるのかな?
まぁ彼が止めなきゃいけない訳じゃないんだけどね。

それでも正義感が強そうなイスファが押し黙っていた様子は私には気になった。
何か思う所があるのだろうか。

「とりあえず、私達は私達でやるべき事をやるだけよ。どうせ自分が仲間外れにでもされたと思ったんじゃないの?相当な御坊ちゃまなんでしょうから?ガキね。」

「まぁまあ。」

エローラに一蹴されて、ヤツの話は終わりを告げる。

みんなにお開きの空気が流れたので、私もエローラを宥めつつ、お茶の片付けを始めた。

「ありがとう、ヨル。美味しかったよ。」
「そうだ、ありがとうな。ウイントフーク先生の話も楽しかった。また聞かせてくれ。」
「うん。ついていけるか分かんないけど、面白いネタは知ってるかも。」

あれこれ言いながらみんなが手伝ってくれて、片付けを終える。

なんとなく、みんな一度集まって顔を見合わせた。
多分、思ってる事は同じだろう。

とりあえず、頑張ろうか。
自分達のやるべき事を。

みんなで頷くと、言葉は無かったが纏まった。
最終的には、いいお茶会になったと思う。


さ、気焔にもお礼、言わなきゃね。
きっと部屋で待ってるよね?


みんなそれぞれ部屋に帰る。

私は朝とエレベーターさんに乗ると、何となく金色の壁紙が見たくなった。
まだ夕方くらいだよね?

「5階ってまだ大丈夫?」
「そうね。早めに部屋に戻るのよ?」

エレベーターさんに釘を刺されたけど、ちゃんと5階に着いた。

「5」の数字を見て「ありがとう」と言いながらエレベーターさんを降りたが、私は気焔の部屋を知らない事に気が付き立ち止まる。

「あ。」

あれ?朝もいない。
一人で部屋に帰ったな?

そう思っていると、向こうから気焔が歩いてきた。 
やっぱり。


きっと私が来るのが分かっていた気焔は、そのまま手を引いて無言で金色の部屋に、連れて行ってくれた。





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