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6の扉 シャット
リュディアとまじないの授業
しおりを挟むその日の夜、石たちはザワついていたわ。
仕方が無いわよね。急にあのキャラになって、動転したのは依るだけじゃないって事。
私も廊下の隅で見てたけど、あれは凄かったわね…………。
「ねえ!これはイケるんじゃない?とうとうきたかも。」
「確かに。わたしもびっくりしたわぁ。どの石を使ったらアレになったのかしらね?」
「紫ですからな。アレだとは思いますが…あんな感じでしたかね?」
「それ、僕も思った。この前蓮が文句言ったからじゃないの?もっと積極的に行けとか。」
「え。まさかの私のせい?でも結果オーライじゃない?依るドキドキしてたでしょう!」
「「「「確かに。」」」」
確かにあれは見てる方も恥ずかしかったものね…。
あの子は意味分かってないと思うけど。
新しい環境に来て、しかも距離が近い子も多いからマーキングしたのよ、アレ。
人間には分かるのかしらね?私達には判るけど。もの凄いのが付いてるって。
そもそもあの髪留めだけで、かなりだからねぇ。
体術なんて要らないんだけど。
怪我しそうだし。怪我したらしたで、周りが面倒そうだし。
姫様は黙って守られてればいいんだろうけど、本人の性格がアレだから…………。
気焔もじゃじゃ馬って言ってたけど。正解。
まぁあんなに大事に守ってるのにマーキングされちゃったあの子も可哀想だけど。
…………こればっかりはねぇ。
どうしようもないし。
私もまだ消えたくないからねぇ。
ま、最終的にもしも、もしも、依るが気焔がいいって言ったら考えればいいわ。
最終的には私はあの子の味方だから。大どんでん返しに期待しましょ。
ま、無理だと思うけどね…フフッ。
「何これ!何これ!」
洗面室で1人で騒いでいると、心配して気焔が声を掛けてくる。
「どうした?何事だ?!」
いやぁ、でも開けるわけにいかないし…………。
「大丈夫、ごめん何でもない。」
その日は何だかとっても眠くなって、帰ってからずっと寝ていた私は次の日の朝、お風呂に入ろうとしていた。
あ、お風呂じゃなくてシャワーだ。
さぁ入ろうと脱いで、鏡を見たら首と肩の間くらいに何かが付いてるのだ。
何だろう?これ。
始め見た時は紫色になっていたのでぶつけたのかな?と思ったけど、そんなに強く打った記憶がない。
そして、よーく記憶を辿って行ったら…………
シンだよ!これ、シン!
私はてっきり噛まれたと思っていたけど何やらアザのようなものが付いているのだ。
お花のようにも見えるそれは、押しても痛くないし、擦っても取れない。
「何これ…………。ま、いいか…………?」
痛くもないし、服を着たらほぼ見えない。
よっぽど襟ぐりが開いていれば見えるかも、という程度。
でも。
で、も。
でも私が恥ずかしいんだよぉぉぉーーーーーー!
見る度にあの時の事を思い出させるそのアザは、私を変な顔にさせるのには十分な効果だった。
とりあえず落ち着こうとシャワーを浴びて、着替えをする。
大体ブラウスを着ているのでそんなに見える服は無いけど、これ消えるよね…?
ちょっと首元を摩りながら洗面室から出ると、複雑な表情の気焔がベッドに座っていた。
「大丈夫だよ?」
私が声をかけると、何だか元気が無いけれどとりあえず頷いていた。
どうしたんだろう?
とりあえず、選択について聞いてみる。
もしかしたら、授業の事で悩んでるのかも?
私が裁縫をやっている間は暇な筈だ。
気焔はどうするんだろう?
まぁ勉強しなくてもいいんどけどね。石だから。
「気焔は授業どうするの?一緒に取る?でも裁縫もあるよ?」
「ああ。基本、別行動だ。必要がある時は一緒に行くがな。カンナビーの事も調べる事になっているし、後はまぁ、色々ある。」
ここに来てから気焔は人と話す機会が増えたからか、吾輩喋りを封印しているので何だか変な感じだ。
年相応?に見える。でも石だしな…。
授業では離れ離れな事を想像すると少し不安もあるけど、気焔は「基本的には呼べばすぐ行く」と言っているのでしょうがない。
確かに裁縫を一緒にやるのは、流石に私も気が引ける。
「ねぇ、薬学は?やりたいんだけどどうかな?ハーブやるよね?」
「それは依るは駄目だ。吾輩が行く。多分そいつが…………。」
「そいつが?」
「いや、いい。ハッキリしたら言う。」
「うん。…………気になるけど。分かった。」
基本的に私の安全に厳しい気焔は、危険に関する事では知らなきゃ危ない事以外は教えてくれない。
仕方が無いとは思うけど、何だか気焔ばかり危険に晒しているようで、ちょっと嫌なのだが言っても教えてはくれないだろう。
とりあえずあまり危ないことはしないよう、言っておこう。
だって、シンもレシフェに一度消された。
気焔だって、絶対消えないわけじゃないのだ。
しかも戻ってきてくれたのはすごく嬉しいけど、「ラピスのシン」はやっぱりいないのだ。
新キャラは凄くドキドキさせられたし、びっくりしたし、会えて嬉しいんだけど、やっぱりラピスのシンがいなくなったのは事実で、悲しいのも事実なのだ。
今、目の前にいる気焔がもし消えても、もしかしたら戻ってくるのかもしれないけど、「この気焔」はもう居なくなる。
そう思ったら涙腺君が旅立った。
朝から旅立つなんて、酷い。
急に目の前で泣き出した私にびっくりして、気焔は何だか焦っている。
とりあえず撫でてくれたので「ちょっと、ゴロンして」と言ってベッドでいつものように抱えてもらう。
何だかよく分かっていない気焔は、とりあえず私を落ち着かせる為に薄く炎を出して包んでくれた。
いつもの、暖かい空間。
落ち着く。
フーーーーーゥ
大きく息を吐いてだいぶ落ち着いた事を確認すると、気焔の顔を見て念を押しておいた。
「あんまり危ない事しないでね?急に居なくなったり、消えたりしたら駄目だよ?絶対にこの気焔のままでいて。分かった?」
「お主…………。」
金の瞳をクルッとさせながら微妙な表情をしている気焔。
とりあえず分かってくれたのかな?
まぁいい。念は押しておいた。
自分だけスッキリした私は選択を決めようと張り切っていたが、後ろで気焔が深い溜息を吐いていたのには気が付かなかった。
なんだかんだ言っても、私が学びたいものは決まっている。
それに私には何でもかんでもやっている時間は実は、無い。
選択を「まじない」「おまじない」「刺繍、レース、裁縫」に決めた私は、露天風呂へ入ったり、休憩室のカップをどれにしようか悩みに悩んでお茶と絵を楽しんだりと、選択決定日までの残り期間をゆっくり過ごしていた。
お風呂については実は新発見があった。
私が1人で入りたいと思えば、誰も入ってこないのだ。
不思議だけどエレベーターさんの事を考えると何となく納得した。
そもそも、開けた時点で男湯と女湯が別れるのだからきっと可能なのだろう。
お陰でゆっくり温泉が堪能できる。
青い空と海が無いと困る私にとって、お風呂は大事な癒し空間だから。
出かける必要が無い日は、朝風呂も楽しめるなんて最高だ。
あとは空が青いといいんだけど。
まぁそれは仕方がない。
代わりにお風呂後に、一杯やりに行こう。
まぁ飲むのはお茶だけどね。
そうしてある日のお風呂の後、休憩室へ行った時だった。
実は休憩室を利用する人は意外と少ない。
上級生は殆どいないし、私か、たまに私に付き合ってエローラ、一度だけシャルムを見た事がある。
でも、私とエローラが入って行くと気を使ったのかすぐに出て行ってしまった。
貸し切り状態なのは嬉しいような、寂しいような…………ちょっとお友達が出来るかも、と期待していた私はガッカリしていた。
だがその日は違った。
私がお風呂上がりに休憩しに行くと、リュディアが既にお茶を飲んでいたのだ。
お茶仲間ができるかもしれない!
この瞬間、キラリと私の瞳は光ったと思うが、逃げられたら堪らない。
そんな雰囲気をおくびにも出さず、私は自分が飲むお茶の支度を始めた。
リュディアは、挨拶だけして自分のお茶を用意し始めた私の事をじっと見ていた。
よしよし、いい調子。
リュディアは私にロックオンされている事に気付いてないようで、何やら本を読んでいる。
よしよし、本も好きなのね、いいねぇ気が合いそう!
チラチラ確認しながら、お茶の支度道具を片付ける。
焦る気持ちを抑えてお茶を入れ終わると、私は可及的速やかにリュディアの向かい側に座った。
案の定、まんまる瞳の驚いた顔で私の事を見ている。
他に誰もいないのに、まさか自分の向かい側に私が座ると思っていなかったのだろう、本を膝に置いたまポカンとしているリュディア。
いつもはちょっとクールに見えるリュディアのその顔が可愛くて、ついつい笑ってしまう。
いかんいかん、不快にさせる訳にはいかない。折角のお友達候補がっ。
「ごめん、驚かせちゃったよね?何読んでるの?」
「…………。何でもないわ。」
ヤバい。失敗した?
目の前でパタンと本を閉じられてしまった。
何か見せたくない内容だったろうか。
警戒された事にちょっとしょんぼりして、不快にさせたことを謝る。
そんな気は全く無かったのだ。でも下心が透けてたのかもね…………。
「ごめん。そんなつもりは無かったんだけど不快にさせちゃって。裁縫も同じだし、私も本が好きだから仲良くなれたらなって思って。でもちょっと考え無しだったかも。」
私の話を下を向いて聞いていたリュディアは、途中まで話を聞くとハッとしたように顔を上げた。
紺色の緩いウェーブの髪に、綺麗な茶色の瞳。
眼鏡をかけて知的なお姉さんの印象なリュディアは、なぜ同じ眼鏡でもこんなに私と違うのだろうか。
私の眼鏡は、頭が良さそうには見せてくれてないと思う。
ウイントフークさんにクレームかなぁ?
そんな事を考えながらじっと見つめる私を、リュディアもじっと見つめていたけれど、何だか決心したように持っていた本をテーブルに置いて私の方にズイと押してきた。
ん?見てもいいって事だよね?
リュディアが寄越してきた本はまじない道具の本だった。
「へぇ。凄いね?こんなのあるんだ…………。あ、これとか欲しい。でも見ても全く作れる気がしないんだけど…。うわ。これとか凄っ!」
「これなんか、どう思う?」
「いいね。これは女子はみんな欲しいやつ。…………あ、こっちなら私持ってるよ、似たようなやつ。」
「え?ホント??」
私が1人でぺらぺら喋っているからか、リュディアも話に乗ってきて2人で道具についてアレコレ言う。
始めは服にプレスが出来るアイロンのような物について話していたが、どらいやー的なものの記述についても書いてあったのでウイントフークが作ってくれたアレとどう違うか、比べてみたいと思った。
文章だけだと完成形が分からないが、多分髪を乾かすものっぽいから同じ物だと思うんだよね。
リュディアは知っているだろうか?
この本を読んでいるという事は、まじない道具に詳しいのかな?
「この文だけだと完成形が想像できないから分かんないけど、これと同じような道具を知り合いに作ってもらったんだ。」
「え?これを作れる知り合い…………?」
「うん。ウイントフークさんって言うんだけど。」
別にあの人、内緒案件じゃ無いよね??
あれ?
でもリュディアの顔を見ると、私は失敗したかもしれない。
みるみる表情が変わり、何だかさっきまでのリュディアと全く違う顔になっているのだ。
アレに似てる。アレ、…そう、しのぶが推しについて語ってる時の顔。
なんで?リュディアはウイントフーク推しなの?
ていうか知ってるの???
そうして私が戸惑っていると、リュディアがガシッと私の肩を掴んだ。
結構痛い。
「ねぇ。ヨル、それ見たい。見せてくれる?」
「うん、い、いいけど…………。」
リュディアの剣幕に押され、頷いてしまった。
ま、いいんだけどね?暇だし?
お友達が出来そう?だし??
実はこの感じはしのぶで慣れてるし?
この選択が誤りじゃ無いことを祈りながら、ちょっとウキウキしつつ私の部屋に2人で向かった。
気焔、居ないよね…………?
でも流石にテレパシーは通じないので、自分の部屋だけどノックしてみた。
何かおかしいと感じれば何処かへ行ってくれる筈だ。
扉を開けると、やっぱり気焔は居なかった。
良かった。でも、元々居なかったのかもだけど。
とりあえずリュディアを丸テーブルの所に案内して座ってもらう。
リュディアの部屋もどんな風なのか、もう少し仲良くなったら見せて欲しい。
「ヨルの部屋は水色なんだね。」
あ。
そういえばすっかり忘れていた。
お友達が出来るかも、という事に気を取られ過ぎていて気焔に「エローラ以外は入れるな」と言われていたのをすっかり忘れていたのだ。
ヤバ…………また怒られるよ…………。
まぁでももう招いてしまったのは仕方がない。
うん。
私は自分に都合よく切り替えると、お茶の用意を始める。
「リュディアの部屋は何色なの?」
「ウイントフークさんは何故かお茶のブレンドも上手いんだよ。」と言いつつ糞を入れる。
そういえばこれ、ここの世界の人から見ると普通に見えるのかな?
ちょっと心配だったので、少し体で隠すようにお茶を入れた。
「どうぞ。」とリュディアにお茶を出すと、私はどらいやーを取りに行った。
どらいやーは洗面室に置いてある。
何でウイントフークさんの事知ってるのか、聞いても大丈夫だよね?そして私との関係も??
何がNGか分からないので、ちょっと綱渡り気分だが私は新しいお友達の事を諦める気は無かった。
何とかなる、はず。
「お待たせ。これなんだけど。」
そう言って「コトリ」とテーブルにどらいやーを置いた。
丸テーブルの上に置いたそれを「触っていい?」とリュディアは確認して手に取る。
どらいやーは筒に棒を付けて持ち易くした物で、まじない石が動力の為結構軽い。コードも無い。
髪が長い私にとってはこのどらいやーの方が使いやすい。
長時間乾かしても重くないからだ。
コンセントが必要ないので、どこでも乾かせるのも凄く便利だ。
そんなどらいやーをキラキラした茶の瞳で舐め回し、あちらこちらチェックした後、私に返してくれる。
そして、彼女はちょっと座り直すと意を決したように私に尋ねてきた。
「ウイントフーク先生とは、どんな知り合いなの?」
うん?先生?
ちょっと可笑しい。いや、リュディアは真剣だ。笑う所じゃない。
何故先生なのか。
気になるけど、とりあえずどんな知り合いかと言われると…………?
考えあぐねた私が出した答えは我ながら上手い答えだったと思う。
「お父さんのウィールからの友達なんだ。」
「そうなんだ!凄い!他には何か無いの?」
めっちゃ喜んでる。
そんなリュディアが可愛くて、私も嬉しいが色々見せると「何でこんなものが必要なのか」に絶対辿り着くものばかりだ。
どうしたものか。
「ねぇ。リュディアはどうしてウイントフークさんを知ってるの?」
それを聞けば、何かわかるかも。
見せていい範囲も粗方分かるかもしれない。
まぁ大体ヤバいんだけどね…。
「私が使ってた図書室にウイントフーク先生の本が沢山あってね、素晴らしいものばかりなの。特にまじない力を測る道具なんかは正確さと美しさが同時に存在してる、あの道具は芸術的よね…あとは物凄く危ない石を加工する技術。やっぱり他の人には絶対に真似出来ない…………。」
何だかスイッチが入ったリュディアを眺めながら、半分聞いていなかった私は「朝が人間にならなかったらリュディアを紹介しよう」とボーッと考えていた。
もしかしてこの世界なら魔法のランプも落ちているかもしれないしね?
スッキリするまでリュディアを喋らせた後、私は小さい袋だけ見せる事にした。
あれならそうマズくはあるまい。
ポケットから、いつも持っている臙脂の袋を取り出す。
中にはラギシーがパンパンに詰まっている。
まぁ触ってもスカスカだから、私の量感的にパンパンなだけだけど。
「これは不思議な袋だよ。ハーブを入れてるんだ。私、おまじないをやるしポプリやドライハーブも沢山使うから。」
そう言って私はラギシーしか入ってないけど、数枚葉を取り出す。
小さな袋から袋より大きな葉が出てくるのを見て、リュディアは感動していた。
リュディアの周りには空間石とか無いのかな?
ふと疑問に思い質問する。
実はそれが、失敗だった。
「リュディアの周りにはこういうの無い?リュディアはどこの人?ラピスじゃ無いよね?」
そう私が質問すると、今までうっとりしていた表情がいつもの警戒色が強いものにパッと戻る。
そしてリュディアは少し慌てて、「ありがとう、ヨル。ちょっと用事を思い出しちゃって…。」
と言って本を抱え、帰って行ってしまったのだ。
え?…………どうしよう?
失敗したかも?
でも、何が原因だろう?
さっぱり分からないけど出身を聞いたのがいけなかったのかな?
それしか思い当たらない。
その話をする前までは、この袋にうっとりしていた。
じっと臙脂の袋を見つめながら考える。
そして、図書室にウイントフークの本がある所?どこ?
とりあえず、報告が溜まったらウイントフークにラジオ電話で聞いてみよう。
本人に聞けばすぐ分かるはずだ。
でもこの案件だけで連絡したら何だか怒られそうなので、この件は保留にしておいた。
というか、私の友達計画が壊れそうな事の方が重大だ。
まだ、何とかなるよね…………?
選択が決まって、授業が始まったら謝ろうと決めて私は残りの日数を何と謝ったら自然なのか、考えながらものんびり過ごした。
「うわ。流石エローラ。めっちゃオシャレ!」
「うん。もっと言って。」
「こことか、凄くない?私も欲しいわぁ~。でもこの部屋にあるから、かっこいいんだよね。」
今日から授業が始まる。
いつものようにエローラを起こしに来た私は、この期間中にエローラが作った内装に感嘆の声を上げていた。
あれから、エローラも既に大体取る科目は決まっているので、時々散歩したりお茶したりする以外は何かを作っていた。
そして、最後の大物のカーテンを昨日取り付けたようで部屋の中は始めとまたガラリと雰囲気が変わり、よりお洒落になったのだ。
勿論、窓は無いので擬似窓というかカーテンだけ付いている形だ。
しかしそこにカーテンがあるだけで、窓がある、という風に認識するのだから人の脳は面白い。
私はいたく感心して、やっぱりエローラは凄いなぁと糞ブレンドを飲みながら完成した部屋を楽しんでいた。
「ねぇ。最初はまじないからだよね?大体みんな取るんだよね、まじないって。」
「そうねぇ。基本中の基本だし、それが出来ないとここに来た意味が無いからね。まぁ全員いるでしょうね。」
「だよね…………。」
実はあの後、エローラは私が泣いていたのには気付いていなかった。
元々フローレスの所にいたし、多分熱心に話し込んでいたのだろう。
あいつが、何やら問題を起こした事だけは知っていたけど。
でも別のメンバーに会うのは、リュディア以外は初めてだ。
リュディアは何も言ってなかったし、気付いて無い人が多いとしても誰か1人くらいは見ていたかもしれない。
私はそれを心配してちょっとドキドキしていた。
しかも、この前から感じていたが私がドキドキしたり、リュディアに急に帰られて落ち込んでたり大きく感情を揺らすと何だかあのアザみたいな物がうずうずする感じが、する。
その度に摩っているのだが、消える気配もないしやっぱり痛くはないのでそんなに困ってはいないのだけど、ちょっと気になっていた。
だって嫌でも思い出すから。
ほらまた耳が熱くなってきた。。
今度会ったら文句言わなきゃ。
「じゃ、行こうか。」
支度のできたエローラの部屋を出る。
部屋の前の気焔と朝を連れて、朝食後にまたウィールのビルだ。
実はこないだリュディアを部屋に入れたのは気焔には内緒にしている。
だってまた来てくれるか分からないし、私はあの日落ち込んでいた。
言うタイミングを逃してしまったので、まぁいいかと流している。
きっと、大した事にはならないだろう。多分。
そんな私達が朝食を食べていると、母さんが食堂にやってきた。
そして拡声器みたいな物を使って、食堂のみんなに連絡事項を伝える。
「本日まじないを取っている新入生は、水の時間にウィールの本部ビル隣のまじない棟へ集まって下さい。」
母さんはそれだけ言うとニッコリ笑ってまた戻って行った。
隣って事は迷わず行けるよね?
チラッと気焔を見ると頷いているけど、何だか最近覇気がない。
…やっぱりちょっと変だよね?
心配になった私は、朝にコソコソ相談する。
「ねぇ。朝。」
「何よ?」
朝も食事中だったので、些かご機嫌ナナメだ。
私はスプーンを落としたフリをして、朝のそばに顔を寄せて話す。
「何かこの前から気焔の元気が無いんだけど…………そう思わない?」
「ああ……。」
何だかなにかを知っていそうな反応だ。
でも朝は、冷たかった。
「しょうがないのよ。放っときなさい。自分で何とかするしか無いんだから。」
「うーん。そうなんだ…………。」
納得はしてないけど、朝がそう言うならそうなんだろうし、私に教えてくれるつもりは無いみたいだ。
気にはなるけど、私に出来る事は多くない。
せめて、心配かけないようにしよう。
あ、でも今日早速まじないの授業だわ…………。
何かしら問題を起こしそうなので今日はついてきてくれる事になっている。
その前提、ちょっと失礼だよね…。
え…。元気が無いのってもしかして、私のせい?付き合いきれないとか?!
一人で変な想像をして焦り、「ごめんね?気焔?直すから、どこにも行かないでよ??」と気焔にくっついている私を見て、何故か朝が呆れていた。
隣のビルに行くには1度ウィールのビルに入って、そこの3階の渡り廊下ならぬ橋を渡らないと行けない仕組みだった。
何これ。面倒。
でもまじないに関しては厳しく管理されている、という事らしい。
簡単には入れないようになっている。
橋を渡るとすぐにエレベーターさんがあって、何も言わなくてもそこへ運んでくれた。
開いた扉の前に貼ってあったのは「新入生」だった。
まじないを学ぶ教室は、机と椅子以外は何も無かった。
強いて言えば教卓?
長い机に並んで座る形のその教室は、広いけれども生徒は9人だ。
集まってから始まるまで、イスファがみんなと話すのを聞いていたがシャルムやシェランなどはまじないを取るかどうか、迷っていたらしい。
やりたい事が工業系の二人は、まじないを飛ばして技術へ行こうか迷っていたようだ。
しかし相談した時に、すべての基本はまじないだから受けた方が仕事の効率が上がるだろうと言われたようだ。
確かにその通りで、自分の石と力を活かした職人の仕事を見てきた私はその話を側で聞いて一人ウンウン頷いていた。
決して盗み聞きでは、無い。
「さぁ、始めるぞ?」
鐘が鳴ると同時にレシフェが入ってきた。
白衣を着ているので、何だかウイントフークの家にいるみたいだ。
改めて見るとレシフェ自身もまだ若いのだ。
先生をやるなんて、凄い。
そういえば確かウイントフークさんと同じくらい凄いって言ってたような気がするし。
以前の黒い翳りは殆ど見えない彼を見て私は少し安心した。
完全に、彼のやった事を無かった事にはやはり出来ないのだけれど、だからと言って彼の全てを否定する事もまた出来ないのだ。
前向きに、教師をしてくれるなら凄くいいと思う。何だか実力はあるみたいだし?
「全員とりあえず座れ。席は自由だ。」
レシフェはそう言うと、教卓の前に立ってみんなの事を見ていた。
私は1番前の席に気焔とエローラに挟まれて座る。
その他1番前に座ったのはあいつと、少し空けてイスファだ。
後のみんなはその後ろとかシャルムなんかは1人だけちょっと後ろに座っている。
レシフェはその様子を、腕組みをして楽しそうに見ている。
全員が座り終わると、レシフェが話し出した。
「今、お前達が座っている位置が、まじない力を出そうと思った時に出る力だ。ここが10だとすると、シャルムの場所なんかは4くらいだ。まじない力は「思い」や「意思」、所謂気持ちや積極性が必要だ。力を出したい、と思わない事には出ないからな。とりあえずみんな前に来い。実際授業が見えないと面倒だ。」
そう言ってみんなを前に寄せる。
前列2列迄で、9人なので収まった。
それを確認すると頷いてまた話し出す。
「みんな、自分の石は大事に持っているな?」
私と気焔以外が頷いている。
あれ。どうしよ。
「まずよっぽどの事がなければ、今まで普通に生活していたなら石はお前達の味方な筈だ。その石を持ちながら、自分がどの様な力の使い方をしたいのか考えてみろ。」
「力として発現したいのか…。」
そう言ってレシフェは掌の上でポンと軽く力を弾かせる。
小さな風船が割れた様な感じだ。
「技術として使い、価値が高い物を作りたいのか。」
そうして今度は鏡のような物を何処からか取り出し、自分を写す。
鏡の中のレシフェは黒い部分がない、普通の青年だ。
それを見てみんなから響めきが起こる。
何あれ。凄いけど、私は写ったらいけないヤツだよね…。
鏡を置くと、何だかレナの方を見ながら
「魅力として使う事もできる。」
とニヤッとした。
え?そういう事なの??
「何しろ使いたい方向性が決まっていないと、行く道が違うからな。勿論、やり方も人によって違う。最適な方法を案内するのが俺の役目だ。質問がある者はどんどん来い。適性を試す事も出来る。とりあえずは自分の意思は決まっている者が多いだろうから、今日中に粗方決めたいかな。」
そう言うと、教卓の所の椅子にドカッと座った。
さて、みんなはどうするのかな?
私も改めて、自分の事を考えてみる事に、した。
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