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美黎

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6の扉 シャット

まじない寮とシュツットガルト

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そのままエレベーターさんで3階を探検したが、普通の勉強部屋がいくつかあるだけだった。

この寮が何だか普通じゃない、という事に気がついていた私は期待が外れて少しがっかり気味に2階に降りる。

やっぱりエレベーターさんは隙を見せないし。
ちっ。


そして2階の洗濯室を確認してからの、休憩室。
少し広めの部屋にお茶が飲めるように用意してあるスペースがあって、寮でのコミュニケーションに役立ちそうな部屋だ。
どんな人が来るのか、ワクワクしながらすぐそこにあるお茶スペースをチェックする。

私にとってお茶は習慣だからどんなお茶が置いてあるのかチェックしなくてはいけないのだ。うん。

小さな食器棚に並んだ茶器を見ながら、お湯を作れるスペースを見る。
カップ類も充実していて、コーヒーカップやティーカップ、柄や色も沢山ある。どれも手が込んだ物が置かれていて、これでお茶が飲めるなんて…!とワクワクしてしまう。

ここではまじない道具でお湯を沸かしてお茶を入れるようだ。
コンロのような物があって、火にかけるポットもある。

うん、その方が高温で入れられるからいいかも。


お茶のコーナーに満足した私はその他の気になっている所に目を向けた。
そして気になっていた奥の窓に行ってみる。その、部屋の奥にある横長の窓からはちょっと変わった景色が見えたからだ。

それは、広い緑の草原だった。

なんで窓から草原が見えるんだろう?

私が草原だと疑わなかったその窓からの景色には、それだけの理由があった。
窓の外には風が吹いていて草が揺れていたし、一本だけ生えている大きな木は風に葉を揺らしていたから。

だが近づいてみて、それが窓ではない事が判る。
それは窓ではなく、どうやら額にはまった精巧な絵のようだ。
でもやはり絵の中には風が吹いていて、木や草が緩々と揺れている。どこかの景色を投影しているのか、それとも絵自体が動いているのか。

見た目では全然分からなかったけれど、青い空と緑が見たかった私はとても満足した。
その不思議な窓を見ながら飲むお茶は、とても美味しいだろうと思えたからだ。

「これ、どうなってるんだろうねぇ。」
「凄いわね、これは。」

朝も感嘆の声を上げている。

朝がこれだけ素直に褒めているっていう事は、結構凄いって事だね…。出来れば水も見たいよ…。

「さ、ご飯行こっ。」

椅子の座り心地を試していたエローラに言われ、すっかり食堂に向かっている事を忘れていた事に気がついた。
そうだ、そういえば思い出したらお腹が空いてきた。どんなご飯が出てくるのか、とても楽しみだ。



「あら、遅かったわね。お腹空かなかった?」

母さんに出迎えられて、食堂に入る。
初めてなので、最初に説明してくれるようだ。

「ここに札があるから食べる時は掛けておいてね。食べない時は、下げておく。下げ忘れると食事が無駄になるから、忘れた時は怖いわよ?なるべく忘れないようにね。」

何が怖いのかすごく気になるけど、母さんはそのまま説明を続ける。

「食べる時間が決まっている時はここ、時間の所に掛けてね。特に決まってなければここで。授業が始まるまではお昼も出るわ。授業によって、お昼がいらない時は下げておく事。」

壁にずらっと並んだ、札と表。

沢山の名前があって、当たり前だけど集団生活なんだなぁと再確認する。
家から出る事自体、この旅が初めてだけどハーシェルの所は第二の家だった。

なんか、ここに来て改めてのアウェイ感。
少し寂しさを感じながら、自分の札を表に掛けていく。朝、昼、夜。

「じゃあ後はゆっくりしていって頂戴。大体、ここで食べて食後のお茶を休憩室で飲む子もいるわね。ここはお茶はあれしかないから。」

母さんが指したのは、押すとお茶が出る機械だ。

あれはよく見るやつね。あっちの世界でも。

確かにあれでは味気ない。
お茶好きはきっと休憩室に行くだろう。
お茶仲間ができそうだ。

そうして母さんが戻って行くと、私達は「ここかな?」と食堂のカウンターに向かう。
見た感じ、誰もいないのでどうしていいか分からない。
しかし私達が近づいて行くと奥から誰かが出てきた。

それはコックの格好をした小さなクマだった。


え。クマが出てきた。

ぬいぐるみにも見えるそのクマは、かなり本物っぽいのだけれど、子グマくらいの大きさだ。
それがコック帽をかぶってエプロンをしているのだから、かなり可愛い。

驚かれるのに慣れているのか、クマは普通にトレーにどんどん料理を載せて、持っていけと言うように示した。クマには驚いたけど、お腹が鳴っているのも、事実。

「ありがとう。」

クマからトレーを受け取ると、適当な席に着いた。
みんなが席に着くとそれぞれのトレーの内容が違うことが分かる。

「私のやつに、それ無いよ。」
「私のはやたらと野菜が多い…………。」
「…………。」

エローラには野菜が多め、私のはメインがお肉がドンと入ったスープシチューみたいなもの、気焔に関して言えば普通の男子が好みそうなご飯だ。

て言うかこの人ご飯食べれるのかな?

なんだかんだでずっと一緒だけど、一緒にご飯を食べた事はない。
じっと見ている私の心配を察したのだろう、気焔は「大丈夫」という風に頷いて見せて普通に食べ始めた。

後で具合が悪くなったりしないといいけど。
そう思ったけど、ご飯が美味しくて食べ始めたらその事はすっかり忘れていたのだった。


食堂からの帰り、母さんに声を掛けられて受付へ寄る。
カウンターで待っていると、一通の手紙を渡された。

「これね。行き方は明日教えるわ。時刻はラピスと同じだけど、空があれだからちゃんと時計を確認してね。」
「はい。ありがとうございます。」

そう言って手紙を受け取ると、エレベーターさんで部屋へ帰った。

部屋に入ると勝手に灯りがつく。
「おっ」とちょっとびっくりして、もう外は暗いのだと思った。

でも、待って?

そう、この部屋には窓が無い。
というより、お風呂以外で窓を見ていない事に気がつく。

?でもさっき部屋にいた時は明るかったよね??

部屋を見回すが、何か分かるわけでもない。
電球があるわけでもないのだ。
さっき気焔がまじないだと言っていたし、この建物自体が不思議なのだろう。そう思う事にして、母さんに渡された手紙を読む事にした。


寝巻きに着替えて、手紙を広げる。

何となく疲れを感じていたが、それはそうだ。
今日一日で別れ、移動、探検までした。

「それは疲れるよね…………。」

ホッとする為に夜のティータイムにする。
こういう時の、いつものやつ。
それが、落ち着く。

朝はもうベッドに丸くなっていて、気焔は一度部屋に戻ると言っていた。
寝る時は戻ってくるのだろうか。

「どれどれ。明日、水の時間に来るように。シュツットガルト…………シュツットガルト?!」

なんと、会えたらいいなと思っていたあの像の作者、そしてルシアの元夫からの呼び出しだ。

何だか偉い人っぽかったので最悪会えないかもしれないと思っていたが、きっとウイントフーク辺りが手配してくれたのかもしれない。

じゃあ明日は呼び出しデーだね。エローラはどうするだろうか。

色々考えつつ、じっと飲み干したカップの底の澱を見つめる。

少し眠くなってきて、片付けをしてベッドへ入った。モソモソと布団を掛ける。

「灯りの消し方が分からない…………。」

呟くと、消えた。

ていうかこの建物生きてない?
エレベーターさんもだけど。なんか。
なんだろう?


「気焔…。」

「なんじゃ?大丈夫か?どうした?」

ちょっと怖くなったので呟いたら、すぐに現れた気焔は暗闇の中で金色に光っている。

「なんかこの建物生きてるかも…………。」

ギュッと服を握って言うと「うむ。」しか言わない。

え、ホントに生きてるんですか。それだとちょっと何か嫌なんだけど。

「多分、害はないはずじゃ。そういう風に造られてるだけなのだと感じる。住む者が、快適に過ごせるようにの。」

「そうなの?何か見られてるみたいで嫌なんだけど…………。」
「大丈夫、大丈夫じゃ。疲れてるのだろう。ほらこうしているから寝てしまえ。」

初めての場所、疲れているし気が昂っていたのかもしれない。

いつもの気焔の薄い炎に包まれると、暖かくて安心する…………。

と、思っていたらいつの間にか眠りについていたのだった。





やだ。またこのザラザラ…………。

「朝…………これで起こすの止めて…。」
「だって呼んでも起きないんだもの。」

いつの間にか眠っていた私は、翌朝スッキリ目が覚めた。気焔はもう姿が見えない。

何故か明るい部屋を不思議に感じたけど、慣れるしかない。
ちょっと部屋を見渡して、昨日との違いが無い事を確認すると朝の支度をする。
朝食の時にエローラに今日の予定を確認しよう。

少しだけ朝のティータイムをしてから洗面室で身支度を済ませると、朝と一緒に部屋を出る。

お隣のエローラの扉を叩くと、寝起きのエローラに出迎えられた。ちょっと早かったみたいだ。


「おはよう、ヨル。早起きだね?これから授業になったらやっぱり早起きしなきゃダメかなぁ…。」
「おはようエローラ。」

欠伸をしているエローラに手招きされて、部屋へ入って待つ事にする。

確かに私は朝が早い。
朝の時間が好きなのでいつも「年寄りみたい」とお母さんにも言われていた。

エローラがお茶を入れてくれようとしていたので「お構いなく。飲んできたから。」と支度をするように言う。
もう既に朝のマッタリタイムを過ごしてきたので大丈夫だ。

エローラの身支度を眺めながら、私達は取り留めの無い話をする。

「ここ、凄いよね?夜寝る時とか勝手に灯りがついたり消えたりするでしょ?」
「え?こっちはスイッチがあるよ?」
「うそ!なんで私の部屋だけ魔法みたくなってるの?ちょっと怖いんだよね…。」
「なんで?便利でいいじゃない。私もそれがいいな。」

そうアレコレ言っていると、エローラが急に振り向いて「そうだ!」とニヤッとした。

「ねぇ。どういう関係??こないだのお屋敷の人じゃないよね?」

「?」

「彼よ。気焔。」
「ああ。いや、親戚…………。」
「いや、ただの親戚な訳ないじゃん!!完全にヨルのナイトでしょ、あれ。」

かぶせ気味に食い込んでくるエローラはいつもの恋愛モードにスイッチが入っている。

段々、近づいて来た。

あなた、支度中ですよね?
朝からめっちゃテンション上がってるな…………。

「んまぁ、そうだと言えばそうかも?」
「なに。気焔にしたの?」
「え?したって?」
「だって、この前の人じゃなくて気焔と一緒って事でしょ?」
「ああ…………。」

シンの事を思い出して、以前よりはマシになったけど少し寂しい。

そんな私の顔を見て何かを察したらしいエローラは「うんうん、分かったよ。この件はもう聞かない。でもいい出会いがあるといいね。」と1人で納得したようだ。

とりあえず私はエローラの興味が逸れてくれたならそれでいい。
そうしているうちにエローラの髪も結い終わり、私達は朝ごはんに下りる事にした。


部屋の外に出ると気焔が廊下で待っている。

良かった、私の部屋から出てこなくて。

何となくエローラの中で、私はきっと失恋して、気焔はそんな私を守ってくれている?的な内容だと思うのでこれ以上ややこしくならない様にしたい。

「おはよう、気焔。」

サラリと挨拶して、朝ごはんに向かった。




「クマさんおはよう。」

朝もやっぱりクマがいて、ご飯を出してくれる。
私は自分のサンドイッチを食べながら、やっぱり野菜が多いエローラのトレーを見て考え事をしていた。

シュツットガルトさんの所に行くのはいいんだけど、何て言って行こう?

モグモグしながら考えていると、エローラが今日の予定を話し出す。
サラダの赤い野菜を避けているけど、それが野菜が多い原因じゃなかろうか。

「部屋に合わせて作りたいものがあるから、私は今日篭るわ。ヨルは大丈夫?気焔が一緒に居てくれるのよね?」
「ああ。」
「そっか。分かった。何作るの?作ったら見たい。」
「うん、ベッドカバーとか色々。布も整理したいしね。ありがとう。何かあったら来ていいからね。部屋には居るから。」
「うん。」

上手い言い訳が思いつかなかったので、丁度良かった。本当の事を言ってもいいとは思うが、何故知り合いなのか話すとなんだかルシアの事とか、青い事とか、ちょっとずつ言ってはいけない事に引っ掛かってくるのだ。

勝手に離婚話をするのもなぁ。
とりあえず、良かったって事だよね。

そうして朝食を終えると、エローラと別れて私達は受付へ向かった。



「ちょっと時間早くない?」
「そうね。水の時間でしょ?もう少しよね。」
「じゃあ食後のお茶に行こうか。」

朝早くお邪魔するのは初対面では流石に気が引ける。
休憩室で少し時間を潰そうと2階へ移動する事にした。ひとフロア移動するのもエレベーターさんに乗らなければいけない。

「ねえ。階段がないから、誰かがエレベーターさんに乗ってたら開けてもいないって事だよね?」

私はまだエレベーターさんに拘っていた。
だって、あの食堂の名札を見てあの人数が乗り降りするならかなり待つだろうと思ったのだ。

すると気焔は事もな気にこう言った。

「いや。あれもまじないの一つだろうから、いつ開いても在るのだろうよ。」
「え?同時に開けても?2階と3階とか?」
「そうだ。空間が違うのだろう。」

え。分かんない。

でもきっとそうなんだろう。
気焔が言うなら。
それにエレベーターさんとの勝負に何だか勝てる気がしない。それはそれで残念だけど。
空っぽの時は無いのだろうか。

そんな話をしながらも休憩室に着く。

そうしてまた私は、朝から驚く事になるのだった。



「ねぇ。」

「何じゃ。」
「凄くない?」
「まぁな。」

休憩室には、滝があった。

いや、正確に言うと昨日の草原が、滝になっているのだ。

まるで飛んできそうな水しぶきを上げて、滝がドウドウと流れている。

「何これ。凄すぎない?何かもう、面白いんだけど!」

ちょっと考えるのが馬鹿馬鹿しくなってきて、笑える。昨日草原だった細長い額は見事に縦になっていて、その中をマイナスイオンさえ感じそうな滝が水しぶきを上げているのだ。
もう笑うしかない。

「ていうか、何でもアリじゃん!」
「お主昨日水の事を思わんかったか?」

「ん?癒されるなぁとは思ったし、癒しと言えば水だし、あればいいなとは思ったけど口には出してないよ。」
「中々の働きだな。」

何だか顎に手を当て頷いている気焔には、何か分かっているのだろうか。
私にはさっぱりだけど。

とりあえず気焔が大丈夫認定したので、それは危険では無いという事なのだろう。

「「これ」は安全だろう。基本お主の思う通りになると思うぞ?」

絵ではなく、館をぐるりと眺めながらそう言ったので私はこの大きなまじない道具の事を指しているのだと分かった。
そしてそれを聞いてすぐ思いついたのは、お風呂の事だった。

「ねぇ。じゃあ上の露天風呂に外から見えないやつ、できないかな?」

気焔に話しかけるように、建物に話しかけるように、聞いてみる。

何事も、起こらない。

どうかな?無理かな?とりあえず後でまた行ってみよう。
何か怖い顔の人いるし。。


「外に…………出たのか?」

はい。怖いよ。目が。
金になってるよ!早く戻して!

「だって。ライオンが露天風呂があるって言うから…。行ってみたら、まぁ露天だから外で、他のビルの目が気になったんだけど。でも、見られてたかは分かんないよ?…気のせいかも知れないし?」

ごにょごにょ言う私を見つめる金の瞳の圧が増してくる。

ヤバいヤバい、めっちゃ怒ってる!

「は?!見られた意識があるのか?!」

「…………。」
「ちっ!」
「わっ!」

その瞬間、気焔はいつもより濃い炎で私を包む。

頭の先から足の先まで、炎がざあっと身体を周って熱くはないけど、少し苦しい。

圧迫されるような感じがあって、でも一瞬のそれは身体を全て包むと気が済んだように、消えた。


でもまだ瞳が金だけど…………。

怒られるかな………。

チラッと上目遣いで気焔を見る。

うひよっ。

まだ金だったのですぐ目を逸らして、またチラッと見る。

私の態度のせいか、もう瞳は茶に戻っていてとりあえず軽く引き寄せられ頭をポンポンされた。
深い、ため息と共に。


「もう、風呂は駄目だ。」
「え。でもさっきお願いしたから見えないように出来てるかもよ?希望を聞いてくれるんだよね?」

「駄目、だ。」
「えー…………。お風呂…………。」

かなり、お風呂が好きな私の事を知っている気焔。

顔を覗き込むと、またため息を吐いて「後で一緒に確認してからだ。それなら…………考える。」と言う。

え。許可じゃないの。

でもとりあえず今は頷いておく。
切り崩すのは落ち着いてからにしよう。うん。
きっと、今は無理だ。


気を取り直してコンロっぽい物に火を付ける。
火の付け方は家と一緒なので楽チンだ。

お茶を入れると、気焔の隣に座る。
朝はまた壁際の棚の上に丸くなっていた。
昨日から、あそこが気に入っているようだ。

「ところでライオンとは何だ?」

え。お風呂の話、続いてたよ。

カップを持つ手を止めて、何だかこの人お父さんに似てきたな?と思いながら答える。

「多分まじない道具だろうけど、ライオンの形をしたモノからお湯が出てるんだ。温泉なんだよ!それも。凄くない?」
「?そのライオンが?」

「喋るんだよ、フフッ。お湯が出てるからイマイチ言ってる事が分かりづらいんだけど、可愛いよ。」

「…………。それも確認の必要があるな。」

そんな話をしながらふと思ったが、気焔と私が同じ風呂に入れるのだろうか?

あの扉は一つしか無かったし、まじないならば多分気焔が開けると男湯になるのではないだろうか。

うーん。とりあえず後でいっか。


ゆっくりとお茶を楽しんで、やっぱり沸かしてから飲む方が美味しいかも、と思っているといい時間になってきた。

今度、ここに糞を持って来て入れてみようっと。


「じゃ、そろそろ行こうか。朝、行くよ?」

きっと寝てはいないのだろう、朝は耳をひらひら動かすとすぐに棚から降りて来た。

これは話、聞いてたな?





「じゃあ乗れば着くから。」

母さんの説明は簡潔だった。

「うそん。」
「では行って参ります。」

気焔がちょっと普通に喋っているのに違和感を感じつつ、エレベーターさんの扉を開ける。

私達の話を聞いていたらしいエレベーターさんが「下でいいのよね?」と聞いてくるが下なんてあるの?と思っているうちに、気焔が「シュツットガルトの所だ。」と返事をした。

ポン、といつものように少し揺れると同じように扉が開く。


書かれていた文字は「B5」だった。





とりあえずエレベーターさんから出て、辺りの様子を窺う。
長い廊下に出たようだ。

すると向こうからエルがやってきた。
「こっちだ。」と付いてくるよう促す。

エルに続いて気焔、私、朝と歩く。

薄暗い廊下は結構長い。

どこまで続いているんだろう?

エルが何処にでも現れる事が気になった私は訊ねるように話す。

「エルは自由自在ね。」
「ここは寮と繋がってるからな。この建物の一部だ。」

それは、エルが建物の一部って事なのかな…?

そう返事をしたエルにずっとついて行くと、少し明かりの漏れている部屋の前に着く。

そう、地下だから少し暗いのだ。でも照明があるわけじゃないのに、真っ暗ではなく薄暗い、という感じの不思議な廊下。
まだ続いているその廊下の途中、少しだけ開いている扉から光が漏れていた。

エルは扉の前にこちらを向いて座った。
ここに入れという事だろう。

私はその大きな扉をノックをして声を掛けた。

「失礼します。ヨルです。」

すると中から返事が返ってくる。

「ああ、入ってくれ。」

そう言われて重そうな扉を気焔が開いてくれる。

重い扉が開かれるとそこは想像していた応接室などではなく、何だかよく分からない空間だ。

シュツットガルトの部屋は完全なる作業部屋だった。
それも、ウイントフークの家より、ヤバい。


とにかく物が多いのと、物の種類が雑多過ぎる。

機械系の物と、沢山の様々な石、多分染料、その他資料、工具類。
その奥、多分机であろう物の前にがっしりとしたドワーフみたいなおじさんが座っていた。

あ。でも、リールに似てる。

青い髪はリールより色が薄く、良い職人な事が分かる。濃いブルーの瞳も似ている。
リールの可愛らしさが将来こうなるのか、全く想像出来ないが色と瞳がよく似ていた。

シュツットガルトはそのブルーの瞳を忙しそうに彷徨わせると、ちょっと諦めた目をして奥の部屋を案内してくれる。

片付けようと思ったのか、しかし私達2人ですらちょっと片付けた位では座れそうにない。

奥の部屋は居住空間なのだろう、手前の部屋よりは段違いにマシだったが片付いてはいない。

でもウイントフークさんの所もまぁ似たような感じだしね…。きっと本人が聞いたら「私の所は秩序がある」とか言いそうだけど。

男性1人だとしょうがないよね、と思っているとそのまた奥の扉から男の子が1人入って来た。

お茶を持っているところを見ると、家の子供だろうか?
…………ん?子供がいるの?

私が驚いているうちに、その子はササっと椅子の上を片付ける。
お茶を置けるスペースを机の上にも作り、居間なのかダイニングなのか、作業部屋なのか分からない部屋はとりあえず座れるようには、なった。


「父さん、お客さんが来るって知ってたんですよね?」

あ。やっぱりお父さんなんだ?

私の疑問が顔に出ていたのだろう。
シュツットガルトは男の子からお茶を受け取り、退室するように促す。
男の子は慣れているのか、軽く私達に会釈をすると部屋を出て行った。

シンとした部屋。
何を言っていいのか、分からない。

とりあえず、私はルシアから預かっていた手紙を取り出し、テーブルに置いた。

何も宛名が書いていない封筒だが、ひと目見て誰からなのか分かった顔をしてシュツットガルトは私を見る。

「預かって来ました。あの…………息子さんですか?」

聞かずにはいられない。

私はこの2人が実のところまだ続いていると、勝手に思っていたので少なからずショックだったのだ。

「いや。そうなんだが…………養子だ。ここを継がせるのに事情があって引き取っている。ルシアには…まだ言っていないんだ。」

成る程。養子ね…………。

明らかにリールよりも大きい子だったから、危うく喧嘩を売りそうになってしまった。
しかし、もしそうだとしても、私が口を出す問題では無いのだけれど。


シュツットガルトはシャットの責任者だと聞いている。確かに、そのような義務が発生するのは理解できた。

ただ、言えてないって所がねぇ…………。
まだ好きだったら言えないのも分かるけど、内緒にしておくと余計拗れそうな気もするんだけど。

「依る?その件は置いておけ?」

きっと私の頭の中を占めている案件が分かっている気焔は、私のグルグル思考を止める。

そう、私はこの人に呼ばれて来た。
難癖つける為に来たわけじゃないのだ。

チラッと気焔を見てありがとうの合図をする。
そうして私は、シュツットガルトに向き直った。

「ルシアさんにはとてもお世話になりました。…私も、あの青の像を作った方に会いたかったです。とても、素晴らしかった…………。」

ついつい二言目に青の像の話が出た。

これだけは言わなくては、と思っていたのでスルリと口から出て来たのだ。
ちょっと思い出してうっとりしてしまう。

少し気まずそうな目をしていたシュツットガルトも、私のその話を聞くと嬉しそうな顔になった。

「あれはラピスをふんだんに使ってな…………」と説明を始め、私は熱心にそれを聞く。

時折質問も交えて青の像の話から、ラピスの石の話、タイルの装飾について、……………とやっていたら朝がテーブルに乗ってきた。

あ。違った。
この話じゃ、なかった?



ちょっと話し込んだだけだったのに、もう青の時間になるらしい。

そんなに話し込んでいたとは全く気が付かなかった。

チラッと気焔を見ると、涼しい顔をして部屋の中を見ている。

確かに色々な物があって楽しいけど、止めてくれればいいのに!

とりあえず、シュツットガルトがお昼を用意してくれる事になった。
私達はクマさんに伝えてこなかったので、「確か恐ろしい事になるんじゃなかったっけ?」とビクビクしていたが、その辺も彼が手配してくれると言う。

良かった…。
気にはなるけど、恐ろしい事を体験するのはゴメンだ。

諸々の連絡をしに一度部屋を出て行ったシュツットガルトは、食事と彼を伴って帰ってきた。

件の息子君だ。
よく見ると多分同い年位だろう、彼もトレーを持って入って来る。

利発そうなその少年は「息子だ。」と紹介されると「イスファです。」と自己紹介した。

「君達と同じ、今年入るんだ。」

とも。


見覚えのある昼食を食べながら話していると、やはりこれはクマさんの作ったものだという。
男2人なので食事は大体クマさんなのだそうだ。

「たまに僕が作るくらい」と言うイスファは偉いと思う。
食事中は他愛もない話をしながら、あれこれシュツットガルトの仕事の話を聞いたりして和やかに終わった。

イスファは私と気焔をチラチラ見ていて、やはり同じ新入生なのが嬉しいのだろうか、終始ニコニコしていた。
私の印象では「感じのいい少年」だったのだが、後から気焔に聞くと「気に入らない」と言っていた。
何故だろう?


とりあえず和やかな時間は終わって、シュツットガルトが私を呼んだ理由を聞く事にした。

イスファは食事が終わると片付けを一手に担って、また私達だけになる。


シュツットガルトは私達にお茶を勧めながら、話を始めた。
それはいきなり、核心の話だった。

「ウイントフークからは君が予言の少女だと聞いている。その上で、保護しつつ学ばせろと。」

「…はい。私自身はそれに確信は持っていませんが。そもそも予言も、この世界の仕組みも詳細は知りませんし…。でも符合する所は確かに多いんです。」

シュツットガルトは顎を擦りながら、考えている。
じっと、足元を見ながら。

「わしも半信半疑だった。直接予言に関わってないのはわしも同じだ。しかし、君に会ってあの像の意味が分かった気がするな。その靴もそうだ。あの時から…もし良かったらだが…………。」

「?」

シュツットガルトは言葉を止める。何だろう?言いにくい事?

チラリと私、気焔、と見て少し考え、やはり口にする事に決めたようだ。

「青い髪を見せてくれないか?創作の…………。」

何だか気まずい事でも言われるのかと身構えていた私は「なんだ、そんな事なら…………。」お安い御用ですよ、だったのだが気焔に腕を掴まれる。

ん?駄目?

「何故?」

気焔がキラリとあの目でシュツットガルトに問い掛ける。

急に変わった気焔の雰囲気に、シュツットガルトがゴクリと唾を飲んだのが分かった。

私もちょっと、焦る。

え…?
そんな?怒るとこ?

「いや…………。完全なる個人の我儘だ。無理ならいい。実物を見たら、あれ以上の物が作れそうな気がしてな…。」

ん?あれ以上の物????

その瞬間「しまった!」という顔の気焔が私を見た。

既に私の手は髪留めに行っていて、スルリと外れた髪留めからはサラリと水色の髪が溢れた。

シュツットガルトが、息を飲む。

私の髪であれ以上の作品ができるのなら、お安い御用。
勿論、見せるに決まっている。
あれを作る人が、悪い人な訳がないのだ。

それはあの像を見た時から決まっている、私の想いだった。



「いやはや、生きてて良かったとはこの事。」

そう呟くと、シュツットガルトは何やらメモ帳のような物にザーッと何かを書いて行く。

文字なので、材料とかだろうか?

何だかウイントフークがもう一人いるみたいで、私達はお茶を飲みながら待っていた。
勿論、気焔に小言を言われながら。


しばらくするとひと段落したようだ。
メモ山になった紙束をトントンすると、こちらに目を向けて若干しまったの顔をする。

「いえ、慣れてますから大丈夫です。」

という雑な慰めのコメントをして、本題の続きを聞く事にした。


「しかし予言に関してはわしにできる事はほとんど無いのだ。あれは一部の者しか知らん事になっているしな。一応助っ人の教師は呼んだし、とりあえずは普通に学ぶ形でいいと思うがカンナビーの事だけは気を付けてくれ。出来るだけ保護はするが、何せ授業中は難しい所がある。とは言ってもどう気を付けるのか難しい所ではあるがな。こちらでも調べるが、全く情報が上がってこなかった事を考えると、事は深刻かも知れん。」

眉間に深く皺を寄せて、そう言うとシュツットガルトは部屋の隅のラジオ電話を指す。

「何かあればこれを。君も持っていると聞いた。連絡に使ってくれ。あとは…………。」

チラリとやった目線の先で彼の言いたい事が分かる。

私はまだ質問の内容を聞いていないが嬉々として答えた。

「はい。二人はとても元気ですよ。リールも私と一緒に数字の勉強をして、シャットに行っている間文字もやるみたいです。きっと大きくなってるんだろうなぁ。」

まだ1日しか、経っていない。
そんな事をすっかり忘れて、将来のリールに想いを馳せていると朝に足を踏まれた。

地味に痛いんだけど?

そうして私達は訪問を終え、帰ることになった。



あと、去り際に「なんとかしておかないと、持ってかれちゃいますよ?ルシアさん、可愛いし中身も素敵だしなぁ~。」とチラッと言っておいた。

余計なお世話かもしれないけど、ルシアにも幸せになって欲しい。

そう言って私達は地下を後にする。


来た時と同じように作業部屋を通り、扉を開けるとエルが待っていた。

そのまま長い廊下をまたついて行き、エレベーターさんに乗る。


閉まる扉に、ここでも地下は「B」と書くんだなぁと考えていた。

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感想 3

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