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5の扉 ラピスグラウンド

旅立ち

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「じゃあ、行ってきますね…………。」

「大丈夫だよ、ヨル。取って食われはしないから。」

憂鬱な顔の私に下手な慰めをくれるハーシェルに見送られ、今日はとうとう中央屋敷へ行く日だ。

ハーシェルは「一緒に行こうか?」と言ってくれていたが、私がティラナを1人にしたくなかったので残ってもらう事にした。
出発までの日程でルシアの仕事の休みとうまくぶつからなかったからだ。

気焔が一緒だから、防犯的は問題ない。
問題があるとすれば、私の精神上の問題と何となく失礼をしてしまいそうな予感だけ…………。

そんな私の心配を他所に、気焔とハーシェルは何やら少し打ち合わせをしていた様だ。

何かあれば気焔に任せて大丈夫って事かな…。
それならいいか。

ちょっと面倒になって丸投げする事を決めると、なんだかスッキリして出かける事にした。

「帰ってきたら報告しますね。」
「では行ってくる。」「行ってきまーす。」
「あれ?朝も一緒に行ってくれるの?」
「あんた達だけじゃ心配だって、ウイントフークが。」

ああ。ハーシェルにはシャットのカンナビーの事を内緒にすると決めたので、多少ボロが出るかも知れない。確かに朝がいれば客観的に判断してくれるだろう。

「ありがとう。確かにその方が安心!」

そう言って私はカラ元気だけど足取りも軽く、中央屋敷へ向かった。



中央屋敷は結構近い。少し回っていく感じで坂を登ると、すぐだ。私は緊張もしていたが、あの青の宮殿の様な中央屋敷に入れる事を、実は楽しみにしていた。
入る「だけ」なら、もっと楽しいんだけどね…………。


ぐるっと回って、ほぼ青で埋め尽くされた塀を見ながら歩く。屋敷の周りから既に壮観だ。

「あ。あそこ、寄っていっていいかな?まだ大丈夫だよね?」
「じゃない?水の時間中ならいいんでしょ?」
「だよね。よし、行こう。多分もう来れるか分かんないから…。」

道沿いに歩いて、塀が途切れる所、細い小道を入る。
ルシアに教えてもらった、あの青の像がある小道。ラピスを出る前にもう一度見たいと思った。

あの素晴らしい造形と石。そしてこれからその作者に会いに行けるのだ。
もう一度しっかり見ておきたい。そしてガッツリ感想を言うんだ!

ルンルンしながら進んで行くと、「あれ?」先客がいる。確かルシアは殆ど知られていない、と言っていたがどこの人だろう?

何か、その人が祈っている様に見えて、少し歩く速度を落とす。
少しずつ、落として、でも祈りが終わらないので、少し離れた所で待つ事にした。
邪魔をする気はない。

しかし周りにも見事なタイルが使われているので、私は全く退屈する事なく待っていた。寧ろ楽しんで、いた。

このタイルの数!どれだけの職人に頼んだのだろう?一枚一枚がとても丁寧な仕事をされているのが、分かる。ただの、仕事や装飾でなく筆使いの丁寧さや意匠の規則正しい並び、使われている金彩等からきっと奉納されたものなのかな‥と思う。数をこなすだけの仕事では、到底出来るようなものではない。
先人の情熱を感じながら、青の世界に浸りきっていた。
そう、浸りきっていたのだ。

気が付くと、祈っていた筈の男性がこちらを見ていた。
あら。気まずい。

でもまぁなに、悪いことをしている訳ではない。
私は切り替えて男性に微笑むと、青の像に向かって進み会釈しつつ、彼の隣を通り過ぎた。



「これを作った人に会えると思うと、ラピスを離れる寂しさも薄れるってもんだね!」

嬉々として青の像を鑑賞し始めた私に、さらりと朝が言う。

「いや、絶対当日はタオルが何枚か必要よ。ここの布だと吸水性が劣るわね…。」
「うぅ…………。」

この前の落ち着いた朝から何だか急に泣けてくる事は無くなったものの、元々涙脆い私が無事みんなとの別れを言えるだろうか。
ぐっちゃぐっちゃになって、何も言えないのは避けたい。

青の像を見ながら、きちんとお別れが言えるように、祈っておいた。そう、また帰ってくるし?うん、永遠の別れじゃない。

そう考えながら像の石を近づいて、見る。
ラピスに内包されるキラキラを見ながら、「大丈夫」と自分に暗示をかけると、少女の顔がなんとなく微笑んでいるように、見えた。




「ほわぁぁぁ…………」
「ちょっと!口は閉じなさい。」

中央屋敷は中も宮殿さながらだった。

案内された入口からのホール正面には「お城ってこう言う感じだよね?」みたいな大きな二手に別れる階段と豪華な鏡があり私の立つ左右には重厚感溢れる大きな扉がある。階段の下には奥に続く通路があって、そっちも凄く行ってみたかったのだが、案内されたのは二階の手前の一部屋だった。でも階段を登りたかったのでよしとしよう。

案内の人がもっとゆっくり歩いてくれたらいいのに!と思っていたがそんな事は言えないので黙ってついて行く。いつか、屋敷内をじっくり探検させて欲しいものだ。ほら、この扉も凄いよ?

彫りをじっくり眺めようとしたのに扉はすぐに開かれる。
案内された部屋は応接室の様だが、ここもまた凄かった。調度品、暖炉、高い窓にカーテン。そのどれもが最高の職人の仕事だと分かる。

どうしよう。めっちゃ楽しい。

綺麗な織りで模様が入ったソファーに座り、メイドがお茶の用意をしているのをじっと見る。あの茶器も凄いな…………。
今のうちにキョロキョロしようと視線を移すと、その先の扉が丁度動いて、男が一人、入ってきた。

あれ?さっきの人‥?

入ってきた男性は多分さっき青の像で見たあの人だと思う。少し印象が違うけど、多分そう。

髪がきっちり撫でつけられ、ジャケットを羽織るだけでかなり印象が違って見える。
男の方も私を見て少しグレーの目を大きく開いたが、何だか目を細めて頷いていた。私も軽く会釈で返すと彼はそれを見て少し微笑み、向かい側に座る。
私の後ろに立つ気焔をチラリと見ると、男は話し始めた。

「君がハーシェルの所の娘だね?」
「はい。ヨルと申します。ハーシェルさんにお世話になっています。」

メイドがお茶を出してくれる。挨拶をしつつも茶器の凄さに目を奪われていると、いつの間にかメイドは部屋から出ていて部屋の中は嫌に静かだった。

「私がフェアバンクスだ。ここ、ラピスを任されている。…君は何かハーシェルから本家の話を聞いているか?」
「いえ、殆ど。」

予言の事を話してもいいのかどうか。

気焔とハーシェルは何か出掛けに話していたけれど、私は特に何も言われていない。多分、ハーシェルが注意をしなかったという事は基本的には私の思うように話していいという事だろう。

秘密の話…と考えた所でポケットに触れて思い出す。
あ。
そういえば、これ預かってきたんだった。

ハーシェルが「これが必要になるかも知れない。」と渡してきたモノ。えーと、確かスイッチを入れて…。

持って行けと渡されていたそれは、ウイントフークから届いたという三角の道具だ。私のポケットから出てきた手のひらに乗るくらいのそれは、小さなテントの様なもので、何だっけな?
確か聞かれたくない話をする時に、この上の部分を押せって…………ポチッとな。

「う、わっ。」

フェアバンクスは目を丸くしているだけだったが、押した私が驚いた。

小さなパチンとした音がしたかと思ったら、既に私達は大きなシャボン玉のようなものの中に、いた。
外が油膜のように揺ら揺らして見える。

これがもしかして、聞こえないヤツ?

驚いてキョロキョロしている私を見て、気焔が近づこうとすると、油膜が揺らいで気焔が中に入ってきた。

「?」

驚いて触っている気焔を見て、それが外からは判らない事が分かる。確かに、見た目シャボン玉に入ってたりしたらおかしいって分かるよね…。
気焔が試しているが、薄い油膜はすぐに破れそうに見えて、穴が広がったり縮んだりして触っても消える様子はない。一応試してみようと気焔を外に出す。
「気焔?」「おーい」
やっぱり聞こえないみたい。

とりあえず「聞こえないヤツ」の性能が分かったので、気焔にも中に入って貰って話をする事にした。それにしてもフェアバンクスはこんなのを見てもあまり驚く様子がない。
他にもあるのかな?こんなやつ。

「フェアバンクスさんはこれを知ってましたか?ウイントフークさんからなんですけど…………。」
「ああ。先日ハーシェルが盗聴防止の道具を頼むと言っていたからな。それだろう。見た事は無かったが、ウイントフークには色々依頼する事がある。私は結構まじない道具は好きなんだ。」

中々ウイントフークとは気が合いそうだ。
フェアバンクスは三角を手に取って観察しているが、私は話を始めた。

「今回シャットへ行く許可を下さってありがとうございます。」
「ああ。なに。その方が私も良いと思う。あそこならまだ本家の手も入ってないだろう。」

…………。シャットでカンナビーを作っている人は何が目的なんだろう?
このフェアバンクスの話ぶりだと、彼もシャットでカンナビーが作られている事は知らなそうだ。とりあえず余計な事は言わない方がいいよね…。

「その、予言、なんですけど。フェアバンクスさんは何か知っていますか?その、ハーシェルさんが知っている事以外で…………。」

「…………。」

フェアバンクスは私の瞳をじっと見つめている。

シンとする空気の中で、何かを見定める様なそのグレーの瞳に少しびくっとする。
びびっちゃ駄目だ。私は別に悪い事はしていない。
いない…よね?あ、そういえば…。

「あの、多分お屋敷の人達が黒い穴に落とされてしまって。助けられなくてすみませんでした。」

私がその話を始めると、心配する様に気焔の手が背中を叩く。さっきまで後ろに立っていたのに、いつの間にか隣に座っていた気焔が話し出した。

「あれは依るの所為ではない。…………お前達の自業自得じゃ。分かるな?」

え?

気焔の声がまた倍音のように聴こえ、ビクッとする。

静かだった空気が急に緊張に満たされた事に焦った私は、慌てて気焔の顔を見る。
すると、やっぱり瞳が金に変化していた。

あわわゎ、大丈夫かな?

フェアバンクスは強張った顔で気焔を見つめているが、固く握られた手からは気焔の言っている意味が解っている事が伺えた。

張り詰めた空気の中、彼のこめかみには脂汗が浮かぶ。そして、気焔はまだ続ける。

「これは私と「彼」が守っているものだ。いずれラピスに戻るだろう。その時に憂いがある様な事にはならない様にしておくれよ?」

「いいな?」と念を押す気焔に、フェアバンクスは頷くのがやっとだったに違いない。
大きく息を吐いて冷や汗を拭う彼を見て、気焔が戻った事が判る。
横を向いて確認すると瞳が茶に戻っていた。

はー、急にあの瞳出すからどうしたのかと思ったよ…………。

気の毒に、一気に疲れた顔になったフェアバンクスは、それでも気丈に話し出す。
先程とは違う向きで握られた拳が彼の決心を物語るように見え、私は話を聞く間それを見つめていた。

「私のしていた事は償って許されるようなことでは無い。だが、それを誰かに押し付けて罰され退くのも逃げとなると考える。私が居なくなれば、本家から代わりの傀儡が派遣されてくるだけだからな。私は、ここに残りこのラピスを変えていく事で贖罪とする事を誓おう。あの、青の像と「彼」にな。」

気焔の顔を見てしっかり話すフェアバンクスは「青の像」と話す所でしっかりと私を見た。

私が青だと、ハーシェルから聞いたのだろうか。

じっとグレーの瞳を見つめ返すと、視線は気焔に戻る。

「「彼」が守ったものは私も守ろう。短い間だったが、夢を見させて貰った。私達夫婦にな。」

何となく、シンのことを言っているのだと解る。

シンについても私は謝りたかったが、きっとそれは違うのだろう。フェアバンクスの言葉で、気焔と彼との間に、何かが結ばれた事が分かる。
私はそれを壊してはいけない気がして、そのまま黙って2人の間を見つめていた。


「話はそれだけだ。息災でな。」

そう言って「聞こえないヤツ」の天辺をポンと叩くと、フェアバンクスは手を叩いてメイドを呼んだ。入ってきたメイドは何か持っている。

予め指示していたであろう、その白くて長い物をフェアバンクスに渡すとまたメイドは席を外す。

テーブルに彼が置いたものは、冬の祭りで見た、大きい彼がしていた腰紐だった。
豪華な刺繍と飾りが付いた、後で見せてもらおうと思っていた、あれだ。不意に出てきた物に、私の涙腺君は準備をしていなかった。

きっと出ると思っていたのか、隣の気焔がサッとハンカチを出す。そうだ、この人にハンカチが装備されたんだった。

「気に入ってよく身につけていた物だ。持って行ってくれ。」

ボロボロ涙が出ている私の代わりに気焔がそれを受け取る。
何処にいたのか、朝が隣に来てペシペシとしっぽで撫でられる。しっかりしなきゃ。
なんとか「ありがとうございます。」と言った私は「ラピスをよろしくお願いします。」とも言った。

私がこの人にお願いしたいのは、それだけだ。


フェアバンクスに見送られ、エントランスホールへ着く。彼自ら扉を開けてくれる。

「居ないか。」
「今日は使いに出した。念の為だ。腐っても私が主。任せておけ。」

なんだかよく分からない話を2人がしている。
気焔が妙に周りを気にしていたのと、関係あるのだろうか。
とりあえず何だか通じ合っている2人を見て、仲良くなったのなら何より、とウンウン頷いていると「違うからな。」と気焔が言った。


「ラピスに帰ってきたらまた寄るといい。」と言ってフェアバンクスは送り出してくれた。

やっと大仕事が終わって、ホッとしたけれどそれは私がここを去る日が近い事も、意味している。
嬉しいような、寂しいような。

そんな気持ちを噛みしめながら、家に帰った。
ティラナにあげるぬいぐるみの完成を急がなくてはならない。もう殆どできているのだけど、もうすぐできそう、という所でやっぱり寂しくて止まっていた。

これ、本当に当日私大丈夫だろうか…………。







「おはようございま~す?」

出発の朝。

私はルシアの家の扉を叩いていた。ルシアの家への挨拶も最後にしようと決めていた。ギリギリまできっとお世話になるだろうから。

「ヨル。いらっしゃい。」

まだ少し朝は早い。ストールを羽織ったルシアに迎えられ、家に上げてもらう。ルシアの家に入るのは二度目だ。ちょっとリールが忘れ物をした時取りに来たくらい。
3人で住んでいた時から同じ所なので2人で住むには少し広い、しかしルシアにぴったりの可愛い家だ。

私が手に持っている袋を目に留めると、少し寂しそうに笑ってルシアは椅子を勧めてくれる。ルシアにプレゼントの袋を渡しそれに腰掛けると、お茶の支度をしているルシアの後ろ姿を眺めていた。

「早いものね、出発も。ヨルが来てからまだ季節は周っていないけれど、ずいぶん長い事一緒にいる気がするわよね?」

ニッコリ笑ってそう言うルシア。それを見て既に涙腺君が何処かに行っていることを悟った私は、「え?朝から?」と今日一日泣くことになる事を憂えていた。

「あらあら。今からこんなんじゃ大変。後は何処に挨拶に行くの?大丈夫?」

ルシアにハンカチを差し出されながら、とりあえず頷く。
私もそう思います…。

「ありがとう。でも今日は本当にあと最低限の人にしか会わないから大丈夫だと…………。」

でもそれが問題なんだけどね…………。

ラピスで交友関係を広げていない私が挨拶をしなければならない人は、多くない。
そしてその殆どをもう既に済ませている。今日は本当に見送りのハーシェルと、ウイントフークくらいだ。
あと…。ティラナに泣かれると辛いな。それが一番の心配事。自惚れかもしれないけど、私がいなくなったらティラナはかなり落ち込むだろう。
想像するだけで、泣ける。いや、私が泣いてちゃいけないんだけど。

「ティラナの事、よろしくお願いします。」

私の言いたい事が分かっているルシアは、笑って肩を撫でてくれる。その優しさにまた涙が出るんだけど。

「ティラナは大丈夫。リールもしばらくは毎日連れて行くわ。2人とも寂しがるとは思うけど、帰ってくるんでしょう?お姉ちゃんも勉強頑張ってるからって、言っておくから。ヨルは、ヨルの事頑張りなさい。あなたはどうしても人の事に一生懸命になるから…。」

私の手にカップを持たせて、飲むように促すとルシアは続ける。

「詳しくは知らないけど、必要な事をしに行くのでしょう?なら、私たちの事は時々思い出す程度になさい。あっちで力を使わなきゃ。ヨルが心配して疲れちゃうなんて嫌よ?ハーシェルと、私で何とでもなるわ。あなた自身のことを、思いっきりやって来なさい。でないと、成果も出ない。それは分かるわよね?」
「はい。」

うちのお母さんもよく言っていた事を思い出す。

[やる時は本気でやれ。じゃなきゃ意味がない。]

適当にやった事の結果は、適当になるのだ。
そう、言われていた。

そうだよね。泣いてばかりじゃダメだ。あっちで、きちんとやる。そうでないとティラナの我慢も、無駄になる。

実はここ何日か既に、夜一緒に寝て、その度に寂しくて泣いていたのだ。そんなティラナを見ているので、凄く心配になっていた。…………私が作ったぬいぐるみを抱いて、涙が乾いた顔で寝るティラナ。

私が考えている様子を見て、ルシアは「ちょっと待ってて。」と言うと家から出て行く。そして隣のハーシェルの家に入ったのが見え、ティラナを連れて帰ってきた。


既に朝一回泣いたであろうティラナ。それを見て私もなんとも言えない寂しさに包まれる。そして、そんな私達二人を見ながらルシアが言った。

「さて。二人はこれから何を頑張るのかな?帰ってきてお互い何を報告するの?勿論、凄いことよね?ビックリするわよね??」

ちょっとニヤリとして、腰に手を当て質問するルシア。ルシアの意図が分かった私は少し考えて、こう答える。

「私はまず綺麗に修復した服を見せます!見たら多分びっくりするから。この靴と同じ位に綺麗になったドレス。教会のベールと同じ位に凄いよ?これは絶対凄いから。あとはおまじないも勉強するから、占いも教えちゃう!ティラナに好きな人が出来てたら、どうしよ…………。」

ちょっと脱線して寂しくなったが、でも…。

「いや、楽しいよね!恋バナ!それが女子の醍醐味。そう考えるとワクワクしてきた。早く盛り上がりたい!」

テンションが上がってきた私をニコニコしながら見るルシア。ティラナは私の話を聞いて、自分も考え込んでいる。自分は何を頑張ろうか、悩んでいるその姿が、とても可愛い。

「私は…まずリールと字の勉強をする!あと、お菓子の作り方もキティラに習いたい。お姉ちゃんが帰ってきた時に、作ってあげるんだ。」

ちょっと待って。それはそれで泣ける。
励まし合うはずなのに。またウルウルしている私を見てルシアが笑う。

「これはしょうがないわね!」

「ね?二人とも、その意気で頑張らないと!帰ってきた時に笑われちゃうわよ?だって、また会える。あなた達お互いが会いたいと思っていて、会えないなんて事は無いのよ。後は笑って会うだけ。二人とも、笑顔で会いたいわよね?」
「「うん。」」

涙ぐんでるけど、笑っている。
ティラナも同じだ。
そのままルシアが朝食の用意をしてくれて、みんなで食べる。いつの間にか朝がハーシェルも呼んできて、珍しく、というか初めてルシアの家でみんなでご飯を食べた。何だか新鮮で、いい思い出になりそうだ。

食べ終わると、片付けを手伝いながらこれからの予定をみんなで話す。
どうやら森から移動する様で、森に行くのはハーシェルと朝と私。ああ、勿論気焔もだ。ウイントフークは現地集合らしい。途中でエローラと待ち合わせで、一緒に行く。

ルシアはティラナが家で私と別れると寂しいだろうと、ここから出るように言った。確かにこのままルシアとリールといる方がいいに決まってる。

ルシアの心遣いに、寂しくて少し乾いていた心が潤う。
なんでこんないい人置いていったのかな、シュツットガルトさんとやらは!会った時に絶対何か言ってやらねば。

そんな謎の決意をしながら、ティラナと抱擁して別れる。

「大好き。お姉ちゃん頑張ってね。」
「私もだよ。凄いの持って帰って来るから、お菓子よろしくね!」

ティラナの頭を撫でながら、結局私はガンガン泣いていたけど仕方が無い。
とりあえず離れられなくなるので、ティラナを置いて私とハーシェルは家に戻る。荷物を持って行かなければいけないからだ。

部屋に戻り、気焔に手伝ってもらって最後の荷造りをする。そんなに大きな荷物は無い。
ウイントフークのまじない道具と、ハーブ類、宝石箱、幾分かのお気に入り食器と着替えくらいだ。あと、フェアバンクスに貰ったシンの腰紐を宝箱の中に詰める。
ぎゅうぎゅうだけど、これは宝物だから。

大きな布に包んで風呂敷のように縛る。風呂敷は、気焔が持ってくれた。結構大きいけれど、あまり重さは感じないみたい。軽々持ち上げると普通にそのまま先に降りて行った。

私は部屋を振り返る。セーさんはティラナの部屋に引っ越した。
「ティラナの事、よろしくね?」と言ったら「見るだけだけどね。ヨルの代わりに見ているわよ。」と言ってくれたので何だかそれだけでも安心した事を、思い出す。

私の部屋にはもうあまり私の痕跡がない。

お気に入りは大体持って行くし、そもそも物が少ないのだ。でも、短い期間でも確かにここが家で、家族だった。
自然にお父さんと言えて、可愛い妹も、いる。

本当の事を言うと、次の扉に行ってから、またここに戻って来れるのかどうかは私も分からないのが事実だ。

でも、戻って来たい。

ふと、マデイラおばあちゃんに聞いたセフィラはきっとこんな気持ちで扉をウロウロしたんだろうな、と思った。

きっと、そうだ。

「またね、私の部屋。」

そう言って、扉を閉じると私も下へ降りて行った。




「お待たせ!」
「ううん、今きた所。」

エローラとの待ち合わせは東門だ。見送りはいなく、エローラは一人で待っていた。大きめな荷物が一つ。エローラも割と身軽だ。

ハーシェル、気焔、朝と私で歩いていた私達はエローラと合流するとまず気焔の紹介から始める。意外にもこの二人は初対面。意外すぎる。
そもそも、私自身が全然会ってると思ってた。

「エローラ。こちらハーシェルさんの親戚の気焔。気焔、こちらエローラ。一緒にシャットに行くよ。」

私達が考えたのはまたしても親戚作戦だ。今回はザックリ親戚、としか決めてない。細かく決めても私が覚えられないし、逆にボロが出そうだから。一緒にいる時間が長くなるので、ある意味臨機応変に決める方が都合がいい。

「そう。気焔?よろしく!」
「ああ。よろしく。」

あとはこのエローラのザックリサバサバした性格から、これで大丈夫だと確信が持てるから。

案の定、気焔が私の荷物を持っているのを見て色々察したらしいエローラは、「後で聞かせなさいよっ!」とちょっと楽しそうに私に耳打ちする。
そしてみんなで足取りも軽く森へと向かった。



森の入り口で、少しみんなより歩幅をずらして一番後ろにゆっくり歩く。トウヒと話す為だ。

「おはよう、トウヒ。しばらく来れなくなるの。寂しいけど。森に人が前よりは来るかもしれない。でももう悪い人は来ないはずだから、安心してね。」
「そうか。良かった、ありがとうヨル。行ってらっしゃい。良き旅を。」

トウヒは私が旅に行くと知っているのだろうか。

確かに、旅だ。私は扉を旅しているから。
森の木々は不思議だなぁ。

老木達に挨拶できるかなぁと考えていると、ちょうど森の真ん中も通った。また、挨拶をこっそりする。

「おじいさん達、お世話になりました。少しラピスを留守にしますね。また、帰ってきたら挨拶に来ます。」
「寂しいの。」
「久方振りに話が出来る者だったのじゃが仕方がない。」
「ああ。別れがあれば出会いがある。」
「達者での。」「そう、達者で。」
「また会うこともあるであろう。」
「はい。行ってきます!」



もう少しで泉、という頃ウイントフークの姿が見えてくる。現地集合の筈だが、周りには何もない。
そういえばどうやって移動するのだろう?全く想像が、つかない。

私はキョロキョロしていたが、エローラは全く動じる様子がなくウイントフークに挨拶していた。どうやって移動するのか、知っているのだろうか。
すると地面を嗅ぎ回っていた朝が何やら言っている。

「デカいわね。」
「そりゃな。一度に三人迄だ。今回は気焔がアレだから、お前と丁度かな。あれがあるから、わたし達だけでも送れる。」

朝が話をしている付近に行くと、地面が固くなったのが分かる。

「?」

私が足をトントン踏み鳴らしているとウイントフークが「運び石だ。」と言った。

え?これ?めっちゃデカいんですけど??

そう、多分その石は大人が5~6人は乗れそうな大きさがあった。改めて石の周囲を確認する。
下にどのくらい埋まっているのか分からないが、とてつもなく大きい石だ。

こんな運び石が存在するのか…………。??

私が首を捻っていると、ウイントフークが教えてくれた。

「これ自体はただの巨石だ。ただ、これだけの大きさだとこれ自体もかなり力は持つ。それにまじない石を入れて、運び石にしてある。」
「へぇ~。凄いですね…。」

「じゃあ、ヨル。何かあればすぐ連絡くれていいから…………。」

ハーシェルが切り出す。
行かなきゃいけない時が来た。やっぱり無理。

もう既に涙は出ている。気焔が装備のハンカチを出して私の顔を雑に拭う。
もうちょっと、拭き方、考えて。。

一緒にいるのがエローラなので遠慮なく涙が出てくる。行きたくないけど行かなきゃ。
そんな私を察してか、エローラは朝と戯れている。視界の端に2人を捉えながら、私は精一杯涙を止めるように頑張って、挨拶をする。

「ハーシェルさん…………お父さん。お世話になりました。また、戻ってきます。あまり心配かけないように…?頑張ってきますね。」

何だか疑問形になったけど、あまり言葉にできない。
頑張って喋ろうとしている私を見てハーシェルはちょっと涙ぐんでいる。そのお父さんの姿を見て私もまた涙が出る。え、どうしようこれ。

「なに、ハーシェル。すぐ問題起こして連絡が来るぞ。寂しがる暇がないくらいにな。」

からかい口調でウイントフークはニヤニヤしている。そんな彼だが、かなり頼りにしていたのも確か。やはりウイントフークと離れるのも寂しい。
うーん。ハーシェルさんがお父さんなら、ウイントフークさんは…………?

「おじさん?」
「誰がおじさんだ…。何を言ってるお前は。少しは落ち着いて学んで来いよ?シャットは楽しいからな。脱線しすぎると帰って来れないから気を付けろ。」

うっ。心当たりがあり過ぎて何も言えない。

「分かってますよ。ウイントフークさんも、ちゃんと生活リズムは守って下さいよ?朝も連れて行きますからね?あ、でもレシフェがいるか。」

私の言葉に「分かってる。」と言いながら、ちょっと含み笑いをしているのが気になるが、いつもお小言を言ってくれていた朝が居なくなるのだ。

ちゃんとできるかな?でも今まで1人だったしね?

ちょっとウイントフークを泣き笑いで睨んで、ハーシェルにハグをする。

よし。行こう。

これ以上グズグズ泣いてる訳にはいかない。

「お待たせっ。行こうか。」

エローラにそう言うと、ぐっと涙を拭って笑った。



「3人で真ん中に立て。朝は抱いたままでな。」

エローラの荷物も気焔が持ってくれて、朝はエローラが抱く。私は気焔にちょっと掴まった。
ウイントフークの方を見て頷くと、既に景色が薄くなってきた。

「え?あ、行ってきます!」

そうして2人の姿が段々薄れ、森の景色もぼんやりし始める。

どんどん変わる周りの景色に「うわぁ」と言いながらエローラと気焔の服を掴むと、グワッと視界が急に捻れて、そのまま、よく分からなくなった。








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