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5の扉 ラピスグラウンド
出発準備
しおりを挟む目を開けるとトウヒの葉が見えた。どうやら森の入り口に着いた様だ。
木々から木漏れ日が落ちるのを眺めながら朝の森の冷たい空気を吸う。気持ちもスッキリしたので、空気がとても美味しく感じられる。
クシュンッ
気焔の腕から離れ降り立った私は、黄色の炎から離れた事で少し身震いしクシャミが出た。
「さすがに朝はまだ寒いね…………。」
「森だからの。」
そう言って私が鼻を拭いているのを、顔をしかめて見ている気焔。
…………この人今、格好がアラビアンナイトですけど。やっぱり石だから寒くないのね。
引いてくれる手が暖かいので、ちょっとカイロみたいだなぁと思いながらついて行く。
気焔は森の右側から入って、どうやらこの前の事件があった方へ向かっている様だ。これまでは真ん中か、左側からしか入った事がないので少し新鮮な気分で辺りを見渡しながら進む。
新しい発見でもあるかとワクワク歩いて行くが、基本的には何もない森だ。
同じような木々がサワサワと、揺れていた。
すると木々の間を抜けて行くと途中、小さな建物が見えてきた。ちょっとしたログハウスのように見えるそれは、多分、…………アレだ。
最初に捕まった小屋ではなかろうか。
「ねぇ、あれって…。」
「うむ。始めの小屋であろう。」
「もう誰も来ないよね?」
乱暴な男の記憶がスッと過ぎって、思わず辺りを見回す。
ハーシェルが中央屋敷は大丈夫と言っていたので、人攫いの件はなんとかなっている筈だ。
ちょっと中を覗いてみたいという好奇心がむくむくと湧いてくる。キョロキョロして辺りに人影が無い事を確認すると一応気焔の顔も見て、確認する。なんでもないような顔をしているので大丈夫だろう。折角なので探検して行こうっと。
少し軋む、古い木の扉を引く。
うん。誰も居ないね…………。
そっと扉を押したがやはり、音がする。
ちょっとドキドキしながら中を覗いてみたが、誰もいない。
静かな小屋の中は差し込む光に小さな埃がキラキラ舞っていた。
まぁ人がいたら困るけどね。
私はトコトコ小屋の中へ入る。最早懐かしの小屋。
明るい朝の光が入るそこは、既に人攫いの澱んだ空気は無く、澄んだ朝の森の匂いがした。
くるりと小屋を見渡すと、傍らに積み上がる薪に腰掛け、ちょっと一休みする。
「何だか懐かしいよね…………。初めて気焔が炎出した時は、びっくりしたわぁ…。」
私の言葉に何も言わず、気焔も懐かしそうに目を細める。
でも、何だか私を見ているようで、見ていないその瞳に少し不安になって、何となく立っている気焔の側に行った。
なんだろう、この不安な気持ち。胸がザワザワして、何となく落ち着かない。
じっと金の瞳を見上げながら、聞かずにはいられなかった。
「ずっと、一緒だよね?6の扉も、それからも。」
気焔は私の問いに少し驚いたような顔をしたが、何故か笑って、答えてくれる。
「勿論。吾輩この腕輪の石じゃからの?」
その気焔から、さっきの気配はまるで無い。
もう一度まじまじと彼を見て確認すると、気が済んだ私は気焔の手を引き小屋を出る。
「行こうか。」
暖かい手を感じながら、森の奥に進んだ。
「うわ…………結構凄いね、こうして見ると。」
「まあ仕方が無いな。」
小さな池の所に着いた。今日も池の水は澄んで小さな魚が元気に泳いでいる。
藻も増えていて大分泉の様子に近づき、周りの草も青々と成長し、黒い穴があったとはとても思えない。
ただ、あの黒い光がかなりの大きさまで膨らんだ為、周りの木々がねじれた様な、暴風に吹かれている途中の様な形のままだ。池を囲んでいる木はその状態だが池の周りは木すら無くなって、ぽっかり空いた空間になっていた。
その様子があれが現実だったのだと思い知らせる。
沢山の、人が居なくなった穴。私はそれを忘れる事ができない。いや、忘れてはならないだろう。
少し池に手を合わせ、呟いた。
「ここは仕方が無いかな…………。」
「そのうちまた生える。あまり手を入れすぎてもいかん。」
「そうだよね。」
気焔の言葉に頷いて、そのまま泉へ歩く。
すぐそこなので見えているのだがきちんと確認したい。生き物達は大丈夫だろうか。黒の影響を受けてはいないだろうか。
少し歩いて穴の近くを確認したが泉は問題なさそうで、変わらず癒しの水を静かに湛えていた。
その奥の、白い森を見る。
多分、浸食はしてきていない。白い森。
……長老に無事、届いただろうか。
「ベイルートさん…。」
ふと玉虫色の石の事を思い出して、また、会えたらいいなと素直に思った。
涙が出なくなったのは何でだっけ?そういえばどうやってベイルートさんの石、持って行ったんだっけ?…………あれ?
「ねぇ、ベイルートさんの石って気焔が持って行ってくれた?」
少し待っても返事が返ってこないので振り返る。気焔は何だか微妙な顔をして明後日の方向を見ていたが、私が近づいて行くと「ああ。」とだけ言って先へ進み始めた。
まぁ、それならいい。あそこにあるなら安心だ。
きっと、また何処かで、会える。
そのまま気焔について行き、森の中央へ向かう。老木達に挨拶して森の状況を確認だ。
ここは被害が無かった様で、その他も老木達に報告は来ていないと言う。木々達の無事を確認すると、私達は村へ向かった。
「ちょっと待っておれ。」
近くの木陰に私を置いて、気焔は先に村へ入る。どうやらまだ私の女神設定は生きているらしい。
この前でバレたんじゃなかったっけ?
また帰ってきた気焔に連れられて、私はちょっと薄く炎を纏い登場する。
いつもの村の広場には数人の跪いている村人と、ザフラと長老が待っていた。
皆、作業の手を止めて来てくれたのだろう。手が汚れているものや、道具が傍に置いてあったりとちょっと申し訳なく思う。
ザフラには少し目で合図をしたが、そのまま静々と進んで皆に挨拶をする。
とりあえずしばらくラピスを離れるので、泉と新しい池の事を、お願いした。
「では作業に戻るように。」
気焔が村人を解散させると、ザフラと長老だけが残る。ザフラが椅子を勧めてくれて、広場の隅にある休憩所のような所へ移動した。
ここならゆっくり話ができそうだ。
そして皆が席に着くと、徐ろに私は気になっていた事を話し始めた。
「この前はありがとう、ザフラ。本当に何とお礼を言っていいか…ありがとう。」
「いえ。当然の事です。女神を守れただけで…。」
「…………ごめんなさい。穴に落とされるのを止める事ができなかった。私の力不足です。」
「いえ。とんでもない、女神を守れたなら本望でしょう。ここにいるものは皆、感謝しております。」
ザフラはそう言うが、やっぱり私の力不足はあると思う。気焔がいないと、殆ど何もできない。
誰かを守りたい時に守れないのは、嫌だ。
何か攻撃手段が身に付けられないか、真剣に考えよう。自分が攻撃できなくても、何か武器が有れば違うかもしれない。
しかしそれは、今は一旦横に置いておく。ザフラには報告をしなければならない。
「ザフラ。実はあの穴の上の男はこちらで保護しています。人攫いの組織解体の手伝いや、まじない道具の作成をさせるつもりです。償いに足りるには随分かかると思いますが、きちんとさせます。……許して、もらえますか?」
どうしても、自分の中では「私がいなかったらあの人達は穴に落ちなかった」という思いが拭えない。
自分の中でけじめとして謝りたかった。村人は私のせいなどとは露程も考えてもいない事は分かっている。謝罪は、自己満足だろう。
………だけど。
その、私の言葉にザフラは驚いた顔をしていた。ザフラの表情の理由が分からない私も、驚いた顔をしていただろうと思う。
なんか変な事言ったかな?
ザフラは少し考えて、そしてしっかり私の目を見て話し出した。
「許しなど。女神が決められたのなら構いません。村の事まで考えて下さって、ありがとうございます。逆にあまり気に病まれませんよう。…………人攫いの方は何か分かりましたか?」
ティラナが拐われていた事、穴に落ちた人が何処に行ったのか分からないザフラは人攫いの犯行を連想したのだろう。ザフラには以前娘さんの事も約束した。レシフェの伝手で探せるといいけど…。
実はあの後、ハーシェルに聞いた話がある。
私が次に行くのはシャット。
学ぶところがメインの工業都市だそうだ。
そしてレシフェはまた別の扉、グロッシュラーから来たのだという。
ちょっと強そうな名前のそこは、まじない力を高める為に行く所らしく、まじない力の高い子供を買っているのはグロッシュラーらしい。レシフェもそこへ、売られた。
それ以外にも中央屋敷が拐った見目の良い子供や女もそこへ運ばれるのだそうだ。売られるとは少し違うようだが、勝手に拐って連れて行かれる先は口籠って教えてくれなかった。かなり苦々しい顔をしていたので逆に気になる。
だが、拐われたという事はザフラの娘はそこにいる可能性が高いという事だ。
レシフェをグロッシュラーへスパイとして戻すのは難しいらしいが、調べる為に協力させるには最適だ。
ウイントフークがちょっと楽しそうに綿密な計画を立てていた。そこは任せておけば大丈夫だろう。
「どこまでやれるか分かりませんが、大きな進歩になると思います。また、戻った時に。」
娘さんの報告ができるといい。ザフラに頷きながら約束する。頑張るよ、私。
そうしてザフラと頷き合っていると、長老が口を開いた。
「もしや、女神はシャットに行かれますかな?」
「はい。どうして分かったのですか?」
長老はシャットを知っているんだ…………。
そう言われてみると、何だか意外でもない気がする。長老を見ていると何でも知っている気がするから。
「いや…………。気をつけて下され。あそこも昔とは随分変わっているでしょう。」
この口振りは長老がシャットにいた事を示している。ラピスに嫌気が差して森にいる事と何か関係があるのだろうか。
口が重そうな長老に聞くのは少し躊躇われるが、助言してくれたという事は全く話す気が無い訳ではないのだろう。少しでも情報は欲しい。
決心して、訊ねてみる。
「長老、宜しければ話して下さいますか?シャットに居た事が…?」
「…………はい。私はシャットで薬学をやっとりました。研究半分、教え半分くらいですかな…。薬草や畑、その他作物の育て易い新種の研究等です。しかし結果的に上から派遣されてきた講師に追い出された様な形でしてな。」
長老が追い出されるなんて、何だか意外だ。何があったのだろう?私の顔を見て、長老は疑問に答えてくれる。
「危険な植物の栽培をしようとしていたのを止めに入った事で、難癖をつけられまして…そこまでの未練は無かったのでここへ帰ってきたのですが、研究ばかりしていたので結局森の方が居心地が良く、街には戻れませんのじゃ。」
ホッホッホ、と笑いながら言う。
危険な植物。それは、もしかしなくても…。
「カンナビー…?」
「どうしてその名を?」
驚いた目をした長老が私を見ている。そういえば始めに長老に聞きに行こうと思っていた事を忘れていた。やっぱり知ってたんだ…。
きっとテレクの畑に助言していたのも長老だろう。森に住む前は塀の外の畑をやっていたのかもしれない。
それにしても、長老の話だとシャットでカンナビーが作られている、という事になる。止めたから追い出された、という事ならば確実だろう。後でレシフェに入手先を聞かなければならない。
「実は、今回の事でカンナビーが使われていました。かなり前からラピスでも使われていたようですけど…。一般的に流通している訳ではないと思うんですけどね。とりあえず一旦の原因は取り除いたので大丈夫だと思います。あとは…。」
シャットに行った後、どうするか。どんな状況で誰が作っているのかも分からない。長老を追い出すような人物。どんな人なんだろう?
私に何が出来るのか、分からない。何も出来ないかもしれない。だが放置出来るわけもないので、調べるつもりだ。
勉強しながら調査、出来るかな?やる事が増えたぞ?
「相手は、狡猾です。重々お気を付けて。こちらの方がおれば女神は大丈夫かと思いますが、周りの者にお気をつけ下さい。誰が、どの位使われているか解りませぬ。」
ふとマリアナの母の事が頭に浮かぶ。「恐ろしいのは、普段と変わらない事」と言っていた。知っている者や家族なら、それでも気が付くだろうが知らない人間にカンナビーが使われていた所で、果たして気が付く事ができるだろうか。
長老はその事を言っているのだろう。
「分かりました。助言、ありがとう。助かります。」
そう私が言うと、長老は懐から何か小さい小瓶を取り出し差し出す。平たいガラス瓶で、何か乳白色もの物が入っているそれを私が眺めていると、長老は蓋を外すように言う。開けてみるとなんだか嗅いだ事のある香りだ。このツンとくる感じは多分、ハッカではなかろうか。
瓶を傾けても動かないのでどうやらバームのような物らしい。
「カンナビーは主に香りで使われる事が多いのです。その場合は鼻の下にこれを塗っておけば防げる筈です。しかし新しい用い方や食事に入れられると中々難しいですのう。」
「いえ、これがあるだけでだいぶ違うと思います。ありがとう。本当に。」
長老曰く、畑で大量に栽培しているとそこ自体にかなり作用があるという。探る為にも必要だろう。ありがたく受け取っておく。小瓶を握りしめて頷いた。
「シュツットガルトによろしくお伝え下され。何かあれば私の薬箱を融通して貰うとよいですな。」
長老はそう言って、何かあった時に使えればとシュツットガルトに置いてきた薬箱の事を教えてくれた。「何もなければ、それでいい」と何だか含みのある事を言っていたが、詳しくは教えてくれなかった。とても気になる、長老の秘密の薬箱。何だか凄いものが入ってそう。
そうして色々話をして、森での心残りがスッキリした所で私達は街へ帰る事にした。
「ではまた会える日を心待ちにしております。」
村の入り口まで送ってくれたザフラを振り返って、だいぶ日が高くなっているのに気が付く。
そう言って頭を下げる彼を見て、今度会う時はいい報告が出来るといいな、と思ったのだった。
その後、元気になった私は春に向けて出発の準備を忙しくしていた。
やる事は、沢山ある。
大量に作っておいたポプリとスワッグは持っていく分と、お世話になった人に配る分に分けて少しずつ配って行く。
イオス達には店の事もあるので早目に移動の事は伝えていたが、それ以外の人達にはギリギリまで内緒にしておいた。
何故かと言うと私自身、お別れの雰囲気が寂しくなるのとエローラ曰く「いなくなる事がバレると厄介な輩が出てくる」という事だったのであまり知らせなかったのだ。
実際問題、マリアナの所に行った時はテレクに帰り道追いかけられたが、気焔がいたのでやっぱりテレクは気焔に睨まれて帰って行った。
助かったけど、何だかちょっと気の毒になったのは仕方が無い。
だってあの金の瞳は、本当に怖いから。
よって、ヨークの所の工房にもギリッギリまで秘密にしておく事にした。シンの瞳にも怯まなかったロランがどう出るか、ちょっと怖かったからだ。悪いけど…。
しかし結局悩んだけどヨークの工房については、後日ハーシェルが届けてくれる事になった。
というかお父さんが「僕が行くからいいよ、ヨルは。」と過保護具合を発揮したのだ。
正直気が重かったので、お任せする事にした。
シンとは睨み合いで終わったけど、気焔がどう出るか全く予測が付かないのでそれも怖い。
余計な争いの種はまかないに限るのだ。
そんなある日の朝。
すっかり春の空気になったラピスの街をウイントフークの家に向かって歩く。
朝、気焔、私のいつものメンバーだ。
「なんか春になるの早かったねぇ。」
「そうね。冬が短いわよね。ここに住もうかしら。」
しみじみと私が呟いた所で朝が軽く相槌を打つ。
朝は寒いのが苦手なので、そんな事を言っているのだ。空気はまだ少し冷たさが残るが、日差しが春めいて日向はとても、暖かい。
ラピスは春夏が長い様で、確かに過ごしやすいだろう。猫には最適だろうな…………。
「でもダメだよ!一緒に行くんだからね。」
そう朝に返しながら、春の街を歩く。
家の前に花を置いている家が増え、青に映えてとても綺麗だ。
冬の装いだった家々はすっかり春に模様替えされて、黄色や緑のカーテンに掛け替えられている。
冬の紺白から、春の黄緑になってくるとそろそろ春の祭りなのだそうだ。
例年、シャットへの移動は春の祭りの後行われるそうだが私達はエローラの提案で祭りの前に移動する事になっている。
よく分からないが、エローラは「成人式が絡むとまた面倒だから。」と言っていた。ここラピスでは成人式を迎える女性は大体婚約済みらしいので、きっとそれ関連だろう。
…ふふっ、本当にシャットでいい人見つかるといいね。
そんな想像をしているうちにウイントフークの所に着く。レシフェはどうしているだろうか。
あれから私は何だかんだ忙しくしていたし、あいつがあんな事を言っていたので最近少し足が遠のいていた。気焔も行かなくていいって言ってたし。
後は朝がかなりウイントフーク情報を報告してくれるのも、ある。
少し緊張しながらいつものように朝の後ろについて扉をくぐり、狭い通路を抜ける。少し薄暗い部屋に入ると誰も居なかった。
が、奥の小部屋から声が聞こえてくる。
「それだと無理じゃないすか?」
「だが小さくないと意味が無いだろう。もっとお前の力を込めればいけるだろう。」
「いや、その後どうするんですか。俺にしばらく寝てろと?」
「誰も困らん。」
「あーあーまたそういう事言って。あっちに行く前に、潰すつもりですか?」
「お邪魔してるわよ、2人とも。」
朝が小部屋に呼びに行ってくれる。慣れたもので、2人も驚く事なく作業を中断したようだ。「もうそんな時間か。」とウイントフークの声がする。
「や。ちょっとぶり。」
軽いな。
先に出てきたのはレシフェで、かなりウイントフークに毒されているように見える。
同じように白衣を着て、きっとずっと作業をしていたのだろう、全体的にボサボサである。
少し伸びた気がする赤茶の髪はフワフワを通り越してボサボサだし、初めて見るが眼鏡もしている。白衣もシワだらけだ。
まだ出てこないウイントフークはきっと自分だけ綺麗にしているに違いない。
「来たな。」
と言って出てきた彼を見てやっぱり…と思っていたら私より早く朝が突っ込んだ。
「自分の事だけじゃなくて弟子にもちゃんとさせなさいよ。」
「ハイハイ」
なんかこの2人熟年夫婦みたいになってきたな…と思っていたら、レシフェもスッキリして戻ってくる。前に見た時よりも更に暗さは薄れて、肌が黒くなっている部分を除けば全く普通の青年に見える。見た目年齢で言えば、気焔より少し上、という所か。
ウイントフークブレンド待ちをしながら、糞をシャットにも持って行きたいと伝える。
沢山作って欲しい。私の注文を予想していたのだろう、ウイントフークはお湯を注ぎながら「荷物の中に入れてある」と言った。
今日はシャットに行く際持って行くまじない道具を受け取りに来たのだ。
「これで全部だな。」
お茶の支度が整うと、私達に茶器を置いて自分は小部屋へ道具を取りに行く。私がみんなにお茶を注いでいると隠し箱を持って戻って来て、テーブルに置いた。
道具は以前と同じ。
箱を開けるとラジオ電話、眼鏡の予備、目耳の新しいやつ、糞ブレンドの袋が入っていた。
「シュツットガルトと連絡が取れているから、これは使えるだろう。」
ウイントフークは試作をシュツットガルトに送っていたらしい。少し改良したらしく、この前までは私と繋ぐだけを想定していたので話先は一つだったが、チャンネルを合わせると話先が選べるように改良されていた。
「これでハーシェルの家にも繋がる。」
「やった!ウイントフークさん天才!」
ティラナと話したかった私は手を叩いて喜ぶ。
チャンネルは古いテレビの様に、カチカチ回すタイプだ。「わーい」と言いながら他の道具も確認して、箱にまたしまっていく。
「目耳」だけは消える機能を付けたので、私のまじない力を登録してもらう。自分のまじない力じゃないと見えないからだ。
「お前がそう言えば、見えるようにすることも出来るぞ。」
「いや、それは他人の迷惑になるので止めておきます…。」
「?」
ウイントフークは分かっていないようだが、「目耳」は改良されたとは言え、ただの眼球に羽が生えている代物だ。飛んでいたらキモいに決まっている。
とりあえずウイントフークの疑問を流して、私は2人に質問をした。きっと2人なら何かいい提案をしてくれると信じて。
「あの。」
「何だ?」
「何か、私が持てる武器みたいなの無いですかね?」
「ん?武器?何でまた。気焔がいるだろう?」
「まぁそうなんですけど…………この前みたいに、いない時の想定もしておいた方がいいんじゃないかと思って。あの時私、何も出来なくて…………。」
想像しながら何だか沈んできた。本当に、何も出来なかったから。
すると私の話を聞いてレシフェが急に笑い出した。それも盛大に。
「何?」
思いっきりジロリと睨み付けてやったけど、全然構わず笑っている。
もー!ムカつく!!
ひとしきり笑い終わると、ちょっと目尻の涙を拭きながら彼は言う。
「ああ、可笑しい。お前やっぱり俺の女になれよ。」
「何なわけ?馬鹿にして。」
苛々している私は隣の朝をギュッと膝上に抱き寄せて、もしゃもしゃ毛を撫でる。ちょっと朝は迷惑そうだけど、構わない。
そんな私を見ながらレシフェはまだ言っている。
「あの状況で何とかしようと思う奴なんて、そうそういない。大したタマだよ。ピッタリだと思うんだがな。」
「フン!」
「それよりお前、何も出来ないわけじゃないと思うぞ?それだけのものを持ってるし、多分シャットで学べばもっと力の使い方が上手くなるはずだ。他の石も活かせると思うが。後はなぁ…。」
レシフェが気焔を見ながらニヤニヤしているので嫌な予感がする。気焔の服を握って、「今日はまだ帰っちゃダメだよ!」と小声で言った。
またヒョイと帰られたら困る。
「とりあえず。何かないですかねぇ、ウイントフークさん。」
レシフェはこの際無視だ。ウイントフークはさっきから何か考えていたが、立ち上がってまた小部屋から何か持って来た。
それには紐が付いていて、何かに付けられるようになっている。
「これしか無いかもな。そもそもまじない道具は石を使って作る。石の力を利用するものだからな。以前、指輪が無くなっただろう?お前に石は持たせられんからな。これくらいか。」
チラリと気焔を見つつ、そう言ってウイントフークはその小さな袋を差し出した。
臙脂色のその袋は金のモールのような紐が付いていて、可愛い。ウイントフークにしては意外だ、と思っていたら「俺がデザインした。可愛いだろ?」と要らない情報が来た。
チラリと目をやりレシフェをスルーすると、中を開けて見る。
空っぽだ。
ウイントフークを見ると、使い方を説明してくれる。
「このくらいの大きさだとまじない力だけで出来る。わたしとレシフェ合わせてギリギリだけどな。これは空間石の極小版だ。ラギシーを入れておけ。お前にはこれしか思い付かなかった。また思い付いたら作るかもしれんが。」
そう言われてまじまじとその小さな袋を見る。見た目は、可愛い袋。キョロキョロして、何か試しに入れられる物を探す。
部屋の端にあるガラクタ石を一つ選んで、入れる。袋の口を閉めると、確かに外から触れても何も入っていないような感触だ。袋のビロードの様な手触りが気持ちいい。
試しにあと2つ入れてみる。同じ。生地がサラサラしてるだけ。
袋の口を開いて、手を入れる。でも手が全部は入らないくらいの大きさだ。本当に小さい。でも指を入れるとちゃんと石に指が触れて、取り出せる。
「わぁ。」
なんだか楽しくて、ちょっと出したり入れたり遊んでいた。
その様子を横目で見つつ、男達は何やら後の話をし始めていた。
私は袋の紐をベルトループに付けられるか、試したりして遊んでいたけれど。
「で、後はお前、1週間くらいだろう?」
「そうですね。エローラが春の祭りの前に出るって言ってたので。」
そう、残り時間はもう、そんなものなのだ。出発まで大体の用事は済ませたけど…………。
実は後回しにしている事が、ある。
「後は中央屋敷に行かなくちゃいけないんですよね…。それだけちょっと気が重いです。」
「まぁな。でも挨拶だけだと思うぞ?」
「そうなる事に全力で期待して行きます。いや、違ったら嫌だから期待しない方がいいかな…………。」
「とりあえずは普通にしてろ。許可は出してくれたんだ。悪い様にはしないだろう。」
「はい。それは。」
ありがたいですよね。ホントに。
ハーシェルはもう大丈夫だろう、と言っていたけど私は全く会った事がないのでフェアバンクスが変わった、と言われても半信半疑な所があるのだ。
そんな急にいい人になる?みたいな。
とりあえず行かない、という選択肢は無いので行くしか無いのだけれど。
フゥ、とため息を吐いているとウイントフークが最後に言っていた。
「フェアバンクスよりもグロッタに気を付けろ。かなりのやり手だ。あいつがフェアバンクスにカンナビーを使っていたしな。お前なんかあいつから見れば赤子だぞ。」
「え?そうなんですか?」
カンナビーを使われていた?ハーシェルはそこまで詳しく言っていなかった。
…………だからハーシェルさんは、もう大丈夫って言ってたんだ。きっとカンナビーの効果が切れたに違いない。
改めてハーシェルが言っていたことが理解できて、安堵する。
あ。
「レシフェ、レシフェはどこからカンナビーを調達してたの?」
「ああ、カンナビーと言えばシャットだろうよ。今時常識だぜ?」
「は?いつの間に?!」
ウイントフークが音を立てて茶器を置いた。どうやら彼も知らなかったらしい。
イライラしたように腕組みをして何か考え出した。「計画が…」と言って苦い顔を見せている。
知らなかったという事は、長老がシャットを出たのはウイントフークより後なのだろうか。
「思ったより危険かもしれないな…………。」
「あれ?今更行くなとは言いませんよね??」
ちょっと心配になってきた。
ウイントフークはいいにしても、ハーシェルが聞いたら危険だ。行くなと言いかねない。
「大丈夫だとは思うが…………。まぁちょっと他にも手を考える。お前は心配するな。」
「よろしくお願いします。私、行かなきゃいけないんです…。」
そう、遊びに行く訳では無い。目的は姫様の服の修復だ。多分、あれを直さないと次に進めない気がする。そもそも6の扉にも行かなきゃいけないんだし。
なんだか雲行きが怪しくなってきたけど、ウイントフークにその辺はお願いする事にした。
何にせよ私はこの件については口を開かないことにしよっと。すぐボロが出そうだし。
そうして心配事は増えたが、行く事に変わりはない。まじない道具を受け取って、ウイントフークの家を出る。ここから出ると、いつも外が眩しく感じるな‥。
帰りがけにレシフェがちょっと意味あり気に「またな。」と言っていたのが気になったが、気焔の機嫌が悪くなる前に帰ろうと焦っていた私がその意味に気付くのは、大分後になってからだった。
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