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美黎

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5の扉 ラピスグラウンド

壊れた涙腺とレシフェの事

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ぼんやりと見えてくる、木目の天井。

何だか気が付いたら自分のベッドで寝ていた。


まだ、何も考えたくなかったので起きるのをやめて、気焔の温かさを感じるとそのまま、また寝た。

このままずっと、眠っていてもいいかな…………。









…………お腹空いた。


明るいな。

朝かな?




もうお昼かな?


起きるかどうか、迷った。

見たくない現実と知りたくない事が待っていそうだから。

どうしようかな。
でも起きない訳にもいかないし、現実はお腹も空く。

シンも、ベイルートもいなくてもお腹は空くし、太陽は昇って、また沈む。

時間は同じく、流れてゆくのだ。


ティラナの様子も心配だし。

自分の起きる理由を見つけて、モソモソと起き出す。
気焔はいない。

ていうか、今、何時だろう?


ベッドから出て、寒さに少し身震いする。

窓の外を見ると、空が少し橙がかっているので、もしかしたら夕方なのかもしれない。
随分寝てしまった様だ。

藍に頼んで髪を綺麗にしてもらい、洗面室で軽く身支度をする。

その時乱れたままの髪に、まだ髪留めが付いているのを見て、また涙が出る。


…………もしかしたら。

でも勇気が出なくて、そのまま整えた髪にそっと付ける。

綺麗に色が変わる様子を見ながら涙が止まらなくて、「私もしかしてこれ、もう付けれなくない?」と呟いた。

でもカツラをかぶる事を想像するとやっぱりそれはそれで無理なので、少し落ち着くまで窓辺で座る。
セーさんは何も聞かずに鼻歌を歌っていて、そのいつもの様子に癒された。

駄目だ、1人だと余計に。

とりあえず少しはマシになったので、下に降りることにした。



「あ、ヨル。どうだい?もう大丈夫?」

居間ではハーシェルが寛いでいて、ティラナはリールと遊んでいた。
「お姉ちゃん!おはよう。」とニッコリしている。 
その様子を見て少し安心したけど、リールがいるという事は今って朝じゃないって事だよね?

「ハーシェルさん、私どのくらい寝てましたか?」

「あれから3日経ってる。落ち着いてたら話そうと思うけど、どう?」

「え?!3日?!!」

予想外に寝ていた様だ。

もう、3日も経ってるんだ…………。
そりゃティラナも遊ぶよね…。

大事な時にすっかり寝こけていた事が、ちょっと悔しい。
きっとハーシェルは大変だったろう。

とりあえず、あの後の話を聞くことにした。
勿論、ご飯を食べながら。




ダイニングで残りのスープとパンで軽く食事にする。
温かいスープの有り難みを感じながら、とりあえず今が既に夕方な事にまた驚いた。

そんなに寝てたんだ…。


「あの後、君はそのまま気焔に連れて帰られたよ。僕らは歩いて帰って、あの男は今、ウイントフークの所にいる。」

あの男。

また一瞬熱くなってきたが、いつまでもそうしてはいられない。

結局ハーシェル達との話はどうなったのだろうか。
まずはそこからだ。

「結局、あの人誰だったんですか?ティラナを攫った目的は言いました?」

「ああ。まぁ全部は話して無いかもしれないけど、彼はとりあえず僕の妻の弟だった。ティラナの、叔父だね。ティラナは妻に似ているけど、あの2人は本当、そっくりだもんな…。」

ちょっと複雑な表情のハーシェルは、あれからまだティラナには会わせていないという。
ティラナも、何となくは分かっているようだが、やはり怖い目にあったので自分から男の事には触れないそうだ。

しめしめ。とりあえずそこはオッケー。

「で、結局連れて行くつもりだったって事ですかね?何ででしょう?見た感じあの人独身だろうし、父親から奪う程の甲斐性無さそうですけど…………。」

「そこはまた説明すると、長いんだけど…。簡単に言うと、彼自身はこの世界に不満を感じていて、そこから脱する為に色々画策してティラナも連れて行こうとした、という事だね。そもそもこの世界自体を悪だと思ってるから、僕の所より自分といる方がいいという思考なんだろう。まぁ細かく言うと色々あるけど、大体はそんな感じかな…………。」

ん?何だかよく分からない。

ザックリ聞くと、中二病拗らせて人に迷惑かけてるようにしか聞こえないんだけど。

でも、ただの中二病でそこまでの事する? 

ウイントフーク曰くブラックホール自体、かなり危険なもので石もいいものが必要な筈だ。
そんなものを作る人が、そう単純な思考をしているとは思えない。

いや、ある意味思い込みで??作っちゃった?
いやいや…………。


きっと、ハーシェルは何か隠しているに違いない。
とりあえずハーシェルが言わないという事は、危険があるという事で、私が積極的に関わる話ではない。

何しろ今話してる時点でも既に過保護病が進んでいそうなので、後でウイントフークの所で問い詰めよう。

うん、そうしよう。
くだらない理由だったらとっちめないといけない。


「ハーシェルさんは、………彼をどうしますか?」

ウイントフークは聞かなくても分かる。

それは横に置いといて、ハーシェルが彼に対してどのような対応をしているのか。
そしてこれからどうするつもりなのか。
それが気になる。

「僕は…………。彼の気持ちも分からなくは、ない。ただ、ティラナを拐った事や人の命についての事は問題があると思う。でもね、やはりこの世界にも、問題はあるんだよ。」

「え…………。ハーシェルさんは、じゃああの人を許しますか?」

「許す、許さないで言えば僕はやっぱり職業上許すとしか言えない。父親としては許せないけど、結果として危害を加える気は初めから無かったようだし、君のお陰で気焔もいたから大事には至らなかった。それよりも…………協力させようと思っている。それについて君の意見を聞きたかったんだ。」


私はちょっと、ポカンとしていた。


ちょっと待って。

この過保護病のお父さんが許すくらいの、この世界の、問題。

それが分からないと、このモヤモヤが永遠に晴れない気がする。

だって、協力させるって?何に?

あの男が、役に立つの??
 

私の表情を見ながら、納得して欲しそうな顔をしているハーシェル。

いやね、危険に巻き込みたくないのは分かるんだけどこの説明で、納得しろってのが無理でしょうが!
そろそろ私の性格把握してくださいよ、お父さん!

騙されませんよ!


さて、吐いてもらうためにはどうしたらいいか。

あれか。やっぱり泣き落としか?
テーブルに俯いて考える。

うん。そうしよう。

「ハーシェルさん…。でも、私は許せません。シンも、ベイルートさんも石にされて…………いくらティラナの叔父さんだって、やっぱりきちんと捌かないと納得行きません!黒い穴に落ちた人だって沢山いる。反省だけじゃ償えませんよ。よっぽどの世界の存続に関わるような事に協力させるならまだしも、彼の勝手でここまでの事になったんですよね?…………そんなのみんなが浮かばれませんよ…………。うっっ。」

派手に泣き真似をしてテーブルに突っ伏した。
そのまま嗚咽迄して、ハーシェルの反応を、待つ。


しばらく何の反応も無かったので、失敗したかと思った。

が、まんまとハーシェルはかかったようだ。

肩に手を置かれ、顔を上げると潤んだ緑の瞳で見つめられる。

「ヨル。ごめん。きちんと話すよ。でもティラナがいない所の方がいい。後日ウイントフークの所に行こう。僕もまだ、レシフェに聞きたい事もある。」

どうやら男はレシフェと言うらしい。
しおらしく頷きながら、目を拭った。

出てないけど、涙。


とりあえず男の処遇はまたその時にして、私は気になっていた事を順に質問していった。

まずティラナの事。
あれだけ怖い目にあったのだ。夜、眠れているか、普段の様子、食欲はどうか。
聞くと、やはり当日はよく眠れなかったようだが、今はハーシェルが一緒に寝ているので夜は眠れるようになった。
時々、ハーシェルを探してついて来たりするらしいがとりあえず大きな問題は無さそうだ。
私も出来るだけ一緒にいる事を約束する。

お店の手伝い減らしてもらわなきゃ…。
お店。…………ベイルート。

「あの。ベイルートさんの事って…………。」

「ああ。結局今回の事は結果としては大事になったんだけど、表立ってはいないんだ。またウイントフークの所で話すけど、とりあえずはウォリスが引き継いで対応している。あそこは跡継ぎがまだだったからな…少し大変だろう。」

私は起きた時にまだ握っていた石の事を思い出す。
とりあえず引き出しにしまって来たが、返した方がいいだろう。

「ハーシェルさん、私ベイルートさんの石を持ってるんですけど…………。」

「あ、そうか。うーん。今のところ持っててくれ。多分、それがいい。」

ベイルートは結婚もしていないし、勿論子供もいない。
両親はもう他界していて、ウォリスに渡しても身内でないとやはり微妙な所らしい。
事情が事情なので、葬儀も行わないらしく私が持っている方がいいと言われた。

「君を守ったんだから、持っていなさい。君の事は元々、気にしていたんだ、彼は。」と。

私はベイルートが惑わせのハーブを使われていた事を、言っていない。

敢えて言う必要も無いかと思っていたが、何となくハーシェルの話し方で知っているのかもしれない、と思った。


ウイントフークの「目」も飛んでいたし、行動がおかしい事は分かっていただろう。
でも、結果的には助けてもらった。
せめて何かお礼をしたいと思っていたが、それも難しそうだ。
何か、考えよう…。


鼻をかみつつ、村の事を聞く。
村はどうなっただろうか。

「村は、今回の事で中央屋敷の知る所となった。ザフラの事もね。でも彼等は悪い事をしている訳じゃ無いからね。特に問題はないよ。亡くなった村人の葬儀は村でひっそり行われたと思う。遺体が無いからね。簡易的なものだけど、女神を守ったってみんな誇らし気だったよ。」

「…………女神だって、言った事、少し後悔してます。」

「ああ、それは言うと思った。ザフラも言ってたよ。ザフラは気付いてたかもしれないけど、でも彼等にとっては君は、女神だったよ。話していて思った。」
「でも…………。」

「君は、君が女神じゃ無かったら彼等が君を守らないと思うかい?」

「……………。」

思わない。確かに。

私に出来るのは彼等にありがとうと言うことと、祈ることだけだ。
私の心の中に忘れずに。祈る事。

私にできる事なんてそのくらい。

森もかなり荒れた筈だ。黒い穴は治したが、周りの木々は滅茶苦茶だったし老木達は大丈夫だったろうか。
後で森にも行かなければ。

森…………。長老にハーブの事聞いてないな。

「惑わせのハーブは…?」
「ああ、それも彼だった。アンティルに使わせていたようだ。とりあえず露店は彼を捕まえた事でもう出ないから大丈夫だ。アンティルのうちの誰かがやっていたんだろう。一応他にも被害者がいないか、調べるよう頼んでいる。朝に。」

ん?猫達が調べているのかな?

でも確かに一人一人に聞いて回るわけにもいかない。とりあえず問題がありそうな所を見つける、という事なら猫達が適任かもしれない。
猫達は結構人が知らない事も知っているのだ。

猫ネットワーク、凄いしな‥。


「あと、中央屋敷は…………どうなりました?」

私は「シンがどうなったか」と言えなかった。

お屋敷の息子が石になったのだ。
それは公にできない大事だろう。

しかしシンの石も私が持っている。
いいのだろうか?

「中央はね、ちょっと今かなり複雑なんだ…………。これもまとめてウイントフークの所かな‥。とりあえずは大丈夫だよ。騒ぎには、なっていない。石も君が持ってて大丈夫だ。」

何だかウイントフークの家で話すことが多い。

とりあえず、今現段階での疑問は解決した。
後はあの男次第かな…。



その夜はティラナと女子会をした。

私の部屋で、お茶会だ。
私がずっと寝ているのを心配していたらしく、今日は一緒に寝ることにした。

ハーシェルが買って来てくれた、イオスのクッキーを2人で夕食後に食べるのは共犯者っぽくていい。
またやろう。

ニヤニヤしながらクッキーを頬張り、ランプの灯でお喋りをする。いい時間だ。

「色々あったけど、突然怖くなったりとかしない?大丈夫?」

私はフラッシュバックを心配していた。
気焔はいたものの、かなり怖かったはずだ。

「ううん、今のところ大丈夫。でも夜は誰か一緒に寝てくれないと無理かもしれないけど。お姉ちゃんか、お父さんがいれば大丈夫だよ。」

「そう。何かあったらすぐ言うのよ?」

様子を見つつ、怖い話は早々に終了だ。

後はこれからの冬の過ごし方とか、春になると何が美味しいとか、リールが急に背が伸びたとかなんて事ない話をする。

なんて事ない話を冬の夜に火箱を囲んでする様。

この、なんでもない光景の有り難みを感じながら、温かいお茶を飲む。
ゆらゆらと、火箱の石が揺らめく様子を見つめていた。

私がセージを焚いていたので、いい具合に眠くなって来たのだろう、ウトウトしてきたティラナをベッドへ連れて行き添い寝する。


トントンしているうちに寝息を立て始めたティラナをしばらく見つめると、鼻がかみたくなってベッドから出た。

いつの間にか、足元にいた朝を撫でる。

朝にも色々聞きたかったが、余計に鼻水が出そうな内容になりそうだったのでそのまま撫でた。


どうしよう。
夜、悲しくならない日は来るかな?
でもそれはそれでまた悲しいな?

泣いてばかりの自分に嫌気が差したが、仕方がない。
急には変えられないし、今回のは仕方がないよ…………。

座ったままウトウトし出した私を朝が起こし、また泣き出す前にベッドに入った。

情けない。

ティラナより泣いてるよ。
そう思って落ち込みながら眠りについた。





次の日。

ハッキリしないと落ち着かない私は早速ウイントフークの家に行く事にした。
ハーシェルは相談室があるので後から合流だ。

ここの所、なんだかんだで教会も閉めがちなので今日は開けないといけないらしい。
私はいつも通り気焔と朝と、お出かけだ。


薄い青の少し薄手のコートを羽織り、出掛ける。このコートはルシアに譲ってもらった。 

私、少し大きくなったかな?

ルシアのコートが丁度いい。少しずつ春も近づいているのだろう。
街の様子も何となく明るく見えた。
私が沈んでいるから余計かもしれないけど。

少しでもスッキリしたい私の足は、いつもより早足で目的地に向かっていた。



いつものように朝がスタスタ入って行く。
でも今日はレシフェがいる筈だ。
私は少し構えながら入る。
何となく。精神的に。

朝、気焔、私の順で入って行き、いつものようにソファーに座る。

今まで、シンが居たり、居なかったりしていたがいない時に気にしたりした事は無かった。

でも今ここに入った時に彼が居ない事に涙が溢れてきて、ここまで馬鹿みたいに何でも涙が出る自分に、なんだか可笑しくなって来た。

私、壊れちゃったのかな?

こっそり涙を拭う私にみんな気が付いてると思う。

けれど見ないふりをしてくれてるので、そのままお茶の用意を待っていた。
安定のウイントフークブレンドだ。

そして、私達の向かい側には件の男、レシフェが座っていた。


なんだか憑物が落ちたような顔をしている彼は、穴の上に浮いていた時とは別人に見えた。

ティラナより薄い色の髪はお風呂に入ったのか、よく似たフワフワになって彼を優しく見せている。
片方の目の周りしか残っていない元の肌。

だが他の黒くなった部分も森で見た闇の雰囲気は薄れ、薄いアザが広がった様なかたちに見える。

よく見れば手も黒くなっているので、本当に残っているのは目の周りだけなのだろう。
しかしそれを含めても彼はスッキリと、変わった様に見えた。

その事にすら苛ついていた私は、これから聞く話で彼と協力なんて出来るのか、不安になる。

でも、何となく、そうしなくてはならない事は分かっていた。

分かりたくはないのだけど。



ウイントフークが座ると、とりあえず話し出す。
この、空気を読まない所が、彼のいい所だ。

「ヨル。こいつはレシフェと言ってティラナの叔父だ。まぁハーシェルの義弟とも言うが。それで以前話していたシュツットガルトの言っていた男で合っている。お前がこれから行くシャットの、まじないを学んだ者だ。」

それは私がよく分からなかったから、あまり聞いていなかった話の内容だ。
とりあえず頷いておく。

「で、だ。これからお前を送り出すにあたっての道具の制作やその他諸々の手伝いをさせる為、うちに置く事にした。まぁわたしの助手という形だな。もうシンもいないし…………。」

流石のウイントフークも失言だと思ったのだろう。慌てて私の方を見ているが、遅い。

既に涙は出ている。

私は正直どうしてシンの事でここまで涙が出るのか、自分でも分からずにいた。
止められるものなら、止めたい。
何だか私1人がこうしていつまでもグズグズしてるみたいで嫌だし、何だか馬鹿みたいだ。

レシフェの前で泣いてしまうのも悔しくて、涙を止める石があったらいいのに、と思う。
試しに聞いてみる。

「藍?」

「依る。それは駄目よ。できるけど、してはいけない。貴方じゃなくなるわ。」

こうして涙が出るのも、私。

ならばしょうがない。言いたい事、言おう。

キマらないまま、とりあえず話し始めた。

「とりあえず、黒い穴は?ブラックホールはどうなったんですか?」

私はレシフェに答えて欲しかった。じっと見る。

彼は始めは、私と目を合わせるのを避けていたと思う。

でも私が真っ直ぐに彼を見たので、目を合わせた。

しかし私は少し、後悔した。

この目はティラナに似過ぎだから。
本当は許したくないのに。
ざまあみろってしたいのに、出来なくなるのは嫌だ。

彼の目に細やかな抵抗をしながら話を聞く。

「元々、自分で鉱山に石を取りに行った事が始まりだった。うちは子供に石を与える余裕もない家だったから。」

ブラックホールの事を聞いたのに、何故か彼の石の話から始まった。
そして、彼の話はやっぱり聞いたら後悔するものだった。


レシフェは5人兄弟の末っ子で、元々金の無かった両親は彼に石を与えるつもりが無かった。
大きくなって物心付くと、石がないと何も出来ないと思い、鉱山に行く大人にくっついて、1人で採ってきたのだと言う。

その石が、後にブラックホールの元となる。
シャットの石博士曰く、最強の黒い石だった。

そんな事とは知らない彼は元々のまじない力も強かったので、両親に売られた。 まじない力が強い子供は売れるのだそうだ。
勿論いけない事だが、裏では売るもの、買うものが存在する。

そして彼が売られたのは私の知らない、他の扉だと言う。そこでまじない力を鍛えながら学び、年頃にシャットでも学んでメキメキ才能を伸ばし、最終的にその扉の管理者の右腕にまでなった。

だが権力者と繋がる事で今まで知らなかった情報が降りてくる。
そして知る事になった、情報操作、一部のもの達による搾取と予言。
いざとなれば自分達だけ助かろうという、計画。

その計画を知られないようにする為に、殺された自分の、姉。

「兄妹の中で俺に優しくしてくれたのはレイテだけだった。8つで売られるまで、殆どレイテに育てられたようなもんだ。それを…それを自分達の行動を隠す為だけに、殺した。何もしてないんだぞ?喋ってもいない。俺がそれを知った時には、もう既に殺された後だった。それも惨い殺され方でな。」

「……………………。」

「それからはいかに奴等を出し抜いて、俺の周りの同じような奴らを助けて抜け出すかだけでやってきた。同じように親に売られたり、拐われたりしてまじない力を利用されているもの、働かされている者は沢山いる。俺はそれを止める為に、変える為にやった。汚い事を、山程な。そして最終的に奴等の箱舟を俺が奪い、使ってやるつもりだった。…ティラナの事は姉さんの事を調べてる途中で知った。連れて行くつもりだった、一緒に。父親は彼奴らの手先だからな。奪って行くつもりだった。」


「で?」


私の淡々と、でも静かに怒っている声に少し驚きながら、レシフェは続ける。

「失敗したって事さ!あの白い奴の所為でな。俺のブラックホールは万能で俺の選んだやつはちゃんと運ばれるが、それ以外は塵になる。お前と、緑のやつは送るつもりだった。だがあの白い奴の力でブラックホールが相殺されて、無くなった。もう俺の石にそんなに力は無いし、作れないだろう。黒い石の力は、俺自身に跳ね返った。」

じっと彼の茶の瞳を見ながら考えた。
色々。

でも、ここで優先すべきは、何か。

私はこいつを殺したいわけじゃ、ない。

許したくもない。

何か理由が欲しい。
私が納得できる理由。
この男とやっていってもいい、理由。

それがあれば、矛盾した気持ちを持ちながらでも、過ごして行ける。………多分。


理由を持ってそうな人を見る。

ウイントフークだ。
私の視線に気が付いて、説明し始める。
言いたい事はわかるのだろう。
ウイントフークはこいつを利用したい筈だ。
プレゼンしてもらおうじゃないか。

ウイントフークは髪をかき上げながら話し出す。

「あー。ヨル。これはこいつだけじゃなくて、この世界全部の問題だ。こいつは一人で突っ走ったが、この世界の解決しなきゃいけない問題である事は、確かなんだ。一部が独占している情報で、以前言った予言が現実になれば、世界が無くなる時に奴等だけ逃げる事になる。置いて行かれる他の者はみんなどうなるかは分からない。天変地異が来るのか、何事も無く少しずつ退廃するのか、そもそも、本当に予言通りになるかも分からないが、近くなっている事は、言っただろう?」

「………こいつが青か。」

「お前、気が付かないで狙ってたのか?」
「いや、ティラナと一緒に居させればいいかと思った。見目もいいから、貴石に入れてもいいしな。」

そう言ったレシフェを、ウイントフークがガッツリ叩いた。本の角で。

「お前それ間違ってもハーシェルの前で言うなよ?二度とティラナに会えないぞ?」

んん?貴石ってなんだろう?

私の顔に出ていたのだろう、ウイントフークは「お前は知らなくていい。あとハーシェルには絶対に聞くな。」と言っているのでお父さん怒案件らしい。
ふーん。

「分かりました。なんかよく分かんないけど、その人がいるとウイントフークさんは仕事が捗るし、悪い奴の計画も潰しやすいし、ハーシェルさんは…何でしょうね?一応義弟を殺さずこき使う事ができる、って事でいいですかね?」

とりあえずみんなの役に立つならいい…かな。

みんなが必要とするなら、それでいい。
私の気持ちと、それは別問題だ。他の人の助けになるなら納得できる。

…………私の気持ちは。
整理がつくのだろうか。


「馬鹿だと思うだろう。俺の事を。何人もブラックホールで消しているし、黒い事も散々やっている。お前の大事なやつも消した。許せとは言わない。許してもらえるとは思ってないしな。」

意外にもレシフェはそう言った。

許せはしない。
許せはしないけど、気持ちが分からない訳ではない。

私だって、二人が石になった時にこいつを殺そうかと思った。
実際にそれをやるか、やらないかは、正直紙一重で私は、それは育った環境の違いだと思う。


私は、平和なところで育った。

きちんと法もある。
一応、犯罪者は捕まって裁かれる。

でもここは違う。
誰もしてくれないのだ、それを。

もし逆の立場だったら。

多分私も穴に落とすくらいすると思う。
自分の命が軽んじられる所では、人の命も同じだ。

環境が、生き方を分ける。

分かっているのだ、彼は悪いけれど、ある意味悪くない事を。

ただ、やっぱり気持ちの上では許せないんだけど。

それは持っていていい感情のはず。

私の涙が勝手に出てくるのと同じ。
勝手に、許さなければいいのだ。
別に誰の許可が要る問題でもない。 

私の心は自由だ。

「あなたは許せないけど、馬鹿だとは思わない。馬鹿は、何もしない奴。何もしないで口だけの奴。やり方は正しいとは言えないけど、綺麗事じゃ世界は変わらない。それは、分かる。」

少し驚いた顔で私の顔をじっと見るレシフェ。

そのまま続ける。

「でも、次裏切ったら消すから。多分?あなた自身は、協力する気なんでしょう?可愛いティラナに嫌われたくないもんね?」

ニッコリ笑った私に渋い顔をしながら、頷く。
しかしすぐに太々しい顔になった。

「それはな。約束する。俺だって、自分のした事は分かってるつもりだ。協力する事で償いとする事を誓う。ところでお前、俺の女になれ。」

「「「はぁ?!?!」」」

流石にハモった。

何を言ってるんだこの人は。

許してないって言ったじゃん!

「いや、お前気に入った。俺もウイントフーク位の実力はあるぞ?今、石はこんなだけどまた調達してもいいしな。」

「この人反省してなくないですか??!ウイントフークさん!」
「あらあら。やるわね。」
「呑気な事言ってないで、も~!」


なんだか一気に脱力だ。

どうしようもない悪ガキを抱え込んだ気分だけど、なんとかウイントフークに手綱を付けてもらうしかない。
一番使いたいのはウイントフークだろうし。


細かい事は全然解決してない気がするけど、結局レシフェの末っ子気質でなぁなぁになった気がする。
結局憎めない、みたいなところが嫌だ。



「お主の出る幕はない。」

私達がガヤガヤしている中、一人冷たく言い放った気焔は私を黄色の炎で包むと、ぐっと引き寄せて家に飛んだ。

「うわゎっ」

急にまた無重力がきたのでぎゅっとしがみつく。


ていうか、なんで強制送還?
なんだか雑な大円団になったから怒ってるのかな?

気焔の真意を知らない私は、呑気にそんな事を思っていた。

あと、お腹が空いた。




目を開けると自分の部屋で、気焔が手を緩めないので見上げる。

「なに?」

何も言わずにじっと私を見つめる、金の瞳。

その目に、レシフェとのやり取りを責められてる気がして、じわりと涙が出る。

「いや、どうした?」

焦る気焔を見て彼にそんなつもりがないのは分かるのだが、自分の中にある罪悪感なのだろう。

それはどうしようもない。
上手くやっていきたいけど、やっていきたくないのだ。 

あいつと馴れ合ってしまったことが悔しくて涙が出る。
元々よく泣くけど、最近の涙腺はどこに行ったのだろうか。

一緒に消えちゃったのかな。


「依る。もう泣くな。吾輩が悪かった。」

なんだかよく分からないが気焔が自分のせいにしようとしてるので、泣き止んだ。

ハンカチで私の顔を拭いてくれて、ポッケにしまう。
最近彼の服にハンカチが装備された。

「ハーシェルさんが来る前に帰って来ちゃったね。」

「そういや忘れてたの。まぁ後でよいか。依るはあの男と話せれば良かったのであろう?」

「そうだね…………。」

とりあえずの方向性は決まった。
後はハーシェルから話を聞くので大丈夫だと思う。

後は自分の問題だ。
これも時間に任せるしかないのかな…結構しんどいけど。
ベッドに座りながら、考える。

あ、それと。

「中央屋敷の事。そこに話が行く前に帰ってきちゃったね。ここでも話してくれるかなぁ?」

「夜聞いてみたらどうだ?ティラナが寝た後なら良かろう。」
「それはいいね。」

隣に座る気焔に頷きながら、私は寝転んだ。

ウイントフークの所へはそんなに長く居なかった筈だが精神的にぐっと疲れたのだ。
そしてお腹も鳴っている。
力が出ない…。 

 

「ねぇ。なんで急に帰ってきたの?」

座っている気焔の背中を見ながら訊く。

今日は外へ行ってきたから冬服だ。
服の縫い目をじっと目で追っていると、くるりと振り向いて私を覗き込んだ。


両腕をついて見下ろされているので、何だか逃げ場がなく、追い詰められた様な気分だ。

「分からぬか。分からぬだろうな。まぁそれが良い。」

何が良いのか全然分からない。

でも金の瞳が思いの外真剣だったので、その質問はなんとなく出来なかった。


私はただ、今日も金の髪と瞳が綺麗だな、と思いながら気焔を見ていた。




そしてどうやらお腹が空いていたにも関わらず、私はそのまま寝たらしい。

その後の記憶が、ない。





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