48 / 1,740
5の扉 ラピスグラウンド
冬の祭り
しおりを挟む「ここでいいですか?」
「ああ。後は同じように飾っていってくれ。」
「お父さん、これは?」
「それはあっち。」
冬祭りに向けてラストスパートの飾り付け。
街の中も青から紺、白、ちょっとの赤に模様変えされ、ラピスの街はより一層冬らしくなってきた。
冬の祭りは、あっちで言うクリスマスとお正月を一緒くたにしたようなお祭りだと、私は認識している。
みんなから色々聞いたけど、やっぱり実際に見てみないとあまり想像できない。
でも、夏の終わりの祭りに近いような感じらしくて、違いと言えば人形と服が別々に飾られるところと、夜がメインだということ、夜がメインだからか知らないけれど、広場で飲食出来る様になるらしい。
そして、北じゃなくて南の広場でやるんだって。ベイルートさんの店の方ね。
街の中は冬の雰囲気が増して、歩くだけでも楽しい。
家々の窓からは紺と白の布が掛けられ、まるで雪が積もっているように見える。
そこにちょっと赤を入れるのが慣習らしく、赤いリボンだったり、赤い花の刺繍が見事な布だったり、カーテンが赤に掛け替えられていたりとその家ごとの違いを見て回るだけで、1日楽しめそうだ。
その中でもハーシェルの家は教会なので、少し違う。
紺と白で飾るのは同じなのだが、差し色が金になるのだ。
そこが私のキュンポイントで、かなりテンションを上げながら飾り付けをしている。
「ちょっと小部屋から台を取ってくるよ。」
「あ、ハーシェルさん私が行きますっ!」
テンションが上がりまくっている私は、元気いっぱいに返事をすると教会ホールの小部屋に向かってスキップして行く。
途中、椅子に躓いたけど大丈夫、転ばなかったもん。
小部屋は人形神の後ろ側にある。
今日は人形神も少しお洒落をして、金のレース編みの冠のようなものを被っている。
とても、繊細で綺麗。葉のように編まれている糸がキラキラしているのはなんでだろう?
ベールと同じ手が感じられて、後で日記を見てみようと思った。きっと図案があるに違いない。
増えた楽しみは後にしまって、小部屋へ踏み台を探しに入った。
「久しぶりだね、ここも。」
前回入ったのは、まだここに来たばかりの頃だ。
同じように小窓からの薄明かりが差す部屋の中を見る。
ここで日記を見つけなかったら。
どうなっていただろう?考えながら踏み台を探す。白い布が掛けられた道具類を見ながらどんどんめくっていくと踏み台は見えたのだが他の道具も気になって全部めくってみる。
小さな部屋なので、10枚もめくらないうちに全てが現れた。
ぐるりと見渡し、とりあえず踏み台を外に出す。
丁度ハーシェルが取りに来てくれていたのでそれを渡すと、私は「ちょっと見ていいですか?」と言って飾り付けをサボって小部屋探索をするとこにした。
ぱっと見何の道具か分からない物が殆どで、しかも埃をかぶって白くなっているものが多い為部屋全体が白い。
「布取っても白いな…………。」
呟きながらさっき気になった所へ少し足を進める。
埃を舞い上げないように、慎重に進みながら目的のものを手にする為私は奥へ進んだ。
「宝物みーっけ。」
それは、宝箱のようなものだった。
1番奥の布を取ると梯子のようなものにちょこんと引っ掛けられるように置かれていた、銀色の箱。片手じゃ大きくて持てないが、両手で持つとそう重くない。
少しだけ埃をかぶったそれは私にアピールする様に小部屋の中で輝いていた。
色彩の無い小部屋の中で何だか一つだけ存在をアピールしているもの。
それを手に取ると、持って小部屋を出る。
ハーシェルに、聞いてみる為だ。
「ハーシェルさん、これ何か分かりますか?」
まだ作業中のハーシェルに声を掛ける。
ハーシェルはさっきの踏み台に乗って、入り口の小ホールから奥のホールに続く入り口の上に飾りをつけようとしていた。
振り向くと少しバランスを崩しそうになり、慌てて支える。
「すいません!大丈夫ですか?」
「ああ。心配ないよ。何を持ってきたんだい?」
「これ、何ですかね?」
私は持ってきた箱をハーシェルに見えるように持ち上げる。
ちょっと眉毛を上げたハーシェルは、持っていた飾りを端まで貼り付けると踏み台を降りてきた。
「うーん。見た事ないなぁ。僕も先代から譲られた時は、全部を見たわけじゃないからね。若い頃はバタバタしてたし、あの中には把握してない物も多い。」
ハーシェルは箱を受け取ると、少し周りをチェックして椅子の上に置く。
「何だろうな?」と言いつつ蓋を開けようとしたが、開かなかった。
「ん?なんだ?」
開け方が違うのかと思ったが、どの方向からも開かない。鍵穴なども無い。
何だかぴったりとくっついているようだ。
「とりあえず何だかは分からないけど、ヨルが欲しいならあげるよ。僕には使い道も無いし。綺麗な細工があるから気になったんだろう?」
「そうなんですよ。宝箱かなぁと…いいんですか?」
「いいよ。多分、女性のものじゃないかな?飾っておくだけでも綺麗だろう。」
そう言ってハーシェルは気前良くその箱をくれた。
やった!キラキラ増えた!
私の机コレクションに加えたいと思っていたので嬉しい。
掃除布でついでに拭く。
飾り付けついでに、大掃除じゃないけどいつもやらない所の掃除も一緒にしていたからだ。
「ふんふ~ん♪…………おっ、キラキラしてきたぞ?」
ご機嫌に磨いていると、だいぶ綺麗になってきた。
何の金属だろうな??
アルミより硬いが、色は銀色。凹凸で模様が表されていて、所々小さな石が嵌っているのが磨いていると分かる。
「豪華だな…。」これホントにもらっていいのかな?と考えていると扉が開いた音がしてティラナが呼びに来た。
「みんな、ご飯だよ!」
あら。
この呼び方はきっと私とお父さんが何度かスルーしたに違いない。
私達は慌ててダイニングへ駆け込んで、「手を洗ってきて!」と怒られたのだった。
お昼ご飯の後、大体の準備が終わったと言われた私は森でトウヒに貰った枝でリースを作っている。
トウヒはクリスマスツリーにも使われる木なので、気分は盛り上がっていた。
「リボンと~木の実と~、あと何か白いもの無いかな?」
教会では金だけど、私はクリスマス気分になっちゃってるんだ。
雪みたいに見える物が欲しい…。
リボンで金、木の実で赤を入れた私には白が足りない。
ちょっと辺りをキョロキョロするが、いい物が見つからない。
綿、綿みたいな物が欲しい。無ければ布か、リボン…………。
あの、教会の小部屋なら何かないかな?
最悪あの白い布の端っこをちょっと拝借しよう。
そんな悪巧みをしながら、居間から教会へ移動する。細い通路を抜けてホールへ入ると光が差し込む暖かい所で昼寝をしている朝が見えた。
珍しい。こんな所でのんびりしてる。
そのまま通り過ぎて小部屋に行こうとしたが、さっき見つけた宝箱が目に入った。
「そう言えば置きっぱなしだった。」
呟きながら近づいて、手に取る。
すると後ろから急に気焔がぬっと覗き込んできて、びっくりした。
「ひゃっ!何だ…………気焔びっくりさせないで!」
今日は珍しく姿が見えなかったので油断していた。
居ると思っている時は、そんなにびっくりしないんだけど。
基本的に急に現れる気焔にいちいちびっくりしていては、生活に支障が出る。
慣れていたから気にならなかったけど、今日は朝から何処かに行っていたらしい。
私が家で作業すると分かっている時は、時々出掛けているのだ。
しかし、気焔を見てピンときた。
気焔なら開けられるんじゃなかろうか。これを。
きっとハーシェルよりは力も強そうだし?お父さんごめん。だって気焔、石だし?
私は宝箱を気焔に差し出して、開けられるかどうか訊ねる。
「ねぇ、気焔。これ開けられる?」
「ほう。」
一瞬嬉しそうな表現を見たような気がしたが、すぐに金の瞳をキュッと細めてなんとも言えない目でそれを見ると、気焔はすんなり箱を開けた。
やっぱり。怪力。
私はそれを受け取ると、中身を見る。
んー?裁縫道具??
中身は見慣れた感じの物がこちょこちょ入った、どうやら裁縫道具だ。
洒落た形の糸切りバサミ、少し変色した糸やリボン、テープ。
針と針山、指ぬき、ボビン、目打ち、…。
どれも使い込まれた愛着のある道具。
その中で私の目を惹いたのは、繭玉のような白いボールだった。
「何だろう?これ?」
つまんで、透かしてみる。軽い。少し柔らかいけど中に多分何か入っている。中身が硬い。
うーん。
何となく気になるそれをまたしまうと、中に丁度良さそうな白っぽいテープがあった。
少しキラキラした織りの様なものが入ったチロリアンテープに似たもの。これが丁度良さそうだ。
お目当てのものを見つけた私はそれを取り出し、後は蓋を閉める。
「ん?」もしかして気焔じゃなかったら開かないとか無いよね?と、試してみたら、すんなり開いた。
ん?お父さん??
いや、違う。きっと立て付けが悪かったんだ。
うん。
戻って白いテープを付けて、リースを完成させると玄関扉に飾る。
「お姉ちゃんこれなぁに?」
「うーん。これはね、お姉ちゃんの家でやるお祭りの飾りだよ。可愛いでしょ?」
「うん。素敵!」
2人でウンウン満足して、家に入る。
今日で粗方準備は終わったはず。
ホッと白い息を吐いて、家に入った。
その夜久しぶりに縫い物をした。
最近やってなかったからね、ちょっと鈍ってるな。
冬の祭りに使う赤のリボンと、紺のスカートには金のリボンを縫い付ける。うん。可愛い可愛い。
もう一つ、あの箱に入っていた繭玉を藍色のリボンに通す。
「朝。ちょっと。」
窓の外を見ていた朝を呼んで、膝に座らせる。今やっている首輪を外してリボンを結ぶ。落とさない様に、しっかりだ。
「どうしたの?これ。」
「可愛いでしょ。見つけたの、この中から。丁度首輪もボロになってたからねぇ。」
朝は中毛なので、首輪が殆ど見えないけどやっぱりこの色は正解だね。
グレーの毛並にブルーの瞳とお揃いの藍のリボン。
ヒュー、かんわいい!
満足そうな私にため息を吐いた朝はそのままベッドに飛び乗った。
もう寝るのかな?
「明日はもうお祭りだねぇ。」
「明日は夜にやるのを観に行くのだろう?早う休め。身体が冷えるぞ。」
お風呂上がりに急に作業し出したので、心配しているのだろう。
でも言う事が石っぽくないよね。
「はぁい」と言いながら、宝箱を片付ける。
そう、裁縫箱なんだけど宝箱なのだ。
だって中の糸は少しキラキラしているし、何よりこの箱からはあの雰囲気がする。
そう、多分セフィラの裁縫箱だと思う。
これがあれば修復も捗るに違いない。
大事に机の上のコレクションと並べると、ベッドに入った。
「前の日に急に思い立って掃除する様なものだよ…………テスト前にね…。」
「くだらん事を言ってないで早く寝ろ。」
気焔に布団を被せられ、黄色く温かい光を感じるとすぐに眠りについた。
「!もゔっ!」
目の前にあった気焔の顔をベシッと叩いて文句を言う。
寝起きだからちゃんと発音できて無いけど、手に力は込めておいた。
「起きてるなら起こしてって言ってるじゃん!」
プリプリしている私を可笑しそうに見ている石は何度言っても止めようとしないのだ。
人の寝顔見てるなんて、悪趣味。
うっひゃ~、でも今日はまた一段と寒いね!
プリプリしながらも起き出そうとして、首を竦めた。
冬の祭りの日は例年1番寒くなる、とみんなが言っていたが本当の様だ。
気焔に文句は言ったけど、もしいなかったら完全に寒すぎて寝れなそう。
身体は温まって寝れたので、疲れは残っていないし何だか調子もいい。
気焔と寝るようになって調子がいいのは気付いていた。もしかして、岩盤浴効果かもしれない、と思っているのは内緒にしておこう。
ベッドから降りて、火箱に触れる。
今日はこれだけじゃ寒いかもね…。
とりあえずお茶の用意をしながら、窓の外を見ようとしたがガラスが曇っていた。
道理で寒いはずだわ。
白い息を吐いてみて、部屋の中もかなり寒い事が分かる。
キュッとガラスを拭いて、外を見た。
まだ薄暗い街に黄色い灯りがいつもより多い。
「綺麗…………。」
「みんな祭りの日は早起きなのよ。どうしても気持ちが浮き立つわよね。」
「!セーさんも早起きだ!」
いつもは朝大体寝ているセーさんも起きている。
冬の祭りってそんなに凄いの?
めっちゃ、楽しみになってきた。
ロランのカップをくるくる回しながら、今日の予定を気焔に聞く。
何故か今日祭りに一緒に行くのはシンだ、とハーシェルから聞いたからだ。
ウイントフークの都合が悪いにしても、何で気焔じゃないんだろう?
そう思って訊くと気焔は少し目を泳がせながらこう言った。
「吾輩ウイントフークに呼ばれておるでの。」
「ふーん?」
何だか怪しいけれど、仕方がない。
もしかしたらシンともっと話せるようになるかもしれないし?
「でも午前中は依るお手伝いでしょう?」
朝が言う。いつの間にか起きてたようだ。
ベッドの上でノビをすると藍色のリボンがチラリと見える。
似合っている事をまた確認して嬉しくなると、私は今日の予定を考え出した。
ちょっと忙しいのだ。今日は。
「お昼はカフェの手伝いで、夕方からはシンと周る予定でしょ。朝からハーシェルさんはいないからルシアさんが来るまで待ってて…。」
そういえばカフェの手伝いが終わってから、一回帰るか決めてなかった。
シンはどこに来るのだろう?
「ねぇ。シンってどこで待ち合わせだと思う?」
私の質問に、2人は顔を見合わせる。
「聞いといてあげる。」と朝が出て行ったので、きっとウイントフークのところへ行くのだろう。もう、慣れたものだ。
私は少し残っていたお茶を飲み干して、朝の支度をする。
一通り洗面室で済ませ、昨日用意した衣装に着替えた。
「うん。いい感じ。」
洗面室を出て気焔に自慢しよっと。
「あれ。いない。」
つまんない。折角昨日頑張ったのに~。
私なりのお祭り衣装で、ちょっと民族っぽくなっているのだ。
浮くかな?と思ったけど、まぁ気にしない事にした。きっとエローラも来るし、見てもらいたい。
白のフワッとしたブラウスに膝下丈の紺のスカートはヒダを沢山取ったボリュームのあるシルエットだ。
裾に金のリボンでラインを入れてある。
昨日縫ったやつね。
その上に金の細かい刺繍が控えめに入っている紺と赤のバイカラーベスト。
髪も髪留めを付ける前に赤のリボンを編み込んで、それから髪留めを付ける。
ちょっとアルプスの少女みたくなってるけど、それもまた可愛い。
「アリ。」と確認して頷く。
そのまま下に降りると、既にルシアとリールが来ていた。
「おはようございます!わぁ今日豪華ですね。」
ルシアが持ってきてくれた冬の祭りの料理と普段の朝食で、テーブルの上はいっぱいだ。
大きな鳥のような肉の周りにカラフルな野菜たちが飾られたメイン料理は定番らしい。
大皿のポトフっぽい煮物、彩りの良い豆と根菜のサラダ。
どれも凄く美味しそうだ。
「おはよう、ヨル。お邪魔してるわね。今日は午前中は私達も遊びに行くわ。」
「そうなんですね!じゃあ行く時は一緒かな?」
時間を確認しながら私も席に座る。
みんなは少しずつ食べ始めていて、ハーシェルはさくっと終わらせてもう出たそうだ。早っ。
この寒い中、朝からなんて大変…………。
後であったかいものを差し入れしなきゃ。
沢山の料理はこれから数日かけて食べていくものらしく、ルシアは「うち2人じゃ食べ切れないから」と始めに持って来てくれたらしい。
ここから少し取り分けて、持ち帰ると言っていた。
こちらの郷土料理みたいなのは殆ど食べた事がないので、嬉しいし、なんだか楽しい。
やっぱりみんなで食べるのは、いいよね。
みんなでのんびり朝食にした後、お茶も飲んで「さぁそろそろ出ようか」という頃朝が戻って来た。
ウイントフークから聞いた情報を教えてくれる。
「なんか、南の広場に来るらしいわよ。多分だけど。丁度その頃現れるんじゃないかって言ってたわ。」
………めっちゃ漠然とした情報。
うーん。まぁ、何とかなるか。
いざとなったらハーシェルの所で聞くか、気を使うけどイオスとキティラにシンが来るまで一緒にいさせてもらおう。
すぐ暗くなるので、絶対に1人になるなと言われている。
夏の祭りの事があるので、それは私も重々承知していた。
とりあえずはそんな事なので、朝も含めて家を出る。
南の広場は北よりも遠いし、リールもいるのでのんびり行けばちょうど良い時間だろう。
片付けと戸締りをし、コートを着て、外へ出た。
「ほーっ。凄いね!」
やっぱ寒っ。
でも綺麗。
冬は、夏より少し暗い。
もう少しお昼近くになるともっと明るくなるけど、今はまだ曇が濃いようなお天気だ。
晴れてはいるが、寒い。
家々の紺と白のコントラストが綺麗で、そこにティラナの黄土色のコートと濃いグリーンのリールのコートがくるくる走っていて何だか綺麗だ。
2人と朝は前を歩いていて、私とルシアはそれを見ながら後ろをゆっくり歩いていた。
「冬の祭りも初めてでしょう?楽しみね。ヨルはモテてるらしいし?」
揶揄うようなグレーの瞳を向けて、ルシアが言う。
この噂、どこまで回ってるんだろう?
ちょっと色恋については落ち込み気味の私は、ルシアに愚痴る。
「なんか…………周りは盛り上がってるんですけどね。私は置いてかれてる気がします。好きって…何だろう?」
「フフッ。そうね、自分がピンと来てないならそのままでいいのよ。突然、やってくるものだから。何となく、「そうなのかな?」と思うものから「この人!」とすぐ分かるものまで恋なんて様々だと思うけど、何が恋かなんて決まりは無いもの。ヨルが思うようでいいのよ。まぁ始めは失敗してもいいしね?」
悪戯っぽい瞳で私の顔を覗き込みながら、ルシアは言う。
「とりあえず、アリかナシかは、その人に触れられた時に違和感があるか、無いかでいいんじゃないかしら。例えば手を握られて、少しでも引っ込めたかったらそれは無理ね。生理的に無理なものは、変えられないから。」
何だか具体的な話になってきた。
ルシアはそのような状況になった事があるのだろうか。
「今日は夜にお酒も入るから気を付けなさい。」
と言う。
「普段紳士でもお酒が入るとね…………。」
成る程、酔っ払いは確かに危険だ。
「ヨルにはいい恋をして欲しいと思うわ。恋愛ほど、他人と深く関わる事は無いもの。ただ、本気で向わなきゃダメよ?好きな人ができたらね。本気で行って、ダメならダメでいいの。よく考えて、次に行けばいいのよ。ずっと好きでもいいしね。ただ、中途半端だけはダメ。きちんと深いところまで行かないと、他人の事なんて分からないし自分の事も分からない。…まぁ結局は他人の事なんて分かりっこないんだけど、「きちんと解りたいと思う事」と「解らなくても信じられる」か、と言うところかしらね…………。ヨルの恋が実りの多いものだといいわ。」
ルシアの言った事が半分くらいしか分からなかった私は、黙って話を聞いていた。
でも、本気でぶつかれ、という事だけは分かる。
「分かりました!好きになったら本気で突っ込みます。」
「あらあら。」
キャラキャラと笑うルシアは何だか楽しそうだ。
そんなルシアを見ていて、ふと思い出す。シャットのウイントフークことシュツットガルトの事だ。
聞いていいものか、少し迷ったが今がいいタイミングだきっと。
「ルシアさん。私今度シャットに行くんですけど…。」
「ええ。聞いたわ。あの人が力になってくれるといいけど。でも、きっと気に入られるわ。私も手紙を書いたけど、時間はかかるしちゃんと届くか結構微妙なのよね…。」
手紙は届いたり届かなかったりするらしく、確実に連絡を取る方法がないそうだ。
だからウイントフークはラジオ電話を作っているのだろう。
確かに簡単にやり取りできるんじゃ秘密じゃないもんね…でも一体誰がそれを?
そんなに他の扉を隠しておきたい理由とは何なのだろうか。
「ルシアさん、ってこういう言い方すると変ですけど、まだ夫婦ですよね。」
私の言葉に少し微笑むと「どうなのかしらね?」とルシアは言う。
いや、私には難しいですルシアさん。
きっとそれは、大人の話だ。
「でも、好きな人は欲しいですよ!みんな、楽しそうだもん。一生懸命だし、おまじないも自分でもやってみたいし。いいなぁ、とは思います。」
「すぐよ、すぐ。焦らなくても「え?今?」って時に来るから!」
そう言ってルシアと笑い合っていると、そろそろ南の広場だ。
「早く、早く!」とティラナとリールが走って私達を呼んでいる。
石畳の小道から広場が見える。
少し見える部分だけでもかなりテンションが上がってきた。
「待って!私も!」
走り出した私はまだまだこっち側だ。
ティラナとリールに追いつくと、みんなで南の広場に到着した。
「うわぁ~。」「綺麗だね!」
「うわー。」「あっち!美味しそうだよ!」
「うわあぁ~。」
「依る。あんただけうわぁしか言ってないわよ。」
いつものように朝に突っ込まれながら、南の広場に入った。
メインは夜なのでまだ準備中の店も多いが飾り付けられている広場にもの凄くテンションが上がる。
クリスマスイルミネーションとか、めっちゃテンション上がるよね?あれと同じ!
ヤバいヤバい、全部可愛い!
どこから見ようか視線が忙しい私は人一倍キョロキョロしていてとても目立っていたようだ。
「ヨル!そろそろ準備始めるよ!」と丁度広場に着いた所だったキティラに捉まる。
ルシア達に別れを告げると、広場の中を横切りながらイオスの店へ向かう。
私達は東回りで来たが、店は広場の西側らしい。
「すっごいね~!も~凄い!何でか夏よりテンション上がるんだけど、なんでだろ?キティラも冬の祭りに服を出したの?夜も見た事ある??」
煩い私の手を引きながら、キティラは店に向かう。既に結構人が多い。
振り返りながら教えてくれる。
「そうねぇ。いつもはずっと青だからじゃない?違う色になるのは冬の祭りと春にやる植祭だけだから。しかもこの寒い時にやるのがいいのよね。あ、でも今日は広場にまじないがかかってるから寒くないわよ?」
ん?広場にまじない?
確かに、広場に入ってから寒くない事に気がつく。コートを着ていない人が多いし、私も歩いていたら暑くなってきた。
「コート着てると飲みづらいからじゃない?」とかキティラは言ってるけど。
どうなんだろう?
いつものレモンイエローが見えてきた。
今日は北の広場は閉めて、南の広場だけ、1日出張営業だ。
今日もベイルートが協力してくれたのだろう、小さな扉からイオスが備品を取り出しているのが見える。しかしベイルートが世話をしているのはうちだけじゃないはず。
空間石って一つで沢山入れられるのかな??取り出し口もいっぱい出来るの?
そんな事を考えつつ、準備に参加して開店準備だ。今日は移動もあるので、でき次第の開店になる。3人でいつものようにテキパキ準備を始めた。
「なんか南の広場で会うと新鮮ですね!」
「こっちでも店出したら?」
いつものお客さんには移動の事を伝えてあるので、みんな寄っていってくれる。
基本的にはお祭りを見にきているので、今日はテイクアウトが多い。
逆に私達は楽だったので、交代でまたお祭りを見に行く事にしている。
午前の方が暇だろうと、私は先に2人を送り出す事にした。
1人じゃちょっと不安はあるけど、何だか2人で回らせてあげたい。
「行ってらっしゃい!大丈夫だよ、まだ暇だから。」
「でも…。」
心配してくれる2人とそんなやり取りをしていると、丁度いい人材がやってくるのが見える。
エローラだ。
「エローラ!おはよう!」
私は少し賑わってきた広場で聞こえるようにエローラを呼ぶ。
まぁレモンイエロー目掛けて歩いてくるのは分かったけどね。
「おはようみんな。キティラ達は見に行くの?いいよ、私がヨルと店番してるから。」
さすが、私が言いたい事分かってる!
すぐにそう言ってくれたエローラに嬉しそうに2人は返事をする。
「ありがとう、じゃあお願い。」と2人は手を繋いで歩いて行った。
良かった、超ナイスタイミングだよ!
心置きなく2人が見に行けた事を感謝してお礼を言ったとたん、開口一番エローラは弾丸トークを繰り出した。
「ヨル!見た!?あれ!凄かったよ!!?ロランの人形!アレは断れないかもしれないなぁ~。私だったらOKしちゃう!ヤバいよ、職人の本気。ぜーーーったい他の人にも突っ込まれると思うから、今日は単独行動しない方がいいよ。テレクの人形も良かったけどねぇ。アレ出されちゃうとねぇ。ちょっと可哀想になってきたわ…………こういう所がキツいのよね、冬の祭りの。比べられちゃうからなぁ、どうしても。ま、そういう祭りなんだけど。とにかく、後で行ってみようよ!ヨルもアレ見たら惚れちゃうかもしれないよ…………私心配だなぁ。でもヨルとだったら一途かもしれないし。うーん。」
…………エローラさん。
エローラの勢いに目をパチクリしている私を構いもせず、更に続ける。
「!でも今日の衣装も可愛いね!これは自分で付けたの?いい!やっぱりヨルはセンスあるわぁ。ヨルが男だったらな…絶対ゲットするのに。色の組み合わせも可愛いよね。あんまりラピスでは見ないから新鮮!みんないつも同じ色だからねぇ。飽きないのかな?ヨルは赤も似合うね。」
「ありがとう。エローラに可愛いって言ってもらうと安心だよ。エローラも今日は少し違うね?」
いつも基本的にモノトーンが多いエローラは、今日の為に作ったのであろうデザインは同じだが紺と白の服になっている。
グレーのポニーテールを縛っているリボンも赤になっていて、私とお揃いのように見える。
2人で店に立っていると、ちょっと制服みたいだ。
「いいじゃん!可愛いよね。」
と2人でキャッキャ言いながら店をやっていると、お客さん達にも褒められる。
「そうしていると姉妹に見えるね!」
何人かにそう言われ、嬉しくなる。
こっちでの妹はティラナだけどお姉ちゃんはエローラだね。
私達が機嫌良くお菓子を売っていると2人が戻ってきた。何だか色々買ってきているようだ。
「なに?何買ったの?」
「いっぱいお店出てたよ、あっち。雑貨とかもあるけど、食べ物!お昼買ってきちゃった。」
キティラは沢山袋を持っている。
いい匂いがしてきて、急にお腹が空いた気がした。
「次、行ってらっしゃい!お昼も買ってきなよ。」
キティラにおすすめの店を聞いてエローラと店を出る。
やっぱり来るタイミング良いよね。1人でウロウロするのはちょっと怖いもん。
エローラのあの興奮からして、きっとロランの話を誰かにされるだろう。
エローラなら、きっと上手くガードしてくれるに違いない。
ん?逆に暴走しないといいけどな??
私はさっきのエローラの興奮っぷりを思い出して少し不安になったのだった…………。
大丈夫だよね?まだだって言ってあるし。
「ねえ?エローラ?まだだからね??」
「まぁとりあえず見てみなよ!それからだ!」
え?
乗り気なの??
ヤバい事になった、と思いながらエローラに手を引かれて広場中央の噴水に向かった。
何も起こりませんように!
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作


王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる