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5の扉 ラピスグラウンド
シャットの話
しおりを挟む心の引っ掛かりが無くなったからか、久しぶりにぐっすり眠った気がした。
起きたらどうやら、黄の時間だいぶ過ぎてる気がするな?んん?
朝はいつも早起きして、1人の時間を楽しんでから朝食の支度をするのが日課だ。
でも今日はゆっくり起きちゃったから、お風呂入ってそのまま下かな…………。
昨日は日記を見たり、なんだかんだで夜お風呂に入れなかったから、さくっとサッパリしたい。
むくっと起き出して、窓の外を見る。
あ、やっぱりかなり明るい。起きなきゃ。
拭き布と着替えを用意して、洗面所に行こうと振り返る。すると、扉が開いて気焔が入って来た。
ん?珍しいな、朝から人型で居るなんて。
「気焔。おはよう。どうしたの?普通に入ってくるなんて。」
まぁノックはして欲しいけども。
窓からではなく普通に扉から入ってくる気焔に違和感を覚えた自分に可笑しくなって、ちょっと笑う。
「先にハーシェルに伝えて来たぞ。6の扉に行く前にウイントフークも合わせてすり合わせせねばならん。何かと必要な物も作ってもらわんといかんじゃろ。」
え?6の扉?????必要な物???
何の事かサッパリ分かっていない私を洗面所に押し込んで扉を閉めると、気焔は「先に下にいる」と言ってまた出て行ったようだ。
なんかおかしい?何かは分からないけど。
とりあえずお風呂に入らないと行動できない(って訳じゃないけど私は嫌)なので、藍に頼んで急いでお湯を張る。
私はまじない力が強い方なので、水の石でお湯にも出来るのだ。
そういや、ウイントフークさん結局まじない力の測定どうなったんだろう?
あの後結局結果がどうだったのか、教えてもらっていない。「とりあえず強い」と言われているから、そう行動しているだけなのだ。
「結局あのキラキラ、何だったんだろうなぁ。」
そんな事を呟き、まじない道具が虹色にキラキラ揺れていた事を思い出す。
そのままボーッとしていた事に気付いて「ヤバイヤバイ」と急いで支度した。
あー、みんな待ってるかな?ま、女子の支度は長いモノ!
とりあえず開き直って、普通に支度して下に降りる。
ダイニングに入るともう2人は朝食中で、私もやっと仲間に入った。
「ごめん、今日寝坊した。」
朝食の席につきティラナに謝りながら、パンを頬張る。
今日は焼く日だったのね。ふわふわで最高。
パンを焼くのは2日に一遍で2日目のパンは朝2度焼きするのだ。チンする感覚である。
やっぱりまだティラナのパンの方が全然美味しいな…と思いながら今日の予定の話になった。
「で、さっき気焔が来て言ってたけどウイントフークのところで話したいんだって?何の話?」
あら?何の話かは言ってないのかな??
何の話か咄嗟に出てこなくて、危うく昨日ずっと考えていた姫様の事を言いそうになる。
危ない、危ない。えっと、確か学校の話だよね??
ゆっくり、言葉を選んで話す。
「あの、マデイラさんにも勧められて私もエローラと勉強に行きたいな、なんて思って…るんです…………けど?」
最後の方だいぶ言いづらかったけど、思ったよりハーシェルは驚いていなかったので、逆に私が「?」になった。
反対されると思っていたので拍子抜けだ。
ハーシェルは私の反応で分かったのだろう、家を出る事を予想していた事を話してくれる。
「うん。以前ウイントフークの家で話してたと思うけど、それとも関係する話なんだ。色々準備もあるし、行く時期も春って決まってるからすぐじゃない。…とりあえず一度話そうか。」
少し寂しそうに言うハーシェルを見て、なんだか私も寂しくなる。
いや、大丈夫、直ぐじゃないし。
「じゃあちょっと後で聞いてみるよ。まぁいつも家には居るだろうけど、一応ね。」
そう言いつつハーシェルは空のサラダのお皿を置いて、食べ終わった分を片付け始めた。
私も自分の皿を重ねて「持って行きますよ」とハーシェルに居間の方を指す。
さっき気焔が見えたからだ。
「こっちはやっておきます」の意図が伝わったのだろう、ハーシェルは「ありがとう」と言って明るい方へ進む。
居間の窓からの明かりが眩しく差し込んでいて、今日はとても天気が良いことがダイニングにいても分かる。
今日行くのかな?洗濯してから行きたいな。
そんな事を考えながら朝食の食器をほいほい藍と協力して洗っていると、ティラナが少し沈んだ声で言った。
「…………お姉ちゃん、どこかに行っちゃうの?」
振り返ると見るからにしょんぼりしているティラナが見えた。
今日はツインテールがいつもより下がっているので、余計そう見える。
「行かないよ!」とその姿を見て、直ぐに言いたくなったがいかんいかん、私にはミッションがある。でも、私も寂しい。
扉の中でこんなに長く過ごすと思わなかったし、正直ここは第2の家だ。
ティラナの事も妹のように思っている。うちは、姉兄なので下の兄妹が欲しかった私にはとてもかわいい妹分だ。
でも…………。
「大丈夫。まだ行かないし、行っても帰ってくるよ?その頃にはティラナにも沢山お友達出来てて、お姉ちゃんとは遊んでくれなかったらどうしよう…?」
え。嫌だ。
自分で自分の想像に悲しくなって、何故かティラナに慰めてもらうという謎状態になっている所、居間にいた気焔が私を呼びに来た。
「依る。これから行くぞ?なに?大丈夫か?お主ら。」
ウイントフークに連絡がついたのだろう。
ティラナを抱きしめてナデナデしている私をおかしな目で見ながら気焔はまた居間へ戻った。
ティラナと顔を見合わせて、笑う。
私が行く事は、変えられない。ティラナが寂しくないように何か考えなきゃ…………。
私だと思って可愛がってくれるぬいぐるみとか、かな?
「うひゃ。ちょっとまた寒くなりましたね!」
3人で外に出て、寒さに首を竦めたのは私だけだ。なんで??男女の差?
元々教会を休みにするつもりだったハーシェルとルシアの休みが重なったので、丁度良いとティラナを預けて外出だ。
出掛けにハーシェルがルシアに「連絡が取れたら伝えておいて欲しい。私からも送っておくが。」と誰かに連絡を取る話をしていた。
何の話だろう?
そんな事を考えつつ、少し寒くなったラピスの街を歩く。
季節が変わったなぁ…………。なんだか感慨深い。
ここに来た時は、長袖が少し暑く感じるくらいだったのに。
今はローブを厚めのものにしている。ちょっと重くなるけど、フワフワしていて暖かいのだ。
それをフワフワ触りつつ、考える。
さっきティラナと話していた時も思ったけど、なんだかんだで長期滞在、しかもかなりお世話になってるなぁ。
隣で歩くハーシェルをチラリと見上げながら、思う。私ここ離れるの大丈夫かな?
いや、今考えるの止めよう。危ない危ない。
そのまま、ウイントフークの家に着いた。
いつのものように、私達はソファーに座りウイントフークブレンドの準備を待っていた。
いつものと違うのは、今日は私達が着いた時既にシンがいた事だ。
そして朝もまるで自宅のように待っていた。
何故だ。
そういえば、学校へは猫も連れて行けるかな?
無理ならここで留守番になるが、ティラナもウイントフークもいれば朝は寂しくないかな??
でも「私が」朝がいないと多分無理そうだよね…………。
生まれてから一度も朝と離れて暮らしたことはない。
最長修学旅行の2泊3日だ。しかも小学校の。
一緒に行けるといいけど…もし無理なら、それもウイントフークさんに何かいい案を考えてもらおうっと。
みんなのお茶が揃うと、ウイントフークが説明し始める。
その間、シンと気焔だけは立ったままだ。座らないのかな??
テーブルにはいくつかのまじない道具が置かれた。
「ヨル、とりあえず出来た分だ。まず試すぞ。」
「これ、ちょっとキモイですね…………。」
突然始まるのはいつもの事だ。
しかし私はテーブルの上に乗っている、多分「目」と「耳」の合作であろう物体が気になって、それどころではない。
無理。キモいこれ。
まじない道具は全部で5つ置かれている。
眼鏡は、多分新しいやつだ。今かけているものと、予備なのだろう。
前科者の私としては助かる。
あとは髪留めの様なものと、ラジオみたいな箱が2個、それよりも少し大きい箱の5つ。
あ、あとキモいやつね。
「ウイントフークさん。別々にするのはやめて下さいって言いましたけど、これ酷くないですか??無理ですよ。これ飛んでたらホラーです。」
想像してみて欲しい。眼球に、耳がくっ付いている様子を。
怖すぎる…………。
「センス。センスが必要です!流石にこれは…。でも顔を付けると大きいしな…………。」
悩み始めた私にさらっと朝が言う。
「聞こえれば良いんだから、耳の形を変えればいいんじゃない?その、人間の耳にするからキモいのよ。」
「成る程!朝天才!え…じゃあ猫耳??…………ププッ!それも嫌だ!」
私が一人ウケていると、「何バカなことを。」とウイントフークが何やら紙に書いている。
見せてもらったら、「目」に羽がついた形でそれに耳の機能を付ける、と言う。
それはいい。なんか、可愛いし?
そうでもない事に気付かない私は、よっぽど最初の「目耳」のショックが大きかったんだろう。
後日、仕上がった後で見たらそれなりに怖かったのは、もう仕方が無いと諦めた。
「これは…髪留めですかね??」
「ああ。これはいいぞ?ちょっと付けてみろ。」
急に機嫌のよくなったウイントフークを警戒しながら、髪留めを受け取る。
いつものように、ここに来る時はフードで来ている私はチラリとシンの方を見て、ハーシェルに目をやる。ハーシェルが頷いたのでフードを脱いだ。
この前、森に行ってからまた髪色が薄くなったからだ。
フードを脱いで、髪留めを耳の上に挿してみた。
鏡が欲しい。
「凄いじゃないか、これは。」
「そうだろう。なかなかの出来だぞ。」
「え、見たいです。鏡ないですか??」
もの凄く得意そうなウイントフークにハーシェルが突っ込まないくらいの出来。
私は見える所の髪を手に取る。
それは、見事なグレーになっていた。
少し青味がかっているが、ハーシェルと同じか少し濃い目のグレーだ。ウイントフーク曰く、かけ離れた色には出来ない、と言う事だったのでブルーグレーに落ち着いたらしい。
今使っているカツラもグレーなので、同じ色の方がいい。
ハーシェルに根元も確認してもらって、お墨付きをもらう。
「じゃ、ちょっと外してみますよ?」
楽しくなっている私は、みんなを見回して言う。
期待の目の中、髪留めを外すとサラリと髪が空色に戻った。
すごっ。どうなってるんだろう??
「これは殆どシンに調整してもらった。細かい部分が難しくてな。礼を言っておけ。」
手に持っている髪留めを見つめて、ぱちくりする。
シンが?どうして手伝ってくれたんだろう?
そう思いつつ壁際で棚の道具を見ていたシンの所へ近づいて行く。
多分、私が近づいている事に気が付いているであろう彼はこちらを見ようとしない。
また何も話してくれないかもな?と思いつつも、きちんとお礼を言わないのは気持ちが悪いのでシンの正面に回ってやった。
きちんと赤い目を見て、言った。
「ありがとう。こんな凄いの、大変だったでしょう?」
私の目をじっと見てはいるが、案の定返事をしない彼に「やっぱりな」と思いつつニッコリ笑ってソファーに戻ろうとする。
すると彼の声が聞こえた。
「問題ない。いつも、付けていてくれ。」
声が少し低くなった…?
そう思った自分に不思議になり、殆どシンの声を聞いたことがない筈なのにな?と思う。
いやいや、その前にせっかく話してくれたんだから返さねば、と思ったところで疑問は掻き消える。
「分かった。本当にありがとう。」
振り返ってまた改めてお礼を言い、笑う。
このお礼は話してくれたお礼もあるな…となんだか嬉しくなってまた一人でクスクス笑った。
懐かない猫が、ちょっと近づいて来てくれた時に似ている。
私達がそんなやり取りをしている間、ウイントフークとハーシェルはテーブルの上のラジオのようなものを弄っていた。
あれは何だろう?ラジオじゃないだろうしね?同じ物が2個あるのは何故??
話の中に戻ると、早速質問する。
「これ、何ですか??」
「これはシャットに行った後に連絡が取れるように作ったのだが、如何せん試せないのがキツいな。多分、大丈夫だと思うんだが。これでダメだった時、連絡が取れないと少し厳しい。」
どうやらそれはラジオのような見た目の電話のような物らしい。
ただ、ラピス以外で試せない為遠い所にある学校で通じるのかが分からないのだそうだ。
基本的に大きなまじない石を2つに分けてそれぞれに入れている為、よっぽどの事が無ければ繋がるらしいのだが、何せ前例がない為確実には言えないようだ。
「そういえば、すごく遠いみたいな事言ってますけどどこにあるんですか?学校。ラピスって街と森と鉱山しか無いんですよね?」
一瞬ハーシェルとウイントフークが顔を見合わせると、ハーシェルが話し出した。
私にも座るよう手で促す。
「前にも扉の話は少し僕の話で触れたと思うけど、君が学びに行く所は別の扉だ。シャット、という所でね。簡単に言うと仕事を学びに行くところかな…?学べる内容も色々だし、君が学ぶ内容も大体決めて行った方がいいだろう。ちなみに僕は「まじない」と「祭祀」と「薬草」も少し。ウイントフークは「まじない」と「まじない道具」の専門だね。「まじない」はまじない力やまじない石など、まじないについての全般を教えている。君は呪文も使うだろうから、これは絶対取っておいた方がいいだろう。君の好きなおまじないも含まれるから、楽しいと思うよ。」
「え!おまじないも勉強するものなんですか??凄い楽しいじゃないですか~♪」
早速ルンルンし出した私を見て、早速心配そうになっているハーシェル。
ウイントフークは通常運転で、「あとは何を取るんだ?」と聞いてきた。
「刺繍やレース、修復を学べるところがあれば良いんですけど。どうですか?」
マデイラが勧めるのだから、有るのだろうけどどの様なカテゴリなのかが分からない。
しかし、2人とも興味が無いのかその辺の事は殆ど知らなかった。
「悪いけど、そこら辺はマデイラかエローラに聞いたほうがいいかもしれない。ごめん。僕たちじゃ詳細まで分からない。」
そうですよね。刺繍とか、興味無いですよね………。
しかし基本は入学してから選択する時間がきちんとあるらしいので、心配無いと2人は言う。
決めとけって言ったの、2人じゃん。
私はそう思いながら、あと一つの大きな箱について尋ねる事にした。
「この大きい箱は何ですか?物入れ?」
「ああ、それは隠し箱だ。登録者以外は、開けても中身が見えない様になっている。向こうにいる間、大事な物はこれに入れておけ。登録者以外には持ち運びし難い様にはしてあるが、箱ごと盗まれるとどうにもならんから気をつける様に。」
「え?持ち運びしにくいってどういう事ですか?」
「物凄く重くしてある。」
ほぉ。
見た目は真っ黒な箱である。
「開けてもいいですか?」とウイントフークに訊ねると、まず彼が箱を開けてくれる。
そして中にあるまじない石を触れる様に言った。
中にあるのも、同じく黒い石だ。
一瞬黒い石にビクッとする。
チラリと見るとウイントフークは「大丈夫だ」と頷いているので、違うものなのだろう。
でも一言説明しておくれ。
ひとまず心を鎮め、黒い石に手を触れる。
すると一瞬スッと引っ張られた気がしたが、何も起こらずそのまま終了だと言われた。
続いて一応ハーシェルを登録しておく。
ウイントフークはもう登録済みで、とりあえずはこれで完了だ。
「じゃ、これで準備バッチリって事ですか?やった~!」
ウキウキまじない道具を並べていると、ウイントフークが「また何か思いついたら追加する」と言っている。
道具を並べつつ、春までこのままここに置いてもらおうと交渉しようとした所で疑問が湧き上がる。
そういえば申し込み?しなきゃいけないんだよね?
エローラが申し込みが通らない場合もあると言っていたはずだ。
そもそも扉間の移動は一般的では無いのだろう。
ハーシェルの話の様子や、その学校の事を考えてもあまり知られている様子はない。
殆ど他からの話で聞いた事がないのだ。
ん?イオスのお兄さん、確か遠くの学校に行ってるって…………?
「イオスのお兄さんって…………?」
「ああ。イルクもそうだ。職人でも筋のいい者や向いている石を持つ者、プラス本人の希望があれば行ける。きちんと勉強してから作ったものだと段違いらしいからね。基本的には筋がいい者を親方が推薦するんだ。行きたいからってホイホイ行けるものでもない。それに一般的にはラピスはこの世界で完結している事になっている。」
え?この世界で 完結している?事になっている??
必死に考えてもよく分からない。
どういう事なんだろう?でも、確かにここに来た時は「街と、森と、鉱山しかない」と言われた。
その事かな??
恐る恐る訊ねた。
「私が始め、ここに来た時に言われた内容と同じ状態、って事ですよね?」
「そういう事だ。情報規制されている。」
「え?そこまでですか?何故…?」
私がそう訊くとハーシェルは首を振った。
知らない方がいい事だ。お父さんがそう判断するなら、この話は終わりだ。
私は続いて他の疑問をぶつける。
「申請して、通りますかね?私…………?」
「そこは、僕たち2人でなんとかねじ込むよ。心配しなくていい。正直、あっちにいた方が安心なんだ。色々とね。向こうを取り仕切っているシュツットガルトという男がいるんだけど、ウイントフークと似ていて職人の事にしか興味がない。そして、いい仕事をする奴は徹底的に鍛えるが、同時に守ってもくれるだろう。彼にとっていい職人は1番大事な財産だからな。」
ハーシェル曰く、シャットのウイントフークなんだそうだ。
それを聞いて少し安心した。
さすがに知らない所にまた移動するので、緊張はする。
あとは朝を連れて行けるのか、どんな所なのか、住む所は…色々質問した。
ザックリ纏めると、学校というより職業訓練処に近い。みんなで寮に住んで、始めは見学やら試作するなりして大枠の専門を決め、それをこなすと次にまた細かく分かれる。
きっと、イオスのお兄さんはここの分かれる所だったんだな。
寮には猫が居るらしいので、多分大丈夫だろうと言われたけど、無理でも何とかしてくれとウイントフークに言っておいた。
一応、保険はかけておこう。
そして期間はまちまちで、習得するのが早ければ早いし、勿論時間がかかれば2年、3年とかかる者もいる。勿論それ以上も。
でも、好きでずっと居る人もいる、と聞いてちょっと楽しみだ。
どんな所かは少しは想像できたが、ウイントフークが「工業地帯だ」と言ったのでイメージがガラガラと崩れる。
私は楽しいキャンパスライフが始まると思っていたのだが、全く違う事になりそうだ。
だいぶ纏まってきたな…とふむふむしていると衝撃の事実が突然知らされた。
「あ、それとシュツットガルトはルシアの元旦那だからな。何かあったら相談できる様に、連絡するつもりだ。ルシアにも言ってきたんだろう?」
え!サラッと言ったよね!今。
ルシアに青の少女の像に連れて行ってもらった事を思い出す。頭の中に色々な情報が巡っている。
ルシアが何か、言いたそうだけど言えない感じがしていたのは、これだったのかもしれない。
…だから、別れたんだ。
きっとあの像は、知ってて作っている。
…アレを作った人に会える!
しかもルシアさんの元旦那さん!
ここまで考えて、シュツットガルトは私の中で味方認定された。
そもそもルシアの夫になる様な人が、悪い人の訳がない。そして、青の像。
仕事を見れば、どのような人か分かる。
あれを知ってて作ったならば、危険を感じても不思議ではない。
もしかしたら、ハーシェルの妻の事があったからかもしれないし。
うーん。
まだぐるぐるしている私が視線を彷徨わせると、壁際に立っているシンと気焔が目に入った。
何か話してる。珍しい。
シン、気焔と話すんだ??
ここから見ると2人が金と銀に見えて、とても綺麗だ。
シンの方が頭一つ小さいのでちょっと兄弟っぽいけど、これ同じくらいに育ったら売れそうだな…………。
金銀のアイドルユニット…うん、アリ。
くだらない事を考えてニヤニヤしていると、ふと気になる事を思いつく。
そのまま口に出ていた様でウイントフークがからかう様な口調でつついてきた。
「そういえば気焔、ずっと出てるな…?」
「そうなのか?でもずっと一緒の方が心配は無いが…なぁ?」
ウイントフークがニヤリと気焔の方を見て言った。
すると気焔の顔が固まり、朝が「ちょっと!」と言ってソファーに立ち上がる。
「いや、吾輩今は勝手に戻れなくなっておって…………呪文が…む。」
またモゴモゴ言ってる。
呪文?昨日私が言ったやつかな??何だっけ…………?
確か「いつでも私を守って」?だっけな??
しかし、その呟きは口に出ていた。
すると気焔の顔が見た事もないような表情で固まり、ウイントフークはニヤつき、朝がウイントフークの肩に飛び乗った。何やら耳打ちしている。
朝がすぐ飛び降りると、ウイントフークは焦りが浮かんだ目で私に合図したので、示された方を目で追う。
ん?シンがいるだけだけど?
目が合ったシンに「みんなどうしたんだろうね?」という笑みを浮かべ、ウイントフークに戻る。
すると、少しホッとした顔のウイントフークが話題を変えた。
ん?結局、なに??
何だかよく分からないまま、ウイントフークと朝の絶妙なコンビネーションに「ランプの精が3つ願い事を叶えてくれるなら、一つ目は朝を人間にしてウイントフークとくっ付けよう」と呑気な事を考えていた。
ランプの精と言えば気焔だけど、いつか魔法を使ってくれないかな?
ウイントフークの道具アイディアについて一通り聞いた後は、冬の祭りの話になった。
どうやらエローラに聞いた噂がここにも回っているらしく、ロランのことを言われたのだ。
それにしてもいつもどこから聞いてくるのだろう、この人は。
毎日ここに篭っているくせに。
「なんでみんな知ってるんですか??」
「まぁ、情報網はいくつか、ある。でもお前テレクにも人形の事聞かれていただろう?」
あ、これはリークしたのはお父さんだわ。
以前ハーシェルに質問した事を思い出す。
そうは言われても、私はまだ恋人なんて無理だしそもそもここの人間じゃない。
ずっといれるかどうかも分からないのに、そんなの考えられないよ…………。
人形の服作るのは、楽しそうだけど。
そこまで考えて、ちょっと作ってみたくなる。
でも、この状況で作り始めるのはまずい。
さすがにそれは分かっている私は、ハーシェルに訊く。
「ハーシェルさん、私は人形関連、作らない方がいいですよね?」
「そうだな。好きなヤツがいれば別だが。どう?まさか気になるヤツとか…。」
………お父さん。
「いや、いませんよ。…ところで私まだイマイチ分かってないんですけど、冬の祭りで飾って、それぞれの品定めをして、その後アプローチしたりして仲良くなってカップルになって、夏の祭りで衣装を着せて婚約、で合ってますか?そしてその後ってどうなるんですか?結婚式?」
また結婚式はそれはそれ、なんですよね?
ぺらぺらと私が長い質問をしているうちに、ウイントフークが座り直す。
お茶を入れ替えてくれたようで、自分も飲み始めた。私も、と座る。
私が座ったのを見てハーシェルが話し出す。
「人形は服を着せた後、新しい家の守神になるんだよ。教会にもあるだろう?あんな感じだ。だから、男は体部分を心を込めて作るし、女も思いを込めて縫う。家を守ってくれるように。家族が元気でありますように。子供が健やかに育ちますように、とかね。だから余計に、合わない時に無理しないでまた探していいんだよ。」
成る程。エローラは正解だったって事ね。
「夏も、人形達が並んでいる様は綺麗だったろう?冬の方が数が出るからもっと凄いよ。またウイントフークと来るといい。あ、気焔もいるし。僕はまた仕事になっちゃうからね。ヨルにムシがつかないように見張る役がいるな…………。」
お父さんがまた過保護なセリフをブツブツ言い出したので「大丈夫ですよ!」と言ったが、朝と気焔に本気で首を振られた。
何故だ。
冬祭りが楽しみになった所で、今日はお開きだ。
ウイントフークは既に資料を読みながら何か書いているので、シンにだけ挨拶する。
「じゃあまた。これ、ありがとう。」
「また。」
髪留めを早速付けている私は、それに触れながら言った。
お互い簡単な挨拶だけだったが、ちゃんとすぐ返事が返ってきたので順調なようだ。
また少し近寄ってきてくれたようで、嬉しくなる。
手から餌を食べてくれるのは、いつかなぁ?と考えて「いや、ネコじゃない」と呟きながら家路についた。
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