透明の「扉」を開けて

美黎

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5の扉 ラピスグラウンド

エローラとの女子会

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うーっ。朝は結構寒くなってきたっ。


でもまだ誰も起きていない時間に起きて、窓の外を眺めるこの時間が好きだ。
とても贅沢に感じる。

実は1人の時間が好きで、こうやって私のことを知る人が少ない世界で、私のことを知っている人もまだ寝ていて夢の中で、今意識を持っている私の事を知っている人が今現在存在しない。
そんな事を考え、周りの空気を味わう。

誰からも認識されてないない、世界から隠れたように感じる秘密の時間。1人の自分を実感するのが好きなのだ。

朝靄の青い屋根の坂を見ながら、白くなりそうな息を吐く。

まだ、もうちょっとかかるかな。白くなるには。



ラピスでは秋も深まり、美味しい秋の実りもそろそろ少なくなってきた。最近はティラナと冬の為に保存食を作ったり、野菜や果物を干したり今のうちにドライにするハーブを沢山摘んできたりと冬支度をしている。
ラピスの冬はあまり長くないようだが、どのくらい寒いのかなんだか楽しみでもある。

そんな事を言ってられるのも今のうちかもだけど。寒い方が好きだから大丈夫なはず…。



ウイントフークの家で会議をしてからは、それぞれがそれぞれの出来る事をしつつ、日常を過ごす感じだ。

ハーシェルはのらりくらりと中央からの呼び出しに応じたり、断ったりしつつ奥様方の噂を使って女児の安全確保を計っているようだ。

基本的に1人で出掛けさせない事、危ない目に合いそうな時の対処法など。
イオスの母親にも協力してもらい、お茶会などで周知する様にしているようだ。
元々中央へは噂についてはハーシェルからの報告で一括していたので今のところ根回しはバレてはいないらしい。
まず、未然に防ぐ所から始めている。


ウイントフークはとりあえず「目」を沢山作ったようで、私の周りを飛ぶ「目」の数が増えた。
結構目立つので、姿を消すまじないを研究中らしい。「耳」は、私が「別々に作るのは絶対やめて下さい」と言ってあるので、多分その見えないヤツと一緒に作っていると思われる。

そもそもの人攫い根絶の件は元を断つのが相当難しいようで、とりあえず長期戦になりそうだ。
今のところは不幸な話は聞こえてこないので、良かったと思う。


嬉しかったのが、ハーシェルが「街のまじない力が良い方向に向かっている」と言っていた事だ。
そもそも人攫いが減ったり、悪い噂も減ってきた事を相談などで実感しているハーシェルは住民の守り石が良い波動を発し始めた、と言う。
街全体がいい方向に行く事で、負に引きずられる人が減り全体的にまじないの力の方向性が変わってきたのかもしれない、と言っていた。
そうだとしたら、本当に嬉しい。


それと共に、森への脱出者も出なくなったと長老とザフラは言っていた。

この前、改めてリュックを預かってもらいに行ってきた。
結局、ハーシェルの所に持って帰ってくる事で何かの疑いを掛けられたりする事があり得ない訳ではないからだ。危険の芽は摘んでおくに限る。
森ならばそう易々と見つからないだろうし、ザフラ達には女神の持ち物だと思われているので好都合だったのだ。
危険が増すようなら引き取ろうと思っているが、しばらく大丈夫だろう。



そんな私はいつものように相談室で相談を受けたり、たまにカフェを手伝ったり、ベイルートにアイディアを出せと呼び出されたり、ウイントフークに「ちょっと調べさせろ」とか言って呼び出されたりそこそこ忙しい日々を送っていた。



そして今日はキティラがお休みの為、カフェに行く事になっている。

なんと…………イオスの誕生日プレゼントを買いに行くんだって!内緒だから普通の顔をしてバイトしなきゃだけど、絶対ニヤニヤしてしまうと思う。

ま、接客に笑顔は大事だよね。オールオッケー。


そんなこんなでお昼前には北の広場に出かける事にした。
カフェはだいぶ落ち着いてきて、朝から昼前まではイオス1人で回せるからだ。





「ふんふ~ん♪」

北の広場に向かっている時点で、鼻歌を歌っている自分に気付く。

まずいな。すぐバレそう。

表情をキリリと切り替えて、自分で自分にウケる。

そんな事をしているうちに広場だ。
今日は忙しいかな?

黄色のお店が見えてきた。

それにしてもレモンイエローにして正解だね。
可愛くて目立つなんて、最高じゃん。




「あっ、こんにちは!」
「いつもありがとう~!」

顔見知りや常連さんも増えた。

お昼少し前から、カフェにもお客さんが入り始める。私はカフェで食事は出していないので、お昼は暇だろうと最初は考えていた。
しかし、それは違うという事にすぐ気付くことになった。

お客さんは皆、カフェが混むのを知っている為お昼を早めに食べて食後のデザートに来てくれる人から始まり、お昼を食べるのが遅くて本来のお茶の時間にカフェに来る人まで満遍なく忙しいのが最近の状況だ。
上手くバラけて来てくれるので、ゆっくりと常に満席、という状況が夕方まで続く。

中々ハードである。
ま、2人の為に頑張りますよ!


そして常連さんも出来たのでかなり気軽にバイトできるのもありがたい。

正直、一緒にお茶してる時もある。
美味しいバイト…………。

お茶代は引いてもらってるけどね!

イオスはいいよって言うけど、そこら辺はきっちりしないと気が済まない性格だ。



そうして常に満席状態でくるくる立ち働いていた頃、今日もグレーの髪を揺らしながらエローラがやって来た。
エローラは最初はオヤツに食べるクッキーを持ち帰りしていたのだが、失恋で私に話を聞いて欲しいとカフェでお茶するようになってから常連になった女の子だ。

女の子、と言っても私よりも年上で多分20歳くらいだと思う。ハキハキサバサバしているタイプでラピスにはあまりいないストレートロングの髪をポニーテールにし、ここでは珍しいタイプの服を着ている。
所謂、モード系の服だ。
可愛いタイプの服が主流のラピスではちょっと浮いているかもしれない。
でも私は逆にすぐ彼女のことが好きになって仲良くなった。
実は私もフワフワ、ヒラヒラが苦手で「ちょっと合わないよなぁ」と思いつつハーシェルに服を借りている。

いや、大事な奥さんの服だけど。
でも、私には可愛すぎるんだよ…!キャラがブレるの!


そうして仲良くなった私達は色々な話をするようになった。
基本聞き役だがエローラの話は恋話が多い。
そして恋話と言えば。

始めの出会いは相談室のおまじないだった。

やっぱり恋する乙女と言えばおまじないだよね。うん。

実はエローラの失恋は失恋というか、何というか…………。

とりあえず、始めは想いを伝えるおまじないから始まった。



キティラと同じ、オイルを枕に垂らすおまじないだが、エローラの場合は水の属性の為紫月花のオイルを使う所がちょっと違う。
それ以外は同じで、誰にも聞かれないように願い事をするものだ。

実はそれが成功して、想いが通じたのだが夏祭りで破局。なぜかと言うと一言で言えばセンスが合わなかった。
これが本当に言葉通り、センスが合わないという理由だから面白い。

面白いなんて失礼だけど、そんな事が本当にあるんだ!と、びっくりと共にすごく興味が湧いた。

夏祭りでは、恋人達がお互いの人形と洋服を合わせると聞いていた。そして、合わない場合もあると。

それが正に、エローラの場合だった。
服が着れない訳じゃなかったらしいのだが、エローラが許せなかった。
「あの組み合わせはあり得ない」だそうだ。

この時私は写真というものがない事が、とっても残念だった。
絶対見たかった…………。


その、別れちゃうくらいあり得ない組み合わせも凄く気になるけれど、センスが合わない事が許せない、というのは実は私も分かる。
服が好きな子には分かってもらえると思う。

なんか、許せない組み合わせやアイテムってやっぱりある。それが、好きな人なら尚更上がってるものが落ちるというか、好きじゃなかったら気にならないレベルでも好きだから逆に許せないにベクトルが向いてしまうのだ。
恋の不思議ですね。

あ、でも私は多分初恋まだだけど。いいな、と思う人はいてもその先となると面倒になってしまう。


そんな私とただ今絶賛恋人募集中のエローラは、「運命の人探し隊」を、結成中だ。

ま、私は半分巻き込まれてるだけだけど。


でも恋人や運命の人に憧れる気持ちはやっぱりあるのだ。どうせ恋愛するなら、私だけを好きになってくれる人がいいし運命なんて言葉はとても素敵だ。
いつか私も姫様の服を見つけた時みたいに、運命の人に会ったらピンと来るのかな?
だといいなぁ。


そう、話はだいぶ逸れたけど夏祭りでのセンス問題があってからエローラは「ラピスにはセンスがいい男がいない」と言い出した。

今日も私は持って来ていた紫月花のポプリを渡しながら、エローラのお茶に付き合っていた。
もう夕方で、このターンで店じまいだからね。

もう気心知れたもので、半分お茶して喋りながら片付けもする。
女子会ってそんなかんじだ。


「だから、どうせお店継ごうと思ってるし勉強に行くのもありかなぁと思って。ねぇ、ヨル一緒に行かない??」
「ん?勉強に行く?」

元々エローラの服の白と黒の中に上手く繊細なレースを取り入れているセンスが気になって、私が声を掛けたのが始まりだ。
その後、私が相談室をやっている事を知って、来てくれたのだ。

私達は恋話もするが服の話も同じ位する。どのレースが素晴らしいとか刺繍の技法や生地の話、ラピスの染料の種類などエローラから学ぶ事はすごく多い。

そのエローラが、更に勉強に行く所?どこだろう??

「学校があるとか?そういう事?」

「ううん、知らない人も多いけどちょっと遠くに職業訓練校みたいなものがあるの。勿論、勉強も教えてくれる。ただ特殊な所にあるから、申請しないと行けないのよね。私は跡継ぎだから必然的に申請が通るんだけど、ヨルは出してみないとなんとも言えないかもね。でも、凄いよ。うちのおばあちゃんが凄いって言うくらいだから。」

「やっぱりエローラのおばあちゃんも凄いんだ…。もしかして。」

「そう。今日のニットもそうだし。私はニットはやらないからね。でも継ぐなら覚えろって言われてるのよ…おばあちゃんのレベルが高すぎて、習得する頃には私もおばあちゃんになりそう。」

成る程エローラの今日のニットは、細いモヘアのハイネックニットだが、複雑な編み方と単純な編み方で綺麗な柄を出していて編み方もそうだが図案のセンスがとても良いと思う。

ていうか、おばあちゃんに習えば良いんじゃない?とちょっと考える。

「エローラのおばあちゃん、会ってみたいなぁ。」
「全然大丈夫だよ。今度遊びに来て。」
「いいの?行く行く!」

女子2人集まると、どこの世界でも変わらないね。

そんなことで、おばあちゃんの都合を聞いてもらう約束をして「またね!」と別れた。

勿論、エローラが最後のお客さんだ。
イオスには先に帰ってもらってたので、私は気焔に片付けを手伝ってもらい、暗くなる前に帰る事ができた。




次の日。

教会にいるハーシェルに聞きたい事があって、私は扉を開けてホールに出向いた。

朝の掃除をしているだろうハーシェルは、まだホールにはいなくて私は1人、ボーッと人形神を見る。

うーん、やっぱりいい。

教会に来ると、何故かここに足が向く。


「このベール、やっぱり気になるなぁ。」

「この人形神の服やベールはその時々、最高の技術を持っている人が奉納したらしいよ。これも素晴らしいよね。服はもっと年代が古いけど、この中ではベールが1番新しい。きっと私の親の世代だね。」

「そうなんですか…………。」

「いつ見ても素敵ですよね…」と続ける。

いつの間にかハーシェルが入ってきて、私の隣に並んでいた。2人で人形神をじっと見る。

するとハーシェルがすっかり忘れていた事を話し出した。

「そういや、ヨル。ウインドウの服の話だけど。」
「あ!はい。どうですか?売り物でした??」
「いや………。多分、違う。ちょっとあそこのおばあさんは変わっていてね‥。僕はあんまり行かせたくないんだけど。でも1度行かないといけないだろうね。」

見るだけにしても、何にしても交渉するなら出向かなくてはならない、とハーシェルは言った。
私は全然構わない、というか喜んで行くのだけどなんだか気が進まなそうなのはハーシェルの方だ。

人当たりの良いハーシェルが苦手なおばあさんってどういう人なんだろう?

そんな疑問を抱いたが、そのおばあさんにすぐに会える事になるとは、その時思っていなかった。

そして私はウインドウの服の話に気を取られていて、ハーシェルに聞きたい事を聞くのをすっかり忘れていた事に後で気付いたのである。




その後エローラから、家への招待が届いたのはその次の日の事だった。

その日は日の日で朝からみんなゆっくりしていた。ゆっくり起きて(私は早起きだけど)、ゆっくり朝食を食べ冬支度の話をし、ゆっくりお茶を飲んでいた。
ティラナと一緒に台所で冬支度の干し肉を仕込んでいる時、居間からハーシェルの声が聞こえてくる。

何か、困ってる??なんだろう?

「…ですから、絶対誘わないで下さいね。え?そんな話に?」

「はい。分かりました。聞いてはみますけど、行かない場合もありますから。無理矢理はやめて下さいよ。」

ハーシェルがあんな言い方をしているのは珍しい。相手は誰だろうか。

「はい。明日?急ですね。いや、大丈夫だと思います。はい。水の時間に。はい。はーい。」

私はティラナに持っている道具を預けると、居間へ入る。

ハーシェルが話石を丁度切った所だ。

「今のは誰とお話してたんですか?珍しいですね。ハーシェルさんがあんな感じなの。明日は仲のいい方とお出掛けですか?」

ハーシェルが出かけるとしたら、私が留守番だ。そう思って聞いたのだが、意外にも違う返答が返ってきた。

「マデイラからだ。明日はヨル、予定はまだ入っていなかったよね?」

「?マデイラさん?どなたですか?」

「君、洋裁店の娘と友達にならなかったかい?名前が…………何だったか。」

洋裁店の娘?誰の事だろう。

私の交友関係はそう広くない。

そんな人いたっけな?相談室?カフェ?

全然思い付かなかったが、考えてみたら物凄くしっくり来る人がいた。

もしかしなくてもエローラじゃない?ていうか絶対そう。

「エローラじゃないですか?エローラ。」
「ああ、そんな名前だった気がする。何だか孫の友達だなんて言ってたけど、君達仲はいいのかい?どこで知り合ったんだ?」

お父さん、事情聴取になってますよ。
いいじゃないですかそんなに掘り下げなくても、女の子だから。

「元々相談室からですよ。それからカフェにも来てくれるようになって、よくお茶します。今度遊びに行く約束してたんですよ。きっとエローラに聞いたんでしょうね!楽しみ~♪」
「ヨル、あそこのばあさんには気をつけるんだ。いつの間にかそこで働く事になったりしないように。あとは…………。」

「大丈夫ですよぉ~。ん?働く?洋裁店?そう言えば継ぐって言ってたなぁ?」

首を傾げているとハーシェルがサラッと言う。

「ヨルの行きたかった所じゃないか。ウインドウの服があるのがマデイラの洋裁店だよ。」
「!!!なんて事!ドンピシャですね!凄い偶然!」

浮かれている私を見てハーシェルがまた心配症になり出した。
そんなに心配するような人なのだろうか。
逆に楽しみになってきた。エローラのおばあちゃんだから、絶対話が合うと思うんだけど。

基本いつでも心配しているハーシェルの事だから、特に何があるわけでもないんだろう。
そうだそうだ。


エローラの家とそして姫様の服、ダブルで行ける事に浮かれた私は、ハーシェルの話をそこそこ聞き流しながら明日の計画を立て始めた。

何着ていこう!おやつ、持って行かなきゃ!





そして待ちに待ったその日がやってきた。
って言っても1日しか待ってないけど!そのくらい楽しみだったのだ。

昨日のうちに話石でイオスに連絡を取り、朝クッキーを受け取ってから行けるように手配した。

服はエローラに合わせてシンプルめの白いシャツに黒の刺繍のスカート。

女友達と遊ぶ時の方が気合が入るよね!

髪はいつものカツラに三つ編みだけど、この間の森の件からまた髪色が薄くなった私はリボンを一緒に編み込むようにして、自分の髪色を更にカモフラージュしている。
リボンを編み込む事で、地毛がまた更に飾り感を増すからだ。

ウイントフークは「まじない染料」なるものを作れないか、思案しているらしい。
どうしてもカツラだと隠すのが難しくなってきたから。
ただ、今のところ色を変えられるまではできたが洗ったり水に濡れると落ちるとかで、もっと持ちが良くなるよう改良中らしい。
それか、「身につけている間は色が変えられるアクセサリーとかどうですか?」と提案したら、また何やら資料を漁り出したので出来上がりを待つ事にしている。

いつ色が変わるか分からないよりは、着けると変わる、くらいの方が分かりやすくていいと思った。


そうして支度を整えると、「行ってきます!」と足取りも軽く家を出る。
友達の家に行くのにラギシーは怪しいし、気焔も連れて行けないので朝と「目」が辺りをくるくるしている。

ま、いざとなったらすぐ出れる気焔がいれば安心でしょ。



北の広場に寄ってからエローラの家のある東側へそのままぐるっと横に進む。

エローラの家はベイルートの店の手前くらいにあって、私も初めの頃散歩で店を見ていたので場所は分かっていた。
ぐるりと回って行くだけなので迷いもしないだろうが、辺りは同じような青の家なので本当に進んでいるのか、どこかに迷い込んでいないか、ちょっと心配になる。

なんだかラビリンスみたいだね…………昔見た映画にそんなのがあった気がする。ん?昔?見た映画?いつだったっけな??


「あ、あれだ!」

エローラの家を見てすぐ疑問は何処かへ行った。

以前見た、ウインドウの店。
今日も可愛い水色で、丸いテントが入り口の屋根を飾っている。

相変わらず扉のステンドグラスは可愛くて、これからこの中に入れる事を考えると、挙動不審になりそうで自分が怖い。

朝はどこだ、朝。止める人が居てくれないとヤバい気がする。
あ、でも猫入れないかな??


そんな事を考え店の前で怪しく彷徨いていると、可愛い扉が内側から開く。
エローラだ。

どうやら中から見えていたようだ。

「ヨル!いらっしゃい。何してるの??」
「ああ、エローラおはよう。お招きありがとう。ねぇ、猫って入れないよね?」

足元の朝を見ながら言う。

「大丈夫よ。うちにもいるもの。看板猫。どうぞ、入って。」

エローラの所にも猫がいるんだ。

どんな子だろう?もしかして、朝知ってるんじゃ?

足元にいたはずの朝は先にスタスタ歩いて店内へ入る。

「ちょ、朝待ちなさい!」飼い猫を咎める形で私も店内に入ると、そこには夢の世界が広がっていた。






「ちょっと!依る!!いい加減にしなさいよ!」

朝に肩に飛び乗られ、よろけた私は我に返った。

あれ?そう言えば私エローラの家に遊びに来て…………??


どうやら自分自身の心配が現実になっていたようで、店に入った途端、店内に夢中になった私は手土産をカウンターに置きそのまま店内を舐めるように見始めたのだという。

どうした事だ。

朝に乗られ、今見渡してみると店の隅にある丸いテーブルでエローラが私の持ってきたお土産のクッキーを食べながら図案集を見ていた。
さすが、分かってる。

しかしさすがにこのままではいかんと、エローラの隣の椅子に滑り込んだ。

「ねぇ。予想通りこのお店、ヤバい。」

私の言葉を聞いたエローラは「でしょう?宝の山よね。」と楽しそうに頷いた。
だよね。やっぱり。


洋裁店と手芸店を兼ねたような「マデイラ洋裁店」は元々家業でやっていた洋裁をエローラのおばあちゃんが洋裁店としてオープンしたのだそうだ。
勿論お直しからオーダー、洋服の販売から手芸用品までなんでもあるらしい。

なんて夢のような空間。。

ハーシェルには悪いが、本当は誘われたらバイトしたいくらいだ。
また泣かれると困るから、やらないけど。多分。



お店はひとしきり見たので、おばあちゃんが来るまで私達はクッキーをつまみつつお喋りをする。

店内の話から洋服の話、そこから人形の服の話になって私は聞きたかった事を訊ねた。

「ところでエローラの許せなかったレベルが知りたいんだけど、何がどうなって許せなかった訳??」

婚約話が出ていたのに解消になるくらいのセンスなんて、知りたいに決まっている。
おめでたい訳でなく、悲しい話なのに顔が笑ってしまうのを止められない。

その件に関しては吹っ切れているエローラも笑いながら答えてくれた。

「いや、人形を彼が作るでしょう?それがさ、材質が木だったのよ。いや、木なのは別に悪い事じゃないわ。でもそれが…………もう下手くそで‥棒っていうか…………。」

ダメだ。もう可笑しい!

2人でひとしきり爆笑した後、元彼さんが少し気の毒になった。
ごめんなさい、こんなに笑って。


「いや、下手な人もいるのよやっぱり。でも下手の方向性が不味かったわね。例えば土なら、滑らかにして色をつけたりすればそれなりになると思うのよ。」

そう話しながら、エローラは自分が作った人形の服を出してきてくれる。

さすが、エローラがいつも着ている服によく似たモノトーンのシンプルなワンピースに上手くレースを組み合わせている可愛い服だ。ワンピースの下に合わせるブラウスとカボチャパンツみたいなやつがまた可愛い。

確かにこれを棒切れに着せるのは、私も嫌だ。

「あとは多いのは陶器で作ったりもあるわ。結構大変だけど、仕上がりがいいからチャレンジする人は多いのよね。ロランなんかに習ったりして。ほら、ロランは陶器職人で腕もいいし。…そう言えばヨル、ロランに気に入られてるでしょう?」

「え?良くはしてもらってると思う…けど?」

うん。
いつ行っても嫌な顔はされないし、家まで届け物してくれたりはする。

しかしエローラは更に続ける。

「次の夏祭りに向けて本気の人形作り出したって!噂になってる。ロランは元々人気はあるのよね。でもあんな感じだし、みんなに作り方は教えるけど自分ではちゃんと作ってなかったんじゃないかなぁ?それがさ、作り出して、しかもどう見ても本気のやつ。今のところ本命はヨルじゃないかって、専らの噂よ!」

………熱くなってる。

エローラは「運命の人探し隊」を結成するだけあって恋話が大好きだ。
それ系の噂にも精通している。

まさかそんな事になってるなんて全然知らなかった私は「どうしよう?」状態だ。


「冬祭りで何かしら言われると思うわよ。」

「冬祭りって?」
「人形と服を飾るからよ。ヨルはまだ14だっけ?ちょっとロランとは歳が離れてるけどねぇ。まぁもうすぐよね。ヨルは大人っぽいし。夏の祭りは人形にもう服を着せて、2人で婚約式になるでしょう?冬はね、人形は人形、服は服で飾って、誰のどの人形や服がいいか下見ができるの。そこで合う合わないがある程度分かる場合もあるわ。」

そこまで聞いた所で、また顔を見合わせて笑う。

「なんで?なんで分かんなかったの??」

「彼は冬にまだ作ってなかったのよ。だからあの仕上がりだった、ってのもあると思うけど。」

涙目になりながらまた2人で笑う。

ひとしきり笑って、お土産のクッキーを摘む。

お喋りしてると、ついつい食べるのも忘れてしまうのだ。

お茶で少し喉を潤すと、急に真剣な顔をしてエローラが言った。

「で?ヨルは?好きな人はいるの?ロランに何か言われたらどうする??」

「うーーーん。」

何かって何て言われるんだろう?

それにもよるけど、まだ自分が誰かと人形を一緒に作るとかお付き合いするとか、そんな事は考えられない。
そもそもロランにドキドキした事ないし!あ、あるかな?仕事中。いや、あれは除外除外。

エローラはそんな私を楽しそうに見ている。

「まだ私には早いかも。。」

正直に言った私に、エローラはニッコリと笑って言った。

「ヨルの運命の人はまだ姿を見せてないのね。」

そうなのかな。

「焦って決めちゃダメよ」と自分の事を振り返りながら言っているであろうエローラの自虐に、またひとしきり笑った。


そうしていると、チリン、とベルの音がする。

すると店の奥に続いているであろう、扉が開いておばあさんが入ってきた。

もしかして。
きっと、この人が噂の。


すると私を見つめておばあさんが言った。

「あら。あんた…………。似てるね。まじないの子だろう?」

開口一番こう言ったおばあちゃんは真っ白な白髪をきっちりと結い上げ、ブルーの濃い瞳が上品な小さなおばあちゃんだった。


ん?ハーシェルさんが苦手だって言ってたけど、品のいいおばあちゃんなんですけど…?










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