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5の扉 ラピスグラウンド
森探検
しおりを挟む「森、森~♪」
ダメ元でハーシェルに提案した、森計画。
なんと、この度行ける事になりました~わーい!パチパチパチパチ…
ここの所忙しかった私は、癒しを求めていた。
なんか、黒いものも沢山見たし。
そして色々なものに、癒されてもいた。
ヨークのコップに始まり、机の上のハーブ、ドライ途中の作業、朝の毛並や肉球、ティラナの可愛さやフワフワの髪、リールの…以下同文。
しかし、それだけでは埋められないアレが必要なのだ。
そう、アレ。
それは自然。
ハーシェルに言ったのは変な言い訳でも何でもなく、私は正に自然や水を欲していた。
元々自分の世界でも、大きな川のそばに住んでいた。
何か辛い事があったり、なんでもない時でも自然の中にいると癒された。
特に沢山の水のある場所。
川、湖、海や池でもいい。少し動きがある水の方が好きだ。いつまでも眺めていられる。
きっと定期的に山や川、海に行きたくなるのは島国育ちの性と言っても過言ではない、筈だ。
そうしてダメ元で提案した森行きだが、思わぬところでOKが出た。
ウイントフークの後押しもあるだろう。
この後、ちょっと回り道にはなるけど彼の家に寄ってから森に行く予定だ。
でも、ホントに大丈夫だと思うんだけどな…いざとなったら気焔もいるし。
そんな私について行く事が強制的に決定した朝は、姿が見えない。
でも多分、先にウイントフークの所に行っているのだと思う。
あの2人、仲良いよね……。
もし朝が人間だったら、あの2人、合うと思うわ…。
そんな事を考えながら私は朝食を終えると、言われた通りにラギシーの葉を多めに持ち、支度を始めた。
ウイントフークに持って行ってもらう為のラインのよだれ掛けと、おばあさんのスカーフも持つ。
本当は私が返しに行きたいけど、こういう事は早い方がいい。
挨拶はいつでも行けるもんね。
ウイントフークに、よーくよろしく言ってもらおうと思ったがきっとあの人には無理そうなので、普通に手紙を書いた。
メモ書きでお礼だけだけど、まだ字も下手な私には丁度いい。
ティラナによく戸締りするように言い、家を出る。
今日はハーシェルが帰るまで教会も閉まっている。
ティラナとリールでお留守番なので、その方が安心だ。
「いざ。」
家から少し離れた路地で、私はラギシーを使いウイントフーク家へ向かった。
やっぱりこの庭、勿体無い。
ここらで庭のある家は珍しいのに。
今度何か植えていいかお願いしよう。
家の脇にある細い庭を通り過ぎ、扉の前に立つ。
すると、手を掛けた瞬間扉が内側から開いたので、ビックリした。
「お、おっ」
よろけて中に踏み込んでしまったのだ。
変な声出ちゃったし。
「タイミングいいな。」
「ある意味。」
ウイントフークに突っ込んだ私は、支えられて身体を起こす。
珍しくこんな所で出会ったので、ビックリした。
でも、この人の家なんだけどね…。
「朝、来てますか?」
「ああ。わたしも出掛けようと思ってたから、今来るかと思ってな。もう出るぞ。」
「はぁーい」と返事をしながら、ウイントフークから袋を受け取る。
「これが火薬玉。「目」は勝手について行くから。一応2つやっておく。何かあれば1つ飛ばせ。」
「はい。飛ばしたい時は?」
「お前の力を込めたままにしてあるから、そっちに命令すれば飛ぶはずだ。もう一つはわたしのだから、黙ってついて行くだろう。」
「はーい」とまた返事をしていたら朝が奥からやって来る。
随分リラックスした様子でノビをしてから歩いてくる。まるで第二の家だ。
「よし、じゃあ朝、行こう!」
とは言ってもウイントフークはテレクの家に行くので、ほぼ門まで一緒だ。
朝が先頭で、その後ろを2人で並んで歩く。
その様子が、なんだか楽しくなってきた。
「なんかウイントフークさんと一緒に歩くなんて貴重ですね。」
「意味が分からん。」
くだらない話をしながら、テレクの家まで歩く。
まだ午前中早い時間なので、あまり人も歩いていない。
青から白に変わる街並みをしばらく下って行くと、ようやくテレクの家だ。
ここまで来たら顔だけ出そうと、私も玄関先だけ寄って挨拶をして借り物を返し、後はウイントフークに任せる事にした。
上がってしまうと森に行くのが遅くなる。
「油断はするなよ。」
ウイントフークにも一言言われ、ドキドキしながら東門を出た。
とうとう森へ出発だ。
東門を出てすぐ、畑の小屋の陰でラギシーを使う。
門から森までは、見晴らしのいい草原だ。
見晴らしが良い代わりに、隠れる場所もない。
何かあるといけないので、一応ここからラギシーを使う。
お父さんに怒られそうな要素は、潰しておかなければならない。
これで大丈夫。
そのまま真っ直ぐ、森へ向かった。
さて、真っ直ぐ歩くだけなので森へは割と簡単に着く。
ティラナが来れるくらいなので、そう遠くもない。
とりあえずラギシーが切れる迄はこのまま身を隠していようと思ったが、それには一つ懸念があった。
実は私は探し物をするのに、森の老木達に訊こうと思っていた。
でも、姿が見えなかったら…もしかして怖がられる?
聞こえないかな?
聞いてもらえない?かもしれない。
うーん。
少し迷ったが、まず森の入り口に足を踏み入れてみる。
このままの状態で木達が私の事を見えるようなら、そのままが一番安全だ。
とりあえず少し奥に入った所に立っている、大きな木に話しかけてみる事にした。
木の下に立ち、大きな幹を見上げて挨拶をしてみる。
「こんにちは。」
うん。反応ないね。
「あの、こんにちは。聞こえますか?」
あなたに話しかけてますよ~。
分かるように木肌をトントンする。
すると木の葉がザザーーーーーーッと揺れた。
ウェーブの様に。
あの時と、同じだ。
「あの~、私の事見えますか?聞こえます?」
多分、聞こえてはいる筈。
一応再び確認すると、木が答えてくれた。
「お主は…………?」
「私、ヨルと申します。以前、森の中のおじいさん達に助けてもらったんですけど…………。」
そこまで言うと突然、ザワザワがどんどん森の中に広がって行く。
見事な大きいウェーブのように森の奥に消えたザワザワが、また奥から今度は戻って来るのが見える。
以前の光景を見ていなかったら、なかなか怖い現象だ。
伝言を預かっているであろうザワザワが私の前の木まで来ると、ピタリと止まった。
木は葉をサワサワ揺らすと、また話し出す。
「うむ。奥に来いと呼ばれているぞ。」
「ありがとう!」
覚えいてくれた事が嬉しくて、私はそのまま足取りも軽く森の中へ進んで行った。
なんならちょっと、鼻歌を歌いながら。
ここの森は手前までは街の人も入る為、小道や畑らしきもの、道具類がまとめて置いてある。
それらを横目で見つつ、進んでいく。
人の手が入っている辺りは明確に分かるので、確認しながら進んだ。
「ねぇ、朝はどの辺りだったか覚えてる?」
小さな畑の辺りをチェックしていた朝が、顔を上げる。
「そうねぇ。何となく。でもこの森自体、人が住んでるから少しずつ変化があるのよね。」
え。人が住んでる??
危ないから入っちゃいけないんじゃないの???
朝はまるで当然の様にこう言った。
「朝、人が住んでるって…………。」
「最初に捕まった時、私達がいた小屋と違う方に人間の気配がしたのよ。それも普通のね。あんな、悪い奴じゃない気配よ。」
「え?でもたまたま通ったとか?」
「依る。あの時は夜中だった。しかもある程度人数がいると思う。沢山の匂いが流れてきたから。」
ええー。森に住人がいるの?
もしかしたら怒られ案件?
そう思ったが、ふと気が付いた。
会わなければいいんだ!そう、会わなければ。
森は広いはず!
「ねぇ朝。それウイントフークさんかハーシェルさんに言った?」
「いいえ。聞かれてないし、森の話は殆ど出ないしね。」
よしっ。このままスルーしよう!
そうと決まれば、おじいさん達の所へ再び出発!
私は都合の悪い話を聞かなかったフリをして、先に進む事にした。
しばらく朝の勘を頼りに森の中へ進んで行く。
しかし私は始め、朝の勘だと思っていたらまた某童話現象が起きていた。
なんと、道案内の木の葉が道標の様に上から少しずつ落ちてくるのだ。
パラ ハラッ パラッ
ヒラヒラしている木の葉を頼りに、進んで行く。
なんだかちょっと楽しい。
落ちてくるのがお菓子とかならいいんだけど。
しばらく進むと少し開けた場所に出た。
そこには明らかにアレだ、と分かるくらいにソワソワしている大きな木が2本、あった。
貫禄のある枝をしなしなモジモジしているように動かし、落ち着きのない2本。
堪らずに、思わず声を出して笑ってしまった。
見るからに歴史のありそうな老木が2本並んでソワソワしている姿なんて、面白すぎるに決まっている。
「ちょ…………笑わせないで下さいよ!フフ!可笑しい!」
私が一通り笑い終わるまで、朝と老木達は黙って待っていた様だ。
でも笑い終わったら、文句を言われたけれど。
「久しいの。ヨル。元気だったか?」
「はい。お陰様で。あの時はありがとうございました。」
「して今日は何用じゃ?街の者は森へは入らんじゃろう。」
ああ、やっぱり。
老木達は「街の者は」と言った。
ここに住んでいる人の事を知っているに違いない。
鉢合わせしないように、聞いておいた方がいいだろう。
「あの、森に住んでいる人達はどの辺に住んでいますか?私、あまり人に会わないようにしなきゃいけないんです。」
「ほう。森の奴らな。どちらじゃ?」
「この間の方か、それ以外の者か。」
「え?2つもあるんですか?住んでる人達、村?が?」
意外な返答に驚いた。
やはり、森の木はいろんな事を知っている。
「村までいかんが、小さな集落のようなものはある。1つは入れ替わりが激しく、人がいない時もあるが何かに使っているような建物がある。お主は多分そこから来たのだと思うが。場所が近いからの。」
「もう一つは定住しとるの。この前お前さんがいた所の丁度反対側にある。ここからあちら側に行かなければ大丈夫じゃろ。」
「そうなんですね…………意外と森に人がいっぱいいて、びっくりしました。会わないようにって言っても難しいかもね…。朝、とりあえず気配があったらお願い。」
朝は少し離れた所を探索していたが、聞いていた様で「分かってる」と顔を上げずに答える。
そして私はもし、知っていたら教えてほしいと老木達にダメ元で訊ねた。
「おじいさん達、この前私が捕まった時黒い大きなカバン…袋みたいなものを無くしたんですけど、何か変わった物を見ませんでした?」
リュック、カバン、じゃ分からないよね…でも袋…袋で分かるかな??
すると老木達は、意外な事に私のリュックの行き先を知っていたのだ。
「あの、変な紐がついとって背負えるやつじゃろう?変わったものがあるな、と木達もざわついとったから覚えている。あれは反対側の集落に持っていかれたと思うがな。」
「…それはまずいですね。返してくれるかな…。」
「どうかは分からんが、森の中のもので得体の知れないものは触らずに残してあるやも知れん。森の神の落とし物の可能性があるからの。だが、そいつらが森の神の事を知っとるかは分からんが。」
そうか…………。
なにかうまい手を考えなくては。
とりあえず場所が分かっただけでもありがたい。人攫いの方でなかっただけ、御の字だ。
「ありがとうございます。何とか…してみますね。とりあえず忍び込むか??行ってみるしかないよね…うーん。」
「私がとりあえず見てくるわよ。」
「え?そう?大丈夫かな?でもそれしかないかな~。…………でもとりあえずは先に池を作るけどね!」
忘れてないよ!
何よりまずは、池だよね。
「あんたまだそんな事言ってるの?本気だったのね。」
「まさか。冗談で言わないよ!やる気満々だよ!」
私達がワヤワヤやっていると、老木達がサワサワし始めた。
木の葉がヒラヒラと落ちてくる。
「おい、ヨル。その。もし?泉を作ってくれるのか?」
「え?泉ってほど立派かは分からないですけど、私には池が必要なんです!心洗われるような水を湛えた、素敵な、癒される、………池が。」
私がバーン!と発表すると、老木達はにわかにザワつく。
ん?なんで?ダメ?
「それならヨル。願い事があるのだが。」
「はい。何でしょう?助けてもらいましたので、出来る事なら是非。やりますよ?」
頷いて、先を促す。
「お主、白い森の事は知っておるか?」
「?白い森?と言えばティレニアの事ですか?」
その「ティレニア」という名を発した瞬間。
ジャッ!!!
もの凄い大きな音がした。
思わず耳を手で塞ぎ、しゃがみ込む。
どうやら目も瞑っていたようで、音が止み目を開け立ち上がる。
音がしたのは一瞬のようだ。
でももの凄い音だったので、朝は目を回している。
まるで一斉に1000個くらいのハリセンを叩いたくらいの音。
これ、耳がいいと殺人的だよ…………。
朝を抱き上げ辺りを見渡すと、多分それは木から発した音なのだと気が付いた。
周りの木、全てが緊張して葉を立てている。
あの、動物が毛を立てるのに似ている感じだ。
初めて見る光景に緊張しながら、口を開いてみる。
誰も、喋らない。
森の中は生き物の気配がしないくらい、静かになりそれが更に緊張を高めた。
話す事で、悪い方に転がらないといいけど。
「おじいさん?もしや、まずかったですか?」
なにがどうしてこうなったのか、ティレニアの名がいけなかったのか、分からない。
とりあえず、その名を言わずに訊いてみる。
しばらくの静寂の後、老木達は答えてくれた。
「まさか、…その名をここで聞くとは思わなんだ。」
「いかにも。お主、人間ではないと思っていたがどこから来た。」
え。いやいや、人間ですってば。
流石にそこまでじゃないよ。
しかし今私が何者なのかは、ちょっと置いておこう。
話が逸れそうだ。
「あの、とりあえず普通の人間ですよ?で、「あの名前」を言ってはいけない、という事でいいですか?知っている事がダメ??」
「いや、まぁあまり気持ちの良いものでない。名前は勘弁してもらおう。名を知っている者は、人ではいないはずじゃ。」
「しかし我らの情報も古いからの。お主が人間…まぁそれでもいいが、初めて来たぞ。そのような人間は。」
うん??
とりあえず人って事に落ち着いたかな?
なんかまだ納得してなさそうだけど、それは置いておこう。
本題は、そこではない。
「それで話は戻るけど、お願いって?」
「ああ。泉を作るなら、この先の白い木のそばに作ってほしいのじゃ。」
「お主この森が白に侵食されているのを知っておるか?」
「え?白………?」
なんか、大変そうな展開。
私のその考えは、間違っていなかった。
現在、森は危機にさらされていた。
老木達の話では、ある時から森の端から色が無くなり、白くなり始めた。
原因は、不明。
ただ、そこにあるものが皆、真っ白に変わっていく。
段々と、地面、木、草花、虫…………そこにある、全て。
そして白くなったものは、「ただのモノ」になるのだそうだ。
「モノ、というのはある意味普通の木や草になる事。そこに、ただあるモノ。しかし変わってしまうのじゃ。」
「わしらは話せる。動かせる。しかし白くなると生えているだけ。話せない。動かせない。そして成長しないのだ。」
「ただ、そこに、あるだけ。」
「わからぬ。死ぬ事もない。幸せなのかもしれん。」
「未知。存在のみの、存在。」
淡々と老木達は語る。
「我らには意思がある。」
「話すこと。思うこと。考えること。動くこと。知ること。会うこと。見ること。たまにこうして話すこと。長い寿命の中で、最後にお前さんの様なものに出会えたのは幸せなのやもしれんな。」
「うむ。それも、また…。」
自分達が、白になる。
それを老木達は、心配していたのだ。
それは、私だって嫌だ。困る。
私を助けてくれたお爺さん達、それにこれからも森で楽しく癒されたい。
その為に、池を作りに来た。
あわよくば自分のテリトリーにしたい、なんて欲もあった。
それに、何より、意思があるものが、意思を奪われる。
そんな事が例え死ぬ事がないとしても、幸せとは私は思えない。
もしかしたら、死よりも辛い。
しかし何もなく意思も無くなるとしたら、そんな事も思わないのだろう。
そう考えると、無性にやるせなくなる。
私にできるか、分からないけど。
やらずに後悔するのはごめんだ。
「とりあえず、見に行きます。もしかしたら…………。いや、やってみてから言いますね。よし!気合い入れて行くぞ!!」
自分で自分を鼓舞して、大きな声を出す。
やってやろうじゃないの、大仕事。
「依る、もう姿が見えてるからあまり大きな声はやめなさい。」
ちょっと、朝。
私の決意を…………まぁとりあえず、行きますか。
老木達と別れ、話に聞いた方へ進んで行く。
白に近づいてはいけない、というのが森の中の暗黙の了解らしいけれど、木達はまだ道案内をしてくれている。
私がなんとかしようとしているのが分かるのか、みんなに応援されている気分だ。
これは成功させなきゃね!
私の考えは、こうだ。
ティレニアでは全てが白かった。
でもあそこにはナズナもいたし、植物は話せるっぽかったけどな??
とりあえず世界が違うので、そこは違うのかもしれない。
ティレニアでの道中、水溜りがあった。
そこに手を入れた時、藍が浄化をして水に色がついた。
それを利用して、白い森が侵食している場所に食い止める為の大きな泉を作ればいいのではないか、と思ったのだ。
今、どの程度の侵食なのか、そもそもそれで抑えられるのかは分からない。
でもやらないよりはマシだし、私には何故か確信が、あった。
藍の泉に白が侵食できない、と。
そのままずっと森の奥に進むと、遠くに白い木が見えてきた。
なかなかの規模に見える。
いけるかな…いや、やるんだ。
どのくらいの速さで白化が進んでいるのかは分からないが、いずれおじいさん達、もしかしたら塀の外の畑。
その次はラピスの街かもしれない。
みんな、白になる。
そこまで想像すると、身震いした。
やるしかない。
イメージ。 できる。
イメージ大事。 私は、できる。
あの白い森を止められる泉が作れる。
絶対。
イメトレしているうちに、白い森の前に着いた。
確かに、見た目はティレニアと同じ。
別名惑いの森。
私も長時間いると、白くなると言われた。
きっと人も、無事では済まないだろう。
じっと白い木々を見つめ、決意を固める。
さて、やるか。
気合は十分だが如何せん方法が分からない。
しかし主役は決まっている。
私は腕輪に向かって問い掛けた。
「藍。どうしたらいい?大きな泉を作りたいの。あの森を止められるやつ。できるかな?」
「あなたが望めばね。わたし達はその為にいる。」
「OK、教えてくれる?どうしたらいい?」
「かなり力を使うから、呪文が必要よ。とりあえず私が教えるから、復唱してね。」
「分かった。お願い。」
呼吸を整え、深く息を吸う。
藍が私を綺麗にしてくれたのが、分かる。
目を瞑ると瞼には白が、映って。
辺りには、静寂。
準備は整った。
藍の涼やかな声に重ねる様、唱えていく。
「透明の息吹 藍の浄化ーーー」
「透明の息吹 藍の浄化
全ての曇りを洗い流す 私は石に願う
森の全てに 生きる力を
泉の、恩恵を。」
静かに藍の後に、続けて言葉を紡ぐ。
声の大きさでなく、気持ち、心、「想い」を込める。
とりあえず、今の私ができる、ありったけ。
助けてもらった、心の分。
これから私がもらう、癒しの、未来の分。
森全体、みんなの、ぜんぶ。
そうして腕輪が光り出す。
藍の青の光が。
眩い青がブワリと煌めいて、辺り一面に広がって行く。
青く優しく鋭い光が一瞬大きく弾けると辺り一帯の地面を覆い、水面の様に光が揺らめいていく。
ちょうど、白の端から端へ。
そうして、白も飲み込み出した。
鋭い青が揺らぎに変わって広がった後、そのまま横へ、前へ、伸びていく場所が徐々に浄化され、泉になっていくのが分かる。
拡がる青にどんどん水が蓄えられ、水草が生え、小さな流れが出来、底に藻ができる。
少しずつ静かに生命が生み出されていく様は、私の想像を遥かに超えて美しく神秘的だ。
泉の水は深く、どこまでも、透明である。
木々が映って水鏡になり、反射で見えない箇所以外は底の藻や水苔も、水の中で朽ちた木も全て、くっきりと見える。
静かな水を湛えた、想像以上の癒しの泉。
そうして、一つの世界が完成した。
森の、泉だ。
少し白の森にも浸食したその泉は、白い森の木にも、本来の色を取り戻させた。
泉に触れているところには、きちんと色があるのが見える。
私はしばらく、感動していた。
それは、あまりにも美しかった。
お爺さん達の願いが叶えられたこと、森に心配がなくなった事。
これからまだ様子を見なければならない事も、勿論わかっている。
泉が本当に白の森を防ぐ事ができるのか、見守る必要がある。
でも、今はとにかく喜びたい。
そして私はこの泉を作ってくれた藍にも、感動していた。
「藍~。ありがとう。本当にありがとう。」
いつも泣きそうになるけど、この時ばかりは泣いていた。
というか気付いたら勝手に涙が出ていた。
内緒だけど、私はとても涙脆い。
「あなたの願いを叶えるのが仕事ですもの。優しい主でこちらこそありがたいですわ。いつでもあなたの側に。憂いを晴らす石であります様に。」
うーーーーっ。
そんな事言われたらまた涙が…………鼻水がっ。
「キマらないわね。知ってたけど。」
「知ってるならティッシュ。」
「無いわよ、ここには。」
うーん。ティッシュが恋しい!
しょうがない、ハンカチハンカチ。
その時、そんな私達の感動を打ち破る声が聞こえた。
「依る、まずい。誰か来る。」
「まぁ結構な音がしたわよね。これだけの大きいものができれば。」
「え。うそ。どうしよう。隠れれるかな?はみ出す?」
気焔が緊張した声で注意を促す。
私はワタワタ木の陰に隠れ様としたけれど、どうもはみ出してる気がする。
「とりあえず今度こそ呪文だ、依る。」
「え?でも大きい声出すと見つかっちゃうよ?」
「先日力を足してもらったから、唱えるだけで実体化できるはずじゃ。」
「ホント?」
てか、誰に足してもらったの???
「早うせい!」
「はい!気焔万丈。」
一陣の風と共に薄く、黄色の炎が立ち昇る。
確かに、今回は目立たない様に出てきた。
普通の、気焔が。
始めは黄色の炎の人型だったものが、みるみるうちに色が付き、身体を覆う炎も消えていく。
多分、5秒もかかっていないだろう、そこにはヤンチャな青少年が、いた。
同じ黄金色の瞳に髪も金だ。
肌はよく日焼けした様な色で、はっきりした顔立ちにとてもよく合う。
なんだか悔しいけど格好良い。言わないけど。
「ねぇ。なんでアラビアンナイトなの?気になるんだけど。」
「依る。それは今話す内容ではない。」
はい。その通りでございます。
そのまま気焔は前に立ち私を隠す。
そんな気焔の後ろで、慌てて腕を引っ張った。
「気焔!目の色変えて!なんか金はまずいって。目立つみたい。」
「む?分かった。」
何色にしたんだろう?普通の色であります様に!
気焔の後ろにいる私には、何色にしたのか見えない。
そうしてるうちに、足音がもうすぐ側まで来ていた。
「誰だ。」
低い、男の声。
しかし誰だと言われてすぐ名乗る奴はいるのだろうか。
そんな事を考えていると、草を踏む音がすぐ後ろから聞こえた。
背後の気配に、瞬時に身が竦む。
一瞬で気焔が私の背後へ飛んだのが視界の端に映り、すぐにギュッと目を閉じた。
そして何か鈍い物音が、立て続けに聞こえてくる。
私は自分が役に立たない事は分かっているので、最初の衝撃と共に音がした時、すぐその場に蹲み込んだ。
気焔が振り返って何か攻撃したのが分かったからだ。
そのまま、じっとしていた。
「お主ら、どこから来た。まだやるか?」
「ぐっ…………。」
気焔の声を聞いて、顔だけ上げる。
周りには、4~5人の男が様々な体勢で倒れていた。
何これ。気焔、強っ。
こんな事ならちょっと見たかった、なんて思いつつ気焔の所へ駆け寄る。
気焔は飛ばした男を踏んでいたからだ。
あんな所まで飛ばしたの??
駆け寄り、声を掛ける。
まだ、敵かどうかもはっきりしていない。
「気焔!…………話を聞いてくれそう?」
「さぁ?答えぬな。しっかり説明してもらわんと吾輩が消滅させられるのだ。早う口を割れ。」
気焔を消滅?そんな事できる人いるの??
そんな事ができるとしたらかなり恐ろしい存在じゃなかろうか。一瞬そんな事を考える。
すると気焔に踏まれている男が「は、話すからちょっと退いてくれ。」と言った。
確かに踏まれたままじゃ何かと不都合だ。
気焔の足を退かせて、男を解放する。
男は立ち上がると周りを見渡し、他の男の安否を確認し始めた。
どうやら男はこの集団のリーダーらしく、他の男達が集まってきた。
みんな、そんなに大きな怪我ではなかった様だ。
戦意がない事を身振りで示しながら、リーダーの男は話し始めた。
「俺達はこの森に住んでいる。逸れ者の集まりだ。今はもう少し家族も増えてもっと数はいる。普段は森の奥にいて、殆ど森から出ずに生活しているんだ。今日狩と畑の様子を見に行こうと村を出たらもの凄い光と音が出て、何事かと様子を見に来たんだ。しかし、…………まさか泉の女神様に会えるとは…………。」
え。………泉の女神?どこ??
しかし、みんな気のせいでなければ私を見ている。
え?藍の事バレた??
「左様。この方は泉の女神なるぞ。この森の危機に駆けつけ、この場所に泉を湧かせた。よく崇めるがよい。」
ちょ、お前、何言っとんじゃーーーー!!
私がガッツリ気焔を睨んでいると、朝が足元を撫でる。
「依る。あんた装備がなくなってる。ここでは女神にしておきましょう。現実じゃない方が都合がいいわ。」
「え?うそ?」
小さく呟き少し下を向いて、髪を見る。
カツラが、ない。
三つ編みが解けて、しかも少し色が薄くなった空色の髪がサラサラしている。
この分でいくと眼鏡も無いはず。咄嗟に朝の判断を受け入れる。
しかしこの場面で、何を言えばいいのか分からない。
とりあえず、微笑んでおいた。
今私ができる、一番上品なスマイルで。
「お主ら。女神は探し物をしておる。黒い、この世のものでは無い、女神の持ち物じゃ。もしや知らぬか?」
「はっ。それでしたら村にあるものがそうかと。確認なさいますか?」
「うむ。案内せい。」
気焔~。
気焔の機転に拍手したくなりつつ、私達は男の村に行く事になった。
私は出来るだけ静々歩いて、ついて行った。
男達の村は、そう遠くないところにあった。
というか私が想像していたよりも泉が大きかったのだ。
私達は老木達の所から、まっすぐ来て白い森についた。
聞いていた話では、もっと左の奥に村があると思っていたのだが思ったより白い森が大きく、その為の泉も大きくなった。
自然と、村も近くなっていたのだ。
そして村と言ってもそこは、小屋の様な家が10軒ほど点々と建つ場所だった。
奥に小さな岩場の湧水があるらしく、そこを拠点にして周囲に家を建てたらしい。
森の中には、川や池がないのだそうだ。
もしかしてそうかな?と思ってはいたが、それを知ると泉を作って良かったと思う。
森に暮らすもの、全ての為に作ったからだ。
自然も、人も。
ただ、汚されると困るので暮らしぶりは気になる所だ。
村の中を進む。
すると小さな畑で世話をしている家人や子供も見えてきた。
どのくらいの人数なのだろう?と考えているとリーダーの男が村人に声を掛けた。
「ちょっと、みんな呼んでこい。」
ん?みんな?………嫌な予感。
みるみる間に広場に集まったのは、総勢30人くらいだろうか。年の頃は老若男女、様々である。
ただ、子供は少ない。3人だけだ。
リーダーの男は40代だろう、リーダーなだけあって体格もよく、強そうだ。
そしてみんなの様子を見ると、慕われているのも分かる。
そうしてその男は、集めた人々の前に立ち話し始めた。
「こちら、泉の女神様が森の為に女神の泉を作って下さった。私達も恩恵に預かる為に、女神様のお持ち物を返し供物を捧げ、感謝する事としたい。」
やっぱり?
そういう展開??
すると気焔がスッと前に出て、言う。
「こちら女神は人間の地が初めてじゃ。何分分からぬことも多いが、無礼の無いよう人の世界の歓迎をしてやって欲しく思う。」
「良かったじゃない。とりあえず、喋れるわよ。何か食べれそうだし。」
蚊帳の外の朝は、既に舌をペロリとしている。
ずるい!どうしろって言うの!
とりあえずお淑やかに、もてなされれば良いって事?
そんな中、村のみんなは私を見て様々な反応をしていた。
祈っている者、興味津々で見ているけど近づかない者、遠巻きに跪く者、子供達はキラキラした目で見ている。
ああ、子供達の視線が1番イタイよ…………。
そんな私を他所に、宴の準備は始まった。
簡易的な祭壇らしきテーブルに、肉や果物が置かれていく。
あ。私のリュックも置かれた!
料理の準備も始まり、女達が忙しく動いている。
私も手伝いたいけど、ダメだろうな~。
皆忙しく立ち働いている。
徐々に宴の雰囲気が、整い始めた。
ずるいと思うのが気焔が何故か村に馴染んでいて、一緒に準備に混ざっている事。
1人だけアラビアンナイトなくせに、何故違和感なく入っているのか。
そして、気焔の瞳はちゃんと茶色に変化していた。
良かった、変な色じゃなくて。
そうして宴が始まった。
広場に、みんなで丸く座る。
真ん中以外は芝生のような草になっているので座りやすい。
祭壇の近くに私の席が設けられ、私にだけ椅子がある。
ずっと地べただとお尻が冷えるのでありがたかったのだ、実は。
この時すでに夕方近く、赤の時間だと思う。
しかし宴はこれからだし、何より気焔に帰る気が多分、無い。
私だけ消えるわけにもいかない。
いや、女神だったら勝手に消える事も可能だろうけど実際気焔がいないと帰れないのだ。
絶対酒とかご飯とかにありつきたいに決まってる!あいつめ!
ん?でも気焔ってお酒とか飲むの??
とりあえず帰れなそうな事は決定したので、ハーシェルのお怒りについて考えるのは後にしよう。
取り急ぎ、お父さんがハゲないようウイントフークの「目」を1つ、帰しておいた。
大丈夫だよ、というジェスチャー付きで。
これで納得してくれるといいけど。
無理なのは、分かってる。うん。
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