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5の扉 ラピスグラウンド

現場検証と会議

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「ヨル!」

私が見たハーシェルさんは、死にそうな顔をして走ってきた。
ちなみにウイントフークさんは多分気焔を見つけた瞬間ニヤリとして、めっちゃ興味を持ってるけどね…………。


2人の反応のギャップが面白くて、ついつい笑ってしまった。

ハーシェルの必死さに対して、ウイントフークは気焔を見つけてしまったのでもう全く私の事は目に入っていないに違いない。
対象物を観察するのに忙しそうで、ワクワクしたような顔になっている。


その場に到着した2人はとりあえず朝の説明を聞きながら各々の対応をした。

ハーシェルは私に怪我が無いか確認し、顔をよく見て漸く安心したようだ。

全身チェックされ、顔を覗き込む。
頭をポンポンされ、「全く君は…………」とブツブツ言っているが緑の瞳が安堵して私を見ているので怒ってはいない事が分かる。

ウイントフークは落ちている黒い石と気焔、どちらを見るのか忙しそうだ。


「で?何があってこうなった?」

「私が報告を受けたのは知っていたでしょう?」

朝とウイントフークが話し始めると「目」が2つとも瞬きしながらくるくる回っている。

私の視界に入るように下りては、回っているので気になる。

「ウイントフークさん。これちょっと…………」

邪魔じゃないですか?と言おうとしたら「誰か来る」とウイントフークが言った。

「気焔。」意図が通じたようですぐに気焔は腕輪に戻る。

「目」はお知らせしてくれてたんだね…。

ちょっと見た目はアレだけど、優秀らしい。
実は2つ揃うとかなり本当の「目」に見えて、空中に人間の目だけが見えているような感じなのだ。夜に見たら、トラウマになりそうである。


とりあえず私達はその場を離れることにした。
ウイントフークが何かに落ちている黒い石を包んでいる。

「こっちよ」と朝が人のいない道を案内してくれ、とりあえずはウイントフークの家に行く事になった。
そして私は、ふと忘れている事に気付く。

「あれ?片付けどうしよう。」
「ああ、ベイルートに伝えておく。」


ウイントフークはベイルートも持っていた携帯話石を取り出すと、連絡を取ってくれる。

私は「ハーシェルさん、アレ持ってないんですか?」と聞くとハーシェルは「あんなもの持っているのはお屋敷以外だとあの2人くらいだよ」と言っていた。

やっぱりお金がものをいうのか。




そのまま私達は、朝の後についてウイントフークの家に向かった。

途中で何度も朝が猫に声をかけられて、情報交換をしていた。
かなりの数の猫がいる事にも驚くが、いつの間にこんなに猫達に協力してもらえる体制を整えたのか、我が猫ながら恐れ入った。

今回の功労者は猫達かもしれない。実際男を追いかけている時、かなりの猫達がついて来てくれていたし先導もしてくれたのだ。

あと、多分引っ掻いてたよね??




「ところでヨル。眼鏡はどこにやった?」


家のような、店のような、いつものウイントフーク家に入ると開口一番そう問われたのだが私は全く心当たりが無かった。というか、言われるまで眼鏡をしていない事に気付いてすらいなかった。

「えーーー。と。覚えてないです…」
「お前…………。」

だって。必死だったし。猫めっちゃ足早いし!

いつから無いのかも、分からない。

仕方がないようなため息を吐いて、お茶の支度をしてくれる。
またあの糞を出しているのを見て、私はやっと、安心することが出来た。

あー、疲れた…………。


そしてそのまま寝落ちしたらしい。







目を覚ました私の目に映ったものは、白だった。

え?夢??


久しぶりの夢かと思ってボーッと見ていたら、白が動いて赤い目が覗き、危うく心臓が止まるかと思った。

!!!


白い壁だと思っていたのは近過ぎてよく分からなかったシンの髪で、振り返った瞳が1番に私の目に飛び込んできたのだろう。

私の目の前に座っていたらしいシンは目を覚ました私を見ると、いつもの無表情で少し離れ、向かいのソファーに座る。

シンがソファーに座った事で、ここがウイントフークの家だという事を思い出した。

私あのまま寝ちゃったんだね…………。


今が何時か分からないが、ハーシェルがいないところを見ると1度帰ったのだろう。ティラナを1人にするわけにはいかない。
ここは安全地帯だし、私を置いておくには丁度いいのだ。

とりあえずどうなったのか思い出そうとしていると、ウイントフークが来た音がする。
何故か分からないが私は反射的に目を閉じた。
寝たフリだ。



「どうだ?だから大丈夫だと伝えただろう?」

ウイントフークは多分シンに話しかけている。

私は殆どシンが話す所を聞いたことがないので、興味が湧いてきてそのまま狸寝入りを続ける事にした。

「そんなに心配なら何かくっ付けておいたらどうだ?」

「お前さんの事なら、もうやってるか。しかしこれからウィールに行かせるにしても、わたし達は動けないしな。何とかなりそうか?」


「ふん。まぁいい。そろそろハーシェルも来るだろう。どうする?」

ウイントフークばかり話していて、シンは全く喋らない。

当てが外れた私は寝たフリを止めて、起きる事にした。
しかし、目を開けると既にシンは姿が見えない。


「あれ?ウイントフークさん、シンは?」

「ああ、起きたのか。帰ったんだろう。あいつはいつも突然だからな。」


えー。いくらなんでも一瞬で帰れる??

私の疑問はウイントフークが向かい側に座った事で終わりを告げる。

事情聴取の始まりだ。


長くなると思ったのだろう、ウイントフークは私が飲み損ねた糞の用意をしてくれている。
その間に藍に頼んで身綺麗にした私はそのままお茶のできるのを待った。

するとタイミングよくハーシェルがやってきた。どうやらティラナを寝かせてから来たらしい。

て言う事は、まだその日の夜って事ね。

案外時間が経っていなかった事に驚いて、とりあえず座り直す。
保護者2人に責められるのは嫌なので、ハーシェルの隣に移動した。

これで大丈夫なはず…あ、ウイントフークの追求から逃れるにはあっち側が正解だった???



そんな事を考えているうちにお茶の支度も整い、事情聴取の場も整ってしまった。いつの間にか、朝がウイントフークの隣に座っている。

「さて…………。何から聞こうか?」

「何から話しましょう…………??」

どう話していいか分からない私は、聞かれた事に答えるスタイルをとる事にした。
これが一番楽なはず。


すると、最初に朝が口を開いた。

「始めは私が話した方が分かりやすいわ、きっと。」

「まず、猫達に依頼して色々調べてもらっているのは伝えてたわよね?それで石を集めている男の話が集まってきたの。」


沢山の猫から、色々な場所で石を譲ってもらっている男の話が集まってきた。
それを身体的特徴から整理すると、どうやら同一人物だという所に辿り着く。そして、その人物の特徴を共有したところ男の家が分かった。

今日も猫達は男の家を交代で見張っていた。
すると男は外出し、北の広場に着く。辺りの様子を伺いつつ、どうやら待ち合わせをしていたようだ。そして何かの受け渡しをした。
取引相手の方を別の猫が追いかけようとした時にあの小爆発が起きた。取引相手を狙ったように近くで爆発した為、袋が落ちて石が見えた。
それを朝が確認して、逃げた男を追いかけ始めた。

そこからは私が見た様子と一緒のはずだが、朝は私よりも先に男に追いついたはずだ。

男は家には戻らずどこに行こうとしているのか分からなかったけれど、とにかく人気がない暗い路地に向かっていた。
追いついて飛び掛かった所で、私が追いついたらしい。


「え?朝が飛び掛かったの??」
「まぁ私も飛び掛かった、と言うのが正しいかしらね。」
「危ないじゃない。ダメだよ、追い詰めるくらいにしないと!」

「依るに言われちゃおしまいね。」

なんだか他の2人も納得している風なのは、おかしい。

そして朝は続けて言う。

「おかしいのは、あの男。猫達の話によると、元からラピスに住んでいて、街の外れの方に一人暮らししているの。目立たない、地味な男で、でも調べ出してから少なくとも3件のやり取りをしてる。年間で言うと、かなりの数かもしれないわ。1人でやっているとは思えない。」

朝の言葉にみんなが考え込んだ。

ウイントフークは朝に男の名前や特徴を聞き出しメモをしている。ウイントフークは石に対する伝手を持っているので何か分かるのかもしれない。


メモをしまうとウイントフークは「今度はお前の番だ」という顔をして、私を見た。

ですよね…。分かってますよ。

私はお茶を一口飲むと、「どこから話しましょう?追いついてからでいいですよね?」と話出した。



正直、細かいところは抜けていたと思う。でもこっちは必死だったのだ。
とりあえず一通りの説明をして、質問を待つ事にした。

「えーと。まず気焔というのか?黄色の石の事だが。」

あなたそこしか興味無いですよね、逆に。

「はい。呼んだら出てきました。」

「ヨル。それじゃ説明になってないよ。確か、人形にする練習してたんだよね?」

「はい。呪文があって、それを唱えると出るみたいで。でも咄嗟には言えなくて、結局名前だけ呼んだんです。以前、森でも名前で炎は出ました。でも今回はなんでか、ちゃんと全部出てきましたね。」

大人達は何やら考え込んでいる。

「とりあえず、その呪文とやらを言ってみろ。」

「え?今ですか?…………多分出ないと思いますよ。本気出すと出るみたいですけど、普通の時はかなり疲れるんです。結構練習してたんですけど、最終的に全部は出せなくて…。」

「「全部出せない??」」


うん。首から上がなくてシュールだった、って言うのは何だか言いづらいね………。


正直まだ疲れが残っている私は気焔を出す事を考えるだけで、また寝落ちしたい気分になった。


「まぁ確かにそうホイホイ出すものでもないだろうしな。じゃあそれはまた今度として…。」

ウイントフークが諦めてくれたので、気焔のことはもう持ち出さない事にしよう。

今日はもう気力が無いのでこれ以上突っ込まれないように次の話題に行きたい。
私としてはあの時気焔が言っていたあのセリフが気になるけれど。それは後でこっそり追求しよう。


実は後から知った事だが、この日のウイントフークの追求があっさりしていたのは「目」が殆ど全てを見ていたからだった。
気焔が出るところから全て視覚での情報はあったので、あとは聞き取りが出来ればそれで良かったようだ。「目」は音は聞こえないが映像をそのまま送るまじない道具だそうだ。

それも欲しい。ちょっと怖いけどね。




「あとは何かありますか?」
「その気焔がどうやって男を石にしたのか分かるか?」
「…どうやったの??」

私は指輪の時も、男の時も詳しい事は聞いていない。

「どうなったのか」、は聞いたけど「どうやったのか」、は聞いてないのだ。

気焔は考えているのだろうか、暫く沈黙した後こう答えた。

「吾輩は炎の石だからな。燃やした、が一番近いかも知れん。」

「そっか。蒸発させた、って言ってたしね。」

「ん?蒸発?」

気焔の言葉は聞こえない、ウイントフークが即座に反応する。
目が怖いよ………。


「いや、本人は火の石だから燃やした、って言ってます。結果的に蒸発したんじゃないかと。」
「そうか…………かなり明るかったから、余程の温度なのかもしれんな。」

「明るかった??」

私が?を出したがウイントフークは既に自分の世界に入ってぶつぶつ言っている。

とうとう後ろの山の中から本を探し出した。


そんないつもの行動を気にする事なくハーシェルが私の疑問に答えてくれる。

「僕らが向かっていた時、ヨルがいる方がすごく明るく光ってたんだよ。もの凄い火事みたいにね。炎の石があるのは分かってたから、そうじゃないかと思ったけどかなり明るかったよ。人気の無い方の通りで良かったよ……見られなくて良かった。」


そういえば帰りも殆ど誰にも会わずにここに着いた。人がいない道を縫って連れて来てくれたようだ。
私は「見られなかった」という言葉を聞いて、思い出した事を口に出す。ちょっと引っかかっている事がある。

「あの、私いつから眼鏡をして無かったか覚えてないんですけど男と目が合ったんです。そうしたら元々気持ち悪い目をしてたんですけど、急に石も放り出してこっちに来て…………。正直、あの時咄嗟に「気付かれた」と思ったんです。見つかった、って。何でか分からないけど…。だからもしかしたら目を見られたのかなって。」

私の話を聞いていたハーシェルの手が止まった。 

襟足を掻いていた手が止まり、緑色が深くなった目がウイントフークを見ている。
ウイントフークもいつの間にか本を探す手を止めており、眉間にシワが寄っていた。

なんだかただならぬ空気だ。


「ちょっと待て。」

ウイントフークは再び別の棚に本を取りに行き、ソファーに戻って来る。
凄い勢いでページをめくるとお目当ての記述があったのか、あるページで指指しなぞり出す。
そして本をテーブルに置くと、いつもの小部屋から小さな箱を持ってきた。


彼が箱を開けると布で包まれたものが出て来る。黒い布。

何が入っているのか、でも良くないものの気がした。


朝が私の横に来て座り直すのを見てから、ウイントフークが布を取り中身をそのままテーブルに置く。

それはあの男の黒い石と、黄色の石だった。
2つ、入っていた。

もう一つはなんの石だろう?


私が黙ってじっと見ているとウイントフークは説明してくれる。

「これはあの男の石で、もう一つはラインのすり替えられていた石だ。」

そう言われてすぐにラインの石を取り戻した事を思い出す。ウイントフークが持っているはずだ。

「ウイントフークさん、ラインの石は??」
「それはまた別で管理している。これとは一緒に出来ないし、戻す前にチェックが必要だ。何をされているか、分からないからな。」

確かに。

ウイントフークが見てくれるのなら安心だが、もし何か石にあったらどうしたらいいのだろう。石に影響を与える事なんて出来るのだろうか。
頭の中でぐるぐる疑問が渦巻く。

しかしウイントフークの言葉で現実に引き戻された。

「この2つは忌み石だ。作り方は様々だが、手っ取り早いのは守り石として登録した者を殺す方法だ。黄色はそこまでじゃないから、事故死とかかもしれないが、黒の方は真っ黒だ。恐ろしいくらいにな。人化できるくらいにまじない力も込めなきゃならんが、元々の負のエネルギーが強い。そう大した力じゃなくてもきっかけが上手ければ発動する位のレベルだ。これはもう抹消するしかないが、少し調べてみる。」

聞くだけでもとてつもなくヤバそうな石だけど。

調べたりなんかして大丈夫なの??


すると朝がサラリと爆弾発言をした。

「その男、アンティルって名前らしいんだけど、今日もう家に帰ってるらしいわ。さっき下町の子が言ってた。匂いは違うけど、気配は同じなんですって。」


匂いは違うけど気配が同じ??


それが意味する事を私は分からない。

だが大人達の表情は一層難くなった。


「朝、本当に猫達も大丈夫?危なくないようにしてね。無理はしないで。」

とてつもなく危ない橋を渡っている気がして、猫達も心配になった。
朝は「猫は優秀なのよ」とか言ってるけど、得体の知れない怖さが忍び寄ってきている感じが拭えない。

「何にせよ、調べてみる必要はあるだろうな。そのアンティルを。そもそも元々の住人で僕が全く覚えのないヤツはそう多くない。逆に情報があるかもしれない。」

「もう…………みんな無理しないで下さいよ?」

真剣に言ってるのに、全員ジトッとした目で私を見るのは何故。
おかしい。


「それにしても。」

ウイントフークが言う。

元々「目」を私の所と広場に飛ばしておいたらしいのだが、アンティルともう1人が会っていた現場を見ていないのがおかしい。
「目」は通常くるくる指定範囲を警戒しながら映すものだが、まじないの反応があればそこを基本に映すのだそうだ。

アンティルがまじない石でてきていた、という事はアンティルを映していないのはおかしい、と言う。それ以外でも、「目」にはアンティルの家が見つけられなかったのに猫には見つけられたりと、自分のまじない道具の成果に納得がいってないようだ。

「でも、「目」がアンティルの事を知らなかったなら家は見つけられませんよね?」
「いや、朝に情報共有された後なんだ。それでも奴に撒かれている。」
「じゃあ隠形の術でも使ってるんじゃないですか?」

忍者かよ、と私は自分で突っ込みを入れていたがウイントフークは止まっている。どうしたんだろう?

「まじないには見えなくて猫には見える…」とブツブツ言っている。

「朝はどう思う?」と私が聞いているとウイントフークがハーシェルにコソコソ話をしている。

まぁこの距離だから、聞こえるけどね?


「もしかしたら、別のところかも知れんぞ。厄介だ。本家なら、わたしが知らないはずがないからな。」
「?どう言う事だ?お前が把握していないまじないがある、という事か?」
「そうだ。もしかしたらもしかするかも知れん。」

「…………そうなると。考えたくないな。」
「ああ。しかも最悪見つかっている可能性がある。情報伝達機能が無いか、調べる必要がある。もう帰れ。」


あれよあれよという間に緊張感が走り、私達はお暇する事になったようだ。


「何か分かったら…………」

「ああ。すぐ知らせるから、これを持っていけ。」

ウイントフークが石をポンと投げてよこす。
多分、携帯話石だ。

そんな高いものをポンとやっちゃう程ヤバい状況?!

あまり考えたく無いな…………。



いつもの狭いガラクタの通路を通り、外へ出る。

とりあえず私達はウイントフークの邪魔にならないよう、もう夜も遅いので急いで帰った。



帰り道、空を見上げる。

もうすぐ空が紺色になりそうだ。





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