透明の「扉」を開けて

美黎

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5の扉 ラピスグラウンド

オープンと捕り物

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「ヨルの髪色だが。」


そうベイルートが切り出した時、自分でも驚くほど彼に対して身構えた。

ベイルートもそれが分かったのだろう、
「心配するな。誰にも言わん。」
と少し自分より下にある私の目を見てしっかり言った。

「俺も同じようなものだからな、」とも。


ベイルートはラピスでも珍しい多色の髪を持つ男だ。
街一番の商家の生まれで、親の力もそこそこある。中央屋敷との取引もあり立場が安定しているからだろう、小さい頃からこの髪色を隠す事なく育ってきたそうだ。
狙われる事もあったかも知れないが、何しろ目立つ髪で後ろ盾も大きい為、攫ったところで利が大きいとは限らないだろうと本人も言う。

ラピスは治安がいい方だし、もう既にデカい大人だしな。

私も背は低くないが、ベイルートはもう少し大きい。大きなまじない道具でも使わない限りは、攫うのは現実的ではない。


そんなベイルートはどうやらヨルの髪色に気がついて、心配をしていたようだ。自分の幼い頃を思い出し心配したのだろう。
害意がない事を彼のグレーの瞳から見て取ると、ホッとため息を吐く。


「そこまで警戒しているのか。あの娘は何者だ?どこから預かっている?」

話していいものか。

まだ判断しかねる。ウイントフークはただの研究馬鹿で、旧知の中だから明かした。
ベイルートは知人、という程度。まだ何もいう事はできない。
そもそも、予言について知らなければヨルの危険性は理解できないのだ。


私が何も答えない事を予想していたのだろう、ベイルートも息を吐いて私の肩に手を置いた。

「何かあれば、力にはなる。」

そう言って彼は深緑のジャケットの背中を向け、帰って行った。

その姿を見ながらこの位の暗さなら彼の髪も濃い紺色に見えるのだな、と頭の片隅で考えていた。












「うわっ!寝坊したっ!」

ベッドからガバッと起き上がって叫んだ私はすぐにいつもの癖で窓の外を見た。

あら、寝坊じゃなさそう。


空は白の時間が終わり黄に差し掛かる所だろう、だいぶ明るくなっている気がする。

そういえばラピスに来てからほとんど寝坊した事ないな。

起きてすぐ「寝坊!」と思ってしまうのは、あっちの世界の癖だろうか。
ここでは割と時間がアバウトな為、あまり寝坊する、とか約束に遅れる、という感覚がない。
とにかく起き出して、身支度をする事にした。

今日はカフェのオープン日だ。



藍に髪を綺麗にしてもらって、カツラをかぶる。

お風呂に入らずにスッキリする方法を私はウイントフークに伝授してもらっていた。
終始カツラをかぶっている為、ムレを恐れた私はウイントフークがいつも徹夜で部屋から出てくる時にスッキリしている事を見逃していなかった。

だって、あの部屋にお風呂が備え付けられているとは思えない。


やり方を聞くと、水の石とまじない力があればできるとの事だったので藍に頼んで早速実験した。そして想像よりだいぶスッキリするこの方法で、蒸れる前に実行する事にしている。
うちの家系はみんな髪の毛は多いけど、念には念を入れておきたいものである。

髪をスッキリさせて、編み込みにすると制服のスカートとブラウスに着替えて下に降りる。眼鏡は家を出る前でいいだろう。
正直眼鏡には未だに慣れなくて、ずっと掛けていると頭が痛くなるのだ。あの、トンボが目の前をくるくるさせられているような気分になる。

眼鏡を居間のテーブルに置くと、今日も朝食の支度を始めた。キティラとの待ち合わせは水の時間だから、余裕はある。
たまにはのんびり朝食にしようっと。


夏の終わりの祭りも終わって、季節はだいぶ秋らしくなっている。雪はほとんど降らないらしいが、季節の移り変わりは同じだと前に教えてもらった。
でも、聞いた感じだと冬が短いように思う。雨もあまり降らないし、ラピスは本当に過ごしやすいと思う。

暑さが過ぎ去り、野菜の管理もしやすくなってきた。台所で野菜を漁る。

夏が終わり、葉物野菜が少なくなってきて根菜の季節になってきた。実は根菜類はあまり色が奇抜ではないのだ。
スープに根菜類をたっぷり入れて、彩りの良い葉物を少し散らせばとても美味しそうなスープができる。

冬は落ち着いた料理が食べれそうだな…。

夏は食材の全てが主張している気がして、元気は出るけど結構食卓が煩いのだ。夏バテしたら、余計に疲れそうである。
多分、そんな事を思っているのは私だけだけど。



朝食を作り終えて、居間でお茶を飲む。
ダイニングはまだ少し暗いけど、居間は朝から光が入ってとても爽やかだ。

2人が起きてくるまでのんびりと過ごそうかと、窓の外に目をやると窓から見える家の際に生えた細い木が風に揺れるのが見える。

揺れる葉を見ながらお茶を飲んでいると窓のちょうど下にあるハーシェルの机で光っている石があった。
話石が光っているのだが、あれは多分…ウイントフークの物ではなかろうか。

私は直接話石を使った事がない。
ただ、気になる事があったので躊躇いなく話石に手を触れて持つ。

「んん?ウイントフークさん?」

するとモコモコと話石から透明な煙のようなものが出てきて、そこにはウイントフークの姿があった。多分、この時間だし昨日からそのままなのだろう。
ある意味いつものウイントフークの姿が確かに見えている。ただ、何だか透けているけれど。

「なんだ、ヨルか。ハーシェルはまだ寝てるのか?」
「いや、音がしてるからそろそろ降りてくると思いますけど。ところでウイントフークさん、ラインの石の事なんですけど!取り替えてくれました?まだです?」

「ヨル!何だそれは?!?」
「え?」

「何だ?どうなってる??」


振り返るとハーシェルが緑の瞳を大きく見開いている。

半分怒ったようなハーシェルが近づいて来るのと、ウイントフークが「何だ?どうした?何故ハーシェルが見える?」と2人が同時に焦っているので、私は「怒られる!」と反射的に長椅子の後ろに隠れる。

全然隠れられていないけど。


「ウイントフーク、僕が見えるか?」

さっきよりも少し落ち着いてハーシェルが訊ねる。

「ああ。これは何だ?こっちは普通に話石で連絡を取っただけだぞ??そっちはどうだ?」
「こっちも普通の話石だよ。ただ、お前の姿が浮かんで見えているだけだ。そっちもか?どのくらい見える?」

話石の上に浮かんだモヤモヤはウイントフークの肩上を映し出しているが、半透明のような感じで向こう側が透けて見えている。
ウイントフーク側も同じ状況なのか、ハーシェルが確認し始めた。

2人がその状態を検証している間、私はきっと石のせいだと思いみんなに確認する。

「ねぇ。何あれ。誰か何かした??」
「いいえ。わたしは何もしてないけど、強いて言うなら宙かしらね。」

「うん?宙?」

藍が言うには石たちは全体的に力が強いので、誰がどうやったという事ではないらしいが強いて言うなら「姿を現す」作用が出るのは宙のせいらしい。

「そういえば夢の中でも色々見せてくれたもんね。」
「そうですな。しかしわたくしもあの石でこの様な作用になるとは思いませんでしたな。」

宙も予想外だったようだ。

ま、とにかく透けてるTV電話みたいなもんかな?


私は自分の疑問が解決したのでスッキリ振り返ったが、そこには全くスッキリしていない2人がいた。

んん?2人とも顔が険しいぞ?

「ヨル。で、何だって?」

私が石たちと話していたのが分かったのだろう、ハーシェルに問い詰められる。いつの間にかウイントフークが身綺麗になったように見えるのは気のせいだろうか。

「いや、石たちもハッキリとは分からないらしいんですけど、このうちの一つ、この緑の石のせいじゃないかって。」
「ふむ。ヨルの石のせいならまぁ…………しょうがないか。…………?」

お父さん、まだハテナが出てますよ…………。

しかし、ハーシェルも原因がわかったのである程度安心したらしく、しかも石のせいならどうしようもないので結局「ヨルの石だからな。」という一言でウイントフークにまとめられた。

あんなに騒いでたのに?私ビックリ損じゃない??


とりあえずウイントフークの提案で1度話石を切り、再度ハーシェルが応える事で映像が出ない事を確認し、また私が持つと具現化する確認が終わるとやっと気が済んだようで私が質問する機会がやってきた。
どうしても、ラインの石がきちんと取り替えられたのか確認しなくてはならない。


「で、どうなんですウイントフークさん。取り替えてくれました?」
「おい。いつの話だと思っている。個人の石はそうそうホイホイ取り替えられるものじゃない。今日石が揃うから、取り替えに行くが万が一合わない場合もあるからな。まぁわたしが揃えたものだから大丈夫だとは思うが。」

そのまま何やらぶつぶつ言っているウイントフークを見ながら、ホッと息を吐く。
良かった。

とりあえずはウイントフークに行ってもらえば大丈夫だろう。

その後はハーシェルに「2人で話す」と居間を追い出され、仕方が無いので朝食のお皿を並べていたら、ティラナが降りてきたので2人で先に朝食を食べた。



少ししてダイニングに現れたハーシェルに「後でオープンしたカフェに寄る」とウイントフークが言っていた事を伝えられる。
ハーシェルも覗きに来ると言っているので、何だか父兄参観みたいで恥ずかしいがお客さんが増えるのはいい事だ。特に宣伝しているわけでは無いので、初日にどの位の客が来るのか全く予想出来ない。全然来ない事だってありえる。

不安と期待半分半分で、私はキティラとの約束の時間よりだいぶ前に家を出た。





「あれ?おはよう!早いね?」

私が北の広場に着くと、既にイオスとキティラが準備を始めている。

さすが、気合が入っている。

まだ広場に人の姿は見えないが、私達は今日初めて店を出すので準備しすぎという事はない。

早速私も2人に加わり、備品の支度を始める。 イシンが作ってくれたお菓子を並べる棚などは今日持って来た為まだまだやる事は多い。
店の裏に片付けられているテーブルや椅子も並べていく。

「ねぇ。これってどこまで場所使っていいのかな?」
「うーん。あんまり広げすぎても通る人の邪魔しちゃうよね?どうしようか。」

「キティラ、こっちちょっと押さえててくれ。」


うーん。

私が腕組みをして悩んでいると、「どうした?」とタイミング良く声が聞こえてきた。

やった!ベイルートさんだ!


「おはようございます!あの、これってどこまでスペース使って大丈夫ですかね?」

「まぁこの辺だろうな。とりあえずは3つか4つでどうだ?」

ベイルートはテーブルを置く範囲を指しながら、空間石を出す。
そのまま店の壁にまた扉を作ってくれた。この前、大事なものはここに片付けたからだ。


私がウイントフークに空間石を強請るのを忘れた!と思っている間に、イオスとキティラはテキパキと扉から物を出していく。

私はスペースを指定されたのでテーブルセッティングだ。クロスをかけて、小さなメニューを置いていく。クロスもレモンイエローで統一され、垂れ下がっている部分に青いラインが入っていて、とても爽やかだ。
これもイオスの母親が縫ってくれたらしい。


お母さんが頑張っている姿を想像して、ニコニコしながら作業しているとベイルートがそばに来て話し出した。


「あの後、大丈夫か?」

「?」

一瞬、何を質問されているのか分からずにキョトンとしてしまったが、すぐにベイルートが心配してくれていたのだと理解した。

嬉しくなって「ありがとうございます、心配してくれたんですか?」と満面の笑みで答えると、ベイルートはフンと鼻を鳴らしながら「お前がいないとカフェの改善点が挙がらないからな。今日でまた出てくるだろう。」なんて素直じゃない事を言っている。

「ありがとうございます、ベイルートさん。お陰様でスッキリしましたよ。ちゃんと紙にも書いて無理しないようにします!」

「そうか。ならいい。」

グレーの瞳を満足そうに少し細めると、ベイルートは他の店にも見回りに行った。

そろそろ他の店も準備が整ってきたようだ。私達の珍しい店をみんながチラチラ見ているのが分かる。

だよね…………。珍しいよね。


勿論、店の前にテーブルや椅子を出しているのはイオスの店舗だけだ。そして他の店は大体青系統の色をしているので、レモンイエローのこの店はそれだけでもすごく目立つ。
そして店の前にはお揃いのクロスで飾られたテーブルセットが4つ。とりあえず4つにした。
正直これ以上だと回せないだろう、という意図もある。
何しろ初めてなのでどう出るのか全く分からないからだ。


少し離れて全体を確認する。

うん。可愛い。

満足した私はカフェの給仕の仕方を擦り合わせる為、2人の所へ戻る。


その時はまさかあんな事が起こるなんて思っていなかった。









ヤバい。めっちゃ混んでる。

お昼前には北の広場にはかなりの人が集まっていた。
元々飲食の屋台も出るのでお昼時は人が集まるのが北の広場だが、どこから聞いたのかイオスの店がオープンする事を知って来てくれる人がかなりいたのだ。


「次これお願い!」

「3番片付けます。片付けたらすぐご案内しますね。」
「洗い物溜まってきたよ!」

リアルに戦争になってきた。


カフェを並んで待ってくれている人もいる。

私達もどんどんお客さんを回していくが、どうしてもカフェは待ち時間が発生する。
しかし楽しみに来てくれた人に、時間指定をするのは私は好きじゃないし、基本的にラピスの人は皆周りに気を使うのである一定の時間では回転していく。

それでも行列に関してはどうしようも無いので、並んでくれている人に持ち帰りも勧めながらそれでも希望する人には待ってもらっていた。

しかし、忙しいのは変わらない。カフェの回転はそこまで早くないので持ち帰りの方はイオス1人で捌いている。
カフェで給仕をするのがキティラ。
私は待っている人に声をかけたり、藍に頼んで洗い物をしたり、資材の補充をしたりする雑用を一手に担っている。

事前に試した結果、まじない力が強い私が洗い物担当や他をカバーする仕事をした方が効率がいいと判明したからだ。


各々自分の仕事を精一杯していると、ベイルートが覗きに来る。

「ちょ、ベイルートさん、助っ人欲しいです!」

お腹が空いて力が出なくなっていた私は、すぐにベイルートを捕まえた。

休憩できないなんて、ブラックだよ!
ベイルートさん!


「む?確かにかなり予想を上回っているな。ちょっと待て。」
「?」

ベイルートは話石を出すと多分ウォリスに連絡を取っている。

話石って外では使えないんじゃなかったっけ??

私の顔を読んだのか、ベイルートは「まぁ、まじない力と金があれば大概の事は何とかなる。」と言った。
社長が、黒い。



「もう少し頑張れ」という社長の気休めに近い激励を受け、何とか応援が来るまで頑張った私達はベイルートが派遣してくれた助っ人が来ると交代でお昼休憩を取った。
ってもご飯を軽く食べただけだ。

しかし在庫がかなり減って、空いた商品棚とゴールが見えていた私達はやり切る為に頑張っていた。

でも助っ人が来てからはだいぶ楽だったけどね。


そういえばあの2人には悪い事しちゃったな…是非寄って行って欲しかったけど。
しょうがないよね‥。


実はイオスやキティラの家族、ハーシェルとティラナやルシア、ウイントフークなどいろんな人が様子を見に来てくれたのだがこの混雑を見て気を使って顔だけ見て帰っていた。
本当はお土産も渡したかったが、そもそもこれだけ混んでいるので在庫が足りなくなるといけない、とみんな遠慮してくれていたのだ。

そして、ウイントフークは「ラインの石はきちんと取り替えた」という伝言と謎のまじない道具だけ置いて行った。

そのまじない道具は小さなまじない石を核とした丸いボールのような物だ。
ウイントフークは「目だ。」と言っていたが何の事やら全く分からない。とりあえず言われた通りにちょっと力を込めてその辺に転がしておいた。なんだかよく分からないが、これでいいらしい。



そうして「さて、そろそろ店も終盤だ」という頃に、それは起こった。





ん?

ふと目の端に映ったものが動いた気がして上を見た。

すると、ウイントフークが持ってきた「目」が2つに増えている。

「ん?なんで2個?」と言っているとその2つがくるくる回り始め何だかワタワタしているように見える。
どうしたのかな?と思っていると、朝が走ってくるのが見えた。

「ヨル!アイツよ!」

その瞬間「ドンッ!!!」とお腹に響く音がした。

「え?なに?」

広場の反対側で悲鳴が上がるのが聞こえる。
その瞬間私は走り出していた。

ちょっと振り返り、イオスとキティラに「ここにいて!」と言い残す。助っ人がいるから大丈夫だろう。
朝を追いかけなければ。

朝は「アイツ」を見つけたのだろう、爆発があった方に走って行った。私が振り返っていたので、もう見えない。

「ヤバ。早く行かなきゃ。」見失ってしまう。
一瞬、自分が追いかけてもいいのか迷ったが朝が私を呼んだという事は大丈夫!と自分に言い訳をし、音がした方へとにかく走った。


中央の花壇を越えて丁度反対側、少し煙が出ている所に人だかりが出来ている。

「大丈夫」
「擦り傷だ」
「他に怪我人はいないか?」

叫ばれている声を聞いて、大きな怪我人などは無さそうな事を確認すると、私は朝を探し始めた。

「朝!」

「依る!こっちよ!多分石を持ってる!気焔に確認させなさい!」

私に知らせながら人混みの中からするりと出てきた朝は路地に向かって走り始める。
すると何匹かの猫がそれを追いかけ、先に路地で朝を待っているような猫もいる。

あっちだ。
そのまま走り出す猫達を追いかけ、走った。




どんどん坂を下っていく猫達を見失わないよう、全力で走る。猫は早い。
もう朝はだいぶ先に行って見えなくなっている。

「どこまで行くの?!」

勿論返事は無い。全力で行くしかない。
ラインの石の事を思い出し、足に力を込めた。

くっそ、絶対捕まえてやる!!!



そのままいくつもの道を曲がり、「こんな所通る?!」と言いながらも狭い路地を抜け猫たちの後を必死で追いかけると人影が目に入った。

いつの間にか少し暗い路地に入っていたようで、顔は見えないが男だろう、猫達のミャーミャー言う声と「イテッ」と言う声が聞こえる。

「依る、ストップ!!」
「朝?!」

その声に弾かれたように男がこちらを向いた。


薄暗い路地でその目だけがはっきりと見える。
纏わり付くような視線だが空虚な瞳。
値踏みするような茶色の瞳にギラリと光が宿ると、本能的に「まずい」と感じる。

   見つかった。


一瞬何故かそう思って踵を返す。

まだ十分距離はある、逃げよう!

走り出すと見ていないのに男が追いかけてくるのが分かった。
まるでさっきの絡み付いてくる視線がそのまま迫って来るように感じる。

アレに捕まると、まずい。

「赤ん坊の気配がありますぞ!」

その宙の声で私はピタッと止まった。

即振り返ると男が人ではないような顔をして迫って来るのがスローモーションのように見える。

ヤバい!でも多分スローじゃないんだよね??

一瞬頭によぎった都合のいい考えを捨てると宙が叫ぶ。

「朝どの、袋を!!」
「こっちは任せて!」

朝が駆け出すのを視界の端に移すとすぐにまた私は踵を返す。その時、腕に痛みが走った。
腕をギュッと絞られて後ろに引かれる。


ヤバい!捕まった!

「気焔!!!!!!!」

とにかく何も考えずに全力で気焔を呼んだ。

今までで一番、大きい声で。


瞬間、視界が黄色の光で包まれ捕まれた腕の感覚が消える。
薄暗かった路地が明るくなりその、目の前を覆った眩い大きな炎は少しずつ勢いを増しみるみるうちに形を変えて行く。 

段々と轟々音がし始めた炎の勢いは止まる事を知らない。

男も何も見えない状態で「それ」を見つめていると、形が整い出した「それ」は言う。

「気焔万丈!ナヴァラトナのフェニックスとは私の事!全ての不浄を焼き尽くす、気焔の石!」

全身が燃え上がるような人の形をとった「それ」は纏う炎を更に大きく燃え上がらせ、素早く男に向かって飛ぶ。
炎に照らされた男は「それ」を信じられないような目で見つめながら後退りしていた。


その瞬間。



瞬く閃光と共に、一瞬目を開けていられないような強い炎が視界を覆う。

反射で目を瞑ったその後、瞼が暗くなった。










「依る。」

落ち着いた朝の声で、目を開ける。


「あんたよくこの状況で目を瞑っていられるわね。」

呆れたような朝の声を聞くと、ピンチが過ぎ去ったのが分かった。

捕まれた腕を見下ろし、何もない事を確認する。

気持ちの悪い感覚だけが、まだ残っているような気がした。痛くはないが少し青くはなっている。



「吾輩、大活躍でござるな。依る、お主肝心な時に呪文も唱えず、何してる。」

え?

気焔の声だが、後ろから聞こえる。

振り返るとそこにはまだ黄色の炎を身に纏った透けている青年の姿があった。


「もしかしなくても、気焔??」

そう訊いた私に「いかにも。」と答えた気焔はきちんと首が付いていた。

「良かったあぁ~。頭がある。」
「第一声がそこか。お主色々忘れておるな。」

確かに。

言いたい事、聞きたい事は色々あるけどとりあえず全身出せて良かったよ…………。



きちんと人の姿になった気焔は青年と少年の間のような姿をしていた。

スラリとして程よく筋肉がついた身体に短い髪。ハッキリとした顔立ちに黄金の瞳がキラリとしている。透けているので色に関しては殆ど判らないが、瞳だけは何故か黄金色なのが分かった。

何故かアラビアンナイトのような格好をしているので筋肉質なのがよく分かる。ヤンチャな青少年、という雰囲気だ。

そして私に近づいてきた気焔はくどくど文句を言い始めた。
なんだかこの話し方と、見た目が合わない。


「大体依るは肝心な時に呪文を忘れる。お陰で吾輩透けとるでないか。呼ぶのも遅いんじゃ。」

「えー。それに関してはごめんとしか言いようがない…………。ていうかちゃんと唱えれば透けない訳?」

「名前を呼んだだけでこれだけの状態だからの。多分人と違いは分かるまい。」

何それ………。失敗した。
何はともあれその場にヘナヘナと座り込んだ私はそのまま質問をしていく。


「ね、あの人は?どこ行ったの?まさかまた…………」

この前は指輪を蒸発させたんだよ、この人…。

「ああ、アレじゃ。」


気焔が指した所にあったのは、黒い石ころだ。

「?」

石畳の上に落ちているは、何の変哲もない石に見えるのだけれど、禍々しい空気を放っていた。
近づくとそれがよく分かる。

「触るな。」と私がちょっと蹴ってみようとすると、気焔に止められた。


「ウイントフークがもうじき来る。それまで待て。」

「え?ウイントフークさん?なんで分かるの??」

「あれじゃ。」

気焔は上を指差す。

見上げると、「目」がくるくるしていた。
気焔曰く、もう一つがウイントフークを呼びに行っているらしい。

そして私は1番大事な事を思い出した。

「石!ライン!朝?!」
「ここよ。落ち着きなさい、もう。」

飛び上がるように立ち上がった私を呆れた目で見ている朝。

「良かった~…」

朝の口には布の袋が咥えられている。
宙が言っていた袋がこれだろう。気配がしたと言っていたので、ラインの石が入っているに違いない。


ハァーーーーーー。

今度こそホッとして座り込んだ。

あれ?結局黒い石は?

「気焔、で、結局何したの?まさか………またやっちゃったの??」

「吾輩は飲み込んだだけじゃ。したら石になりよった。思うにアレは元々石だと思うぞ。」


「ええ??」


そんな事あるの??と思ったけど、目の前の気焔が人になれるんだからありえない話じゃない。
でもかなりのまじない力が必要とかそんなような事だよね?
って言うか今は難しい話自体が無理…………。


もう~、頭がパンク…………と思っていたら数人の足音がした。立ち上がる気力は、無い。


「気焔、誰か来た。ヤバい。」
「ああ、ウイントフークじゃろ。どうせあれこれ言われるのだ、吾輩このままの方が良かろう。」

そりゃ質問攻めになる事を考えれば本人がいる方がいいだろうな、と思っているうちに保護者たちが到着した。



ハーシェルとウイントフークだ。

2人を見て脱力した私は、今度こそ気が抜けてその場に寝転がったのだった。

もう、お行儀とかどうでもいい。

そして、なんで気焔はアラビアンナイトなわけ???



そんな呑気な事を思いながら、これから始まる現場検証を想像して、またちょっと疲れたのだった。








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