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5の扉 ラピスグラウンド

石探偵 ヨル

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次の火の日にベイルートさんの所に行かなくちゃいけないから、テレクさんの家にはその前に行きたいな。


ウイントフークの所から帰ると、少し心配していたのだろう、ハーシェルに入り口で出迎えられた。やはりいくら姿を消しているとはいえ、気になっていたようだ。
「無事帰りましたよ。」と姿を見せて、安心してもらう。安堵の色が浮かんだ緑の瞳を確認すると、早速帰り道に考えていた事をお願いした。
意外と忙しい私は近いうちにテレクの家に行けるように早目に話石で連絡を取って欲しいのだ。


「へぇ~。色々あるんですね!」
「テレクの家だと、これだ。」

ハーシェルが持ってきた箱には話石が沢山入っている。沢山と言っても10個くらい。
大小様々な色形の石たちが箱の中に鎮座している。よく使うものは居間の隅にあるハーシェルの机の上に乗っているのだが、あまり使わないものは箱に入れて、見える所においてあったらしい。全然気がつかなかった。

ハーシェルがテレクの家の石を取り出して、テーブルに置く。

「これって、家の分だけ数があるって事ですか?凄い数になりますよね??」
「いや、石にもよるけど1つにいくつか登録できる。近い家を何軒か登録するんだ。まぁ殆ど連絡を取らないような家のは無いけどね。」

交流がない家の連絡を取りたい時は基本的に伝言らしい。ハーシェルは教会の神父の為、これでも話石はかなりの数なんだそうだ。

「普通の家は多くても登録が20件あれば間に合うだろうから、石も多分3~4個の家が多いと思うよ。」
「はぁ~。面白いですね。」

いやいや、テレクテレク。
我に帰った私はハーシェルにお願いする。結構すぐに繋がって、テレクの所には地の日に行く事になった。明後日だ。


とりあえずの予定は決まったので、明後日まではカフェの必要な備品を細かく書き出して確認したり、お祭りで着たスカートに刺繍を加えて制服として着れるようにしたり、カフェで使うエプロンを作ったりした。エプロンはキティラの分も作って、とりあえず2枚あればいいだろう。洗い替えが必要かどうか、混み具合にもよるかな?
どの位お客さんが来るか、楽しみだなぁ~とカフェの事を考えていられる時は楽しいのであまり悩まないように地の日迄は過ごしていた。

そう、暗い顔はいかんのだ。


それにプラスして、私は気焔の呪文を唱える練習も少しずつしていた。
ウイントフークに話をした時、まじないについては使い慣れている方が力が出しやすい、と聞いたからだ。特に呪文を唱えるものについてはそれが顕著に現れるようだ。基本的にはまやかしのハーブで隠れて行動する事にしているが、いつ何時ハーブが切れたり、アクシデントがあるかは分からない。
気焔が呼べたら、助かることは多いのだ。それは自分以外の周囲の人間の負担も減らす事になる為、私にとっては喫緊の課題でもあった。
そして今日も唱えるのである。


「でもさ、あんまり変わらないよね。もうちょっと、ポンと出てこない??」
「気合が足りないのではないか?」

そんなやりとりを数日している。
まぁ気合い以前に便利な番犬扱いしようとしているのは確かだけどさっ。

あと、地味に気焔の首から上が無い事を私は申し訳ないと思っている。単純にどんな顔なのかも気になるが、いつまでも首なしと言うのは、あまりにも可哀想だ。一応、凄い石っぽいし。こんな扱いしていいのかっていう…………。

少しずつはマシになっている、という他の石たちの励ましを受け毎日練習だけはしておいた。
いざという時に手だけでも出れば御の字だろう。



そして地の日。
私は朝から出発準備をしていた。出発準備なんて言うと大袈裟だが、テレクの家は今までの行動範囲よりも少し遠い所にあるのだ。
ラギシーの葉も念の為4枚持った。テレクの家は農家の為、門の近くに家がある。勿論場所も知らないので案内係が必要だが、実はそれは朝が引き受ける事になっている。
ハーシェルやウイントフークの所に行ったり、元々街をウロウロしていた朝だったが既に頭の中に街の地図が出来ていて「大概の所なら案内できるわよ」と言っていた。いつの間にかできるネコになっていたようだ。


「じゃ、本当に気をつけるんだよ。真っ直ぐ行って、真っ直ぐ帰ってくるように!寄り道厳禁。途中で何かあっても首を突っ込まずに帰ってきてから報告する事。必要なら僕が行くからとにかく真っ直ぐ帰ってきなさい。」

ハーシェルが真っ直ぐ真っ直ぐ言っている。
珍しく家でも僕と言っている所からして、相当心配しているようだけど、一昨日もちゃんとウイントフークの所に1人で行って帰ってきたのに。

「イマイチ信用無いですよね?大丈夫ですよ。ウイントフークさんの所も大丈夫だったでしょう?」
「今回下の方まで行くからなぁ。僕も行けたらいいんだけど、今日はお屋敷の予定もあるし…」

テレクの家が門の近くなので、本当は一緒に行くつもりだったらしいハーシェル。だが、私は元々1人のつもりだったので「絶対真っ直ぐ帰りますから。」と念を押し、念を押されて、やっと出発に漕ぎ着けた。

お父さん、長いよ家出るまでが。




テレクの家は本当に東門のすぐそばにあった。東門までは割と真っ直ぐ坂を下って行くだけだ。ラピスは基本的に道が細くてくねくねしているが、よっぽどよそ見していなければこの真っ直ぐは迷いようがないだろうと思う。朝も、殆ど振り返らずに進んでいた。私を案内しているという事を、忘れてるんじゃなかろうか?と何度か思ったほどだ。

ここら辺の家の中ではかなり青い石が使われているその家は、中程度の平屋で入り口の扉の前には多分野菜であろう鮮やかな苗が規則正しく鉢に植えられている。テレクの家は大きい農家で、畑を管理していると言っていたのでこの大きさなのだろう。周りの家々は白くてテレクの家の半分くらいの大きさの家が多かった。
そしてこちらの家は表札がない。と言うか、所謂東京、埼玉のような都会ではなく田舎なのである意味皆がどこに住んでいるのか、住民は大体知っているのだそうだ。細かい所はそれぞれ家の前に何かしら目印があって、テレクの家であればこの綺麗に並んだ苗だ。目印が苗なんて、分かるかな?と思ってだけどすぐ分かるね、これ。
何故かと言うと、あのカラフルな野菜の苗もやっぱりカラフルでしかも小さいのでとても可愛いのだ。小さくて可愛い苗が、規則正しくカラカラカラカラ~っと並んでいる様はとても綺麗で可愛らしい。
それ以外にもこの辺ではこのくらいの家の大きさが他にないので、「その辺りでは大きくて青い家」と言われていた私はすぐに分かった。

一応朝の案内では来たけれど、これなら1人でも分かるだろうと私は少し気が大きくなる。フフン。でもきっと他の家だと見分けがつかないかもしれない。どこら辺が目印になるのだろうと、似たような家が並ぶ辺りを見渡して違いを見付けようとしていると家の扉が開いてテレクが顔を出した。
あら、約束の時間だったみたい。


「いらっしゃいヨル、1人で来たのかい?」
「あ、おはようございます。ええ、朝も一緒ですけど。」

ついでに言えば、ラピスでは私くらいの年齢であれば昼間に1人で出かける事は普通だ。ティラナでも、近くなら大体許される。大人でも、女性の夜の一人歩きは推奨されないが危なすぎるので絶対にダメ、という程でもない。その辺は元の世界とあまり変わらないと思う。
ただ、私の周りが私に対して過保護過ぎるのだ。ハーシェルもウイントフークも何をそんなに心配しているのか知らないが、私だってもう小さな子供じゃない。知らない人にはホイホイついて行かないし、危険がありそうなら逃げたり叫んだりできる。多分。

「ホント過保護なんだよなぁ~。」
「え?とりあえずどうぞ?姉さんも待ってるよ。」
「あ、はい。すいません、じゃあお邪魔します。」

テレクにとっては私が1人で来ても不思議ではない。そのまま家の中に案内してくれた。


実はラピスに来て、普通の家に入るのは、これが初めてだ。ウイントフークの所が普通の家だというのは断固として否定したい。あれは、別。

私はちょっとワクワクしていた。
この辺では大きいテレクの家だが、レベルで言えば一般家庭という所だろう。ちょっと大きめの平屋の丁度真ん中に位置する玄関扉を開けると、少し広い空間があって左右に大きめの扉がある。
他所の家なので不可能だが、物件大好きな私は正直全部の部屋を案内して欲しいな…と思っている。きっとどちらかに水場がまとまっていて、どちらかが居住空間になっているはずだ。どっちかな~と考えていると、

「こっちだ。どうぞ。」
「あ、失礼します。」

右の扉に案内された。

右の手前の扉に入るとそこはダイニングになっていた。て事は、こっちが水場か。

スッキリしてあまり物がなく綺麗に整理されているその部屋は、奥に台所が見え仕切りも兼ねているのか間に野菜がぶら下がっている。あの、よく田舎の軒下などで見るやつだ。元々カラフルな野菜たちが、吊るされて少し退色しており私には馴染みやすい色になっている。干しても美味しそうだな、と思っていたらマリアナが野菜の後ろからお茶を持って出てきた。いや、台所だ。

「ごめんなさいね、こんな所まで来てもらって。本当にありがとう。」
「いえ。見つけられるかどうか、分かりませんが出来る限り調べてみますね。私も気になるし…………。」

椅子を勧められ、座るとマリアナも向かいに座る。この前よりは顔色が良くなっているようで安心した。話をして、気分が少しでも晴れたならいいんだけど。
マリアナはそんな私の顔を覗き込むように声を潜めて、チラリとダイニングの端を見る。あの角にあるのはベビーベッドだろう。

「今さっき、寝た所なの。ちょうど良かったわ。何か、いつも使っている物とかでいいのよね?」
「はい。何でもいいんですけど、できるだけよく使う物で且つ少しの間無くても構わないものなんてありますかね?」
「これでいいと思うわ。さっきまで付けていたけど、まだ汚してないから。」

マリアナが用意してくれたのは、赤ちゃんのよだれ掛けだ。確かにこれなら、めっちゃ匂いしそう。
朝も私の手元のよだれ掛けを見て「それはいいわね」と言っている。さっきどこかへ行ったと思っていたら、いつの間にか足元に座っていた。全然気が付かなかった。

実は入り口でテレクに「猫大丈夫ですか?」と聞いたら、ここにも猫がいるから大丈夫、と言って了承してくれていた。元々ここで飼っていたマリアナの猫で、婚家に連れて行っていたのだが一緒に里帰り中らしい。
朝は一緒に入ってきたと思っていたら、いなくなったので何処かに行ったのかと思っていたらどうやらマリアナの猫に話を聞きに行っていたらしい。「後で教えてあげる」と言われ、気になったけどまさかここで訊くわけにもいかないのでその件は横に置いておいた。
「あの後は、ゆっくり過ごせていますか?」と世間話をしつつよだれ掛けを畳みながら、もう一つのお願いをマリアナにしてみる。

「あと、おばあさんの物も何かお借りしたいんですけどちょうど良さそうな物って何かありますかね?」
「そうねぇ…………」

マリアナは頰に手を当て考えていたが「ちょっと待ってて」と部屋を出て行った。玄関の方に出て行ったから、やっぱりあっちの方に部屋があるんだね。うんうん。

私は1人になるとよだれ掛けを腕輪のそばに持って行き、「ねぇねぇ」と石たちに話しかける。

「どう?これ。匂いしそうじゃない??」
「そうですねぇ…………」
「赤ちゃんね。赤ちゃん…………」
「え?もしかしてイマイチ??」
みんなの反応が悪い。

「姫様、ご本人がいるならそちらに会わせていただいた方がいいですな。」
「確かに。」

何で思いつかなかったんだろ。
勿論、よだれ掛けは借りて行くが本人がいるのだからその方がいいに決まっている。私は振り返ってベビーベッドを見た。朝がいつの間にかベッドの隣の棚に乗って、ラインを見ている。

「寝てるわね。よーく。」

私もベッドに近寄って、見る。

可愛い。夢を見ているのだろう、ラインの顔は百面相のように笑ったりしかめっ面になったり。
なんだか寝ているのに忙しそうだ。
起こすのは可哀想だよね…………。
本当は抱っこでもさせて貰えば1番いいのかもしれないが、こんなぐっすり寝てるんじゃ可哀想だ。そして1歳は赤ちゃん、と言ってもなかなかの大きさである。落としでもしたら、大変だ。赤ん坊を抱いた事のない私は想像だけでヒヤッとしてしまう。

とりあえずベッドの柵に腕を近づけて「どう?」「うーん」と石たちとやっていたらマリアナが戻ってくる足音がする。
扉が開いた音がして振り返るとマリアナとテレクが一緒に戻ってきた。手に何か布を持っている。

「お待たせしちゃったわね。」
「よく寝てるだろう」
テレクもラインにはメロメロのようだ。目尻が下がってるよ。

「ホント天使ですね…」
「これ、どうかしら。あまり丁度いい物がなくて、持ち出せるのはこれくらいなの。」

マリアナはスカーフのようなものをテーブルに広げた。テレクと私はベビーベッドの側でそれを見ていたが、人の気配が増えたのが分かるのかラインが泣き出す。ごめん、起こしちゃったね…。

「ふぎゃ………」
「あらあら、起きちゃったわね。ヨル、よだれ掛けをしまってくれる?持って行くのが見つかると泣くかもしれないから。」

私はいそいそとよだれ掛けをポケットにしまうと、テーブルの上のスカーフを見に行った。ラインはマリアナに抱き上げられると、すぐに泣き止んでテレクに笑いかけている。あら。もう叔父さんの事が分かるのかな?それは可愛いわ。
2人がラインを見ている間に私は小声で素早く石たちに訊ねる。

「ね、どう?モノでも判りそう??」
「うーん。無いよりはいいかも知れん。」
「そうねぇ。これ自体、かなり薄くなっているしね。赤ん坊の方がもう強いと思うわ。」

石たちの意見を聞いてやはりラインの方が有力そうだと確認し、向き直る。すると、可愛さに目を見張る様な事が起こっていた。
やだ!ラインが立ってる!

「え!1歳って歩けるんですか??」
「まだ歩けないけど、つかまり立ちは出来るのよ。早い子だと歩いたりするけどね。」

そうなんだ!超可愛いんですけど!

振り返ると既につかまり立ちをしていた小さなラインの可愛さにやられて、私は目的をすっかり忘れていた。すぐにラインの前に蹲み込んでここまでおいでポーズをしてみる。やはり、ラインは警戒しているようだ。表情が硬い。抱っこさせてくれないかなあぁ…………。
泣かれると困るので、抱っこは諦めて、マリアナが抱き上げた時に小さな手をもにもにするにとどめた。いつか、抱っこさせて欲しい。そんな事を思いつつ、気の済むまで愛でてからスカーフを借りて帰る事にした。


「あれ?さっきので大丈夫だった?ラインの匂い覚えた??」
「依る、私達は匂いは分からないわよ。猫じゃないんだから。」
「多分、彼の気配がする石であれば分かると思います。」

クルシファーが請け負ってくれたのでとりあえずは大丈夫だろう。すっかり当初の目的を忘れてラインを愛でていた私は石たちに確認をする。何の為に来たのか、収穫がないとウイントフークに突っ込まれそうだ。
私達がダイニングの扉を出てコソコソやっていると、また扉が開いた。テレクが見送りに出てくる。危ない危ない、大丈夫、聞かれてないよね?

もし聞かれたとしても私がアブナイ人だと思われるだけだが、とりあえずの疑惑は何事もない方がいい。
そしらぬ顔をしてお礼と何か分かったら連絡する旨を伝えると、テレクが開けてくれた玄関扉から私は足取りも軽く出て行った。「お邪魔しました!」



「さて、と。」

「おーい、ヨル!」

おっと危ない。

テレクの家から少し離れて、ラギシーを使おうとしていた私は手を止める。振り返ると、テレクが追いかけてきた。
何か忘れ物したっけな??
慌ててラギシーをしまうと、「どうしました?」と笑顔で振り返る。

「あ、ごめん…フゥ。えっと、ヨルはもう人形の服は作っているかい?」
「?人形の服?作っていませんけど…………。?」

少し肩で息をしたテレクは人形の服、と聞いてきた。姫様の服の事かと一瞬ドキッとしたが、返事をしてからハッと思いつく。
多分、あのお祭りの人形の事じゃないかな??

「この前のお祭りの人形の事ですか?」
「まぁそうだ。誰か、決まった相手の服を作っているの?」
「いえ、私はまだ何も…………」

そこまで言うとテレクは「よしっ。」と小さく言って、何か考えている。どうしていいか分からない私は、チラッと朝に視線を向けた。朝は「とりあえず帰りましょ。もうお昼よ、お腹空いた。」なんて言っている。
確かに何やらテレクは考え出して、そのまま動きそうにないので帰った方がよさそうだ。

「じゃ、お昼までに帰るって言ってきたので帰りますね。今日はありがとうございました。」
「あ、ああ。じゃ、また…………またね。」

帰ると言った私に少し驚いたようだったが、ここにいてもしょうがないと思っていた私と朝はテレクに別れを告げ、歩き出す。実は既に頭の中はお昼ご飯の事になっているのだ。
今日はティラナが張り切ってたから、楽しみだなっ。
そうしてルンルン帰ってから、帰り道はラギシーを使い忘れた事に教会の前で気が付いた。

ヤバ…お父さんに見つかる前に家に入らなきゃ!




「で、どうだったんだい?」

出先から帰って来るなりハーシェルが訊いてきた。
実は私が帰ってきた時はまだハーシェルが帰ってなく、セーフだったのだ。ホッと胸を撫で下ろした私はティラナの特製ランチを一緒に美味しく頂いていた。フフ、バレないバレない。

「お帰りなさい。とりあえず、ご飯食べましょうよ。」

ちょっと話を逸らしつつ、ハーシェルをご飯に誘う。食べている間に言い訳を考えよう、と思った所で「今日は別にやらかしてなくない?」と気付いた。

「どうって、普通でしたよ。ちゃんと真っ直ぐ行って、真っ直ぐ帰ってきました!」

後ろめたい事がなくなった私は、ちょっと自慢げに報告する。「ヨル、それは普通だよ。」と言われても気にしない。そのままテレクの家の事を報告すると、

「殆ど赤ん坊の話じゃないか。」

と文句を言われた。だって仕方がない、主役はラインだったからね。呆れたようにスプーンを持つ手を止めたハーシェルを見ながらそのまま話を続ける。

「多分、石たちもラインの持っていた石が近くに在れば分かるだろう、と言う事でした。どの程度近くないと、っていうのはやってみないとまだ分かりませんけど。」
「なるほど。しかしその石の場所っていうのがなぁ。全く見当もつかないだろう?」
「あ、そうそう、やっぱり向こうの家の人が何処かに持って行ったみたいよ。」
「「え??」」

私とハーシェルがハモる。朝がしれっと重要発言をしたからだ。きっと、マリアナの猫に聞いた話だろう。そう言えば後でって言ってたもんね。
そのまま朝は聞いた内容を話してくれた。

「何だかコソコソしてるなぁ、と思ったら引き出しから持って行ったと言っていたわ。その時は何が起きてるのか分からなかったから、特に追いかけようとは思わなかったらしいわね。」
「でもそれだとお金に困って売ったとかそういう事??それくらいだよね?何かありますか、他に石を売る理由って。」

ハーシェルの方に向き直って訊ねる。私もここの常識はまだ知らない事が多い。
ハーシェルもおでこに手を当てて考え込んでいるが少し険しい顔になって口を開いた。

「ちなみに、今のラインの石は確認してきたかい?」
「ん?改めて見せてもらわなかったけど、どうかな?身に付けてたかな?気付いた人いる??」

私は石たちに訊ねる。すると気焔が言った。

「身に付けてはなかったが、頭の近くに置いてあったやつだろう。あの、柵に括ってあった布。あれは、故人のものだな。それも多分…………。」

多分?嫌な予感がして、少し続きを聞くのを躊躇う。しかし聞かねばならないだろう。
私は気焔に続きを促す。

「故人?…多分?」
「嫌な死に方をしている。」
「それって…………。」

殺されたとか?

そう訊きたかったが、聞けなかった。ハーシェルは険しい顔をして深くため息を吐いたから、きっと予想がついたのだろう。気焔の声は聞こえなくても私の応答と反応で分かったに違いない。
しかし、だとしたらそんな石を持っていて大丈夫なのだろうか。急に心配になった私は焦ってハーシェルに訴える。

「ハーシェルさん、そうするとまずくないですか??そんな石だとラインが…………。」
「分かっている。ウイントフークに連絡して取り替えた方がいいだろうな。何しろそれは君の仕事じゃない。どうして分かったのか、マリアナに説明できないだろう?ヤツに任せなさい。」

きっとボロが出る、とブツブツ言っているハーシェルには何を言っても反対されそうだ。とにかくラインが心配な私は、すぐにウイントフークにお願いしてくれるよう、頼んだ。自分ですぐにでも行きたいけれど、代わりの石も持っていない私には何もできない。そして、そんな不吉な石を代わりに置くという事を身内がやる、という事にふつふつと怒りが湧き上がる。

「許せない…………。」
「まぁ待ちなさい、ヨル。それはこっちに任せるんだ。ちゃんと取り替えるから、落ち着きなさい。…………それにしても君はまた巻き込まれてるな…………。」

巻き込まれるどころか、こんな許せない事する奴はこっちから突っ込んで行ってやろうじゃないの。
鼻息も荒くしている私を見て、ハーシェルはまた更に深いため息を吐いた。


食後、たっぷりのお小言と注意を聞きながら話し合った結果、とりあえずは朝にその後の情報収集をしてもらう事になった。私が首を突っ込むには、不穏な空気が漂いすぎらしい。私としても端から虱潰しに聞いて回るわけにもいかないので、大人しくしている事を了承した。出来るだけ。

気にはなるけど、私に出来ることは少ない。とりあえずラインの石さえ取り替えてくれれば、後は地道にやるしかないのだ。ただ、そんな石をラインに当てがった家族にはそれなりのお返しをしてあげないといけないよね。
いつか絶対仕返しをしてやろうと心に決めて、ポケットの中のよだれ掛けをギュッと掴んだ。




そういえば、もう一つ気になる事があるんだった。この質問に答えてくれる人はハーシェルが適任だ。

「帰りに、テレクさんに人形の服を作ってるかどうか訊かれたんですけど。」

あの、お祭りの人形の事ですよね?と私が訊くとハーシェルは少し驚いた顔をして「テレクも?」と言っている。
え?他には訊かれてないけど?

「人形の服を作るか作らないかって、何か関係あるんですか??」
「あー。それはまぁいいよ、放っておいても。」

珍しくハーシェルが適当な返事をしている。どうしてだろう?
まぁでもお父さんがほっとけと言ってるなら、放っておこう。

私も適当に納得して、預かってきたよだれ掛けとスカーフを片付けに部屋に戻る。何となく不安な気持ちになって、部屋の中を見渡した。そして気を休める様にお気に入り達が並ぶ机の上を眺めると失くさない様に、大事なものをしまう為に空けてある1番上の引き出しにきちんとしまっておいた。


















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